「ヒカリ?」

 トモナリはハッとして魔力を収める。
 ブラックドラゴンの目に理性的な光が宿っていた。

「トモナリ、僕を、殺して」

「ヒカリ? 何を言ってるんだ?」

 思いもよらない言葉にトモナリは眉をひそめる。

「頭の中で声がする。僕はもう戦いたくないのだ」

 ヒカリの目から涙が流れる。
 やはり戦いたくないのにヒカリは戦わされているのだ。

 でも戦えという気持ちの悪い声に抗えない。
 今も頭の中で声が響いている。

 今はなんとか理性を取り戻したけれど、心が侵食されていく嫌な感覚がせり上がってくる。
 また声に支配されればヒカリは暴れてしまう。

 人を傷つけ、全てがいなくなるまで戦わされる。
 それならトモナリに止めてもらいたい。

 なぜトモナリがこんなに強いのかとか疑問はあるけれど、トモナリなら自分を止められると思った。

「嫌なんだ……トモナリを傷つけるのは、嫌、なんだ」

「‘何をしているんだ!’」

「‘早くそいつを倒せ!’」

 周りから怒声が飛んでくる。
 ヒカリにトドメを刺さないことに周りは騒ぎ立てる。

「そんなことできるわけないだろ……」

 周りの声など聞こえていない。
 トモナリは悲しげな顔をして首を振る。

「いいのだ……トモナリなら」

「よくないだろ!」

 ヒカリのことを殺せるはずがない。
 トモナリはそっとヒカリに触れる。

「そんなこと言うな……きっと何かあるはずだ」

 ヒカリを殺して終わりなんて、そんな終わりなど認められない。
 いまだに何をさせたいのか知らないが、ヒカリを殺すことが望まれた結末だというのならトモナリは絶対に従わない。

「‘チッ! お前!’」

 誰かがトモナリの肩を強く掴んだ。

「‘なんだ?’」

「‘お前がやらないなら俺がやる!’」

 トモナリは顔をしかめて振り返る。
 後ろに立っていた男の目はヒカリに向けられている。

 男はトモナリの肩を押して退かすと持っていた剣を振り上げる。

「やめろ!」

 振り下ろされた剣をトモナリは弾き返す。

「‘何をする!’」

「‘お前こそ何をするつもりだ!’」

「‘そのドラゴンを倒すんだよ! 手柄が欲しいならさっさとやれよ!’」

「‘こいつの声が聞こえないのか!’」

「‘声ってなんだよ! 奇妙な唸り声しか上げていない!’」

 トモナリと男は睨み合う。
 だんだんと熱を持っていた周りの温度が下がって、トモナリに冷たい視線を向け始めている。

「声が聞こえていないのか……?」

 自ら殺してくれとまでいう言葉を聞けば少しは違う考えを持つだろうと思ったのだが、周りを見ると誰にも同情のカケラもない。

「‘殺せ!’」

「‘早くそいつをやれ!’」

「‘何人の仲間がやられたと思ってるんだ!’」

 最初に誰かが叫んだのをキッカケにして、ヒカリにトドメを刺せと非難めいた声が飛び交い始めた。

「‘お前は何がしたいんだ? 俺たちと戦うっていうのか?’」

 何人かヒカリに向かおうとしているのをみてトモナリは思わず武器を構えた。
 ドラゴンを守るのか、と周りの人がトモナリに批判的な視線を向ける。

「‘お前は人の味方じゃないのか?’」

 男の声が頭の中で響く。
 トモナリも人類のために戦っている。

 世界が滅ぶことを避けるために必死になっていて、ヒカリも人類の敵なのである。
 倒せるなら倒すべき。

 言っていることは間違っていない。

「‘あんたがここまで追い詰めたことはわかってる。だからトドメを刺すならあんたがやるべきだ’」

「トモナリ……いいのだ。僕は……」

「‘……うるさい!’」

 トモナリは魔力を解放する。
 強い光が放たれて周りが騒然となる。

「俺は……俺はヒカリを殺さない!」

 ジワリと胸に広がった黒いものを振り払うようにトモナリは叫んだ。

「‘俺はドラゴンナイトだ! ドラゴンを殺す者じゃない! ドラゴンと共にあるものだ!’」

「‘ドラゴンナイト?’」

「‘聞いたことないな’」

「‘こいつは確かに暴れた……だけど自分で望んだことじゃない’」

 ヒカリが暴れたのは何かがそうさせたからだ。

「‘殺さずにどうするつもりだ?’」

 ヒカリにトドメを刺そうとした男が、冷たい目をしてトモナリのことを見据えている。

「‘こいつは悪いやつじゃない。きっと心強い味方に……’」

「‘そいつにどれだけの人が殺されたと思っている? どうやって手なづける? そして誰が納得すると思う?’」

「‘それは……’」

 これまでにないほどの視線を向けられていることに、トモナリはようやく気がついた。
 99番目のゲートのボスであるヒカリを味方にできるだなんて信じる人はいない。

 被害者も多い。
 ヒカリのせいで死んだ人も大勢いるのに、仲間にできるかもしれないなんて言葉で刃を引っ込めることなんてするはずがなかった。

「‘これ以上邪魔をするならあんたも俺たちの敵だ’」

 冷酷な最後通告。
 トモナリは判断を迫られた。

「トモナリ……僕のことはいいのだ。きっとまたやり直せるのだ」

 トモナリの状況を察したヒカリは諦めていた。
 でもトモナリが死んで、回帰してやり直すことになった。

 トモナリに倒されても同じようにやり直せるかもしれないとヒカリは思った。

「‘……俺は…………人の味方……だ’」

「‘ならば……’」

「‘でもドラゴンナイトで、ドラゴンの味方でもある!’」

 自分の感情が分からなくなってトモナリの目から一筋の涙が流れた。

「‘ヒカリは殺さない! ヒカリは殺させない! あいつは……俺の友達なんだ! 友達を……見捨てることなんてできないだろ!’」

「トモナリ!」

 トモナリは叫んだ。
 どちらか選べというのなら、どちらも選んでみせる。

 回帰して、何も手放さないように努力してきた。
 こんな状況でも何も諦めるつもりはなかった。