「珍しいな、そんな難しそうな顔して。渡利君と何かあったん?」
 卒業論文の概要を早くにまとめていた楓花は、十月末に設けられた中間発表を無事に通過した。結果を踏まえて考察もしているので、卒業論文で困っていないことはゼミの全員が知っている。
「いつも渡利君と一緒やけど今日は一人やし」
 七海は少しだけ煮詰まってしまっているようで、鞄からチョコレートを一つ出して食べた。
「あ──晴大は翔琉君にパソコン教えてるだけ。……もうすぐ晴大の誕生日やからさぁ、プレゼント買ったんやけど……似合うんかなぁ、と思って」
「ははっ、そんなん悩んでたん? 渡利君イケメンやし、何でも似合うんちゃうん? ちなみに何買ったん?」
「え……服……。着てるの見たことない感じのやつやから」
 ゼミ室には七海の他にも何人かいて全員が楓花の話を聞いていて、〝晴大なら喜んで着るはず〟だとか〝もしも似合わなくても無理やり着させろ〟だとか盛り上がってしまった。
「派手なん?」
「ううん、シンプルやけど色が……」
 晴大は普段から黒や紺を好んで着ていたけれど、楓花は明るいベージュに近いカーキを選んだ。七海が言っていたとおり晴大は何を着ても似合うと思うし、楓花からのプレゼントなら喜んで着るとも思うけれど、反応を見るまでは落ち着けなかった。
 晴大の誕生日は平日だったので、大学の昼休みに渡した。
「大きいな? 柔らかい? 服?」
 晴大はラッピングのリボンを解き、中身を出した。ゆったりめのプルオーバーのフード付きニットパーカーだ。
「俺──この色、持ってないな」
「と思ってそれにした。晴大は何でも似合うと思う」
 フードの紐と襟元にボタンが同じ色でついているだけの無地なので、合わせやすいはずだ。
「似合うか? 楓花が言うなら信じるけど」
「似合うよ。優しく見える。ホワイト晴大」
 晴大は戸惑っていたけれど、涼しくなってからの最初のデートに着て来てくれていた。それからは大学にも頻繁に着て来るようになったので、それが楓花からのプレゼントだとはゼミのメンバーにバレた。
「そうなんよなぁ。渡利って最初のイメージ一匹狼やったからなぁ。黒いの見慣れてたけど、そっちのほうが楓花ちゃんに合うわ」
 最近は翔琉も晴大とは普通に話すようになった。以前は〝ブラック晴大〟だったのが、楓花と付き合いだしてから優しくなって一匹狼のイメージは消えた。それでも服装は──センスは良かったけれど──全体的に暗かったので、楓花のイメージとは合わなかったらしい。
「俺……そんな暗かったか?」
「そうやなぁ……おかしくはなかったけど……中学ときもさぁ、なんか……。先生もビックリしてたやん」

 ensoleilléで再会した佐藤にも、晴大がパーカーを着るようになってから会いに行った。佐藤も晴大には一匹狼のイメージを持っていたようで、楓花と楽しそうにしているのを見て驚いていた。
『ほんまに渡利君? イメージ変わったよなぁ』
『そうですか?』
『そうよ。あの頃……人気やったけど、めちゃくちゃ明るいわけではなかったやん? ツーンとしてるときもあったし』
『確かに……。あれかな、言葉がキツかったから。今もたまに出てるけど』
『──そんなん、俺は俺やぞ』
『それそれ。ははっ、久々に聞いた』
 楓花が笑うと佐藤も笑い、晴大は頬を膨らませた。
『ねぇ──、どっちから付き合う話をしたん?』
『……俺です』
『ええっ? それもビックリやなぁ?』
『しかも再会して二年くらいはそんなに仲良くもなかったのに……』
 翔琉とのことを簡単に話すと佐藤はまた驚き、晴大は眉間に皺を寄せてそっぽを向いてしまった。
『私──あの頃、晴大を好きになるのが怖くてリコーダー教えるのやめたんですけど……晴大は既に……』
 楓花が晴大のほうを見ると、晴大は顔を赤く染めていた。
『良いなぁ長瀬さん……。渡利君さぁ、意外とピュアやなぁ?』
『めちゃくちゃピュアです』
 時間になり、佐藤は仕事に戻っていった。将来は結婚予定にしていることは、とりあえず黙っておいた。

「なぁ──、やっぱり、今のほうが良いか?」
 大学からの帰りの電車は、昼間なので乗客は少ない。同じ車両に人はいるけれど、片手ほとで全員がおそらく大学生だ。
「何が?」
「俺。付き合う前、ブラックとか言うてたやろ? 楓花にもちょっと冷たくしてたし……」
「どっちでも良いよ。冷たかったけど、私には優しかったし、間違ったことしてたわけじゃないし。どんな晴大でも」
「──俺は俺?」
「そう。そりゃ優しいほうが良いけど、ブラックでも中身は一緒やし」
「俺のどこが好きなん?」
「え? ……全部?」
「なんで聞くん? ほんまに全部なんか?」
 晴大のことは本当に、全部が好きだ。今ではホワイトのイメージが強くなって、たまに出るブラックな態度に楓花はまた惚れてしまっていた。
「嫌いなとこ一個くらいあるやろ?」
「うーん……ない……。格好良いし、頭も良いし、スポーツもできるやん? 仕事も頼られてそうやし……」
「もしかしたら──料理できへんかもしれんで? 楽器みたいに」
「それは、ないんちがう?」
 楓花は晴大が一人で料理するところを見たことはないけれど合宿では一緒にカレーを作ったし、料理はプロに任せているとはいえ晴大はレストランでアルバイトをしている。完璧にはできなくても、とんちんかんなことや危なっかしいことはしないはずだ。
「もしも下手やったら?」
「ええー、ないやろ? もし下手やったら……それはそれで有りかな。可愛い。ははっ!」
「可愛いて……。俺、男やぞ」
「うん、知ってる」
 晴大は少しだけ眉間に皺を寄せているけれど、それを見て楓花は笑ってしまった。晴大の顔が、もう少し険しくなった。