「だったらどうかしましたか?」
「可愛い後輩の実力を確かめてやろうと思ってな」
やっぱり因縁だった。
「嫌ですよ。なんでそんなこと……」
「逃げんのか?」
「あっ?」
実力を確かめるというが要するにトモナリと戦おうというのだ。
だが戦うなんて面倒なことしたくないは普通に断ろうとしたのだけど、ヤマザトはトモナリを見下すような目をして安い挑発を口にした。
「才能があると言われながら戦うことから逃げる臆病者だとはな」
本当に安い挑発。
別に才能があるなんて自分発信で言い出したものでもなく、ヤマザトと戦うことも義理もなければ義務もない。
勝手に実力を見てやると言い出して断ると臆病者とはひどい話だ。
「……いいですよ」
「おっ……」
「ただし条件があります」
戦いたいというのなら受けてやってもいい。
けれど無理矢理な勝負に臆病者扱いまでされてはトモナリの方もただでは気が済まない。
「なんだ?」
「俺にはこんな勝負引き受ける義理はありません」
「ま、まあそうかもな……」
「俺が勝ったらなんでも言うこと聞いてもらいます」
以前ミズキが戦えと言った時に出した条件をここでも出してみる。
トモナリの記憶に拳王の存在はないけれど王職は正当に育っていけば強くなる可能性が高い。
将来的にどんなことが起こるか分からない。
使えるカードは多ければ多い方がいい。
「ふん、それぐらい構わない」
負けるはずない。
そう思っているタケルはトモナリの条件を快諾した。
「それじゃあ場所を移動するぞ」
トレーニングルームはトレーニングルームであり戦う場所ではない。
けれどトレーニングルームの隣にはリングが置いてあるバトルトレーニングルームがある。
「これをつけろ」
タケルはグローブとヘッドギアをトモナリに投げ渡す。
流石に素手で戦いは危険なのでやらない。
「一ラウンド三分で三ラウンドで構わないか?」
「はい、大丈夫です」
「やったれトモナリ!」
ブカブカのヘッドギアを被ったヒカリはコーナーからトモナリのことを応援する。
「大丈夫か?」
「ああ、あんなやつに負けはしないさ」
「危なくなったら僕も入るからな」
「いや危なくなったらじゃなく……」
トモナリは笑ってヒカリに顔を寄せる。
「頼んだぞ」
「ヌフフ……任せとけ!」
トモナリがグローブをはめた手でヒカリの頭をポンポンと撫でてやる。
「それじゃあ始めるぞ!」
タケルがスマホのタイマーをセットして手合わせが始まった。
正直言ってタケルはかなり卑怯だとトモナリは思う。
なぜなら戦うことには同意したもののこうした形式であることは一つも話し合っていないからだ。
リングでグローブとヘッドギアを渡されると戦い方は自然と殴り合いになる。
タケルの職業は拳王である。
当然殴り合いの戦いというのはタケルが有利な戦いとなる。
対してトモナリが習ってきたのは剣術である。
トモナリがどんな戦いを得意とするのか聞くこともなくグローブを渡してタケルの戦いを強要した。
安い挑発をしてきたので考えの浅いやつかと思ったら意外と強かなことをしてくるものである。
「はっ!」
まずは一発と拳を突き出した。
「おらっ!」
タケルもパンチを繰り出し、トモナリとタケルの拳がぶつかり合う。
「くぅっ!」
「トモナリ!」
押し負けたのはトモナリだった。
拳が弾き返され大きく体が押し戻された。
タケルの方が力の能力値が高いと今の一撃でトモナリは察した。
タケルは腕をたたんでガードを上げ、リズムを刻むようにステップを踏みながらトモナリに近づいてきた。
こいつ素人じゃないとトモナリは顔をしかめた。
ボクシングか何かを習っている動きをしている。
「やるな!」
素早くコンパクトに突き出される拳をトモナリはかわしていく。
どうやら素早さの能力値はトモナリの方がわずかに高そうである。
「これならどうかな!」
タケルがトモナリの懐に飛び込んできた。
繰り出されるボディブローをかわしきれなくてガードする。
重たくてガードを突き抜ける衝撃がお腹に届いてくる。
あまり攻撃を受けていると不利になる。
さらには狭いリングの上というのも体勢を立て直しにくい要因である。
反撃を、とトモナリも動き出す。
「うっ……」
タケルの右ストレートを受け流すように防御しながら蹴りを繰り出した。
蹴りは脇腹にクリーンヒットしてタケルは顔を歪める。
「卑怯だと言わないよな? この戦いはボクシングの試合じゃないんだ」
全部が全部タケルに付き合ってやる必要はない。
拳王であるしボクシングを主軸に戦っているタケルは拳中心の攻撃しかしてこない。
けれどトモナリまでタケルに合わせて拳だけで戦う必要はないのだ。
戦いではなんでも使う。
蹴りも当然トモナリが使うべき攻撃手段の一つとなるのだ。
「ぐっ!」
前に出てこようとするタケルの足に蹴りを入れる。
タケルの方が力は強いけれどトモナリの力も弱いわけではない。
まともにローキックを食らうと足に強い衝撃があってタケルの前進が止まる。
今度はトモナリの方がタケルの懐に飛び込む。
パンチよりも近い距離でトモナリが繰り出した攻撃は肘だった。
体ごと回して脇腹を狙った肘をタケルは腕で防御したけれど硬い肘の攻撃は腕にずきりとした痛みを残す。
肘の攻撃を嫌がったタケルが距離を取ると今度は射程の長い蹴りが飛んでくる。
しかもボクシング主軸のタケルが防御しにくい足へのキックをトモナリは主に使っていてタケルは非常に戦いにくそうにしていた。
「それに……俺は一人じゃない!」
「ほれ来たー!」
「なっ!」
トモナリがタケルと距離を詰めるのと同時にヒカリが飛び込んできでタケルの頭にしがみついた。
「ガブッ」
「いってぇー!?」
そしてガブリと頭に噛みついた。
「俺とヒカリは一体だからな」
噛みつかれた痛みで完全に油断したタケルのアゴにトモナリのパンチが炸裂した。
タケルの視界がクワンと歪んで足に力が入らなくなった。
手をつくこともできずにタケルがリングのど真ん中に倒れ、ヒカリはトモナリの頭に着地した。
同時にタケルがセットしていたタイマーが鳴った。
長いような攻防だったけれどまだ一ラウンド目、たった三分の出来事である。
「どうしますか?」
試合なら審判がいてカウントでも取るのだろうけれど今は観客もいない。
試合のカウントだとしてもタケルが立ち上がるのには間に合っていないけれど一応聞いてみる。
「ひ、卑怯だぞ……」
「何がですか?」
「そ、それがいきなり飛び込んでくるなんて聞いてない」
タケルはロープを掴んで立ち上がる。
「なんで卑怯なんですか?」
「なんだと?」
「俺のこと知ってるならこいつが俺のパートナーだってことも知っていますよね? こいつは俺と一体です。こいつの攻撃は俺の攻撃でもあるんです」
「しかし……」
「そもそも先輩はこの戦いになんのルールもつけませんでしたね。俺はそのことを卑怯だと非難はしません。だから俺も好きに戦わせてもらいました」
“一人じゃない”
この言葉をトリガーとしてヒカリも戦いに加わるようにトモナリは指示を出していた。
何のルールもつけなかったのはタケルが自分が優位な戦いをしていることを悟らせないようにするためだった。
それをトモナリは逆手に取った。
肘も蹴りも使うし、ヒカリも戦いに加えた。
見事ヒカリにしてやられたタケルはアゴに一発くらって倒れたのだ。
体力の能力値が高いのか全力で殴ったのに気絶しなかったのは流石だと思う。
「けれど……」
「タケル!」
「げっ……お嬢……」
「あんたの負けだよ」
二人と一匹だけの戦いで見ている人なんていない。
途中まではそうだったのだがある時から女の子が戦いを見ていることにトモナリは気づいていた。
腰まであるさらりとした長髪の女の子はトモナリよりも年上に見える。
冷たいような印象を与える切長の目はタケルに向けられていて、タケルは小さくなるようにうなだれている。
戦いのとは違う冷や汗をかいていて、トモナリよりも身長が高いはずなのに今はとても小さく見える。
お嬢というからには二人は知り合いなのだろうと思う。
「何を勝手なことしてるんだい?」
リングに上がってきた女の子はタケルに詰め寄る。
「それは……その……」
「私が興味持ったって話したからかい?」
「えと……それは……」
「ハキハキ言いな!」
「お嬢が……興味持ったって言ったから……試してやろうと」
トモナリには偉そうな態度だったタケルが借りてきた猫のよう。
「はっ! 誰がそんなこと頼んだ? また勝手なことして」
「いでででで!」
女の子はタケルの鼻を摘んでグリッとねじる。
「くぅー……」
「悪かったね。私は梟楓(フクロウカエデ)っていうんだ」
「梟……オウルグループの?」
「あら、知ってくれてるんだね」
世の中には覚醒者の集まりであるギルドというものが存在している。
その形態も様々である。
必要な時に集まるだけだったり一つのグループや事務所のように機能している集団だったり会社ぐらいまでしっかりしているところもある。
オウルグループは大規模な覚醒者ギルドであるのだけど同時に企業としても活動しているのだ。
オウルグループという名前も創業者一族の苗字がフクロウであるところから来ている。
比較的有名な覚醒者ギルド企業なので知っている人も多い。
アカデミーにその一族がいるなんて思いもしなかったのでトモナリも驚いた。
「どうやらこいつが暴走してあんたに突っかかってしまったようだ。私の責任もある。許してほしい」
「お、お嬢!?」
「悪いと思うならあんたも頭下げな!」
カエデはトモナリに深々と頭を下げた。
タケルはカエデに怒られて慌ててカエデと同じく頭を下げる。
「いやまあいいんですけどなんで梟さんが頭を下げることに?」
「……私があんたの噂を聞いてスカウトしたいって漏らしたんだ。それをこいつは聞いていて……試しに行ったんだろう」
「な、なるほど……」
オウルグループのご令嬢であるカエデがスカウトしたいということはオウルグループにスカウトするということになる。
タケルはトモナリがオウルグループ、あるいはカエデにふさわしい人なのかと試してやろうと勝負を申し出たのだ。
「だから私のせいだ。本来こんな勝手な勝負認められるものじゃない。罰するというなら私を……」
「そんな、俺が勝手にやったことです! お嬢は何も悪くありません! 罰を受けるなら俺に!」
カエデとタケルの関係性は知らないけれどただの友達ではなさそうだ。
責任を互いに引き受け合う二人の圧力にヒカリはこっそりと逃げ出してしまっている。
「分かりました」
このままでは永遠に話が終わらない。
トモナリは責任を引き受け合う二人のことを止める。
「そんなに言うならフクロウさんにも責任を取ってもらいましょう」
「そんな!」
「なんだ? 何をすればいい? 先生に言ってもいいし……」
「いえいえ、そんなことしませんよ」
先生にチクるなんてつまらないことするつもりはない。
せっかくならカードをもう一枚ぐらい手に入れおいてもいいんじゃないかと思った。
「俺はヤマザトさんと賭けをしてました」
「賭け?」
「俺が勝ったらなんでも言うことを聞いてくれるということを条件に戦ったんです」
「そんなことを……」
タケルはカエデに睨まれてまた小さくなる。
「もちろん勝ったのでヤマザトさんには一度お願いを聞いてもらいますけど……フクロウさんも一度俺のお願い聞いてくれますか?」
「なんだ、そんなことか?」
「いやいや、お嬢!」
「お前にこの会話に混ざる権利はない!」
「ですがオウルグループの令嬢がなんでも言うこと聞くなんてそんな……」
「私は自分の言葉に責任を持つ。こんなことになってしまったのは私の言葉が原因なのだから私もそれを罰として甘んじて受け入れる」
見た目にはちょっとヤンキーっぽい人なのかなって思ったけど思いの外義理堅い。
「ただ体を差し出せとか言うのなら殺す」
「……そんなことしませんよ」
「ならいい」
「じゃあヤマザトさん一回、フクロウさん一回言うことを聞いてくれるってことでいいですね?」
「ああ、それでいい」
「……必要になったらなんでも言え」
タケルは渋々といった感じがあってまたカエデに睨まれていた。
「それじゃあ失礼しますね、先輩方。ヒカリ、おいで」
「ほいほい〜」
飛んだことに巻き込まれたけれど代わりに良いものを得られたとトモナリはヒカリを抱えて上機嫌でその場を後にした。
「……よかったんですか?」
「お前のせいだろう」
「うっ……ですが」
「ふっ、いいのさあれで」
なんでもなど制限のない約束を取り付けることはただの一般人であるタケルと立場のあるカエデでは違ってくる。
拒否することもできただろう。
しかしカエデはトモナリの要求を受け入れた。
「お前に勝つほどのやつなんだろ? ならお近づきになっておいて損はない」
まだ入学して日が浅い。
ということは覚醒者としてのレベルも高くないはずである。
それなのに希少職業でボクシングまでやっているタケルを倒してしまった。
スカウトしたいと言った時にはただの噂話を聞いた程度なので半ば冗談であった。
しかし今は違う。
二年のタケルはレベルが13もある。
本来ならばトモナリのレベルでは勝てない相手のはずだったのだ。
とんでもない力を持っている。
これから成長していけばどこまで強くなるか分からない。
是非ともスカウトしたい相手であるとカエデは思った。
ただ今の段階では第一印象が良くない。
タケルが変に暴走してしまったのでトモナリに悪い印象を抱かれていてもおかしくない。
ひとつだけなんでもお願いを聞く。
この条件が重たいか、軽いかはまだ分からないけれどトモナリという才能にいい印象を与えて近づくことができるのならこれぐらいやるべきだとカエデは判断したのだ。
「もうすでにギルドは有望な奴がいないか目を光らせてる。うちが一歩早く愛染に近づけるなら軽いもんさ」
「そこまで期待しているんですか?」
「あいつがどうなるかはまだ分からない。けれど大物になる気配はしているね」
「……そうですか」
「それよりも勝手な真似して……」
「うっ……すいませんでした」
「まあいい。今回はアイゼンと関係が持てたから良しとするよ」
怒られなくてよかったとホッとタケルは胸を撫で下ろす。
「それにしても」
「なんですか?」
「あの……ヒカリっての可愛いよな」
「あー、そうですか」
カエデは少し耳を赤くしている。
クールめな見た目には反してカエデは可愛いものが好きである。
一方でタケルは噛みつかれた記憶も新しく少し苦い顔をしていた。
「どうやらお菓子あげると少しだけ触らせてくれるらしいですよ」
「なに? そうなのか? ……今度から持って歩くか」
お嬢の方が可愛いですよ。
そんなセリフを言ったら殺されるだろうなと思いながらタケルは目を細めていた。
座学で知識を得つつ体育や武術の授業で体を動かし、アカデミーが捕まえてきたモンスターを安全に倒してモンスターに慣れつつレベルを少し上げた。
クラスの多くの生徒がレベル5になったのでそろそろ実戦で戦うことになった。
実戦というとゲートでモンスターと戦うことになるのだけどそこらへんにゲートがあるわけじゃない。
アカデミーも授業があるのでそうそう遠征もしていられない。
ただ今回はたまたまアカデミーからそう遠くない距離にちょうどいい難易度のゲートが出現した。
アカデミーがゲートの攻略権を買い上げて一年の特進クラスの生徒たちが経験を積みながら攻略することになった。
「き、緊張するね……」
行きのバスの中は比較的軽い雰囲気でみんな遠足に行くみたいにワイワイとしていた。
けれどゲートが近づくにつれてバスの中にもほんのりと緊張感が漂ってきていた。
通路を挟んでトモナリの隣に座るミズキも流石に緊張している様子だった。
「おぉ〜速いぞぉ」
対してミズキとは逆、トモナリの隣に座っているヒカリは窓の外を見ながらブンブンと尻尾を振っている。
バスの速さで流れていく景色が面白いらしい。
ヒカリの座席の足元には小さめのリュックが置いてある。
ヒカリでも背負えるぐらいのものでヒカリ用にトモナリがあげたものだった。
そのリュックは今お菓子でパンパンになっている。
ヒカリが持ってきたものもあるのだけどお菓子の多くはみんなからヒカリに献上されたものだった。
今や撫でなくともヒカリにお菓子をあげるのがみんなの中での普通となっている。
喜んで食べてくれているだけでもほんわかするらしい。
「そろそろ到着するぞ!」
バスでアカデミーから走ることおよそ2時間、森の中でバスが止まった。
ただここはまだゲートではない。
ここから先はバスで入っていけないのでゲートまで歩くことになっている。
「事前申請していた武器を配布する。本物の武器だから扱いには気をつけるように」
生徒たちの多くはまだ覚醒者として活躍するかも分からないので自分の武器など持っていない。
拳王のタケルならともかく多くの人にとって武器無くしてモンスターと戦うことなどできない。
そのためにアカデミーから武器や防具などの装備が貸し出されることになっていた。
剣、槍などを始めとして魔法使いの子たちには杖や魔力のコントロールを補助してくれるアクセサリーなども貸し出されている。
トモナリが選んだ武器は剣だった。
刀とちょっと迷ったのだけど剣の方が汎用性が高く今後も基本的には剣を使うだろうことを考えた時に剣を選ぶことになったのである。
「トモナリ、悪い、後ろ締めてくれないか? 少し緩くて」
「ああ、いいぞ」
配られた防具はやや簡易的なもので、防刃性の高い布で作られたチョッキのようなものを始めとして手甲や肘当てなどがある。
防御力としては金属製のものに劣るけれど軽くて動きの邪魔になりにくい。
普通の装備よりも生産がしやすくて値段も安価である。
トモナリに声をかけてきたのは同じ特進クラスの三鷹裕斗(ミタカユウト)という青年で、男の中でも一番早くトモナリに声をかけてきた相手だった。
以来よく話すので普通に友人となっている。
「これでどうだ?」
「いい感じ。あんがと」
防具が緩いと外れたり隙間から攻撃が差し込まれたりする。
しっかりと体に合わせて装着する必要がある。
トモナリがユウトの防具をキツめに締めてやるとユウトは体を軽く動かして具合を確かめて親指を立ててニカっと笑った。
「……クドウ、それじゃダメだ」
「そう?」
「締めてやるからこっちこい」
トモナリがふと見たサーシャは装備がぶかぶかとしていた。
体格が小さいサーシャはそのまま身につけても装備の余裕が大きくなってしまう。
ただ外して調整してまた着けてというのも面倒な作業になる。
着けたままで調整するのは意外と難しいので誰かにやってもらうのが一番。
しかしサーシャはあまり友達も少なくみんな声をかけていいのかためらっていた。
「ほら」
トモナリがサーシャの装備を締めてやる。
クラスの中でも強いのがサーシャなのだけど体つきは思っていたよりも細い。
こんな体で聖騎士としてみんなを守っていたのかと感心してしまう。
「まだ?」
「あ、ああ、どうだ?」
「……ちょっとキツイかな?」
「少しキツイぐらいがいいんだ」
身を守るものなので体にピッタリと密着している必要がある。
「トモナリ君が言うなら」
もう少し緩い方がサーシャの好みであるけれど覚醒者としての感覚はトモナリの方が優れていそうなことは認めていた。
多少キツイ方がいいと言うのならそうなのだろうと素直に受け入れた。
「見て見てトモナリ!」
「似合ってるじゃないか」
「えへへぇ〜」
ヒカリには基本的に装備は必要ないのだけどなぜか特別にヘルムが用意されていた。
割とかっこいい感じのデザインのものでヒカリも嬉しそうに装備している。
どうやらマサヨシが用意したものらしい。
「それではゲートに向かうぞ」
装備を身につけ、武器と荷物を持ってゲートに向かって歩き出す。
「先生!」
「なんだ?」
「ブレイクモンスターはいないんですか?」
「いい質問だな」
ブレイクモンスターとはゲートから外に出てきたモンスターのことを言う。
ゲートは人類がクリアすべき99個の試練ゲートとクリアしても99個には含まれない通常のゲートがある。
ゲートの中には異世界が広がっていてモンスターと呼ばれる異形の化け物がいるのだが、これが外に出てくることもある。
ゲートがクリアされないままに放置されるとゲートはブレイクという現象を起こして、中にいたモンスターが外でも暴れ出す。
このことから出てきたモンスターのことをブレイクモンスターと呼ぶ。
ただ最初からモンスターが飛び出してくるものやゲートが現れてから一定期間の間モンスターが出てくることがあるものなどゲートも様々なのだ。
ゲートを見つけても不用意に近づかない。
そう覚醒者は教育を受けるのだがそれはブレイクモンスターが周りにいる可能性があるからである。
「今回のゲートでブレイクモンスターの存在は確認していない。周辺の安全も確認済みだから安心しろ」
そのためにゲートが出現するとブレイクモンスターの存在を警戒して周辺を大きく封鎖しなければならない。
今回は山の中なので迷惑をこうむる人は確認しなきゃならない覚醒者ぐらいだ。
「トモナリ、キノコあるぞ!」
「なんのキノコか分からないからやめとけ」
刃のついた武器を渡されて生徒たちの顔も緊張で引き締まっているけれど、トモナリとヒカリはいつも通りである。
みんなにとっては初めてのことかもしれないけれど、トモナリからしてみればゲートの攻略など何回やったか覚えていないぐらいのもの。
初心者学生が挑むような難易度なら特別緊張することもないのだ。
バスから20分ほど歩いたところにゲートがあった。
「これがゲート……」
教科書で写真を見たりテレビで中継を見たことがあっても生でゲートを見たことがあるという生徒は少ない。
渦巻く青白い魔力の塊であるゲートはどこから見ても同じように見える。
魔力を感じるせいなのか妙な圧力のようなものを感じるゲートをみんな呆けたように見ていた。
「みんなステータスを開いてみろ」
イリヤマに言われてみんなステータスを表示させる。
ステータスは開示しない限りは人に見えないのでみんながちょっとうつむいて虚空を見つめる不思議な状況になる。
「なんだか新しい表示が……」
『ダンジョン階数:一階
ダンジョン難易度:F+クラス
最大入場数:50人
入場条件:レベル20以下
攻略条件:全てのゴブリンを倒せ』
職業や能力値が表示されているいつものステータス画面とは別にもう一つ表示されているものがあった。
「ゲートに近づいてステータスを確認するとゲートの情報が確認できる。基本的にはこうした情報を元にして覚醒者は攻略の準備を進めていく」
ダンジョンに近い状態でステータス画面を開くと同時にゲートの情報も見ることができる。
ざっくりとした情報で入れる人数やゲートを閉じるための攻略条件を見ることができるのだ。
「ただしゲート情報も信頼しすぎてはいけない。攻略条件に出ているモンスターが見えるか? 今回はゴブリンとなっている。攻略条件をみればゴブリンを倒すことは予想できるがゲートの中にゴブリンだけがいるとは限らない」
ゲート情報はあくまでも簡易的なものである。
攻略条件の多くは何かを倒せ、消せなどとなっているのだがゲート情報で書かれているものだけがゲートの中にいるのではない。
他のモンスターが出たり表示モンスターの上位互換のモンスターが出ることもある。
そのために書かれている難易度も正面から受け取ってはいけない。
中に出てくるモンスターを全て相手にした時の難易度ではなく、攻略条件のモンスターを相手にした時のみの攻略難易度だったりもするからだ。
それでも情報は情報なので覚醒者は与えられるゲート情報を元にして攻略の準備を進める。
「今回は事前に調査してゴブリン以外のモンスターがいないことを確認済みだ。安心しても大丈夫だ」
もちろん生徒たちに危険な目には遭わせられないので教員たちが事前にゲートに入って調査を行なっている。
中にはゴブリンしかいないので他のモンスターに襲われる突発的な事故は起きにくい。
「改めて確認しておく。今回出てくるモンスターはゴブリンだ。最初に一体誰かに倒してもらったらそこから5人1組で行動してもらう。最低でも1人1体ゴブリンを倒すように」
他にも3体以上の群れとは戦わない、怪我人が出たらすぐに逃げて発煙筒で連絡するなど細かな事項が伝えられた。
「先生はゲートの中に入るんですか?」
「もちろんだ」
「ですが入場制限レベル20以下ですよね?」
ゲートの情報では入るためにはレベル20以下でなければならない。
アカデミーの教師たちがレベル20以下であるとはとても思えない。
「いい着眼点だ。我々教師陣はこうしたものをつけて中に入る」
イリヤマが自分の手首を見せた。
イリヤマの手首にはバングルがつけてあった。
「これは呪いの魔道具だ」
「の、呪い!?」
生徒たちがざわつく。
「そう危険なものではない。魔道具はプラスの効果をもたらしてくれるが中にはマイナスの効果を持つものもある。能力の低下やスキルの封印、あるいはレベルの制限なんかをもたらすものもある」
魔道具は魔力が込められた道具でアーティファクトとも呼ばれる。
有益な効果をものが多く、能力値を補助してくれたり魔力を込めればスキルのような効果を発動するものもある。
ただ一方で呪いの魔道具と呼ばれるマイナスの効果を持つものもある。
能力値が下がったり状態異常に苦しんだりといった効果を持っているのだ。
完全にマイナスな効果だけを持つ魔道具もあるがマイナスもあるけれど大きなプラスの効果を持つ魔道具も存在している。
マイナスの効果にはレベルを制限してしまうという特殊な効果を持っているものもあった。
レベルが制限されるとその分能力値は下がるしレベルによって解放されたスキルはそのレベルを下回ると使えなくなってしまう。
基本的にこうしたマイナスの効果は発動させる必要がない。
けれども教師たちはそうしたマイナスの効果を逆手に立った。
レベルを制限したら装備しているとレベルが下がってしまう魔道具を利用して生徒たちとレベル制限のあるゲートに入るのだ。
「私の場合はこれ以外にももう一つ呪いの魔道具をつけている。制限はキツく、スキルは全て使えないが能力値は君たちよりも上だ」
イリヤマも呪いの魔道具でレベルを下げていた。
その代わりファーストスキルも含めスキルが全て使えない状態ではあるもののレベルは20相当なので生徒たちも普通に強いのである。
「他に質問がないならバスの中で引いたくじの通りの班に分かれるように」
行きのバスの中ですでに班を決めるためのくじは引いてあった。
「トモナリ君と一緒だもんね」
隣に座っていたミズキとはもう同じ班であることは確認してあった。
他の人は誰だろうと周りを見回す。
「アイゼン君、何番?」
「8番だ」
「じゃあ一緒」
「おっ、サーシャちゃん一緒なんだ!」
手に班の番号が書かれた小さい紙を持ったサーシャがトモナリに話しかけてきた。
トモナリの班の番号は8番で、サーシャの手に持った紙に書かれている番号も8であった。
「おっ、トモナリと一緒か。それなら安心だな」
実はユウトも8番で同じ班だった。
戦士が職業のユウトはベーシックなロングソードを腰に差している。
ユウトはトモナリにとって他の人よりも仲が良いので一緒の班であるとありがたい。
人懐こい性格をしていて嫌なところがないのでミズキやサーシャもユウトのことは悪く思っていない。
「後1人は……」
「僕も8番です。よろしくお願いします」
「クロサキか。心強いよ」
「こちらこそアイゼン君と同じでラッキーだ」
最後のメンバーは黒崎皇であった。
トモナリはコウのことも比較的好意的に見ていた。
融通の利かないところはあるものの真面目で勤勉な性格の持ち主で覚醒者としての能力も高い。
もう少し柔軟さを身につければ良い覚醒者になると感じている。
一方でコウはトモナリのことを一目置いていた。
トモナリは座学の授業態度こそ不真面目であるが授業内容はちゃんと理解しているし、武術の授業では真面目で覚醒者としての力を使わずに戦えばトモナリがクラスでもトップだった。
だから授業態度が不真面目でもちゃんと学んでいるのだなとコウは理解している。
いつも落ち着いていて堂々としているのでこうした緊張する場面ではトモナリと一緒で嬉しかった。
「各班に分かれたな? ではゲートの中に入るぞ」
イリヤマと付き添いの教員3人と共に特進クラスの生徒たちがゲートの中に入っていく。
ゲートを通る時のピリリとした感覚は回帰前と変わらない。
みんなはゲートを通る時に肌に感じる違和感にざわついているけれどトモナリは懐かしさすら覚える。
覚醒者として活躍するならこれから嫌というほど経験する感覚なのだが、回帰前はゲートの攻略が間に合わなくなり始めるとゲートに入ることもなくなった。
トモナリは弱かったし終盤のゲートに入ることはなかったので回帰前最後にゲートに入った時のことはもう思い出せない。
「わっ……すごい……」
ゲートの中にあるのは異世界だと言われている。
元いた場所も森の中だったのだけどゲートの中はより鬱蒼とした樹海のような場所だった。
湿度も少し高くなったようで感じる空気感が違っていてみんな驚いている。
「まずはゴブリンを探す。飯山先生、田中先生お願いします」
「分かりました」
同行している教員ももちろん覚醒者である。
二人の教員がそれぞれ別の方に走っていってゴブリンを探しにいく。
「これからの行動を話しておく。本物のゴブリンを見てもらった後、大きく4方向に2班ずつ移動する。一緒に行動してもいいし多少離れてゴブリンを探してもいい。各自ゴブリンを1体倒したらゲートの前に集合するように」
1班5人ではあるが他の班と協力すれば2班10人で動くこともできる。
「いいか、くれぐれも無茶だけはしないように」
戦いな以上怪我することだってある程度は覚悟の上。
しかし油断や慢心が生み出す怪我はひどく後に尾を引くこともある。
もちろん怪我しないことが一番なのでイリヤマがしっかりと釘を刺しておく。
「戻ってきたな」
走っていった教員の一人が戻ってきた。
ロープでゴブリンを縛り付けて引きずるようにして連れてきている。
「ゴブリンを捕まえてきました」
ロープで縛るなど力技も良いところであるが力の差が有ればそんな方法でモンスターを捕まえることだって可能である。
「本物のゴブリン戦ってみたいやつは……ふふふ、アイゼンか」
「えっ……あっ!」
「ふむー!」
いつぞやどこかで見た光景。
トモナリの腕に抱かれたヒカリがピッと手を上げていた。
イリヤマも思わず笑ってしまった。
「積極的でよろしい」
「しょうがないか……」
どうせ遅かれ早かれゴブリンを倒すのだ。
今やっても後でやってもトモナリにとって大きな違いはない。
「アイゼン、すぐに倒さないでくれるか?」
「分かりました」
スッとトモナリの隣に来たイリヤマが周りに聞こえないように声を抑えて話しかけてきた。
見本となり、緊張を少しでも和らげるためのデモンストレーション的な要素も大きい。
あっという間に倒してもそれはそれでみんなの安心感にも繋がるかもしれないけれど、実際のゴブリンの動きをよく見せてやりたいという考えもあった。
ギーギーとうるさく叫ぶゴブリンを少し距離をおいてトモナリは立つ。
「ヒカリ、話は聞いたな?」
「聞いたのだ。ドラゴンとしての威厳を見せてやればいいのだな?」
「うーん、まあそんなところだ」
「ふはは〜任せておくのだ!」
「……ヒカリ?」
「いくのだ、トモナリ!」
ヒカリはいつものようにトモナリの頭の後ろにしがみつくようにしながら肩に乗っかった。
ドラゴンの威厳はどこいったのだ。
まあいいかとトモナリは剣を抜く。
「それじゃあいきますよ」
「いつでも大丈夫です!」
教員がゴブリンの縄を切って素早く離れる。
縛られていいようにされたゴブリンは怒りの目でトモナリのことを睨みつける。
剣を構えるトモナリはゴブリンを冷静な目で見たまま動かない。
トモナリよりも周りの生徒たちの方がトモナリとゴブリンの様子を緊張した様子でうかがっていた。
先に動いたのはゴブリンの方であった。
ゴブリンは近くに落ちていた石を拾い上げると飛び上がってトモナリに襲いかかる。
トモナリは振り下ろされた石に剣を当ててうまく受け流しながら攻撃をかわす。
着地したゴブリンはすぐさま石をトモナリに投げながらまた飛びかかる。
剣で石を弾き飛ばし、飛びかかってきたゴブリンを回避する。
幻想魔法を利用してホログラムで再現されたゴブリンと速度は大きく変わらない。
しかしホログラムで再現されたゴブリンは引っ掻き攻撃や噛みつき攻撃をするのみで石なんか持ち出したことはなかった。
実物のゴブリンの方が知恵があって行動が柔軟である。
トモナリがチラリとイリヤマを見ると頷いた。
もう倒してもいいということである。
「ヒカリ、やるぞ!」
「うむ、やるか!」
ヒカリはこれまでただのマスコットレベルで戦闘能力がなかった。
一体いつになったら戦えるようになるのかと思っていた。
けれど体を鍛え始めた効果か、トモナリのレベルが上がった効果かヒカリも戦えるようになった。
「にょー! くらえー!」
トモナリの肩から飛び出したヒカリとトモナリに飛びかかったゴブリンが空中で交差する。
ぎゃあとゴブリンが鳴いて地面に落ちた。
ゴブリンの顔面にはザックリとした三本の傷跡が残っていた。
トモナリのレベルが上がったらヒカリの体にも変化が訪れた。
ヒカリの手の爪が鋭く伸びたのである。
これまでも一応攻撃できそうといえば攻撃できそうな鋭さはあったものの短くて実用性は低かった。
そんな爪がヒカリの意思である程度出したりすることができるようになったのだ。
猫の爪みたいに使う時にシュッと伸びてくる。
普段は隠している爪は伸ばしてみると結構硬くて鋭い。
ゴブリンはヒカリによってザックリと顔面を切り裂かれて地面に落ちたのである。
「ふっ、あばよ」
ヒカリによって片目を潰されたゴブリンは痛みを訴えるように鳴いている。
けれどそんなことでは同情もしないし逃してやることもない。
たとえ片目を潰されようと敵から目を離すな。
少しでも油断すれば失うのは片目だけじゃ済まないかもしれないから。
トモナリは剣を振り下ろしてゴブリンを切り裂いた。
「よくやった。みんな拍手」
「んふ〜すごいだろ!」
トモナリに抱えられてヒカリは両手をみんなに振る。
みんなも口々にヒカリのことを褒める。
確かに今回はヒカリの方が活躍したのでヒカリがドヤ顔してもいいだろう。
「みんなも見たと思うが実際のモンスターはホログラムではない動きもする。すぐに勝負を決めるのが大切な時もあるがしっかりと相手の動きを見て対応することも大事だ。アイゼンは今ので倒したことにする。それでは各自ゴブリンを探しにいくんだ」
トモナリは今の戦いでゴブリンを倒したことにしてくれるようだ。
倒したのだから当然といえば当然である。
「さすがだね、ヒカリ!」
「ふふん、当然なのだ!」
「すごかった、ヒカリ」
「そーだろぉー!」
「……なんかヒカリばっかり褒められてんの納得いかないな……」
別にいいんだけどゴブリンの攻撃を回避したりトドメを刺したのはトモナリである。
ヒカリに対抗心を燃やしたりすることはないけどヒカリばかり褒められるのはなんだかモヤっとする。
「お前もすごかったぞ」
「うん、流石の動きだったよ」
「ありがとう、ユウト、クロサキ」
「僕も下の名前でいいよ」
「分かった、あんがと、コウ」
男相手でも褒められるとそれなりには嬉しい。
そんな本気で拗ねることもしないので笑ってお礼を言っておく。
「とりあえず俺たちも移動しよう。俺たちと同じ方向に行くのは4班か」
ヒカリと一緒に行きたい。
という4班の女子の意見でトモナリたち8班は4班と一緒に行動することになった。
「イリヤマついてきてるぞ」
「ああ、そうだな」
抱っこして歩きたいという要望もあったのだけどトモナリ以外はダメだとヒカリが答えたので相変わらずヒカリはトモナリが抱えている。
ヒカリは意外と感覚が鋭い。
トモナリたちの後ろで隠れるようにしてイリヤマがついてきていることをヒカリは見つけていた。
ただトモナリもそのことは分かっている。
完全に生徒だけに任せるはずはない。
問題が起きた時にすぐに駆けつけられるように各方角に一人ずつ教員がついていっている。
ここは二つの班がまとまっているのでやりやすいだろうなとトモナリは思う。
「えっと痕跡を探すんだっけ?」
「そうだね。折れた枝、足跡、木につけられた爪の跡なんかがあるはずだ」
ただ周りを見回してゴブリンを探すだけではない。
ゲートの中でゴブリンは活動して動いている。
動けば痕跡が残る。
こうした森の中なら痕跡は分かりやすく、木の枝が折れていたり足跡があったりする。
他にもゴブリンがナワバリを主張するために木に爪で傷跡を残していたり中には排泄物なんて痕跡もある。
「あれ」
「爪跡だな」
サーシャがトモナリの服を引っ張って木の根元を指差した。
そこにはギザギザとした五本の短い跡がある。
ゴブリンが爪でつけた傷跡だ。
なんで俺にアピールしたのだとトモナリはサーシャのことを見る。
「何?」
「……いや、なんでもない」
ただサーシャは普通にトモナリのことを真っ直ぐに見返して首を傾げた。
特に他意もなさそうである。
「いたぞ」
爪跡があったところを中心に探してみるとゴブリンを見つけた。
相手は3体なのでイリヤマから言われていたルールの中には収まっている。
一人一体などと言われているが一人一人がゴブリン一体ずつと戦えとは言われていない。
トモナリたちは協力してゴブリンを倒すことにした。
個人の戦いも学んでいるけれど集団としての戦い方も学んでいる。
気づかれないギリギリまで近づいたトモナリたちは一気に走ってゴブリンに近づく。
先頭に立つのは素早さが高い人でなく、ステータスの体力が高いタンク系列の職業の人。
今回はサーシャと4班の二人が前に出ている。
トモナリも前に出ていいぐらいの能力値はあるけれどみんなの機会を奪いすぎてはいけない。
近づくトモナリたちに気がついたゴブリンが威嚇するような声を上げるけれどもう遅い。
一人一人で戦ったのならゴブリンの勢いに飲まれることがあったのかもしれない。
けれど10人もまとまって戦うのなら心強い。
サーシャが槍を突き出し、残りの二人も剣でゴブリンを狙う。
けれどサーシャの槍がゴブリンに浅く刺さったのみで残りの攻撃はかわされてしまった。
サーシャの方もゴブリンに刺した槍から伝わる生々しい感覚にそれ以上槍を突き出すことをためらってしまった。
「行くぜ!」
タンクとして前に出た3人の後ろからミズキやユウトたち接近戦闘職の3人が前に出る。
トモナリも接近戦闘職であるが前に出ないでいざという時のために状況を見守る。
「おりゃー!」
まず飛び出したのはユウトだった。
サーシャが突き刺したゴブリンに向かって剣を振る。
思い切りがよく、しっかりと踏み込んで剣を振れている。
ゴブリンの首が切り飛ばされて飛んでいき、顔に血が飛んでもうろたえることもなかった。
「負けられない!」
ユウトの横をすり抜けて別のゴブリンを狙ったミズキも刀を振り下ろす。
同じ道場で鍛錬し、同じタイミングで覚醒したトモナリには負けたくないというライバル心がミズキの中にはあった。
手合わせしても負け越しているしここで怯んで更なる差などつけられたくはなかった。
振り下ろされたミズキの刀はゴブリンの左肩からまっすぐ縦に体を切り裂いた。
気持ち悪い、怖いという思いもあったけど刀にそうした思いを乗せてはならないというテッサイの教えを思い出して振り切った。
「はっ!」
それでもまだ死んでいなかったゴブリンの頭に炎がぶつかった。
コウが放ったもので狙いにくい頭によく当てたものだとトモナリは感心している。
頭に当たった炎が全身に広がってゴブリンは身を悶えさせながら死んでいった。
残りの一体も4班で協力して仕留めた。
トモナリ以外の生徒たちにとっての初めてのモンスターとの実戦はなんとか怪我もなく終えることができたのだった。
「みんな大丈夫か?」
トモナリが一応みんなの状態をチェックする。
反撃は受けてないように見えたけれど何があるかはわからない。
知らないところで転んで足をくじいていたなんてこともあり得ない話ではない。
「もちろん大丈夫だ!」
「お前は早く顔の血拭け」
「他のみんなも大丈夫そうだな。じゃあまたゴブリン探すか」
本来ならばモンスターを倒せば死体を運んだり軽く解体して魔石と呼ばれるものを回収するのだけど今回はそうしたことはしない。
「うーん、トモナリ君がリーダーっぽいのなんか納得いかない」
「そうか? 俺はトモナリで全然いいけどな」
「うん、僕もいいと思う」
「私も」
「ぐぬ……圧倒的支持率……」
「別にミズキがリーダーやりたいってならいいんだぞ?」
「……そんな余裕ないもん」
「ならトモナリに従うのだな!」
「ヒカリちゃんまで……」
自然とトモナリがリーダー的な役割を果たしていることにミズキは少し不満そう。
ただミズキ以外はトモナリがリーダーであることに全く不満はない。
ミズキ自身もリーダーやるならトモナリだろうとは思うので何も言えなくなる。
「あと7……アイゼン君は終わってるからあと6体か」
この分ならすぐに倒せそうだとコウは思った。
「おっ、今度はあっちから来るぞ」
「えっ!? あっ、本当だ!」
周りを警戒していると今度はゴブリンの方から走ってきていた。
仲間の叫び声を聞きつけたのかもしれない。
二体のゴブリンはものすごい形相をしていてミズキはちょっと嫌そうな顔をする。
「タンクは前に!」
「あ、うん」
トモナリが指示を出してサーシャが慌てて槍を構える。
「コウ、魔法で迎撃だ!」
「ああ、分かった!」
コウが杖を持ち上げて魔力を集中させる。
「食らえ!」
走ってくるゴブリンに向かって火の玉を放つ。
「よしっ!」
コウの火の玉は外れたが4班の子が放った水の槍がゴブリンの胸を貫いて倒れた。
「今度こそ……!」
先ほどは生の相手を攻撃する生々しい感覚に怯んで手が止まってしまった。
今度はしっかりと倒せるように攻撃するんだとサーシャが飛びかかってきたゴブリンに槍を突き出す。
「よし……ひゃっ!?」
「とーう!」
飛びかかってきた勢いで槍が腹を貫いてゴブリンはそのままサーシャの目の前まで迫ってしまった。
顔が近くにきて固まってしまったサーシャにゴブリンの口が迫る。
その時横から飛んできたヒカリがゴブリンの顔を蹴り付けた。
かなりの勢いで飛んでいったのでゴブリンの頭がごきりと音を立てて真後ろに向いた。
「大丈夫か?」
「あ、うん……ありがとう」
「時にはあんなことも起こるからな。気をつけるんだぞ」
「うん。ヒカリちゃんもありがとう」
「サーシャはお菓子いっぱいくれる良い子だからな!」
色々な人がヒカリにお菓子をくれるのだけどサーシャは中でもヒカリにお菓子を貢いでいた。
撫で方も控えめで優しいのでヒカリも割とサーシャのことはお気に入りである。
あのようなイレギュラーなことも戦いでは起こりうる。
練習の戦いでは経験できないことなのでサッと対応できなくても仕方ないことなのである。
「これであと4体だね」
ともあれ誰にも怪我がなく済んだ。
トモナリたちは再びゴブリンを探し始める。
そして探し始めてすぐにゴブリン3体の群れを見つけた。
10人で連携をとって危なげなく倒して残りは1体になった。
「なかなかいないね」
「あと1体なのにな」
ゴブリンがいたところを中心にして周りを捜索しているのだけど見つからない。
あと1体でいいのにと思いながら樹海の中を見回す。
『ゴブリンが急速に倒されたことによりゴブリンキングとゴブリンクイーンが現れました!』
「な、なにこれ!」
急に目の前に表示が現れた。
トモナリだけじゃなく他のみんなの前にも出ている。
「ゴ、ゴブリンキング?」
「……特殊モンスターか」
「と、特殊モンスター?」
ゲートの中では基本的に決められたモンスターしか出てこない。
今回のゲートであればゴブリンのように他の種類のモンスターが急に現れたりすることはない。
しかし特殊モンスターというものが現れることがある。
特定の環境だったり特定の条件を満たすと特殊なモンスターが出現することがある。
そうしたモンスターは特殊モンスターと呼ばれ、ゲート事故の原因でもあるのだ。
「早くゲートから出るぞ……」
基本的に現れる特殊モンスターというのは通常のモンスターよりも強いものになる。
今現れたのもゴブリンキングとゴブリンクイーンという明らかにゴブリンよりも強い種類のモンスター。
ここは早く逃げるべきだと振り返ったトモナリの視界にソレはいた。
「ゴブリンクイーンだ! みんな逃げろ!」
通常のゴブリンは人の子供ほどの体格しかない。
しかしそこにいたのは人よりも2回りほど大きなゴブリンだった。
メスなのかどうかトモナリには知ったことではないが歪んだティアラのようなものを頭につけていて、手には錆びついた金属の杖のようなものを持っている。
「お前ら、ゲートまで走れ!」
ゴブリンよりも強く感じられる魔力の圧力に動けなくなっている生徒たちの前にイリヤマが現れた。
「早く!」
「おい、いくぞ!」
イリヤマとトモナリに促されてようやくみんなの足が動く。
「……チッ、一人でいけるか?」
イリヤマは剣を抜いてゴブリンクイーンと睨み合う。
「アイゼンあたりが他の先生にうまく伝えてくれることを願うしかないな。ともかく生徒のところには行かせないぞ!」
ゴブリンクイーンが一鳴きする。
先制攻撃とイリヤマはゴブリンクイーンに切りかかった。
「くっ!」
ゴブリンクイーンは杖で剣を防ぐと乱雑にイリヤマのことを押し返す。
「こりゃ……厳しいかもな」