「九十九さん、お仕事の依頼をしたいのですが?」
とある女性が九十九探偵事務所に仕事の依頼の電話をかけてきた。
数時間後、長い黒髪で黒いドレスを着た三十代後半ぐらいの見た目の女性が、事務所の応接室にあるソファーに腰掛けていた。
女性は、今村涼子と名乗った。
「コーヒーです。どうぞ」
サキがアイスコーヒーの入ったグラスを涼子と九十九の前においた。
「ありがとうございます」
涼子はよく冷えたアイスコーヒーに砂糖を多めに入れてから、ストローでよくかき混ぜている。
「飲み物を失礼します。……それで、今回の依頼は、宝探しの件でしたね?」
九十九はアイスコーヒーを少しだけ飲んでから、涼子に話しかけた。
「そうです。実は、私の家では、先祖代々ある秘宝を探していましてね。九十九さんには、その宝物を探すお手伝いをしていただきたいのです」
そう話すと、涼子もグラスに入ったストローに口をつける。
「なるほど。それで、その秘宝とは、どのようなものなのでしょうか?」
「実は、私は平安時代から続く陰陽師の末裔(まつえい)でして、我が家と因縁のある秘宝を探しているのです」
「なるほど。今村さんは陰陽師でしたか」
今村涼子に何故か妖艶な雰囲気を感じていた九十九は、陰陽師という言葉を聞いて、納得したという表情をした。
「私は魔女かと思いましたよー。だって、本当に魔女みたいな見た目なんですもの」
「サキちゃん、心の中の声が漏れてますよ……」
サキの隣にいたナージャが小声で注意した。
「はは、ごめんなーちゃん。聞こえてた?」
「はい、私にははっきりと。でも小声なので、先生と依頼者さんには聞こえてないと思います」
「あはは、気をつけまーす」
サキとナージャは静かに応接室から外へ出た。
「私はまだ正式な陰陽師ではありませんが、一応今村家の正統な後継者ではあります。九十九さんは、宇治の宝蔵をご存知ですか?」
「いえ、初めて聞きますね」
「今私が探している秘宝は、この宇治の宝蔵と呼ばれる宝物殿にあると言われています。ですが、現代にいたるまで、この宇治の宝蔵は発見されていないのです」
宇治の宝蔵とは、中世の物語で度々言及されている、伝説の宝物殿である。
そこには、さまざまな財宝の他に、日本の三大怪異である鈴鹿山の大嶽丸、大江山の酒呑童子、そして、那須野の妖狐玉藻前(白面金毛九尾の狐)の遺骸が納めてあるという。
そして、この宝物殿は、龍神となった藤原頼通が今でも中にある宝物を守っていると言われている。
長年、京都府宇治市の平等院にあると言われてきたが、いまだにその所在は不明であった。
「宇治の宝蔵は京都府の宇治市にあることは確かなのですが、その具体的な場所は未だに不明なのです。今回九十九さんのお力をお借りして、その場所を発見したいと考えています」
「……」
何故か、九十九はしばらく考え込んでいた。
「九十九さん? どうかしましたか?」
「あ、いえ、なんでもありません。その仕事、引き受けましょう。契約書にサインをお願いします」
「ありがとうございます。調査に必要な経費はすべて私が支払いますので、よろしくお願いしますね」
陰陽師の名家である今村家では先祖代々、宇治の宝蔵の場所を探しているという。
そして、暗躍してきたあの組織もまた、三大怪異の遺骸を手に入れるために、その場所をずっと探していた。
「サキ君、宇治市の地図をネットからダウンロードして印刷してくれ。とりあえず君のダウジングで宇治の宝蔵の入口を見つけてみよう」
「はいはーい。今準備しますねー」
サキは宇治市の市街地の地図をダウンロードすると、プリンターでA3サイズの用紙に印刷して、応接室のテーブルの上に広げた。
そして、地図の上にダウジングペンデュラムを掲げて、意識を振り子の先端に集中させる。
涼子は、何故かサキがダウジングを行う様子を一挙動も逃さないように注視していた。
サキのダウジングペンデュラムは、朝日山の上で停止すると、くるくると回転し始めた。
「なるほど、朝日山に入口があるのですか。これは盲点でした。確かにここなら平等院からそれほど離れてはいないですからね」
涼子が少しだけ驚いたような顔を見せる。
しかし、九十九は、ペンデュラムが反応した時に、彼女がわずかにほくそ笑んだのを見逃さなかった。
「宇治の宝蔵の入口の場所はわかりました。どうしましょう、早速現地に向かいますか?」
「いえ、お互いに準備がありますから、日を改めましょう。私は九十九先生の都合の良い日で構いませんので、準備が出来たら連絡をください」
「わかりました。こちらの準備が出来たら連絡しますね」
三日後、九十九たちは宇治市の京阪宇治駅で涼子と合流した。
今回、九十九の他にサキとナージャも同行していた。
季節は秋に差し掛かっていたが、まだまだ気温は高く、九十九たちは蒸し暑さを感じていた。汗で彼女たちの服はじっとりと濡れている。
「九十九さん、朝日山の入口にある興聖寺へは、ここから歩いて二十分ほどです。そこから十分ほど山道を登ると山頂に到着します。九十九さんたちが大丈夫なら、ここから歩いていこうと思うのですが?」
「私たちは大丈夫です。健康のためにも、ここは歩いていきましょう」
「わかりました。途中、山道が険しいところもあるようなので、気をつけていきましょう」
四人は、興聖寺というお寺の駐車場までやってきた。
「ここから朝日山へと登ることが出来ます。その前に、サキさんのダウジング能力で、この山のどの辺に入口があるのか、見当をつけませんか?」
「わかりました。私がこの山の地形図をスマホに表示させます。それをサキ君にダウジングしてもらいましょう」
九十九が、朝日山の地形図をスマホに表示する。
サキがダウジングペンデュラムをスマホを上にかざすと、朝日山の頂上付近で反応を示した。
「朝日山の山頂には、観音堂があって、中に観音像が安置されているそうです。行ってみましょう」
朝日山は標高が低い山だが、それでも山道は険しく、登山の経験がほとんど無い九十九たちには登るのが大変だった。
「トレッキングシューズを履いてきて正解でしたね」
「山道を通る時は普通の靴では足元が滑るからね。山を登る時は必須だよ」
朝日山の山頂には、観音堂があった。
その裏手に、明らかに人為的に作られたと思われる洞窟があった。
しかし、陰陽師である涼子以外には、そこを感知することが出来なかった。
「九十九さん。観音堂の裏に洞窟の入口がありました」
「私たちには何も見えませんが……」
「なるほど。入口に特殊な結界が張られているようですね。それで、私のように陰陽道に関係のある人間にしかわからないようになっている。では、私が結界を解きましょう」
涼子が結界を解除すると、大きな洞窟が姿を現した。
「驚きました。こんなに立派な入口が隠されていたとは……」
洞窟の入口には石で作られた門があり、洞窟の内部も切り出した石で補強されていた。
「ここは人為的に手が加えられています。遺跡とみて間違いないでしょう」
「確かに、ダンジョンの入口みたいですー」
「内部がどうなっているのかわからないまま進むのは危険ですので、念のため、私がここで付喪神を飛ばします。ヒトガタという、紙で出来た依代に神を憑依させて、洞窟内部を確認してもらいます」
『この国におわします八百万の神々よ、我が依代に宿り、我に力を貸したまえ』
九十九はたくさんの紙のヒトガタを付喪神にして、洞窟の中へと飛ばし始めた。
しばらく時間が経ってから、九十九は険しい顔をして涼子に報告した。
「この洞窟の内部は迷路のように入り組んでいます。迷宮といってもいい。このまま進んでいくのはあまりにも危険です」
九十九の言うとおり、この洞窟の内部は複雑に入り組んだ地下迷宮になっている。
「これから洞窟の中に入るけど、サキ君とナージャ君はどうする?」
九十九は、二人が異世界で洞窟に閉じ込められていたことが、二人のトラウマになっていないか心配していた。
「先生と一緒なら、大丈夫です。なーちゃんはどう?」
「私も、サキちゃんと同じです」
「わかった。でも、無理だと感じたら、遠慮しないで言ってね」
「はーい、わかりました」
「サキ君。君のダウジング能力で正しい道順を確かめながら進もう。そうしないと、とても目的の宇治の宝蔵までは辿り着けなそうだ」
「はいはーい。今回はこれを使いますねー」
サキはダウジングロッドとよばれるL字の金属棒を取り出した。
「あ、私、この道具始めてみた。なんで名前なの、サキちゃん」
「これはダウジングロッドだよー。私は占いの用途によって、アイテムを使い分けてるんだー」
「へー、ダウジングにもいろんなアイテムがあるのね。私、振り子しか知らなかったわ」
サキがダウジングロッドに意識を集中すると、正しい道順の方向へと金属の棒が動いて道を指し示した。
「すごいですね。確かにこれなら迷わずに進むことが出来る」
「えへへ、私、占いだけは自信があるんです。外しませんよー」
四人は、サキのダウジング能力を使って正しいルートを確認しながら、洞窟の奥へと進んでいった。
実はこの時、九十九の動向を探っていた組織の人間たちも地下迷宮への入口にいた。
「九十九さんの動向を監視しておいて正解でした。まさか我々が長年探し求めていた宇治の宝蔵の入口をこうも簡単に探り当てるとは……」
「でも、ボスが、宇治の宝蔵に行くには複雑な迷路を抜けていかないといけないって言ってたよ。この先、迷路になってる通路を進んでいくのは大変だよねー。どうする、ダンタリオン?」
ウェパルは不満そうな顔でダンタリオンに尋ねた。
「この先に進んでいって、どうしようもなくなった時は、奥の手を使います。そのためにストラスを連れてきたんですから」
「なるほどね。なるべくズルはしたくないだ。ダンダリオンらしいねー」
「そういうことです。ところでウェパル、君は迷路の必勝法を知ってますか?」
「え、わからないけど、そんなのがあるの?」
「右手法というのがあるんです。壁に右手をつけて進んでいくと、必ずゴールまで辿り着けるんですよ。時間はかかりますけどね」
ダンダリオンは右手を壁につけるそぶりを見せながら話を続ける。
「へー、迷路にそんな攻略法があったんだ。僕、知らなかったよー」
「ふふ、時間がかかりますが、確実に進んだ方がいいでしょう?」
「そーだねー。僕たちは確実に宇治の宝蔵にいかないといけないからね」
九十九たちに遅れて、組織の人間たちも洞窟の内部へと進んでいった。
◇◇◇
洞窟の中は驚くほど綺麗に整備されていた。
そして、進入者の行く手を阻む意図で作られた迷路が、九十九たちの前に立ち塞がっていた。
「それにしても、これほどの遺跡が古代の日本で作られたとは、とても信じられません」
「本当に、驚くべき技術で作られています。平安時代の建築水準をはるかに超えていますからね。おそらく、この通路は平等院の地下付近まで続いているはずです。宇治の宝蔵は平等院にあると言われていますから」
九十九は念のため、カバンからコンパスを取り出した。
コンパスで平等院があると思われる方角を確認するためだ。
「平等院は朝日山から西側にあります。コンパスで私たちが西に向かっているかを確認しておきましょう」
サキのダウジングロッドが正解のルートを導き出していったおかげで、九十九たちは迷うことなくダンジョンの最奥にある宝蔵へと到達することができた。
「サキさん、素晴らしい能力です。まさか、まったく迷わずにここまでこれるとは思いませんでした」
涼子は大げさなリアクションをしながらサキを褒めた。
「ところで、あなたは本当は何者なんですか? 答えてもらいますよ」
九十九が涼子のことを睨みつけながら問いかけた。
「……気づいていたのですか?」
「私はカンが良いんです。あなたが悪意を持って私に仕事を依頼をしてきたのはうすうす気づいていました。今村涼子というのも偽名でしょう? だけど、ここであなたを止めないと大変なことになる予感がしたので、あえて依頼を受けたんです」
「ふふ、素晴らしいですね。君みたいに有能な人間は大好きです。今からでも私の組織に欲しいくらいですよ。まったく、なぜ君のような人物を組織から追い出したのか? 本当に、私の部下は無能ばかりで頭が痛くなりますね」
「あなたは、まさか?」
「そう。私は君たちのよく知っている組織のボスです。私はね、ここに収めてある日本の三大怪異の遺骸がどうしても欲しかったんですよ。彼らの遺骸を取り込んで、人間の限界を超える。それが、私の長年の夢でしたから」
「なるほど、それなら、なおさらあなたに財宝を渡すわけにはいかないですね」
九十九は涼子の目の前に立ち、進路を塞いだ。同時に、サキとナージャの二人を自分の後ろに移動させて、二人を守ろうとしている。
「やめておきなさい。今日の私は機嫌がいいので、このまま何もしないなら、見逃してあげますよ」
「いくらあなたがこの遺骸を使って力を手に入れようと、サキがいなければこの迷宮から脱出できないはずです。三大怪異の遺骸がここに安置されていた理由がよくわかります」
「ふふ、九十九君。私がその気になれば、この場でサキ君を洗脳して、私の思い通りに動かすこともできるのですよ。そこをよく考えて行動することです」
涼子は不敵な笑みを浮かべながら、九十九の眼をまっすぐと見据えている。
「くっ!」
突然、九十九は身体が動かなくなった。
(しまった。金縛りの術か。それに、ものすごいプレッシャーだ。だが、負けるわけには……)
「グアアアアア」
その時、龍神が現れ、涼子の腕に噛みついた。
「ほう、あなたは、藤原頼通ですね。ふふ、伝承のとおり、龍神となって宝物を守っていましたか。死してなお、宝物を守るとは、大した男ですね。だが、私があなたの対策をしていないとでも?」
涼子は龍に噛まれていない方の手でカバンから黒い真珠のようなものを取り出すと、噛まれている方の腕を素早く捻って口を振り解いた。そのまま、涼子は龍神の口の中へ黒い物体を投げ入れる。しばらくすると、龍神は全身を震わせて苦しみ出した。
「ふふ、それは龍殺しの宝珠です。頼通さん、龍の姿になったのが仇となりましたね。あなたが龍の姿となっているのはわかっていましたから」
(よし、龍神のおかげで金縛りの術が解けた。どうやらこの龍は味方のようだ。助けないと……)
『龍の神よ、我が依代に宿り、その力を解放したまえ』
九十九は弱っていた龍神をこっそり自身の依代に移した。
『毒から回復するまで、しばし依代の中で休んでいてください』
『すまないね。しばらく休ませてもらうよ』
「これで邪魔者はいなくなった。あなたたちは大人しくそこで待っていなさい」
涼子は宝物殿の中に進入すると、入口に結界をかけた。宝物殿の入口で、赤黒い結界がまるで生きているかのように不気味に揺らめいている。
「入口に結界を掛けさせてもらいました。これであなたたちは中には入れません」
「くっ、この程度の結界がなんだ! こんなもの、私が破ってやる!」
九十九は中に入るために無理矢理結界に触ろうとする。
「九十九先生、触れると危険です。腕が吹き飛びますよ!」
ナージャが小さな手で九十九の腕を必死に抑えつけながら、大声で叫んだ。
「ふふ、その娘の言うとおりです。そこで大人しく待っていなさい」
結界の中から涼子の勝ち誇った声が聞こえてくる。
「ほう、これが三大怪異の遺骸ですか。私はこの日をどれほど待ち望んだことか」
涼子は怪異たちの遺骸を手に取ると、自身のお腹へと押し当てた。押し当てられた遺骸が徐々に涼子の体内へと吸収されていく。
「ふふ、遺骸から力が溢れてくるのを感じます。これで私は人を超えた存在になれる。はははははぁ!」
彼女は嬉しさのあまり、大声で笑い出した。三大怪異の遺骸を取り込んだ涼子は、完全に異形の姿へと変化した。
「クソッ、私はこいつが強くなるのをただ見ているしかないのか!」
九十九は何もできない自分に腹が立ち、本気で悔しがっている。そんな九十九の前に、もはや人の姿を留めていない涼子が戻ってきた。
しかし、次の瞬間、涼子の前に異次元のゲートが出現した。ゲートの中から次々と組織の幹部たちが出てくる。
「ほう、あなたたち、ストラスの能力を使って迷宮をスキップしましたか。私の位置を感知してここまで来たのですね。だが、今ごろ来てももう遅い。遅すぎるんですよ、あなたたちは。……この無能どもが。お前たちがそんなことだから、私が直接動かざるをえなくなるんだ!」
「……申し訳ありませんでした」
幹部たちは目の前にいる涼子の面影のある怪物に驚いている。しかし、彼らはボスにただ謝ることしかできなかった。
「お前たちは私の意図を理解せずにぐだぐだと秘密結社ごっこを楽しんでいたな。私はずっとこの迷宮を攻略出来る能力者を探していたというのに! 私の意も汲み取れない無能どもが! だが、私は今、念願の三大怪異の遺骸を取り込み、私ですら驚くほどの力を手に入れた。もう、お前たちはもう用済みだ。私が直接この手で葬り去ってやる」
涼子の正体であるこの組織のボスは、平安時代の伝説の陰陽師、賀茂忠行(かものただゆき)である。忠行は、あの安倍晴明の師と言われている人物だ。
自分の死期を悟った忠行は、とある禁術を用いることで自身を別の人間の身体へ転生させることに成功した。彼は自身の一族の人間に転生を繰り返しながら、現代まで生き延びてきた。
そして忠行は現在、陰陽師の一族の子孫である涼子に転生している。彼にとって、組織の人間は自身が不老不死の人間となるという野望を叶えるための手駒にすぎなかった。そして、三大怪異の遺骸を取り込んで超人的な強さを手に入れた忠行は、その圧倒的な力で日本を破壊して、怪異たちが支配する新しい国を作ろうとしていた。
「ボス、私たちは、最初からあなたに利用されていたわけですか。だが、あなたの思い通りになると思うな! 私たちには、私たちの意思があり、この組織にいる理由がある!」
組織の幹部たちは、ボスを裏切る覚悟を決めた。
「もしかして、あなたは、望月編集長ですか?」
九十九は見覚えのある、黒い山高帽を被った男に尋ねた。
「ああ、そうだよ。すまないね九十九くん。私たちはずっとボスに騙されていたみたいだ。彼を止めないと、日本が完全に壊されてしまう。虫の良い話なのはわかっている。だが、ボスを止めるのに手を貸してくれないか? 私たちだけでは、とても無理そうなんだ」
「ははははは、無駄だよ。ダンダリオン。君たち無能がいくら手を組もうが、今の私には勝てぬよ。強さとは能力で決まるものではない。その能力を使う人間によって決まるのだ」
忠行は、自分の部下たちを睨みつけて、身体が凍りつくほどの恐怖とプレッシャーを与える。
「私がお前たちに能力を使う隙を与えるとでも思ったのか?」
忠行は、一瞬でその場にいた組織の幹部全員を殴りつけて、彼らが立ち上がれなくなるほどのダメージを与えた。ダンダリオンを含めた幹部たちは全員その場に倒れ込んで、動けなくなった。
「ふふ、強力な能力があっても、使えなければ宝の持ち腐れだな。能力にかまけて鍛錬をおこたっているからこうなるのだ」
幹部たちは、倒れながらもかろうじて意識を保っていた。しかし、怪異となり不老不死の能力を得た忠行の圧倒的な強さに絶望していた。
「素晴らしい。実に素晴らしい。力が溢れてくるぞ。これが三大怪異の力なのかあー!」
忠行は両手を広げて、全身を振るわせながら叫んだ。彼の叫び声が、洞窟全体を震わせている。
「くくく、では、外へ出るか。ふん、こんな迷宮など、壊してしまえばいい」
忠行が右手を壁にかざすと、彼の手のひらから衝撃波が発生する。次の瞬間、分厚い壁がこなごなに破壊されて、大きな穴が空いた。
「これでいい。出口が無ければ作ればいいのだ。さて、日本を作り変えるとするか。地上にあるものはすべて壊す。私の世界を作るためにな」
(ふふ、壊すなどとはもったいない。わらわのように利用すれば良いのじゃ。権力者共をたぶらかしてな)
突然、忠行の頭の中に妙齢の女性の声が聞こえてくる。
「なんだと!?」
(くくくくく、わらわの身体を利用しようとしたようだが、そうはいかぬ)
「お前は……、まさか、九尾なのか? 何故お前の意識が私の中にある?」
(わらわの魂がこの程度でくたばるわけがなかろう? 忠行と言ったな。お前が今使っている女の身体をいただくぞ)
「くっ、今きさまにこの身体を渡すわけにはいかない!」
(ふふ、人間ごときが、わらわに勝てると思うたか?)
「ぐうう、うわあああああ」
忠行は突然頭を手で押さえだし、苦しみながら暴れ始めた。
『あいつ、様子が変だ。苦しんでいるぞ』
『ああ。だが、嫌な予感がする。まさか……』
「あ、あ、あ、あ……」
忠行が壊れたラジオのように言葉にならないような声をあげている。
しばらくすると、忠行の全身から白い霧が発生して、周囲を覆い始めた。霧はどんどん濃くなり彼の姿が見えなくなっていく。やがて霧が晴れると、彼の身体は急激に変化していて、白面の妖狐となっていた。妖狐は金色の毛でおおわれた九本の尾をひらひらとただよわせながら、不敵に笑っている。
「ふふ、ようやくわらわが現世に復活できた。礼をいうぞ、忠行」
それまでとは打って変わって、艶かしい声で妖狐がつぶやいた。
「彼女の雰囲気が変わった。それに、尾が九本ある。まさか、九尾の狐に乗っ取られたのか?」
「さよう。わらわは九尾じゃ。くくく、久しぶりの現世じゃ。気分がいいのう」
九尾は、尾の一つを口に当てながら高笑いしている。強烈なプレッシャーを感じた九十九たちは、強烈な寒気とともに、周囲の空気が重くなっているような印象を受けた。
「九尾、お前を地上にいかせるわけにはいかない。お前の存在はこの国の、いや、世界の厄災となるからな」
九尾からのプレッシャーを必死に跳ね除けながら、九十九が九尾を睨みつける。
「ふふ、人の子よ、わらわの邪魔をするか。勇気と無謀は違うということを教えてもらえなんだようだな」
九尾は、全身から赤黒いオーラを発生させると、複数の尻尾を操って九十九に攻撃を仕掛けた。たくさんの尾が、ムチのようにしなりながら九十九の身体を襲う。
「マズい、九十九、俺に身体を貸せ」
ゼロが無理矢理九十九の身体から出てきた。そのまま、ゼロは素早く後ろに下がって自分に向かってきたたくさんの尾を回避していく。しかし、一本の尾を避けきれず、ゼロは腹を尾で貫かれてしまった。
「がはっ!」
ゼロは尾で貫かれながら、口から血を吐いた。
そのまま、九尾の尾で身体を何度も打ち付けられながらも、ゼロはなんとかその攻撃を堪えている。
「ぐうう、なんで威力だ。このダメージでは回復が追い付かない。俺はもうダメだな。じゃあな、うみか。俺はお前と一緒になれて、最高に楽しかったぜ」
ゼロは九十九を助けるために、九尾から受けたダメージを全て自分の身体に引き受けた。そのせいで、彼の身体は消滅しかけていた。
「うわあああ、ゼロ。ゼロー!」
そして、ダメージに耐えられなくなったゼロの身体は、完全に消滅した。
「うわああああああ!」
ゼロの身体が消滅したことで、九十九は本来の人間の身体へと戻っていた。
「許さない。許さないぞ、お前だけは。絶対に許さない!」
「ふふ、怪異が消えて、元の人間の姿に戻ったようだな。だが、笑わせるな。ただの人間ごときが、わらわに勝てるとでも?」
九尾は素早く九十九の前まで動くと、鋭い爪で彼女の全身を切り裂いた。九尾に切りつけられた九十九の身体は、鮮血を吹き出しながら、後ろへと倒れてしまう。
「くくく。もろい、もろいのう。人間というのは、なんともろいものか」
九尾は二本足で立ち上がると、身体を後ろに反らせながら笑っていた。
「ぐぅ、ゼロがいないと、こいつにはとても勝てない。ごめんねゼロ。私ももうダメみたいだ……」
九十九が勝利を諦め、死を覚悟したその時……。
「先生、諦めちゃダメです」
「そうです。私たちの知ってる先生はこんなところで負けたりしないです」
「立ってうみちゃん。あなたはこんなところで終わる人じゃないわ」
「九十九さん、立って」
「それまでの時間は私たちが稼ぎます」
「ふん、狐ごときに好き勝手されては困るのだよ」
倒れている九十九の前に、たくさんの人たちが立って、九十九を守っていた。
「サキ君、ナージャ君、まりえ、八尺様。それにT地区の怪異たちまで。どうして?」
「私の能力で彼らをここに呼び寄せました」
「望月さん」
望月編集長が、自身の能力で、九十九にゆかりのある人物たちを召喚したのだ。
「みんなありがとう。でも、ゼロがいなくなってしまった。私だけでは、こいつには……」
その時、九十九の脳内に、ゼロの声が響いてきた。
『諦めるなうみか。俺はまだ終わっちゃいないぜ!』
『ゼロ、ゼロ! お前、大丈夫なのか?』
『ああ。身体は失っちまったが、なんとか魂は残っているよ』
『うれしいよ、ゼロ。私は君が完全に消滅したと思っていたから』
『さあ、うみか。俺を憑依するんだ。そして、二人であいつをぶっ飛ばすぞ』
『わかった、ゼロ。私の中に来てくれ』
『ああ、俺たちの本気、見せてやろうぜ』
九十九は、最後の力を振り絞って、自身の身体にゼロの魂を憑依させる。
『我が相棒の大神よ、我が身体に宿り、我と一つになりたまえ』
九十九の中に、消滅したはずのゼロが宿り、傷ついた九十九の肉体が再生した。
「思いは、思いは力なんだ。みんなの思いが、意志が、私に力を与えてくれた」
九十九に宿ったゼロは、本来の姿である大口真神の姿へと戻っていた。白い狼の姿となった彼女は、神々しい雰囲気を纏っている。
「ほう、犬神を憑依させて本来の力を取り戻したか。だが、わらわの……」
九十九は、恐ろしいほどの速さで九尾の首を刈り取った。あまりの速さに、九尾は何が起きたのかすら感知できなかった。
「ぐはっ、く、首をもがれたか……」
九十九に首をもがれた九尾の胴体がゆっくりと倒れ込んだ。しかし、身体から切り離された九尾の首は、何事も無かったかのように喋り出した。
「いい気になるなよ犬神。わらわは復活したばかりでまだ本来の力を取り戻していないだけじゃ。本来の力を取り戻して、必ずお前のはらわたを喰らうてやるぞ。楽しみにしておけ」
そこまで話すと、突然、九尾の胴体が風船のように膨らみ始めた。
「マズいな、みんな下がれ。九尾の身体が破裂するぞ」
九十九はその場にいた全員を守れる位置に移動すると、両手をかざして身体の前方に半円状のバリアを貼った。
ばーん。
限界まで膨張した九尾の身体が破裂した。凄まじい衝撃が九十九たちを襲う。
「くっ、最後に自爆するとは……」
九十九は身体がボロボロになりながらも、なんとか全員を守り切った。
「やったのか……。いや……」
九十九は九尾の首が無くなっていることに気づいた。
『やつの首が無い。逃してしまったか』
『ああ。だが、九尾は必ず俺たちの前に戻ってくる。今以上に強くなってな。その時に確実に倒せるように、俺たちももっと強くなるしかない』
『そうだな。それよりどうするんだゼロ? 私は君を解放することも出来るんだが……』
『決まってるだろうみか。これからも一緒にいさせろ。俺の身体は無くなっちまったからな。お前の身体、貸してもらうぜ』
『そうか。これからもよろしく頼むよ、ゼロ』
九十九はにっこりと微笑んだ。
「みなさん、力を貸してくれて、本当にありがとう。みなさんが来てくれたおかげで、私はなんとか勝つことができました」
九十九は自分を助けに来てくれた人たちに頭を下げた。
「サキ君、ナージャ君。君たちも本当にありがとう」
「先生が無事で、本当によかったです」
「私もです。先生がいてくれないと、私たちは生きていけませんから」
「はは、うれしいなあ。それじゃ、事務所へ帰ろうか」
「はい」
九十九はやさしく二人の肩を叩いた。二人も、九十九の両肩を優しく叩き返してくれた。
◇◇◇
九尾の首は栃木県の那須にある殺生石まで飛んでいた。九尾は殺生石から自身の残りの身体を吸収すると、闇の中へと消えていった。
「犬神、待っておれ。お前に刈り取られた身体を再生したら、真っ先にお前を喰らいにいってやるからの」
とある女性が九十九探偵事務所に仕事の依頼の電話をかけてきた。
数時間後、長い黒髪で黒いドレスを着た三十代後半ぐらいの見た目の女性が、事務所の応接室にあるソファーに腰掛けていた。
女性は、今村涼子と名乗った。
「コーヒーです。どうぞ」
サキがアイスコーヒーの入ったグラスを涼子と九十九の前においた。
「ありがとうございます」
涼子はよく冷えたアイスコーヒーに砂糖を多めに入れてから、ストローでよくかき混ぜている。
「飲み物を失礼します。……それで、今回の依頼は、宝探しの件でしたね?」
九十九はアイスコーヒーを少しだけ飲んでから、涼子に話しかけた。
「そうです。実は、私の家では、先祖代々ある秘宝を探していましてね。九十九さんには、その宝物を探すお手伝いをしていただきたいのです」
そう話すと、涼子もグラスに入ったストローに口をつける。
「なるほど。それで、その秘宝とは、どのようなものなのでしょうか?」
「実は、私は平安時代から続く陰陽師の末裔(まつえい)でして、我が家と因縁のある秘宝を探しているのです」
「なるほど。今村さんは陰陽師でしたか」
今村涼子に何故か妖艶な雰囲気を感じていた九十九は、陰陽師という言葉を聞いて、納得したという表情をした。
「私は魔女かと思いましたよー。だって、本当に魔女みたいな見た目なんですもの」
「サキちゃん、心の中の声が漏れてますよ……」
サキの隣にいたナージャが小声で注意した。
「はは、ごめんなーちゃん。聞こえてた?」
「はい、私にははっきりと。でも小声なので、先生と依頼者さんには聞こえてないと思います」
「あはは、気をつけまーす」
サキとナージャは静かに応接室から外へ出た。
「私はまだ正式な陰陽師ではありませんが、一応今村家の正統な後継者ではあります。九十九さんは、宇治の宝蔵をご存知ですか?」
「いえ、初めて聞きますね」
「今私が探している秘宝は、この宇治の宝蔵と呼ばれる宝物殿にあると言われています。ですが、現代にいたるまで、この宇治の宝蔵は発見されていないのです」
宇治の宝蔵とは、中世の物語で度々言及されている、伝説の宝物殿である。
そこには、さまざまな財宝の他に、日本の三大怪異である鈴鹿山の大嶽丸、大江山の酒呑童子、そして、那須野の妖狐玉藻前(白面金毛九尾の狐)の遺骸が納めてあるという。
そして、この宝物殿は、龍神となった藤原頼通が今でも中にある宝物を守っていると言われている。
長年、京都府宇治市の平等院にあると言われてきたが、いまだにその所在は不明であった。
「宇治の宝蔵は京都府の宇治市にあることは確かなのですが、その具体的な場所は未だに不明なのです。今回九十九さんのお力をお借りして、その場所を発見したいと考えています」
「……」
何故か、九十九はしばらく考え込んでいた。
「九十九さん? どうかしましたか?」
「あ、いえ、なんでもありません。その仕事、引き受けましょう。契約書にサインをお願いします」
「ありがとうございます。調査に必要な経費はすべて私が支払いますので、よろしくお願いしますね」
陰陽師の名家である今村家では先祖代々、宇治の宝蔵の場所を探しているという。
そして、暗躍してきたあの組織もまた、三大怪異の遺骸を手に入れるために、その場所をずっと探していた。
「サキ君、宇治市の地図をネットからダウンロードして印刷してくれ。とりあえず君のダウジングで宇治の宝蔵の入口を見つけてみよう」
「はいはーい。今準備しますねー」
サキは宇治市の市街地の地図をダウンロードすると、プリンターでA3サイズの用紙に印刷して、応接室のテーブルの上に広げた。
そして、地図の上にダウジングペンデュラムを掲げて、意識を振り子の先端に集中させる。
涼子は、何故かサキがダウジングを行う様子を一挙動も逃さないように注視していた。
サキのダウジングペンデュラムは、朝日山の上で停止すると、くるくると回転し始めた。
「なるほど、朝日山に入口があるのですか。これは盲点でした。確かにここなら平等院からそれほど離れてはいないですからね」
涼子が少しだけ驚いたような顔を見せる。
しかし、九十九は、ペンデュラムが反応した時に、彼女がわずかにほくそ笑んだのを見逃さなかった。
「宇治の宝蔵の入口の場所はわかりました。どうしましょう、早速現地に向かいますか?」
「いえ、お互いに準備がありますから、日を改めましょう。私は九十九先生の都合の良い日で構いませんので、準備が出来たら連絡をください」
「わかりました。こちらの準備が出来たら連絡しますね」
三日後、九十九たちは宇治市の京阪宇治駅で涼子と合流した。
今回、九十九の他にサキとナージャも同行していた。
季節は秋に差し掛かっていたが、まだまだ気温は高く、九十九たちは蒸し暑さを感じていた。汗で彼女たちの服はじっとりと濡れている。
「九十九さん、朝日山の入口にある興聖寺へは、ここから歩いて二十分ほどです。そこから十分ほど山道を登ると山頂に到着します。九十九さんたちが大丈夫なら、ここから歩いていこうと思うのですが?」
「私たちは大丈夫です。健康のためにも、ここは歩いていきましょう」
「わかりました。途中、山道が険しいところもあるようなので、気をつけていきましょう」
四人は、興聖寺というお寺の駐車場までやってきた。
「ここから朝日山へと登ることが出来ます。その前に、サキさんのダウジング能力で、この山のどの辺に入口があるのか、見当をつけませんか?」
「わかりました。私がこの山の地形図をスマホに表示させます。それをサキ君にダウジングしてもらいましょう」
九十九が、朝日山の地形図をスマホに表示する。
サキがダウジングペンデュラムをスマホを上にかざすと、朝日山の頂上付近で反応を示した。
「朝日山の山頂には、観音堂があって、中に観音像が安置されているそうです。行ってみましょう」
朝日山は標高が低い山だが、それでも山道は険しく、登山の経験がほとんど無い九十九たちには登るのが大変だった。
「トレッキングシューズを履いてきて正解でしたね」
「山道を通る時は普通の靴では足元が滑るからね。山を登る時は必須だよ」
朝日山の山頂には、観音堂があった。
その裏手に、明らかに人為的に作られたと思われる洞窟があった。
しかし、陰陽師である涼子以外には、そこを感知することが出来なかった。
「九十九さん。観音堂の裏に洞窟の入口がありました」
「私たちには何も見えませんが……」
「なるほど。入口に特殊な結界が張られているようですね。それで、私のように陰陽道に関係のある人間にしかわからないようになっている。では、私が結界を解きましょう」
涼子が結界を解除すると、大きな洞窟が姿を現した。
「驚きました。こんなに立派な入口が隠されていたとは……」
洞窟の入口には石で作られた門があり、洞窟の内部も切り出した石で補強されていた。
「ここは人為的に手が加えられています。遺跡とみて間違いないでしょう」
「確かに、ダンジョンの入口みたいですー」
「内部がどうなっているのかわからないまま進むのは危険ですので、念のため、私がここで付喪神を飛ばします。ヒトガタという、紙で出来た依代に神を憑依させて、洞窟内部を確認してもらいます」
『この国におわします八百万の神々よ、我が依代に宿り、我に力を貸したまえ』
九十九はたくさんの紙のヒトガタを付喪神にして、洞窟の中へと飛ばし始めた。
しばらく時間が経ってから、九十九は険しい顔をして涼子に報告した。
「この洞窟の内部は迷路のように入り組んでいます。迷宮といってもいい。このまま進んでいくのはあまりにも危険です」
九十九の言うとおり、この洞窟の内部は複雑に入り組んだ地下迷宮になっている。
「これから洞窟の中に入るけど、サキ君とナージャ君はどうする?」
九十九は、二人が異世界で洞窟に閉じ込められていたことが、二人のトラウマになっていないか心配していた。
「先生と一緒なら、大丈夫です。なーちゃんはどう?」
「私も、サキちゃんと同じです」
「わかった。でも、無理だと感じたら、遠慮しないで言ってね」
「はーい、わかりました」
「サキ君。君のダウジング能力で正しい道順を確かめながら進もう。そうしないと、とても目的の宇治の宝蔵までは辿り着けなそうだ」
「はいはーい。今回はこれを使いますねー」
サキはダウジングロッドとよばれるL字の金属棒を取り出した。
「あ、私、この道具始めてみた。なんで名前なの、サキちゃん」
「これはダウジングロッドだよー。私は占いの用途によって、アイテムを使い分けてるんだー」
「へー、ダウジングにもいろんなアイテムがあるのね。私、振り子しか知らなかったわ」
サキがダウジングロッドに意識を集中すると、正しい道順の方向へと金属の棒が動いて道を指し示した。
「すごいですね。確かにこれなら迷わずに進むことが出来る」
「えへへ、私、占いだけは自信があるんです。外しませんよー」
四人は、サキのダウジング能力を使って正しいルートを確認しながら、洞窟の奥へと進んでいった。
実はこの時、九十九の動向を探っていた組織の人間たちも地下迷宮への入口にいた。
「九十九さんの動向を監視しておいて正解でした。まさか我々が長年探し求めていた宇治の宝蔵の入口をこうも簡単に探り当てるとは……」
「でも、ボスが、宇治の宝蔵に行くには複雑な迷路を抜けていかないといけないって言ってたよ。この先、迷路になってる通路を進んでいくのは大変だよねー。どうする、ダンタリオン?」
ウェパルは不満そうな顔でダンタリオンに尋ねた。
「この先に進んでいって、どうしようもなくなった時は、奥の手を使います。そのためにストラスを連れてきたんですから」
「なるほどね。なるべくズルはしたくないだ。ダンダリオンらしいねー」
「そういうことです。ところでウェパル、君は迷路の必勝法を知ってますか?」
「え、わからないけど、そんなのがあるの?」
「右手法というのがあるんです。壁に右手をつけて進んでいくと、必ずゴールまで辿り着けるんですよ。時間はかかりますけどね」
ダンダリオンは右手を壁につけるそぶりを見せながら話を続ける。
「へー、迷路にそんな攻略法があったんだ。僕、知らなかったよー」
「ふふ、時間がかかりますが、確実に進んだ方がいいでしょう?」
「そーだねー。僕たちは確実に宇治の宝蔵にいかないといけないからね」
九十九たちに遅れて、組織の人間たちも洞窟の内部へと進んでいった。
◇◇◇
洞窟の中は驚くほど綺麗に整備されていた。
そして、進入者の行く手を阻む意図で作られた迷路が、九十九たちの前に立ち塞がっていた。
「それにしても、これほどの遺跡が古代の日本で作られたとは、とても信じられません」
「本当に、驚くべき技術で作られています。平安時代の建築水準をはるかに超えていますからね。おそらく、この通路は平等院の地下付近まで続いているはずです。宇治の宝蔵は平等院にあると言われていますから」
九十九は念のため、カバンからコンパスを取り出した。
コンパスで平等院があると思われる方角を確認するためだ。
「平等院は朝日山から西側にあります。コンパスで私たちが西に向かっているかを確認しておきましょう」
サキのダウジングロッドが正解のルートを導き出していったおかげで、九十九たちは迷うことなくダンジョンの最奥にある宝蔵へと到達することができた。
「サキさん、素晴らしい能力です。まさか、まったく迷わずにここまでこれるとは思いませんでした」
涼子は大げさなリアクションをしながらサキを褒めた。
「ところで、あなたは本当は何者なんですか? 答えてもらいますよ」
九十九が涼子のことを睨みつけながら問いかけた。
「……気づいていたのですか?」
「私はカンが良いんです。あなたが悪意を持って私に仕事を依頼をしてきたのはうすうす気づいていました。今村涼子というのも偽名でしょう? だけど、ここであなたを止めないと大変なことになる予感がしたので、あえて依頼を受けたんです」
「ふふ、素晴らしいですね。君みたいに有能な人間は大好きです。今からでも私の組織に欲しいくらいですよ。まったく、なぜ君のような人物を組織から追い出したのか? 本当に、私の部下は無能ばかりで頭が痛くなりますね」
「あなたは、まさか?」
「そう。私は君たちのよく知っている組織のボスです。私はね、ここに収めてある日本の三大怪異の遺骸がどうしても欲しかったんですよ。彼らの遺骸を取り込んで、人間の限界を超える。それが、私の長年の夢でしたから」
「なるほど、それなら、なおさらあなたに財宝を渡すわけにはいかないですね」
九十九は涼子の目の前に立ち、進路を塞いだ。同時に、サキとナージャの二人を自分の後ろに移動させて、二人を守ろうとしている。
「やめておきなさい。今日の私は機嫌がいいので、このまま何もしないなら、見逃してあげますよ」
「いくらあなたがこの遺骸を使って力を手に入れようと、サキがいなければこの迷宮から脱出できないはずです。三大怪異の遺骸がここに安置されていた理由がよくわかります」
「ふふ、九十九君。私がその気になれば、この場でサキ君を洗脳して、私の思い通りに動かすこともできるのですよ。そこをよく考えて行動することです」
涼子は不敵な笑みを浮かべながら、九十九の眼をまっすぐと見据えている。
「くっ!」
突然、九十九は身体が動かなくなった。
(しまった。金縛りの術か。それに、ものすごいプレッシャーだ。だが、負けるわけには……)
「グアアアアア」
その時、龍神が現れ、涼子の腕に噛みついた。
「ほう、あなたは、藤原頼通ですね。ふふ、伝承のとおり、龍神となって宝物を守っていましたか。死してなお、宝物を守るとは、大した男ですね。だが、私があなたの対策をしていないとでも?」
涼子は龍に噛まれていない方の手でカバンから黒い真珠のようなものを取り出すと、噛まれている方の腕を素早く捻って口を振り解いた。そのまま、涼子は龍神の口の中へ黒い物体を投げ入れる。しばらくすると、龍神は全身を震わせて苦しみ出した。
「ふふ、それは龍殺しの宝珠です。頼通さん、龍の姿になったのが仇となりましたね。あなたが龍の姿となっているのはわかっていましたから」
(よし、龍神のおかげで金縛りの術が解けた。どうやらこの龍は味方のようだ。助けないと……)
『龍の神よ、我が依代に宿り、その力を解放したまえ』
九十九は弱っていた龍神をこっそり自身の依代に移した。
『毒から回復するまで、しばし依代の中で休んでいてください』
『すまないね。しばらく休ませてもらうよ』
「これで邪魔者はいなくなった。あなたたちは大人しくそこで待っていなさい」
涼子は宝物殿の中に進入すると、入口に結界をかけた。宝物殿の入口で、赤黒い結界がまるで生きているかのように不気味に揺らめいている。
「入口に結界を掛けさせてもらいました。これであなたたちは中には入れません」
「くっ、この程度の結界がなんだ! こんなもの、私が破ってやる!」
九十九は中に入るために無理矢理結界に触ろうとする。
「九十九先生、触れると危険です。腕が吹き飛びますよ!」
ナージャが小さな手で九十九の腕を必死に抑えつけながら、大声で叫んだ。
「ふふ、その娘の言うとおりです。そこで大人しく待っていなさい」
結界の中から涼子の勝ち誇った声が聞こえてくる。
「ほう、これが三大怪異の遺骸ですか。私はこの日をどれほど待ち望んだことか」
涼子は怪異たちの遺骸を手に取ると、自身のお腹へと押し当てた。押し当てられた遺骸が徐々に涼子の体内へと吸収されていく。
「ふふ、遺骸から力が溢れてくるのを感じます。これで私は人を超えた存在になれる。はははははぁ!」
彼女は嬉しさのあまり、大声で笑い出した。三大怪異の遺骸を取り込んだ涼子は、完全に異形の姿へと変化した。
「クソッ、私はこいつが強くなるのをただ見ているしかないのか!」
九十九は何もできない自分に腹が立ち、本気で悔しがっている。そんな九十九の前に、もはや人の姿を留めていない涼子が戻ってきた。
しかし、次の瞬間、涼子の前に異次元のゲートが出現した。ゲートの中から次々と組織の幹部たちが出てくる。
「ほう、あなたたち、ストラスの能力を使って迷宮をスキップしましたか。私の位置を感知してここまで来たのですね。だが、今ごろ来てももう遅い。遅すぎるんですよ、あなたたちは。……この無能どもが。お前たちがそんなことだから、私が直接動かざるをえなくなるんだ!」
「……申し訳ありませんでした」
幹部たちは目の前にいる涼子の面影のある怪物に驚いている。しかし、彼らはボスにただ謝ることしかできなかった。
「お前たちは私の意図を理解せずにぐだぐだと秘密結社ごっこを楽しんでいたな。私はずっとこの迷宮を攻略出来る能力者を探していたというのに! 私の意も汲み取れない無能どもが! だが、私は今、念願の三大怪異の遺骸を取り込み、私ですら驚くほどの力を手に入れた。もう、お前たちはもう用済みだ。私が直接この手で葬り去ってやる」
涼子の正体であるこの組織のボスは、平安時代の伝説の陰陽師、賀茂忠行(かものただゆき)である。忠行は、あの安倍晴明の師と言われている人物だ。
自分の死期を悟った忠行は、とある禁術を用いることで自身を別の人間の身体へ転生させることに成功した。彼は自身の一族の人間に転生を繰り返しながら、現代まで生き延びてきた。
そして忠行は現在、陰陽師の一族の子孫である涼子に転生している。彼にとって、組織の人間は自身が不老不死の人間となるという野望を叶えるための手駒にすぎなかった。そして、三大怪異の遺骸を取り込んで超人的な強さを手に入れた忠行は、その圧倒的な力で日本を破壊して、怪異たちが支配する新しい国を作ろうとしていた。
「ボス、私たちは、最初からあなたに利用されていたわけですか。だが、あなたの思い通りになると思うな! 私たちには、私たちの意思があり、この組織にいる理由がある!」
組織の幹部たちは、ボスを裏切る覚悟を決めた。
「もしかして、あなたは、望月編集長ですか?」
九十九は見覚えのある、黒い山高帽を被った男に尋ねた。
「ああ、そうだよ。すまないね九十九くん。私たちはずっとボスに騙されていたみたいだ。彼を止めないと、日本が完全に壊されてしまう。虫の良い話なのはわかっている。だが、ボスを止めるのに手を貸してくれないか? 私たちだけでは、とても無理そうなんだ」
「ははははは、無駄だよ。ダンダリオン。君たち無能がいくら手を組もうが、今の私には勝てぬよ。強さとは能力で決まるものではない。その能力を使う人間によって決まるのだ」
忠行は、自分の部下たちを睨みつけて、身体が凍りつくほどの恐怖とプレッシャーを与える。
「私がお前たちに能力を使う隙を与えるとでも思ったのか?」
忠行は、一瞬でその場にいた組織の幹部全員を殴りつけて、彼らが立ち上がれなくなるほどのダメージを与えた。ダンダリオンを含めた幹部たちは全員その場に倒れ込んで、動けなくなった。
「ふふ、強力な能力があっても、使えなければ宝の持ち腐れだな。能力にかまけて鍛錬をおこたっているからこうなるのだ」
幹部たちは、倒れながらもかろうじて意識を保っていた。しかし、怪異となり不老不死の能力を得た忠行の圧倒的な強さに絶望していた。
「素晴らしい。実に素晴らしい。力が溢れてくるぞ。これが三大怪異の力なのかあー!」
忠行は両手を広げて、全身を振るわせながら叫んだ。彼の叫び声が、洞窟全体を震わせている。
「くくく、では、外へ出るか。ふん、こんな迷宮など、壊してしまえばいい」
忠行が右手を壁にかざすと、彼の手のひらから衝撃波が発生する。次の瞬間、分厚い壁がこなごなに破壊されて、大きな穴が空いた。
「これでいい。出口が無ければ作ればいいのだ。さて、日本を作り変えるとするか。地上にあるものはすべて壊す。私の世界を作るためにな」
(ふふ、壊すなどとはもったいない。わらわのように利用すれば良いのじゃ。権力者共をたぶらかしてな)
突然、忠行の頭の中に妙齢の女性の声が聞こえてくる。
「なんだと!?」
(くくくくく、わらわの身体を利用しようとしたようだが、そうはいかぬ)
「お前は……、まさか、九尾なのか? 何故お前の意識が私の中にある?」
(わらわの魂がこの程度でくたばるわけがなかろう? 忠行と言ったな。お前が今使っている女の身体をいただくぞ)
「くっ、今きさまにこの身体を渡すわけにはいかない!」
(ふふ、人間ごときが、わらわに勝てると思うたか?)
「ぐうう、うわあああああ」
忠行は突然頭を手で押さえだし、苦しみながら暴れ始めた。
『あいつ、様子が変だ。苦しんでいるぞ』
『ああ。だが、嫌な予感がする。まさか……』
「あ、あ、あ、あ……」
忠行が壊れたラジオのように言葉にならないような声をあげている。
しばらくすると、忠行の全身から白い霧が発生して、周囲を覆い始めた。霧はどんどん濃くなり彼の姿が見えなくなっていく。やがて霧が晴れると、彼の身体は急激に変化していて、白面の妖狐となっていた。妖狐は金色の毛でおおわれた九本の尾をひらひらとただよわせながら、不敵に笑っている。
「ふふ、ようやくわらわが現世に復活できた。礼をいうぞ、忠行」
それまでとは打って変わって、艶かしい声で妖狐がつぶやいた。
「彼女の雰囲気が変わった。それに、尾が九本ある。まさか、九尾の狐に乗っ取られたのか?」
「さよう。わらわは九尾じゃ。くくく、久しぶりの現世じゃ。気分がいいのう」
九尾は、尾の一つを口に当てながら高笑いしている。強烈なプレッシャーを感じた九十九たちは、強烈な寒気とともに、周囲の空気が重くなっているような印象を受けた。
「九尾、お前を地上にいかせるわけにはいかない。お前の存在はこの国の、いや、世界の厄災となるからな」
九尾からのプレッシャーを必死に跳ね除けながら、九十九が九尾を睨みつける。
「ふふ、人の子よ、わらわの邪魔をするか。勇気と無謀は違うということを教えてもらえなんだようだな」
九尾は、全身から赤黒いオーラを発生させると、複数の尻尾を操って九十九に攻撃を仕掛けた。たくさんの尾が、ムチのようにしなりながら九十九の身体を襲う。
「マズい、九十九、俺に身体を貸せ」
ゼロが無理矢理九十九の身体から出てきた。そのまま、ゼロは素早く後ろに下がって自分に向かってきたたくさんの尾を回避していく。しかし、一本の尾を避けきれず、ゼロは腹を尾で貫かれてしまった。
「がはっ!」
ゼロは尾で貫かれながら、口から血を吐いた。
そのまま、九尾の尾で身体を何度も打ち付けられながらも、ゼロはなんとかその攻撃を堪えている。
「ぐうう、なんで威力だ。このダメージでは回復が追い付かない。俺はもうダメだな。じゃあな、うみか。俺はお前と一緒になれて、最高に楽しかったぜ」
ゼロは九十九を助けるために、九尾から受けたダメージを全て自分の身体に引き受けた。そのせいで、彼の身体は消滅しかけていた。
「うわあああ、ゼロ。ゼロー!」
そして、ダメージに耐えられなくなったゼロの身体は、完全に消滅した。
「うわああああああ!」
ゼロの身体が消滅したことで、九十九は本来の人間の身体へと戻っていた。
「許さない。許さないぞ、お前だけは。絶対に許さない!」
「ふふ、怪異が消えて、元の人間の姿に戻ったようだな。だが、笑わせるな。ただの人間ごときが、わらわに勝てるとでも?」
九尾は素早く九十九の前まで動くと、鋭い爪で彼女の全身を切り裂いた。九尾に切りつけられた九十九の身体は、鮮血を吹き出しながら、後ろへと倒れてしまう。
「くくく。もろい、もろいのう。人間というのは、なんともろいものか」
九尾は二本足で立ち上がると、身体を後ろに反らせながら笑っていた。
「ぐぅ、ゼロがいないと、こいつにはとても勝てない。ごめんねゼロ。私ももうダメみたいだ……」
九十九が勝利を諦め、死を覚悟したその時……。
「先生、諦めちゃダメです」
「そうです。私たちの知ってる先生はこんなところで負けたりしないです」
「立ってうみちゃん。あなたはこんなところで終わる人じゃないわ」
「九十九さん、立って」
「それまでの時間は私たちが稼ぎます」
「ふん、狐ごときに好き勝手されては困るのだよ」
倒れている九十九の前に、たくさんの人たちが立って、九十九を守っていた。
「サキ君、ナージャ君、まりえ、八尺様。それにT地区の怪異たちまで。どうして?」
「私の能力で彼らをここに呼び寄せました」
「望月さん」
望月編集長が、自身の能力で、九十九にゆかりのある人物たちを召喚したのだ。
「みんなありがとう。でも、ゼロがいなくなってしまった。私だけでは、こいつには……」
その時、九十九の脳内に、ゼロの声が響いてきた。
『諦めるなうみか。俺はまだ終わっちゃいないぜ!』
『ゼロ、ゼロ! お前、大丈夫なのか?』
『ああ。身体は失っちまったが、なんとか魂は残っているよ』
『うれしいよ、ゼロ。私は君が完全に消滅したと思っていたから』
『さあ、うみか。俺を憑依するんだ。そして、二人であいつをぶっ飛ばすぞ』
『わかった、ゼロ。私の中に来てくれ』
『ああ、俺たちの本気、見せてやろうぜ』
九十九は、最後の力を振り絞って、自身の身体にゼロの魂を憑依させる。
『我が相棒の大神よ、我が身体に宿り、我と一つになりたまえ』
九十九の中に、消滅したはずのゼロが宿り、傷ついた九十九の肉体が再生した。
「思いは、思いは力なんだ。みんなの思いが、意志が、私に力を与えてくれた」
九十九に宿ったゼロは、本来の姿である大口真神の姿へと戻っていた。白い狼の姿となった彼女は、神々しい雰囲気を纏っている。
「ほう、犬神を憑依させて本来の力を取り戻したか。だが、わらわの……」
九十九は、恐ろしいほどの速さで九尾の首を刈り取った。あまりの速さに、九尾は何が起きたのかすら感知できなかった。
「ぐはっ、く、首をもがれたか……」
九十九に首をもがれた九尾の胴体がゆっくりと倒れ込んだ。しかし、身体から切り離された九尾の首は、何事も無かったかのように喋り出した。
「いい気になるなよ犬神。わらわは復活したばかりでまだ本来の力を取り戻していないだけじゃ。本来の力を取り戻して、必ずお前のはらわたを喰らうてやるぞ。楽しみにしておけ」
そこまで話すと、突然、九尾の胴体が風船のように膨らみ始めた。
「マズいな、みんな下がれ。九尾の身体が破裂するぞ」
九十九はその場にいた全員を守れる位置に移動すると、両手をかざして身体の前方に半円状のバリアを貼った。
ばーん。
限界まで膨張した九尾の身体が破裂した。凄まじい衝撃が九十九たちを襲う。
「くっ、最後に自爆するとは……」
九十九は身体がボロボロになりながらも、なんとか全員を守り切った。
「やったのか……。いや……」
九十九は九尾の首が無くなっていることに気づいた。
『やつの首が無い。逃してしまったか』
『ああ。だが、九尾は必ず俺たちの前に戻ってくる。今以上に強くなってな。その時に確実に倒せるように、俺たちももっと強くなるしかない』
『そうだな。それよりどうするんだゼロ? 私は君を解放することも出来るんだが……』
『決まってるだろうみか。これからも一緒にいさせろ。俺の身体は無くなっちまったからな。お前の身体、貸してもらうぜ』
『そうか。これからもよろしく頼むよ、ゼロ』
九十九はにっこりと微笑んだ。
「みなさん、力を貸してくれて、本当にありがとう。みなさんが来てくれたおかげで、私はなんとか勝つことができました」
九十九は自分を助けに来てくれた人たちに頭を下げた。
「サキ君、ナージャ君。君たちも本当にありがとう」
「先生が無事で、本当によかったです」
「私もです。先生がいてくれないと、私たちは生きていけませんから」
「はは、うれしいなあ。それじゃ、事務所へ帰ろうか」
「はい」
九十九はやさしく二人の肩を叩いた。二人も、九十九の両肩を優しく叩き返してくれた。
◇◇◇
九尾の首は栃木県の那須にある殺生石まで飛んでいた。九尾は殺生石から自身の残りの身体を吸収すると、闇の中へと消えていった。
「犬神、待っておれ。お前に刈り取られた身体を再生したら、真っ先にお前を喰らいにいってやるからの」



