「今回戦ってもらうモンスターはゴブリンだ。戦闘力としては弱く、武器を持っていないようなこともある。ゲートの中で会う時には油断禁物な悪知恵を見せることもあるが、寝ていない限りは負けることもないだろう」
トモナリの目の前に現れたモンスターはゴブリンというものだった。
緑色にくすんだ肌をしていて大きく突き出た鼻、濁った瞳の目、鈍く尖った牙と醜悪な見た目をしている。
体は子供ほどの体格しかなく肌はたるんでいてガサガサとし、手足は短く枝のように細い。
モンスターの中でもゴブリンは弱いとよく言われている。
多少の知恵があって面倒なことをしてくることがあるけれど一般人でも倒すことが可能と言われるほどだ。
しかしやはりモンスターはモンスター。
むしろ醜悪な見た目なために恐怖感や嫌悪感を抱くような人も少なくはない。
「非常にリアルだろう? 攻撃を受けてもダメージはないが目の前に迫られる感じは本物と遜色ない」
待機状態のためかゴブリンはダラリと腕を下げて虚空を見つめている。
そんなゴブリンなど見たことはないがかなり精巧にできている。
「みんなもこれと戦ってもらう。よく見ておくように」
レベルアップはしないだろうが安全に戦いの経験を積めるこんなものがあったのかとトモナリは驚いた。
「それでは始めるぞ」
「ほぅ……」
イリヤマが再び操作盤を操作する。
するとうつろだったゴブリンの目に正気が戻ってトモナリの方を向いた。
ニヤリと凶悪な笑みを浮かべる。
ぞくりとする笑い方にガラスの向こうでは嫌悪感をあらわにしている生徒がいる。
ゴブリンは動かないトモナリの方に走り出すと大きく飛び上がった。
これが偽物だとは信じられないとトモナリは思った。
「……冷静だな」
飛びかかってきたゴブリンをトモナリは軽くかわした。
まるで戦い慣れているかのような動きにイリヤマは目を細めていた。
手に持っているタブレットにトモナリの評価をリアルタイムで書き込む。
「どりゃー!」
くるりと振り返って再びトモナリに飛びかかろうとしたゴブリンにヒカリが飛び蹴りをかました。
「にょわっ!?」
相手はホログラムである。
ヒカリの飛び蹴りはゴブリンをすり抜けてしまい、ヒカリはガラスの壁に激突した。
「いたいのだぁ〜」
ヒカリにやられたゴブリンはそのままブレるようにして消えていってしまった。
「……終わりですか?」
「う……もう一度いいか? 今度はヒカリ君なしでだ」
トモナリとヒカリは一体なのでヒカリが倒したならトモナリが倒したのと同じである。
しかしこれではトモナリの力が分からない。
仕方ないので今度はヒカリの協力なしで戦うことになった。
「これでいいですか?」
「……言うことなしだ」
イリヤマの隣でヒカリが腕組みをして見守る中で二回目を始めた。
トモナリは飛びかかってきたゴブリンをそのまま空中で切り落として倒してしまった。
あっけないほどの勝利でイリヤマも驚いていた。
「さすがだな、トモナリ」
「ヒカリもよくやったな」
これぐらいは余裕である。
仮に覚醒していないとしてもゴブリンには遅れを取らない。
「次やりたいものはいるか?」
イリヤマが隣の見学室の方を見る。
チラホラと手を上げるものが出てきた。
トモナリが戦っているのを見て簡単そうだとみんな感じたのである。
手を上げ始めた生徒を見てイリヤマは苦笑いを浮かべた。
トモナリを一番初めにしたのは失敗だったと思った。
「では……シミズ! アイゼンと交代だ」
次に選ばれたのはミズキだった。
「見てなさい。私もやったるから」
見学室のドアを開けたトモナリとミズキがすれ違いになる。
ミズキはトモナリができたのだからできるだろうとウィンクまでしてみせてホログラム戦闘部屋に入っていった。
「次はミズキか。あいつも強いからな」
数は多くないけれどミズキがトモナリと手合わせしているところをヒカリは見ている。
トモナリの方が今の段階では圧倒的に強いのだけれど諦めないミズキは時々トモナリにも勝ったりする。
トモナリに勝ったことがあるのだならミズキも強い方というのがヒカリの中での基準だ。
「ふん、あいつができたんだから……」
ヒカリもトモナリと同じく木刀を手に取った。
軽く数回木刀を振って感触を確かめる。
ミズキはしっかりと木刀を構えてゴブリンと対峙する。
「それではいくぞ」
「はい、お願いします!」
イリヤマが操作盤をいじるとゴブリンが動き出す。
「きゃあっ!」
簡単だろう。
そう思っていたのに濁った目で見つめられて、目の前でゴブリンの凶悪な笑みを向けられた瞬間にミズキの体が動かなくなった。
怖いと思った。
トモナリはあんな簡単に倒していたのにミズキは飛びかかってくるゴブリンをかわすので精一杯だった。
「くっ!」
「まあ、よく反応したもんだな」
相手から目を離して、回避もドタドタとバランスを崩してしまうものだった。
けれどミズキは振り返った時に飛びかかってきていたゴブリンに上手く木刀を合わせて切り裂いた。
ゴブリンのホログラムは空中で消えてしまい、戦いはミズキの勝利となった。
決してスマートな戦いとはいえないけれど動けただけ偉いものである。
「よくやったな」
「は、はい……」
終わってみると短い時間の戦いだったのにミズキは汗でびっしょりになっていた。
イリヤマは大きく頷いた。
「これがモンスターとの戦いというやつだ。命を狙ってくる敵との戦いはただ睨み合うだけでも消耗する。シミズはよく動いた方だ」
「……トモナリ君は」
「うーん、あいつはかなり肝が据わっているな。ほとんどのものは最初はああはいかない。あいつを参考にするのはやめておくべきだな」
イリヤマの言うことは正解だった。
その後も意気揚々と他の生徒がチャレンジしていったのだけどほとんどの生徒がゴブリンの雰囲気にのまれてしまった。
倒すことができたのはトモナリやミズキを含めても少数でまともに剣を振れず、ゴブリンに襲いかかられてホログラムの勢いに目を閉じたり転げてしまったのである。
「これでみんな一巡したな」
生徒たちが見学室に戻り、イリヤマはホログラム戦闘部屋の真ん中に立ってガラス越しに生徒たちを見た。
「やってもらったようにモンスターとの戦いは簡単ではない。これから君たちは武器の扱いを身につけて戦いにおける自信を積み重ねて今度は本物のモンスターと戦うことになるだろう」
今日戦えずとも誰もなんとも思わない。
本来ならこれからの授業で剣術などを習ってからモンスターとの戦いに慣れていくはずなのである。
剣も何も扱ったことがないのにモンスターと戦うのは酷である。
けれどそのうちにモンスターと戦うことにはなる。
恐怖や雰囲気を覚えておき、それを訓練で乗り越えていく。
これから特進クラスにはもっと険しい戦いが待っているのだと言うイリヤマの言葉を生徒たちは真剣な顔をして聞いていた。
「今日のことを忘れるな。次はこんなホログラムぐらい軽く超えてみせろ。少し早いが授業はここまでとする」
最後にニコッとイリヤマは笑うけれどゴブリンに押されてしまった生徒たちは笑う気分にはなれなかった。
「アイゼン君すごいよね」
「ね、ヒカリちゃんだけじゃなくてちゃんと自分で倒しちゃったもんね」
教室に戻る生徒たちの話題は先ほどのゴブリンとの戦いについてだった。
やはり実際に目の前にすると違うものだと話している人やあっさりとゴブリンを倒してしまったトモナリやヒカリについて話している人もいる。
「なんか納得いかなーい」
「また負けず嫌いか」
ミズキは口を尖らせている。
トモナリもミズキもゴブリンには勝った。
けれどミズキはギリギリだったのに対してトモナリは余裕だった。
倒したのは二回目の方だけど一回目だってゴブリンの攻撃をさらっとかわしていた。
余裕がなくて必死に回避したミズキとは大違いである。
ミズキは自分とトモナリを比較してどうしてトモナリはあんなに簡単に倒せたのか納得いかない顔をしている。
いつもの負けず嫌いがまた始まったのかとトモナリは苦笑している。
この負けず嫌いのせいで手合わせするたびにいつも長々と付き合わされることになった。
流石になんでもお願い聞く権利なんてものは二度とかけなかったけれど、手合わせしなきゃ引き下がらないので結構大変だった。
「なんであんなに慣れてるの?」
「そんなもん……人生経験の差だな」
「なにそれ? あんたと私で何が違うってのよ?」
決して教えることはないけれど人生経験は大いに違う。
トモナリは一度滅亡まで戦ったという経験がある。
ゴブリン如きに恐れることなどないのだ。
「お前ならすぐに慣れるよ」
ミズキも未来では剣姫である。
つまりはモンスターと戦うのも経験豊富な覚醒者となる。
そのうちにゴブリンなど目をつぶっても倒せるようになることは間違いない。
「サーシャさんもすごかったね」
ミズキはたまたま近くを歩いていたサーシャに声をかける。
トモナリやミズキと並んでサーシャもゴブリンを倒していた。
トモナリほど簡単に倒してはいなかったけれど冷静にゴブリンの攻撃をかわして反撃を叩き込んでいた。
ミズキよりもだいぶスマートであった。
「うん、あれぐらいならなんともない」
「そうなんだ」
サーシャはクラスの中でもやや浮いた存在だった。
みんな仲良くなろうと話しかけるのだけど受け答えがいつも淡々としていて壁を感じさせる子であった。
時々視線は感じるなと思いながらトモナリがみるとサーシャは目を逸らしてしまう。
不思議な子である。
「僕も倒したぞ!」
「ヒカリちゃんも強かったね」
「そうだろう、そうだろう!」
すっかりクラスのマスコット的になったヒカリだが全く戦えないということでもなさそうだ。
ヒカリがどうやったら強くなるのか。
最終的に回帰前のような強さになるのか。
そんなことも考えていかねばならないなとトモナリは思った。
「ふぅ……」
アカデミーには勉強の施設だけでなく体を鍛える施設もあった。
マシンに器具、ストレッチができる広めの場所まで完備されている。
トモナリは暇な時間を見つけてはトレーニングにも勤しんでいた。
トモナリの能力値はレベル1にしてはかなり高い。
それには秘密があった。
能力値はレベルアップで伸びていくのだけれど、それ以外の方法で伸ばせないものじゃない。
走り込んだりウェイトトレーニングをしたり、剣を素振りしたり人と手合わせすることでも能力値が伸びたりするのだ。
ただ一般的に覚醒者がそうした方法で能力値を伸ばすことはしない。
なぜならそんなに伸びないから。
必死に走り込みして、それを数日続けてようやく素早さが一つ伸びるかどうかである。
非効率的すぎて、その間にモンスターでも倒してレベルを上げた方がいいと言われるのだ。
けれどもこの能力値の上げ方にも秘密があったのだ。
トレーニングによる能力値の向上はレベルが低ければ低いほど上がりやすいのである。
レベルが高くなって能力値が高くなるほどにトレーニングによって能力値が上がりにくくなるのだが、レベルが低く能力値が低い段階でトレーニングをしていくと意外と能力値は上がるのだ。
だからトモナリはスケルトンを相手にする時必要以上に倒さなかった。
レベルを1にとどめておきたかった。
そこからトモナリは走り込んだり道場で鍛錬したりと努力を重ねた。
マサヨシすら驚いた能力値の高さは元々の高さもあるけれどトモナリの日々の努力によって伸びたものでもあったのだ。
アカデミーでの生活が始まったけれど本格的にモンスターと戦ってレベルを上げるのはまだ先のこと。
能力値を上げる機会はまだ十分に残っている。
「器具があるのはいいな」
これまでは走り込みと素振り、テッサイとの手合わせを中心にして努力してきた。
それによって体力と素早さと器用さが中心に伸びてきた。
運は努力で伸ばせないし、魔力はこうした体力トレーニングで伸びない。
あとは力を伸ばしたいのであるがトモナリの日常ではなかなか難しかった。
腕立て伏せしたりと頑張っていたけど能力値の伸び的には弱かった。
けれどアカデミーのトレーニングルームにはダンベルやバーベルを始めとしてスポーツジムのような器具もある。
体を鍛えて能力値を伸ばすにはピッタリだった。
「ふにゅにゅ……!」
日頃お菓子を食べてのんびりとしているヒカリも周りが努力しているから努力し始めた。
回帰前の強さを取り戻すのだと言ってバーベルのおもりを上げ下げして体を鍛えている。
『力が1上がりました!』
バーベルで鍛えていたらまた能力値が上がった。
これで力が20になった。
『力:20
素早さ:27
体力:22
魔力:15
器用さ:23
運:11』
通常のレベル1ならば10あれば凄い方になる。
そう考えるとトモナリのステータスは同レベルで見た時に化け物じみたものとなっていた。
「おい」
「……なんですか?」
あまり自分を追い込みすぎてもよくはない。
能力値も上がったのでそろそろ切り上げようかなんて思っていると声をかけられた。
ベンチに座ったトモナリが顔を上げると体つきのいい男が立っていた。
ジャージの襟に二本のラインが入っているということは二年生である。
一年のトモナリの先輩だ。
同じくトレーニングルームで鍛えていた人なのは視界の端で見ていたので知っている。
ただ声をかけられるような関係性もないし理由もない。
目つきもなんだか友好的に思えなかった。
「お前が愛染寅成か?」
「そうですが……」
「俺は山里猛(ヤマザトタケル)だ」
いきなりお前とは失礼だなと思うがここは先輩の顔を立てて我慢しておく。
「今年……いや、これまでを含めても一番才能があるやつだと聞いている」
「……それはどうも」
才能がある覚醒者が出てきたら嬉しいことじゃないかと思うのだけど、タケルは喜ばしいことに感じているようには思えない。
「俺の職業は拳王……お前が来る前は俺も才能ある方だと言われていた」
「王職……」
希少職業の中には王とつく職業を持つ人がいる。
剣王、槍王、魔道王など王とつく職業は他の職業に比べても能力値の伸びが良くスキルも良いものが手に入る。
その代わりに職業によって使用武器が大きく制限されたりするのだ。
例えば剣王なら剣以外を扱うとまともに能力を発揮できなくなる。
拳王ということは拳に特化した職業なことは言うまでもない。
才能があると言われるのも納得である。
「だからなんですか?」
王職だからこれまで才能があるとチヤホヤされてきたのだろう。
そこに世界でも類を見ないドラゴンナイトという職業を持ったトモナリが来たことで環境が変わってしまったいうことは理解する。
しかしそれによって因縁をつけられるいわれはない。
「噂によると相当できるらしいな」
授業では戦闘訓練も始まっていた。
まだモンスターと戦うのではなく剣の扱いを習ったり武術を習ったりと基礎的なことを始めているのだけど、道場で剣を習っていたトモナリはそこでも頭一つ抜けていた。
「だったらどうかしましたか?」
「可愛い後輩の実力を確かめてやろうと思ってな」
やっぱり因縁だった。
「嫌ですよ。なんでそんなこと……」
「逃げんのか?」
「あっ?」
実力を確かめるというが要するにトモナリと戦おうというのだ。
だが戦うなんて面倒なことしたくないは普通に断ろうとしたのだけど、ヤマザトはトモナリを見下すような目をして安い挑発を口にした。
「才能があると言われながら戦うことから逃げる臆病者だとはな」
本当に安い挑発。
別に才能があるなんて自分発信で言い出したものでもなく、ヤマザトと戦うことも義理もなければ義務もない。
勝手に実力を見てやると言い出して断ると臆病者とはひどい話だ。
「……いいですよ」
「おっ……」
「ただし条件があります」
戦いたいというのなら受けてやってもいい。
けれど無理矢理な勝負に臆病者扱いまでされてはトモナリの方もただでは気が済まない。
「なんだ?」
「俺にはこんな勝負引き受ける義理はありません」
「ま、まあそうかもな……」
「俺が勝ったらなんでも言うこと聞いてもらいます」
以前ミズキが戦えと言った時に出した条件をここでも出してみる。
トモナリの記憶に拳王の存在はないけれど王職は正当に育っていけば強くなる可能性が高い。
将来的にどんなことが起こるか分からない。
使えるカードは多ければ多い方がいい。
「ふん、それぐらい構わない」
負けるはずない。
そう思っているタケルはトモナリの条件を快諾した。
「それじゃあ場所を移動するぞ」
トレーニングルームはトレーニングルームであり戦う場所ではない。
けれどトレーニングルームの隣にはリングが置いてあるバトルトレーニングルームがある。
「これをつけろ」
タケルはグローブとヘッドギアをトモナリに投げ渡す。
流石に素手で戦いは危険なのでやらない。
「一ラウンド三分で三ラウンドで構わないか?」
「はい、大丈夫です」
「やったれトモナリ!」
ブカブカのヘッドギアを被ったヒカリはコーナーからトモナリのことを応援する。
「大丈夫か?」
「ああ、あんなやつに負けはしないさ」
「危なくなったら僕も入るからな」
「いや危なくなったらじゃなく……」
トモナリは笑ってヒカリに顔を寄せる。
「頼んだぞ」
「ヌフフ……任せとけ!」
トモナリがグローブをはめた手でヒカリの頭をポンポンと撫でてやる。
「それじゃあ始めるぞ!」
タケルがスマホのタイマーをセットして手合わせが始まった。
正直言ってタケルはかなり卑怯だとトモナリは思う。
なぜなら戦うことには同意したもののこうした形式であることは一つも話し合っていないからだ。
リングでグローブとヘッドギアを渡されると戦い方は自然と殴り合いになる。
タケルの職業は拳王である。
当然殴り合いの戦いというのはタケルが有利な戦いとなる。
対してトモナリが習ってきたのは剣術である。
トモナリがどんな戦いを得意とするのか聞くこともなくグローブを渡してタケルの戦いを強要した。
安い挑発をしてきたので考えの浅いやつかと思ったら意外と強かなことをしてくるものである。
「はっ!」
まずは一発と拳を突き出した。
「おらっ!」
タケルもパンチを繰り出し、トモナリとタケルの拳がぶつかり合う。
「くぅっ!」
「トモナリ!」
押し負けたのはトモナリだった。
拳が弾き返され大きく体が押し戻された。
タケルの方が力の能力値が高いと今の一撃でトモナリは察した。
タケルは腕をたたんでガードを上げ、リズムを刻むようにステップを踏みながらトモナリに近づいてきた。
こいつ素人じゃないとトモナリは顔をしかめた。
ボクシングか何かを習っている動きをしている。
「やるな!」
素早くコンパクトに突き出される拳をトモナリはかわしていく。
どうやら素早さの能力値はトモナリの方がわずかに高そうである。
「これならどうかな!」
タケルがトモナリの懐に飛び込んできた。
繰り出されるボディブローをかわしきれなくてガードする。
重たくてガードを突き抜ける衝撃がお腹に届いてくる。
あまり攻撃を受けていると不利になる。
さらには狭いリングの上というのも体勢を立て直しにくい要因である。
反撃を、とトモナリも動き出す。
「うっ……」
タケルの右ストレートを受け流すように防御しながら蹴りを繰り出した。
蹴りは脇腹にクリーンヒットしてタケルは顔を歪める。
「卑怯だと言わないよな? この戦いはボクシングの試合じゃないんだ」
全部が全部タケルに付き合ってやる必要はない。
拳王であるしボクシングを主軸に戦っているタケルは拳中心の攻撃しかしてこない。
けれどトモナリまでタケルに合わせて拳だけで戦う必要はないのだ。
戦いではなんでも使う。
蹴りも当然トモナリが使うべき攻撃手段の一つとなるのだ。
「ぐっ!」
前に出てこようとするタケルの足に蹴りを入れる。
タケルの方が力は強いけれどトモナリの力も弱いわけではない。
まともにローキックを食らうと足に強い衝撃があってタケルの前進が止まる。
今度はトモナリの方がタケルの懐に飛び込む。
パンチよりも近い距離でトモナリが繰り出した攻撃は肘だった。
体ごと回して脇腹を狙った肘をタケルは腕で防御したけれど硬い肘の攻撃は腕にずきりとした痛みを残す。
肘の攻撃を嫌がったタケルが距離を取ると今度は射程の長い蹴りが飛んでくる。
しかもボクシング主軸のタケルが防御しにくい足へのキックをトモナリは主に使っていてタケルは非常に戦いにくそうにしていた。
「それに……俺は一人じゃない!」
「ほれ来たー!」
「なっ!」
トモナリがタケルと距離を詰めるのと同時にヒカリが飛び込んできでタケルの頭にしがみついた。
「ガブッ」
「いってぇー!?」
そしてガブリと頭に噛みついた。
「俺とヒカリは一体だからな」
噛みつかれた痛みで完全に油断したタケルのアゴにトモナリのパンチが炸裂した。
タケルの視界がクワンと歪んで足に力が入らなくなった。
手をつくこともできずにタケルがリングのど真ん中に倒れ、ヒカリはトモナリの頭に着地した。
同時にタケルがセットしていたタイマーが鳴った。
長いような攻防だったけれどまだ一ラウンド目、たった三分の出来事である。
「どうしますか?」
試合なら審判がいてカウントでも取るのだろうけれど今は観客もいない。
試合のカウントだとしてもタケルが立ち上がるのには間に合っていないけれど一応聞いてみる。
「ひ、卑怯だぞ……」
「何がですか?」
「そ、それがいきなり飛び込んでくるなんて聞いてない」
タケルはロープを掴んで立ち上がる。
「なんで卑怯なんですか?」
「なんだと?」
「俺のこと知ってるならこいつが俺のパートナーだってことも知っていますよね? こいつは俺と一体です。こいつの攻撃は俺の攻撃でもあるんです」
「しかし……」
「そもそも先輩はこの戦いになんのルールもつけませんでしたね。俺はそのことを卑怯だと非難はしません。だから俺も好きに戦わせてもらいました」
“一人じゃない”
この言葉をトリガーとしてヒカリも戦いに加わるようにトモナリは指示を出していた。
何のルールもつけなかったのはタケルが自分が優位な戦いをしていることを悟らせないようにするためだった。
それをトモナリは逆手に取った。
肘も蹴りも使うし、ヒカリも戦いに加えた。
見事ヒカリにしてやられたタケルはアゴに一発くらって倒れたのだ。
体力の能力値が高いのか全力で殴ったのに気絶しなかったのは流石だと思う。
「けれど……」
「タケル!」
「げっ……お嬢……」
「あんたの負けだよ」
二人と一匹だけの戦いで見ている人なんていない。
途中まではそうだったのだがある時から女の子が戦いを見ていることにトモナリは気づいていた。
腰まであるさらりとした長髪の女の子はトモナリよりも年上に見える。
冷たいような印象を与える切長の目はタケルに向けられていて、タケルは小さくなるようにうなだれている。
戦いのとは違う冷や汗をかいていて、トモナリよりも身長が高いはずなのに今はとても小さく見える。
お嬢というからには二人は知り合いなのだろうと思う。
「何を勝手なことしてるんだい?」
リングに上がってきた女の子はタケルに詰め寄る。
「それは……その……」
「私が興味持ったって話したからかい?」
「えと……それは……」
「ハキハキ言いな!」
「お嬢が……興味持ったって言ったから……試してやろうと」
トモナリには偉そうな態度だったタケルが借りてきた猫のよう。
「はっ! 誰がそんなこと頼んだ? また勝手なことして」
「いでででで!」
女の子はタケルの鼻を摘んでグリッとねじる。
「くぅー……」
「悪かったね。私は梟楓(フクロウカエデ)っていうんだ」
「梟……オウルグループの?」
「あら、知ってくれてるんだね」
世の中には覚醒者の集まりであるギルドというものが存在している。
その形態も様々である。
必要な時に集まるだけだったり一つのグループや事務所のように機能している集団だったり会社ぐらいまでしっかりしているところもある。
オウルグループは大規模な覚醒者ギルドであるのだけど同時に企業としても活動しているのだ。
オウルグループという名前も創業者一族の苗字がフクロウであるところから来ている。
比較的有名な覚醒者ギルド企業なので知っている人も多い。
アカデミーにその一族がいるなんて思いもしなかったのでトモナリも驚いた。
「どうやらこいつが暴走してあんたに突っかかってしまったようだ。私の責任もある。許してほしい」
「お、お嬢!?」
「悪いと思うならあんたも頭下げな!」
カエデはトモナリに深々と頭を下げた。
タケルはカエデに怒られて慌ててカエデと同じく頭を下げる。
「いやまあいいんですけどなんで梟さんが頭を下げることに?」
「……私があんたの噂を聞いてスカウトしたいって漏らしたんだ。それをこいつは聞いていて……試しに行ったんだろう」
「な、なるほど……」
オウルグループのご令嬢であるカエデがスカウトしたいということはオウルグループにスカウトするということになる。
タケルはトモナリがオウルグループ、あるいはカエデにふさわしい人なのかと試してやろうと勝負を申し出たのだ。
「だから私のせいだ。本来こんな勝手な勝負認められるものじゃない。罰するというなら私を……」
「そんな、俺が勝手にやったことです! お嬢は何も悪くありません! 罰を受けるなら俺に!」
カエデとタケルの関係性は知らないけれどただの友達ではなさそうだ。
責任を互いに引き受け合う二人の圧力にヒカリはこっそりと逃げ出してしまっている。
「分かりました」
このままでは永遠に話が終わらない。
トモナリは責任を引き受け合う二人のことを止める。
「そんなに言うならフクロウさんにも責任を取ってもらいましょう」
「そんな!」
「なんだ? 何をすればいい? 先生に言ってもいいし……」
「いえいえ、そんなことしませんよ」
先生にチクるなんてつまらないことするつもりはない。
せっかくならカードをもう一枚ぐらい手に入れおいてもいいんじゃないかと思った。
「俺はヤマザトさんと賭けをしてました」
「賭け?」
「俺が勝ったらなんでも言うことを聞いてくれるということを条件に戦ったんです」
「そんなことを……」
タケルはカエデに睨まれてまた小さくなる。
「もちろん勝ったのでヤマザトさんには一度お願いを聞いてもらいますけど……フクロウさんも一度俺のお願い聞いてくれますか?」
「なんだ、そんなことか?」
「いやいや、お嬢!」
「お前にこの会話に混ざる権利はない!」
「ですがオウルグループの令嬢がなんでも言うこと聞くなんてそんな……」
「私は自分の言葉に責任を持つ。こんなことになってしまったのは私の言葉が原因なのだから私もそれを罰として甘んじて受け入れる」
見た目にはちょっとヤンキーっぽい人なのかなって思ったけど思いの外義理堅い。
「ただ体を差し出せとか言うのなら殺す」
「……そんなことしませんよ」
「ならいい」
「じゃあヤマザトさん一回、フクロウさん一回言うことを聞いてくれるってことでいいですね?」
「ああ、それでいい」
「……必要になったらなんでも言え」
タケルは渋々といった感じがあってまたカエデに睨まれていた。
「それじゃあ失礼しますね、先輩方。ヒカリ、おいで」
「ほいほい〜」
飛んだことに巻き込まれたけれど代わりに良いものを得られたとトモナリはヒカリを抱えて上機嫌でその場を後にした。
「……よかったんですか?」
「お前のせいだろう」
「うっ……ですが」
「ふっ、いいのさあれで」
なんでもなど制限のない約束を取り付けることはただの一般人であるタケルと立場のあるカエデでは違ってくる。
拒否することもできただろう。
しかしカエデはトモナリの要求を受け入れた。
「お前に勝つほどのやつなんだろ? ならお近づきになっておいて損はない」
まだ入学して日が浅い。
ということは覚醒者としてのレベルも高くないはずである。
それなのに希少職業でボクシングまでやっているタケルを倒してしまった。
スカウトしたいと言った時にはただの噂話を聞いた程度なので半ば冗談であった。
しかし今は違う。
二年のタケルはレベルが13もある。
本来ならばトモナリのレベルでは勝てない相手のはずだったのだ。
とんでもない力を持っている。
これから成長していけばどこまで強くなるか分からない。
是非ともスカウトしたい相手であるとカエデは思った。
ただ今の段階では第一印象が良くない。
タケルが変に暴走してしまったのでトモナリに悪い印象を抱かれていてもおかしくない。
ひとつだけなんでもお願いを聞く。
この条件が重たいか、軽いかはまだ分からないけれどトモナリという才能にいい印象を与えて近づくことができるのならこれぐらいやるべきだとカエデは判断したのだ。
「もうすでにギルドは有望な奴がいないか目を光らせてる。うちが一歩早く愛染に近づけるなら軽いもんさ」
「そこまで期待しているんですか?」
「あいつがどうなるかはまだ分からない。けれど大物になる気配はしているね」
「……そうですか」
「それよりも勝手な真似して……」
「うっ……すいませんでした」
「まあいい。今回はアイゼンと関係が持てたから良しとするよ」
怒られなくてよかったとホッとタケルは胸を撫で下ろす。
「それにしても」
「なんですか?」
「あの……ヒカリっての可愛いよな」
「あー、そうですか」
カエデは少し耳を赤くしている。
クールめな見た目には反してカエデは可愛いものが好きである。
一方でタケルは噛みつかれた記憶も新しく少し苦い顔をしていた。
「どうやらお菓子あげると少しだけ触らせてくれるらしいですよ」
「なに? そうなのか? ……今度から持って歩くか」
お嬢の方が可愛いですよ。
そんなセリフを言ったら殺されるだろうなと思いながらタケルは目を細めていた。
座学で知識を得つつ体育や武術の授業で体を動かし、アカデミーが捕まえてきたモンスターを安全に倒してモンスターに慣れつつレベルを少し上げた。
クラスの多くの生徒がレベル5になったのでそろそろ実戦で戦うことになった。
実戦というとゲートでモンスターと戦うことになるのだけどそこらへんにゲートがあるわけじゃない。
アカデミーも授業があるのでそうそう遠征もしていられない。
ただ今回はたまたまアカデミーからそう遠くない距離にちょうどいい難易度のゲートが出現した。
アカデミーがゲートの攻略権を買い上げて一年の特進クラスの生徒たちが経験を積みながら攻略することになった。
「き、緊張するね……」
行きのバスの中は比較的軽い雰囲気でみんな遠足に行くみたいにワイワイとしていた。
けれどゲートが近づくにつれてバスの中にもほんのりと緊張感が漂ってきていた。
通路を挟んでトモナリの隣に座るミズキも流石に緊張している様子だった。
「おぉ〜速いぞぉ」
対してミズキとは逆、トモナリの隣に座っているヒカリは窓の外を見ながらブンブンと尻尾を振っている。
バスの速さで流れていく景色が面白いらしい。
ヒカリの座席の足元には小さめのリュックが置いてある。
ヒカリでも背負えるぐらいのものでヒカリ用にトモナリがあげたものだった。
そのリュックは今お菓子でパンパンになっている。
ヒカリが持ってきたものもあるのだけどお菓子の多くはみんなからヒカリに献上されたものだった。
今や撫でなくともヒカリにお菓子をあげるのがみんなの中での普通となっている。
喜んで食べてくれているだけでもほんわかするらしい。
「そろそろ到着するぞ!」
バスでアカデミーから走ることおよそ2時間、森の中でバスが止まった。
ただここはまだゲートではない。
ここから先はバスで入っていけないのでゲートまで歩くことになっている。
「事前申請していた武器を配布する。本物の武器だから扱いには気をつけるように」
生徒たちの多くはまだ覚醒者として活躍するかも分からないので自分の武器など持っていない。
拳王のタケルならともかく多くの人にとって武器無くしてモンスターと戦うことなどできない。
そのためにアカデミーから武器や防具などの装備が貸し出されることになっていた。
剣、槍などを始めとして魔法使いの子たちには杖や魔力のコントロールを補助してくれるアクセサリーなども貸し出されている。
トモナリが選んだ武器は剣だった。
刀とちょっと迷ったのだけど剣の方が汎用性が高く今後も基本的には剣を使うだろうことを考えた時に剣を選ぶことになったのである。
「トモナリ、悪い、後ろ締めてくれないか? 少し緩くて」
「ああ、いいぞ」
配られた防具はやや簡易的なもので、防刃性の高い布で作られたチョッキのようなものを始めとして手甲や肘当てなどがある。
防御力としては金属製のものに劣るけれど軽くて動きの邪魔になりにくい。
普通の装備よりも生産がしやすくて値段も安価である。
トモナリに声をかけてきたのは同じ特進クラスの三鷹裕斗(ミタカユウト)という青年で、男の中でも一番早くトモナリに声をかけてきた相手だった。
以来よく話すので普通に友人となっている。
「これでどうだ?」
「いい感じ。あんがと」
防具が緩いと外れたり隙間から攻撃が差し込まれたりする。
しっかりと体に合わせて装着する必要がある。
トモナリがユウトの防具をキツめに締めてやるとユウトは体を軽く動かして具合を確かめて親指を立ててニカっと笑った。
「……クドウ、それじゃダメだ」
「そう?」
「締めてやるからこっちこい」
トモナリがふと見たサーシャは装備がぶかぶかとしていた。
体格が小さいサーシャはそのまま身につけても装備の余裕が大きくなってしまう。
ただ外して調整してまた着けてというのも面倒な作業になる。
着けたままで調整するのは意外と難しいので誰かにやってもらうのが一番。
しかしサーシャはあまり友達も少なくみんな声をかけていいのかためらっていた。
「ほら」
トモナリがサーシャの装備を締めてやる。
クラスの中でも強いのがサーシャなのだけど体つきは思っていたよりも細い。
こんな体で聖騎士としてみんなを守っていたのかと感心してしまう。
「まだ?」
「あ、ああ、どうだ?」
「……ちょっとキツイかな?」
「少しキツイぐらいがいいんだ」
身を守るものなので体にピッタリと密着している必要がある。
「トモナリ君が言うなら」
もう少し緩い方がサーシャの好みであるけれど覚醒者としての感覚はトモナリの方が優れていそうなことは認めていた。
多少キツイ方がいいと言うのならそうなのだろうと素直に受け入れた。
「見て見てトモナリ!」
「似合ってるじゃないか」
「えへへぇ〜」
ヒカリには基本的に装備は必要ないのだけどなぜか特別にヘルムが用意されていた。
割とかっこいい感じのデザインのものでヒカリも嬉しそうに装備している。
どうやらマサヨシが用意したものらしい。
「それではゲートに向かうぞ」
装備を身につけ、武器と荷物を持ってゲートに向かって歩き出す。
「先生!」
「なんだ?」
「ブレイクモンスターはいないんですか?」
「いい質問だな」
ブレイクモンスターとはゲートから外に出てきたモンスターのことを言う。
ゲートは人類がクリアすべき99個の試練ゲートとクリアしても99個には含まれない通常のゲートがある。
ゲートの中には異世界が広がっていてモンスターと呼ばれる異形の化け物がいるのだが、これが外に出てくることもある。
ゲートがクリアされないままに放置されるとゲートはブレイクという現象を起こして、中にいたモンスターが外でも暴れ出す。
このことから出てきたモンスターのことをブレイクモンスターと呼ぶ。
ただ最初からモンスターが飛び出してくるものやゲートが現れてから一定期間の間モンスターが出てくることがあるものなどゲートも様々なのだ。
ゲートを見つけても不用意に近づかない。
そう覚醒者は教育を受けるのだがそれはブレイクモンスターが周りにいる可能性があるからである。
「今回のゲートでブレイクモンスターの存在は確認していない。周辺の安全も確認済みだから安心しろ」
そのためにゲートが出現するとブレイクモンスターの存在を警戒して周辺を大きく封鎖しなければならない。
今回は山の中なので迷惑をこうむる人は確認しなきゃならない覚醒者ぐらいだ。
「トモナリ、キノコあるぞ!」
「なんのキノコか分からないからやめとけ」
刃のついた武器を渡されて生徒たちの顔も緊張で引き締まっているけれど、トモナリとヒカリはいつも通りである。
みんなにとっては初めてのことかもしれないけれど、トモナリからしてみればゲートの攻略など何回やったか覚えていないぐらいのもの。
初心者学生が挑むような難易度なら特別緊張することもないのだ。
バスから20分ほど歩いたところにゲートがあった。
「これがゲート……」
教科書で写真を見たりテレビで中継を見たことがあっても生でゲートを見たことがあるという生徒は少ない。
渦巻く青白い魔力の塊であるゲートはどこから見ても同じように見える。
魔力を感じるせいなのか妙な圧力のようなものを感じるゲートをみんな呆けたように見ていた。
「みんなステータスを開いてみろ」
イリヤマに言われてみんなステータスを表示させる。
ステータスは開示しない限りは人に見えないのでみんながちょっとうつむいて虚空を見つめる不思議な状況になる。
「なんだか新しい表示が……」
『ダンジョン階数:一階
ダンジョン難易度:F+クラス
最大入場数:50人
入場条件:レベル20以下
攻略条件:全てのゴブリンを倒せ』
職業や能力値が表示されているいつものステータス画面とは別にもう一つ表示されているものがあった。
「ゲートに近づいてステータスを確認するとゲートの情報が確認できる。基本的にはこうした情報を元にして覚醒者は攻略の準備を進めていく」
ダンジョンに近い状態でステータス画面を開くと同時にゲートの情報も見ることができる。
ざっくりとした情報で入れる人数やゲートを閉じるための攻略条件を見ることができるのだ。
「ただしゲート情報も信頼しすぎてはいけない。攻略条件に出ているモンスターが見えるか? 今回はゴブリンとなっている。攻略条件をみればゴブリンを倒すことは予想できるがゲートの中にゴブリンだけがいるとは限らない」
ゲート情報はあくまでも簡易的なものである。
攻略条件の多くは何かを倒せ、消せなどとなっているのだがゲート情報で書かれているものだけがゲートの中にいるのではない。
他のモンスターが出たり表示モンスターの上位互換のモンスターが出ることもある。
そのために書かれている難易度も正面から受け取ってはいけない。
中に出てくるモンスターを全て相手にした時の難易度ではなく、攻略条件のモンスターを相手にした時のみの攻略難易度だったりもするからだ。
それでも情報は情報なので覚醒者は与えられるゲート情報を元にして攻略の準備を進める。
「今回は事前に調査してゴブリン以外のモンスターがいないことを確認済みだ。安心しても大丈夫だ」
もちろん生徒たちに危険な目には遭わせられないので教員たちが事前にゲートに入って調査を行なっている。
中にはゴブリンしかいないので他のモンスターに襲われる突発的な事故は起きにくい。
「改めて確認しておく。今回出てくるモンスターはゴブリンだ。最初に一体誰かに倒してもらったらそこから5人1組で行動してもらう。最低でも1人1体ゴブリンを倒すように」
他にも3体以上の群れとは戦わない、怪我人が出たらすぐに逃げて発煙筒で連絡するなど細かな事項が伝えられた。
「先生はゲートの中に入るんですか?」
「もちろんだ」
「ですが入場制限レベル20以下ですよね?」
ゲートの情報では入るためにはレベル20以下でなければならない。
アカデミーの教師たちがレベル20以下であるとはとても思えない。
「いい着眼点だ。我々教師陣はこうしたものをつけて中に入る」
イリヤマが自分の手首を見せた。
イリヤマの手首にはバングルがつけてあった。
「これは呪いの魔道具だ」
「の、呪い!?」
生徒たちがざわつく。
「そう危険なものではない。魔道具はプラスの効果をもたらしてくれるが中にはマイナスの効果を持つものもある。能力の低下やスキルの封印、あるいはレベルの制限なんかをもたらすものもある」
魔道具は魔力が込められた道具でアーティファクトとも呼ばれる。
有益な効果をものが多く、能力値を補助してくれたり魔力を込めればスキルのような効果を発動するものもある。
ただ一方で呪いの魔道具と呼ばれるマイナスの効果を持つものもある。
能力値が下がったり状態異常に苦しんだりといった効果を持っているのだ。
完全にマイナスな効果だけを持つ魔道具もあるがマイナスもあるけれど大きなプラスの効果を持つ魔道具も存在している。
マイナスの効果にはレベルを制限してしまうという特殊な効果を持っているものもあった。
レベルが制限されるとその分能力値は下がるしレベルによって解放されたスキルはそのレベルを下回ると使えなくなってしまう。
基本的にこうしたマイナスの効果は発動させる必要がない。
けれども教師たちはそうしたマイナスの効果を逆手に立った。
レベルを制限したら装備しているとレベルが下がってしまう魔道具を利用して生徒たちとレベル制限のあるゲートに入るのだ。
「私の場合はこれ以外にももう一つ呪いの魔道具をつけている。制限はキツく、スキルは全て使えないが能力値は君たちよりも上だ」
イリヤマも呪いの魔道具でレベルを下げていた。
その代わりファーストスキルも含めスキルが全て使えない状態ではあるもののレベルは20相当なので生徒たちも普通に強いのである。
「他に質問がないならバスの中で引いたくじの通りの班に分かれるように」
行きのバスの中ですでに班を決めるためのくじは引いてあった。
「トモナリ君と一緒だもんね」
隣に座っていたミズキとはもう同じ班であることは確認してあった。
他の人は誰だろうと周りを見回す。
「アイゼン君、何番?」
「8番だ」
「じゃあ一緒」
「おっ、サーシャちゃん一緒なんだ!」
手に班の番号が書かれた小さい紙を持ったサーシャがトモナリに話しかけてきた。
トモナリの班の番号は8番で、サーシャの手に持った紙に書かれている番号も8であった。
「おっ、トモナリと一緒か。それなら安心だな」
実はユウトも8番で同じ班だった。
戦士が職業のユウトはベーシックなロングソードを腰に差している。
ユウトはトモナリにとって他の人よりも仲が良いので一緒の班であるとありがたい。
人懐こい性格をしていて嫌なところがないのでミズキやサーシャもユウトのことは悪く思っていない。
「後1人は……」
「僕も8番です。よろしくお願いします」
「クロサキか。心強いよ」
「こちらこそアイゼン君と同じでラッキーだ」
最後のメンバーは黒崎皇であった。
トモナリはコウのことも比較的好意的に見ていた。
融通の利かないところはあるものの真面目で勤勉な性格の持ち主で覚醒者としての能力も高い。
もう少し柔軟さを身につければ良い覚醒者になると感じている。
一方でコウはトモナリのことを一目置いていた。
トモナリは座学の授業態度こそ不真面目であるが授業内容はちゃんと理解しているし、武術の授業では真面目で覚醒者としての力を使わずに戦えばトモナリがクラスでもトップだった。
だから授業態度が不真面目でもちゃんと学んでいるのだなとコウは理解している。
いつも落ち着いていて堂々としているのでこうした緊張する場面ではトモナリと一緒で嬉しかった。
「各班に分かれたな? ではゲートの中に入るぞ」
イリヤマと付き添いの教員3人と共に特進クラスの生徒たちがゲートの中に入っていく。
ゲートを通る時のピリリとした感覚は回帰前と変わらない。
みんなはゲートを通る時に肌に感じる違和感にざわついているけれどトモナリは懐かしさすら覚える。
覚醒者として活躍するならこれから嫌というほど経験する感覚なのだが、回帰前はゲートの攻略が間に合わなくなり始めるとゲートに入ることもなくなった。
トモナリは弱かったし終盤のゲートに入ることはなかったので回帰前最後にゲートに入った時のことはもう思い出せない。
「わっ……すごい……」
ゲートの中にあるのは異世界だと言われている。
元いた場所も森の中だったのだけどゲートの中はより鬱蒼とした樹海のような場所だった。
湿度も少し高くなったようで感じる空気感が違っていてみんな驚いている。
「まずはゴブリンを探す。飯山先生、田中先生お願いします」
「分かりました」
同行している教員ももちろん覚醒者である。
二人の教員がそれぞれ別の方に走っていってゴブリンを探しにいく。
「これからの行動を話しておく。本物のゴブリンを見てもらった後、大きく4方向に2班ずつ移動する。一緒に行動してもいいし多少離れてゴブリンを探してもいい。各自ゴブリンを1体倒したらゲートの前に集合するように」
1班5人ではあるが他の班と協力すれば2班10人で動くこともできる。
「いいか、くれぐれも無茶だけはしないように」
戦いな以上怪我することだってある程度は覚悟の上。
しかし油断や慢心が生み出す怪我はひどく後に尾を引くこともある。
もちろん怪我しないことが一番なのでイリヤマがしっかりと釘を刺しておく。
「戻ってきたな」
走っていった教員の一人が戻ってきた。
ロープでゴブリンを縛り付けて引きずるようにして連れてきている。
「ゴブリンを捕まえてきました」
ロープで縛るなど力技も良いところであるが力の差が有ればそんな方法でモンスターを捕まえることだって可能である。
「本物のゴブリン戦ってみたいやつは……ふふふ、アイゼンか」
「えっ……あっ!」
「ふむー!」
いつぞやどこかで見た光景。
トモナリの腕に抱かれたヒカリがピッと手を上げていた。
イリヤマも思わず笑ってしまった。
「積極的でよろしい」
「しょうがないか……」
どうせ遅かれ早かれゴブリンを倒すのだ。
今やっても後でやってもトモナリにとって大きな違いはない。
「アイゼン、すぐに倒さないでくれるか?」
「分かりました」
スッとトモナリの隣に来たイリヤマが周りに聞こえないように声を抑えて話しかけてきた。
見本となり、緊張を少しでも和らげるためのデモンストレーション的な要素も大きい。
あっという間に倒してもそれはそれでみんなの安心感にも繋がるかもしれないけれど、実際のゴブリンの動きをよく見せてやりたいという考えもあった。
ギーギーとうるさく叫ぶゴブリンを少し距離をおいてトモナリは立つ。
「ヒカリ、話は聞いたな?」
「聞いたのだ。ドラゴンとしての威厳を見せてやればいいのだな?」
「うーん、まあそんなところだ」
「ふはは〜任せておくのだ!」
「……ヒカリ?」
「いくのだ、トモナリ!」
ヒカリはいつものようにトモナリの頭の後ろにしがみつくようにしながら肩に乗っかった。
ドラゴンの威厳はどこいったのだ。
まあいいかとトモナリは剣を抜く。
「それじゃあいきますよ」
「いつでも大丈夫です!」
教員がゴブリンの縄を切って素早く離れる。
縛られていいようにされたゴブリンは怒りの目でトモナリのことを睨みつける。
剣を構えるトモナリはゴブリンを冷静な目で見たまま動かない。
トモナリよりも周りの生徒たちの方がトモナリとゴブリンの様子を緊張した様子でうかがっていた。