ラスボスドラゴンを育てて世界を救います!〜世界の終わりに聞いたのは寂しがり屋の邪竜の声でした

「話はこんなところだ。ここにある飲み物やお菓子は好きに食べてくれて構わない。他にも何か欲しいものがあったら遠慮なく言ってくれ」

 課外活動部の説明が終わった。

「それでは解散とする」

「学長、少し時間いいですか?」

 一年生たちがようやく終わったとホッとする中でトモナリは説明が終わってすぐにマサヨシに話しかけた。

「時間ならある。なんだ?」

「ちょっとご内密に」

「……分かった」

 トモナリはニヤッと笑う。
 レストルームの隣には会議室も完備されている。

 長机と椅子があり、モニターやホワイトボードがあったりとゲート攻略に向かう前の説明などで使われている。
 トモナリとマサヨシは向かい合って座り、マサヨシの隣には秘書であるミクもいた。

 ヒカリも自由にしていいと言われたのでお菓子を持ってきていてトモナリの隣の席で食べている。

「それで話とはなんだ?」

 マサヨシは正直トモナリが何を話すのか期待していた。
 レイジ、テル、フウカとの戦いを見てトモナリがゴブリンキングとの戦いで生き残ったのは偶然ではなかったのだと確信した。

 以前からトモナリがトレーニングをしていることも知っていたし、最近他の生徒を連れてトレーニングを教えていることも知っている。
 職業は希少でステータスも高い。

 特殊なスキルを持っていてヒカリというドラゴンのパートナーまでいる。
 期待するなという方がおかしいぐらいである。

「二つ……いや、三つお願いがありまして」

「たくさんあるな」

「遠慮せずに言えというので」

 こうしてお願いをしに来るところもマサヨシとしては好感が持てるところだった。
 生徒の願いは出来るだけ叶えてやろうと思うが実際にマサヨシを利用してやろうなんて人は少ない。

 ただ強くなるためには豪胆さも必要になる。
 マサヨシですら利用して強くなろうとしている姿勢はとても素晴らしいと感じているのだ。

「一つ目は課外活動部にもう一人誘いたくて」

「誰を誘いたい?」

「三鷹裕斗という生徒を」

「三鷹裕斗……」

「こちらです」

 マサヨシの隣に座るミクがタブレットを操作してユウトの情報を引き出してマサヨシに渡す。
 ヒーラーとしての能力だけじゃなく秘書としてもとても優秀だ。

「同じ特進クラスの子か。入学テストの成績は普通……職業は戦士だがステータスが良くスキルも良いものだったから特進クラス入り。アイゼンと同じ班だな」

 最初のゲートで振り分けられた班は余程のことがない限りそのまま同じ班で行動することになっていた。
 時にシャッフルされることもあるけれど8班は8班のままになる。

「どうしてこの子を?」

「本当はそんなつもりなかったんですけど課外活動部に来たメンバーを見てあいつも入れたいなと」

「というと?」

「俺を含め、清水瑞姫、工藤サーシャ、黒崎皇は同じ班のメンバーです。あいつに才能があるかは分かりませんが同じ班で一人だけ違いが出るとやりにくくなります。まあ、俺は少なくともユウトに努力する才能はあると思っています」

 この同じ班であるということがユウトを誘おうと思った最大の理由であった。
 ユウト以外の8班のメンバーがたまたま集まってしまった。

 同じ活動をする上でレベルや能力に差が出てきてしまうのは仕方ない。
 けれど課外活動部として活動していくとユウト一人と周りの差が大きくなってしまう。

 ユウトが将来どうなるのかのデータはトモナリの中にない。
 職業も一般的な戦士であるし強くなりきれない可能性だってある。

 けれどもユウトは意外と努力をしている。
 トレーニングにも真面目に取り組んでいるし、トモナリと戦う時は本気で挑んでくる。

 強くなるかは知らないが弱いままで終わるとも思えない。
 連携を深めるという意味でもユウトが課外活動部にいてくれるとありがたい。

「いいだろう。君がそういうのなら三鷹裕斗君を課外活動部に誘ってみよう」

「ありがとうございます」

「それでお願いはあと二つかな?」

「特進クラスに上げてほしい人がいます」

「特進クラスに?」

 少し意外なお願いだったとマサヨシは驚いた。
 特進クラスの中で課外活動部に誰かを誘いたいというのは理解できる話だ。

 同じクラスの生徒であるので見込みがある人を引き抜くのもあり得る。
 ユウトを誘いたい理由も納得できるものだった。
 
 ただ一般クラスの子を特進クラスに上げたいというのはなかなか意外な話である。
 課外活動部は部活で特進クラスはクラスである。

 誘うことの性質も違う。
 さらにはトモナリは普段はトレーニングに勤しんでいて部活にも入っていない。

 一般クラスの子とはあまり交流がないはずだった。
 どこで知り合ってどうして特進クラスに推薦するのか気になった。

「補充、考えていますよね?」

「それはそうだな」

 ゴブリンキングとゴブリンクイーンの発生によりトモナリたちはピンチに陥った。
 しかし直接ゴブリンキングと対峙しなかった生徒でもゲートにおける突発的な出来事に恐怖を感じてしまった子がいた。

 覚醒者を止めるまでいかないけれど活動することに自信がなくなってしまったということで特進クラスから二人ほど一般クラスへの編入を希望している生徒がいたのだ。
 戦うことを強制はできない。
 そのために特進クラスを辞めたいというのならアカデミーもそれを受け入れるつもりであった。

 ただ特進クラスに空きがあるのももったいないので目ぼしい生徒に特進クラスに編入しないかと声をかけるつもりであった。
 実は4班の子の一人がやっぱり怖いということで特進クラスを辞めることをトモナリに相談していた。

 これから先の時代、覚醒者としての力があると有利ではあるが無理はいけないと思うので副担任のイリヤマに相談してみるといいと答えていた。
 だから一人はいなくなることを知っていたのだ。

 また新しく生徒を入れることを知っているのはイリヤマに減った分どうするのかを聞いたからだった。

「南真琴という生徒なんですけど」

「南真琴さんですね」

 ミクはマサヨシからタブレットを受け取って今度はマコトの情報を表示する。

「南真琴……入学テストの成績は優秀だがモンスターを攻撃する時にためらいの時間があった。ただ能力や職業的には特進クラスでもおかしくはないな」

 モンスターを攻撃するのに多少時間があったので特進クラス入りは見送られたけれど忍者という珍しい職業と素早さが高いステータス、それに加えてインザシャドウというのもかなり良いスキルである。
 若干気弱そうな性格をしていたけれどモンスターとの戦いはやれば慣れてくるし、未来の暗王候補ならばモンスターや人と戦えなかったということはないだろう。
 
「……声をかけてみよう。本人次第だがやる気があるなら特進クラスに入ってもいいだろう」

 なかなか面白い能力の生徒を見つけたものだとマサヨシは思った。

「ありがとうございます」

「この子も君のトレーニング仲間に入れるつもりかな?」

「そのつもりです」

「もしついてこられそうなら課外活動部に誘うことも考えよう」

 ミクとしては流石にトモナリを中心に考えすぎではないかと感じているが、それだけマサヨシが期待をかけるだけの能力が現段階ではあるとも思う。
 ただ最終的な強さは今後得られるスキルにもよるのであまり期待しすぎても危うさがあるのだ。

「最後のはちょっとしたお願いで、用意して欲しいものがあるんです」

「俺に用意できるものならなんでも用意しよう」

「魔力抑制装置が欲しいんです」

「魔力抑制装置だと? 犯罪者を拘束しておく、あの?」

「そうです」

 魔力抑制装置とは体内にある魔力を強制的に使えなくしてしまう装置のことで犯罪を犯した覚醒者に着けて拘束する目的で作られた。
 魔力は体を強化する以外にも魔法やスキルの発動にも使われる。

 純粋な能力値が高いと厄介ではあるけれど魔力による強化やスキルが使えなければ大きく弱体化することができるのだ。
 犯罪者の拘束に使われるものが欲しいという理由が分からなくてマサヨシは眉間にシワを寄せた。

 誰か拘束したい人でもいるのかと考えている。

「魔力抑制装置と言ってもそのまんま欲しいわけじゃなくて……」

 トモナリは自分の考えを説明した。
 魔力抑制装置でもこういうものが欲しいと説明するとマサヨシはすぐに理由を察したようだった。

 険しかった表情に驚きが広がり、トモナリの面白そうな考えに目が輝きだす。
 ミクもトモナリの考えには驚かざるを得なかった。

「これは面白い考えだ……もしかしたら覚醒者のトレーニングに革新が起こるかもしれない。すぐにとはいかないかもしれないが考えてみよう」

 よしっ! とトモナリは思った。

「あー、あと」

「まだ何かあるのか?」

 チラリとヒカリを見たトモナリはあることを思い出した。

「以前ゲートに挑む時にヒカリ用のヘルムありましたよね?」

「ああ、俺が作らせた」

「あれ、ここにも置いてくれませんか?」

 戦いの時にヒカリは頭を叩かれて撃ち落とされていた。
 ミクが治してくれたので大事に至らなかったけれどやはり頭を守る防具ぐらいはあった方がいい。

「ふふ、ヒカリ君思いだな。ここにも一つ置いて、持って行けるように君の部屋にも届けさせよう」

「あれかっこいいから好きだ」

「褒めていただき感謝する」

 結局色々とお願いしたけれどマサヨシはしっかりとどれも受け止めてくれた。

「それと聞きたいことが一つあるんですけど……」
「日が昇るのも早くなってきたな」

 アカデミーの生活にもだいぶ慣れてきた。
 同じ時間に朝のランニングを続けていると環境の変化にも気づくことがある。

 アカデミーに入ったばかりの頃はランニングの時間は薄暗かったけれど、太陽が昇る時間が早くなってきてランニングをしている最中にも普通に明るくなるようになってきた。
 捕らえてきたモンスターと戦うことはあるけれどゲートは最初に一度行ったきりなのでそろそろかなと考えながら走ったりしていた。

「ふふ〜ん」

 ヒカリはご機嫌に鼻歌を歌いながらトモナリと並走して飛んでいる。
 先日マサヨシにお願いしていたヒカリ用のヘルメットが部屋に届いた。

 ヒカリはそれが大層気に入ったらしくいつも身につけている。

「トモナリ、何か近づいてきてるぞ」

 休憩で水分補給しているとトモナリの頭にひしっとしがみついたヒカリが何かを感じ取った。
 朝から部活をやっている人もいるので出歩いている生徒を見かけることはある。

 アカデミー構内を広くランニングするトモナリはあまり人が来ない場所を分かっていて、今もそうした場所で休んでいる。
 他に何かある場所でもないので近づいてくる人など基本はいない。

 となると何か目的があってトモナリの方に来ていることになる。

「頼むぞ」

 トモナリはどこへともなく声をかけた。

「ヒカリも飲むか?」

「うん、飲むのだ」

 トモナリはヒカリにボトルを渡す。
 ちょっと薄めのスポーツドリンク。

 ヒカリとしてはもうちょっと濃いめが良いなと思う。

「さて、お客さんだ」

 ヒカリが感じていた気配がトモナリの目にも見えるところまで来ていた。
 武装した二人の男子生徒で一人は槍を、もう一人は剣を腰に差している。

 顔に見覚えはなかった。
 トモナリが顔を向けると視線が合う。

 明らかにトモナリに用がありそうだ。

「おはよう、愛染寅成君」

「おはようございます。どちら様ですか?」

 トモナリの方は二人に見覚えはないけれど二人の方はトモナリが誰なのか分かっている。

「噂には聞いていたけど本当にドラゴンを連れているんだね」

 トモナリの言葉は無視して槍を持った生徒は言葉を続ける。
 その時点でトモナリの中では少しイラッとした感情が湧き起こる。

「能力値も素晴らしいと聞いた」

「……なんのご用ですか?」

「単刀直入に言おう。僕たちの仲間にならないか?」

「なんの仲間ですか?」

 薄々相手の正体に気がつきながらもトモナリは知らないフリをして話を進める。

「僕たちには崇高な目的がある。今世の中がどうなっているのか知っているだろう? 人類は悪しき存在に騙されて無駄な抵抗を続けているけれど終末は避けられない運命なんだ」

 分かりやすいワードが出てきてトモナリはやっぱりなと思った。

「正しく終末を迎えることこそ本当に人類がやるべきことなんだ。正しく終末を迎えた覚醒者は救われる。新たな世界への扉が開かれるんだ」

 相変わらず訳の分からない理論を振りかざすものであるとトモナリは内心で笑う。

「どうして俺を?」

 トモナリが答えると興味があるのかと勘違いして槍を持った生徒はニヤリと笑った。

「優れた者は正しい終末を迎えて次の世界を支配すべきなのだ。君と君のドラゴンは新たな世界へ行くにふさわしい力の持ち主であるから声をかけたのさ。僕たち終末教は君のことを歓迎するよ」

 この二人は終末教の信者であった。
 トモナリがドラゴンを連れているということや優秀な能力を持っていることを聞きつけてスカウトしに来たのである。

「君が加わってくれるのなら将来の幹部級待遇は約束……」

「断ったらどうなりますか?」

 なぜか話を受ける前提で話してるけれど当然のことながらトモナリに終末教に入るつもりなどない。
 ただこのまま引き下がるのならこの場は見逃してやろうとトモナリは思っていた。

 後でマサヨシにチクるけど互いに疲れることなく話は終わるだろう。

「……もし断るなら平穏には済まないよ。君は僕たちの正体を聞いちゃったからね」

「俺を殺すんですか?」

「そうだね。最も確実な口封じだから」

「ヒカリもか?」

「ヒカリ? ……ああ、そのドラゴンか。そのドラゴンは殺さない。お前を殺した後僕たちが引き取って正しい終末のために利用させてもらう」

 終末教にならなきゃ殺すとはただの脅しと何も違わない。
 終末教になるつもりはないけど殺されてやるつもりもないしヒカリを好き勝手させるつもりもない。

 ヒカリを生かして連れて行くということは結局目的はヒカリなんだろうなとトモナリは思った。
 トモナリと槍を持った生徒の間にピリついた空気が流れる。

「どうする? 仲間になるか、ならないか」

「答えなんか決まってるだろ」

 トモナリはフッと笑う。

「仲間になんかなるかよ、クソ野郎」

 そして二人に向かって中指を立てた。
 例え殺されたって終末教の仲間になんかなってやらない。

 二人の顔が一気に険しくなる。

「そうか……なら仕方ないね」

 槍を持った生徒が槍につけていたカバーを外す。
 剣を持った生徒もトモナリを睨みつけながら剣を抜く。

「本当にいいんだね?」

「寝言は寝て言えってよく言うだろ? 俺は終末教なんかには入らない」

「そうか。残念だよ」

 槍を持った生徒が切っ先をトモナリに向けた。
 ピリついた空気が殺気に変わった。
「トモナリ!」

「ありがと、ヒカリ」

 ヒカリが木刀をトモナリに渡した。
 木刀は休憩ポイントとなる場所の影にこっそりと置いといたものであった。

 朝だし人目につかない場所に隠すように置いてあったので誰かに回収されることもなかった。

「ふん、武器を持ったからと勝てるとでも思ってるのか?」

 槍を持った生徒はトモナリのことを鼻で笑う。
 完全にトモナリのことを見下している。

 一年生が二年生に勝てるはずがないがないと思っている。

「おんなじ言葉返しますよ。二人いて、武器を持ってるからと勝てると思ってるんですか?」

 今度はトモナリの方が挑発するように二人のことを笑う。
 槍を持った生徒も剣を持った生徒もトモナリの挑発に対してムッとした表情を浮かべる。

「あまり時間もない。早くやるぞ!」

 二人が同時に動き出してトモナリに襲いかかる。
 遅いな、とトモナリは思った。

 槍を持っているということで少し前に戦ったレイジとどうしても比べてしまう。
 レイジはスキルを使う前の段階から素早さが高くて初撃でやられるところだった。

 だが槍を持った生徒の動きはレイジには遥か及ばない。
 ただ相手は殺傷能力を持った本物の武器を持っているので油断はできない。

 壁を背にした状況で二人に囲まれるのもまずい。
 トモナリは先に突き出された槍を受け流し、次に振り下ろされた剣をかわして二人の間を抜ける。

 流れるような動きを捉えきれずに二人は一瞬トモナリのことを見失った。

「一般クラスかな……?」

 二年といってもそんなにレベルは高くなさそうだとトモナリは感じた。
 これぐらいの実力なら特進クラスの二年生ではなく一般クラスの二年生なのだろう。

 おそらく一般クラスでは強い方なのかもしれないが、特進クラス、課外活動部の二年生であるレイジやタケルにも勝ったことがあるトモナリには遠く及ばないと言わざるを得ない。
 それでも特殊なスキルなど単なる実力のみでは測れない危険は存在している。

「クソッ、すばしっこいな!」

 明らかな実力差を感じ取れずに槍を持った生徒はトモナリが少し速いだけだと舌打ちする。
 トモナリが強いなどという噂も誇張されたものでしかない程度に考えていて、レベル差があるから勝てないだろうと完全に思い込んでいる。

「スキル一点突き!」

 日も昇ってきた。
 あまり時間をかけると他の生徒たちが登校を始めてしまう。

 一気に終わらせようと槍を持った生徒がスキルを使う。
 魔力が槍の先端に集まる。

 スキル一点突きは魔力を集めて威力と貫通力を高めるスキルで、普通に魔力を集中させるよりもスキルの方が魔力消費が少なく威力が高くなる。
 特別珍しいスキルではないが確実な威力を発揮する。

 たとえ能力値で劣っていても一点集中の一撃は脅威となる。

「食らえ!」

 いくら魔力を込めても木刀で金属の武器の高威力の攻撃を正面から防ぐのは難しい。

「俺は一人じゃないぞ?」

「どーん!」

「くっ!?」

「どりゃりゃー!」

 ただしトモナリも一人ではない。
 突き出された槍をヒカリが横から蹴り飛ばした。

 意外と重いヒカリの攻撃で槍の狙いはトモナリから逸れる。
 そのままヒカリは爪を使って槍を持った生徒に襲いかかった。

「クソッ! ストライク!」

 剣を持った生徒が槍を持った生徒をフォローしようとスキルを使ってトモナリに切りかかる。
 ストライクも一点突きと似たような一撃を強化するスキルである。

「な……うごっ!」

 こちらもまともに受ければ木刀じゃ耐えられない。
 ならばまともに受けなければいい。

 トモナリは木刀を軽く当てて剣の力を受け流す。
 剣が木刀に触れたはずなのにほとんど抵抗も感じなくて剣を持った生徒は驚きに目を見開いた。

 これは回帰前に得た技術ではない。
 アカデミーに入る前に通っていたテッサイの下で学んだことであった。

 正しい戦い方を学ぶのは意外と楽しかった。
 それにちゃんと実戦でも使える技術をテッサイは教えてくれていた。

 剣を受け流したトモナリは受け流した流れで木刀を振るって剣を持った生徒の頭を殴り飛ばした。

「ソウスケ!」

 剣を持った生徒が白目を剥いて地面に転がる。
 槍を持った生徒は素早く飛び回って爪で攻撃してくるヒカリの前に切り傷だらけになっていた。

 ヒカリの攻撃を防ぐのでいっぱいいっぱいで剣を持った生徒がどうなったのか確認する余裕もない。

「この!」

「へへん! 当たらないのだ!」

「ぐっ!」

 むやみに振り回された槍などヒカリには当たらない。
 お返しとばかりにヒカリが腹に体当たりを決めて槍を持った生徒は後ろに倒れる。

 あまりステータスの高くない相手なら完全に封殺できてしまっている。
 まだヒカリも本気ではないしヒカリも大きな戦力になってくれそうだとトモナリは戦う姿を見て期待した。

「少し寝てろ」

 体を起こした槍を持った生徒が見たのは目の前に迫るトモナリの木刀だった。
 どうしてこうなったと瞬間的に思った。

 簡単な任務のはず。
 ドラゴンを連れた一年を仲間に引き入れるか、倒してドラゴンを奪い去ってしまえばいいと軽く言われた任務であった。

 なのにトモナリは強かった。
 誇張された噂だと思っていたのにトモナリの実力は噂以上のものがあった。

 単なるマスコットぐらいだと思っていたのにヒカリはちゃんと戦える存在だった。
 何もかも聞いていた話と違う。

 木刀で殴り飛ばされ薄れゆく意識の中で槍を持った生徒はトモナリが終末教にとって危険な存在になる、そう思った。
「いっちょ上がり」

 槍を持った生徒も剣を持った生徒も動かない。
 気絶していることを確認しつつ武器を取り上げて遠くに投げておく。

「僕たちのしょーり!」

 どーんと胸を張るヒカリ。

「うん、よくやったぞ!」

「あっ、待つのだ! ……良いのだぞ!」

 ヒカリを撫でようとトモナリは手を伸ばした。
 ハッとした顔をしたヒカリはいそいそと被っていたヘルムを脱ぐと自分からトモナリの手に頭を擦り付ける。

「むふふ……トモナリの手は気持ちいいのだ」

「アイゼン!」

 ヒカリのことを撫で回しているとマサヨシとミクが二人の教師を引き連れて走ってきた。
 そしてよく見るとさらにその後ろには必死に走ってついてくる男子生徒の姿も見える。

「学長、どうも」

「どうもではないが……心配は杞憂だったようだな」

 焦ったような表情を浮かべていたマサヨシは状況を見てため息をついた。

「終末教に襲われていると聞いたがお前のことを舐めていたようだな」

「は……はひぃ……ふぅ」

 ミクが倒れた生徒の状態を確認し特段治療も必要なさそうだと判断するとついてきていた教員が二人を拘束して連れていく。
 そうしている間に遅れて到着したのはマコトであった。

「あんがとな、マコト」

「う、うん……はぁ……」

 肩で息をするマコトにトモナリは笑顔を向ける。

「いきなり学長室のドアを激しく叩くから何事かと思ったぞ」

「き、緊急事態だったので」

「怒っているのではない。ただ驚いたというだけだ」

 マサヨシたちを連れてきたのはマコトであった。
 実はトモナリはマコトに協力を要請していた。

 トモナリやヒカリの存在もだいぶ周りに知られてきていた。
 トモナリを狙うにしてもヒカリを狙うにしてもそろそろ動き出すだろうと思っていた。

 相手がどう出てくるのかは分からないけれど、どのタイミングで動き出しそうなのかは予想がついていた。
 日中は学校があるし、放課後はみんなとトレーニングしたり課外活動部がある。

 となると狙いやすいのは朝夕にやっているランニングのタイミングだろうとトモナリは睨んでいた。
 さらには狙いやすいようにランニングするのも人目につきやすく休憩は人目につきにくい場所にした。

 マコトには人目につきにくい休憩場所で待機してもらって何かあれば助けを呼びに行ってもらうようにお願いしていたのである。

「まさか本当に捕まえてしまうとはな」

「先日の、忘れてないですよね?」

「ふふ、もちろんだとも」

 トモナリとマサヨシは視線を交わしてニヤリと笑い合う。

「本当に……襲いかかってくる人がいたんですね。しかもそれを倒しちゃうなんて……」

 マコトは憧れるようなキラキラした視線をトモナリに向けている。
 なぜなのか知らないがマコトは非常にトモナリのことを慕ってくれている。

「ただ危ないことをするのは感心しないな」

 問題は無事解決したからいいものの大人としては一つ言っておかねばならないことがあるとマサヨシは思う。
 今回のことをマサヨシは知らなかった。

 どうやらトモナリは襲われることを事前に予想していたようであるし、そうであるのならば一言あってもよかったのではないかと思うのだ。
 トモナリの能力は高く、今回事前に準備をしていたとはいえ不測の事態は常に起こりうるものである。

 守ると約束したのに何も知らなければ守りようがない時もある。
 それにわざわざ戦わずともトモナリなら他にも選択肢はあったはずだ。

 自分の身を囮にするようなことをせずともいいし、戦わないで逃げるという選択肢もあった。
 勝算があったとしてもリスクがある行いなことには変わりないのである。

 マサヨシとしても大人の小言なことは分かっている。
 終末教に逃げられる可能性や予測できない他の場所での襲撃の可能性などリスクを減らすためにトモナリが最善の策を講じたことは理解していた。

 それでも心配する大人がいるのだと伝えておかねばならないのだ。

「すいません。確証はなかったし……いや、今度は一言ちゃんと言います」

「そうしてくれ」

 まあ確かにマサヨシには一言あってもよかったかなとトモナリも反省する。
 マサヨシも本気で怒っているのではない。

 頬を指でかいて申し訳なさそうにするトモナリの頭をわしゃわしゃと撫でる。

「あの二人はこちらで預かってもいいかな?」

「ええ、好きにしてください」

「感謝する。学校が始まるまでそう時間もない。後の話は放課後にしよう」

 マサヨシが時計を確認する。
 もうすでに登校を始めている生徒もいて、学校が始まる時間が迫っていた。

 アカデミーとしては授業をおろそかにすることもできない。

「そうですね。マコト、お前も行こうぜ」

「ア、アイゼン君の戦い見たかったです……」

「んな面白いもんじゃねーって」

 トモナリは急いで寮に戻ってシャワーを浴び、何事もなかったかのように授業に向かったのだった。
「そう緊張するなって」

「ででで、でも……」

「ほら、少し食っとけ。良いもんだからな」

 放課後にトモナリとマコトはマサヨシに呼び出されて学長室にいた。
 少し待っていてくれとお菓子と飲み物を用意されてソファーに座って待っている。

 トモナリとヒカリはお菓子でもつまみながらリラックスしているけれど、マコトは緊張して膝に手を乗せて背筋を伸ばして座ったまま動かない。
 このままじゃマサヨシが来る前に気疲れしてしまう。

 トモナリはマコトの口にクッキーを押し当てた。
 チョコチップが入った甘いクッキーの香りがマコトの嗅覚を刺激する。

「もう口つけたんだから食えよ?」

「き、君が押し付けたのに……むぐ……」

 無理矢理とはいえ口に触れてしまった。
 仕方ないのでマコトが口を開けるとトモナリは素早くクッキーを押し込んだ。

「ん……美味しい」

「だろ? あの人いいもん食ってんだよな」

 トモナリは用意されていた中にある羊羹を手に取って食べる。
 どのお菓子も美味しい。

 ちょっとだけ餌付けされている気分になる。
 けれどゲートから現れるモンスターが激しさを増して経済もままならなくなるとまともなお菓子を食べる機会なんて無くなった。

 そのことを思えば今のうちに食べておこうと思う。

「マコトはしっかり働いてくれたからな! これが僕のおすすめだ!」

 ヒカリがマコトにお菓子を差し出した。
 それは銘菓と呼ばれるお土産なんかでも有名なお菓子だった。

「あ、ありがとう」

「食べるといいぞ」

「うん」

 マコトは手渡されたお菓子を大人しく食べる。
 少し緊張がほぐれたようだ。

「遅れてすまないな」

 お菓子をもぐもぐしているとマサヨシとミクが入ってきた。

「ん! あっ、むぐ……!」

「そう急がずともいい。落ち着いて食べなさい」

 口いっぱいにお菓子を頬張っていたマコトは慌てて飲み込もうとする。

「んぐ……」

「全く……これ飲め」

 トモナリは喉を詰まらせて涙目になるマコトに飲み物を差し出してやる。

「プハッ……助かったよ」

「危ないところだったな」

「ふふふ、仲が良いな」

 二人の様子を見てマサヨシは思わず笑みを浮かべる。

「では早速行くとするか」

「……どこにですか?」

 マコトのみならずトモナリもどこへ行くのだと不思議そうな顔をする。

「行けば分かる」

 ーーーーー

 マサヨシに連れられてやってきたのは予約トレーニング棟だった。
 奥にある秘密のエレベーターのある部屋に入って、トモナリは課外活動部にでも向かうのかと思った。

「こ、こんなところが……」

 マコトはあまり知らない予約トレーニング棟の奥に秘密のエレベーターがあることに驚いている。

「えっ……」

 エレベーターに乗り込むとマサヨシは鍵を取り出して、一階と六階しかないボタンの下にある鍵穴に鍵を挿し込んで開くとそこにもまたボタンがあった。
 トモナリも秘密のボタンに驚いてしまう。

「ふふ、これのことは誰にも秘密だぞ」

 マサヨシが秘密のボタンを押すとエレベーターが動き出す。
 下に向かっているなとエレベーターの感じからトモナリは思った。

 最上階は課外活動部の部室でそれ以上、上はないので後は下だろうということは予想できていた。
 思いの外長く降りていってエレベーターが止まった。

 エレベーターの扉が開いて正面に金庫のような金属の大きな扉が見えた。
 マサヨシがまた別の鍵を取り出して壁の鍵を開けると中からテンキーのついた機械が出てきた。

 マサヨシが素早く暗証番号を入力すると金属の扉がゆっくりと開いていく。
 暗い部屋の中に入っていくとパッと天井のライトがついていく。

「なんだここ……?」

 扉の中は大きな部屋になっていた。
 壁にはラックがあって武器や防具がかけられていたり、棚があって薬のようものがあったり、指輪やネックレスなどの宝飾品のようなものを置いているところもあった。

「……武器庫? いや宝物庫……なんて言ったらいいのかな? ここはなんですか?」

 武器庫というには武器以外のものも多く置いてある。
 この場所をなんて言ったらいいのかトモナリにも分からなかった。

「武器庫で構わない。俺はそう呼んでいるからな」

「武器庫……なぜここに?」

 秘密の場所でありそうなことは明らかである。
 どうしてここに連れてこられたのかマコトは全く分かっていない。

 逆にトモナリはなんとなく何の用で呼ばれたのか察している。

「先日約束したからな」

「約束ですか?」

「そうだ」

 マサヨシは笑う。

「この中から好きなものを一つ持っていくといい。ミナミ君、君もな」

「えっ!? 僕も……ええっ!?」

「太っ腹ですね……」

 マコトは何が何だか分からないという感じで驚いているけれどトモナリはまた別の意味で驚いていた。
 先日課外活動部の初顔合わせで集まった時にトモナリはマサヨシにお願いのようなものをしていた。

「終末教を捕らえたら褒美はあるかと聞かれたのでな。見事に終末教を捕らえた。約束は守らねばならないからな」

 トモナリは終末教を捕まえたら何かもらえたりしますかとマサヨシに聞いていた。
 もし仮にアカデミー内の終末教を炙り出して捕らえることができたのならマサヨシとしてはありがたいことである。

 もちろんご褒美も用意しようと約束してくれていたのである。
「色々あるな……」

 トモナリは武器が欲しいと要求していた。
 回帰前は多くの覚醒者がなくなった影響で武器なんかも良いものがトモナリに回ってきたことがあった。

 使っていたのは元はトモナリが手に入れたものではなく、他の覚醒者が持っていたものを使っていた覚醒者が死んでトモナリに回ってきたという縁もゆかりもない武器だったと記憶している。
 結構良い武器であったのだが自分のものではないという感覚がトモナリの中では強かった。

 トモナリにはこれからは覚醒者として活動していくつもりがある。
 ちゃんとした自分の武器が欲しいなとずっと思っていたのだ。

 マサヨシならば良い武器の一つや二つぐらい持っていそうだと思ったので終末教を捕まえたら武器が欲しいなんて言ってみたのである。

「ちょ……ちょちょちょ!」

「どうした?」

「ア、アイゼン君が終末教を捕まえたから何かもらえるっていうのは分かるけど僕はどうして?」

 トモナリが何かもらえるということはマコトにも理解できる。
 相手が終末教だったことは驚きだけど、本当に終末教を倒したのだとしたら褒められることである。

 ただマコトは何もしていないので何かをもらうような権利はないと思っている。
 終末教となんて戦っていないのに何かもらうなんてできない。

「君も協力してくれたではないか」

「でも……僕がやったのは学長を呼んだぐらいで……」

「アイゼン君を見捨てることもできた。逃げることも見なかったことにすることも、あるいは元々アイゼン君に協力しないこともできた。でも君はそうしなかった。正しい行動を取ったんだ」

「そんな、こと……」

「そこまで差し迫った状況ではなかったのかもしれない。だが君が俺を呼んできてくれるということはアイゼン君にとって落ち着いて戦える要因だったかもしれない。あの場にいなくとも君は戦ったのだ」

「キトウ学長……」

「どうせここにあるものは飾ってあるだけで使い道のないものだ。誰かが使ってくれるならその方がいい」

「アイゼン君……」

 トモナリはマコトの肩に手を乗せて一度頷いてみせる。
 本当にいいのかなという思いがないわけではないけれど、ここまで言われて断るのもなんだか悪い気がしてきた。

「もらえるもんもらっとけ」

「じゃあ……そうするよ」

 マコトも自分の装備など持っていない。
 大量にある武器を前にして心躍らないわけもない。

 この中の一つを持っていってもいい。
 いつの間にかマコトの中では決められるだろうかなんて思いが出てきていた。

「アイゼン君は武器だったな」

「これだけあると迷いますけど……そうですね」

 武器だけでなく盾や防具類、アーティファクトなどの魔道具類、霊薬もありそうだ。
 多少そうしたものに後ろ髪引かれる思いはあるものの今は武器を優先する。

「アイゼン君は何が好みかな? ベーシックなのは剣。それ以外もあるぞ」

「じゃあ、剣か刀で」

 本来の計画だったらテッサイが持っている神切を武器にするつもりだったのだが、今のところまだもらえていないので何か代わりの武器が必要となる。
 実際のところトモナリにはあまり武器のこだわりはない。

 回帰前はなんでも使った。
 質の悪い武器を取っ替え引っ替え使っていた時期もあるのでなんでも使おうと思えば使えるのだ。

 ただやはり剣は基本的で使っていた時期も長いので扱いやすい。
 テッサイのところで習っていたのも剣術だし剣か刀が持っておく武器としてふさわしい。

「ならばこっちだな」

「うわっ、すごい!」

 通路一面に剣がかけられている。

「刀は数が少ないが剣は色々あるぞ」

「どうだ、トモナリ!」

「おいおい……」

 ヒカリは壁にかけられていた短めの剣を手に取っていた。
 器用に柄を掴んでトモナリの真似をして構えている。

「お前には自分の爪があるだろ?」

「むむ……そうだな!」

 ドラゴンの爪や牙は強力な武器の素材にもなる。
 今はまだ小さい爪かもしれないけれどヒカリの爪はそこらへんの剣なんかよりもよほど強力な武器になる。

 人の形になるというのなら武器ぐらいあってもいいかもしれないが、ドラゴンの姿のヒカリには武器はいらないだろう。

「こ、こんなにたくさんあるとどれが良いものなのか分からないですね」

 マサヨシが持っているものなのだから悪いものなどないのだろうが、自分に合ったものを探すだけでも苦労しそうだ。

「好きなものを選ぶといい。ミナミ君もだ」

「あっ、はい!」

 トモナリはキョロキョロと剣を軽く見回しながら通路を歩いていく。
 本当にいろんなものがある。

 抜き身のものもあれば鞘に収まっているものもある。
 片刃のものもあれば両刃のものもある。

 形や長さも様々で見ているだけでも面白い。
 剣の中には少ないけれど刀も混じっている。

 気になったものを手に取って鞘から抜いてみる。
 やや青みを帯びた刃の剣で見た目にも美しい。

「ステータスオープン」

 トモナリはステータス画面を開く。
 するといつものトモナリのステータスの横にもう一つ画面が現れていた。

「青玉混合剣……ただ混ぜ物みたいだな」

 それは武器のステータス画面である。
 武器などの装備に意識を集中させながらステータスを開くと武器の簡易的な説明を見ることができる。

 トモナリが手に取った剣は青玉と呼ばれる魔力の伝導率が高い特殊な鉱石を金属に混ぜ込んで作った剣だった。
 実は悪くないけれど良いものというのにも及ばない代物である。
 本当にいいものだったら青玉そのもので剣を作ってしまう。

 トモナリは剣を壁にかけて武器探しに戻る。
 できることなら全部手に取って確かめていきたいぐらいの気分になる。
 トモナリの戦い方はやや速度を重視したものになる。

 そのために剣は重たいものや長いものよりも通常の長さや重さのものがいい。
 重そうなもの、長いもの、形状が特殊なものは除外して考える。

「ん? なんでこれだけ床に?」

 剣や刀が並べられた通路は一本だけではない。
 まだ他の通路にも剣や刀は置いてあるので次の通路に行こうとした。

 すると通路と通路の間の細い壁に剣が一本立てかけられていた。
 全て壁にかけられていてディスプレイされているのにどうしてこれだけ床に置いてあるのだろうと気になって手に取った。

 赤い鞘に触れるとグッと手に吸い付いてくるような感覚があった。
 なぜか不思議とずっと持っていたかのような奇妙な懐かしさすら覚える。

「む? いかん……なぜあれがここに! アイゼン、待つのだ!」

 柄に手をかけて剣を抜こうとしているトモナリにマサヨシが気がついた。
 トモナリが持っている剣を見てマサヨシの顔色が変わる。

 剣を抜くことを止めようとしたけれど時すでに遅くてトモナリは剣を抜いてしまっていた。

「えっ……これ、ダメだったんですか?」

「う……ぬ……? なんともないのか?」

 止めにきたマサヨシをトモナリは引きつった笑顔で見ている。
 逆にマサヨシは驚愕したような顔でトモナリのことを見ていた。

「ええと……」

「いや、なんともないのならいいのだ」

「これ何かあるんですか?」

 トモナリはそっと剣を鞘に戻した。

「それは曰く付きの剣なのだ」

「曰く付き? 何があるんですか?」

「声が聞こえる」

「こ、声ですか?」

 そんなオバケみたいな話と思ったけれどこんな時にマサヨシは冗談を言う人ではない。

「そうだ。そしてふさわしくないと言われた後その剣は持ち主を燃やしてしまうのだ」

「え……」

「そのために別の場所で厳重に保管されていたのだが……なぜこんなところにあるのか……」

 とんだ代物だったとトモナリは改めて剣を見た。
 剣も鞘も赤いというのはやや特殊かなと思うけれどそんな危ないものだとは思いもしなかった。

「あっ……」

「どうかしたか?」

「声が……」

「むっ、アイゼン君、それを」

 トモナリが危ないかもしれない。
 マサヨシが手を伸ばすけれどトモナリは剣を見つめたまま動かない。

「ぐっ!?」

 無理矢理にでも取り上げよう。
 剣の鞘に触れた瞬間炎が上がってマサヨシは手を引っ込める。

 剣の鞘に真っ赤な炎が蛇のように巻き付いている。
 しかしその炎はトモナリを傷つけることがない。

「どどど、どうしたんですか!?」

「……分からん」

 その様子を見てマコトは大きく動揺しているけれどマサヨシも何が起きているのか理解できない。

「トモナリを傷つけちゃダメだぞ」

 トモナリの肩に乗ったヒカリが鞘の炎を爪でつつこうとすると炎は爪を避けるように動く。

「クロサキ、いつでもアイゼン君を治療できるように用意しておくんだ」

「分かりました」

 剣の鞘に巻きつく炎がトモナリの腕を伝い始める。
 けれどトモナリは剣を見つめたまま動かず、炎はトモナリを焼いているようにも見えない。

「炎が……消えた」

「アイゼン君、大丈夫なのか?」

 剣に巻き付いていた炎が消えて、トモナリがハッとしたように剣から視線を外した。

「あ、はい……大丈夫です」

「それをゆっくりと床に置くんだ」

「……学長、これをもらってもいいですか?」

「なんだと?」

「この剣……俺がもらってもいいですかね?」

 トモナリはニヤッと笑うと剣を抜く。

「なんともないですから」

「うーむ……」

 マサヨシは悩ましげに眉をひそめた。
 曰く付きどころではなく剣を抜いたことがある覚醒者には全身火だるまになって死んだ者もいる。

 そんな危険なものをトモナリに渡すわけにはいかないのだがトモナリはなぜか剣に燃やされることがない。
 所有者を選ぶ道具が存在しているというのは一部の人に伝わっている話で、マサヨシもそのことを知っていた。

 もしかしたら赤い剣はそうした所有者を選ぶ武器であるかもしれないとは考えていた。
 トモナリは剣に選ばれたのかもしれない。

「大丈夫です。この剣が俺を傷つけることはありません」

「本当なのだな?」

「はい」

 剣がトモナリを傷つけることはない。
 その言葉を聞いてマサヨシは目を細めた。

「ここにあるものを好きに持っていけと言った。それがここにあったのは何かの縁だろう。好きにしろ」

「ありがとうございます!」

「何か異変があったらすぐに言うのだぞ?」

「ええ、分かりました」

 トモナリは一度赤い剣に視線を向けると鞘に収めた。
 呆然としていたマコトもあまり遅くなってはならないと武器を探して、最終的にはトモナリのアドバイスもあってナイフを選んだ。

 影を走り、速度が高いマコトには取り回しのしやすいナイフがいいだろうと思ったのだ。

「アイゼン君ありがとうございます!」

 トモナリに選んでもらってマコトはウキウキでナイフを抱きかかえている。

「そうだ、ミナミ君」

「なんですか?」

「一つ聞きたいことがある」

 武器庫を出て予約トレーニング棟の前で解散する前にマコトはマサヨシに呼び止められた。

「えっ、僕が特進クラスに!?」

 それは特進クラスへの誘いだった。
 マコトはトモナリのことを見る。

 特進クラスで待っているなんてトモナリは言っていた。
 声でもかけに来いという意味だとマコトはその時の言葉を解釈していたのだけどまさか特進クラスに誘われるだなんて思ってもいなかった。

「無理にとは言わない。考える時間が必要なら」

「い、行かせてください!」

「ほう」

「特進クラス……頑張ってみたいです!」

 マコトはその場で決断した。
 きっとこの話をしてくれたのはトモナリだろうとマコトでもわかる。

 トモナリはマコトに期待してくれている。
 なら頑張ってみようと思った。

「さすがだな、マコト」

 ヒカリもマコトの決断に感心したように頷いていたのである。
「すっかり遅くなっちまったな」

 武器庫から出てきた時には夕方だった空もすっかり暗くなっていた。
 部活動をしている生徒もおらずアカデミーの中は静まり返っている。

 マサヨシは寮まで送ってくれると言っていたけれどつい先日襲われたばかりで終末教もまた人を送ってくるとは考え難い。
 だから大丈夫だろうと断って急足で寮まで帰ってきた。

「なんか食いたいもんはあるか?」

「お肉食べる」

「肉ねぇ……ハンバーグにでもするか」

「ん! ハンバーグいいぞ!」

 アカデミーはかなり便利で生徒のために結構遅い時間まで食堂がやっていたりする。
 さらには部屋まで届けてくれる宅配サービスまであって部屋から出ずとも温かい料理を食べることが可能なのである。

 トモナリはスマホを使って食堂に料理を注文する。
 大きめなハンバーグに大盛りご飯と食べ盛りな注文であるが、ヒカリのためにハンバーグ三つ、大盛りご飯も二つとさらに食べ盛りな注文もする。

 ついでにデザートも頼んでトモナリはベッドに腰掛ける。

「んで……これだよな」

 トモナリは手元の剣を見た。
 マサヨシからもらった曰く付きの赤い剣である。

 剣を抜いてみると炎を思わせるような真っ赤な刃が現れる。

「出てこいよ、少し話そうぜ」

 トモナリがこの剣を選んだのには理由があった。
 本来なら怪しい曰く付きの剣など選びはしない。

 だが赤い剣をトモナリは選んだのである。

「お前が俺を選んだんだからな」

 もっと言えばトモナリが選んだのではなくトモナリは選ばれたのである。
 赤い剣が赤い光を放ち始めた。

 その瞬間トモナリの意識はふっと遠くなったのであった。

 ーーーーー

「ほぅ……」

 トモナリは思わず声を漏らした。
 気づけばそこはベッドの上ではなく草原であった。

 柔らかな風が吹いていて揺れる草がサワサワと耳心地の良い音を立てている。
 少し離れたところに柱と屋根しかない東屋が見える。

 東屋の下には赤い髪の女性が座っている。

「あんたが声の主か?」

 トモナリが東屋に近づいて女性に声をかける。

「……いかにも。立ち話もなんだ、座るといい」

 女性はカップの紅茶を一口ゆったりと飲み込むと赤い瞳をトモナリに向けた。
 トモナリは女性の正面に座る。

「お主は何者だ? ドラゴンではないが、ドラゴンの気配を感じる」

「人に何かを尋ねるならまず自分が名前ぐらいいうものだぜ」

「小生意気だな。まあいい、私の名前はルビウス。偉大なるレッドドラゴンだ」

「……レッドドラゴン、だと?」

 トモナリは眉をひそめた。
 レッドドラゴンはトモナリでも見たことがある。

 八十番代の試練ゲートに現れるボスモンスターがレッドドラゴンであった。
 ゲートは攻略されずにレッドドラゴンは外に出てきて色々なところに甚大な被害をもたらした。

 結局レッドドラゴンは他のドラゴンと縄張り争いをして人間ではなくドラゴンに倒されてしまった。

「そう警戒せずともよい。今のところ妾はお主を攻撃するつもりはないからな」

 今のところはなんて言葉に引っ掛かりを覚えるが今のところは流しておこうとトモナリは思った。

「お主が持っている剣は妾の牙、そして心臓からできているのだ。だから妾は死んだけれど妾の意志が剣に宿っているのだ」

 それならばゲートから出てきたレッドドラゴンはまた別なのだろう。

「これでよいか? ならばこちらからも質問しよう。お主は何者だ?」

「……俺は愛染寅成。何者と聞かれてもな」

 ドラゴンに語れるような身分なんて持ち合わせていない。
 トモナリはトモナリなだけだ。

「ドラゴンの気配がする。あの黒い子竜との関係は?」

「ヒカリか? あいつは俺のパートナーだ」

 ヒカリのことが分かっていたのかと驚く。

「パートナー? 人間が、ドラゴンと?」

「そうだよ。何か問題でもあるか?」

「ドラゴンと契約しているのか?」

「ああそうだ」

 それがどうしたのだとトモナリは怪訝そうな顔をする。

「……お主はやはり何者なのか」

「だから何者ったって……俺はドラゴンナイトなだけだよ」

「ドラゴンナイト! ほほぅ……」

 ルビウスは驚きで目を見開いた。

「ドラゴンが守ると誓い、ドラゴンを守ると誓った者か……なるほど。だからお主からドラゴンの気配がするのだな」

 ルビウスは一人うんうんと頷いている。

「何を一人で納得してるんだ?」

「ふふふ、ドラゴンナイトはドラゴンと共に歩む者、ドラゴンの友である。妾がお主に惹かれるのも当然というわけだ」

 見るものを魅了する妖艶な笑顔をルビウスは浮かべる。

「気に入らぬものに妾は使われる気はない」

「だから他の人を燃やしたのか?」

「その通り。ふさわしくないものが妾を使うなど言語道断だからな。お主ならば妾を使うのによさそうだ」

 なんだか分からないけど気に入られているようだ。

「お主、妾と契約してみるつもりはないか?」

「なに?」

「妾もお主の力になってやろう。妾と契約すれば剣もお主にのみ帰属することになる」

 予想外の提案であった。
 驚くトモナリの顔を見てルビウスはクスリと笑う。

「俺にはヒカリがいる」

 契約できるのかもしれないけれどトモナリにはすでにヒカリというパートナーがいる。
 力を手に入れられるのかもしれないけれどヒカリの承諾なくして勝手に新しくドラゴンと契約するつもりはなかった。