物語のモブにすらなれない私たちの物語

ぱっと目が覚めた。
天国かと思い瞬きを繰り返す。
「……痛い。」
砂が背中や腕に当たる感触。
死んで、ない__?
確かに腕と手につくのは砂、砂浜にいる。
打ち上げられた?それとも……
「奏!」
見知った声がした。
「雪兎……」
「び、びっくりした。奏、生きててよかった。」
涙を瞳に浮かべ彼は言葉を繋げた。
あたりは薄く朝が来ようとしていて空の色が淡くなる。
雪兎も生きてる、生きてるんだ。
「私、言いたいことが__!」
起き上がろうとするものの体が重い。
「まだ起きないほうが、」
「いいの。聞いてほしいの。」
彼が私を制するのを止める。
腕に力を籠め起き上がる。
「私ずっと死にたいと思ってた。でもさっき違うって知ったの。死にたかった気持ちも嘘じゃない、でもその奥には別の言葉があったの。……誰かと、この私の気持ちを分かってくれて一緒に歩いてくれる人と本当は生きていたかったってこの世界でストーリー築いていきたい。だからね__」
丁寧に一呼吸置く。
私がずっと言いたかったこと思っていたこと。
それを言える人に言って一緒に歩みたい人と私は出会った。
「二人で一緒なら、生きてくれますか。」
私の言葉を聞き噛みしめるように彼は目を伏せる。
彼は小さくでも確かに頷いた。
朝日が昇ってくる水平線、キラキラと直視できないほど眩しく輝く。
そんな時間に私たちは約束を交わした。

これで私たちの旅は終わる。
濡れたままの服をどうしようか悩んだりせっかくならもう一泊と言って宿泊してから彼を空港まで見送ったり、楽しい日々が少し延長されたがそこまで語ると蛇足ってものだろう。
結局死ぬために始めた終わりの旅は私たちの新しい関係を始める始まりの旅になってしまったのだった。
『二人一緒に生きる』ともう一つ空港で約束したものがある。
『二人で物語のモブになるような人生を送る』私が発した言葉を彼は異様に気に入ったようで、そこからとってそう約束した。
絡めた小指にはこれからの希望も願い、ぎゅっと力を込めた。
高校二年生の夏休み、二人で少し進んだ逃避行の旅はここでおしまい。
もしこれが小説ならばここで無情にも物語は途絶え『終わり』という言葉できれいに片づけられる。
でもこれは私と彼の人生の一部で少しを切り取ったものに過ぎない。
ここから大人になっていくしまだまだ続いてゆく。
次に会うときは成人してから、彼はまたこちらに来ると言っているが私が彼のほうへ行ってもみたい。
「奏ー!5限理科室ー!」
「はーい!今行く。」
夏休み明けに現れた転校生と私は仲良くなることができた。
やっと友達を見つけたような気がする。
彼女の話を私がするたび通話の向こうで彼は拗ねてしまう、そこも可愛いと惚気させてもらおう。
秋晴れの空、大きな雲が浮かぶ。
今度は私が主役で私が中心の物語を始める、そこに彼がずっといてくれるのならそれで充分。
ずっと二人で生きていけますように。
空にただただ祈る。
涼やかな風が通り過ぎた。