沸々と怒りで煮える心に押し上げられ、薫は「どうせ私は普通の女じゃないですよ!」と、いきり立った。

「化け物だし、男女《おとこおんな》でもありますからねっ!」
「なんだ、急に怒りだしたな」
 雅清は急に荒々しく立ち上がる薫に向かって、ボソリと突っ込む。

 薫はその言葉にキッと引っ張られ、雅清の涼しげな顔をギロリと睨めつけた。

「普通じゃなくて、花影なんて言う面倒な女は除隊決定ですよね! 今までお世話になりましたっ、荷物を纏めて参ります!」
「待て」
 あまりの鋭さと物々しい声音に、駆け出そうとしていた足が直ぐさまピタッと止まる。

「俺がいつ、お前に除隊処分なんて申しつけた?」
「……え?」
 飛んで来た言葉に面食らい、薫は間の抜けた顔で雅清を見つめた。

 雅清は出て行こうとする薫の姿を睨めつけ、「勝手に出て行こうとするな」と物々しく告げる。

「俺の許可なしに除隊出来るとでも思っているのか」
 薫は飛んで来る威圧にビクリと身を縮め、「で、でも」と恐る恐る口を開いた。

「私なんか居ない方が」
「良いと? そんな事、俺は一言も言ってないぞ」
 薫の言葉を荒々しく遮って先取ると、雅清は毅然と告げる。

「今も、これからもお前は枢木隊の一員だ」
 分かったか! と、突然張り叫ばれる怒声に、薫は条件反射の如くビシッと素早く敬礼した。

「ハイッ!」
 ……って、思わずハイって答えちゃったわ!
 薫は自分の口からポンッと飛び出してしまった言葉にハッとし、撤回しようとしたが。

「よし、ならこれで話は終わりだ」
 と、淡々と打ち切られてしまった挙げ句
「明日の早朝訓練、お前は今日抜け出した罰からだからな。絶対に遅れるなよ」
 と、地獄の宣告を下される。

 うげっ……最悪だわ!

 薫は纏まった話に思いきり顔を顰めた。そして何とか、この話を折り曲げようと策を練り始めるが……。
 頭にポンッと軽やかに乗った手によって、ハッと薫の全てが止まった。

「お前が無事に戻ってきてくれて、本当に良かった」
 自分だけに向けられる柔らかい微笑み、さっきの怒声とは打って変わった甘く優しい声。

 薫の心が一気に塗り替えられたばかりか、バンッと弾ける。

「……う~、好きっ! 大好きですっ、枢木教官!」
 前から溌剌とぶつけられた告白に、雅清はフッと笑みを零した。

「あんな鬼大っ嫌い、じゃなかったか?」
「そ、それは一時の感情って言うもので……」
 薫はもごもごと弁解してから「本当は、大好きなんです!」と、張り叫んだ。

「今もこれからも私が枢木隊の一員である様に、私はずっと貴方が好きです! 憎まれ口も叩き続けるかもしれませんが、どんな事があっても嫌いになんてなりませんから!」
「……柚木、俺は」
「あっ、じゃあこれで失礼しますねっ! お時間頂きまして、ありがとうございましたっ!」
 薫は前からの言葉を荒々しく遮り、口早にまくし立ててから、ダッと駆け出す。

 そうして一人、ダダダッと夜道を駆けるが。とんとんと積み上がる後悔《おもし》によって、その足は緩やかに止まっていく。

 嗚呼、もう。また一方的に告って、一方的に打ち切っちゃったわ。

 薫は肩を上下させて、はぁはぁと小さくきれる息を整えた。

 ……でも、向こうの返事は「無理」だって決まっているから。
 私はこうして逃げるしかないのよね。分かりきっている事とは言え、本人の口から聞くのは辛さと悲しさが格段に違うもの。

 薫はふううと長々と息を吐き出して、天を仰いだ。

 濃藍の空には満天の星が広がっていたが。まん丸と太った満月の側には、たなびく暗雲の姿があった。

 そのちぐはぐさに、薫の胸にはじくりと不安が突き立てられる。



 そうして、翌日。早朝訓練に出席した薫に待っていたのは、普段と何も変わらない態度の雅清と、地獄の訓練だった。
「柚木っ、最後まで気を張り続けろっ! 腕立て伏せ百回追加だっ!」

 ……ひゃ、百回追加? ! 信じられない、なんて鬼畜なの! 
 あの鬼教官、本当に大っ嫌い!