「薫っ!」
 ひたすら駆け走る薫の耳に、自分の名を力強く呼ぶ声が貫いた。

 その声にハッとして止まると、後ろからタタタッと慌てて駆け寄る足音が近づく。
「おい、一体どうしたんだよ。何でお前がこんな所を全力疾走してんだよ!」
 ぐいっと肩に手を置かれるや否や、薫は強引に振り向かそうとする手より前にくるんっと身体をそちらに向け、ドスッとその胸の中に飛び込んだ。

「か、薫? おい、お前、本当にどうしたんだよ?」
 篤弘は自身の胸に飛び込んできた薫にギョッと目を剥きながら、わたわたと問いかける。
 刹那、薫のわなわなと震える口から嗚咽が零れ、ボロボロと頬に大粒の涙が滴り落ち始めた。

 その涙に、篤弘は唇をキュッと真一文字に結んでから彼女の涙を覆い囲む様に、薫の身体を優しく抱きしめる。

 ふわりと温かく、ギュッと力強い優しさに、薫は堪えきれずにバッと縋った。抱きしめ続けていた弁当も放り出し、彼の腕の中で「わぁぁぁぁっ!」と、全てを切り裂く様に泣き叫ぶ。

 篤弘は、その叫び(なみだ)から逃げなかった。逃げ出そうともしなかった。
 ただ黙って彼女の涙とまっすぐ向き合い、薫の身体をギュッと強く抱きしめ返していたのだった。

 ……四苦八苦して詰め込んだおかず達が、ぐちゃぐちゃっと無残な形で飛び出し、溢れる様にして広がっていたが。彼女がそれを気にかける事はなかった。