「なんだと? あんなちんちくりんよりも妾の方が良いとは思わぬか?」
ルビウスは少し胸を強調して、扇情的にトモナリに視線を送る。
ルビウスは綺麗な容姿をしている。
普通の男ならば多少の反応を見せるだろうと思っていたのにトモナリはムッとしたような表情を浮かべた。
「この話は無しだ。あんたのことは返してまたどっかに保管しててもらう。たとえ別の武器がもらえなくてもだ」
「なっ、待て待て! 何でだ!」
相手を誘惑して怒らせることになるとは予想外でルビウスが慌てる。
契約拒否どころではなく剣まで返す理由が分からない。
「言ったろ。ヒカリは俺のパートナーだ。大事な友達だ。そんなヒカリのことを悪く言って押し退けようとするならお前のことなんていらない」
「なっ……」
確かにヒカリには抜けたところがあるかもしれない。
けれどヒカリはトモナリの友達である。
約束した。
こうして回帰したのだってヒカリのおかげである。
そんな相棒のことを悪様に言って契約しろというようなやつとトモナリは契約するするつもりなんてないのである。
むしろそんな奴が宿った剣なんていらない。
「この話は終わりだ。俺を戻してくれ。明日にはあの武器庫に戻るんだな」
「ま……待ってくれ!」
「なんだよ?」
東屋を離れようとするトモナリにルビウスがしがみつく。
「あそこは嫌だ! 暗くて狭くて魔力が遮断されていて嫌いだ!」
「だからなんだよ。俺の知ったことじゃない」
「謝る! 意地悪なこと言ったの謝るから!」
トモナリの腰に手を回してすがりつくルビウスには先程までの余裕が一切ない。
「ヒカリを捨ててあんたと契約するつもりはない!」
「わ、わざわざヒカリとやらの契約を切る必要もない! それにちゃんと許可を取る! ならばよいだろう?」
トモナリがルビウスを振り払おうとするけどルビウスは必死にしがみついて離れない。
「許可だと? それにヒカリとの契約はそのままなのか?」
「ヒカリとやらがよいのならよいのだろう? ドラゴンナイトの契約は何も一体だけに囚われることもないのだ」
ルビウスはうるうるとお願いだという目をしてトモナリを見上げる。
「……ヒカリの許可が得られるなら」
ドラゴンの素材で作られた剣など滅多にあるものじゃない。
ましてドラゴンの意思が宿っているなど他にはない貴重品である。
正直なところ手放すのは惜しく感じる。
もし仮にヒカリの許可が得られてちゃんと従うというのなら許してやらないこともない。
「ほ、本当か! ならば……」
「にょ!?」
トモナリから離れたルビウスがパチンと指を鳴らすといきなりヒカリが現れた。
「あ、トモナリ!」
「話をするために呼んだ」
「ハンバーグきてたぞ! 僕が受け取っておいた!」
「おう、ありがとな」
トモナリはヒカリの頭を撫でる。
「ヒカリとやら、ちょっと話があるのだがよいか?」
「なんだ?」
「妾もトモナリと契約したいのだ」
「ダメだ!」
ヒカリはトモナリの頭にしがみついて威嚇するように牙を剥き出す。
ある程度予想していた通りの反応である。
「トモナリは僕の友達だ!」
「まあ待て。別にお主との契約に影響は及ぼさないから」
「それでもダメだ」
「うぅ……見たところお主はまだ子供だろう? 親から何も知識を得てないと見える」
「むむ?」
「無知なことは罪だ。でも知識を得てより力を使えるようになればトモナリの助けになれる」
「……何が言いたいのだ?」
「妾がお主の先生になってあげよう」
ルビウスは胸を張ってわずかに微笑みを浮かべる。
「お主がトモナリの力になれるように妾が知識を教えてあげよう。それに妾と契約すれば剣の力も自由に使わせてあげるしトモナリのためになるのだ」
なんかいつの間にかルビウスにも呼び捨てにされてるなとトモナリは思った。
「むむむ?」
「妾がトモナリと契約することによってトモナリにもお主にも良いことがある。それに……」
「それに?」
「お主がトモナリの一番なことは妾が契約しても変わらん。ヒカリがトモナリの一番なのだ」
「……そーか! ならばしょうがないな!」
チョロインヒカリ。
ルビウスの安い褒め言葉に一転してヒカリの機嫌が良くなる。
トモナリやヒカリのためになるというところよりもヒカリがトモナリにとっての一番であるというところにすこぶるご機嫌になった。
「トモナリのためだもんな! 許してやろう」
「ふふ、ありがとう」
若干言いくるめられた感はあるような気がするもののすっかりご機嫌になったヒカリはルビウスに契約の許可を出した。
「僕は〜トモナリの一番〜」
トモナリの頭にしがみついたままヒカリは陽気にご一曲。
「まあヒカリの許可は得られたし契約しようか」
「よろしくね、トモナリ。損はさせない。このルビウス、ドラゴンの友のために力を尽くそう」
ルビウスが手を差し出してきたのでトモナリは応じる。
トモナリとルビウスの胸から不思議な光が伸びて絡み合うようにして一つに繋がる。
「よろしくな」
「妾も人と契約するのは初めてだ。お手柔らかに頼むぞ」
ぐにゃりと世界が歪んだ。
「そろそろ話を終わりにしよう」
東屋が消えて風が吹き荒ぶ。
トモナリから手を離したルビウスが飛び上がる。
ルビウスが真っ赤な炎に包まれ、巨大な火の玉となる。
「ドラゴンの友よ! 誇り高きレッドドラゴン・ルビウスはお主と共にある!」
トモナリの意識が黒く塗りつぶされる直前、火の玉が弾け飛んで中から赤いドラゴンが姿を見せた。
ルビウスの真の姿、それは人の姿とはまた違った美しさがあった。
「はっ……」
気づくとベッドの上で剣を抜いたままの体勢だった。
ルビウスと話したことは覚えているけれどなぜか不思議な夢でも見たような気分であった。
「なんか……ちょっと疲れたな」
ルビウスとの会話による精神的な疲労か、それともルビウスの精神世界に呼ばれたことで何か影響があるのか知らないけれどちょっとした疲労がある。
「トモナリ、ハンバーグだぞ!」
見るとテーブルの上にハンバーグやご飯が乗った皿が運ばれていた。
トモナリがルビウスと話している間にヒカリが運んでくれていたのだ。
「ヌヘヘ……」
やはりヒカリは優秀だとトモナリはヒカリの頭を撫でるとヒカリは嬉しそうに笑う。
『それはなんだ!』
「あっ?」
「えっ? どうしたのだ?」
「……ルビウスだ」
急に頭の中で声が聞こえてトモナリは驚いた。
ルビウスの声だと分かるのだが多少大声だったのでびっくりしてしまったのである。
『それはなんなのだと聞いているのだ』
「それ? ハンバーグだよ」
『はんばーぐ? 美味そうだな』
「美味いもんだよ」
『食べたい!』
「食べたい?」
剣のくせに何をいっているんだとトモナリは顔をしかめる。
剣がどうやってハンバーグを食べるのか。
「お前食えやしないだろ」
『召喚してくれ!』
「…………召喚?」
『契約するとはただ繋がるだけではない。互いにその存在を呼び出すこともできるのだ。妾のこともトモナリが望むなら呼び出すことができる』
「そうなのか?」
『知らんのか?』
「知らん」
初めて聞いたとトモナリは思った。
魂の契約の説明にそんなことは書かれていなかった。
もしかしたら相互作用があるなんて言葉に無理矢理集約されていたのかもしれない。
『妾のことを呼び出そうと意識すればいい』
「……やってみよう」
ついでだしルビウスの召喚を試してみることにした。
目を閉じてルビウスの姿を思い起こしながら呼び出そうと試みる。
最初は変化がなかったのだけど意識をルビウスの剣に向けてみると剣から赤い光が飛び出してきた。
「おっ……おっ?」
「……な、なんだこれはー!」
ルビウスの言う通りルビウスを召喚することができた。
けれど大きな問題が一つ。
「な、なんと言うことだ……高貴な妾の姿が……」
落ち込んでベッドに横たわるルビウスはドラゴンの姿だった。
ただしルビウスは自分がちんちくりんなどと言っていたヒカリと同じようなミニ竜姿なのであった。
トモナリとしては可愛いからいいじゃないかと思うのだけどルビウスはショックを受けていた。
「ええい! どれもこれもお主が……ぶえっ!」
「トモナリに近づくな!」
トモナリにかかっていこうとしたルビウスにヒカリの蹴りが炸裂した。
「何をする! このちんちくりん!」
「なんだと! お前も変わらないだろ!」
巨大な竜の姿のルビウスなら敵わないだろうけど、今はどちらもちっちゃい竜の姿である。
回帰前の記憶にもある巨大な竜の姿で争ったならアカデミーが消し飛んでいただろうけど、今の姿ならベッドの上で争っても壊れるものはない。
いや、ちょっと枕が危ないかもしれない。
「うにー!」
「このー!」
互いに口を引っ張り合うレベルの低いケンカを繰り広げている。
「こらこら、やめろ!」
特進クラス用の寮は一部屋が大きく壁は厚めになっている。
だからといって夜にバタバタと暴れていいわけではない。
トモナリがヒカリとルビウスを引っ掴んで引き剥がす。
「そもそもお主が悪い!」
一瞬見た真っ赤で美しさすら感じさせるドラゴンの姿はなんだったのかと思うほど短い前足をビシッと伸ばしてトモナリに向ける。
「俺が?」
「お主の力が足りないから契約している妾もこんなになってしまったのだ!」
「……んなこと言ったってな」
そもそもトモナリはまだレベルが二桁にすら達していない。
力不足なんて言われても仕方ないのである。
「くぅ……こんなのは予想外だ」
ルビウスはしょんぼりと項垂れる。
まさかちんちくりんなどと馬鹿にしていた姿になるなんて思いもしなかった。
「まあそういうなよ。可愛いぞ」
トモナリはヒカリを下ろしてルビウスの頭を撫で回す。
同じようなドラゴンの姿ではあるのだけれど意外に触ってみた感触は違っていて面白い。
「なっ、触っ……まあ悪くないな……」
「ずるいぞ!」
一瞬触られることを拒否しようとしたルビウスだったが思いの外に撫でられるのも悪くなくて大人しく受け入れた。
嫉妬したようなヒカリがトモナリの体にしがみつく。
「はいはい」
今度はヒカリのことを撫でてやる。
「ハンバーグ冷めちゃうから食べんぞ」
「あっ、忘れてたのだ」
「ふむ、仕方ない」
ちび竜二匹とトモナリは席に着く。
「僕のだぞ!」
「まあまあ、ちょっとあげなよ」
「そうだ、これからお前に色々教えてやるのだから少しぐらいいいだろ」
当然のことながらルビウスの分のハンバーグなんて頼んでいない。
だからヒカリの分を一つルビウスに分けてあげる。
ヒカリはだいぶ不満そうであるが今からまたハンバーグを頼んで持ってきてもらうのも申し訳ないので今日は我慢してもらう。
「ぶぅ〜」
「明日はもっと食べよう」
「……しょうがないのだ」
トモナリに撫でられてなんとかヒカリの機嫌も持ち直す。
「ウッマッ!」
ルビウスはハンバーグを一口食べて目を輝かせている。
「なんだこれは! こんなもの食べたことないぞ!」
アカデミーの食堂のレベルは非常に高い。
ハンバーグも肉肉しくルビウスも一口で気に入ってしまった。
「もう一個……」
「あ、あげないぞ!」
あっという間にハンバーグを食べ尽くしてしまったルビウスはヒカリが食べているハンバーグを穴が空くほど見つめる。
「……はぁ、まだギリギリ時間あるし頼むから」
このままではまたケンカになってしまう。
トモナリは仕方なくまたハンバーグを注文したのだった。
再びバスでアカデミーから遠征する。
ほとんど丸一日ほどバスで移動したところにゲートが発生していた。
今回はそこでモンスターを倒してレベルアップを図ることになっていた。
「んー! 流石にバスの中で一日中座ってると体辛いな」
バスから降りたユウトがグッと体を伸ばす。
途中に泊まれるところもなく、授業などのスケジュールもあるので夜もバスで走り通しだった。
滅びる前の世界ではより過酷な環境で寝ていたこともあるトモナリはバスの座席ぐらい良い方だと思う。
ただ生徒たちにとってバスで寝るなんてなかなか経験がなく、大変だったようである。
「改めて今回の遠征について確認するぞ」
生徒たちが思い思いに体を伸ばしている中でイリヤマがゲートの攻略について説明する。
「今回はスイセンギルドにご協力いただくことになっている。ゲートの中はダンジョン型となっていて道が複数あるのでスイセンギルドに同行してもらいながら二班一組となって二組ずつ入っていくことにする」
ゲートの中にも色々と種類がある。
フィールド型と呼ばれるダンジョンは前回入ったゲートのようにある程度の広さを持った一定の環境があってモンスターがその中に点在している。
ダンジョン型とはいくつかの部屋に分かれている形をしたダンジョンで部屋や部屋を繋ぐ通路にモンスターがいる。
フィールド型では攻略だけしたいなら他のモンスターを避けてボスを狙うことができるけれど、ダンジョン型ではモンスターとの戦闘を避けることはほとんどできない。
レベルアップをしたいというのならモンスターを探し回らなくてもいいダンジョン型のゲートは好都合である。
「ボスは攻略せず、その手前までで終わりだ。モンスターはブルーホーンカウというモンスターで、攻撃は突撃してきてツノで突いてくるという行動を多用する。もちろんそれ以外の行動もとるので気をつけるように」
今回の攻略は一般の覚醒者ギルドと共同で行う。
生徒に同行してもらい安全確保などを手伝ってもらう代わりに倒したモンスターの素材などはギルドの方が引き取る条件になっている。
「まずは1班と5班、2班と6班でゲートに入ってもらう」
装備を身につけて呼ばれた班の生徒たちがスイセンギルドの覚醒者と一緒にゲートに入っていく。
「おい、トモナリ!」
「なんだよ?」
「そのちょーかっこいい剣どうしたんだよ!」
ユウトはトモナリが腰に差している赤い剣を指差した。
「ああ、ルビウスのことか」
「ルビウス!? なんだよ、それ! いつの間にそんなもん手に入れたんだよ?」
赤い剣とはもちろんルビウスが宿った剣のことである。
今回はゲートに入る実戦であるし、剣の性能を確かめたかったので持ってきたのである。
剣に新しく名前を付けるのも変なのでルビウスの名前のまま剣の名前もそう呼ぶことにした。
ユウトは目をキラキラとさせてルビウスのことを見ている。
言われてみれば赤い剣なんて男子心を刺激する。
それにまだまだ自分用装備を持っている生徒も少ないので赤い剣を持っていたら余計に目立つのも仕方ない。
「おじいちゃんから刀もらうんじゃないの?」
羨ましい。
そんな風に目を細めながらミズキもルビウスを見ている。
ただトモナリは刀をもらうのだとミズキはテッサイからチラリと聞いていた。
「もらえるのか?」
「……これ言っちゃいけなかった?」
未だにトモナリは神切をもらえるかどうかテッサイから聞いていない。
力をつけて認めたらくれてやるとテッサイはトモナリに言っていた。
アカデミーに入る前もまだまだだ、なんて言われたことをトモナリは覚えている。
本当にくれる気があるのかと疑ってすらしまうぐらいだったけれど、くれるつもりはあったようである。
「師匠もツンデレだな」
「人のおじいちゃん捕まえてツンデレって言わないで」
「孫のお前には激甘だったからな」
トモナリがミズキに連勝していると上手く負けてやれなんて言う人だった。
他の門下生にも厳しいことでも有名だったのにミズキに対してはデレデレとしたおじいちゃんになってしまう。
「トモナリ君にも優しかったよ?」
「どーだか」
結構厳しく指導されていたような記憶しかない。
おかげで短期間で強くなったので文句はないけれどミズキに対する態度とは全然違っていた。
「きっとおじいちゃんが聞いたら拗ねるよ」
「それは怖いな」
いい歳した人がそんなことで拗ねていたら怖い。
「ほんと、トモナリ君は色々と驚かせてくれるよね」
「そう言いながらもコウだって支給された武器じゃないだろ?」
「うん、これは姉さんにもらったんだ」
コウが持っている武器もアカデミーから支給されているものではなく自分用の装備であった。
魔法使いであるコウの武器は杖である。
短めのワンド、大きなスタッフ、その中間に当たるロッドと杖にもさまざまな種類がある。
コウが使っているのは三十センチほどの大きさのワンドと呼ばれる分類の杖で、黒い本体の先端に青い大きな石がつけられている。
安い杖の類ではないことは確実だ。
ミクが用意したのならきっといいものなのだろうなとトモナリは思った。
「姉さんに愛されてるんだな」
「や、やめろよ……まあ……可愛がってはくれてるけど」
いつもクールな無表情のミクであるがコウを見る目は優しいとトモナリは気づいていた。
コウは恥ずかしそうに頬を赤らめるけれど実際ミクがコウに対して良くしてくれていることは感じていた。
トモナリには兄弟はいないのでどんな感じなのか完全には分からないけれど良い関係性だとは思う。
「それでは残ったみんなで休憩用のテントを張るぞ」
ゲートの中から戻ってきたイリヤマが次の指示を出す。
ゲートに入らないからと言ってただ暇を持て余していていいというわけではない。
実際のゲートでも1日で終わらず継続的に攻略を続ける場合がある。
そうした時に近くに町があるなら泊まりに戻ることもあるのだけど、そうでない場合はテントなどで対応することもある。
アカデミーではモンスターを倒してレベル上げするだけではない。
こうしたゲート攻略周りでの技能についても教えてくれるのだ。
回帰前でもテントすら立てられない奴がいたなとトモナリは思い出して目を細めていた。
「クドウ、そっち支ててくれ」
「分かった」
各班に分かれてテントを立てる。
8班はトモナリが中心になって手際よくテント設営を進めていた。
「ヒカリ、それとってくれ」
「ほーい」
ヒカリも手伝ってくれて8班は中でも素早くテントを立てることができた。
「うむ、早かったな」
「学長」
「見ていたぞ。良い手際だった」
「ありがとうございます」
今回の遠征にはマサヨシも同行していた。
他の班は勝手が分からずに苦労しているのにトモナリはまるでやったことがあるかのようにテントを立ててしまった。
「キャンプなんか経験があるのか?」
「ないですよ。テント立てたのも初めてです」
ただし今回はという言葉がつく。
回帰前はテントぐらいよく立てたものだ。
本当の最後らへんではテントすら立てることもなかったけれどそれなりには設営の経験がある。
「だとしたらテントを立てる天才だな」
「あんまり嬉しくないですね」
トモナリとマサヨシはにこやかに会話する。
ミズキたち他の子はマサヨシに少し緊張したような様子であった。
「例のアレ、試験段階に入ったそうだ」
「早いですね」
「オウルグループが興味を持ってくれてな」
「フクロウ先輩がですか?」
「彼女の口添えがあったかは知らないが……その可能性もある。もしかしたら将来的に商品化するのにお前さんに話があるかもしれない」
「俺になんの話が……」
「アイデアの元はお前さんだ。人の考えだろうと平気で奪ってしまう会社もあるがオウルグループはそうではない。特に俺を介しての話であるしな。ほぼ原案通りに制作は進んでいる。不要な問題を避けるためにもお前さんに話をしておくのが筋というものだ」
「なかなか面倒ですね」
「世の中そんなものだ」
マサヨシは軽く笑ってみせる。
「剣の調子はどうだ? 変わったことはないか?」
マサヨシがトモナリの腰に差してあるルビウスに目を向ける。
誰にも持つことを許さなかった燃える剣がトモナリ相手では大人しくしている。
燃えだしてすぐに手を離し生き残った人に話を聞いてみたところ頭の中で聞いたこともない言葉が聞こえて、次の瞬間には剣を持つ手が燃えていたのだという。
剣を持ってぼんやりとした様子を見せたということは剣から何かの反応があったのだろうとマサヨシは考えていた
けれどトモナリの身には何も起きていない。
「変わったこと……どころじゃないことがありました」
「ほぅ?」
トモナリがニヤリと笑ってみせる。
何か良いことがあったようだとトモナリの顔を見れば分かる。
「今度教えてあげますよ」
「ふふ、ぜひとも聞かせてほしいな」
今すぐではないということはそれなりのことなのだろう。
トモナリがどのような奇縁を手に入れたのかマサヨシは楽しみであった。
「他のみんなもよくやっているようだな。8班には特に期待している。頑張ってくれたまえよ」
みんなにも一言かけるとマサヨシはゲートの中に入っていった。
「8班、なーんていうけどトモナリ君だよね」
「そうだね。トモナリ君凄いから」
学長とあんなに仲良く話せる生徒などいない。
トモナリがいるから8班に注目しているのだろうとミズキとサーシャは話している。
「お弁当が到着した。早めにお昼にするぞ」
他の班も苦労しながらテントを立てた。
近くの町まで昼食を買いに行っていたバスが戻ってきてお弁当でお昼にすることになった。
攻略によっては自分たちで食事を作ることもある。
最近のキャンプ用品は優秀なのでそうしたものを活用して作ったり、覚醒者の中にはキャンピングカーなんてもので来て調理や休憩をすることもあった。
便利だからキャンピングカー欲しいなんてトモナリも思ったことはある。
「おっべんとぉ〜おっべんとぉ〜」
ちゃんとヒカリの分もお弁当が用意してあった。
しかも二つ。
トモナリはマサヨシが注目しているのはトモナリではなくヒカリなのではないかと思ったりもした。
自分で設営したテントの中でお弁当をいただく。
「ニンジン苦手、ヒカリちゃん食べる?」
「あーん」
「はい、ありがとう」
「むふふ、任せるのだ」
サーシャが自身の苦手なニンジンをヒカリに食べさせる。
ヒカリは基本的に好き嫌いなくなんでも食べるし互いにウィンウィンな取引である。
小うるさくニンジン食べなさいなんてトモナリも言わない。
「アイ……トモナリ君」
「ん? おう、マコトじゃないか」
「僕も一緒にいいかな?」
「ああ、なんなら4班も一緒に」
トモナリたちのところにお弁当を持ったマコトが近づいてきた。
笑顔でマコトを受け入れたトモナリはマコトの後ろに見える4班の子たちも手招きする。
無事特進クラスに編入となったマコトは空いた4班にそのまま入ることになった。
4班は別班ではあるものの以前のゴブリンキングのゲートで一緒に行動を共にした班であり、今ではトレーニングも8班とやっている。
だからクラス内で見れば仲のいい連中であるといえる。
そこにマコトが入ったのはトモナリにとってもマコトにとっても運が良かった。
本当に運だけかは怪しいところもあるけれど空いた席は二つだけだったので運でも半分の確率で4班には入ることにはなっていた。
「最近編入してきたミナミ君だよね? 私、清水瑞姫、よろしくね」
「よろしくお願いします」
マコトは編入したばかりでまだクラスにも馴染めていないタイミングでゲート攻略となった。
4班の奴らも悪い奴らではないけどやはり知り合いの方が安心するとトモナリのところに来た。
「トモナリ君とは友達なの?」
一般クラスに友達がいるとは意外だとミズキは思った。
中学は結局教室にほとんどいなかった。
微妙な距離感もあるし入学前からの友達には見えない。
でもだからといってあまり一般クラスの方とも交流は少ないのでミズキもまだ友達といえるような子もいない。
「あっ、その……」
「おう、友達なんだ」
トモナリはマコトの肩に手を回す。
多少特殊な出会いだったことは否めないがもう友達と言ってもいいだろう。
「と、友達? 僕たち……友達?」
「なんだ? 嫌か?」
「う、ううん!」
キョトンとした顔のマコトは嬉しそうに首を振った。
未だにトモナリはマコトの憧れである。
そんなトモナリと友達だと言われて嬉しくないはずがない。
「ふぅーん」
「むっ! トモナリの友達は僕もだぞ!」
「もがっ!?」
マコトに嫉妬したヒカリがトモナリの顔面にしがみつく。
「ふふっ、分かってるよ。ヒカリさんがアイ……トモナリ君の一番だって」
マコトは前はアイゼン君呼びだった。
終末教の件で協力してくれたしトモナリでもいいと言ったら少しずつトモナリと呼ぶ努力をしている。
「よくわかってるな、マコト!」
一番だと言われてヒカリは鼻息荒く笑顔を浮かべる。
「しがみつくのはいいが、鼻はやめてくれ」
トモナリがヒカリの頭を両手で挟んで顔から引き剥がす。
流石に顔を覆われては息が苦しい。
ちゃんとお風呂に入っているのでヒカリはボディソープの良い匂いはするけれど。
「ぬうぅ〜トモナリィ〜」
トモナリはそのままヒカリの頬をムニムニと揉む。
「羨ましい」
ヒカリの頬を揉むトモナリをサーシャはいいなという目で見ている。
「ふふん、ほほなりははらいいのは」
トモナリだからいいのだ。
頬を揉まれてもヒカリはなお嬉しそうにしている。
「もうすぐ先に入った班が戻ってくるぞ。次に入る3班と7班、4班と8班は準備しろ」
イリヤマがゲートの中から出てきた。
トモナリたちはテントの中から出て装備の最終チェックをする。
自分のものだけでなくお互いに装備の不備がないか確かめ合う。
「マコト君も自分の装備持ってるんだ」
「う、うん。トモナリ君のおかげで」
装備を身につけたマコトの腰にはナイフが差してある。
支給品のナイフでないことにミズキが気がついた。
先日ルビウスをもらった時にマコトもマサヨシに伝えた功績としてナイフをもらっていた。
トモナリも手伝って選んだのでマコトにとってはかなり大事なものとなっている。
「トモナリ君が? またなんかしてるんだね?」
「またとはなんだ?」
「いっつもなんかしてるでしょ」
「いつもじゃないさ」
そんなにいつも行動しているわけじゃない。
休む時は休んでいるとトモナリは思う。
「マコト」
「な、なに?」
「これ食っとけ」
「チョコ……?」
「顔が青いぞ」
マコトは緊張で顔色が悪い。
トモナリはマコトの手を取ると小袋に入ったチョコを渡した。
「あまり気負いすぎるな。大人もいるし、俺もいる。今回のゲートは学長までいるんだ」
「……う、うん」
マコトはチョコを口に入れて転がすように溶かして食べる。
甘みが口に広がり、同時にトモナリの言葉を頭で反すうして心を落ち着かせようとする。
トモナリがいる。
そう考えると少し気分が楽になった。
「無理をすることはないんだ。気を抜きすぎず、気負いすぎず戦えばいい」
「それが難しいですよ」
「いつか慣れるさ。今は周りにみんないるから緊張しすぎるな」
「……ありがとう」
「なーんかやさしーねー」
「当然だろ? 図太いお前とは違うんだよ」
「にゃんだと!」
優しくマコトをフォローするとトモナリにミズキが渋い顔を向ける。
トモナリが優しくないとは思わないけどマコトへのフォローはいつもよりも優しい感じがある。
「まあいざとなれば俺を頼ってくれ!」
ユウトもマコトに白い歯を見せて笑いかける。
「他のならともかくミズキも含めて8班は強いからな」
「褒めたり貶したり……」
「図太いってのも褒め言葉だ」
「褒められてる感じがしない……」
血を見るような戦いの世界で神経的な図太さがあるのはいいことである。
繊細すぎる人はこの先の戦いに耐えられない。
だから一般クラスに移るような人も出てきてしまうのだ。
その点でミズキは良い性格をしている。
だからある意味図太いというのも褒め言葉なのだ。
「出てきたね」
ゲートから先に入っていた生徒たちが出てきた。
顔に青あざを作っているような生徒はいるけれども大きな怪我をしたような人はいない。
「次は3班と7班、4班と8班の番だ。集まれ」
「よし、みんな行こう」
トモナリたちはゲートの前に集まる。
『ダンジョン階数:一階
ダンジョン難易度:Fクラス
最大入場数:30人
入場条件:レベル1以上
攻略条件:ボスモンスターを倒せ』
まずはゲートの情報を確認する。
ダンジョン難易度のFクラスはゲートの等級としては最低等級となる。
入場条件としてFクラスゲートはレベル制限が30までなことが多い。
個々人で能力値やスキルは違うので一概に言えないけれど、入場条件からFクラスゲートは大体レベル30までの覚醒者が入るゲートだと言われている。
今回の場合はレベル上限もないので覚醒者なら誰でも入れるゲートになっている。
表示されているのは簡易的な情報であるのでここから得られるものは少ないが、時々重要な情報が隠されていることもある。
今回はボスモンスターを倒せばいいのだなぐらいのものである。
「それでは入るぞ。遅れずついてくるんだ」
スイセンギルドの覚醒者が先に入り、トモナリたちも後に続く。
昔は一番最初に入る人のことを死に番と言った。
ゲートの中の環境は外からじゃ分からず、時に中の環境が入ってすぐ過酷なこともあった。
そうした過酷な環境には入ってみなきゃ分からないので一番最初に入る人の死傷率が高くて死に番と呼ばれていたのである。
基本的には攻略を行う覚醒者が交代で行っていたのだけど、国によっては犯罪者となった覚醒者を最初に入れるところまで存在していた。
今では技術が進んでドローンを駆使して入ってすぐが安全かを調べることができる。
今はいるゲートは事前にそうした調査をした上でもう先にゲートに入っているので安全であることはわかっている。
「なんだかぬるっ……というか、もわっとっていうか?」
「奇妙な感覚だよね」
ゲートを通り抜ける時の感覚はなかなか不思議なものがある。
言葉にして表現するのは難しいけれど温水プールなんかの湿度が高い空気をよりまとわりつくような感じにして、それを一瞬通り抜けるような変な感じなのだ。
何にしても気持ちのいい感覚ではない。
「……何だか変な場所」
入った先は部屋になっていた。
ただ壁も床も土であり、床には短い草が生えている。
ただ部屋の形は切り取られたような四角い形となっていて洞窟などとはまた違った感じがある。
周りの物を見ると自然物だけど明らかに人工的な手が加えられている形をしている。
天井には光る石が埋め込まれていて活動するのに問題のない明るさが保たれている。
「地面に置いてある目印がもうすでに行ったところだ」
部屋からはいくつか通路が伸びていて地面に小さいコーンが置いてあるところがあった。
先に入った生徒たちが攻略したところを示しているのだ。
「3班と7班はあっち、4班と8班はあちらに向かってくれ」
トモナリたち生徒たちは二つに分かれてゲートの中を攻略する。
ちょうど真逆の方向に進んでいくことになった。
二名の教員と五人のスイセンギルドの覚醒者に守られながら通路を進む。
「こうしたダンジョンの通路ではモンスターと遭遇する確率は少ない。けれどゼロではないから気をつけるように」
モンスターはどこで現れるか分からない。
ダンジョン型のゲートでは通路に全くモンスターが出てこないこともあるし、あるいはその狭さを生かすようにモンスターが襲いかかってくることもある。
今回のゲートは通路にはモンスターが出ないタイプのようだった。
「見えるか? あれが今回討伐するブルーホーンカウだ」
少し進んでいくとまた部屋があった。
まだ中には入らないで外から様子をうかがう。
部屋の真ん中に牛がいる。
名前の通り青いツノが生えていて先は鋭く尖っている。
「勢いをつけて突進してくる。そしてあの青いツノで突いてくる。見ての通り鋭いから十分に気をつけて戦うんだ」
ツノが青いという特徴以外はほとんど普通の牛と変わりないような見た目をしている。
「他にも近づくと足で攻撃してきたりツノを振り回してきたりもする。冷静になって対処すれば脅威ではないのでしっかりと相手の動きを見て行動するように」
イリヤマがブルーホーンカウとの戦い方を説明して生徒たちは緊張したような面持ちでそれを聞いている。
「君は落ち着いているな」
「あんな相手に緊張はしませんよ」
「あれ美味そうだな」
その中でもトモナリとヒカリは冷静にブルーホーンカウを見ている。
当然のようにトモナリたちの方についてきたマサヨシは穏やかな笑顔を浮かべてトモナリの落ち着いた様子を見ていた。
「余裕そうだなアイゼン。じゃあ8班、前に出るように」
「はーい」
「えっ!? まだちょっと心の準備が……」
「いくぞミズキ。お前なら大丈夫だって」
「いざとなったらトモナリ君が何とかしてくれるよ」
「ん、頑張る」
「あれ、緊張してんの私だけ?」
「いや……俺もだ」
コウとサーシャは比較的冷静だった。
対してミズキとユウトは緊張している。
「大丈夫さ」
「あっ、待ってよ!」
きっと一度倒せばみんなも落ち着くはず。
トモナリが部屋の中に足を踏み入れるとこれまで全くトモナリたちに気づいていなかったブルーホーンカウが顔を上げて振り向いた。
ブルーホーンカウは前に出たトモナリのことを睨みつけ、前足で掘るように地面を蹴っている。
威嚇するような鳴き声をあげるがトモナリは怯むこともなくレビウスを抜いて来いよと挑発するようなジェスチャーをする。
「みんな冷静に見とけ。難しいことなんてない」
覚醒者は能力値やスキルが全てなどと言われるけれどトモナリは必ずしもそうではないと思う。
技術や戦い方というものも覚醒者には大事なのである。
圧倒的な力の差があると敵わないけれど多少の力の差なら経験や培ってきた技術はそれを埋めてくれるのだ。
ブルーホーンカウはトモナリが威嚇しても引かない相手だと理解した。
頭を下げて青いツノの先端をトモナリに向ける。
より強く、打ち鳴らすように地面を蹴って突撃する力を溜める。
「ふふっ、来いよ」
トモナリの言葉が通じたかのようにブルーホーンカウは走り出した。
それでもトモナリは動かないで迫り来るブルーホーンカウを眺めている。
みんなが緊張したような顔をしてトモナリを見守っていた。
「トモナリ君……!」
ツノが当たる。
通路から様子を見守っていたマコトがそう思った瞬間にトモナリは動いた。
一瞬青いツノがトモナリを貫通したようにも、あるいはブルーホーンカウがトモナリをすり抜けたようにも見えた。
「いいか、ギリギリまで引きつけてしっかりかわす。これが基本だ」
なんてことはない。
トモナリは横に移動してブルーホーンカウの突進をかわしていた。
どんな相手でも回避というのは基本的な防御方法である。
モンスターが強くなればなるほどに力は強くなっていく。
強い敵ほど正面から攻撃を受けるのが危険になってくる。
タンクやスキルでもない限りは回避した方が安全であり基本となるのだ。
トモナリの今の実力ならブルーホーンカウの突撃ぐらい正面からでも受けられる。
反撃で倒してしまうことも簡単なのであるがそれではみんなのためにならない。
「ほれ!」
「えっ、あっ!?」
「次はお前だ」
ブルーホーンカウの突進をかわしたトモナリは素早く下がるとミズキの後ろに回り込んだ。
そしてグッと背中を押す。
力の数値も高いトモナリに抵抗できるはずもなく前に押し出されたミズキのことをブルーホーンカウが敵とみなす。
ブルーホーンカウの頭の出来も単純で近い相手から攻撃するみたいである。
「ミズキ、落ち着け! よく相手の動きを見ればかわせるはずだ!」
ブルーホーンカウがミズキに向かって突撃する。
「今だ!」
「はっ!」
ただ緊張しているミズキに最初から適切なタイミングを図らせるのも酷だろう。
トモナリが良さげなタイミングで声をかけるとミズキは横に飛んだ。
少し早めに叫んだのでミズキはしっかりとツノをかわし、ブルーホーンカウは急ブレーキをかけてなんとか壁に激突するのを避けた。
ユウト、コウ、サーシャとトモナリが文字通り背中を押してブルーホーンカウの突進を体験させる。
「ほっ!」
「今度そっち行ったよ!」
「ん……」
一度やってみると慣れるもんだ。
回避に成功したことで自信がついた8班のみんなはブルーホーンカウを取り囲み、順に突撃を回避してみせている。
「4班! お前らもやってみろ!」
「え、ええ!?」
「今ならちょうどいい」
度重なる回避によってブルーホーンカウの動きは鈍ってきている。
慣らしていくのにもこれぐらいならば良いところだろう。
「8班撤退!」
「わかった!」
「下がる」
「ヒカリ!」
「ふふーん、まーかーせーろー!」
トモナリの指示で8班のみんながサッと通路に撤退する。
4班の子が前に出るまでヒカリがブルーホーンカウの相手をする。
ヒカリは素早くブルーホーンカウの首にまたがるとツノを掴む。
「はいどー!」
ブルーホーンカウはヒカリを振り落とそうと首を振る。
ヒカリはうまくバランスをとってブルーホーンカウを乗りこなして注意をトモナリの方にいかないようにしている。
「ヒカリちゃんすごい!」
「さすが!」
ロデオさながらのテクニックでブルーホーンカウを乗りこなすヒカリにミズキとサーシャから歓声が飛ぶ。
「ほらマコト、行くぞ!」
「えっ!?」
「お前なら大丈夫だって」
マコトは一般クラスにいたので他の特進クラスの子よりもレベルが低い。
けれど職業の関係から素早さが高く、ブルーホーンカウの攻撃をかわすぐらいならなんの問題もない。
「俺がタイミング言ってやるから」
「わ、分かった……やってみる!」
トモナリに押されるようにしてマコトが前に出て、4班の他の子たちも出てくる。
相変わらずブルーホーンカウは上に乗ったヒカリを落とそうとしているけれどヒカリはそれすら楽しみながら上に乗っている。
「ヒカリ、もういいぞ!」
「わははっ! 楽しかったのに残念なのだ!」
ヒカリが飛んでブルーホーンカウから離れる。
ブルーホーンカウは興奮と疲れで激しく息を切らせている。
「いけ、大丈夫だから」
「う、うん!」
勇気を出したマコトが前に出る。
トモナリが選んでくれたナイフを手に持って、興奮で赤くなったブルーホーンカウの目をマコトは真っ直ぐに見据える。
「今だ、マコト!」
強いモンスターならシビアなタイミングでかわさないと追撃される可能性があるけれどブルーホーンカウはすぐに次の攻撃はできない。
多少早めのタイミングでかわしても全く構わない。
「あっ……」
声は聞こえている。
しかし体が動かなかった。
実際ブルーホーンカウが突撃してくるとすごい迫力があって動かなきゃと思って焦るほどに動けなくなるのだ。
「あぁ……」
「ヒカリ!」
「どーん!」
「うわっ!?」
このままではマコトがブルーホーンカウに轢かれる。
そう思った瞬間ヒカリが横からマコトにぶつかった。
意外と重たいヒカリにマコトは転がされてブルーホーンカウの突進に当たらずに済んだ。
トモナリはちゃんと動けなかった時のための保険もかけてあった。
ヒカリがひっそりと狙われている子の近くにいて危なそうなら助けるようにとお願いしてあったのである。
「いてて……」
「マコト、次来るぞ!」
「えっ、あっ……」
急ブレーキの精度も悪くなってる。
ヒカリのおかげでなんとかかわしたけれどまだブルーホーンカウに一番近いのはマコトだった。
ぐるりと振り返ったブルーホーンカウのツノがマコトに向く。
「立ち上がれ!」
「立つのだ!」
ヒカリがマコトの服を引っ張って立ち上がらせる。
「マコト」
「むぐっ!?」
相変わらず緊張したようなマコトの口にヒカリが何かを突っ込んだ。
「甘い……」
それはチョコだった。
「落ち着くのだ。トモナリもお前なら出来るって言ってたぞ」
緊張で口の中は乾燥している。
水分が少なくて甘さが口の中にまとわりつくようで、パニックになりかけていた頭の中に甘さというものが現れて緊張を少し押し流してくれた。
「……そうだね」
トモナリはマコトの能力に信頼を置いている。
それがなぜなのかマコトには分からないけれどせっかくの信頼を裏切りたくないと思った。
大きく息を吸うとチョコの甘い香りが胸いっぱいに広がる。
今度はできる。
なんだかそう思えた。
「来い!」
ふわふわと浮き足立っていた気持ちが消し飛んでしっかりと地面に足をつける。
「いざとなればまた助けてやる」
「ありがとう!」
でも今度は成功させる。
そんなつもりでブルーホーンカウを睨みつける。
「今だ!」
再び真っ直ぐに突撃してくるブルーホーンカウ。
トモナリの声が聞こえて、今度はマコトの体もちゃんと動いた。
横に飛んでかわす。
不思議なもので一度かわしてみると意外となんともないことなんだなと思えた。
こうして4班もブルーホーンカウの突進をかわして経験を積んでいく。
レベルに現れないこうした経験というのはとても大事なものである。
「4班下がって8班と入れ替わるぞ!」
「「はい!」」
そのまま4班にもトモナリが指示を出してみんなすぐさま従う。
「8班、倒すぞ! サーシャ、前に出て引きつけろ! コウが魔法で一撃加えてユウトとミズキでトドメを刺すんだ!」
ブルーホーンカウに対する緊張はだいぶほぐれた。
次は倒す番である。
「サーシャ、スキルを使え!」
「ん、分かった」
出し惜しみしていては成長しない。
サーシャがスキルを発動させるとサーシャの体が淡い光に包まれる。
スキル光の加護というものである。
体力値を向上させ、物理攻撃に対して免疫をつけることができる。
成長して体力値がもっと高くなるとちょっとやそっとの攻撃ではサーシャを傷つけることはできなくなるようなレアスキルだ。
「正面から受け止めろ!」
「んん!」
基本は回避がいいのだけど防御という選択肢ももちろんある。
サーシャはタンク系職業でスキルもタンク、能力値も体力が高くて完全にタンクに寄っている。
あえて攻撃を受け止めて相手の動きに隙を作ることで仲間が有効な攻撃を繰り出せるようにするのも役割としてとても大事である。
ブルーホーンカウも疲れ切っている。
普段の能力値でもサーシャならば受け止め切ることもできるだろうから今なら簡単だ。
盾と槍を持ったサーシャは盾を前にしてブルーホーンカウと向かい合う。
やや足を広げて腰を落とし、突撃してくるブルーホーンカウの衝撃に備える。
「ふっ!」
ブルーホーンカウのツノが盾に当たって強い衝撃がサーシャを襲う。
しっかり地面を踏み締めたサーシャはわずかに盾を引きながら衝撃を吸収してブルーホーンカウの攻撃を止めた。
「コウ!」
「いけー!」
動きが止まったブルーホーンカウに向かってコウが魔法を放つ。
横から魔法を食らったブルーホーンカウは叫び声を上げながら地面を転がる。
「ユウト、ミズキ!」
「おう!」
「任せて!」
倒れたブルーホーンカウに向かってユウトとミズキが走る。
「おりゃあ!」
「ハァッ!」
起きあがろうと顔を上げるブルーホーンカウの首を二人で狙う。
「攻撃はミズキの方が鋭いな」
力のみで見るのならユウトの方がミズキよりも上になる。
けれどミズキはアカデミーに入る前から覚醒していてテッサイの下で修行してきた。
そのために戦う技術だけでなく器用さや素早さといった能力がユウトよりも優れている。
ユウトの攻撃よりもミズキの攻撃の方がブルーホーンカウの首を深く切り裂いていた。
ユウトの攻撃も致命傷であるがミズキの攻撃がブルーホーンカウを死に至らしめた攻撃であったといえる。
「いぇーい!」
「ナイス〜!」
ブルーホーンカウが死んだことをしっかりと確認してミズキとユウトがハイタッチする。
「さすがだな。みんなに経験を積ませながら上手くブルーホーンカウを弱らせて戦った。こうすることでみんなのモンスターと戦う苦手意識もだいぶ薄れたようだな」
うまく攻撃をかわせたり倒せたりすれば自信につながる。
戦うことに緊張していた生徒たちも一度ブルーホーンカウを倒したことで明るい雰囲気になっている。
「アイゼン君はよかったのかな?」
「何がですか?」
「モンスターを倒すことに参加しなくて、だ」
トモナリはブルーホーンカウを攻撃しなかった。
レベルを上げるための経験値のようなものは覚醒者ならばモンスターを倒す場にいるだけでももらえる。
しかしその量は微々たるものでありレベルを期待することはほとんどできないのである。
一度でも攻撃しておけばそれなりに経験値は入るのによかったのかとマサヨシは聞いているのだ。
「ええ、俺はみんなよりレベル高いですしね」
ゴブリンダンジョンに挑む時点ではみんなレベル5だった。
そのあと事件があってあまり討伐できなかったがみんなレベル6には上がっていた。
トモナリはゴブリンキングと戦っていて、自分では倒せなかったもののその時の経験値を得られたためにレベル7になっていた。
『力:42
素早さ:46
体力:41
魔力:30
器用さ:44
運:20』
現在の能力値はもはやレベル一桁といっても信じてもらえないほどに伸びている。
日々のトレーニングや課外活動部で先輩たちと戦った時に伸びた能力値も結構大きい。
自分が強くなることも必要ではあるけれど、今のうちからみんなのレベルもしっかり上げておけばトモナリも後々楽になる。
「はっはっ! さすがだな!」
トモナリの考えにマサヨシは満足そうに笑った。
皆自分が強くなることしか考えていない。
生き残るため、お金を稼ぐためには強くなることが必要で非難されることでもない。
だが誰しも一人では戦えない。
みんなで強くなることは最終的に自分の生存率を高めてくれるのだ。
まだ覚醒者としてかけ出したばかりなのにそうしたことを理解しているとは素晴らしいとマサヨシは感心していた。
「まあ俺にも計画ありますからね」
ーーーーー
ゲートダンジョンの中を進んでブルーホーンカウを倒してレベルを上げていった。
「レベルはどうだ?」
「えと……7になったよ」
「ステータス見せてもらってもいいか?」
「うーん、まあトモナリ君ならいいか」
まだまだレベルは低いので少し戦うだけでも簡単に上がっていく。
次から4班と交代で、トモナリもちょいちょい参加しながらブルーホーンカウを倒していた。
ミズキにレベルを聞いてみたらいつの間にか7にまで上がっていた。
あまり人にステータスを尋ねるものではないが他の人はどうなっているのだろうと気になって聞いてみた。
ミズキも人にむやみにステータスを開示するものではないと授業で習っていたので一瞬ためらったけれどトモナリならいいかと見せてくれた。
『力:22
素早さ:30
体力:15
魔力:12
器用さ:35
運:14』
「中々だな」
ミズキのステータスを見てトモナリは感心する。
トモナリのステータスと比べてしまうとやや見劣りしてしまう感じは否めないがそれはトモナリが特殊なだけである。
世の中一般のステータスと比べた時にミズキの能力は高い方だといえる。
レベル10では各能力値が20もあればいいところなのだけどもう既に20を超えている能力値が三つもある。
ミズキの職業は剣豪で魔法職ではないので魔力が伸びにくく低いのは仕方ない。
体力値がやや低めなのは職業によって伸びやすい能力値があるのでこちらもある程度はしょうがないのだ。
総合的には高めなので低いところを見て嘆くより高いところを見て素直にすごいと思った方がいい。
テッサイとの修行のためか器用さは非常に高い。
素早さも高いのでこのまま成長すれば剣姫と呼ばれる日もすぐだろう。
「超感覚……良いもん持ってんな」
能力値よりもスキルを見てトモナリは驚いた。
超感覚というスキルは直接能力値に影響を及ぼすようなものではない。
けれど感覚を研ぎ澄ませてくれるもので超感覚スキルを鍛えていけば周りのことを感覚で捉えられるようになる。
自分の動き、相手の動きを細かく分かるようになればまるで未来でも見ているかのように先読みして動くことができる。
剣姫と呼ばれていたのは伊達でなかったのだなと思った。
「ふふん、ほんと?」
トモナリに褒められてミズキは嬉しそうに胸を張っている。
「ああ、お前は強くなるよ」
スキルも使えば慣れてくるし、一部のものは使っていると強くなる。
超感覚もそうしたスキルなのでガンガン使っていけばいい。
「とーぜんでしょ! トモナリ君には負けないから」
「俺も負けないように頑張るよ」
ミズキはずっとトモナリのことをライバル視している。
けれど嫉妬に塗れるようなことはなくてカラッとしていて普段はいい友達である。
「みんなはどうだ?」
「僕もレベル7」
「私も」
「俺は……まだ6だ」
「じゃあ次はユウトがトドメを刺すようにしよう」
みんなの状況も確認しながら攻略を進めていく。