「トモナリ、誰かつけてるぞ」
「本当か?」
器具でトレーニングするだけではなく日々のランニングもトモナリは続けていた。
午前中みんなと一緒にトレーニングをしたけれど夜も日課のランニングをしていた。
トモナリの肩に引っ付いていたヒカリがランニングの最中ついてくる存在に気がついた。
最初は気のせいかと思ったけどアカデミー構内をグルグルと走るトモナリを先回りして待ち伏せしているので危ない敵かもしれない。
「何人だ?」
「むむ……多分一人」
「一人か……どうするかな」
もしかしたら終末教かもしれない。
ヒカリを狙っている可能性もあるとトモナリは考えた。
夜で人は少ないし襲いかかってくるのなら良い環境だろう。
アカデミーが管理している武器は持ち出すのは難しいが、覚醒者である以上自分の武器を持つことも認められているので武器を持つこともできる。
人の多い環境であってアカデミーで人を襲うことは難しいけれども人が多いので襲撃に成功して紛れてしまえば誰が犯人かは分かりにくくなる。
「いけるか……?」
まだ相手には気づかれていることを気づかれていない。
逆に奇襲してやろうとトモナリは考えた。
相手が格上でも先手を取ることができれば勝つ可能性は十分にある。
仮に直接対決になっても割と勝つ自信もあるし、相手が一人なら逃げて助けを求めることもできるだろう。
トモナリはそっと腰に手を伸ばした。
腰にはテッサイからもらった小刀が下げてある。
護身用に常に小刀を持ち歩いている。
こうしたランニングの時も例外ではない。
「よし、ヒカリ」
「なになに?」
「……するんだ」
「にひひ、分かった!」
トモナリは声をひそめてヒカリと作戦を練る。
面白そうとヒカリは思った。
走りながらトモナリは周りに感覚を広げる。
するとトモナリもようやく近くにいる人に気がついた。
確かにヒカリの言うようについてきている。
ただずっとついてきているのではない。
トモナリのランニングのペースに追いつけないのか時折気配が感じられなくなってはランニングのルートに先回りしている。
相手の追跡の感じをトモナリはすぐに把握した。
「いくぞ」
「オッケー」
トモナリは走るスピードを上げて建物の角を曲がった。
「……あ!」
トモナリの後ろを追いかけていた何者かが慌てたように角を曲がるとトモナリは走るのをやめて待ち受けていた。
「よう」
「えっ、あっ……」
「どーん!」
「ぐおっ!?」
追いかけてきたのは多分、男の子だった。
トモナリがいて急ブレーキをかけた男の子にヒカリが上から落ちてきた。
20キロの重りも軽々と持ち上げるヒカリが突撃してきたら重たい鉄球が飛んでくるようなもの。
ヒカリが背中にぶつかって男の子はなす術もなく地面に倒された。
奇襲作戦としてトモナリはヒカリに角を曲がったら体から離れて少し上空で待機するように言っておいた。
そして相手が油断している間に体当たりを決めさせたのである。
「いて……ひっ!」
「お前……何者だ?」
トモナリは地面に倒れた男の子の首に小刀を突きつけた。
よく見てみると割と可愛い顔をしていて一瞬女の子かと思ったけれど、学校指定のジャージは男女でちょっとデザインが違う。
相手が来ているのは男もののデザインのジャージだったので男だろうとは思う。
トモナリに小刀を向けられて男の子は顔を青くする。
終末教だろうかと思っていたのに明らかにそんな雰囲気はない。
ただそれで油断はしない。
「ぼぼぼ、僕は南真琴(ミナミマコト)と言います! あ、怪しいものじゃないです!」
マコトは顔を青くしたまま弁明する。
起きあがろうとしたけれど背中にヒカリが乗っていて動くこともできない。
トモナリの肩に乗っている時はそんなに重さを感じないのだけど本気になるとヒカリの重さも決して軽くない。
さらには力も込めて押さえつけられると覚醒者といえど簡単には起き上がれない。
「ステータス画面と学生証を見せろ」
自己紹介もウソで、慌てたような態度もトモナリを騙そうとしている可能性がまだある。
ステータス画面は特殊なスキルでもない限りは偽装することができない。
学生証も顔写真付きで意外とちゃんとした作りのものなので簡単に偽物を用意はできない。
「わ、分かりました……ステータス表示」
マコトは自分のステータスをトモナリに開示した。
ステータス画面に表示されている名前はちゃんと申告してきた南真琴と一致している。
「……忍者?」
トモナリが注目したのはマコトの職業だった。
職業は忍者である。
かなり珍しい職業であり、不思議とほとんど日本人しか得られないと言われている。
シーフやアサシンといった職業と近い能力を持ちながらもより直接的な戦闘にも長けたスキルや能力値になることが多い。
しっかりと育つと何者にも捉えられない素早さと一撃必殺の鋭さを秘めた強さを誇る覚醒者になりうる。
「南真琴……なんだか聞いたことがある気が……」
それも今ではなく回帰前のどこかで名前を聞いたことがある気がするとトモナリは思った。
「インザシャドウ……」
パッと思い出せなかったので思い出すことは後回しにしてスキルを見た。
影に潜って隠れるスキルで使い方によっては非常に有用なものになる。
最初のスキルとしてはかなり破格なものと言っていい。
「影に潜るスキル……」
スキルを見たらまた何かが思い出せそうになった。
「ええと……あの?」
「大人しくしてろ!」
「あ、はい……」
「…………暗中乃影、暗王候補南真琴か」
「は、はい?」
ようやく思い出した。
世の中にはいろいろな組織がある。
終末教もその一つであるし、覚醒者が集まって作ったギルドも一つの組織である。
そうした組織の中で暗王会という組織があった。
暗王と呼ばれた覚醒者が作った組織で諜報など情報を扱っていた。
しかし暗王会の顔は情報屋だけではなかった。
金さえ積まれれば誰でも秘密裏に殺す、つまりは暗殺も請け負っていたのである。
暗王会は密偵に適した能力者を引き抜いて集めていたのだが基本的に内情は外部の人には分からなかった。
誰が暗王会のメンバーなのかも秘密で、暗王会のメンバーも日常の生活の中に溶け込んでいたと言われている。
ただ一人だけ暗王会のメンバーで名前をバラされた人がいる。
それがマコトであった。
暗王が何かの原因で暗王の名を継がせて世代交代を行おうとし、マコトはその暗王候補だった。
けれどマコトは別の暗王候補に敗れて亡くなり、なぜか暗王会はマコトの素性を公表したのだ。
新たなる暗王による見せしめだったと言われていたが細かな理由はトモナリには分からない。
「な、なんですか?」
回帰前にマコトに何があったのかなどどうでもいい。
大事なのはこの先暗王会で暗王の名前を継ぐ候補になれるほどの実力者が目の前にいるということなのである。
「なんで俺のことをつけていた」
「あ……バレてたんですね」
「気づいてたさ」
マコトの目的は何なのか。
上手くマコトのことを取り込めないかなんてトモナリは考えた。
「その……つけてたのは……」
「つけてたのは?」
「ファン……なんです」
「ふぁん?」
マコトは頬を赤らめて恥ずかしそうに視線を逸らした。
「ゲートのこと話に聞いたんです。クラスの仲間のために一人残ってゲートの特殊モンスターと戦って倒してしまった話を聞いて興味を持ったんです」
「そんなことで追いかけてたのか?」
「そんなことでって! すごいことだと思います。僕は一般クラスですし臆病で。アイゼンさんが同じ生徒なのにそんなことできた勇気がすごいなって思ったんです」
まさかあれでファンができるとは思いもしなかった。
予想もしていなかったストーキングの理由にトモナリは少し困惑する。
「あと……」
「まだなんかあんのか?」
「実は……ヤマザト先輩との戦いも見てたんです」
「あれをか?」
あの場にマコトなんていたかなと思い出そうとするけれどはっきりしたことは分からない。
ただ別に特別利用している人がいなかったという認識だっただけで完全に誰もいないことを確認したり他の人を利用禁止にしたりはしていない。
見ていた人がいても全くおかしな話ではない。
どこかでマコトが見ていたのだろう。
「先輩倒しちゃうなんてすごいなって思ってて、そこでまた君の話を聞いたから……」
「それはいいけど、なんで俺のこと付けてたんだ?」
「それは」
マコトは気まずそうに目を逸らす。
「何がヤバいことでもしようとしてたのか?」
「そ、そうじゃなくて! と、友達になりたくて……」
マコトは耳を真っ赤にして消え入りそうな声で答えた。
「友達……」
「そんなすごい人が近くにいるんだと思ったら知りたくなって。そして見てたら……アイゼン君良い人そうだし」
だから機会をうかがうためにトモナリのことを付け回していた。
タイミングを見計らってトモナリに声をかけるつもりだったのだ。
いざ声をかけようと思うとすると緊張してしまい、ただのストーカーになっていたのである。
「まさかバレてるなんて思わなくて」
確かにバレていると考えた時には相手から見てみるとかなり怪しいだろうとマコトは反省する。
「まあ押し倒してすまなかったな」
「僕が悪いんだ」
考えていたような危険な目的ではなかった。
トモナリが視線を送るとヒカリはマコトの上からどけてトモナリの肩に引っ付く。
トモナリが手を差し出すとマコトは恥ずかしそうに笑って手を取って立ち上がる。
「それにしても……どうして一般クラスなんだ?」
マコトの職業である忍者は珍しい職業である。
さらにはスキルも珍しい。
能力値も素早さを中心として高めな方である。
特進クラスでもおかしくない。
「入学テストの時モンスターを刺すのに少しためらっちゃって。ギリギリ退場にはならなかったけど特進クラスへの声はかからなかったんだ」
少し控えめな性格でありそうなことは見ていてわかる。
入学テストの時の様子を見て覚醒者としてのメンタル的な資質が特進クラスには相応しくないと判断されたのかもしれない。
「特進クラスに入りたいのか?」
「……うん。僕は覚醒者としてやっていきたいんだ」
「じゃあ、友達になろうぜ」
「えっ?」
「友達になりたかったんだろ? 友達になろう」
「あ、う、うん!」
「特進クラスで待ってるぜ」
「特進クラスで……? それはどういう?」
「ふふ、後になったら分かる。今日はもう遅い。帰ろうぜ、マコト」
トモナリは意味ありげにニヤリと笑った。
「トモナリの友達なら僕の友達だな! よろしくマコト!」
「よ、よろしくお願いします。アイゼン……」
「トモナリでいいよ」
「ヒカリ様でいいぞ!」
「よろしくお願いします、トモナリ君、ヒカリ様」
「うむ!」
様付けで呼ばれてヒカリは満足そうに頷いた。
敗れたとはいえ、暗王候補だった。
これを逃す機会はないとトモナリは思っていたのであった。
トレーニング用の建物は普段使う器具が置いてあったりリングがあるトレーニング棟の他に二つある。
一つは魔法トレーニング棟。
これは文字通り魔法を練習するための建物である。
そしてもう一つあるのが予約トレーニング棟。
二つのトレーニング棟が自由に使えるのに対してこちらは利用に事前の予約を必要としている。
個人で使うこともできるし部活動などでも利用されることがある地上五階、地下二階の大きな建物となっている。
しかし実はもう一つ上の階があって、その予約トレーニング棟の最上階は予約の一覧には載っていない。
よく見ると建物が六階なのだけど普段気にしなければ気づかない人がほとんどである。
予約トレーニング棟の一階、エレベーターが並ぶ部屋の奥に関係者以外立ち入り禁止と書かれたドアがある。
その中にはもう一機エレベーターがある。
ボタンは一階と六階しかない。
今日は課外活動部での顔合わせの日であった。
他の部活は部活棟があってそちらに部室を持っているのだけど、課外活動部だけは例外的に予約トレーニング棟の六階全体を部室として与えられていた。
「おお、秘密感があってカッコいい!」
秘密のエレベーターに乗ったトモナリとヒカリは六階まで上がっていく。
奥まった場所にあるだけだがヒカリは上がるエレベーターにちょっとワクワクしていた。
二階から五階までの到着しない階を通り過ぎて六階に止まる。
エレベーターの扉が開くと正面にドアがある。
トモナリは学生証を取り出すとドアの横にある装置にかざす。
ピッと音がしてドアの鍵が開く。
「ちょっと緊張するな……」
「私がいるから大丈夫だぞ!」
どんなことでも初めてというのは緊張する。
ドアの前で一呼吸置いて緊張を和らげようとするトモナリの頬にヒカリが頬を擦り合わせる。
「そうだな」
トモナリは思わず笑ってヒカリの頭を撫でる。
緊張したって仕方がない。
頼もしい相棒もいることだし堂々と入っていこうとドアに手を伸ばす。
「おっ、来たか」
「あの子が噂の……」
「てことはあれが例の魔物か」
入ってみるとそこはホテルの良い部屋みたいなところだった。
すでに課外活動部の生徒たちが集まっていて部屋に入ってきたトモナリに一斉に視線が向いた。
「あれ、トモナリ君?」
「コウじゃないか」
トモナリは知らない顔がほとんどだったが知っている顔もあった。
部屋にはいくつもソファーが置いてあって、その一つにコウが座っていた。
トモナリのことを見て驚いたような顔をしている。
「君もこの部活に?」
「ああ、そうなんだ。というか同じこと俺も思うよ」
「僕は姉さんに誘われてね」
「姉さん?」
「うん。黒崎美久っていう人で学長の秘書をやってるんだ」
「えっ、あの人お前の姉さんなのか?」
「あっ、知ってる?」
「一度会ったことがある」
アカデミーに来たばかりの時に寮に案内してくれた人がミクだった。
黒髪のクールな美人な人だった。
言われてみればコウとにていないようなこともない。
コウを女性にしたらあんな感じのクールな印象の美人になりそうだと姉弟なことを意識して見ると思った。
学長の秘書なら課外活動部について知っていてもおかしくない。
コウは賢者という良い職業を持っているし課外活動部にはちょうどいい。
「君が来てくれるなら僕は嬉しいよ」
コウは柔らかな笑顔を浮かべる。
強くて仲間思いなトモナリがいてくれるなら今後の活動でも心強い。
「俺はみんなに歓迎されてないのかな?」
観察されるような目を向けられていて少し居心地悪さをトモナリは感じていた。
「そんなことないと思うけど……君は有名だからね」
コウは肩をすくめた。
もうすでにトモナリは知る人は知っている噂になりつつあるのでみんなもどう接したらいいのかと距離感を測っているのだろうとコウは思った。
「あれ……」
よく見てみると他にも知った顔があった。
カエデとタケルも部屋の中にいた。
以前タケルはトモナリに絡んできて仕方なく手合わせをした。
カエデはオウルグループという大きな覚醒者ギルド企業の令嬢である。
タケルとの関係性をトモナリは正確には知らないけれど深い関係性のようでタケルはカエデのためにと突っ走った行動をした結果トモナリに絡んできていたようだった。
トモナリが視線を向けるとカエデは薄く微笑みを浮かべて小さく手を振った。
ガキの頃だったらドキリとしてしまいそうな雰囲気がある動作だった。
「おお、もうみんな揃っていたか」
自分から言い出して自己紹介でもした方がいいのかと悩んでいると部屋にマサヨシが入ってきた。
その後ろからはミクと何人かの生徒がついてきていた。
「あっ……」
知った顔が多くてトモナリは驚いた。
マサヨシが手招きするのでトモナリはマサヨシの横に立つ。
「なんであなたがいるのよ?」
「俺も誘われたからだ」
トモナリの隣にはミズキが立っていた。
ミズキはトモナリを見て目を丸くして驚いている。
「こいつらが俺の言っていた新しい入部者だ。軽く自己紹介を。アイゼン君から」
「はい。愛染寅成と言います。職業はドラゴンナイト。こいつが俺のパートナーのヒカリです」
「うむ、みんなよろしくな!」
ヒカリが笑顔で手を振ると少しみんなの表情が柔らかくなる。
回帰前は邪竜だったヒカリを見るだけでみんなが険しい顔をしたものだけど少し変わるだけだいぶ違うものである。
「知っての通り特殊な職業の持ち主でドラゴンを従えている。能力値も高くて二年にも引けを取らない」
何人かは品定めするようにトモナリのことを見ている。
タケルも一度負けたけれど次は負けないというような目をしていた。
「では次」
「清水瑞姫です」
トモナリの隣のミズキが自己紹介をする。
部屋に入ってきた時は緊張したような顔をしていたけれどトモナリがいた驚きで緊張も吹き飛んでしまったようである。
「工藤サーシャです」
そして知っている顔はミズキだけではない。
なんとサーシャまで来ていた。
トモナリと視線が合うとサーシャは微笑んで小さく手を振る。
それに対してヒカリがぶんぶんと手を振り返していた。
もう一人特進クラスの子と一般クラスからも一人入部するようだった。
コウの入部が特別早かったようである。
これでユウト以外の8班が揃ったなとトモナリは思っていた。
「さて課外活動部の自己紹介も兼ねてまずは腕試しといこう」
新入部員の自己紹介を終えて部屋を移動する。
ホテルの部屋の奥には何もない部屋があった。
魔法などにも耐えられるような特別な設計になった頑丈な部屋で魔法や戦いの練習に使うことができる。
他の階の予約が必要なトレーニングルームもこうした部屋になっている。
「それでは自己紹介も兼ねて一人につき三回ずつ先輩方と手合わせしようか」
なぜ場所を移動したのかと思っていたら早速実力試しらしい。
木刀を手にしたトモナリが前に出ると課外活動部の先輩たちが視線を交わす。
よし俺がと前に出ようとしたタケルをカエデが止めた。
「じゃあ俺が」
前に出てきたのはツンツンとした髪の男子学生だった。
「二年の浦安零次(ウラヤスレイジ)だ。職業は槍術士、よろしくな」
「よろしくお願いします」
レイジは壁際に置いてあった木の槍を手に取ると巧みにグルグルと振り回す。
「二年にも匹敵するんだろ? 本当かどうか試してやるよ」
「先輩の胸をお借りします」
「よしいくぞ!」
槍を構えたレイジがトモナリと距離を詰める。
非常に素早く槍で戦う距離を取られてトモナリは後ろに下がろうとした。
「逃すかよ!」
しかしレイジはトモナリの動きを読んでいたように自分に有利な距離を保ち続ける。
「おらよ!」
レイジが槍を突き出してトモナリを攻撃する。
コンパクトで速い突きは一瞬でトモナリの目の前に迫ってきた。
「やるじゃねえか!」
トモナリが最小限の動きで槍をかわすとレイジはニヤリと笑った。
木の槍なのに髪の毛が何本かやられた。
単なる手合わせとして油断してはいけないとトモナリは気を引き締める。
「これならどうだ!」
レイジがさらに素早い突きを何度も繰り出す。
かわせるものはかわして、かわせないものは防御する。
素早さはトモナリよりも高そうだが冷静に対処すれば反応できない速さでもない。
上手く槍を防がれ続けてレイジが少し苛立った顔を見せる。
突きだけでなく槍を振るなど攻撃にも変化を持たせて攻撃し始めた。
「ヒカリちゃんはいかなくていいの?」
トモナリが戦う一方でヒカリはサーシャに抱きかかえられていた。
トモナリが戦っているのにヒカリは戦わなくていいのかと小首を傾げる。
「ふっふ〜僕は秘密兵器だからいいのだ!」
ヒカリはドヤっとした笑顔を浮かべる。
トモナリもヒカリを戦わせるのか少し悩んだけれどレイジとの実力差もそれほどなさそうなのでここはヒカリを温存することにした。
負けそうならヒカリにも飛び込んでもらうつもりはあった。
「くっ!」
トモナリの木刀がレイジの頬をかすめた。
段々と動きを読んできてトモナリも反撃し始めていて戦いの状況が変わりつつあった。
「スキル迅雷加速!」
このままでは負けてしまいそう。
レイジは少しプライドを捨てて自分のスキルを発動させる。
負けるよりはいいと思った。
レイジの体にバチバチと小さく電撃が走ったと思ったら急に動きが速くなった。
少し力が下がり魔力を消費する代わりに素早さを大きく向上させてくれるレイジの第一スキルであった。
「うっ!」
視界から消えるようにして後ろに回し込んで腰へ伸ばされた槍をトモナリは体をねじってかわす。
「あれを初見でかわすか」
トモナリとレイジの戦いを見ていた他の先輩方は驚いていた。
二年生ながらレイジの素早さは高く、特にスキルを発動すると直後の速度の速さは対応するのも難しい。
知っていてもそうなのに知らないで防いだトモナリの実力は認めざるを得ない。
「頑張るんだぞ、トモナリ」
少し危なそう。
飛び込みたい気分を抑えるヒカリも応援に力が入る。
トモナリを信じている。
きっと自分の力がなくてもトモナリなら勝ってくれる。
「チッ……」
最初の一撃が一番惜しかった。
それ以降の攻撃はトモナリが冷静に対処していた。
速度では確実に上回っているのにどうしてだとレイジは思わず舌打ちしてしまった。
「速いですね」
ただそれだけであるとトモナリは思っていた。
確かに素早いというのは脅威である。
簡単には捉えられない素早さは非常に厄介な能力であり、現にトモナリも苦戦している。
けれどレイジは今のところ速いだけなのだ。
力の能力値は元々トモナリに敵わなかった中でスキルで下がっている。
速度を重視した攻撃は軽くて防御にも大きな苦労がない。
それに加えて器用さが低いとトモナリはレイジと戦いながら感じていた。
器用さが上がると何がいいのかと聞かれると意外と難しい。
力は文字通り力であるし素早さは素早さである。
そのままの意味通りでないこともあるが大体そのままの通りに解釈すれば構わない。
ならば器用さとは文字通り器用になるとして戦いにどんな影響を及ぼすことになるのだろうか。
器用さは攻撃の正確さにつながってくると言われている。
攻撃を狙ったところに正確に決めることは戦いにおいて非常に重要になってくる。
急所を外せば倒せる相手も倒せなかったり思わぬ反撃を受けることがある。
どんな体勢からでも正確に攻撃できれば攻撃の幅は広がるし、正確な攻撃はそれだけ力も乗せられる。
中々明確に変化を感じられにくい能力であるけれど、より実力の近い接戦になるほどに器用さの違いは現れてくるのだ。
レイジが速度を上げれば上げるほど狙いは雑になり、しっかりとガードしなくても少ない動作で攻撃を防げてしまう。
ただ攻めは激しくあたかもトモナリが防戦を強いられているようにも見える。
しかし決着の時は突然訪れた。
「うっ!」
レイジは振るでもなく突くでもない中途半端な軌道を描いて槍を突き出した。
体勢も不十分で狙いも定まっていない。
トモナリは木刀を振るって槍を大きく弾き返した。
踏ん張りきれずにレイジの手から槍が飛んでいってトモナリの前に大きく胸をさらす格好となる。
「いけー! トモナリ!」
「すいません、先輩」
「ぐわっ!」
防御も回避もできずにレイジはトモナリに胴を薙がれた。
トモナリは一撃を狙っていた。
素早さが高い人というのは多くの場合体力が低くて防御が弱い。
さらに体力が低いということはスタミナ的にも低いということになる。
スキルを維持するだけの魔力は十分であったのだけどスタミナがついていかなかった。
槍を振り回しながらレイジは汗だくになっていた。
スタミナ的に限界が近いことをしっかり見抜いていたトモナリはレイジに隙が生まれるのを待っていた。
トモナリの狙い通りにヨレヨレの一撃を繰り出したレイジは見事にトモナリの反撃を受けてしまったのである。
「く……そ……」
レイジは腹を押さえて床に膝をついた。
「そこまで! よくやったな、アイゼン。ウラヤスも良い戦いだった」
上級生たちは驚きを隠せない。
強いと聞いていたけれど本当に二年生を倒してしまったことはやはり衝撃的である。
「さて……疲れているかもしれないが次に行こう。誰がやるかな?」
トモナリを見る上級生たちの目の色が変わった。
レイジを倒してしまったことでこれ以上負けられないという空気とトモナリと戦ってみたいというビリビリする圧力を感じる。
「では僕が」
背の高い爽やかな好青年が前に出た。
「僕は課外活動部の部長である三年の黒羽輝(クロハテル)だ。これからよろしくね」
「よろしくお願いします」
強いなとトモナリは思った。
流石に三年ともなると感じる魔力の力強さに圧倒される。
強そうなだけでなく背が高くて顔も良いのだからちょっとずるいとトモナリは少し目を細めた。
「僕の職業はガーディアン。防御に秀でていてナイトなんかの職業よりもさらに防御に寄った職業だよ」
ガーディアンは希少とまではいかなくとも比較的珍しい職業で、得られるスキルも分かりやすく防御に寄ったものが多い。
ステータスも体力を中心として伸びが良い。
トモナリの記憶ではガーディアン職業の人がかなり遅くまで戦いに残っていた。
最前線に立ってモンスターと戦う職業なのにそうして残っていたということはスキルの兼ね合いもあるのだろうけどやはり優秀な職業だったのだろうと感じる。
「それじゃあやろうか」
テルは盾と剣を手に取った。
どちらも木製のものであるが武器を構えるだけでもより威圧感を感じる。
「先手は譲るよ」
テルは余裕の表情を浮かべている。
力の差があることは歴然なので当然であるがそれでも少しムカつくなとトモナリは思った。
「じゃあ俺も本気でいかせてもらいます。ヒカリ」
「ほいきた!」
サーシャの腕から飛び立ったヒカリがトモナリの隣に降り立つ。
「ようやくその子の力も見られるようだね」
テルは目を細めて笑う。
ヒカリもトモナリのパートナーであるので参加して卑怯と言うつもりはない。
「いくぞ、ヒカリ!」
「うむ!」
トモナリは魔力を全身にみなぎらせて床を蹴って走り出す。
ヒカリもトモナリの横を飛んで並走して一気にテルと距離を詰める。
木の盾を両断する。
そんなつもりで魔力を込めた木刀を全力で振り下ろした。
「ふふ、中々やるね」
「くっ……」
まるで巨大な岩でも殴ったようだ。
テルは盾でトモナリの木刀を受け止めていて、切りかかったトモナリの手の方が痺れるくらいだった。
「どりゃー!」
「ん……おっと」
ヒカリは素早く横に回り込んでテルに突撃した。
テルはトモナリの剣を押し返すと素早く盾でヒカリをガードする。
盾にぶつかってきたヒカリが想像よりも重たい衝撃があって一歩押し返され、テルは驚いたような顔をした。
「はっ!」
「ふぬぅ!」
「うっ……」
体勢を立て直したトモナリが再びがテルに切りかかる。
テルはトモナリの方に盾を向けようとして顔をしかめた。
ヒカリが盾に手をかけて引っ張って邪魔をしたのだ。
盾を構えるのが遅れたテルはなんとか剣でトモナリの攻撃を防御した。
「ほー、やっぱあいつやるな……」
タケルは思わず感嘆の声を漏らした。
決してテルが本気を出しているとは思っていない。
けれどトモナリとテルの力の差は確実に大きく、通常ならばテルが手を抜いていても戦うのは難しい相手なはずである。
なのにトモナリはためらいなく相手にかかっていって、勝つことを諦めない目をしている。
ヒカリと連携をとって格上の相手にも一撃加えることを虎視眈々と狙っているのだ。
ヒカリの動きもトモナリのことを理解していて、見た目には分かりにくい力と素早さ、知恵を見せて戦っていた。
今の一撃だって惜しかった。
トモナリの能力値がもう少しテルに近ければ一撃入っていたかもしれない。
あんな戦い方が自分にできるだろうかとタケルは拳を握りしめた。
「タケルはタケルらしく戦えばいいのさ。気にすることはない」
カエデはタケルの心中を察したように慰める。
トモナリに負けてからタケルはより一層の努力を重ねている。
けれどトモナリはタケルが強くなるよりもより早い速度で強くなっているようにカエデにも感じられた。
他者と自分を比べて糧にするのはいいけれど、そのことで自分の中に黒い感情を持ってはいけない。
自分らしく努力を続けていくことが大事なのである。
「お嬢……」
カエデの言葉にタケルはハッとさせられた。
「その呼び方は外ではやめな」
「あっ、すいません……」
「にしても強いね。やっぱり欲しい男だ」
「くっ……」
タケルは再びムッとした顔をする。
やはりトモナリには負けられないと思った。
再びトモナリとテルの戦いに目を向ける。
トモナリは諦めずテルにかかっていっている。
「やはり二対一だと少し大変だね」
トモナリは鋭く隙を狙っている目をしているし、ヒカリは機動力を活かしてテルをかき乱す。
ヒカリもトモナリとのトレーニングをしながら連携しての戦い方を練習していた。
まだまだ練習不足、連携不足なことは遠くから見ていれば歴然なのだけど近くで相対してみると意外とヒカリの動きは厄介なものになっていた。
テルの方もヒカリみたいな動きに対する経験が不足していたのである。
それでもまだスキルを使ってもいないので対応できている方であった。
「食らうのだ!」
経験値不足のヒカリも戦うほどに動きが良くなっていた。
素早くテルの後ろに回り込んだヒカリが鋭い爪を振り回す。
テルが盾で爪を防ぐ間にトモナリがテルの後ろから剣を振り下ろす。
「にょわー!」
盾でタックルしてヒカリを弾き飛ばしたテルは体を反転させてトモナリの剣を受け止めた。
「隙あり!」
「なっ!」
一撃で食らわせるためにトモナリはずっと隙を狙っていた。
けれどテルはなかなか隙を見せない。
だが隙がないのなら隙を作ってやればいい。
盾を上げてトモナリの攻撃を防いだので足元が疎かになっていた。
トモナリに足を払われてテルはバランスを崩して尻餅をつく。
「ヒカリ!」
「うにゃー!」
トモナリとヒカリが尻餅をついたテルを挟撃する。
「……絶対防御!」
「なに!? くっ!」
テルに迫った剣とヒカリが白い六角形のシールドに防がれた。
いくら押してもシールドはびくともせず、自分の力が返ってくるような衝撃にトモナリとヒカリは弾き返されてしまった。
「……まさかここで僕のスキルを使わせられるなんてね」
テルは悠然と立ち上がる。
ただ表情から余裕は消えていた。
絶対防御とはテルの第一スキルであった。
短時間自分の周りに自動で攻撃を防御してくれるシールドを展開して防いだ攻撃の衝撃をそのまま相手に返してくれるという結構ズルいスキルである。
ただ魔力消費量は多く、かなり長めのクールタイムが設けられていていつでも使える万能スキルではない。
「少し遊びすぎたみたいだね」
油断などしていないが少し様子見をしすぎたとテルは反省した。
トモナリがどんなふうに攻撃してくるのか楽しかったというのもある。
「今度は僕からいくよ!」
テルが本気の目をしてトモナリに迫った。
トモナリよりレベルが高いテルはガーディアンという防御重視な職業ながら素早さがトモナリよりも高い。
突き出された剣をなんとか受け流したけれどトモナリの体勢が流れる。
「ぐっ!」
そのまま盾で体当たりされてトモナリは吹き飛ばされる。
「おりゃー! ぐにょっ!?」
トモナリが危ないとテルに飛びかかったヒカリの頭に剣が叩き落とされた。
「くそっ……」
「どうだい? まだやる気かな?」
ヒカリは床にペチョリと倒れて起きあがろうとしたトモナリには剣が突きつけられていた。
「……参りました」
流石にここから足掻くのは往生際が悪すぎる。
トモナリは木刀を手放して両手を上げる。
「うむ、そこまで。アイゼン、なかなか善戦したぞ。クロハはあそこでスキルを使わされているようじゃまだまだだな」
「……精進します」
テル自身もスキルを使ってしまったことは今回の反省点だったと分かっている。
「痛いのだぁ〜」
「大丈夫ですか?」
頭をさすっているヒカリにミクが近寄る。
ミクがヒカリの頭に手をかざすと柔らかな光に包まれる。
「どうですか?」
「むっ、痛みがなくなった!」
「よかったです」
ミクがほんの少し微笑む。
「ヒーラーだったのか」
相手を治すヒーラーはそれに応じた職業やスキルが必要で貴重である。
学長の秘書をしているので只者ではないと思っていたのだけど、ミクも覚醒者でヒーラーだったことにトモナリは驚いていた。
「では最後にいくぞ」
「私がやります」
ここまで良い戦いを見せていたトモナリとみんな戦ってみたいと互いに様子をうかがっていた。
その中で一人の女生徒が手を挙げた。
それを見てみんながザワリとする。
「副部長の柳風花(ヤナギフウカ)。職業は闇騎士王」
「闇騎士王……」
王がつく王職の職業持ち。
しかも闇騎士王はトモナリの回帰前の記憶でも比較的印象の強い人だった。
トモナリとはグループが違ったので名前を聞くこともなかったけど最後の時近くまで活躍していた覚醒者だった。
ただ女性だったのかと驚いている。
なぜなら回帰前の記憶で闇騎士王は常にフルフェイスのヘルムを身につけていたので顔も見たことがなかったからである。
直接話したこともないので勝手に男性だろうと思っていた。
「なに?」
「あ、いえ……」
「むっ、トモナリ?」
意外と美人で思わず顔をまじまじと眺めてしまった。
フウカは不思議そうに首を傾げて、ヒカリが目を細めてトモナリの頬を強めにつつく。
「鼻の下伸びてる?」
「伸びてないよ……」
フウカが美人だから見ていたというより闇騎士王が美人で驚いたから見ていたのである。
別に鼻の下を伸ばすようなことはない。
「それじゃあ戦うよ」
フウカが手に取ったのは木剣。
回帰前の記憶では大きな黒い剣を振り回していたけれどまだそんな武器は持っていないようである。
「やるぞ、ヒカリ!」
「おうともさ!」
前二つの戦いも結構激しかった。
正直疲労感はあるけれどどうせなら全力で当たって砕けようとトモナリは思った。
ヒカリと共に一気にフウカに切りかかっていった。
「そこまで!」
ただフウカは強かった。
テルは防御タイプで慎重な戦い方をしていたのでそれなりに戦いの形になっていたけれどフウカは一切手加減もなく攻撃してきたのでトモナリはあっさり負けてしまった。
「いってぇ……」
こんなに手ひどくやられたのはテッサイ以来だとトモナリは思う。
ただ怪我をしなかっただけフウカも手加減してくれたのだろうと分かってはいる。
「トモナリィ〜痛いのだぁ〜」
フウカはヒカリにも容赦なかった。
またしても頭を木剣で殴られたヒカリが涙目でトモナリの胸に抱きつく。
「ヒカリも頑張ったな」
フウカには及ばなかったもののテルとの戦いではかなり上手くやってくれた。
ただ守られるだけの存在ではなくなりつつある。
トモナリが優しく頭を撫でてやるとヒカリは犬のようにシッポを振って嬉しそうな顔をする。
可愛いやつめとトモナリも自然と笑顔になる。
それに格上との激しい戦いで能力値も上がった。
なかなか上げるのが難しい器用さが三つも上がったのはかなり嬉しいことである。
「……なんか、先輩怒ってます?」
最初から最後までフウカは無表情だった。
感情の読めない人であると思っていたのだけど今のフウカはなんとなくムッとしているような雰囲気がある。
「手を抜いた?」
「えっ?」
「テルの時より動き悪い」
フウカがムッとしているのはトモナリの動きがテルと戦っている時よりも悪かったように感じたからであった。
女だから手を抜いてわざとやられたのかと怒っているのである。
「勘弁してくださいよ」
「なにが?」
「俺のレベルは7ですよ?」
ゴブリンキングと戦う前はレベル5であったけれどゴブリンキングとの戦いで二つもレベルが上がった。
それでもまだ一桁レベルなのである。
「先輩レベル幾つですか?」
「……44」
「先輩と戦う前にも二回全力で戦ってるんですよ? 先輩に対して全力でしたけど万全じゃありませんから」
レイジとの戦いはともかくとしてテルとの戦いは全力だった。
イケメンに一発決めてやろうと思ったのだけど結局負けてしまったしかなり力を使った。
フウカとの戦いも全力であったけれど、フウカに出した全力は本来の本気の7割から8割ほどまで出なかった。
疲れていたので仕方ない。
わざと手を抜いたのではなく消耗している中での全力だったのだ。
「む……」
それもそうかとフウカも気まずそうな顔をする。
レベル7の一年生が課外活動部としてレベルを上げてきた三年を相手に善戦した。
そりゃ力も使い果たすというものである。
「…………ごめん」
「いいですよ。今度全力でやりましょう」
「ん、約束」
少しだけフウカが微笑む。
分かりにくいだけで意外と感情豊かな人なのかもしれないとトモナリは思った。
「流石にヤナギには敵わないか。では次は誰がやる?」
マサヨシはミズキたち一年に目を向けた。
一人三人ずつ相手にするのでトモナリの番は終わりである。
「次は私がやります!」
トモナリの戦いを見てもめげることはなくやる気を燃やしているミズキが手を上げた。
「よろしい。では誰が相手してくれるかな?」
こうしてトモナリ以外の新入部員も先輩たちと手合わせした。
振り返ってみるとトモナリがレイジに勝った一勝だけであとはみんな先輩たちに敵うはずもなくやられてしまった。
フウカはトモナリ以外の子とは戦うことなく壁際でジッとしていた。
「一人一回は出たな。これで自己紹介も兼ねた手合わせを終わりとしよう。細かな話は休みながら聞くといい」
レストルームという最初に入ってきたホテルの部屋のようなところに戻る。
一年生たちはぐったりとソファーに座って二年生たちが冷蔵庫から冷たい飲み物を出してくれた。
「これでレベルを上げることの重要性ということが分かっただろう」
単にスキルだけでなくレベルによる力の差というのは大きい。
口で言われても分かりにくいけれどここまでレベルを上げてきた先輩方と戦うことでレベルによる力の差を身をもって思い知ることとなった。
「課外活動部では遠征を行なって他のギルドと協力してゲート攻略を行いレベルを上げていく。細かなスケジュールはゲートの発生状況による。急な連絡があるかもしれないからそこは気をつけておいてくれ」
他にも注意事項や遠征以外でも活動していたり、こうした部室も自由に使っていいことなどがマサヨシから説明された。
「課外活動でいい動きができていると判断すれば魔道具や霊薬を与えることもある。励んで参加してほしい」
レベルを上げるだけではない。
能力値を上げるための霊薬なんかももらえる可能性がある。
なかなか大変そうだけど課外活動部にその価値はある。
トモナリは膝の上でジュースを飲んでいるヒカリを撫でながら静かにやる気を燃やしていたのであった。
「話はこんなところだ。ここにある飲み物やお菓子は好きに食べてくれて構わない。他にも何か欲しいものがあったら遠慮なく言ってくれ」
課外活動部の説明が終わった。
「それでは解散とする」
「学長、少し時間いいですか?」
一年生たちがようやく終わったとホッとする中でトモナリは説明が終わってすぐにマサヨシに話しかけた。
「時間ならある。なんだ?」
「ちょっとご内密に」
「……分かった」
トモナリはニヤッと笑う。
レストルームの隣には会議室も完備されている。
長机と椅子があり、モニターやホワイトボードがあったりとゲート攻略に向かう前の説明などで使われている。
トモナリとマサヨシは向かい合って座り、マサヨシの隣には秘書であるミクもいた。
ヒカリも自由にしていいと言われたのでお菓子を持ってきていてトモナリの隣の席で食べている。
「それで話とはなんだ?」
マサヨシは正直トモナリが何を話すのか期待していた。
レイジ、テル、フウカとの戦いを見てトモナリがゴブリンキングとの戦いで生き残ったのは偶然ではなかったのだと確信した。
以前からトモナリがトレーニングをしていることも知っていたし、最近他の生徒を連れてトレーニングを教えていることも知っている。
職業は希少でステータスも高い。
特殊なスキルを持っていてヒカリというドラゴンのパートナーまでいる。
期待するなという方がおかしいぐらいである。
「二つ……いや、三つお願いがありまして」
「たくさんあるな」
「遠慮せずに言えというので」
こうしてお願いをしに来るところもマサヨシとしては好感が持てるところだった。
生徒の願いは出来るだけ叶えてやろうと思うが実際にマサヨシを利用してやろうなんて人は少ない。
ただ強くなるためには豪胆さも必要になる。
マサヨシですら利用して強くなろうとしている姿勢はとても素晴らしいと感じているのだ。
「一つ目は課外活動部にもう一人誘いたくて」
「誰を誘いたい?」
「三鷹裕斗という生徒を」
「三鷹裕斗……」
「こちらです」
マサヨシの隣に座るミクがタブレットを操作してユウトの情報を引き出してマサヨシに渡す。
ヒーラーとしての能力だけじゃなく秘書としてもとても優秀だ。
「同じ特進クラスの子か。入学テストの成績は普通……職業は戦士だがステータスが良くスキルも良いものだったから特進クラス入り。アイゼンと同じ班だな」
最初のゲートで振り分けられた班は余程のことがない限りそのまま同じ班で行動することになっていた。
時にシャッフルされることもあるけれど8班は8班のままになる。
「どうしてこの子を?」
「本当はそんなつもりなかったんですけど課外活動部に来たメンバーを見てあいつも入れたいなと」
「というと?」
「俺を含め、清水瑞姫、工藤サーシャ、黒崎皇は同じ班のメンバーです。あいつに才能があるかは分かりませんが同じ班で一人だけ違いが出るとやりにくくなります。まあ、俺は少なくともユウトに努力する才能はあると思っています」
この同じ班であるということがユウトを誘おうと思った最大の理由であった。
ユウト以外の8班のメンバーがたまたま集まってしまった。
同じ活動をする上でレベルや能力に差が出てきてしまうのは仕方ない。
けれど課外活動部として活動していくとユウト一人と周りの差が大きくなってしまう。
ユウトが将来どうなるのかのデータはトモナリの中にない。
職業も一般的な戦士であるし強くなりきれない可能性だってある。
けれどもユウトは意外と努力をしている。
トレーニングにも真面目に取り組んでいるし、トモナリと戦う時は本気で挑んでくる。
強くなるかは知らないが弱いままで終わるとも思えない。
連携を深めるという意味でもユウトが課外活動部にいてくれるとありがたい。
「いいだろう。君がそういうのなら三鷹裕斗君を課外活動部に誘ってみよう」
「ありがとうございます」
「それでお願いはあと二つかな?」
「特進クラスに上げてほしい人がいます」
「特進クラスに?」
少し意外なお願いだったとマサヨシは驚いた。
特進クラスの中で課外活動部に誰かを誘いたいというのは理解できる話だ。
同じクラスの生徒であるので見込みがある人を引き抜くのもあり得る。
ユウトを誘いたい理由も納得できるものだった。
ただ一般クラスの子を特進クラスに上げたいというのはなかなか意外な話である。
課外活動部は部活で特進クラスはクラスである。
誘うことの性質も違う。
さらにはトモナリは普段はトレーニングに勤しんでいて部活にも入っていない。
一般クラスの子とはあまり交流がないはずだった。
どこで知り合ってどうして特進クラスに推薦するのか気になった。
「補充、考えていますよね?」
「それはそうだな」
ゴブリンキングとゴブリンクイーンの発生によりトモナリたちはピンチに陥った。
しかし直接ゴブリンキングと対峙しなかった生徒でもゲートにおける突発的な出来事に恐怖を感じてしまった子がいた。
覚醒者を止めるまでいかないけれど活動することに自信がなくなってしまったということで特進クラスから二人ほど一般クラスへの編入を希望している生徒がいたのだ。
戦うことを強制はできない。
そのために特進クラスを辞めたいというのならアカデミーもそれを受け入れるつもりであった。
ただ特進クラスに空きがあるのももったいないので目ぼしい生徒に特進クラスに編入しないかと声をかけるつもりであった。
実は4班の子の一人がやっぱり怖いということで特進クラスを辞めることをトモナリに相談していた。
これから先の時代、覚醒者としての力があると有利ではあるが無理はいけないと思うので副担任のイリヤマに相談してみるといいと答えていた。
だから一人はいなくなることを知っていたのだ。
また新しく生徒を入れることを知っているのはイリヤマに減った分どうするのかを聞いたからだった。
「南真琴という生徒なんですけど」
「南真琴さんですね」
ミクはマサヨシからタブレットを受け取って今度はマコトの情報を表示する。
「南真琴……入学テストの成績は優秀だがモンスターを攻撃する時にためらいの時間があった。ただ能力や職業的には特進クラスでもおかしくはないな」
モンスターを攻撃するのに多少時間があったので特進クラス入りは見送られたけれど忍者という珍しい職業と素早さが高いステータス、それに加えてインザシャドウというのもかなり良いスキルである。
若干気弱そうな性格をしていたけれどモンスターとの戦いはやれば慣れてくるし、未来の暗王候補ならばモンスターや人と戦えなかったということはないだろう。
「……声をかけてみよう。本人次第だがやる気があるなら特進クラスに入ってもいいだろう」
なかなか面白い能力の生徒を見つけたものだとマサヨシは思った。
「ありがとうございます」
「この子も君のトレーニング仲間に入れるつもりかな?」
「そのつもりです」
「もしついてこられそうなら課外活動部に誘うことも考えよう」
ミクとしては流石にトモナリを中心に考えすぎではないかと感じているが、それだけマサヨシが期待をかけるだけの能力が現段階ではあるとも思う。
ただ最終的な強さは今後得られるスキルにもよるのであまり期待しすぎても危うさがあるのだ。
「最後のはちょっとしたお願いで、用意して欲しいものがあるんです」
「俺に用意できるものならなんでも用意しよう」
「魔力抑制装置が欲しいんです」
「魔力抑制装置だと? 犯罪者を拘束しておく、あの?」
「そうです」
魔力抑制装置とは体内にある魔力を強制的に使えなくしてしまう装置のことで犯罪を犯した覚醒者に着けて拘束する目的で作られた。
魔力は体を強化する以外にも魔法やスキルの発動にも使われる。
純粋な能力値が高いと厄介ではあるけれど魔力による強化やスキルが使えなければ大きく弱体化することができるのだ。
犯罪者の拘束に使われるものが欲しいという理由が分からなくてマサヨシは眉間にシワを寄せた。
誰か拘束したい人でもいるのかと考えている。
「魔力抑制装置と言ってもそのまんま欲しいわけじゃなくて……」
トモナリは自分の考えを説明した。
魔力抑制装置でもこういうものが欲しいと説明するとマサヨシはすぐに理由を察したようだった。
険しかった表情に驚きが広がり、トモナリの面白そうな考えに目が輝きだす。
ミクもトモナリの考えには驚かざるを得なかった。
「これは面白い考えだ……もしかしたら覚醒者のトレーニングに革新が起こるかもしれない。すぐにとはいかないかもしれないが考えてみよう」
よしっ! とトモナリは思った。
「あー、あと」
「まだ何かあるのか?」
チラリとヒカリを見たトモナリはあることを思い出した。
「以前ゲートに挑む時にヒカリ用のヘルムありましたよね?」
「ああ、俺が作らせた」
「あれ、ここにも置いてくれませんか?」
戦いの時にヒカリは頭を叩かれて撃ち落とされていた。
ミクが治してくれたので大事に至らなかったけれどやはり頭を守る防具ぐらいはあった方がいい。
「ふふ、ヒカリ君思いだな。ここにも一つ置いて、持って行けるように君の部屋にも届けさせよう」
「あれかっこいいから好きだ」
「褒めていただき感謝する」
結局色々とお願いしたけれどマサヨシはしっかりとどれも受け止めてくれた。
「それと聞きたいことが一つあるんですけど……」