「どうしてこのようなことを?」
「目立ちたくはない。けれど未来が判るのにただ放ってもおけないでしょう?」
「もっとやり方もあったでしょう」
「ヒカリの能力は覚醒者のように見せることはできないので証明もできません。ヒカリのこともあまり表に出したくなかったですし……」
「なるほど……ひとまず方法は置いておくとしてそちらのドラゴン……ヒカリというのが未来を見ることができるのですか?」
「そうですが……自在に見れるものでもありません」
「と言いますと?」
「ヒカリが意図して未来を見ているのではなく時々断片的に未来が見えるそうなんです」
ヒカリの能力ではなくトモナリの記憶によるものなので覚えていないことも多く間違いがあったりもする。
トモナリが介入することによって変わってしまうこともあるかもしれない。
予言が間違っていると言われても困るので保険をかけた言い方をしておく。
「そのようなことが……」
実際細かく精査していくと預言者の書き込みでちょっとだけ違っていることもあった。
断片的で確実な情報ばかりでないのなら納得だとシノザキも思った。
「それに……きてくださってよかったです」
「それはどうしてですか?」
「No.10」
トモナリの言葉にシノザキがピクンと反応した。
「中国は失敗します」
「……なぜそれを?」
「重要なのはそこじゃないでしょう?」
「……失敗するというのは本当ですか?」
「……未来は確実じゃありません。どんなものを見たとしても変わる可能性はあります。ですが失敗する可能性は高いでしょうね」
「No.10とは十個目の試練ゲートのことか」
人類は99個の試練ゲートをクリアせねば滅亡する。
世界各地に試練ゲートは出現していて現在30個まで出現していて多くがクリアされている。
一方でクリアされていない試練ゲートもあった。
日本には一つクリアされていない試練ゲートがある。
それが通称No.10と呼ばれるゲートである。
名前は単純なことで世界で十個目に出現した試練ゲートなのだ。
No.10は覚醒者協会としては頭の痛い問題となっている。
もうすでに30個も試練ゲートが出ているということはNo.10はかなり前に出た試練ゲートなのである。
それなのに攻略されていない。
全人類で攻略すべき試練ゲートを攻略できていないことは恥ずべきことだと感じているのだ。
ただ日本の覚醒者協会も試練ゲートを放置しているのではなく、何度も攻略に挑んでいる。
加えて他の国の覚醒者でも攻略したい人がいれば費用を負担して攻略に挑んでもらったりしていた。
それでも攻略は失敗した。
しばらく攻略は及び腰になっていたのだけどつい先日、中国がNo.10を攻略することが決まった。
ただしまだ中国の攻略も公表はされていないのでシノザキは驚いた。
「……しかしどうしようもない」
シノザキは深いため息をついた。
仮に失敗するとしてどうしたらいい。
失敗するので攻略はやめておきましょうなんて他国の覚醒者に言えるはずがない。
「まあ俺が言いたいのはそこじゃないです」
「なんだと?」
まだ何かあるのかとシノザキは思わず怪訝そうな顔をしてしまう。
「そんな顔しなくてもいいですよ。No.10、俺が攻略してあげましょうか?」
「はっ……?」
今度はシノザキの顔に驚きが広がる。
トモナリが切り出したかった話はこれだった。
「アイゼン君……それは流石に」
マサヨシですら困惑を隠せない。
「No.10がどんなゲートが知っているのですか?」
「知っていますよ。別名ワンスキルゲートですよね」
なぜNo.10が攻略されないのか。
それはNo.10の入場制限や人数制限のためであった。
「攻略人数十人以下、入場制限レベル19以下ですもんね」
No.10は入るための条件がやや特殊なものとなる。
人数制限が少ないということはあり得るし、入場制限としてレベルの上限があるゲートも少なくない。
しかし試練ゲートは難易度が高いものであり、そこに低いレベルでの制限をかけられているゲートはこれまでなかったのである。
レベル19以下ということは第二のスキルスロットが解放される前のレベルということになる。
最初のスキルのみで挑むことになるゲートということでNo.10はワンスキルゲートなんて呼び方もされているのだ。
低レベル、少人数、スキルは一つだけ。
このせいで未だにNo.10は攻略されないのである。
「……本気で挑むつもりですか?」
「未来予知でゲートを攻略するための秘密を俺は知ったんです」
「ならばそれを中国に……」
「中国はもう手遅れです」
「まだ攻略もしていないんだぞ?」
「ゲートに入る前からもうすでに攻略は始まっているんですよ」
「……一度話を持ち帰らせてもらって、改めて場を設けさせてもらってもいいかな?」
これはより上の判断が必要となる。
シノザキは渋い顔をして考え込んだ後に改めて話し合いの機会を設けるように提案した。
「いいですよ。俺もテスト勉強あるんで」
トモナリは爽やかにニコリと笑った。
この分なら上手くいきそうだ。
わざわざネットで目立つように書き込んだ甲斐があったものだと内心でガッツポーズしたい気分であった。
「終わった〜そして……終わった…………」
一度グーッと体を伸ばしたユウトは机に突っ伏した。
「問七あれどうだった?」
「んと……四にした」
「あー……やっぱりかぁ」
ミズキがうなだれる。
「なんでもないけど疲れるもんは疲れるな」
「お疲れ様なのだ、トモナリ」
今は中間考査、つまりはテストが終わったところだった。
「にしてもずるいよなー」
「何が?」
「テストの直前になってあんなこと言うなんて」
「前々から言っててもお前は変わらないだろ?」
「うっ、それは言うなよ……」
テスト前にあることがイリヤマから告げられた。
それはテストの成績で優秀なものには霊薬が与えられるというものだった。
テスト数日前なんかに言わないでもっと早く言ってくれていたらもうちょっと勉強にやる気出したのにとユウトはボヤく。
一部やる気を出した生徒はいたけれど、ユウトの場合最初から知っていても何も変わらなかったとトモナリは思う。
ちなみにトモナリもやる気を出した方の一人である。
テストを乗り越えたみんなの様子はそれぞれ。
ユウトのようにテストで玉砕して落ち込んでいる人もいるけれど教室全体の雰囲気は比較的明るい。
「まあ後ちょっとで夏休みだから忘れよう!」
雰囲気が明るい理由は夏休みが近いから。
中間考査が終われば次に待ち受けているのは夏休みなのでみんなテストの結果を心配するよりもそちらが楽しみなのである。
「なーあー?」
「なんだよ?」
「夏休み、家に帰るのか?」
「ああ、帰るつもりだよ」
夏休みの間どうするかは生徒たちに任されている。
帰省する人もいれば寮に留まる人も一定数存在している。
トレーニングすることを考えれば夏休みで人の少なくなるアカデミーは絶好の場所である。
しかし今回は母親であるゆかりのこともちゃんと大切にするんだと心に決めているので帰省するつもりだ。
「お前ん家ってどこか聞いてもいいか?」
「ああいいけど」
トモナリが家の住所を教えてやるとユウトはすぐさまスマホを取り出してトモナリの家の位置を調べ始めた。
何してるんだと思いながらトモナリはスマホの画面を覗き込む。
「へぇ……お前ん家からなら海にも行けそうだな」
「まあ、行けないこともないな」
海側の家というわけでないけれど電車に乗って行けば海水浴ができる海に行くこともできるところではあった。
「俺ん家はさぁ……海近くにないんだよぅ」
「……そうか」
なんだか嫌な予感がするなとトモナリは思った。
「夏ならさぁ、海、行きたいじゃん?」
「言いたいことあるならはっきり言え」
「お前ん家、泊まってもいい?」
「……それは」
「私も泊まりたい」
「おい、クドウ……」
「私も!」
「お前の家は歩いて行けんだろ!」
トモナリとユウトの話に聞き耳を立てていたサーシャとミズキも会話に入ってくる。
せっかく同じ班にもなったのだし夏休み遊びに行きたいなんてことを話していた。
ユウトの家は海が近くになく、行こうと思うと泊まりがけになってしまう。
対してトモナリの家は日帰りで海にも行けるところにあった。
ちなみにサーシャの家も海は近くないらしい。
なのでトモナリの家に泊まらせてもらえば海に行けるのではないかとユウトは考えた。
「別に布団とかなくてもいいしさ! なっ!」
「ミズキの家にしろよ。あっちならデカいし」
手を合わせてお願いするユウトにトモナリは困った顔をする。
遊びに来るぐらいならなんとかなるかもしれないけれど泊まりに来るとなると少しハードルが高い。
別に広い家でもないしゆかりの負担を考えると抵抗があった。
「うーん、まあそっちの方がいいかもね」
お願いポーズのままユウトがミズキの方を見る。
ミズキの家は大きい。
道場部分だけでなく普通の家のところもしっかり立派なのである。
ミズキも自分の家ならばいいかもしれないとは思う。
「まあまずはスケジュールを決めた方がいい」
「お前も来るつもりか?」
「僕だけ仲間外れにするのはダメだよ」
コウも近くにいることは分かっていた。
こうしたことには興味なさそうなクールな感じ出しておいてコウも行く気満々なのであった。
どこに泊まるにしてもスケジュールが分からないと泊めてほしいとお願いもできない。
先に予定をある程度決めてしまうのがいいだろうとコウは提案した。
「そこから考えるか……」
夏休みも振り返れば短いけれど日数を考えれば割と長い。
どこでどう遊ぶのか今のうちから計画立てておくのがいい。
「ただまずは部活だな」
計画を考えるのはいいけれどもテスト終わりで課外活動部の集まりがあった。
「マコト、行こうぜ」
「あ、うん!」
トモナリたちは教室を出て課外活動部の部室に向かう。
「お前も行くか?」
「え?」
「話聞いてただろ? 夏休みに海に行こうって話だよ」
トモナリはマコトも聞き耳を立てているのを察していた。
どうせならマコトを誘っても悪くはない。
「そういえば家遠いのか?」
「ちょっとね。でも夏休みは帰るつもりないんだ」
「そうなのか?」
「両親は海外にいていないから……」
「なら一緒に遊びに行っても構わないな」
「そ、そうかな」
トモナリが笑顔を向けるとマコトも少し前向きになったようだった。
予約トレーニング棟の奥にあるエレベーターに乗って最上階に向かう。
課外活動部の部室に入るとまだ二、三年生は来ていなかった。
「オレンジジュースがいいぞ!」
「はいはーい」
ならば先輩たちが来るまでお菓子とジュースでも飲み食いしながら夏休みについて話そうということになった。
冷蔵庫に入っているジュースからミズキがオレンジジュースをヒカリに出してくれる。
「それでミズキの家に泊まらせてもらうってことでいいのか?」
「聞いてみないと分かんないけどね」
「俺としてはトモナリの家に泊まってみたいけどな〜」
「なんでだよ?」
「何でもできる完璧超人のお前の家気になるじゃん?」
「私も気になる。というか私は知られてるのに私は知らないって不公平じゃない?」
「別に不公平でも何でもないだろう」
最悪一日ぐらいならいいかもしれないとは思う。
どの道スケジュールが決まってゆかりに聞かねば何ともならない。
「やっぱり真ん中ぐらいかな?」
「それぐらいかもしれないね」
一応マコト以外は帰省するようなので一度家に帰って落ち着いてから集まろうということになった。
みんなでカレンダーを眺めながらいつぐらいの日にどれぐらいの期間泊まるか考える。
「ねっ、トモナリ君!」
「なんだ?」
トモナリはヒカリが食べさせてくれというのでお菓子を食べさせていた。
トモナリの膝の上に乗ってお菓子を食べさせてもらってヒカリは幸せそうな顔をしている。
「夏祭り、あったよね?」
「ああ……そんなもんあるな」
トモナリとミズキの地元にはそこそこ大きな夏祭りがあった。
しっかりと覚醒者の警護も雇って不足の事態にも対応できるようにした立派なお祭りである。
トモナリは回帰前友達もいなかったし人に会いたくなかったのであまり夏祭りには行かなかったので思い出は薄い。
母親のゆかりが焼きそばを買ってくれたことはうっすら覚えている。
「あれ、いつだっけ?」
「お祭り? ……分かんないな。調べた方が早いだろ」
トモナリはお祭りを楽しみにしていた人じゃなかったので夏祭りがあることは覚えていても日程まで知らなかった。
ミズキがスマホで夏祭りの日程を調べる。
「ええと……この日から三日間だね」
夏祭りはちょうど夏祭りの中頃の週末に行われていた。
「最終日には花火もあるって」
「花火か。それもいいかもな」
「じゃあお祭りは行くとして、お祭りの日程を組み込んでいこう」
夏祭りの最終日を中心にしてお泊まり計画を立てていくことにした。
結果的に最終日を含めて前三日か、後三日がいいだろうとなった。
「じゃあ家に聞いといてみるね」
「おう、頼むぜ。トモナリも……一応さ」
ユウトはトモナリにウィンクする。
「聞くだけな」
なんだかんだ1日ならいいだろうと思わされてしまった。
「おっ、一年は早いな」
そうしているうちに二年や三年の先輩たちも部室に集まってきた。
「みんな揃っているようだな」
最後にマサヨシとミクがやってきて課外活動部勢揃いとなった。
「これから夏休みとなるけれど課外活動部としても活動を計画している」
寮生が多く、夏休みに帰省する生徒も多いアカデミーでは夏休み期間部活はやっていない。
しかし授業がなく自由にできる夏休みこそ課外活動部はチャンスである。
遠くまで遠征することもできるので広くゲートを探して都合がいいものがあれば攻略するつもりであった。
「多くて二回、少なくとも一回はゲートの攻略を予定している」
ただゲートの発生は突発的で確実なスケジュールを組むことはできない。
いつ連絡があるのか分からないのである。
「そのためにいつでも動けるように荷物などは準備しておくように」
前日にいきなり行くぞとはならないが一度は行くつもりなのである程度準備しておけば楽である。
「それともう一つ。夏休みに入ってすぐゲート攻略に挑む」
二、三年生がおっという顔をする。
「攻略するのはNo.10。十個目の試練ゲートで挑むのは一年生だ」
「えっ!?」
「学長、それは本当ですか!」
トモナリ以外の全員が大きく驚いた。
トモナリの予見した通り中国の覚醒者はゲートの攻略に失敗して全滅した。
そのために結局トモナリが提案した通りに話が進んだのであった。
アカデミーの課外活動部一年生のみでNo.10ゲートを攻略するということでマサヨシ、覚醒者協会とも話がまとまっていた。
だが攻略に参加する一年生にとっても参加しない二、三年生にとっても驚きの話であることに変わりはない。
「攻略隊のリーダーは愛染寅成だ」
みんなの視線がトモナリに向けられる。
膝の上にお菓子で満足したヒカリを乗せているトモナリは不敵な笑みを浮かべている。
「No.10とは未だにクリアされていない試練ゲートじゃないですか! 一年生では危険です!」
テルがマサヨシに抗議する。
少し前に授業でも触れたので一年生でもNo.10のことは知っている。
二年生が攻略するならともかく一年生を送るというのはかなり無茶であるとテルは思っていた。
他の二、三年生も同じ考えのようである。
「せめてまだ今ではなくもう少しレベルを上げるべきです!」
夏休み前ならレベルは二桁に行くか行かないかだろうとテルは分かっている。
No.10の性質を考えた時にもっとレベルを上げてから挑むべき。
「みんなは何も思わないのか?」
テルは一年生から抗議の声が上がらないことに不思議そうな顔をした。
「まあ……トモナリならな」
「そうだね」
ユウトとミズキは顔を見合わせ、肩をすくめる。
今この場でマサヨシがトモナリをリーダーに指名したということはトモナリが今回のことに関わっているのだろうとミズキたちは思った。
ならば何か考えがあるのだろうしこれまで攻略されなかった試練ゲートでも攻略できる手立てがあるのだろうという妙な信頼があった。
「クロハの心配もよく分かる。俺もだいぶ悩んだものだ。危ないと思ったらすぐにゲートから撤退してもらうつもりだ」
「せめて18や19レベルになってからでしょう」
「……それではダメなのだ」
「どうしてですか?」
「…………それは今は言えない」
「どうなってるんですか……?」
テルが不思議そうな顔をする。
「今は信頼してくれとしか言いようがない。ただ二、三年生のみんなにもサポートしてもらいたい」
「サポートとはなんですか?」
「今回入るのは一年生だけだから身の回りの準備などを手伝ってもらいたい。それともう一つやってもらいたいことがある」
「手伝いはいいのですけど……やってもらいたいこととはなんですか?」
「ゲート攻略まではまだ時間がある。一年生にはその時までに少しでも強くなってもらいたい。そこで二、三年生に一年生と戦ってもらって経験を積ませてあげてほしいのだ」
「……なるほど」
もはや攻略することが決まっているのなら少しでもできることをした方がいい。
ゲート攻略に納得はいっていないもののどうしようもないならとテルは思考を切り替えることにした。
「みんな、協力してくれるか?」
「分かりました。僕にできるならやらせていただきます」
部長でもあるテルが頷いて他の二、三年生も同じく同意する。
フウカだけは微動だにしていなかったけれどフウカが手伝ってくれなくとも他の人たちも十分強いので目的は果たせるだろうとトモナリは思う。
「ならばそういうことで。今日はテストで疲れているだろうから特訓は明日からにする」
「明日から特訓……」
せっかくテストが終わって解放されたのにとミズキは渋い顔をする。
「これもみんなのためだからさ」
「うへーん、ちょっと休めると思ったのに」
「全部終われば夏休みなんだ、もうちょい頑張ろうぜ」
「トモナリ君がヨユーなのなんかムカつく」
「未来を思えばこれぐらいどうってことないからな」
「未来って……」
何もしなければ将来人類は滅亡する。
その前だって戦いで満足に寝られも食べられもしない日々を過ごしていたからこれぐらいのことなんともない。
「アイゼン、会議室に」
「はい」
トモナリはマサヨシにレストルームの隣にある会議室に呼ばれる。
「これでよかったのだな?」
会議室の椅子に座ったマサヨシは深いため息をついた。
戦闘経験を積むために二、三年生と一年生と戦わせてほしい。
これを提案したのはトモナリであった。
No.10を攻略するといった時も驚いた。
ただそれも無計画ではなく何かの考えがあるようだった。
だからマサヨシもトモナリにNo.10攻略の許可を出した。
「本当に攻略できるのだな?」
「攻略してみせます」
「……君のことを信じよう」
不安も心配も尽きない。
しかしトモナリはこれまで期待を超える働きをしてきた。
否が応でも期待もしてしまう。
「危なくなったらすぐに逃げるのだぞ?」
「もちろんです。ここで死ぬつもりなんてないですからね」
「……分かった。それともう一つ。あれの試作品が完成した」
「おっ、本当ですか!」
「クロサキ」
「はい」
ミクが会議室を出ていく。
「少し待たされたわね」
程なくしてミクがカエデとヤマザトを連れて会議室に戻ってきた。
「ふふ、ようやくこれについて話せるわね」
カエデが手に持っていた紙袋の中から何か輪っかのようなものを取り出した。
「以前頼まれた魔力抑制装置よ。なかなか面白いもの考えたわね」
多少大きめな腕時計ぐらいな太さの白い見た目をした輪っかでスマートウォッチのような見た目をしている。
これはトモナリが以前マサヨシに頼んだ魔力抑制装置の試作品であった。
「10%から100%の十段階で魔力を抑制することができるわ。制御はスマホからでも出来るように開発してるけど今はこのタブレットからしてもらうわ」
「着けてみても?」
「どうぞ」
「……後の二つは?」
魔力抑制装置は四つテーブルに置かれている。
それぞれ手首に着けたとしても二個余る。
「足首にも着けるのよ」
「足首にも?」
「あなたの要望を受けて普段から着けていられるように小型化、軽量化を目指したのだけどその代わり魔力を抑制する効果が弱くなってしまったのよ。一つでは全身の魔力を上手く弱く抑制することも難しくて……そこで両手両足に着けることで色々な問題を解決したの」
「なるほど」
覚醒者につけられる魔力抑制装置はかなり大きなもので、それをそのままつけるとかなり邪魔になる。
だから小型化を希望をしていたのだが、小型化するにあたって色々と問題も出てきた。
それを解決するための方法として両手両足に装置をつけてそれぞれの装置が小さくとも効果を十分に発揮できるようにしたのだ。
「それじゃあいくわよ」
両足にも魔力抑制装置を着ける。
「分かりやすく100%」
「おっ……!」
カエデがタブレットをいじって魔力抑制装置を起動させる。
すると手足に着けた魔力抑制装置に100と表示されてトモナリは急激に体が重たくなるのを感じた。
腕や足に通わせていた魔力が無理矢理遮断される。
体の中にある魔力は消せない。
だが魔力抑制装置によって魔力が追いやられて臍の下あたりから胸の付近にかけて自分の魔力が強制的に集められている。
魔力抑制装置しか身につけていない腕なのにとても重たい。
日頃から意識しなくても体は魔力の恩恵を受けていた。
魔力のコントロールをするという意味でトモナリは意識的に体に魔力を充実させていたので魔力が抑制された効果を余計に感じるのだ。
「80%」
「かなり良い感じです」
抑制効果を下げると腕や足に魔力を通せるようになる。
しかし今までのように通せるのではなく半端にせき止められた川のように細く少ししか魔力が流せない。
回帰前に見た魔力抑制装置の初期よりもこちらの試作品の方がクオリティが高いとトモナリは感心していた。
「試作品はこれだけですか?」
「そうね。予備のものはあるけれど使えるのはこれだけと思って。魔力を抑制する効果は確かめてるけど実戦で使っていくとどうなるのかまだ不明だし……作るのにもちょっとね」
「まだ量産に問題が?」
「すこーしね」
カエデは軽くため息をつく。
「うちの研究員、妥協を知らなくて。それの目的訓練でしょう? 小型化、軽量化するにあたってどうしても耐久性が犠牲になっちゃったの」
小さく軽くしようと思うと大きく頑丈に作られたものよりも耐久性が劣ってしまう。
仕方ないことなのであるが今回の魔力抑制装置の目的は魔力を抑制して戦って訓練することにある。
魔力抑制装置が戦いの中で壊れてしまっては十分にその効果を発揮することができなくなってしまう。
つまり小さく軽くしながらも壊れないようにしなければならないのだ。
「その試作品にはミスリルが使われてるのよ」
「ミ……ミスリルってあの?」
「そうよ」
ゲートが現れてモンスターの素材以外にも新たな鉱物もゲートの中から見つけ出された。
それがミスリルという金属だった。
魔力伝導性が高い金属であり、ミスリルを使った武器は魔力を扱う覚醒者が欲しがるものとなっていた。
魔力伝導性が高いので近年の魔力を使った製品の製造にも利用されていて価値が高まり続けている。
今現在でもミスリルは高級金属で回帰前にはミスリル鉱山があるゲートを巡って戦争まで起きたことがあった。
そんなミスリルが使われていることにトモナリは驚いた。
それならば量産できないわけであると納得するしかない。
「本当に量産するならもうちょっと大きくしてミスリル以外のもので作らなきゃ採算取れないわね。だからそれはうちの研究員が意地で作った特別なものよ」
そう言ってカエデは魔力抑制装置を操作するタブレットをトモナリに差し出した。
「これはあなたが使っていいわ」
「ですが……」
「魔力を強制的に抑えて訓練する。なかなか面白いアイディアよ。うちの研究員は他のことも考えているようだし今後量産化をするにあたってあなたも装置を作った人の一人であるのよ。そのお礼みたいなもの」
別にちゃんと契約をするつもりだがどうせ表に出せない試作品なら未来が有望なトモナリが使った方がいい。
「……ありがとうございます」
「タブレットも高いものだし普通に使えるから活用してね」
カエデはニッコリと微笑む。
「あとは使用感のレポートも欲しいからそれもお願いするわ」
「分かりました。喜んで協力します」
魔力抑制装置もできた。
夏休みはなかなか楽しくなりそうであるとトモナリは思ったのだった。
「うっ……重い」
「なに!? 失礼だぞトモナリ!」
「魔力抑えてるとこんなこともあるんだな」
いつものようにヒカリが肩車するようにトモナリの肩に乗った。
魔力を抑えているトモナリにとってヒカリの重さはかなりずっしりとくるものであった。
テストが終わり夏休みまでの短い期間でトモナリたち一年生は二、三年生たちと散々戦った。
トモナリは魔力抑制装置をつけての鍛錬だった。
なのでトモナリを含めて一年生たちは毎日ボコボコにされた。
けれどいつも終わり際にミクが来て一年生をヒールしてくれるので次の日に体のダメージを引きずることはなかった。
精神的なダメージはあったようだけど、みんな歯を食いしばって自ら先輩たちに挑むトモナリについていっていたのである。
そのおかげかトモナリを含め能力値はいくらか伸びた。
元々トレーニングで伸ばしていたトモナリの伸びは鈍かったけれど魔力抑制装置のおかげか思っていたよりも効果はあった。
「これ乗り越えたらようやく夏休みか」
アカデミーのカレンダーではすでに夏休みに突入した。
けれども課外活動部には夏休みを満喫する前にやることがあった。
No.10と呼ばれる試練ゲートを攻略せねばならないのである。
「バス移動疲れるよね……」
「仕方ないよな。飛行機高いし」
朝早くアカデミーからバスで出発した。
移動手段として今メインになっているのは車である。
飛行機や電車というものも残っているけれど電車は都心部しか走っておらず、飛行機はかなり高価な乗り物になっていた。
その理由はモンスターのせいである。
長距離を移動する線路はモンスターによって壊されたり安全を確保できないなどの理由で無くなってしまった。
飛行機も飛行型のモンスターの出現によって一時完全に飛ばせないなんてこともあった。
今は魔石の魔力を利用したシールド装置が開発されて飛行機を守ることで再び飛べるようになった。
ただしシールド装置の分飛行機も高額になったのでお手軽に乗れるものじゃなくなったのである。
「私飛行機なんて乗ったことないよ」
「ここにいるほとんどがそうなんじゃないか?」
トモナリたちの世代は飛行機という存在は知っていても乗ったこともない人が多い。
トモナリも乗ったことがなく、課外活動部の生徒の中で乗っていそうなのはカエデぐらいかなと思っていた。
ダラダラと雑談しながら日が落ちるまでバスで走り続けてNo.10から最寄りの町まで到着した。
ホテルに泊まって体を休めて、次の日の早くに再びNo.10に向けて移動を開始した。
「もうすぐ到着するぞ」
まだギリギリ朝と呼べるような時間ぐらいにNo.10ゲートの前に着いた。
ゲートの周りは金属の壁で囲まれている。
それはNo.10が長いこと攻略されていないためにゲートブレイクという中からモンスターが出てくる現象を警戒して設置されているものだった。
「俺たちは戦いの準備だ」
ゲート前に着いて二、三年生の先輩方は寝泊まりできるようなテントを設置する。
「本当に大丈夫?」
トモナリの防具をゆるみなく締めるフウカはいつもの代わりない無表情であった。
それでもこうしてついてきてくれて、声をかけてくれるということはいくらか心配してくれているようだった。
「大丈夫です。一回り成長して帰ってきますよ」
「なら帰ってきたら本気で戦ってね」
二、三年生との特訓でトモナリは魔力抑制装置を使っていた。
せっかくトモナリと本気で戦えるかもしれないと思っていたフウカにとっては少し拍子抜けなところがあったのだ。
心配しているのもトモナリと戦えなくなるからか、とトモナリは思わず笑ってしまう。
フウカらしい考えである。
「アイゼン」
「学長」
「まだ引き返すことはできるぞ?」
「ここまで来てそんなことはできませんよ?」
「いや、命に比べればプライドなど軽いものだ。辞退することもまた勇気だ」
批判はマサヨシが引き受ければいい。
トモナリがやめると言ってもマサヨシは責めるつもりはなかった。
「やめませんよ」
トモナリはマサヨシの目を見つめる。
冷静で、功績を焦っているような目ではない。
深い考えがあるようで、信じてみたくなるような目をしていた。
「あれはもう飲んだのか?」
「いえ、中で飲むつもりです」
「中で? ……まあいい。全て君に任せた。君も、そして君を信じてついてくる仲間も無事に帰すんだぞ」
「もちろんです。夏休み、遊ぶ約束してるんですから」
「ふふっ、仲がいいな。行ってこい」
マサヨシは力強くトモナリの肩に手を乗せる。
トモナリが頷くとマサヨシは微笑みを浮かべてゲートの管理をしている責任者と話に行った。
「みんな、準備はいいか?」
自分用の装備を持っている生徒はまだ少ない。
トモナリも剣であるルビウスぐらいであとはアカデミーから貸し出されている装備だった。
みんなも同じようなもので特別自分の武器を持っているのはコウとマコトぐらい。
「クラシマは大丈夫か?」
「あ、ああ……大丈夫」
今回いつものメンバーに加えて課外活動部に所属している特進クラスの生徒もメンバーとして来ていた。
一般クラスの方の子はレベルが低かったので流石に外れてもらった。
トモナリたちとも同じクラスである男子生徒は倉嶋遼太郎(クラシマリョウタロウ)という子で、普段は2班なのでトモナリたちとあまり交流としては多くない。
打撃士というちょっとだけ珍しい職業で、ハンマーを武器としている。
「無理そうなら来なくてもいいんだぞ?」
「少し緊張しているだけだ」
クラシマはトモナリの実力を認めながらも違う班なために8班のみんなのような信頼もない。
みんなが行くというしクラシマも流されるように行くことになってしまったが、一桁レベルの一年生だけで本当に大丈夫だろうかという不安は拭えない。
「きっと俺が何を言ってもお前の不安を消し去ることはできないし100%大丈夫だなんてことは言えない。ただ一つだけ絶対と言えることがある」
「……なんだ?」
「もし生きて帰ってこられたならお前は俺に感謝することになるだろう」
「なんだよそれ?」
「後で分かるさ」
トモナリはクラシマにニヤリと笑いかけると自分の荷物を背負った。
「それじゃあ行くぞ。No.10、攻略開始だ」
みんなもそれぞれ大きなリュックを背負う。
自分もリュックを背負ったヒカリが横に飛ぶトモナリを先頭にしてゲートの前に立つ。
『ダンジョン階数:二階
ダンジョン難易度:Aクラス
最大入場数:10人
入場条件:レベル19以下
攻略条件:一階:全てのオークを倒せ 二階:同族喰らいオークを倒せ』
まずは例によってゲートの情報を確認する。
「え、Aクラス!? そんなの大丈夫なのかよ?」
みんなはまずゲートがAクラスなことに驚いていた。
Aクラスはゲートの中でも最高難易度となり、レベルが100に近い人たちを集めて慎重に攻略を進めねばならないような危険なゲートである。
ましてレベル一桁の経験も浅い覚醒者が挑むようなゲートではない。
「心配するな」
「でも……」
「試練ゲートは全部Aクラスって表示されるんだ。どんな難易度だろうとな」
「そうなの?」
不思議なことに試練ゲートはダンジョン難易度がAクラスで固定されている。
ここまでもいくつかの試練ゲートがあったけれど簡単なものから難しいものまで様々でありながらどれもAクラスとなっていたのだ。
だからダンジョン難易度だけを見て一概に難しいなどと怖気付いてはいけない。
ただ今回のゲートはAクラスでもおかしくないとトモナリは思う。
攻略人数も少なく、入れる人の最大レベルも低い。
そうした制限があるというところを見るとAクラスゲートといっても過言ではないのだ。
むしろ見るべきはこれまでと違い二階となっていることや出てくるモンスターがオークであると予想されることである。
「みんな落ち着け。多くの者がここで失敗したのは確かだけどちゃんと逃げて帰ってきた人も多いんだ」
入ると出られなくなるゲートもあるがNo.10は出入り自由となる。
無茶をせず冷静に状況を見極めて撤退すれば十分に生きて帰ることができるゲートでもあるのだ。
全滅などの失敗が目立つのは経験不足からだ。
最大レベルが19となっている。
そのぐらいなら上げようと思えばすぐに上げられる。
つまり戦いの経験が不足した状態でゲートに入ることになるのだ。
いざという時に冷静な判断ができないと力のあるモンスターにはあっという間にやられてしまう。
だからNo.10における全滅などの失敗が目立って多いのである。
その点でトモナリは回帰前の経験がある。
少なくとも全滅は避けて帰ってこられるだろうと思う。
「入るぞ」
時間をかけるほど不安は大きくなってしまう。
その前にとトモナリはゲートに足を踏み入れた。
ゲートを通る時のいいようもない感覚を抜けて中に入るとそこは草木の少ない山岳地帯のようだった。
赤茶けた岩肌が露出していてデコボコとした地形をしている。
『実績:無謀な挑戦を解除しました!』
「えっ!?」
ゲートの中に入った瞬間意図しない表示が目の前に現れた。
トモナリだけでなく後ろから入ってきたみんなの前にも同じような表示が現れている。
『このゲートの攻略に限り能力値が倍になります!』
トモナリは表示を見てニヤリと笑った。
「ト、トモナリ君!?」
「ああ、俺にも見えてるよ」
「……こんな話聞いたこともない。まさかこれを狙ってたの?」
ミズキは見知らぬ表示に慌てふためいているがコウは冷静だった。
「どう思う?」
『力:94(47)
素早さ:102(51)
体力:92(46)
魔力:72(36)
器用さ:100(50)
運:48(24)』
トモナリがステータスを確認する。
すると能力値が表示の通りに倍になっている。
トモナリはこれを狙っていた。
試練ゲートは試練とつく通りに乗り越えられそうなヒントや助けを出してくれるのだ。
どう頑張っても乗り越えられない試練など試練とは言わない。
そしてNo.10において試練を乗り越えるための助けはステータス倍化なのであった。
No.10はレベル19以下でなければ入れないゲートである。
ならばレベルをギリギリの19まで上げて、そしてゲートの中で20にしてスキルを解放して攻略するのが正当なやり方だと誰もが考えていた。
しかしそれが罠なのである。
No.10はレベル10未満で中に入ると能力値が倍になるという補助を受けられるのだ。
回帰前ではアメリカの覚醒者が攻略する時に荷物持ちとして同行した低レベル覚醒者がいたことでこのようなことがあると発覚した。
アメリカの攻略チームは失敗したが、その時に同行した低レベル覚醒者は生き残ってこのことを伝えて次回の挑戦で日本が攻略を成功させた。
「みんなもステータス確認してみろ」
「わっ!」
「す、すごい!」
能力値が倍になるというが単に倍になるだけではない。
能力値の伸びというのはムラが大きい。
職業によって伸びやすい能力値と伸びにくい能力値があり、レベルアップによって上がらない能力値があることもある。
さらには伸び幅も0〜2と様々だ。
トモナリは特殊な職業のためか全ての能力値が2ポイントずつ伸びるというチートのような状況になっているけれど、多くの人はもっと伸びが鈍い。
低レベルであってもレベルが倍になったからと能力値が倍になるような伸び方はしないのである。
つまり能力値が倍になるということはレベルで考えた時に20どころでなく、より上のレベルになったのと同じぐらいの能力値になっているのだ。
「みんな少し体を動かしておけ」
急に能力値が倍になったことによる動きの認識の違いが生まれてしまう。
体を動かして今の状態を把握しておく必要がある。
「よし、じゃあ……」
「それ何?」
トモナリは荷物の中から小瓶を取り出した。
小瓶の中には薄紫色の液体が入っている。
「霊薬さ」
「霊薬? なんでそんなものを持ってるんですか?」
マコトが首を傾げる。
「テストの成績優秀者だからな」
「あっ、そういうこと」
トモナリは夏休み前に行われた中間考査のテストで成績優秀者となった。
具体的には学年全体で二位、特進クラスでは一番となったのである。
そのおかげでアカデミーから霊薬がもらえることとなったのである。
すぐに飲んでもよかった霊薬をトモナリはここまで飲まずに取っておいた。
「今飲むんですか?」
「今だから飲むんだ」
トモナリは小瓶の蓋を開けると中身を半分飲む。
味は美味しくもなく不味くもない。
ややトロピカルっぽいけどなんの味か聞かれても言葉で答えられない。
「ヒカリ」
「いただきまーす」
残り半分をヒカリが飲み干す。
『魔力が4増えました!
スキル魂の契約 (ドラゴン)の効果で相互作用を得られました。魔力が4増えました!』
「ふふっ、やっぱりな」
霊薬によって魔力が伸びた。
以前にも霊薬をもらって魔力を伸ばしたのだがその時よりも効果が高い。
けれどこれは霊薬がいいものであったからということではなかった。
霊薬の質としては以前と同じぐらいのものである。
にも関わらず能力値が大きく伸びたのには秘訣がある。
能力値倍化の恩恵がここにも現れているのだ。
能力値の倍化はアップする能力値にも適用される。
本来2上がるところを能力値倍化の効果によって倍の4上がったというわけなのである。
「みんなどうだ?」
「かなり良い感じ!」
「今ならお前も倒せそうな気がする」
「俺も能力値倍だぞ?」
「あっ……そっか」
倍になったユウトといつものトモナリなら能力値の差が小さくなるが、両方とも倍になっている今は倍になる前の能力値が高いトモナリの方がより強くなっている。
「じゃあ荷物はここに置いて本格的に攻略開始だ」
「「おーっ!」」
能力値が倍になってみんなの不安も吹き飛んだ。
今ならいけると目をギラギラとさせてやる気を見せている。
持ってきた荷物はゲートの近くに置いておく。
ゲート近くはモンスターが近づかないという不文律のルールがあるので、よほどのことがない限りはゲート近くに置いておけば安全なのである。
「あっ、いたよ!」
ゲートから離れて探索しているとミズキが前方を歩くオークの姿を見つけた。
オークは緑色の肌をした二足歩行のモンスターで人よりも大きな体格を持ち、体は意外と筋肉質で再生力が高い。
顔は豚のように潰れた鼻をしていて、鋭い牙が口の下の方から突き出ている。
木を粗く削り出したような棍棒を持っていて、歩くたびに重たい音がズシズシと聞こえてくる。
「いいか? あいつは体がデカい。だから無理をして頭を狙わず足を攻撃してバランスを崩してやるんだ」
モンスターというのは強くなると体の大きいものも多くなる。
ふさわしい能力やスキルがあるなら最初から正面突破で戦ってもいいのだけど、そんな無茶な戦いができる人ばかりではない。
他のところを攻撃して相手を怯ませたりバランスを崩したりしてから弱点に一撃加えるのが定石となる。
「マコト、お前が最初の一撃だ」
「ぼ、ぼく!?」
「影に潜って近づいて足を切りつけろ。攻撃したらすぐに下がるんだ」
「……分かった!」
ブルーホーンカウとの戦い以来マコトもどことなく自信がついたようだ。
普段のなよっとした感じは抜けきらないが、ただ流されるだけじゃなく自らやってみようと思える意思の強さを持ち始めている。
「マコトが攻撃したら一斉に飛び出すぞ。足を狙って倒し、クラシマが頭にトドメだ」
「俺でいいのか?」
「もちろん。じゃあマコト頼むぞ」
「うん!」
マコトがスキルであるインザシャドウを使って影に潜り込む。
残念ながら山岳地帯には植物が少なく影となるところも少ないのだが、インザシャドウは自ら影を作り出し影ごと移動することができる。
スーッと丸い影が地面を移動していく。
知っていて側から見れば丸わかりなのだけど知らずにいたら地面の影になど気づける人はいない。
「やっ!」
ドシドシと歩くオークの足元まで影が移動した。
一呼吸置いてマコトが影の中が飛び出してオークの足を切りつける。
「今だ!」
急に足に痛みを感じてオークが膝をついた。
トモナリたちも一斉に木の影から飛び出してオークに向かう。
「いくぞルビウス」
『任せておれ』
トモナリがルビウスに魔力を込めると赤い刃が炎に包まれる。
いつもの倍の能力があるので体が軽い。
怒りの表情を浮かべて振り向いたオークにはトモナリはすでに剣を振り始めていた。
仮に能力値が倍になっていなかったとしても油断しているオークの首を刎ねることは容易い。
しかし今はみんなでレベルアップしていくべきなのでトモナリは首ではなく腕を切り飛ばした。
ルビウスは剣としてとても優秀だ。
切れ味が鋭くかなり丈夫で、魔力を非常によく通しながらトモナリの手に馴染むようだった。
さらにはルビウスまで召喚できるのだから文句なしの一本である。
ついでにルビウスの意思のためか他の人が剣に触れることもできないというところもプラス。
ただしルビウスの声が時々頭の中で聞こえてワガママをいう時があるのはマイナスである。
「食らえ、二連撃!」
ユウトが第一スキルを発動させる。
一度剣を振るっただけなのにオークの体に二本の傷が走る。
魔力によって二回目の攻撃を発生させるスキルで威力は本人の実力に依存するが、回避しにくい二回目の攻撃を発生させる癖がなく強いスキルである。
「ふんっ!」
「どりゃああああっ!」
サーシャとミズキもオークに迫る。
サーシャは基本通り足に槍を突き刺して、ミズキは魔力をまとった剣でオークの腕を切り飛ばす。
「倒れろ!」
コウが放った水の塊が叫ぼうと口を開けたオークの顔面に直撃した。
オークはそのまま後ろに倒れて地面に頭を打ち付ける。
「クラシマ!」
「おうっ!」
最後にクラシマが飛び上がりながらハンマーを高く掲げる。
「震撃!」
クラシマがスキル震撃を発動させてオークの頭にハンマーを叩き込む。
オークの頭がハンマーに潰されて足が一度ビーンと伸びた。
ピクピクと痙攣として、力なく足が地面に落ちた。
「やったね〜!」
「らくしょーだな!」
「うむ! みんなよくやったぞ!」
ミズキとユウトが喜びながらハイタッチする。
レベルアップのためにみんなで一度ずつ攻撃する形にはなったけれどもっと簡単にも倒せそうである。
「おっ!」
『レベルが10を達成したのでインベントリを解放します』
トモナリの前に表示が現れた。
「どうしたの?」
みんなの前には現れていないものでサーシャが不思議そうにトモナリの顔を覗き込む。
「レベルが10になってインベントリが出たんだよ」
No.10においてレベルをできるだけ上げてから挑むのが望ましいと考えられていた理由の一つにインベントリというものがあった。
レベルが10になるとインベントリというシステムが解放される。
これはアイテムを保管しておける個人の空間のような物で、個々人によって利用できるインベントリの大きさは異なる。
アイテムを保管しておけるので大きなリュックなど持ってこなくてもよく、ゲート攻略の利便性が大きく向上する。
インベントリが解放されて持ち物を自分ですぐに取り出せるように保管しておけるようになってから挑んだ方がいいというのが一般的な考えなのである。
「あれ?」
解放されたばかりのインベントリは当然空となる。
何も入れていないのだから当然であるがインベントリを確認してみたら何かが入っていた。
「ゴブリンキングの王冠……?」
インベントリにあるアイテムの説明を見てみる。
ゴブリンキングの王冠というアイテムで装備すると力と体力が5ポイント伸びるという意外と優れたものだった。
「あの時のやつか」
それがなんなのかトモナリはすぐに理解した。
最初に入ったゲートで突発的に現れたゴブリンキングと戦った。
ゴブリンキングは特殊モンスターと呼ばれるものでそうしたモンスターは倒すことができるとアイテムなどをドロップすることがある。
目の前にドロップすることもあって取り合いになることもあるのだが時に勝手にインベントリに入っていたりすることもある。
トモナリはまだインベントリが解放されていなかったけれどもインベントリそのものは存在していて報酬のアイテムが中に入ったようだ。
「ふーん」
取り出してみるとゴブリンキングが頭に乗せていた古びた王冠のようだった。
「ほえ、消えたのだ!」
トモナリが王冠を出すところをヒカリは眺めていた。
自分も乗せてみたいな、なんて思っていたらトモナリの頭に乗った王冠がいきなり消えた。
「透明化オプションがあるようで助かった」
ゴブリンキングの王冠の説明の最後に米印と透明化オプションありと書かれていた。
透明化オプションとは文字通り装備した後透明にすることができる機能である。
王冠身につけている姿など恥ずかしいけれど透明化オプションのおかげで人に見られず着けていられる。
「ズルいぞ、トモナリ! 僕もつけたいのだ〜!」
ヒカリがトモナリの腕を引っ張る。
王冠が羨ましくて、次に貸してもらおうと考えていたのだ。