「……高藤、柚木。以上、五名が俺の班だ。名を呼ばれなかった奴は、怜人の班だ。装備を整えた状態で、五分後には正門前に集合していろ」
 分かったな。と、言い捨てて出て行く雅清の姿を目で見送ってから、薫はふうと小さく息を吐き出した。

 また枢木教官の班かぁ……。
 いやいや、嬉しいのよ。嬉しいのだけれど、花影って分かってからはずっとこうだから。同情って言うか、嫌な感じの特別を感じちゃうわ。

 薫はぶすっと頬杖を突き、ふうと小さく息を吐き出した。
 すると「また枢木教官の班だな」と、聞き馴染みのある声が頭上から降る。チラと見上げれば、篤弘がニヤリと口元を綻ばせていた。

「脱走負傷事件以来から、ずっとお前は枢木教官の班だ」
「わざわざ私が問題児だって言いに来たの?」
 篤弘のにやついた笑みに、薫は「随分お優しいわね」と刺々しく噛みつく。
 篤弘は「まぁ、そう噛みつくなよ」と、朗らかに笑って猛り始める薫を宥めた。

「ただ、あれから枢木教官と何かあったんじゃないかって思ってさ」
 朗らかに紡がれた言葉に、薫は少しドキリとするが。「何か、なんてある訳ないでしょ」と、ピシャリと返す。

 すると「なぁんだ」と、ひどく残念がった声が周囲から上がった。

 ハッとして見れば、同班の先輩達がこぞって二人を囲い「絶対何かあるって思ったんだがなぁ」「あの人のあんな顔見ちまえばなぁ」「何か進展したんじゃねぇのかよぉ」などと、それぞれでやいのやいの言い始める。

 薫は自分を囲って、好き勝手に言い始める先輩達に「皆して何を言ってるんですか!」と、声を荒げた。

「さっさと用意しないと怒られますよ! ハイ、解散解散!」
 パンパンッと手を叩き、散会を促す。

 だが、集い囲う彼等の足は微塵も進まず、にやついた笑みも依然としてそこにあった。

「お前なぁ、こういう時にお兄ちゃん達に頼っておかないと。ここぞって時に、良い援護が貰えねぇぞぉ?」
「誰がお兄ちゃん達ですか!」
「何言ってんだよ、柚木。お前は我ら枢木隊の可愛い妹だろ? だから俺達がお兄ちゃんって訳だ」
 なぁ? と、一人が周りに同意を求めると。「そうだ、そうだ!」と同意が波打って、薫にぶつかった。

 薫は、笑顔で言いのける先輩達を恨みがましい面持ちで睨めつける。

「最初は男女だなんだと邪険にして、虐めてきた人達のくせにっ!」
「それは昔の話、今はもうお前の素直さとひたむきに頑張る姿に胸打たれて改心したって」
「そうそう、だからこうして皆で妹として可愛がってんじゃないか」
 朗らかな言い分が飛ぶと、またも「そうだ、そうだ!」と朗らかな同意が押し寄せた。

 明らかに自分をからかい、楽しんでいる先輩達の姿に、薫は「先輩達!」と声を荒げる。

 そして「いい加減準備に行く!」と、ビシッと出口を指さした。

 するとようやく「はいはい」と、囲いをボロボロと崩し始め、やや駆け足気味に部屋を退出していく。

 薫は「全くもう」と、廊下に消えていく背に向かって呻いた。

「隙あらば、人をからうんだから」
「いやぁ、それは先輩達から可愛がってもらってる証拠だよ」
 羨ましいぜ。と、篤弘はポンポンと肩を叩いた。

 薫はその手にキッと鋭い眼差しを向け、噛みつこうとするが。「まぁ、そんな事より」と、続けられる言葉によって口の中で文句が詰まった。

「いつまでもこんな所に居たらお前、集合ギリギリじゃないか?」
 今日は訓練服を着替えないとだし。と、淡々とかけられる言葉で、薫は一気に青ざめていく。

「そうだったわ! 嗚呼、どうしよう! こんな所に居る場合じゃないわよ!」
 急がなくちゃ! と、脱兎の如く駆け出し、廊下にわらわらと出始める人の間を縫って、自室へと向かった。

 そうしてバッバッと嵐が来た様に支度を整え、まだ完璧に息が整わない状態でダッと駆け出し、集合場所へ向かう。

 だが、薫が辿り着いた時にはすでに皆集い、鬼教官が鬼を越えた仁王と成っていた。

「柚木、遅刻だ。警邏終わりを楽しみにしておけ」

 物々しく告げられる嫌な脅しに、薫は「最悪だぁ」とがっくりと肩を落としてしまう。周りのにやついた顔を見てしまうと、更に肩は落ち込んだのだった。