「お願い、そして注意喚起のためだ」
「お願いと注意喚起……」
「まずは注意からしようか」
何を注意されるのかとトモナリは身構える。
「先ほども言ったけれどアカデミーの中には終末教の関係者がいる。本来ならば一掃するのが理想だが証拠もなく疑わしいというだけで人を排斥することはできない」
トモナリの何かについて注意するわけじゃなさそうだった。
「奴らは将来有望な若者をスカウトすることがある。君のような特殊な職業、高い能力を持つ生徒ならどうしても周りから目をつけられるだろう」
「つまり注意というのは終末教に注意しろということですね?」
「その通りだ」
察しがいいなと感心しながらマサヨシは頷いた。
終末教は自分たちの勢力を広めるために有力な覚醒者に接触することもある。
どうしてそんなものに乗ってしまうのかトモナリには理解できないが、スカウトされて終末教に寝返ったりした覚醒者がいたことは確かだった。
現段階でトモナリの能力は優れている。
アカデミーに終末教がいるならトモナリをスカウトに来る可能性も大いにあり得る話なのだ。
「アカデミーで手を出してくるとは考えにくいが終末教の誘いを断れば強硬な手段に出てくることもある」
「殺されるということですか?」
「…………そうした可能性も否めない。他にも君にはその子……」
「ヒカリといいます」
「ヒカリ君もいる。その子も特殊な存在だ。君が誘いに応じないのならヒカリ君を狙ってくることもあり得るだろう」
「……どうしたらいいですか?」
能力が高いといっても所詮はレベル1にしてはということである。
多少上のレベルの人と戦っても負けることはない自信はあるけれど、スキルも戦闘系ではないしヒカリを守りながら戦うとなるとどこまで戦えるのか分からない。
ヒカリを狙われたら守りきれないかもしれない。
「そこでお願いがある……こうした順番で話すと脅しているようになってしまうが」
「構いません」
「ありがとう。俺はアカデミーでより実戦的な覚醒者教育をしようと思っている」
「……どういうことですか?」
「アカデミーではレベル20の第一スキルスロット解放を目標に覚醒者としての教育を受けてもらうことになっている。だが俺はもっと戦闘経験を積み、アカデミー卒業時点でレベル40の第二スキルスロット解放まで目指したいと考えている」
鬼頭アカデミーに入ったからといって覚醒者として活躍しなければならないということではない。
中には能力があまり伸びない、スキルが良くないなどの理由から覚醒者として戦うのに向いていない人もいる。
他にも戦闘系スキルではなく、補助系スキルで戦う以外の道を選ぶなど人の数だけ選択がある。
全てを覚醒者としての教育に捧げるのではなく初期スキル以外の最初のスキルを解放してみて今後の道を決めるというのが鬼頭アカデミーの方針なのだ。
鬼頭アカデミーは高校なので大学に進むという選択をする人も意外と多い。
そうした中でマサヨシは才能がありそうな覚醒者を集めてアカデミーの段階から覚醒者としての英才教育を施そうとしていた。
卒業後も覚醒者として活動することを前提としていて、当然危険も伴う。
「試練ゲートをクリアし、終末教にも対抗できる覚醒者を育てる。俺はそのためにアカデミーを創ったのだ」
だからアカデミー出身者で活躍する人も多かったのかとトモナリは心の中で思っていた。
「特進クラスというものがアカデミーにはある。そこでの授業プログラムはより実戦的なものとなっていて、責任者は俺だ」
きた。
そう思った。
「ヒカリ君のことも特進クラスならば私が管轄として守ろう。教師も信頼できる人を集めてある。特進クラスに入らないか?」
「入らせてください」
「……答えが早いな」
トモナリはほとんど考えることもなく特進クラス入りを決めた。
なぜなら最初から特進クラスに入ることがトモナリの目的であったからだ。
全部計画通りだった。
早期に覚醒を急いだことも覚醒者だと言ってテストを受けたことも全て。
強くなるためにはアカデミーの特進クラスに入ることがトモナリが知る中でも良いルートであることを分かっていたのでそのために頑張ってきた。
ヒカリのこともあった。
トモナリの力ではヒカリを守れない。
だからしっかりとトモナリとヒカリを保護してくれるところに行きたかった。
そのためにも特進クラスはそれしかないぐらいの選択肢だった。
仮に特進クラス入りできなかったら保護を求めて大型の覚醒者ギルドに連絡することも考えていた。
「その代わり終末教とも戦ってもらうことになるかもしれない」
「守ってもらうばかりじゃいけませんもんね」
アカデミーの中に終末教がいる。
相手が何かのアクションを起こしてくるのなら対抗して動くことも必要になってくる。
もしかしたら生徒の中にいる終末教と戦う必要もあるかもしれない。
もちろんトモナリはそのことも覚悟の上である。
「ただ守られるだけじゃありません。強くなります。終末教にもゲートにも負けないぐらい」
「期待している」
「僕もやるよ! トモナリと一緒にいる。トモナリと強くなる」
「……頼もしいペアだな」
全ての話を聞いていたヒカリもやる気を見せている。
話を理解しているかどうかは少し怪しいけれどヒカリも守られているだけの存在ではない。
「いわばこの関係は協力関係です。学長は今を保証してください。俺は未来を保証します」
「……はっはっはっ、いい大口だ! 未来を保証するか……愛染寅成……今の君は俺が全力で守ろう」
中学校の卒業証書は保健室で学年主任の先生から受け取った。
すまなかったと謝られたけどその謝罪は回帰前にするべきだったなと思っただけだった。
鬼頭アカデミーには家から通えない。
だから寮に入ることになった。
テッサイにも挨拶をした。
まだまだ神切は渡せないななんてテッサイは言っていたけれど覚醒者として活躍するつもりならと小刀をくれた。
いつものランニングコースの人たちにも軽く挨拶をしたりして過ごしていると家を離れる時が来た。
行っちゃうのね、と寂しそうに笑うゆかりを抱きしめて愛している、と伝えるとゆかりは思わず涙を流していた。
節度を守ればアカデミー内部でもスマホなどの使用は許されている。
電話するよと言って、今度帰ってきた時にはみんなを守れる力をつけてくるよと誓って、そしてトモナリは家を出た。
ヒカリもしっかりとトモナリは任せろ! なんて言っていた。
「寂しいか?」
「意外と寂しく思うもんだな」
回帰前なら母親であるゆかりとの別れが少し寂しいぐらいだったろう。
しかし今回は回帰前に比べて関わった人も多くなっている。
誰かと別れることにもはや感情など動かないと思っていたのにこんなに寂しさを覚えるものかとトモナリ自身も驚いた。
「撫でるといいぞ」
そんなトモナリの心情を察してヒカリがリュックの中から手を飛ばして、トモナリの手を取ってリュックの中に引き込む。
そしてトモナリの手を自分の頭に乗せるとグリグリと擦り付ける。
「ふふ、そうだな、お前がいてくれるもんな」
側から見るとリュックの中をまさぐっている変な人に見えるかもしれない。
けれど他人の目など気にしない。
トモナリに撫でられてヒカリは嬉しそうに目を細めている。
まだ時代は平和といってもいい。
これからまた出会いがあるかもしれないし、今のうちに近づいておきたい人もいる。
そう考えると少しはワクワクしてくる。
「窮屈だろうがもう少し我慢してくれよ」
「分かった!」
アカデミーではヒカリの存在を公にするつもりだが流石に外ではまだヒカリは出しておけない。
「少し腹も減ったな。アカデミーに行く前に何か食べていくか」
「賛成!」
ーーーーー
「一人でハンバーガー五人前食うやつだと思われてんのかな……」
ヒカリを出すわけにはいかないのでテイクアウトして漫画喫茶の個室でサラッと食べた。
ただヒカリがあれもこれもと要求するのでトモナリは一人で五人前のハンバーガーを買うことになった。
テイクアウトしたし家かどこかでみんなで食べるんだろうと思われているだろうと思いつつも五人前一人で食べるやつだと思われてるかもな、なんてちょっとだけ思った。
「ケプ……」
トモナリが1.5人前、ヒカリが3.5人前を食べた。
満足したようでリュックの中でヒカリはひっくり返って寝ている。
いい御身分である。
入学式の前日、寮に入る学生たちがアカデミーに集まっていた。
アカデミーが郊外にあるので直接通うという人の方が少ないことと覚醒者を集めるために全国から人が来ているために入寮する学生の数の方が圧倒的に多い。
トモナリは昼過ぎにアカデミーに到着したのだけれどアカデミーの入り口は新入生でごった返していた。
学生が寮を案内しているみたいだけど新入生も多くて対応しきれていないようだった。
昼は食べたし焦ることはない。
人混みに巻き込まれるのも嫌なので落ち着くタイミングでも待とうと少し遠巻きに案内されていく新入生たちを眺めていた。
「愛染寅成さんですね?」
「あなたは?」
晴れの日で気分がいいなと空を眺めているとトモナリにスーツの女性が声をかけてきた。
メガネのクール美人で年齢不詳な感じがある。
「私は黒崎美久(クロサキミク)と申します。鬼頭学長の秘書を務めています」
「学長の?」
「あなたのことを見つけたら案内するよう言われております」
「そうなんですか」
「寮まで案内いたします」
ミクに案内されてついていく。
在校生ももうすでにいるようでアカデミーの中では制服に身を包んだ生徒が歩いている様子が見られた。
知っている顔はないかと見てみるけれど今のところ知り合いはいない。
「こちらがアイゼンさんの寮となります」
「あれ、ここって……」
入学テストの時も寮に泊まった。
その時の寮は大きなマンションのようなもので、場所もちゃんと覚えている。
今回連れてこられたのはその時の寮の建物とは違う。
近くにその時の寮もあるけれどミクに寮だと言われて案内された建物は前に泊まった寮よりもやや小さめだがドアの間隔を見ると部屋は広めのようである。
「特進クラス専用の寮となっています。こちらは一般的な寮よりも広めで男女分かれておりません。女性に手を出さないよう気をつけてください」
それは本気か、冗談か。
ミクの顔を見ても今の発言がどちらか分からない。
「こちらが鍵です。一階端にある1号室がアイゼンさんのお部屋です。明日が入学式、その後にオリエンテーションなどありますので今日は準備を整えてごゆっくりお休みください」
「色々ありがとうございます」
「部屋の中にある机の上に今後の予定などありますのでご確認ください。後で学長がアイゼンさんを呼ばれることもあるかもしれません。それでは失礼します」
「……仕事できそうな人だな」
ペコリと頭を下げるとミクはさっさと行ってしまった。
トモナリは言われた通り寮の一階端にある部屋に入る。
「ここが今日からウチか……」
回帰前の高校の時は地元にいるのが嫌で離れたところの高校に行った。
そちらでも同じく寮生活だったけれど二人部屋だった。
「全然違うな……」
狭い部屋に二人生活だった時に比べると今は一人、に加えて一匹である。
それだけでも部屋が広く感じる要因なのだが、実際に部屋は広かった。
普通の寮と比べても広い。
正直な話こんな広さ一人でいるにはいらないのではないかと思う。
特進クラスに対する特別待遇ということなのだろう。
「ヒカリ、いいぞ」
「ふぉーい……」
「お前まだ寝てたのか」
満腹になって寝ていたヒカリは目をこすりながらリュックの中から出てきた。
別にリュックの中が心地いいということはないのだけどトモナリのそばにいるとなぜなのか落ち着く感じがあるとヒカリは感じていた。
「トモナリ〜まだ眠い」
「ベッド使ってもいいぞ」
「トモナリの膝がいい」
「……ちょっとだけだぞ」
トモナリもなんだかんだヒカリには甘い。
ストレートに甘えられると断れない。
フラフラと飛んだヒカリはベッドにあぐらをかいて座ったトモナリの足の上で丸くなった。
「ここは僕だけのものだ」
「いや、俺のもんだろ」
「ふふ、じゃあ僕とトモナリの」
「まあ……いいか」
どうせ他の人に膝を貸すことなんてない。
トモナリは笑ってヒカリのことを撫でてあげる。
するとまたスヤスヤと寝息が聞こえ始める。
「しょうがないな」
こうなってしまったらできることは少ない。
動くわけにいかないので動かなくてできることをしようとスマホを取り出した。
無事アカデミーに到着したことをゆかりに連絡し、先に取っておいた机の上にあったプリントを確認する。
細かいことは入学式後に行われるオリエンテーションで説明されるようだが先にある程度把握しておいて損はない。
一年の時は普通の高校の授業に加えて覚醒者としての心構えや世界の状況などの授業、体を動かしたりする授業などがある。
二年からモンスターの討伐などが増えていき、三年になると勉強を優先するか覚醒者授業を優先するか選べる。
そして特進クラスはそうした一般的な授業と別のプログラムが組まれるようだった。
「明日から本格的にアカデミーか。うん、やってみせる。俺は変わるんだ」
もうすでに多くのことが変わっている。
これから起こることはトモナリにも予想がつかないことばかりであるけれどきっと変えてみせる。
そして自分自身も逃げてばかりだった回帰前の自分と変わってみせるのだと強く心に誓った。
ーーーーー
「ちょっと大きかったけど……すぐにピッタリになるか」
少し大きめな制服に身を包んだトモナリは他の新入生と共に教室に集まっていた。
ヒカリは部屋で留守番してもらっていて今はいない。
指定された席に座って待っていると若い男性教員が入ってきて入学式の簡単な説明をしてくれた。
そして入学式の会場となる講堂に移動した。
入学式が始まり在校生代表の挨拶なんかが行われる。
「私は長い話が苦手だ。だから簡潔に終わらせよう。これから辛いこともあるかもしれない。しかし自分がどんな道を歩みたいのかをしっかりと見つめながら少しずつでも前に進んでほしい。そのために私たちは協力を惜しまない」
学長の挨拶も行われる。
マサヨシが前に出て挨拶をするのだがサラリとした言葉を送って挨拶は終わってしまった。
最後に目があったような気がするなとトモナリは思ったけれど気にしないことにした。
眠たくなるような入学式が終わって再び教室に戻る。
「俺が副担任の入山竜司(イリヤマリュウジ)だ」
教室に戻ると男性教員が改めて自己紹介する。
副担任、というところに教室がざわつく。
「本来の担任は学長の鬼頭先生であるが忙しいからな。基本的なことは俺が担当する」
トモナリがいる教室はそのまま特進クラスの教室であった。
そのため名目上の責任者、担任は鬼頭正義であるのだが学長としての仕事があるために普段の担任としての仕事は副担任であるイリヤマが行うようだった。
そうなのかと皆納得してざわつきが収まる。
「それではみんな自己紹介をしていってもらう。今回は覚醒者としての職業と名前なんか軽く言っていってくれ。では前の端の席から」
一人ずつ立ち上がって名前と覚醒者としての職業を言って軽く挨拶の言葉を述べて、それに対して拍手でも返していく。
希少な職業や特殊な職業というのはあまり多くなく基本的な戦士、剣士やタンク、魔法使いといった普通の職業が並ぶ。
「黒崎皇(クロサキコウ)です。職業は賢者。卒業後も覚醒者としてやっていきたいのでよろしくお願いします」
教室がざわついた。
魔法職の中でも最上位職業に当たる賢者は希少な職業である。
魔力の能力値が高くてスキルも魔法に関わったいいものを得られやすい。
将来活躍する可能性が高い。
メガネの真面目そうな男の子で割と整った顔立ちをしている。
賢者っぽい感じがあるとトモナリは思った。
「清水瑞姫です。職業は剣豪。よろしくお願いします」
「あっ……」
トモナリは後ろの席だったのだがちょうどトモナリ列の一番前の女生徒が挨拶をした。
その子はなんとテッサイの孫娘であるミズキだった。
全く気づいていなかったトモナリはミズキの顔を見て驚いた。
「……睨まれた?」
挨拶を終えて頭を下げたミズキは最後にトモナリのことを睨みつけた。
なんでか知らないけれどお怒りのようであるとトモナリは渋い顔をした。
他にも何人か希少な職業の子がいてさすがアカデミーの特進クラスと思っているとトモナリの番になった。
「愛染寅成です。職業はドラゴンナイト」
再び教室がざわつく。
ドラゴンナイトは特殊な職業になる。
どれぐらい特殊かというと世界で他にドラゴンナイトという職業がいないぐらい特殊である。
聞いたこともない職業なのでみんながドラゴンナイトとはなんだとざわついても仕方ない。
「そしてこいつが……」
トモナリは椅子の隣に置いていたリュックを机の上に置いた。
「俺のパートナーのヒカリだ」
「じゃじゃーん!」
「えっ!?」
「なんだよあれ!」
「危なくないの!?」
「結構可愛い……」
リュックの中からヒカリが飛び出してきてトモナリの後頭部にしがみつくように降り立った。
教室のざわつきが大きくなってトモナリの周りの生徒はヒカリを警戒するように少し離れる。
「落ち着きなさい。アイゼンさんのパートナーであるモンスターのヒカリさんはアカデミーの方でも認知している。アイゼンさんの支配下に置かれている安全なモンスターであり、アイゼンさんの能力の一部として認められています」
イリヤマが生徒たちを宥める。
ヒカリをどうするのかという問題はあったもののこの際アカデミーの中では大っぴらにしてしまう方が終末教も手を出しにくいだろうということになった。
「知能も高いので特別支障がない限りヒカリさんも一緒に授業を受けられることになった。すぐにというのは厳しいかもしれないけれど慣れてほしい」
アカデミー公認のモンスターパートナーということでヒカリも授業を受けられる措置まで取ってくれた。
これで常に一緒にいられるようになった。
「俺もヒカリも一緒によろしく」
「よろしくな!」
ヒカリに対する反応は様々。
多くの人が得体の知れないヒカリに対して引いているような感じだけど何人かは興味深そうにヒカリを見ていた。
トモナリが席に座るとヒカリはトモナリの膝に座った。
ヒカリによる一騒ぎはあったけれど自己紹介は続けられた。
「工藤サーシャです」
トモナリやコウと違ったざわつきが起こった。
立ち上がった女生徒の見た目は日本人ではなく外国人だった。
名前からしてもハーフなのだろうと思うのだけど、とにかく見た目が可愛らしい。
お人形さんのような美少女に男どものみならず他の女の子たちもザワザワとしている。
「職業は聖騎士です。みなさんと仲良くできたらと思います」
「聖騎士の……工藤サーシャ」
「トモナリ?」
なんだか聞いたことがある名前だった。
そしてすぐに思い出した。
73番目の試練ゲートにおいて仲間の覚醒者を逃がそうとして死んだ覚醒者がいた。
守護者とも呼ばれた聖騎士を職業として持つ覚醒者の名前がサーシャだったことをトモナリは記憶していた。
結局それも終末教が手を回した事故によるものでサーシャを知っている人たちは彼女が亡くなったことを悲しんでいた。
今はまだ覚醒したばかりだろうけれど未来における強力な覚醒者を一人見つけたとトモナリは思った。
「トモナリ君!」
ホームルームが終わった。
今日はこれで終了なのだけど教科書を受け取ってから寮に戻ることになっていた。
混雑を避けるために各クラスタイミングをずらして帰ることになっていて特進クラスは最後に帰るために教室待機しなければならない。
その間好きに交流を深めろとイリヤマが言って各々近くにいた人に話しかけ始めた。
しかしトモナリに話しかける人はいない。
ヒカリがいるせいなのか気にはなっているようだが話しかける勇気まではみんな出ないようである。
トモナリの様子を窺う空気の中でミズキがズンズンとトモナリの机のところまでやってきた。
バンと激しく机を叩きつけて険しい目を向ける。
「久しぶりだな」
「久しぶり、じゃない!」
「なんだよ……?」
まだミズキは怒っているのだけどトモナリにはその理由が分からない。
テッサイに挨拶はしたけれどタイミング悪くてミズキには挨拶できなかったことを怒っているのかと考えたりした。
「ずっと見てたのに気づかなかった」
「はぁ?」
「私はトモナリ君の事気づいたのに、トモナリ君私に気づかないんだもん!」
実はミズキの方は最初からトモナリのことに気がついていた。
だからずっと視線を送っていたのに肝心のトモナリの方はミズキのことに全く気がついていなかったのである。
だからミズキは怒っていた。
「あー……それはすまない」
「ヒカリちゃんは気づいてたんだもんね」
「うん、気づいてたぞ!」
「あっ、そうなのか?」
ヒカリはミズキに気づいていた。
ミズキが手を振ると小さく手を振りかえしていて、ミズキが口に指を当てて言わないようにとジェスチャーしたので黙っていた。
「言ってくれればいいのに」
「気づかないトモナリ君が悪い」
「悪かったよ」
回帰前に知っている顔を探していて今の知り合いがいるだなんて全く思いもしなかった。
「まあいいわ。知り合いがいるだけ心強いもんね、気づいてくれなかったけど」
「だから悪かったって。それにしてもミズキもいたとはな」
「私もあの時覚醒したからね。剣豪、なんていい職業だったしせっかくなら行ってこいっておじいちゃんが」
よくよく考えてみれば当然かとトモナリは思った。
未来で剣姫と呼ばれるほどの存在になるミズキがアカデミーに通っていたとしても不思議なことはない。
もしかしたらトモナリが関わらないでいても廃校のゲートでミズキは覚醒していた可能性があると今更ながら思った。
職業剣豪も希少な職業になる。
さすがは剣姫である。
「あ、あの!」
「ん? なんだ?」
意を決したようにトモナリの隣の席の女の子が声をかけてきた。
「その子、なんだっけ、ヒカリ……ちゃんだっけ? あの……触ってもいい?」
ミズキがトモナリとヒカリと話しているのを見て安全そうであると周りの子も思った。
隣の子は勇気を出してみたのだ。
「だってさヒカリ」
「ダメだぞ!」
「そ、そっかぁ……」
触る云々はトモナリよりもヒカリの意思次第である。
トモナリが聞いてみると胸を張ったヒカリはバッサリと拒否をした。
「ただし、お菓子くれるならちょっとだけはいいぞ」
しょんぼりとうなだれた女の子にヒカリは器の大きさをみせる。
お菓子でいいとは随分と安売り、というか大盤振る舞いである。
先日マサヨシのところで色々食べたお菓子がよほど美味しかったらしい。
「お、お菓子? えっと……今は持ってないなぁ」
「じゃあダメだな!」
「くぅ……こ、今度持ってくるよ!」
「あっ、私持ってるよ!」
こんな時にお菓子なんか持っていない。
明日は用意しておこうなんて女の子が思っていると斜めに座っている女の子も会話に入ってきた。
「むっ、なんのお菓子だ?」
「えっと、チョコレートだけど……」
「ん!」
「……お納めください」
「撫でてよし!」
カバンから取り出された板チョコに手を伸ばすヒカリ。
女の子が少し笑いながらチョコを渡すとヒカリが笑顔で少しだけ頭を傾ける。
「ただちょっとだけだぞ!」
「やった!」
「う、羨ましい!」
「なんかすべすべしてる!」
女の子が恐る恐る手を伸ばしてヒカリを撫でる。
その間にヒカリは包みを開いてチョコをパクリとしていた。
「もう終わりだ!」
「うっ、はい」
ヒカリが馴染めるかどうか心配であったけれど若者の適応力というのは素晴らしい。
ヒカリの性格も明るいので思っていたよりも簡単に馴染めそうであった。
「もちろんトモナリは撫で放題だからな」
「ありがとう」
「ふへへ」
トモナリがヒカリを撫でてやるとヒカリはヘラリと笑う。
「か、可愛いな……」
女子だけでなく男子もヒカリを見ている。
もしかしたらしばらくヒカリにお菓子を捧げるようなことが続くかもしれないとトモナリは思った。
「ちょこ、も美味いな!」
「ほら、口の端についてるぞ」
ハンカチでヒカリの口の端を拭いてやる。
尻尾を振りながらトモナリに口の端を拭かれるヒカリは教室中の視線を集めていたのであった。
「以降世界中にゲートが出現して……」
覚醒者として戦えることも必要である。
一方でしっかりとした知識というのも必要になってくる。
覚醒者、あるいはゲートなどの知識を学ぶ座学も受けねばならない。
ゲートが始まったきっかけ、99個の試練ゲート、試練ゲートと通常のゲートがあることなど先生がつらつらと黒板に書いて説明していく。
正直暇な授業である。
ヒカリはリュックの中に戻って寝ている。
トモナリも一度経験して知っている知識なので真面目に聞くつもりはない。
ただ一応テストにも出るので軽く聞いて軽くノートには残しておく。
「ふぅ……先生の授業も悪いよな」
面白みがないというと少し悪く聞こえるかもしれないが淡々と読み上げて淡々と教えられると眠気を誘発される。
面白おかしく授業しろとまで言わないけれどもう少し授業にも濃淡のようなものが欲しい。
「次は体育か。ヒカリ、いくぞ」
「うにゅー……抱っこ」
「分かったから早く」
寝ぼけまなこのヒカリを抱えてトモナリは次の授業の場所に向かう。
次は体育なので体育館である。
学校の中でヒカリを出していても堂々としていれば特に何も言われない。
初見の人は驚いた顔を見せるのだけど噂になっているのか驚くような人も少しずつ減ってきている。
体育館横にある更衣室でジャージに着替えて生徒たちがザワザワと待っていると先生がやってきた。
こういう感じは普通の学校と変わりがない。
「いいか、たかが体育だと思うな。君たちにとっては非常に重要な科目である」
初日は体力テストを行う。
普通の学校でも体育は一般的な科目であるがアカデミーの一年生にとっては多少意味を持ってくるのだ。
「君たちは覚醒した。そのことの意味を考えたことはあるか?」
先生の問いかけに生徒たちは肩をすくめる。
覚醒したことの意味とはなんなのか質問が大きくて答えが分からない。
「つまり君たちは力を得たということだ。普段は力を使わないので感じないかもしれないがこれまでと君たちは確実に変わったのだ。体育では体を動かしていく。その中で自分の体に起きた変化を理解して、変化に慣れていってもらいたい」
例えば覚醒した分力が強くなる。
普段は特に何もないかもしれないが、いざという時に力加減を間違えて何かを壊したり誰かを傷つけてしまう可能性がある。
体育という科目を通して体に起きている変化を理解して、それをコントロールする術を身につける。
ただの体育ではなく、目的を持って体を動かす必要があると先生は言うのだ。
「まずは走ってもらう。俺の言っていたことが分かるだろう」
先生に言われて体育館の中をみんなでグルグルと走り始める。
それだけでも驚く生徒は多かった。
実際走ってみると体が軽い。
覚醒する前と比べて明らかに楽々走れるのだ。
さらに走っていくとさらに驚く。
体が軽いので覚醒前よりも速いペースで走っているのにそれでも長く体力が持っている。
速く長く走れるようになった。
これが先生の言う体の変化なのかとようやく納得した人も多かった。
魔法使い系統の覚醒者だと変化は小さいけれどそれでも全体的な体力の向上は感じられるぐらいである。
「特進クラスということで今回は最新の技術を使った戦闘訓練のお試しをしてもらう」
一通り体力テストを受けた後次の授業は特進クラスの特別プログラムだった。
戦闘訓練授業と銘打たれていて、より実戦的な戦いについて学んでいく授業となっている。
ただまだ戦い方も学んでいない生徒たちをモンスターと戦わせるのは危険である。
そのために今回はモンスターという存在に慣れさせながらも実際どのように戦っていくのかを学ぶ入り口を学ぶこととなった。
「覚醒者の中には魔力を使ってリアルな幻影、いわゆるホログラムのようなものを発生させる力を持った人がいる。そんな人の能力を人工的に再現した機械がこのホログラム戦闘部屋だ」
副担任のイリヤマが授業の説明をしてくれているけれどいまいち分かりにくいなとトモナリは思った。
「実際に体験してもらった方が簡単だろう。誰かやってみたいものはいるか?」
「ん!」
「おっ、アイゼンか」
「えっ?」
「やるぞ、トモナリ!」
誰も手を上げない中、一人だけ手を上げている存在がいた。
正確にいえば一人ではなく一体というべきか。
手を上げていたのはヒカリだった。
ヒカリとトモナリは一体として見られている。
ヒカリが手を上げたのならそれはトモナリが手を上げたことになる。
「みんなは隣の見物室に。アイゼンはこの部屋の中に」
「……しょうがないか」
どうせみんな経験することになるし早めにやってもいいだろうとトモナリはホログラム戦闘部屋に入る。
真っ白な壁に囲まれた部屋で一面がガラス張りになっていて他のみんながそこからトモナリのことを見ている。
そして入口がある側に操作盤のようなものといくつかの武器が置いてあった。
「好きな武器を取れ」
「じゃあこれを」
トモナリは壁にかけられていた木刀を手に取った。
道場で使っていたものよりもやや軽いけれど他の武器よりは手に馴染む。
「それではいくぞ」
イリヤマが操作盤をいじると耳鳴りにも似た甲高い音がしてトモナリの目の前にモンスターが急に現れた。
ガラスの向こうで他のみんなも驚いている。
「今回戦ってもらうモンスターはゴブリンだ。戦闘力としては弱く、武器を持っていないようなこともある。ゲートの中で会う時には油断禁物な悪知恵を見せることもあるが、寝ていない限りは負けることもないだろう」
トモナリの目の前に現れたモンスターはゴブリンというものだった。
緑色にくすんだ肌をしていて大きく突き出た鼻、濁った瞳の目、鈍く尖った牙と醜悪な見た目をしている。
体は子供ほどの体格しかなく肌はたるんでいてガサガサとし、手足は短く枝のように細い。
モンスターの中でもゴブリンは弱いとよく言われている。
多少の知恵があって面倒なことをしてくることがあるけれど一般人でも倒すことが可能と言われるほどだ。
しかしやはりモンスターはモンスター。
むしろ醜悪な見た目なために恐怖感や嫌悪感を抱くような人も少なくはない。
「非常にリアルだろう? 攻撃を受けてもダメージはないが目の前に迫られる感じは本物と遜色ない」
待機状態のためかゴブリンはダラリと腕を下げて虚空を見つめている。
そんなゴブリンなど見たことはないがかなり精巧にできている。
「みんなもこれと戦ってもらう。よく見ておくように」
レベルアップはしないだろうが安全に戦いの経験を積めるこんなものがあったのかとトモナリは驚いた。
「それでは始めるぞ」
「ほぅ……」
イリヤマが再び操作盤を操作する。
するとうつろだったゴブリンの目に正気が戻ってトモナリの方を向いた。
ニヤリと凶悪な笑みを浮かべる。
ぞくりとする笑い方にガラスの向こうでは嫌悪感をあらわにしている生徒がいる。
ゴブリンは動かないトモナリの方に走り出すと大きく飛び上がった。
これが偽物だとは信じられないとトモナリは思った。
「……冷静だな」
飛びかかってきたゴブリンをトモナリは軽くかわした。
まるで戦い慣れているかのような動きにイリヤマは目を細めていた。
手に持っているタブレットにトモナリの評価をリアルタイムで書き込む。
「どりゃー!」
くるりと振り返って再びトモナリに飛びかかろうとしたゴブリンにヒカリが飛び蹴りをかました。
「にょわっ!?」
相手はホログラムである。
ヒカリの飛び蹴りはゴブリンをすり抜けてしまい、ヒカリはガラスの壁に激突した。
「いたいのだぁ〜」
ヒカリにやられたゴブリンはそのままブレるようにして消えていってしまった。
「……終わりですか?」
「う……もう一度いいか? 今度はヒカリ君なしでだ」
トモナリとヒカリは一体なのでヒカリが倒したならトモナリが倒したのと同じである。
しかしこれではトモナリの力が分からない。
仕方ないので今度はヒカリの協力なしで戦うことになった。
「これでいいですか?」
「……言うことなしだ」
イリヤマの隣でヒカリが腕組みをして見守る中で二回目を始めた。
トモナリは飛びかかってきたゴブリンをそのまま空中で切り落として倒してしまった。
あっけないほどの勝利でイリヤマも驚いていた。
「さすがだな、トモナリ」
「ヒカリもよくやったな」
これぐらいは余裕である。
仮に覚醒していないとしてもゴブリンには遅れを取らない。
「次やりたいものはいるか?」
イリヤマが隣の見学室の方を見る。
チラホラと手を上げるものが出てきた。
トモナリが戦っているのを見て簡単そうだとみんな感じたのである。
手を上げ始めた生徒を見てイリヤマは苦笑いを浮かべた。
トモナリを一番初めにしたのは失敗だったと思った。
「では……シミズ! アイゼンと交代だ」
次に選ばれたのはミズキだった。
「見てなさい。私もやったるから」
見学室のドアを開けたトモナリとミズキがすれ違いになる。
ミズキはトモナリができたのだからできるだろうとウィンクまでしてみせてホログラム戦闘部屋に入っていった。
「次はミズキか。あいつも強いからな」
数は多くないけれどミズキがトモナリと手合わせしているところをヒカリは見ている。
トモナリの方が今の段階では圧倒的に強いのだけれど諦めないミズキは時々トモナリにも勝ったりする。
トモナリに勝ったことがあるのだならミズキも強い方というのがヒカリの中での基準だ。
「ふん、あいつができたんだから……」
ヒカリもトモナリと同じく木刀を手に取った。
軽く数回木刀を振って感触を確かめる。
ミズキはしっかりと木刀を構えてゴブリンと対峙する。
「それではいくぞ」
「はい、お願いします!」
イリヤマが操作盤をいじるとゴブリンが動き出す。
「きゃあっ!」
簡単だろう。
そう思っていたのに濁った目で見つめられて、目の前でゴブリンの凶悪な笑みを向けられた瞬間にミズキの体が動かなくなった。
怖いと思った。
トモナリはあんな簡単に倒していたのにミズキは飛びかかってくるゴブリンをかわすので精一杯だった。
「くっ!」
「まあ、よく反応したもんだな」
相手から目を離して、回避もドタドタとバランスを崩してしまうものだった。
けれどミズキは振り返った時に飛びかかってきていたゴブリンに上手く木刀を合わせて切り裂いた。
ゴブリンのホログラムは空中で消えてしまい、戦いはミズキの勝利となった。
決してスマートな戦いとはいえないけれど動けただけ偉いものである。
「よくやったな」
「は、はい……」
終わってみると短い時間の戦いだったのにミズキは汗でびっしょりになっていた。
イリヤマは大きく頷いた。
「これがモンスターとの戦いというやつだ。命を狙ってくる敵との戦いはただ睨み合うだけでも消耗する。シミズはよく動いた方だ」
「……トモナリ君は」
「うーん、あいつはかなり肝が据わっているな。ほとんどのものは最初はああはいかない。あいつを参考にするのはやめておくべきだな」
イリヤマの言うことは正解だった。
その後も意気揚々と他の生徒がチャレンジしていったのだけどほとんどの生徒がゴブリンの雰囲気にのまれてしまった。
倒すことができたのはトモナリやミズキを含めても少数でまともに剣を振れず、ゴブリンに襲いかかられてホログラムの勢いに目を閉じたり転げてしまったのである。
「これでみんな一巡したな」
生徒たちが見学室に戻り、イリヤマはホログラム戦闘部屋の真ん中に立ってガラス越しに生徒たちを見た。
「やってもらったようにモンスターとの戦いは簡単ではない。これから君たちは武器の扱いを身につけて戦いにおける自信を積み重ねて今度は本物のモンスターと戦うことになるだろう」
今日戦えずとも誰もなんとも思わない。
本来ならこれからの授業で剣術などを習ってからモンスターとの戦いに慣れていくはずなのである。
剣も何も扱ったことがないのにモンスターと戦うのは酷である。
けれどそのうちにモンスターと戦うことにはなる。
恐怖や雰囲気を覚えておき、それを訓練で乗り越えていく。
これから特進クラスにはもっと険しい戦いが待っているのだと言うイリヤマの言葉を生徒たちは真剣な顔をして聞いていた。
「今日のことを忘れるな。次はこんなホログラムぐらい軽く超えてみせろ。少し早いが授業はここまでとする」
最後にニコッとイリヤマは笑うけれどゴブリンに押されてしまった生徒たちは笑う気分にはなれなかった。
「アイゼン君すごいよね」
「ね、ヒカリちゃんだけじゃなくてちゃんと自分で倒しちゃったもんね」
教室に戻る生徒たちの話題は先ほどのゴブリンとの戦いについてだった。
やはり実際に目の前にすると違うものだと話している人やあっさりとゴブリンを倒してしまったトモナリやヒカリについて話している人もいる。
「なんか納得いかなーい」
「また負けず嫌いか」
ミズキは口を尖らせている。
トモナリもミズキもゴブリンには勝った。
けれどミズキはギリギリだったのに対してトモナリは余裕だった。
倒したのは二回目の方だけど一回目だってゴブリンの攻撃をさらっとかわしていた。
余裕がなくて必死に回避したミズキとは大違いである。
ミズキは自分とトモナリを比較してどうしてトモナリはあんなに簡単に倒せたのか納得いかない顔をしている。
いつもの負けず嫌いがまた始まったのかとトモナリは苦笑している。
この負けず嫌いのせいで手合わせするたびにいつも長々と付き合わされることになった。
流石になんでもお願い聞く権利なんてものは二度とかけなかったけれど、手合わせしなきゃ引き下がらないので結構大変だった。
「なんであんなに慣れてるの?」
「そんなもん……人生経験の差だな」
「なにそれ? あんたと私で何が違うってのよ?」
決して教えることはないけれど人生経験は大いに違う。
トモナリは一度滅亡まで戦ったという経験がある。
ゴブリン如きに恐れることなどないのだ。
「お前ならすぐに慣れるよ」
ミズキも未来では剣姫である。
つまりはモンスターと戦うのも経験豊富な覚醒者となる。
そのうちにゴブリンなど目をつぶっても倒せるようになることは間違いない。
「サーシャさんもすごかったね」
ミズキはたまたま近くを歩いていたサーシャに声をかける。
トモナリやミズキと並んでサーシャもゴブリンを倒していた。
トモナリほど簡単に倒してはいなかったけれど冷静にゴブリンの攻撃をかわして反撃を叩き込んでいた。
ミズキよりもだいぶスマートであった。
「うん、あれぐらいならなんともない」
「そうなんだ」
サーシャはクラスの中でもやや浮いた存在だった。
みんな仲良くなろうと話しかけるのだけど受け答えがいつも淡々としていて壁を感じさせる子であった。
時々視線は感じるなと思いながらトモナリがみるとサーシャは目を逸らしてしまう。
不思議な子である。
「僕も倒したぞ!」
「ヒカリちゃんも強かったね」
「そうだろう、そうだろう!」
すっかりクラスのマスコット的になったヒカリだが全く戦えないということでもなさそうだ。
ヒカリがどうやったら強くなるのか。
最終的に回帰前のような強さになるのか。
そんなことも考えていかねばならないなとトモナリは思った。
「ふぅ……」
アカデミーには勉強の施設だけでなく体を鍛える施設もあった。
マシンに器具、ストレッチができる広めの場所まで完備されている。
トモナリは暇な時間を見つけてはトレーニングにも勤しんでいた。
トモナリの能力値はレベル1にしてはかなり高い。
それには秘密があった。
能力値はレベルアップで伸びていくのだけれど、それ以外の方法で伸ばせないものじゃない。
走り込んだりウェイトトレーニングをしたり、剣を素振りしたり人と手合わせすることでも能力値が伸びたりするのだ。
ただ一般的に覚醒者がそうした方法で能力値を伸ばすことはしない。
なぜならそんなに伸びないから。
必死に走り込みして、それを数日続けてようやく素早さが一つ伸びるかどうかである。
非効率的すぎて、その間にモンスターでも倒してレベルを上げた方がいいと言われるのだ。
けれどもこの能力値の上げ方にも秘密があったのだ。
トレーニングによる能力値の向上はレベルが低ければ低いほど上がりやすいのである。
レベルが高くなって能力値が高くなるほどにトレーニングによって能力値が上がりにくくなるのだが、レベルが低く能力値が低い段階でトレーニングをしていくと意外と能力値は上がるのだ。
だからトモナリはスケルトンを相手にする時必要以上に倒さなかった。
レベルを1にとどめておきたかった。
そこからトモナリは走り込んだり道場で鍛錬したりと努力を重ねた。
マサヨシすら驚いた能力値の高さは元々の高さもあるけれどトモナリの日々の努力によって伸びたものでもあったのだ。
アカデミーでの生活が始まったけれど本格的にモンスターと戦ってレベルを上げるのはまだ先のこと。
能力値を上げる機会はまだ十分に残っている。
「器具があるのはいいな」
これまでは走り込みと素振り、テッサイとの手合わせを中心にして努力してきた。
それによって体力と素早さと器用さが中心に伸びてきた。
運は努力で伸ばせないし、魔力はこうした体力トレーニングで伸びない。
あとは力を伸ばしたいのであるがトモナリの日常ではなかなか難しかった。
腕立て伏せしたりと頑張っていたけど能力値の伸び的には弱かった。
けれどアカデミーのトレーニングルームにはダンベルやバーベルを始めとしてスポーツジムのような器具もある。
体を鍛えて能力値を伸ばすにはピッタリだった。
「ふにゅにゅ……!」
日頃お菓子を食べてのんびりとしているヒカリも周りが努力しているから努力し始めた。
回帰前の強さを取り戻すのだと言ってバーベルのおもりを上げ下げして体を鍛えている。
『力が1上がりました!』
バーベルで鍛えていたらまた能力値が上がった。
これで力が20になった。
『力:20
素早さ:27
体力:22
魔力:15
器用さ:23
運:11』
通常のレベル1ならば10あれば凄い方になる。
そう考えるとトモナリのステータスは同レベルで見た時に化け物じみたものとなっていた。
「おい」
「……なんですか?」
あまり自分を追い込みすぎてもよくはない。
能力値も上がったのでそろそろ切り上げようかなんて思っていると声をかけられた。
ベンチに座ったトモナリが顔を上げると体つきのいい男が立っていた。
ジャージの襟に二本のラインが入っているということは二年生である。
一年のトモナリの先輩だ。
同じくトレーニングルームで鍛えていた人なのは視界の端で見ていたので知っている。
ただ声をかけられるような関係性もないし理由もない。
目つきもなんだか友好的に思えなかった。
「お前が愛染寅成か?」
「そうですが……」
「俺は山里猛(ヤマザトタケル)だ」
いきなりお前とは失礼だなと思うがここは先輩の顔を立てて我慢しておく。
「今年……いや、これまでを含めても一番才能があるやつだと聞いている」
「……それはどうも」
才能がある覚醒者が出てきたら嬉しいことじゃないかと思うのだけど、タケルは喜ばしいことに感じているようには思えない。
「俺の職業は拳王……お前が来る前は俺も才能ある方だと言われていた」
「王職……」
希少職業の中には王とつく職業を持つ人がいる。
剣王、槍王、魔道王など王とつく職業は他の職業に比べても能力値の伸びが良くスキルも良いものが手に入る。
その代わりに職業によって使用武器が大きく制限されたりするのだ。
例えば剣王なら剣以外を扱うとまともに能力を発揮できなくなる。
拳王ということは拳に特化した職業なことは言うまでもない。
才能があると言われるのも納得である。
「だからなんですか?」
王職だからこれまで才能があるとチヤホヤされてきたのだろう。
そこに世界でも類を見ないドラゴンナイトという職業を持ったトモナリが来たことで環境が変わってしまったいうことは理解する。
しかしそれによって因縁をつけられるいわれはない。
「噂によると相当できるらしいな」
授業では戦闘訓練も始まっていた。
まだモンスターと戦うのではなく剣の扱いを習ったり武術を習ったりと基礎的なことを始めているのだけど、道場で剣を習っていたトモナリはそこでも頭一つ抜けていた。