「もう終わりなのだ!」

 ヒカリもトモナリ以外には甘くない。
 いかに高級ようかんであろうと長時間好きにさせることはなく、手をクロスさせるようにしてマサヨシのお触りを防ぐ。

「もっと触っていたいところだが、嫌われては元も子もないからな」

 高級ようかんぐらいで文句を言うマサヨシではない。
 ヒカリに嫌われる方がいやなので、すんなりと撫でることをやめて席に戻る。

「学園長……生徒に示しがつきませんよ?」

 マサヨシが席に戻ると若い女性の先生が困ったような顔をしていた。

「マナカ先生の言うように動く車中で立ち上がるのが危険なことは確かだ。だがこれからゲートに挑む緊張が少しでも解けるならこれもまたいいだろう」

 女性の先生は真中伊織(マナカイオリ)という名前で、一年生の特進クラスの副担任である。
 若いが覚醒者として活動していた時には優秀で、アカデミーが教員として引き抜いた人だった。

 真面目で融通の効かないところはあるけれど、優しくて親身になってくれる先生なので一年生の間では人気である。

「相変わらずヒカリちゃんは人気だね」

「羨ましいのだ?」

 前の席から振り返ってミズキがヒカリのことを見る。
 ヒカリはトモナリの膝の上で献上されたお菓子を食べながらドヤ顔を披露する。

「別に羨ましくないよーん」

 チヤホヤされるほどに人気なのは良いのかもしれないけれど、自分がそんな存在になりとは流石に思わない。

「嫉妬なのだな」

「ちがわい!」

「私はトモナリ君になりたい」

「俺にか?」

「ヒカリちゃん撫で放題」

「そういうことか」

 ミズキの隣に座るサーシャも後ろを振り向いた。
 トモナリになりたいというからなんだと思ったが、トモナリになればヒカリを撫でていても許されるからということらしい。

「トモナリは僕の友達だからな!」

 マサヨシが心配するような緊張など二年生にはない。
 ヒカリのおかげで一年生の雰囲気も割と柔らかくなっていた。

 こうしてワイワイとしながらバスを走らせてゲート近くまでやってきた。
 高速道路のパーキングエリアにバスは止まった。

 郊外のパーキングエリアは元々人が立ち寄る道の駅的なところだった。
 しかしモンスターが現れて、高速道路などが利用不可能な時期があり、パーキングエリアも休憩やトイレなどの必要な機能以外は閉鎖されてしまっている。

 パーキングエリアの裏手には森林が広がっていて、そこにゲートがある。

「装備を身につけ、必要な荷物を持ってゲートまで徒歩で移動していきます」

 なんともないことを確認したゲートでも、次の瞬間にはブレイクを起こしてモンスターが出てくることもある。
 パーキングエリアからは車で入れないので歩いて移動するしかない。

 その道中でモンスターが出ないとも限らないので、安全が確保できる場所で装備を身につけていく。
 トモナリたち二年生はインベントリがあるので装備を一瞬で身につけられる。

「うわっ! おしゃれ!」

「ありがと」

 トモナリもインベントリから装備を取り出す。
 つけた状態でインベントリに入れておくと、出した時にもつけた状態で出すことができるというテクニックがある。

 もちろんトモナリもそのことを知っているから、あらかじめ装備してインベントリに入れてあった。
 だから出すとそのまま身につける形になる。

 もちろん装備はルビウスとエドである。
 エドを見てミズキは目を丸くする。

 あまり今時見ないようなクラシックな見た目の防具だが、トモナリによく似合っていた。
 トモナリが特別に装備を使ってもらっていたことは知っていだけれども、想像よりも良さそうなものだと驚いている。

 黒っぽい落ち着いた色合いをしているので鎧よりも姿に自然な感じがしていた。
 ただエドの能力だけ過信するのも危険なので、手の甲から肘まで守れる腕当てや脛当てなども別に作ってもらった。

『ようやく出番か』

「今回はあんまり出番ないかもしれないけどね」

 頭の中でエドの声が響く。
 ルビウスと同じく、エドの声もトモナリには聞こえている。

 装備を身につけたものの、今回の主役は一年生たちだ。
 当然挑むゲート難易度は低く、モンスターの討伐も一年が中心に行う。

 エドが活躍するようなことはないだろうなとトモナリ苦笑いを浮かべる。

「ふふ、懐かしいな」

「そうだね。僕たちも最初は苦労したもんね」

 一年生たちはインベントリがないので、バスで運んできた装備をその場で身につけている。
 入学して日が浅い一年生が、本格的に装備を身につける機会は多くない。

 簡単につけられるようにはなっているけれど、借り物の不慣れな装備を身につけるのには多少のもたつきは出てしまう。
 トモナリたちも同じような覚えがある。

 最初にゲートに挑んだ時には探り探りで装備を身につけたものだった。
 二年生にとっては懐かしい思い出となっている。

「先輩! どうすか!」

 いち早く装備を身につけたミヤマエがトモナリのところにやってくる。
 すっかり後輩面も板についている。

「もう少しキツめにしとけ」

 サッと装備を身につけているのだからミヤマエの要領は悪くなさそうだ。
 だけど全体的に装備の身につけ方がゆるくて甘い。

「モンスターの爪や木の枝が引っかかることもある。ふとした拍子に装備が外れることもある。装備があれば命が助かることも決してないわけじゃない」

 トモナリがミヤマエの装備をキツく締め直す。

「実力が足りなくて後悔することもあるだろう。でも足りない実力はどうしようもない。これから頑張るしかないんだ。でも装備の甘さを後悔するのはきっと一生だ」

 その場ですぐに改善できることで後悔する出来事が起きたら後悔してもしきれない。
 自分が怪我するだけならまだしも、装備の甘さから誰かが怪我をすれば一生後悔することになる。

「……うっす」

 ミヤマエはキツく締め直された装備を確かめて素直に頷いた。