薫はハッとして、声が飛んだ方を見ると。そこには「また柚木か?」と言わんばかりの顔つきをした雅清が、憮然と腕を組んで立っていた。

 その姿に、彼等は怜人が現れた時以上に蒼然とし、そして「修羅場だ……」と言わんばかりの苦しげな表情に変わっていく。

 現れた雅清はそんな隊士達を見るや否や、はぁと大きく息を吐き出した。

「柚木。お前、今度は何を叫んで騒いでいたんだ?」
 呆れながらぶつけられる問いに、薫は「ハッ! ?」と素っ頓狂な声をあげて噛みつく。
「これは、私のせいじゃありません!」
「騒ぎの中心には、いつも決まってお前がいる。だから今回もどうせお前だろう」

 ……何、この失礼な言い分! って言うか、自分のせいでこんな大騒ぎになっているのに一人飄々としている感じが、なんかムカつくんだけど!

 雅清から打ち返される冷淡な言葉に、薫の怒りがゴウッと唸った。
 だが、それが爆発と言う形で吐き出される前に「今回の騒ぎの原因は柚木さんじゃないよ」と、毅然とした反論が二人の間に割って入る。

「今回ばかりは君のせいだ」
 怜人が朗らかに答えると、直ぐさま「は?」と物々しい一言が噛みついた。
「怜人、それは」
「ハイ、どうぞ」
 前からの猛々しい苛立ちをひょいといなす様にして、怜人は軽やかに手にしていた新聞を雅清に渡す。

 新聞を受け取った雅清はチッと怜人に舌を打ってから、目を落とした。
 すると……すぐにぐにゃりと顔が歪み、「何だこれは」と嫌悪に塗れた一言が零れる。

 それを聞くや否や、薫の怒りはしゅんっと鎮まり、期待がぐわっと加速して駆け上がった。

「って言う事はこの記事、嘘、ですよね? !」
「ああ」
 苦々しい面持ちで繰り出された首肯に、薫の内心で高らかに「バンザーイ!」と両手が上がる。

 やったわ、やったわ! やっぱりそうよね、そうだったのよね! こんな記事、出鱈目も出鱈目! 全くもう、本当に文屋って嫌な奴等だわ! こんな嘘まみれの記事を書くなんて、とんでもないわよ!

 先程の絶望はどこへやら、薫の内心は大歓喜でお祭り騒ぎになった……が。

「縁談をとは言われたが、婚約なぞした覚えがない」

 え、待って。待って。待って……? 
 力強く落ちてきた隕石に中央部を当たられ、がっつりと抉られてしまい、開催していたお祭りがすぐにぶち壊されて閉会してしまった。

 薫は「縁談をとは言われたが……?」と、消えいりそうな声で前からサラリと流された言葉を静かにぐいっと引き戻す。

「く、枢木教官。え、縁談、しちゃうんですか……?」
 苦しげな声が零れ出た刹那、薫は凄まじい後悔に襲われた。

 嗚呼、私ってば、なんでこんな事を聞いちゃったのよ。聞く必要もなかったのに、「縁談なんて辞めて下さい」なんて言える立場でもないのに。

 私ってば、どうして、どうしてそんな事を聞いちゃったのよ。

 薫はサッと目を伏せ、「申し訳ありません、出過ぎた事を伺ってしまいました」と蚊の鳴く様な声で謝った。

 そして無理やり口角を上げてから、伏せった目を無理やり彼の元へ向ける。
「りょ、良縁だと」
「縁談なぞしない」
 良いですね、と続く言葉がバッサリと冷たい拒否に重なった。

 薫は前からハッキリと紡がれた否定に「え?」と、呆気に取られる。

 すると雅清は、小さくため息を吐き出してから「東雲嬢とは、一度会うだけだが」と、毅然と答えた。
「それで終わりだ。縁談も婚約もするつもりはないし、しようとも思わん」
「ほ、本当ですか?」
 薫は「また後に嫌な言葉が続くんじゃないか」と不安を抱えながら、おずおずと訊ねる。
 だが、その不安を一蹴する様に「ああ」と力強い肯定で結ばれた。
「お前等で、特にお前と言う問題児で手一杯の今に結婚なぞ出来るか」
 雅清はフッと微笑を零して告げる。

 薫はその笑みにドキッと胸を高鳴らせるが。「わ、私は問題児じゃありませんっ!」と唐突に紡がれた悪口に慌てて噛みついた。

「寝言は寝て言え」
 雅清は前からの反論を真顔でバシッと打ち落としてから、「お前等も、こんな事でいちいち騒ぐな」と薫の後ろに居る面々を睨めつける。

「だが、朝からこうも騒ぐ元気と体力がある事は分かった。今日の訓練、実に期待しているぞ」
 ニタリと口角を上げて告げる禍々しい鬼の姿に、薫達は皆揃って声にならない悲鳴をあげた。
 ふふふと柔らかな笑みを零し「良かったねぇ」と安穏としていたのは、怜人だけである。