「それじゃあいくわよ」
両足にも魔力抑制装置を着ける。
「分かりやすく100%」
「おっ……!」
カエデがタブレットをいじって魔力抑制装置を起動させる。
すると手足に着けた魔力抑制装置に100と表示されてトモナリは急激に体が重たくなるのを感じた。
腕や足に通わせていた魔力が無理矢理遮断される。
体の中にある魔力は消せない。
だが魔力抑制装置によって魔力が追いやられて臍の下あたりから胸の付近にかけて自分の魔力が強制的に集められている。
魔力抑制装置しか身につけていない腕なのにとても重たい。
日頃から意識しなくても体は魔力の恩恵を受けていた。
魔力のコントロールをするという意味でトモナリは意識的に体に魔力を充実させていたので魔力が抑制された効果を余計に感じるのだ。
「80%」
「かなり良い感じです」
抑制効果を下げると腕や足に魔力を通せるようになる。
しかし今までのように通せるのではなく半端にせき止められた川のように細く少ししか魔力が流せない。
回帰前に見た魔力抑制装置の初期よりもこちらの試作品の方がクオリティが高いとトモナリは感心していた。
「試作品はこれだけですか?」
「そうね。予備のものはあるけれど使えるのはこれだけと思って。魔力を抑制する効果は確かめてるけど実戦で使っていくとどうなるのかまだ不明だし……作るのにもちょっとね」
「まだ量産に問題が?」
「すこーしね」
カエデは軽くため息をつく。
「うちの研究員、妥協を知らなくて。それの目的訓練でしょう? 小型化、軽量化するにあたってどうしても耐久性が犠牲になっちゃったの」
小さく軽くしようと思うと大きく頑丈に作られたものよりも耐久性が劣ってしまう。
仕方ないことなのであるが今回の魔力抑制装置の目的は魔力を抑制して戦って訓練することにある。
魔力抑制装置が戦いの中で壊れてしまっては十分にその効果を発揮することができなくなってしまう。
つまり小さく軽くしながらも壊れないようにしなければならないのだ。
「その試作品にはミスリルが使われてるのよ」
「ミ……ミスリルってあの?」
「そうよ」
ゲートが現れてモンスターの素材以外にも新たな鉱物もゲートの中から見つけ出された。
それがミスリルという金属だった。
魔力伝導性が高い金属であり、ミスリルを使った武器は魔力を扱う覚醒者が欲しがるものとなっていた。
魔力伝導性が高いので近年の魔力を使った製品の製造にも利用されていて価値が高まり続けている。
今現在でもミスリルは高級金属で回帰前にはミスリル鉱山があるゲートを巡って戦争まで起きたことがあった。
そんなミスリルが使われていることにトモナリは驚いた。
それならば量産できないわけであると納得するしかない。
「本当に量産するならもうちょっと大きくしてミスリル以外のもので作らなきゃ採算取れないわね。だからそれはうちの研究員が意地で作った特別なものよ」
そう言ってカエデは魔力抑制装置を操作するタブレットをトモナリに差し出した。
「これはあなたが使っていいわ」
「ですが……」
「魔力を強制的に抑えて訓練する。なかなか面白いアイディアよ。うちの研究員は他のことも考えているようだし今後量産化をするにあたってあなたも装置を作った人の一人であるのよ。そのお礼みたいなもの」
別にちゃんと契約をするつもりだがどうせ表に出せない試作品なら未来が有望なトモナリが使った方がいい。
「……ありがとうございます」
「タブレットも高いものだし普通に使えるから活用してね」
カエデはニッコリと微笑む。
「あとは使用感のレポートも欲しいからそれもお願いするわ」
「分かりました。喜んで協力します」
魔力抑制装置もできた。
夏休みはなかなか楽しくなりそうであるとトモナリは思ったのだった。
「うっ……重い」
「なに!? 失礼だぞトモナリ!」
「魔力抑えてるとこんなこともあるんだな」
いつものようにヒカリが肩車するようにトモナリの肩に乗った。
魔力を抑えているトモナリにとってヒカリの重さはかなりずっしりとくるものであった。
テストが終わり夏休みまでの短い期間でトモナリたち一年生は二、三年生たちと散々戦った。
トモナリは魔力抑制装置をつけての鍛錬だった。
なのでトモナリを含めて一年生たちは毎日ボコボコにされた。
けれどいつも終わり際にミクが来て一年生をヒールしてくれるので次の日に体のダメージを引きずることはなかった。
精神的なダメージはあったようだけど、みんな歯を食いしばって自ら先輩たちに挑むトモナリについていっていたのである。
そのおかげかトモナリを含め能力値はいくらか伸びた。
元々トレーニングで伸ばしていたトモナリの伸びは鈍かったけれど魔力抑制装置のおかげか思っていたよりも効果はあった。
「これ乗り越えたらようやく夏休みか」
アカデミーのカレンダーではすでに夏休みに突入した。
けれども課外活動部には夏休みを満喫する前にやることがあった。
No.10と呼ばれる試練ゲートを攻略せねばならないのである。
「バス移動疲れるよね……」
「仕方ないよな。飛行機高いし」
朝早くアカデミーからバスで出発した。
移動手段として今メインになっているのは車である。
飛行機や電車というものも残っているけれど電車は都心部しか走っておらず、飛行機はかなり高価な乗り物になっていた。
その理由はモンスターのせいである。
長距離を移動する線路はモンスターによって壊されたり安全を確保できないなどの理由で無くなってしまった。
飛行機も飛行型のモンスターの出現によって一時完全に飛ばせないなんてこともあった。
今は魔石の魔力を利用したシールド装置が開発されて飛行機を守ることで再び飛べるようになった。
ただしシールド装置の分飛行機も高額になったのでお手軽に乗れるものじゃなくなったのである。
「私飛行機なんて乗ったことないよ」
「ここにいるほとんどがそうなんじゃないか?」
トモナリたちの世代は飛行機という存在は知っていても乗ったこともない人が多い。
トモナリも乗ったことがなく、課外活動部の生徒の中で乗っていそうなのはカエデぐらいかなと思っていた。
ダラダラと雑談しながら日が落ちるまでバスで走り続けてNo.10から最寄りの町まで到着した。
ホテルに泊まって体を休めて、次の日の早くに再びNo.10に向けて移動を開始した。
「もうすぐ到着するぞ」
まだギリギリ朝と呼べるような時間ぐらいにNo.10ゲートの前に着いた。
ゲートの周りは金属の壁で囲まれている。
それはNo.10が長いこと攻略されていないためにゲートブレイクという中からモンスターが出てくる現象を警戒して設置されているものだった。
「俺たちは戦いの準備だ」
ゲート前に着いて二、三年生の先輩方は寝泊まりできるようなテントを設置する。
「本当に大丈夫?」
トモナリの防具をゆるみなく締めるフウカはいつもの代わりない無表情であった。
それでもこうしてついてきてくれて、声をかけてくれるということはいくらか心配してくれているようだった。
「大丈夫です。一回り成長して帰ってきますよ」
「なら帰ってきたら本気で戦ってね」
二、三年生との特訓でトモナリは魔力抑制装置を使っていた。
せっかくトモナリと本気で戦えるかもしれないと思っていたフウカにとっては少し拍子抜けなところがあったのだ。
心配しているのもトモナリと戦えなくなるからか、とトモナリは思わず笑ってしまう。
フウカらしい考えである。
「アイゼン」
「学長」
「まだ引き返すことはできるぞ?」
「ここまで来てそんなことはできませんよ?」
「いや、命に比べればプライドなど軽いものだ。辞退することもまた勇気だ」
批判はマサヨシが引き受ければいい。
トモナリがやめると言ってもマサヨシは責めるつもりはなかった。
「やめませんよ」
トモナリはマサヨシの目を見つめる。
冷静で、功績を焦っているような目ではない。
深い考えがあるようで、信じてみたくなるような目をしていた。
「あれはもう飲んだのか?」
「いえ、中で飲むつもりです」
「中で? ……まあいい。全て君に任せた。君も、そして君を信じてついてくる仲間も無事に帰すんだぞ」
「もちろんです。夏休み、遊ぶ約束してるんですから」
「ふふっ、仲がいいな。行ってこい」
マサヨシは力強くトモナリの肩に手を乗せる。
トモナリが頷くとマサヨシは微笑みを浮かべてゲートの管理をしている責任者と話に行った。
「みんな、準備はいいか?」
自分用の装備を持っている生徒はまだ少ない。
トモナリも剣であるルビウスぐらいであとはアカデミーから貸し出されている装備だった。
みんなも同じようなもので特別自分の武器を持っているのはコウとマコトぐらい。
「クラシマは大丈夫か?」
「あ、ああ……大丈夫」
今回いつものメンバーに加えて課外活動部に所属している特進クラスの生徒もメンバーとして来ていた。
一般クラスの方の子はレベルが低かったので流石に外れてもらった。
トモナリたちとも同じクラスである男子生徒は倉嶋遼太郎(クラシマリョウタロウ)という子で、普段は2班なのでトモナリたちとあまり交流としては多くない。
打撃士というちょっとだけ珍しい職業で、ハンマーを武器としている。
「無理そうなら来なくてもいいんだぞ?」
「少し緊張しているだけだ」
クラシマはトモナリの実力を認めながらも違う班なために8班のみんなのような信頼もない。
みんなが行くというしクラシマも流されるように行くことになってしまったが、一桁レベルの一年生だけで本当に大丈夫だろうかという不安は拭えない。
「きっと俺が何を言ってもお前の不安を消し去ることはできないし100%大丈夫だなんてことは言えない。ただ一つだけ絶対と言えることがある」
「……なんだ?」
「もし生きて帰ってこられたならお前は俺に感謝することになるだろう」
「なんだよそれ?」
「後で分かるさ」
トモナリはクラシマにニヤリと笑いかけると自分の荷物を背負った。
「それじゃあ行くぞ。No.10、攻略開始だ」
みんなもそれぞれ大きなリュックを背負う。
自分もリュックを背負ったヒカリが横に飛ぶトモナリを先頭にしてゲートの前に立つ。
『ダンジョン階数:二階
ダンジョン難易度:Aクラス
最大入場数:10人
入場条件:レベル19以下
攻略条件:一階:全てのオークを倒せ 二階:同族喰らいオークを倒せ』
まずは例によってゲートの情報を確認する。
「え、Aクラス!? そんなの大丈夫なのかよ?」
みんなはまずゲートがAクラスなことに驚いていた。
Aクラスはゲートの中でも最高難易度となり、レベルが100に近い人たちを集めて慎重に攻略を進めねばならないような危険なゲートである。
ましてレベル一桁の経験も浅い覚醒者が挑むようなゲートではない。
「心配するな」
「でも……」
「試練ゲートは全部Aクラスって表示されるんだ。どんな難易度だろうとな」
「そうなの?」
不思議なことに試練ゲートはダンジョン難易度がAクラスで固定されている。
ここまでもいくつかの試練ゲートがあったけれど簡単なものから難しいものまで様々でありながらどれもAクラスとなっていたのだ。
だからダンジョン難易度だけを見て一概に難しいなどと怖気付いてはいけない。
ただ今回のゲートはAクラスでもおかしくないとトモナリは思う。
攻略人数も少なく、入れる人の最大レベルも低い。
そうした制限があるというところを見るとAクラスゲートといっても過言ではないのだ。
むしろ見るべきはこれまでと違い二階となっていることや出てくるモンスターがオークであると予想されることである。
「みんな落ち着け。多くの者がここで失敗したのは確かだけどちゃんと逃げて帰ってきた人も多いんだ」
入ると出られなくなるゲートもあるがNo.10は出入り自由となる。
無茶をせず冷静に状況を見極めて撤退すれば十分に生きて帰ることができるゲートでもあるのだ。
全滅などの失敗が目立つのは経験不足からだ。
最大レベルが19となっている。
そのぐらいなら上げようと思えばすぐに上げられる。
つまり戦いの経験が不足した状態でゲートに入ることになるのだ。
いざという時に冷静な判断ができないと力のあるモンスターにはあっという間にやられてしまう。
だからNo.10における全滅などの失敗が目立って多いのである。
その点でトモナリは回帰前の経験がある。
少なくとも全滅は避けて帰ってこられるだろうと思う。
「入るぞ」
時間をかけるほど不安は大きくなってしまう。
その前にとトモナリはゲートに足を踏み入れた。
ゲートを通る時のいいようもない感覚を抜けて中に入るとそこは草木の少ない山岳地帯のようだった。
赤茶けた岩肌が露出していてデコボコとした地形をしている。
『実績:無謀な挑戦を解除しました!』
「えっ!?」
ゲートの中に入った瞬間意図しない表示が目の前に現れた。
トモナリだけでなく後ろから入ってきたみんなの前にも同じような表示が現れている。
『このゲートの攻略に限り能力値が倍になります!』
トモナリは表示を見てニヤリと笑った。
「ト、トモナリ君!?」
「ああ、俺にも見えてるよ」
「……こんな話聞いたこともない。まさかこれを狙ってたの?」
ミズキは見知らぬ表示に慌てふためいているがコウは冷静だった。
「どう思う?」
『力:94(47)
素早さ:102(51)
体力:92(46)
魔力:72(36)
器用さ:100(50)
運:48(24)』
トモナリがステータスを確認する。
すると能力値が表示の通りに倍になっている。
トモナリはこれを狙っていた。
試練ゲートは試練とつく通りに乗り越えられそうなヒントや助けを出してくれるのだ。
どう頑張っても乗り越えられない試練など試練とは言わない。
そしてNo.10において試練を乗り越えるための助けはステータス倍化なのであった。
No.10はレベル19以下でなければ入れないゲートである。
ならばレベルをギリギリの19まで上げて、そしてゲートの中で20にしてスキルを解放して攻略するのが正当なやり方だと誰もが考えていた。
しかしそれが罠なのである。
No.10はレベル10未満で中に入ると能力値が倍になるという補助を受けられるのだ。
回帰前ではアメリカの覚醒者が攻略する時に荷物持ちとして同行した低レベル覚醒者がいたことでこのようなことがあると発覚した。
アメリカの攻略チームは失敗したが、その時に同行した低レベル覚醒者は生き残ってこのことを伝えて次回の挑戦で日本が攻略を成功させた。
「みんなもステータス確認してみろ」
「わっ!」
「す、すごい!」
能力値が倍になるというが単に倍になるだけではない。
能力値の伸びというのはムラが大きい。
職業によって伸びやすい能力値と伸びにくい能力値があり、レベルアップによって上がらない能力値があることもある。
さらには伸び幅も0〜2と様々だ。
トモナリは特殊な職業のためか全ての能力値が2ポイントずつ伸びるというチートのような状況になっているけれど、多くの人はもっと伸びが鈍い。
低レベルであってもレベルが倍になったからと能力値が倍になるような伸び方はしないのである。
つまり能力値が倍になるということはレベルで考えた時に20どころでなく、より上のレベルになったのと同じぐらいの能力値になっているのだ。
「みんな少し体を動かしておけ」
急に能力値が倍になったことによる動きの認識の違いが生まれてしまう。
体を動かして今の状態を把握しておく必要がある。
「よし、じゃあ……」
「それ何?」
トモナリは荷物の中から小瓶を取り出した。
小瓶の中には薄紫色の液体が入っている。
「霊薬さ」
「霊薬? なんでそんなものを持ってるんですか?」
マコトが首を傾げる。
「テストの成績優秀者だからな」
「あっ、そういうこと」
トモナリは夏休み前に行われた中間考査のテストで成績優秀者となった。
具体的には学年全体で二位、特進クラスでは一番となったのである。
そのおかげでアカデミーから霊薬がもらえることとなったのである。
すぐに飲んでもよかった霊薬をトモナリはここまで飲まずに取っておいた。
「今飲むんですか?」
「今だから飲むんだ」
トモナリは小瓶の蓋を開けると中身を半分飲む。
味は美味しくもなく不味くもない。
ややトロピカルっぽいけどなんの味か聞かれても言葉で答えられない。
「ヒカリ」
「いただきまーす」
残り半分をヒカリが飲み干す。
『魔力が4増えました!
スキル魂の契約 (ドラゴン)の効果で相互作用を得られました。魔力が4増えました!』
「ふふっ、やっぱりな」
霊薬によって魔力が伸びた。
以前にも霊薬をもらって魔力を伸ばしたのだがその時よりも効果が高い。
けれどこれは霊薬がいいものであったからということではなかった。
霊薬の質としては以前と同じぐらいのものである。
にも関わらず能力値が大きく伸びたのには秘訣がある。
能力値倍化の恩恵がここにも現れているのだ。
能力値の倍化はアップする能力値にも適用される。
本来2上がるところを能力値倍化の効果によって倍の4上がったというわけなのである。
「みんなどうだ?」
「かなり良い感じ!」
「今ならお前も倒せそうな気がする」
「俺も能力値倍だぞ?」
「あっ……そっか」
倍になったユウトといつものトモナリなら能力値の差が小さくなるが、両方とも倍になっている今は倍になる前の能力値が高いトモナリの方がより強くなっている。
「じゃあ荷物はここに置いて本格的に攻略開始だ」
「「おーっ!」」
能力値が倍になってみんなの不安も吹き飛んだ。
今ならいけると目をギラギラとさせてやる気を見せている。
持ってきた荷物はゲートの近くに置いておく。
ゲート近くはモンスターが近づかないという不文律のルールがあるので、よほどのことがない限りはゲート近くに置いておけば安全なのである。
「あっ、いたよ!」
ゲートから離れて探索しているとミズキが前方を歩くオークの姿を見つけた。
オークは緑色の肌をした二足歩行のモンスターで人よりも大きな体格を持ち、体は意外と筋肉質で再生力が高い。
顔は豚のように潰れた鼻をしていて、鋭い牙が口の下の方から突き出ている。
木を粗く削り出したような棍棒を持っていて、歩くたびに重たい音がズシズシと聞こえてくる。
「いいか? あいつは体がデカい。だから無理をして頭を狙わず足を攻撃してバランスを崩してやるんだ」
モンスターというのは強くなると体の大きいものも多くなる。
ふさわしい能力やスキルがあるなら最初から正面突破で戦ってもいいのだけど、そんな無茶な戦いができる人ばかりではない。
他のところを攻撃して相手を怯ませたりバランスを崩したりしてから弱点に一撃加えるのが定石となる。
「マコト、お前が最初の一撃だ」
「ぼ、ぼく!?」
「影に潜って近づいて足を切りつけろ。攻撃したらすぐに下がるんだ」
「……分かった!」
ブルーホーンカウとの戦い以来マコトもどことなく自信がついたようだ。
普段のなよっとした感じは抜けきらないが、ただ流されるだけじゃなく自らやってみようと思える意思の強さを持ち始めている。
「マコトが攻撃したら一斉に飛び出すぞ。足を狙って倒し、クラシマが頭にトドメだ」
「俺でいいのか?」
「もちろん。じゃあマコト頼むぞ」
「うん!」
マコトがスキルであるインザシャドウを使って影に潜り込む。
残念ながら山岳地帯には植物が少なく影となるところも少ないのだが、インザシャドウは自ら影を作り出し影ごと移動することができる。
スーッと丸い影が地面を移動していく。
知っていて側から見れば丸わかりなのだけど知らずにいたら地面の影になど気づける人はいない。
「やっ!」
ドシドシと歩くオークの足元まで影が移動した。
一呼吸置いてマコトが影の中が飛び出してオークの足を切りつける。
「今だ!」
急に足に痛みを感じてオークが膝をついた。
トモナリたちも一斉に木の影から飛び出してオークに向かう。
「いくぞルビウス」
『任せておれ』
トモナリがルビウスに魔力を込めると赤い刃が炎に包まれる。
いつもの倍の能力があるので体が軽い。
怒りの表情を浮かべて振り向いたオークにはトモナリはすでに剣を振り始めていた。
仮に能力値が倍になっていなかったとしても油断しているオークの首を刎ねることは容易い。
しかし今はみんなでレベルアップしていくべきなのでトモナリは首ではなく腕を切り飛ばした。
ルビウスは剣としてとても優秀だ。
切れ味が鋭くかなり丈夫で、魔力を非常によく通しながらトモナリの手に馴染むようだった。
さらにはルビウスまで召喚できるのだから文句なしの一本である。
ついでにルビウスの意思のためか他の人が剣に触れることもできないというところもプラス。
ただしルビウスの声が時々頭の中で聞こえてワガママをいう時があるのはマイナスである。
「食らえ、二連撃!」
ユウトが第一スキルを発動させる。
一度剣を振るっただけなのにオークの体に二本の傷が走る。
魔力によって二回目の攻撃を発生させるスキルで威力は本人の実力に依存するが、回避しにくい二回目の攻撃を発生させる癖がなく強いスキルである。
「ふんっ!」
「どりゃああああっ!」
サーシャとミズキもオークに迫る。
サーシャは基本通り足に槍を突き刺して、ミズキは魔力をまとった剣でオークの腕を切り飛ばす。
「倒れろ!」
コウが放った水の塊が叫ぼうと口を開けたオークの顔面に直撃した。
オークはそのまま後ろに倒れて地面に頭を打ち付ける。
「クラシマ!」
「おうっ!」
最後にクラシマが飛び上がりながらハンマーを高く掲げる。
「震撃!」
クラシマがスキル震撃を発動させてオークの頭にハンマーを叩き込む。
オークの頭がハンマーに潰されて足が一度ビーンと伸びた。
ピクピクと痙攣として、力なく足が地面に落ちた。
「やったね〜!」
「らくしょーだな!」
「うむ! みんなよくやったぞ!」
ミズキとユウトが喜びながらハイタッチする。
レベルアップのためにみんなで一度ずつ攻撃する形にはなったけれどもっと簡単にも倒せそうである。
「おっ!」
『レベルが10を達成したのでインベントリを解放します』
トモナリの前に表示が現れた。
「どうしたの?」
みんなの前には現れていないものでサーシャが不思議そうにトモナリの顔を覗き込む。
「レベルが10になってインベントリが出たんだよ」
No.10においてレベルをできるだけ上げてから挑むのが望ましいと考えられていた理由の一つにインベントリというものがあった。
レベルが10になるとインベントリというシステムが解放される。
これはアイテムを保管しておける個人の空間のような物で、個々人によって利用できるインベントリの大きさは異なる。
アイテムを保管しておけるので大きなリュックなど持ってこなくてもよく、ゲート攻略の利便性が大きく向上する。
インベントリが解放されて持ち物を自分ですぐに取り出せるように保管しておけるようになってから挑んだ方がいいというのが一般的な考えなのである。
「あれ?」
解放されたばかりのインベントリは当然空となる。
何も入れていないのだから当然であるがインベントリを確認してみたら何かが入っていた。
「ゴブリンキングの王冠……?」
インベントリにあるアイテムの説明を見てみる。
ゴブリンキングの王冠というアイテムで装備すると力と体力が5ポイント伸びるという意外と優れたものだった。
「あの時のやつか」
それがなんなのかトモナリはすぐに理解した。
最初に入ったゲートで突発的に現れたゴブリンキングと戦った。
ゴブリンキングは特殊モンスターと呼ばれるものでそうしたモンスターは倒すことができるとアイテムなどをドロップすることがある。
目の前にドロップすることもあって取り合いになることもあるのだが時に勝手にインベントリに入っていたりすることもある。
トモナリはまだインベントリが解放されていなかったけれどもインベントリそのものは存在していて報酬のアイテムが中に入ったようだ。
「ふーん」
取り出してみるとゴブリンキングが頭に乗せていた古びた王冠のようだった。
「ほえ、消えたのだ!」
トモナリが王冠を出すところをヒカリは眺めていた。
自分も乗せてみたいな、なんて思っていたらトモナリの頭に乗った王冠がいきなり消えた。
「透明化オプションがあるようで助かった」
ゴブリンキングの王冠の説明の最後に米印と透明化オプションありと書かれていた。
透明化オプションとは文字通り装備した後透明にすることができる機能である。
王冠身につけている姿など恥ずかしいけれど透明化オプションのおかげで人に見られず着けていられる。
「ズルいぞ、トモナリ! 僕もつけたいのだ〜!」
ヒカリがトモナリの腕を引っ張る。
王冠が羨ましくて、次に貸してもらおうと考えていたのだ。
「ほらよ」
今はアーティファクトを着けていなくても特に問題もない。
トモナリは軽く笑ってヒカリの頭に王冠を乗せてやる。
「ま、待つのだ! サーシャ、これ持っててほしいのだ」
「ん、いいよ」
ヒカリは一度王冠をサーシャに渡す。
そして身につけていたヒカリ用のヘルムを脱ぐと再び王冠を頭に乗せる。
「どうだ?」
「お〜、似合ってる」
「そうかそうか!」
サーシャがパチパチと拍手をしてヒカリを褒め称える。
ヒカリはドヤ顔で胸を張る。
トモナリが乗せれば安いコスプレにしかならないがヒカリが頭に乗せていると様になる。
可愛い。
「わはは〜」
ヒカリのヘルムはトモナリがインベントリに入れておく。
突発的な荷物もインベントリに余裕があれば入れておけるのでありがたい。
ヒカリはトモナリの肩に乗るようにして、頭をトモナリの頭に乗せている。
つまり王冠を乗せたヒカリの頭がトモナリの頭に乗っているのだ。
「トモナリ君も可愛いよ?」
「……あんがと」
うっすらと微笑んでサーシャはそんなトモナリとヒカリの様子を見ている。
「プフッ!」
「笑うなよ」
「いやだって……うん、トモナリ君可愛いよ……」
対してミズキはトモナリと王冠ヒカリのミスマッチ感がなんとなく面白くて吹き出してしまった。
「まあいいや。オークの死体は持ってけるかな?」
トモナリはオークの死体をインベントリに入れようとしてみる。
インベントリには量的制限と枠数制限がある。
枠数制限はインベントリに入れられる個数である。
枠が10なら10個しかものが入れられない。
100個ならものが100個入れられるということになる。
そして量的制限とはインベントリの大きさである。
インベントリには大きさというものがあって入れられる量に限界がある。
たとえ100個の枠があっても100個なんでも無限に入れられるわけじゃない。
テニスボール100個を入れられてもサッカーボール100個は量的制限の関係から入れられないなんて人もいる。
トモナリの回帰前のインベントリは量的制限がやや大きい代わりに枠数制限が15と少なめだった。
オークの体は大きい。
量的制限が厳しいと一体でもインベントリには入れられないだろう。
「おっ、入った」
オークの体がトモナリの表示の中に吸い込まれていった。
どうやら量的制限は大きめのようだ。
「枠数は50か」
枠数についても数は多めである。
ただし枠数については荷物を一つにまとめて一つの枠で収めてしまうなんていう裏技があるのでよほど枠数が少なくない限りは問題がないのである。
インベントリが解放されたおかげで攻略においての自由度も高くなった。
ついでに王冠という予想外のアイテムも手に入れられた。
『力:102(51)
素早さ:110(55)
体力:100(50)
魔力:96(48)
器用さ:108(54)
運:56(28)』
能力値をチェックしてトモナリはニヤリと笑った。
通常の能力値も括弧で表示されているのだが通常の上がり幅に比べて倍上がっていた。
これもまたこのゲート、レベル10未満で入ることによる効果だった。
能力値二倍という効果はレベルアップにも適応される。
つまりレベルアップによって向上する能力値も倍になり、そこからゲート中限定で上がった能力値がさらに倍になる。
しかもレベルアップで倍になって上がった能力値はゲートを出てもそのままになるのだ。
これぞトモナリが狙っていた効果だった。
能力値倍の効果を受けてレベルアップすると能力値の向上も倍になる。
簡単に言えば一回のレベルアップで二つレベルが上がったのと同じ効果が得られるのである。
つまりゲートの中でレベルアップすればするほどお得になる。
「それじゃあまだまだまでモンスター探して行こうか」
能力値が倍になり、サクッとオークを倒したことでみんなにも自信がついた。
このままさっさとレベルアップだとトモナリは笑った。
「ミズキ、やれ!」
「おりゃあ!」
No.10の一階の攻略条件はオークの全滅である。
なので見つけ次第オークに襲いかかった。
オークは力も強く筋肉質な体は意外と固くて本来ならレベル一桁では厳しい相手である。
しかし能力値が倍になっている今なら戦える。
スキルに頼らず能力値と仲間たちとの連携で戦う経験は後にも生きてくるとトモナリは思う。
「食らうのだ!」
ヒカリが魔力で形成した鋭い爪を立ててオークの頭をスライスした。
「ヒカリちゃん強い!」
「これぐらい当然なのだ〜」
ゲートはヒカリにも影響を与えているのか、あるいはトモナリの能力が上がったことがヒカリにも反映されているのかヒカリも今はかなり強かった。
オーク数体ぐらいならヒカリだけでも相手できそうである。
「レベル10になった!」
「僕も。インベントリが解放されたって」
みんなも続々とレベルが上がっていく。
オークが格上の相手になるのでレベルアップも早い。
何体かのオークを倒して少し遅れてマコトもレベルが10になったので一度ゲートの前まで戻ってきた。
「ゲートからは出るなよ?」
ゲート前に置いてあった荷物から水を取り出して飲む。
本来ならゲートから出て完全に安全なところで休憩を取るのがいいのだが、今回はゲートから出るつもりはなかった。
「なんで?」
「能力値の倍化はゲートから出ると無くなってしまう。そして倍になるのは最初に入った時のみだ」
能力値を倍にしてくれる恩恵は初回入場時限定の効果となる。
ゲートを出ると恩恵は無くなり、二回目以降はもう恩恵を受けられなくなる。
だから大きな荷物にいろいろなものを詰め込んで持ってきたのである。
「出ちゃうと能力は元に戻る。そうなったら今回の攻略からは外れてもらう」
「ふーん、分かった」
外で待っているみんなとしてはヤキモキする事だろう。
しかし出られない以上は報告することもできない。
「……昼食べて、そこから再開するぞ」
トモナリは腕時計で時間を確認する。
No.10の中は時間の経過が分かりにくい。
なぜならNo.10の中は常に昼であるから。
外で夜だろうとNo.10の中は一定の明るさが保たれてる。
しかし太陽なんかはなくただ明るいという不思議空間である。
そのために時間感覚が周りの環境から計ることができない。
普通に時計があれば時間がわかるので時間を見ながら食事や休憩、睡眠など時間に沿った行動をすれば体の調子が狂うことも少ない。
「おっべんと〜おっべんとぉ〜」
お昼ご飯はお弁当である。
中で長時間攻略することが分かっていたので手軽に食べられるお弁当を持ってきていた。
時にはゲートの中のモンスターを食べることもある。
オークは豚肉みたいな味がして美味いのだけどお弁当があるのにみんなの目の前で解体して肉を焼く必要はない。
トモナリが周りの警戒に当たってその間にみんなでお弁当を食べる。
ゲート周りは安全であるが万が一がある可能性もある。
「食べ終わったら荷物インベントリに入れてみろ。入らなかったらこのままここに置いてけ」
すぐに使えるように荷物はインベントリに入れて持っていく。
お昼を食べ終えたトモナリたちは少し休憩して再びNo.10の攻略を再開する。
「はああああっ!」
「マコト君、ナイス!」
見つけたオークをみんなで攻撃して膝をつかせた。
マコトが影から飛び出してきてオークの喉を深く切り裂いて倒した。
ナイフという武器は小回りが聞いて攻撃速度も速いが刃渡りの短さから攻撃距離も短く敵に接近しなければいけない。
マコトはブルーホーンカウの時は及び腰で視界の外からの攻撃ばかりしていたが、正面から喉を切り裂くような勇気も出てきたらしい。
「どうだ、入りそうか?」
「いや、俺は無理だ」
「僕はいけたよ」
インベントリの確認もざっくりと行っておく。
枠数制限はインベントリを確認すればできるから簡単なのだが量的制限は確認が難しい。
とにかく物を入れてみるしか方法がない。
持ってきた荷物はみんなインベントリに入れる事はできたのだが、オークの死体を収容しようとすると差が出てきた。
ユウトはオークをインベントリに入れられなかったけれどコウは入れることができた。
ミズキとサーシャ、マコトもオークをインベントリに入れることができたので珍しい職業だとインベントリも大きいのかもしれないとトモナリは思った。
「ちょっとどんなもんか……試してみるかな」
離れたところにオークを見つけた。
トモナリはみんなに下がっていてもらってヒカリと共にオークに走り出す。
「おらっ!」
飛び上がったトモナリはオークのことを殴り飛ばした。
頭が弾き飛ばされてオークがぶっ飛ぶ。
「流石に強いな」
トモナリは自分の拳を見ながらニヤリと笑う。
力の数値も倍になった影響で100を超えている。
さらにトモナリの場合は魔力の能力値も高く、魔力を体にまとっての自己強化も強いので数値よりも高い攻撃力を誇る。
正直な話、トモナリが本気を出せばボスも一人でひねり潰せるだろうと思う。
「ほわー!」
「ヒカリ、いいぞ!」
「トモナリのことは僕が守るのだ!」
起き上がってトモナリに棍棒を振り下ろそうとしたオークの腹にヒカリがライダーキックを決めた。
再びオークが吹き飛ばされていく。
「一回……全力ってもんを出してみたかったんだ!」
トモナリが剣を抜く。
真っ赤な刃を持つルビウスに魔力を込めていくと赤い光がまとわれ、赤い炎に変わっていく。
「ヌフフ……ポッ」
ヒカリが口を尖らせて炎を放つ。
完全にコントロールされた炎は燃えるルビウスにまとわれていってルビウスが放つ炎と一つになる。
もはやルビウスは柄から炎が生えているかのようだった。
「消えろ!」
例えるならドラゴンのブレス。
トモナリが起きあがろうとしたオークに剣を振るうと圧倒的な熱量が襲いかかった。
オークから後ろの大地も深くえぐれて消し飛んで、あまりの熱に焦げたように黒くなっていた。
「け、消し飛んじゃった……」
トモナリの前にはオークがいたはずなのに一瞬の火炎の後には小さな魔石しか残されていなかった。
「気分は悪くないな」
多分今の威力なら回帰前の自分も余裕で超えているとトモナリは思う。
「ウヘヘ」
トモナリは無言でヒカリの頭を撫でる。
ヒカリとならば滅亡する運命を変えられるのではないかと思える。
『オークが全滅しました。二階への扉が開かれます!』
「あっ、あれ最後だったのか」
どうやらトモナリが倒したオークが最後のものだったようで一階の攻略条件が満たされた。
振り返ると天を突くような光の柱が伸びているのが見えた。
「あそこが二階の入り口か」
トモナリは呆然としている仲間たちのところに戻る。
「二階に……」
「すごいじゃん、トモナリ!」
「なんか負けた気分……でも負けないんだから!」
「僕の炎の魔法よりも強いんじゃないかな?」
「ヒカリちゃんもすごかった」
「トモナリ君、さすがです……」
みんなのリアクションはそれぞれだった。
今は二階が、なんてことよりもトモナリの力の凄さに驚いている。
「ヒカリがすごいんだ」
「ぬんっ!」
トモナリがポンと頭に手を乗せるとヒカリがドヤッと胸を張る。
「そうだよね、トモナリ君じゃなくてヒカリちゃんだもんね」
ミズキはトモナリが強いなんて納得しないといった感じの顔をしている。
「まあそれでも俺はミズキより強いけどな」
「なにおぅ!?」
謙遜でヒカリが強いと言ったけれどそう正面から実力を否定されるとトモナリもちょっとムカつく。
「負け越してるくせに」
「ぐぬぬ……!」
トモナリに反論されてミズキは悔しそうな顔をする。
まさしくぐうの音も出ないというやつである。
「まあ時々なら勝負受けてやるから。みんな、あの光の柱が二階への入り口だ。あそこまで移動するぞ」
トモナリは落ちていた魔石を拾い上げて光の柱の方へと移動した。
「おお……」
光の柱の下には大きな扉があった。
トモナリたちが扉に近づくと光が消えて不自然にたたずむ扉だけが残されている。
「まずはレベルをチェックしよう」
二階に行く前に準備は必要である。
レベルを確認がてらみんなの状態のチェックを行う。
レベルも攻撃の参加状況やトドメを刺した人などで変わってくる。
できるだけ平等になるように順番に役割を回して討伐していたけれど差はどうしても出てしまう。
「14か。思ってたよりも伸びたな」
トモナリのレベルは14になっていた。
2〜3レベル上がればいいと思っていた。
入った時レベルは9だったので5も上がったことになる。
かなり良い方だと言ってもいい。
トモナリの能力値の上がり方は今のところ一つのレベルにつき各2ずつ上がっている。
さらにゲートの恩恵で倍上がっているのだから後々に及ぼす効果は大きい。
みんなのレベルも同じようなものだった。
コウだけは14に達していて他のみんなは13レベルであった。
「二階に行くのだ?」
「いや、今日はここで寝よう」
「ええっ!?」
まだまだいけると思っていたミズキは驚きの表情を浮かべる。
「気持ちは分かるが外ではもう七時。夜だ」
トモナリが時計を見せる。
今現在の時刻は七時を少し回ったところだった。
朝の七時ではなく夜の七時である。
「もうそんな時間なんだ……」
「全然わからないね」
みんなも意外と遅い時間になっていることに驚いている。
ゲート内は明るく時間の感覚が狂う。
その上戦っているとさらに時間の感覚はなくなるし、戦うことによって興奮したりすると体の疲れというものも分からなくなる。
今みんなはオークを倒しレベルアップした高揚感でまだまだ余裕であると感じているが、実際には朝から戦い通しで疲労が蓄積している。
熟練した覚醒者ほど単純な今の感覚だけを信じず体の状態を確認する。
疲労が蓄積した体で本来休むべき時間に動いていると無理をした反動に襲われる可能性がある。
夜ならば寝るべき。
疲労も解消できるし戦いの高揚感が落ち着いて頭も冷静になれる。
「テント張るぞ」
トモナリは荷物をインベントリから取り出す。
泊まることも想定してテントも持ってきている。
荷物はデカくなったけれどもどうせゲート前に置いておくし、インベントリが解放されたらインベントリに入れておけばいいと考えていた。
男子用、女子用でそれぞれ一つテントを張った。
それから食材を切る。
鍋に食材を入れて持ってきていたガスコンロにかける。
それなりに人数がいればこうして荷物を分散して持って来れるのでありがたい。
「なんか林間学校とかそんなんみたいだよね」
「そんな感じある」
ミズキの言葉にサーシャが頷く。
ゲートの中なのであるがすでに一階のモンスターは全滅していることは分かっている。
テントを張ってみんなで料理の準備をしてと楽しくて、そうした学校の行事のようだと思うのだ。
「どうだ? 煮えてきたか?」
「んー、もうちょっとかな?」
「お腹空いたぞ!」
「ヒカリちゃん、もうちょっと我慢」
「むむ……お菓子食べて待つのだ!」
「ご飯前はダメ」
「サーシャ厳しいのだぁ〜」
トモナリもそんな和気藹々とした雰囲気を咎めるつもりはない。
油断するのはいけないがいつも気を張り詰めていてはダメになってしまうのでほどほどに気を抜くのは良いことだ。
ヒカリなんかゆるゆるに見えるけれど実際何かが近づけば真っ先に気づいてくれる。
緩やかさもあるし鋭さもあるのだ、とトモナリは思っている。
「そっちは?」
「こっちもいい感じだよ」
もう一つのコンロの方ではご飯を炊いていた。
それぞれ役割分担して料理を進める。
「かんせー!」
「やったのだ!」
トモナリが全体を見ながらミスなく料理を作り上げた。
今回作ったのはカレーライスである。
お弁当を持ってきてもよかったのだけど温かいものというのはそれだけでも過酷な状況において美味いものである。
「うん、美味いな」
みんなで丸く集まってカレーを食べる。
カレーもご飯も上手くできている。
「……眠いか?」
「あ、ごめん……」
「いいんだ。1日ゲートを攻略した興奮していた頭が落ち着いて疲労を認識し始めたんだ」
「うん……やっぱり疲れてるかな」
カレーを食べていたマコトがぼんやりとしていることにトモナリは気づいた。
お腹も満たされて一通り落ち着いてきて疲れが出てきたのだ。
当然のことで責めるつもりなんてない。
「確かになんだか眠くなってきたな」
ユウトはあくびをしながら体を伸ばす。
まだ戦える。
そんな風に思っていたのに料理を作って休むと体が急に重たく思えてきた。
「疲れたら甘いものだぞ」
デザート代わりにヒカリがチョコをマコトに渡した。
「片付けをしたら休もう。モンスターはいないと思うけど念のため交代で見張りをするんだ」
カレーもライスもヒカリが食べきってくれたので捨てるようなことにならなかった。
「水の魔法使えるんだ」
「便利だからな」
「てっきり火の魔法専門かと思ってたよ」
「なんでも使えて損はない。ヒカリが火だから俺は別属性ってことも考えてるんだ」
トモナリとコウで魔法で水を出して皿や鍋を洗う。
コウはトモナリが水の魔法を使えることに驚いていたけれど魔法は魔法使いしか使えないものじゃない。
トモナリは魔法職ではないけれど魔力は高いので魔法を練習してもいいぐらいの能力値がある。
トモナリは色々な属性をちょっとずつ扱えるオールラウンダーだった。
火は暖を取ったりすることができるし水はこんな細かなことにも使うことができる。
魔法で戦うというより攻略を便利にする目的の方が今は大きかった。
「それじゃあ僕は先に寝るよ」
「ああ、お休み」
トモナリは見張りのためにそのままテントの外に留まる。
みんなの雰囲気は夜であるが空を見上げると明るく、とても奇妙な感覚になる。
「トモナリ」
地面に座るトモナリの膝の上にヒカリが降り立った。
ヒカリはぎゅっとお腹に抱きついて、眠たいのかややトロンとした目でトモナリを見上げている。
「眠いなら寝ていいんだぞ?」
トモナリが頭に手を乗せて親指で撫でてやるとヒカリは気持ちよさそうに目を細める。
「なら僕はここで寝る」
「そうか、好きにしろ」
ヒカリは頭を下げてトモナリのお腹に顔をうずめる。
トモナリは微笑み浮かべてそのまま頭を撫で続ける。
「ありがとな、ヒカリ」
「何がなのだ?」
「俺の友達になってくれて……そして、俺にもう一度機会を与えてくれて」
回帰してからまだ長いようで短い時間しか経っていない。
それでも色々と変わった。
もし一人だったらここまで頑張れていないかもしれない。
トモナリ! とそばにいてくれる存在はとても大きく、ヒカリと共にある忙しさとヒカリの不思議さは未来を憂う不安を忘れさせてくれる。
トモナリにとってもヒカリはもう大事な友達で重要なパートナーなのである。
「でへへ……」
トモナリの言葉にヒカリは顔をうずめたまま嬉しそうに笑う。
尻尾が揺れて機嫌が良さそうなことが丸わかりである。
「今回は……みんなと…………ヒカリと一緒に戦ってみせる」
いつの間にかヒカリは寝息を立てていた。
「終末教も試練ゲートも全部ぶっ飛ばして世界に平和を取り戻す」
トモナリは太陽もない明るい空を見上げる。
「きっとやれるよな」
「むにゅ……トモナリ……」
ーーーーー
「んー、不味くはないけど……」
「こうしたものも時には必要だぞ」
「分かるけどさぁ」
「もう一本!」
「ヒカリちゃん元気」
時間的には早めの朝ぐらいにみんな起き出した。
明るいためにあんまり寝ていられなかった。
忘れていたけれどアイマスクぐらい荷物に忍ばせておけばよかったなとトモナリは思った。
朝ご飯は簡易的に食べられるエナジーバーである。
最近のものは割と美味しいのだけどお弁当や作ったカレーに比べれば劣ってしまうのは仕方ない。
ヒカリは何でも美味しいらしくエナジーバーもぱくぱく食べている。
サーシャはエナジーバーの袋を開けてヒカリに差し出す。
どんな時でも美味しく飯を食べられるのも才能であり生き残るためにも必要なことではある。
「さて、じゃあ二階にいこう。攻略終わらせて、美味いもんでも食べに行こう。きっと学長が奢ってくれる」
望ましいのはゲートの中でもっとレベルを上げていくことだが、トモナリたちがゲートの中にいる間全滅したオークは復活しない。
いつまでも一階にいても仕方ないのでさっさと二階を攻略してしまう。
「改めて確認するぞ」
二階も一階と同じく茶けた大地が広がる山岳地帯であった。
「二階の攻略条件は同族喰らいオークの討伐だ。いわゆるボスが同族喰らいオークだな」
「はい、質問」
「なんだ?」
ミズキが手を上げる。
「同族喰らいって何?」
授業でも聞いたことがない。
ボスである以上通常個体と違った特徴があるのだろうと思うのだけれど同族喰らいがどんなものなのか分からなかった。
「そのまんまの意味だよ。狂った個体……仲間を喰らう化け物だ」
基本的にモンスターは同族の個体には手を出さない。
協力し合うモンスターはもちろん協力しないようなモンスターも同族を攻撃することはないのだ。
しかし同族喰らいはその名の通り同族に手を出し、喰らうモンスターのことを指す。
「何で同族に手を出すかなんてことは分からないけれど同族に手を出したことによってモンスターの能力は強化されるんだ」
同族を喰らうことでモンスターは強くなる。
原理もなぜそうした行動を取り始めるのかも回帰前でも判明はしなかったけれどともかく同族を喰らうモンスターは通常個体よりも強い。
「ただデメリットがないわけじゃない」
「デメリット?」
「理性を失う。常に強い飢餓感に襲われるようになって同族を襲い続ける。純粋な能力としては強くなるけど知性としては大幅に弱くなるんだ」
同族を喰らった代償なのだろうか。
同族喰らいは通常のモンスターに比べて知性が大幅に弱くなる。
理性を失い落ち着きがなくなり、飢餓感を覚えて新たな同族を探して彷徨い始めるのだ。
「見た目じゃ区別はできないのか?」
「外見に大きな特徴の変化はないけど目を見れば分かる」
「目?」
「そうだ。まるで血に染まったように真っ赤になるんだ」
同族を喰らったからと見た目に大きく変わることはない。
理性を失ったからとモンスターの表情の変化を人が見抜けるはずもない。
けれども一ヶ所だけ違いが現れる場所がある。
それは目である。
まるで同族の血で染まったかのように真っ赤になるのだ。
「じゃあ赤い目のモンスターを探して倒せば終わり……ということですか?」
「その通り。だけど俺はこの階にいる他のオークとも戦うつもりだ」
ボスを探し出して倒すというのは単純な話である。
しかしトモナリはそんなに簡単に終わらせるつもりはなかった。
「どうせならもうちょっとレベル上げていこうぜ」
みんなは早く帰りたそうにしていて顔に出ている。
ゲートの中におけるレベルアップで倍の能力値上がっていることをまだ分かっていないのだ。
トモナリもわざと説明しない。
きっと出た時にみんな驚くだろうから。
「オーク探すぞ。赤い目の同族喰らいを先に見つけたら先に倒してしまおう」
流石に同族喰らいを見つけたなら戦う気はある。
「オークどもが全滅するか、同族喰らいが先に見つかるか……だな」
トモナリはニヤリと笑った。
そしてオークを探すために移動を開始した。