カニは本来水辺に棲むものだ。
 モンスターだから生態は違うが、割と普通の生物に近い性質を持っているということも少なくはない。

 どうしてこんな洞窟にカニがいるか。
 例えば外敵から狙われにくいから、なんて理由もあるのかもしれない。

 なぜカニがこんなところにいるのか研究するつもりもないし、ゲートという限られた空間ではちゃんと研究できるかも分からない。
 ただ一つ言えるのはこうしたモンスターは水を求める傾向にある。

 本能なのだろう。
 水辺がなくても生活できるけれど、水を欲してしまうところがあるのだ。

 そのことは事前に見たモンスターの資料からもうかがえる。
 ミスリルクラブには水系の魔法が通じないと記載されていた。

 水系魔法に対する耐性は水棲の魔物が持っていることが多い。
 つまりはカニも水辺に棲んでいたモンスターだった可能性があるということなのだ。

「どうだ?」

「うん、いい感じ」

「本当に上手くいくのかな?」

「上手くいったらそれでいいんだよ。上手くいかなかったらそん時は戦えばいい」

「そだね」

 トモナリたちの目の前には巨大な水の玉が浮かんでいる。
 水の玉の下ではヒカリがブレスを放っていて、水を温めている。

 軽く水の玉に指で触れたミズキはサッと腕を引っ込める。
 もうすでに水ではなくお湯になっていた。

「カニボイル作戦始動だ!」

「その微妙にダサい作戦名やめない?」

「なんだよぅ。じゃあなんかあるか?」

「ないけどさぁ」

「何でもいいけどいくよ?」

「ふぅ、疲れたのだ」

 ヒカリがブレスを止めて、コウが杖を振るとお湯の玉がふわりと動き出す。
 ポヨポヨと揺れながら飛んでいくお湯の玉はあたかも無害に見える。

「気づいた」

 トモナリたちは飛んでいくお湯の玉を遠くから眺める。
 一方でミスリルクラブの方もお湯の玉の存在に気づいた。

「あのリアクションはどうなんだろうね?」

 お湯の玉を見てミスリルクラブはハサミを振り上げ泡を吹いている。
 ミスリルクラブのリアクションが好意的なものなのか、否定的なものなのか分からない。

「あっ!」

「入ったのだ!」

「みんな行くぞ!」

 あいつ横歩きだけじゃなく縦にも歩けるのか、とかそんなこと気にする間もなくミスリルクラブはお湯の玉の中に飛び込んだ。
 しかし飛び込んでびっくり。

 ただの水に見えた玉は、実際熱々のお湯なのである。

「ボーッ!」

「おりゃ!」

 ヒカリとトモナリが火を放ってお湯の玉をさらに加熱する。

「ミズキ! 逃すな!」

「分かった!」

 ミスリルクラブはお湯の玉から逃げ出そうとする。
 出て来たところをミズキが刀で斬りつける。

 甲羅にわずかな傷がつく程度のダメージしか与えられなかったが、ミスリルクラブはお湯の玉の中に再び押し戻された。

「なんかちょっと赤ーく……」

 ミスリルクラブの色が変わってきたなとミズキは思った。

「ほい。あつ」

 サーシャも盾でミスリルクラブをお湯の中に押し込む。

「あとちょっとだ!」

 気づけばお湯の玉も炎で熱されて沸騰している。
 ミスリルクラブは抵抗するようにハサミをブンブンと振るけれど、出てこない限りはトモナリたちもお湯の玉に近づかないのでハサミは当たりもしない。

「あっ! 動かなくなった!」

 ビクンと大きくミスリルクラブが震えた。
 そしてハサミがだらりと下がって動かなくなる。

 下から沸き起こる泡に押されてお湯の玉の上の方に浮かんでいく。

「念のためもうちょっとボイルしておこう」

 多分死んだ。
 そう思うけれど死んだふりの可能性も捨てきれない。

 しっかりと時間をかけてボイルして水の玉を解除する。

「あっつ!」

 コウの力によってお湯の玉は制御されていた。
 力を解除するとお湯が地面に落ちて熱気が広がる。

 同じく地面に落ちたミスリルクラブはすっかり全身赤くなっていて動かない。

「ちゃんと死んでるな」

 死んでるかどうかを確認する手っ取り早い一つの方法として、インベントリに入れてしまうというものがある。
 生きているものはインベントリに入れられないので、インベントリに収納できるということは死んでいると判断できるのだ。

 大きなモンスターになるとそのまんまインベントリに入らないとか、ある程度近づかなきゃいけないリスクはあるものの、お手軽に判断はできる。

「……一本試食してみるか」

 倒したモンスターをどうするかというのは倒したものの特権である。
 トモナリは一度インベントリに入れたミスリルクラブを取り出して足を一本ぶった斬る。

「おおっ……カニだ」

「割といい匂いだね」

「美味そうなのだ〜」
 
 昔はモンスターなんか食べるべきじゃないという意見が主流だったけれど、モンスターに世界が荒らされて食料事情が悪化するとそうも言ってられなくなった。
 モンスターも生き物なら食べられるのではないか、という考えの下でモンスターを食べることも最近では普通になってきた。

 今では食用モンスターや珍味扱いされているモンスターもいる。
 ミスリルクラブもほぼカニである。

 しっかりと茹で上がった足を剥いてみると中身は美味しそうな身が詰まっていた。

「うまっ!」

「うん、旨味がすごいね」

「ウマウマなのだ!」

「ん、いける」

 ちょっとみんなで試食する。
 ミスリルクラブの足はみんなにも好評だ。