「くぅ……」

 ほんの一瞬ボスミスリルクラブの動きが止まった。
 水に包まれたから気にするまでもないと思ったのだろうが、すぐにそれがお湯であると気がついた。

 ハサミを振り回してボスミスリルクラブは抵抗する。
 お湯をハサミで叩きつけたりと体から振り払おうとしているが、コウがお湯を操って簡単にはボスミスリルクラブを逃さない。

 ただ激しい抵抗にコウは顔をしかめる。
 気を抜くとお湯が振り払われてしまいそうだ。

「全員攻撃だ!」

 このままコウに任せておくなんてことはしない。
 少しでもコウの負担を減らすためにもトモナリたちは攻撃を仕掛ける。

「はあっ!」

「ふっ!」

 ミズキとサーシャは足を狙う。
 力で押すように足を攻撃し、ボスミスリルクラブのバランスを崩してやる。

「こっちもいるぞ!」

 一番攻撃力があるトモナリはお湯を払おうとするハサミの邪魔をする。
 ハサミを剣で叩きつける。

「おらっ!」

 そのまま力を込めてハサミを大きく弾き返す。

「ボーーーーッ!」

「さっさと茹で上がってしまえ!」

 ヒカリとルビウスはお湯をさらに温める。
 ボスミスリルクラブの体がほんのりと赤くなり始めていた。

「おおっと!」

 ボスミスリルクラブが水を噴射させる。
 狙ったのかは謎だが、水が当たりかけてトモナリはちょっとだけヒヤッとした。

「二人とも離れろ!」

 体が茹で上がってきた。
 ひどい苦痛を感じてボスミスリルクラブはもはやお湯も関係なく暴れ出す。

 走っていって体を壁にぶつけ、お湯をなんとか体から払おうとする。
 変に足元に入ろうとするとボスミスリルクラブにひかれてしまう。

「コウ、頑張れ!」

「僕も……やれるんだ!」

 こうなればボスミスリルクラブとコウの勝負である。
 度重なる抵抗で湯量もかなり減っている。

 ボスミスリルクラブの体はかなり赤くなっていて、ここを乗り越えられるかどうかが勝負の分かれ目だとトモナリは思った。
 コウも杖を握りしめ、険しい顔をしてお湯の維持に努める。

「負けない……僕は負けない!」

 全ての魔力を振り絞ってもお湯を維持する。

「……カニが……」

 ボスミスリルクラブは壁に体を叩きつけたことによって、甲羅のミスリルが剥がれていた。
 ミスリル鉱脈にぶつかって甲羅に残っていた最後のミスリルが剥がれ落ち、ボスミスリルクラブは一度足を伸ばして体を持ち上げるとそのままゴロンと腹を上に倒れた。

「……し、死んだ?」

「コウ、まだもうちょい油断するな」

「分かった……」

 すぐにでもお湯を解除してしまいたい気分だったが、トモナリに言われてコウはもう少しお湯を維持する。

「……動かないな」

 離れて様子をうかがっていたけれど、ボスミスリルクラブは全く動かない。

「も、もういいかな?」

「ああ、お疲れさん」

「はぁー!」

 コウが魔法を解除するとお湯がバシャリと床に広がった。
 汗だくになったコウは地面にへたり込む。

 抵抗激しい中で水の塊を維持することがこんなに大変だとは思いもしなかった。

『ボスを倒しました! 四階への道が開かれます!』

「おっ! なんか三階攻略しちゃったな」

 トモナリたちの前に表示が現れる。
 三階の攻略条件はボスを倒せ、というものだった。

 ボスミスリルクラブがボスだろうとは思っていたけれど、本当に攻略のために必要なボスだったようである。

「ミスリルもツルハシは必要なさそうだね」

 ボスミスリルクラブは激しく暴れた。
 ハサミでお湯を払えないと思ったのか強く壁に体をぶつけていた。

 中でも硬いミスリル鉱脈にもよく体をぶつけた。
 そのためミスリル鉱脈もいい感じに砕けて床に散らばっている。

 採掘しようと思えば採掘もできそうだけど、そんなことも必要なさそうだ。

「ミスリル拾って帰ろうか」

 四階にも行けるようになった。
 しかしゲートにやってきた目的はミスリルであって攻略ではない。

 四階にミスリルがあるかは分からないし、モンスターも構造もわからない。
 コウは魔力を使い果たしてしまっている。

 みんなも疲れているので四階にいくことに理由もなければ、リスクしかない。
 ここはミスリルを回収して帰ることにしたのだった。