ラスボスドラゴンを育てて世界を救います!〜世界の終わりに聞いたのは寂しがり屋の邪竜の声でした

 まとわりつくような闇の中をひたすらに歩いていく。
 一寸先すら見えないような状況の中で、一体何をさせるつもりなのかぼんやりと考える。

「アイゼン!」

「えっ?」

 名前を呼ばれた。
 振り返ると、闇は晴れていた。

「何ぼーっとしてる? 戦いの前だぞ」

「戦いの前……?」

 振り返ったところには男がいた。
 どこか見覚えがあるけれど誰なのかいまいち思い出せない。

「本当にどうした?」

 男は訝しむように眉をひそめてトモナリのことを見る。
 良い装備を身につけている。

 だがちゃんと手入れされていないのか、戦いの跡が見られて薄汚れていた。

「俺たち決戦に挑む。99番目のゲートのにっくきブラックドラゴンを倒して世界を救うんだろ!」

「ブラックドラゴン……」

「おいおい……本気でどうかしちまったのか?」

 男は呆れ返った顔をする。
 トモナリはまだ状況が飲み込めず周りのことを見回す。

 周りには多くの覚醒者がいる。
 明るい顔をしているものは少なく、皆どこか不安げな表情を浮かべていた。

 さらに視野を広げてみると荒廃した都市にいることが分かる。
 崩れたビルに埃をかぶった車、地面もほとんどが赤茶けた土に覆われているが、一部ではコンクリートが見えている。

「この場所、それにこの格好……」

 身につけている装備も借りたものとは違う。
 腰を見ると剣が差してある。

 ルビウスじゃない。

「そうか……」

 何だか見覚えのある光景だと思っていたが、どこで見たものなのかパッと思い出した。

「これは俺が死んだ日だ。……いや、人類が滅んだ日、か」

 トモナリがいるのはアメリカのニューヨーク。
 元はアメリカでも最大級の都市であったのだが、モンスターによって見るも無惨に荒廃させられている。

 今日が何月何日なんてことは覚えていないものの、何の日なのかはよく覚えている。
 全てが終わった日。

 最後の希望をかけて人類が戦い、完膚なきまでに叩き潰された日なのである。

「イカれるなら戦いの後にしてくれ……まあ、俺たちは周りのモンスターを引きつける役割だからな」

 男はやれやれと頭を振るとトモナリのそばを離れていった。

「ヒカリがいない……ということは」

 トモナリにひっついていたはずのヒカリの姿がどこにもない。
 というかヒカリの存在や繋がりといったものも感じられない。

 魂の契約の効果だろうか、たとえ離れていてもヒカリの存在は常に感じていた。
 なのに今は何も感じられないのである。

 ただヒカリがどこにいるのかは何となく分かっていた。

「……何をさせたいんだ? 俺は一体どうしたらいいんだ……」

 トモナリは一人で悩む。
 ヒカリもルビウスもいない。

 回帰前の状況に戻されて、一体何をしたいのかトモナリには分からなかった。

「まあいい……とりあえず流れに乗ろう」

 急に全く予想もしえないことをさせるわけがない。
 このまま状況の流れに乗ってみようとトモナリは思った。

「‘よし、では我々も移動するぞ!’」

 英語で話す声が聞こえてきた。
 先ほどの男はトモナリと同じ日本人であるが、周りにいる覚醒者の多くは国籍がバラバラである。

 覚醒者たちが動き始めて、トモナリも後をついていく。

「でもこの後起こること考えたらなぁ……」

 トモナリは深いため息をつく。
 今いる人の中で何が起こるのか分かっているのはトモナリだけである。

 戦いがどうなるのかもそうだが、トモナリ自身に起こることを考えても気分が重たくなる。
 回帰前にトモナリがどうやって死んだか。

 体が真っ二つになって死んだのだ。
 モンスターに食いちぎられてお腹から下が無くなった。

 アーティファクトの効果ですぐには死ななかったものの、結局死は避けられない運命にあった。

「分かってりゃ避けられるかな……」

 何が起こるか分かっていれば、食いちぎられることはないかもしれない。
 ただ他にもモンスターはいたのでどうやっても生き延びられるビジョンが見えない。

「ここ死んでも大丈夫なのか……?」

 何をしたらいいのか、という疑問の他に色々と分からないことは多い。
 このままいけばトモナリは死ぬ。

 モンスターにやられてしまうし、仮に生き延びたとしてもその先に待ち受けるものを考えると助からない。
 そうなった時に死んでもいいのかと疑問に思った。

 これがただの幻想であり、失敗してもいいならば何の問題もない。
 しかし失敗して死んだ時に許されなかったら大問題だ。

 この場で死んだら現実に死んでしまう可能性も十分にありうる。
 回帰前の記憶を辿って死ぬつもりなどさらさらないが、死ぬことが許されなければより警戒して行動せねばならない。

「‘モンスターがいたぞ! 戦え!’」

 進んでいくとモンスターが見えてきた。

「悪魔種のモンスター……あいつらも90番代のゲート……のはずだったよな」

 黒い大きなモンスターがトモナリたちの存在に気がつく。
 人類は80番代あたりの試練ゲートから手が回らなくなってきてしまった。

 90番代になるとどのゲートがどこにあってどんなモンスターがいるのか、ということすら分からないものも出てきた。
 ブラックドラゴンと戦うのに他のゲートのモンスターが邪魔になる。

 トモナリたちはブラックドラゴンと戦う人たちのため、他のモンスターを引きつけて戦う役割をになっていた。