「で、どこ行くん? 行きたいとこあるとか言ってたやろ」
四人での昼食を終えて楓花たちと別れたあと、俺は翔琉に聞いた。楓花と彩里は買い物に行くが俺と翔琉はどうするのか、という話になって、翔琉は行きたいところがあると答えた。
翔琉は言いにくそうにしていたが、間を置いてから口を開いた。
「すぐ近くにあるから、着いてきてくれ」
「どこに?」
「……教習所」
それくらい一人で行けよ、と思ったが、俺は黙ってついていった。他に行くところはないし、なぜか可愛く思えてしまった。
「なんで今日なん? どうせなら親と行く方が良いんちゃうん? 金もかかるやろ」
「母親と行く気はせんし、親父ともあんまり仲良くないからな……。金はバイトで貯めた。あ──ちゃんと、コンビニに変えたからな。……おまえのことは信用してるし」
申込用紙に記入してスタッフの説明を聞いて、写真撮影や視力検査などをしてから翔琉は現金を一括で払った。
「はぁ……良かった、無事に払えた」
現金を持ってスタッフが席を立つと、翔琉は大きく息を吐いた。
「渡利おまえ、いつ取ったん?」
「大学入ってすぐくらいやな」
「知らんかったわ……」
「あの頃、おまえとそんな喋らんかったやろ」
楓花でさえまだ俺を疑っていた時期だ。大学に来ても勉強しかすることがなかったので、アルバイトがない日に教習所に通っていた。同級生には誰にも会わず、結果、親以外は全員が事後報告になった。
教習所を出てから行くところが思い浮かばず、近くにあった防護柵に間隔を開けて座った。
「なぁ、桧田──おまえ成人式とき事故ったやろ?」
「……そうやけど?」
「あのとき──まさか運転してないよな?」
「してないわっ。先輩が乗ってて、後ろに乗せてもらっただけや……そしたら、先輩がカーブでスピード出しすぎてて、滑った。まぁ、乗った俺も悪いけどな。ノーヘルやったし。……おまえには分からん世界やろ」
翔琉は自嘲気味に笑った。
「そうやな。……自転車でなら、何回も二人乗りしたけどな。学校の帰り……チャリ通ちゃうかったから、よく乗せてもらったわ」
中学の帰り、学校から離れてから乗せてもらった。そもそも二人乗りは禁止だったし、ノーヘルだけでも十分注意された。
「……地味に悪いことしてんな」
「それくらい、みんなしてんちゃうん?」
「そうやろうけど──おまえ悪いこと嫌ってんのに。楓花ちゃんは知ってん?」
「知ってる。──行くぞ」
「えっ、ちょ、待てっ」
完全に寛いでいた翔琉より先に、俺はその場から離れようとした。特に行き先はなかったが、少し離れたところから様子を見ている女が二人いた。声をかけられる前に逃げてしまいたかった。
翔琉は俺に追い付いて、少しだけ離れてついてきていた。
「あ──旅行……」
地元にもある代理店の前を通ったので、楓花との旅行用にパンフレットをもらうことにした。翔琉は隣で〝楓花と行くのか?〟と羨ましそうにしながら、〝彩里にも聞いてみよう〟と言って卒業旅行コーナーを見に行っていた。
以前に二人で話した候補地のものをいくつか取って、近くのスツールに座った。パラパラとページをめくりながら、楓花が好きそうな宿も探してみた。
「なぁ、渡利──おまえさあ」
俺の隣に座りながら、翔琉は小さな声で聞いてきた。
「前……弱いとこあるって言ってたよな? 楓花ちゃんは知ってるって」
「ああ──それが?」
「何とは聞けへんけど……なんで楓花ちゃんが知ってん? 同じクラスとかならんかった、って聞いたんやけど。出会った日に言ったとか言ってたやろ?」
顔をひきつらせながら翔琉を見ると、彼は真剣な顔をしていた。
「あの頃……苦手なことが一個あってな。先生に教えてもらうつもりで残ってたときに楓花に出会って──楓花に教えてもらってた」
「なんで楓花ちゃんにしたん?」
「直感」
「……あっ、それ、楓花ちゃんのピアノ聞いたとき?」
楓花は俺との出会いのことを話していたらしい。
「そうやな。……それ以上は言わん」
店の中で話し声は響いてしまうのもあって、俺はそれ以上は何も話さなかった。隣で翔琉は小さな声で〝ということは音楽関係か〟とぶつぶつ言っていた。リコーダーができなかった、とは、こいつには言いたくない。
「おまえさぁ、どんだけ楓花ちゃんに素直にならんかったん? 楓花ちゃんが俺を選んでくれんかったのって、おまえがおったからやろ?」
楓花は『二人で会ってるの知られたくない』と言っていて、俺はその気持ちを優先させていた。楓花に〝俺と付き合っていたら良かったのに〟と言ったが、俺のほうから気持ちを打ち明けるべきだった。
「過去のことはどうしようもない。だからこれから全力でいく」
留学する前のときのように、空いた時間は全て楓花に使う。残りの大学生活を楽しんで、全てが終わったら旅行でゆっくり休む。楽しみすぎて、卒業論文が実は進んでいない。
「桧田、分かってると思うけど──就職してから浮気とか悪いことすんなよ? 戸坂さん可愛そうすぎるからな。もししたら、今度こそ俺は許さん」
「分かってる、俺だって……おまえらみたいにラブラブしたいし」
「ラ──、それ死語ちゃうん?」
「うるさいな、良いやろ他に言葉ないし……あっ、彩里!」
待ち合わせ場所の近くだったので、彩里と楓花が前を通ったらしい。翔琉は彩里に近付き、俺は楓花が寄ってくるのを待った。
「あれ? 晴大、どうしたん? 顔赤くない?」
「べ、別に。……楓花、良いのあった?」
話題を変えてごまかして、楓花の話を聞いた。
翔琉との時間は少々苦痛だったが──、〝楓花とラブラブ〟と言われて嬉しかったのは秘密だ。
四人での昼食を終えて楓花たちと別れたあと、俺は翔琉に聞いた。楓花と彩里は買い物に行くが俺と翔琉はどうするのか、という話になって、翔琉は行きたいところがあると答えた。
翔琉は言いにくそうにしていたが、間を置いてから口を開いた。
「すぐ近くにあるから、着いてきてくれ」
「どこに?」
「……教習所」
それくらい一人で行けよ、と思ったが、俺は黙ってついていった。他に行くところはないし、なぜか可愛く思えてしまった。
「なんで今日なん? どうせなら親と行く方が良いんちゃうん? 金もかかるやろ」
「母親と行く気はせんし、親父ともあんまり仲良くないからな……。金はバイトで貯めた。あ──ちゃんと、コンビニに変えたからな。……おまえのことは信用してるし」
申込用紙に記入してスタッフの説明を聞いて、写真撮影や視力検査などをしてから翔琉は現金を一括で払った。
「はぁ……良かった、無事に払えた」
現金を持ってスタッフが席を立つと、翔琉は大きく息を吐いた。
「渡利おまえ、いつ取ったん?」
「大学入ってすぐくらいやな」
「知らんかったわ……」
「あの頃、おまえとそんな喋らんかったやろ」
楓花でさえまだ俺を疑っていた時期だ。大学に来ても勉強しかすることがなかったので、アルバイトがない日に教習所に通っていた。同級生には誰にも会わず、結果、親以外は全員が事後報告になった。
教習所を出てから行くところが思い浮かばず、近くにあった防護柵に間隔を開けて座った。
「なぁ、桧田──おまえ成人式とき事故ったやろ?」
「……そうやけど?」
「あのとき──まさか運転してないよな?」
「してないわっ。先輩が乗ってて、後ろに乗せてもらっただけや……そしたら、先輩がカーブでスピード出しすぎてて、滑った。まぁ、乗った俺も悪いけどな。ノーヘルやったし。……おまえには分からん世界やろ」
翔琉は自嘲気味に笑った。
「そうやな。……自転車でなら、何回も二人乗りしたけどな。学校の帰り……チャリ通ちゃうかったから、よく乗せてもらったわ」
中学の帰り、学校から離れてから乗せてもらった。そもそも二人乗りは禁止だったし、ノーヘルだけでも十分注意された。
「……地味に悪いことしてんな」
「それくらい、みんなしてんちゃうん?」
「そうやろうけど──おまえ悪いこと嫌ってんのに。楓花ちゃんは知ってん?」
「知ってる。──行くぞ」
「えっ、ちょ、待てっ」
完全に寛いでいた翔琉より先に、俺はその場から離れようとした。特に行き先はなかったが、少し離れたところから様子を見ている女が二人いた。声をかけられる前に逃げてしまいたかった。
翔琉は俺に追い付いて、少しだけ離れてついてきていた。
「あ──旅行……」
地元にもある代理店の前を通ったので、楓花との旅行用にパンフレットをもらうことにした。翔琉は隣で〝楓花と行くのか?〟と羨ましそうにしながら、〝彩里にも聞いてみよう〟と言って卒業旅行コーナーを見に行っていた。
以前に二人で話した候補地のものをいくつか取って、近くのスツールに座った。パラパラとページをめくりながら、楓花が好きそうな宿も探してみた。
「なぁ、渡利──おまえさあ」
俺の隣に座りながら、翔琉は小さな声で聞いてきた。
「前……弱いとこあるって言ってたよな? 楓花ちゃんは知ってるって」
「ああ──それが?」
「何とは聞けへんけど……なんで楓花ちゃんが知ってん? 同じクラスとかならんかった、って聞いたんやけど。出会った日に言ったとか言ってたやろ?」
顔をひきつらせながら翔琉を見ると、彼は真剣な顔をしていた。
「あの頃……苦手なことが一個あってな。先生に教えてもらうつもりで残ってたときに楓花に出会って──楓花に教えてもらってた」
「なんで楓花ちゃんにしたん?」
「直感」
「……あっ、それ、楓花ちゃんのピアノ聞いたとき?」
楓花は俺との出会いのことを話していたらしい。
「そうやな。……それ以上は言わん」
店の中で話し声は響いてしまうのもあって、俺はそれ以上は何も話さなかった。隣で翔琉は小さな声で〝ということは音楽関係か〟とぶつぶつ言っていた。リコーダーができなかった、とは、こいつには言いたくない。
「おまえさぁ、どんだけ楓花ちゃんに素直にならんかったん? 楓花ちゃんが俺を選んでくれんかったのって、おまえがおったからやろ?」
楓花は『二人で会ってるの知られたくない』と言っていて、俺はその気持ちを優先させていた。楓花に〝俺と付き合っていたら良かったのに〟と言ったが、俺のほうから気持ちを打ち明けるべきだった。
「過去のことはどうしようもない。だからこれから全力でいく」
留学する前のときのように、空いた時間は全て楓花に使う。残りの大学生活を楽しんで、全てが終わったら旅行でゆっくり休む。楽しみすぎて、卒業論文が実は進んでいない。
「桧田、分かってると思うけど──就職してから浮気とか悪いことすんなよ? 戸坂さん可愛そうすぎるからな。もししたら、今度こそ俺は許さん」
「分かってる、俺だって……おまえらみたいにラブラブしたいし」
「ラ──、それ死語ちゃうん?」
「うるさいな、良いやろ他に言葉ないし……あっ、彩里!」
待ち合わせ場所の近くだったので、彩里と楓花が前を通ったらしい。翔琉は彩里に近付き、俺は楓花が寄ってくるのを待った。
「あれ? 晴大、どうしたん? 顔赤くない?」
「べ、別に。……楓花、良いのあった?」
話題を変えてごまかして、楓花の話を聞いた。
翔琉との時間は少々苦痛だったが──、〝楓花とラブラブ〟と言われて嬉しかったのは秘密だ。

