「いっちょ上がり」

 槍を持った生徒も剣を持った生徒も動かない。
 気絶していることを確認しつつ武器を取り上げて遠くに投げておく。

「僕たちのしょーり!」

 どーんと胸を張るヒカリ。

「うん、よくやったぞ!」

「あっ、待つのだ! ……良いのだぞ!」

 ヒカリを撫でようとトモナリは手を伸ばした。
 ハッとした顔をしたヒカリはいそいそと被っていたヘルムを脱ぐと自分からトモナリの手に頭を擦り付ける。

「むふふ……トモナリの手は気持ちいいのだ」

「アイゼン!」

 ヒカリのことを撫で回しているとマサヨシとミクが二人の教師を引き連れて走ってきた。
 そしてよく見るとさらにその後ろには必死に走ってついてくる男子生徒の姿も見える。

「学長、どうも」

「どうもではないが……心配は杞憂だったようだな」

 焦ったような表情を浮かべていたマサヨシは状況を見てため息をついた。

「終末教に襲われていると聞いたがお前のことを舐めていたようだな」

「は……はひぃ……ふぅ」

 ミクが倒れた生徒の状態を確認し特段治療も必要なさそうだと判断するとついてきていた教員が二人を拘束して連れていく。
 そうしている間に遅れて到着したのはマコトであった。

「あんがとな、マコト」

「う、うん……はぁ……」

 肩で息をするマコトにトモナリは笑顔を向ける。

「いきなり学長室のドアを激しく叩くから何事かと思ったぞ」

「き、緊急事態だったので」

「怒っているのではない。ただ驚いたというだけだ」

 マサヨシたちを連れてきたのはマコトであった。
 実はトモナリはマコトに協力を要請していた。

 トモナリやヒカリの存在もだいぶ周りに知られてきていた。
 トモナリを狙うにしてもヒカリを狙うにしてもそろそろ動き出すだろうと思っていた。

 相手がどう出てくるのかは分からないけれど、どのタイミングで動き出しそうなのかは予想がついていた。
 日中は学校があるし、放課後はみんなとトレーニングしたり課外活動部がある。

 となると狙いやすいのは朝夕にやっているランニングのタイミングだろうとトモナリは睨んでいた。
 さらには狙いやすいようにランニングするのも人目につきやすく休憩は人目につきにくい場所にした。

 マコトには人目につきにくい休憩場所で待機してもらって何かあれば助けを呼びに行ってもらうようにお願いしていたのである。

「まさか本当に捕まえてしまうとはな」

「先日の、忘れてないですよね?」

「ふふ、もちろんだとも」

 トモナリとマサヨシは視線を交わしてニヤリと笑い合う。

「本当に……襲いかかってくる人がいたんですね。しかもそれを倒しちゃうなんて……」

 マコトは憧れるようなキラキラした視線をトモナリに向けている。
 なぜなのか知らないがマコトは非常にトモナリのことを慕ってくれている。

「ただ危ないことをするのは感心しないな」

 問題は無事解決したからいいものの大人としては一つ言っておかねばならないことがあるとマサヨシは思う。
 今回のことをマサヨシは知らなかった。

 どうやらトモナリは襲われることを事前に予想していたようであるし、そうであるのならば一言あってもよかったのではないかと思うのだ。
 トモナリの能力は高く、今回事前に準備をしていたとはいえ不測の事態は常に起こりうるものである。

 守ると約束したのに何も知らなければ守りようがない時もある。
 それにわざわざ戦わずともトモナリなら他にも選択肢はあったはずだ。

 自分の身を囮にするようなことをせずともいいし、戦わないで逃げるという選択肢もあった。
 勝算があったとしてもリスクがある行いなことには変わりないのである。

 マサヨシとしても大人の小言なことは分かっている。
 終末教に逃げられる可能性や予測できない他の場所での襲撃の可能性などリスクを減らすためにトモナリが最善の策を講じたことは理解していた。

 それでも心配する大人がいるのだと伝えておかねばならないのだ。

「すいません。確証はなかったし……いや、今度は一言ちゃんと言います」

「そうしてくれ」

 まあ確かにマサヨシには一言あってもよかったかなとトモナリも反省する。
 マサヨシも本気で怒っているのではない。

 頬を指でかいて申し訳なさそうにするトモナリの頭をわしゃわしゃと撫でる。

「あの二人はこちらで預かってもいいかな?」

「ええ、好きにしてください」

「感謝する。学校が始まるまでそう時間もない。後の話は放課後にしよう」

 マサヨシが時計を確認する。
 もうすでに登校を始めている生徒もいて、学校が始まる時間が迫っていた。

 アカデミーとしては授業をおろそかにすることもできない。

「そうですね。マコト、お前も行こうぜ」

「ア、アイゼン君の戦い見たかったです……」

「んな面白いもんじゃねーって」

 トモナリは急いで寮に戻ってシャワーを浴び、何事もなかったかのように授業に向かったのだった。