ラスボスドラゴンを育てて世界を救います!〜世界の終わりに聞いたのは寂しがり屋の邪竜の声でした

「じゃあこの子はモンスター?」

「そうだな。だけど安全だから心配はしなくていいぞ」

「安全……そうだね」

 お腹がいっぱいになったヒカリは甘えるようにトモナリの膝に乗った。
 膝の上で丸くなってトモナリに撫でられている姿を見れば危ないモンスターにはとても思えない。

 むしろ撫でてみたいなとすらミズキは思った。

「その子撫でてもいい?」

「ダメだぞ」

「ダメだってさ」

 撫でていいのはトモナリだけ。
 他の人に撫でられるつもりはヒカリにはさらさらなかった。

「トモナリ君は同じ学校……」

 どうして昼間からここにと聞きかけてミズキは口をつぐんだ。
 何か事情があることは確実だし、先日学校で問題が起きたことを思い出したからだった。

「少し前にイジメで問題になったろ。それで学校行ってないんだよ」

 ミズキが配慮して聞かなかったのにトモナリはさらりと答えてしまった。

「ご、ごめん……」

「何を謝ることがあるんだ?」

 別にイジメのことはなんとも思っていないしトモナリの方から勝手に言ったのだ。
 ミズキが謝ることではない。

「いや……」

「俺のこと置いていったことかな?」

「そ、それは!」

「置いていったとはなんのことじゃ?」

「な、なんでもない!」

 それにしてもまさか廃校で会った女の子がテッサイの孫娘であるというのはトモナリも驚いた。
 けれど驚きだけでなくミズキについてなぜかどこかで聞いたことがある気がしてならない。

「な、なに?」

「いや……俺たち学校で話したことあるか?」

「んー? うーんと……多分ないかな?」

 トモナリもミズキのことは記憶にない。
 クラスも違うし交流したような感じもないのはミズキも同じだった。

「清水瑞姫……あっ!」

「トモナリどうした?」

「なんでもない」

 思い出したと思わず声を上げてしまった。
 トモナリはミズキを見たことがある。

 ただしそれは同じ学校だからではない。
 回帰前の何時ごろかまでは覚えていないけれど非常に剣の腕前に優れた剣姫と呼ばれる女性がいた。

 泣きボクロが特徴的な美人で名前を清水瑞姫といった。
 今目の前にいるミズキの将来の姿だった。

 離れたところから戦っている様子を見たことが何回かある。
 そう思ってミズキの顔を見てみるとその時の面影があるとトモナリは一人納得していた。

 確かにこうした道場で剣を習っていたのなら強くても理解できる。

「それでうちに通ってるんだ」

 知らない人がいると驚いたものだが事情を聞けばミズキも納得した。
 トモナリには助けてもらった恩もある。

 ヒカリも危なくなさそうだしテッサイが認めているのならミズキが騒ぐことはないと思った。

「なかなか筋がいいのだぞ」

「へぇ……」

「どうだ、一本手合わせをしてみんか?」

 同い年であるしちょうどいいとテッサイは思った。
 トモナリもどこかで人と戦う経験も必要なのでミズキが相手ならばと提案した。

「私はやってもいいよ」

「それじゃあ腹ごなしにでも」

 未来の剣姫と一線交えることができるのは光栄である。
 いつもテッサイとやる時は木刀なのだが今回は怪我の恐れもあるので竹刀でトモナリとミズキは手合わせすることになった。

「トモナリがんばれー!」

「あらぁ、どっちが勝つかしら?」

 ヒカリとユキナが観客として見守る中で防具を身につけたトモナリとミズキは向かい合う。

「始め!」

 審判のテッサイが試合開始の号令を発するけれど二人は互いに見つめあって円を描くように動くのみ。
 ミズキの目つきが変わった。

 一瞬の隙も見逃さないとトモナリのことを見る目は射抜くような鋭さを感じさせる。

「……まあ来ないなら」

 先に動き出したのはトモナリだった。
 グッと床を蹴ってミズキと距離を詰める。

「うっ!」

 想像していたよりも重たくて鋭い一撃をミズキは防御する。
 しかしバランスを崩してしまって反撃にできることができない。

 その隙をついてトモナリは追撃を加える。
 ミズキは激しい攻撃をなんとかさばいているけれど反撃の隙を見つけられずに押されていく。

 このままでは押し切られてしまう。

「……今だ!」

 トモナリに一瞬の隙を見つけたミズキが脇腹を狙った。

「あらあら……」

 しかしそれはトモナリがわざと見せた隙だった。
 焦ったミズキはトモナリの作戦に飛びついてしまった。

 相手の行動が分かっていれば防御は難しくない。
 むしろミズキの方は隙をついたと思ったのにいとも簡単に防がれて驚いた。

「一本! そこまで!」

 頭に竹刀を落とされてようやくトモナリの罠にかかったのだとミズキは理解した。

「ふぅ……」

 トモナリは面を外して髪をかく。
 やはり面をつけるとどうしても熱がこもる。

 ミズキも別に弱くはないのだろうけど回帰前の経験まであるトモナリの方が上だった。
 こう考えるとあっさりとトモナリに勝ってしまったテッサイの方が異常だったのだなと改めて感じる。

「さすがトモナリ! 強いぞ!」

 手合わせが終わって飛んでくるヒカリをトモナリは受け止める。
 勝利を喜んでくれる相手がいるのもまた嬉しいものである。

 一方でミズキは面も外さずぼんやりと立ち尽くしている。
「……もう一回……」

「ん?」

「もう一回やるわよ!」

 負けて悔しい。

「今のは……トモナリ君がまだ初心者だと思って油断したから! もう一回やれば負けないんだから!」

 初心者だと思ったから負けたなどなかなか苦しい言い訳だけど、ミズキは負けたことに納得できなかった。
 確かに先手を譲ってあげようと思っていたのは確かだが、受け身で相手の攻撃を待っていたために押し切られてしまっただけでもう一度戦えば負けないと思っていた。

「やだね」

「ええっ!?」

 しかしトモナリは再戦を拒否した。

「俺にはまたやる義理はないからな」

 未来の剣姫に勝った。
 このことだけでもかなり気分は良い。

 今日は覚醒できたし、特殊な職業を手に入れたし、ヒカリとパートナーになったし、未来の剣姫に勝ったと良いことづくめで終われそう。
 もう一度戦う必要などどこにもない。

「……私に勝ったらなんでも言うこと聞いてあげるから!」

「ミズキ!」

「おじいちゃんは黙ってて!」

 ミズキは相当負けず嫌いらしい。
 あまり軽々しく出すべきではない条件にテッサイが焦るけれどミズキの叱責一つで黙らされる。

 稽古の時は鬼のように厳しいテッサイであるが孫娘には弱いらしい。

「なんでも?」

「なんでも!」

「ふーん……」

「え、えっちなことはダメだからね!」

「しねーよ……」

 見た目は中学生だが回帰の影響で中身はオッサンチックなのだ。
 そんな犯罪行為に手を出すはずがない。

「なんでも聞いてもらえるなら……」

 ミズキは未来において剣姫と呼ばれるほどの実力者になる。
 そんなミズキがなんでもお願いを聞いてくれるということは将来大きな助けになる時が来るかもしれない。

 今何かをしてもらうつもりはないしお願いを使うことなんて来ないかもしれない。
 口約束だし確実なことは何もないけれど困った時に頼ることができる先が一つあるだけでも少し心は楽になる。

「やろうか」

「さっきの戦いはかけてないから無しだからね!」

「ちゃっかりしてんな」

 ーーーーー

 10戦8勝2敗。
 トモナリの成績である。

「あんなの剣道じゃない!」

「これは剣道の試合じゃないからな」

「おじいちゃんあれでいいの!?」

「むむむ……」

 完全に負け越したミズキは納得行かなそうに地団駄を踏んでいる。
 トモナリの戦い方はモンスターとの戦いを通じて得られた実戦的なものである。

 剣道的なマナーの中で戦うやり方とは少し違っていた。
 トモナリはテッサイから剣を習っている。

 剣道としての心構えや基礎的なところは吸収するけれど、決して剣道として戦うのではなく剣道としての無駄のない戦い方を自分の戦い方の中に吸収して戦うつもりだった。
 ミズキの目から見てトモナリの戦い方はかなり異端に見えたことだろう。

 最初が剣道っぽく戦ったので余計にそう感じられた。

「あれが俺の戦い方だ。それともなんだ、約束無かったことにするのか?」

「うぬぅ……でも、私二つ勝ったから! だから六つ! 六つ言うこと聞いてあげる!」

「そうか」

 バカ真面目だなとトモナリは笑った。
 なんならトモナリが勝ち越したから一つだけ言うことを聞くなんてこじつけでもいいのに一勝につき一ついうことを聞いてくれるようだ。

 ミズキが二勝したのでその分打ち消しで六回分なんでも聞いてくれるらしい。

「くーやーしーいー!」

 それでも流石だとトモナリは感心していた。
 正直剣道ならともかく本気で戦いとしてやれば全勝できると思っていた。

 それなのにミズキは食らいついて二勝をもぎ取った。
 センスも対応力も高いし負けず嫌いなところもうまくマッチしている。

 未来の剣姫なことを知らなかったとしても将来強くなると断言できる素質があった。

「二人ともお疲れ様。運動したら甘い物よね」

 トモナリとミズキの手合わせの最中でユキナは席を外していた。
 戻ってきたユキナの手にはお盆が持たれている。

 お盆の上には切り分けられた羊羹が乗っていた。

「また! またやるよ!」

「負けず嫌いだな……機会があればな」

 羊羹と熱いお茶をいただきながら休憩する間もミズキは負けたことに納得いかないようだった。
 ミズキは結構強いのであんまり戦っているのも疲れるなと思いつつも強い相手と戦うのはトモナリ自身のためにもなる。

 時々なら戦ってもいいかもしれない。
 そんな風にはトモナリも感じていたのであった。

「それと……もう一個聞きたいんだけど……」
「覚醒者協会の森山と申します」

 ある日覚醒者協会から人が来た。
 まるでゆかりの休みの日を狙ってきたかのようにゆかりがいるタイミングで訪ねてきたなとトモナリは思っていた。

 森山と名乗った男性は非常に体格が良くて玄関が狭く感じられる。

「ええと、どんなご用で?」

 覚醒者協会とは覚醒者を管理する組織のことでゲートの対処を始めとして覚醒者による犯罪なども覚醒者協会が担当している。
 ただ覚醒者協会は覚醒者やモンスターが関わらないことでは動かない組織であり、ゆかりはどうして覚醒者協会が訪ねてきたのか理由が分からなかった。

「先日起こりましたゲートにつきましてこちらの愛染寅成さんから通報がありました」

「あ……そうなんですか」

「あまり知られていませんが覚醒者協会には早期発見通報制度というものがありまして」

 森山は持っていたカバンの中からパンフレットを取り出してゆかりに渡した。

「ゲートを早めに発見して早めに通報して被害を小さくして下さった方には覚醒者協会から報奨金が支払われることになっています」

 ゆかりの隣で話を聞きながらそんな制度があったのだとトモナリも初耳だった。
 通報の時に聞かれた名前などをさらりと答えてしまっていたことを思い出す。

 なんでそんなこと聞かれるのか疑問だったけど逃げるのに必死で流れで答えてしまっていた。
 こうした制度があるから聞かれたのだなと納得した。

 もちろん匿名でも通報できるので後で失敗したと思ったものだった。

「今回愛染寅成さんのご通報のおかげで人的被害なくゲートの対処にあたることができました。なので報奨金をお支払いするための調査としてお伺いさせていただきました」

「そうなんですね。えっと上がりますか?」

「ありがとうございます。いくつかご質問させていただきますので」

 森山が家に上がり、リビングのテーブルを挟んで向かい合って座る。
 知らない人が来るためにヒカリはトモナリの部屋に隠れている。
 
 質問は通報した番号はトモナリのものかや通報した時の状況などを聞かれた。
 こんな時のためにちゃんと言い訳は用意してある。

「ふむ……日課のランニングをしていた時にたまたま見つけたと」

「はい、あそこは朝走るコースなので」

 朝ランニングしていたのは体力作りという側面も大きいけれどゲート出現に備えてという面も少しあった。
 廃校前はいつもランニングで通るようにしていた。

 だからどうしてその場にいてゲートに気がついたのか、という質問された時に自然な答えを言えるように準備していたのである。
 いつものランニングコースで前を通った時にモンスターに気がついて通報した。

 特に問題視されることもない答えである。

「その時に女の子……ええ……清水瑞姫さんを助けたということですね?」

「その通りです」

 本来ならただゲートを見つけて通報したと答えるつもりだった。
 しかしトモナリは少し話を変えて廃校前を通った時に女の子の悲鳴が聞こえて廃校に入り、そこでモンスターを見つけたということにした。

 女の子はもちろんミズキのことである。

「トモナリ! またあなた危ないことして!」

「しょうがなかったんだよ……」

 まさかモンスターと遭遇までしていたなんてとゆかりがトモナリを叱る。
 こうなることは分かっていたしミズキも秘密にしてほしかっただろうにミズキのことを出して、廃校の中にまで入ったことを説明したのには訳があった。

「もしかしてですが……覚醒なさいましたか?」

「……はい」

「なるほど。清水さんのお宅にも伺う必要がありそうですね」

 その理由とはミズキも覚醒していたということにあった。
 手合わせの後ミズキから話があると言われた。

 なんだろうと聞いてみるとミズキの方も廃校で覚醒していたのである。
 スケルトンは鈍い。

 例えば追いかける時にもつれあって転び、それが倒したという判定になることもある。
 そのためにどこかでミズキがスケルトンを倒した判定になって覚醒していたのだ。

 覚醒自体は悪いことではない。
 しかし何もないのにいきなり覚醒したといっても周りは信じてくれない。

 覚醒のことを一生隠し続けるなら言わなくてもいいがいつかは誰かにバレる可能性が高い。
 結局のところ廃校で起きたことをある程度説明するしかなくなったのである。

 そのためにその場にミズキがいたこととトモナリも遭遇したことにして、その流れで二人とも覚醒したことにしてしまったのである。

「トモナリが……覚醒?」

 ゆかりは驚いたような顔をした。
 まだ現在では覚醒者は望む人だけがなる特殊なものであり、危ないことに関わることになるかもしれないという認識がゆかりの中にはあった。

「ひとまず通報につきましては確認が取れました。報奨金として50万円をお支払いいたします」

「ご、50万!?」

「人の命はお金で買えません。これぐらい安いものです」

 意外な収入にトモナリもゆかりも驚く。

「覚醒につきまして……トモナリさんはまだ中学生でいらっしゃいますね?」

「はいそうです」

「鬼頭アカデミーの入学を検討なされてはどうでしょうか」

「鬼頭アカデミー?」

 ゆかりはそれがなんなのか知らないようで首を傾げた。
「ご存じありませんか? ええと……ああ、あった」

 森山はカバンの中を漁ってまた別のパンフレットを取り出した。

「覚醒者育成プログラムがある学校が鬼頭アカデミーです」

「覚醒者育成プログラム?」

「安全に覚醒者として成長できるように授業として戦い方やモンスターを学ぶのです。数年前にできたばかりですが卒業生には犬沢優(イヌサワユウ)や北見朱音(キタミアカネ)といった第一線で活躍する覚醒者もいます」

 いわゆる高校に当たるのが鬼頭アカデミーなのだが普通の授業の他に覚醒者のための授業があるのが大きな特徴である。
 鬼頭正義(キトウマサヨシ)という覚醒者が作った学校なので鬼頭アカデミーという名前になっている。

「本来なら希望者を募って覚醒から面倒を見てくれるのですが覚醒している子も通えますし、覚醒後のフォローや覚醒者としての力の使い方も学べます」

「で、ですけどそこを出たから覚醒者としてやっていくしか……」

「そうでもありませんよ。教育プログラムそのものとしてもちゃんと学ぶことはできるので覚醒者以外の道を歩む人もいます」

「それでも……」

 覚醒者の学校になんて通ったら覚醒者になるしかないんじゃないか。
 そんな心配がゆかりの中にあった。

 どの親だってそうであるが子供に危険なことなどしてほしくない。
 覚醒者は稼げる側面があるけれど危険な仕事であるし最悪の場合は死んでしまう。

 だからゆかりはトモナリが覚醒者になることは反対だった。
 実際回帰前もずっとゆかりが反対するからトモナリは必要に迫られるまで覚醒者とは無縁な人生を歩んでいた。

「母さん、俺鬼頭アカデミーに行ってみたい」

 ここまで黙していたトモナリは今だと口を開いた。

「トモナリ?」

「俺、知ってるんだ。父さんも覚醒者だったんでしょ?」

 ゆかりがどうしてそこまで渋るのか、トモナリは知っていた。

「父さんみたいに……とは言わないけど俺も人のために戦えるなら戦いたいと思うんだ」

 トモナリの父親は覚醒者だった。
 ゆかりとまだ小さかったトモナリを守るためにモンスターと戦って覚醒した。

 そこから覚醒者として活躍していたのだが試練ゲート攻略中に不慮の事故で亡くなってしまったのである。
 生活に余裕があるわけではないが、女手一つでも困らない程度にやっていけているのは覚醒者の遺族を支える制度があるためだった。

 そして父親のことがあるためにゆかりはトモナリが覚醒者になることに難色を示していたのだ。
 トモナリはこのことを大きくなってから聞いた。

 父親が何をしていた人なのかずっと謎だったけれどそうだったのかと納得したものだ。

「どこでそんなことを……」

「母さん。俺はまだ母さんから見て子供かもしれないけど……何もできない赤ん坊じゃないんだ。ここで覚醒したのもなにかの縁かもしれない」

「…………トモナリ」

 鬼頭アカデミーに行きたいということは覚醒者になりたいということとほとんど変わらない。
 そのことにわずかな抵抗感を覚えるけれど今ゆかりの胸の中にある感情はまた別のものだった。

 トモナリは真っ直ぐな目を見て自分の意見を述べている。
 自分の息子の成長をゆかりは感じた。

 同時に成長してしまったことに寂しさも覚えた。

「ご家族で話し合ってよく考えてみてください。色々と支援制度や特別な奨学金などもありますので」

「……分かりました」

 ともあれ森山の前で決めることでもない。
 通報の報奨金は後々振り込まれることになって森山は帰っていった。

「本当にアカデミーに?」

 森山が帰って改めてゆかりがトモナリに意思の確認をする。
 森山が帰ったのでヒカリがそっと部屋から出てきてトモナリの膝の上に座った。

 話し合いをしている雰囲気は感じているので声を出さないところはちゃんと空気を読めている。

「うん、本当に行ってみたいんだ」

 正直なところ森山の話を聞いてトモナリはよしと思っていた。
 覚醒したトモナリは鬼頭アカデミーに通いたいとどこかのタイミングでゆかりに打ち明けるつもりだったのだ。

 覚醒者として色々と学びながら他で活動するよりも安全に強くなることができる。
 他の覚醒者との縁も繋げるし、トモナリの年齢前後には将来活躍する人も多かったと思う。

 さらにはアカデミーではいくつかの事件が起きたことがあったとトモナリは記憶していた。

「父さんのことだけじゃない。俺は母さんも守りたいんだ」

 早めに力をつけることは将来における事件に介入して未来を正すためでもあるが、ゆかりを守りたいという思いもトモナリの中にはあった。
 女手一つでトモナリを育ててくれたゆかりはゲートやモンスターのせいで十分な恩を返すこともできないままに亡くなってしまう。

 もうそんな悲劇は繰り返さない。

「今度は俺が母さんを守るから。そのためにも鬼頭アカデミーに通いたいんだ」

「トモナリ……」

 ゆかりは思わぬ息子の思いにウルっとしている。
 子供だったのに、男の子になった。

 それも立派な男の子。

「剣道を習い始めたのだって全部そのためなんだ」

「……いつの間にか大きくなったのね」

 ダメと言うつもりだった。
 でもその前にトモナリに行きたいと言われてしまった。

 こんな目で言われてダメと言えるだろうか。
 こんな想いをぶつけられて否定できるだろうか。

 ゆかりにはできない。
 子供はいつか自分の手の内から飛び立っていくものだと誰かが言っていたとゆかりは思い出した。

 飛び立つ時は分かると思っていたのに、気づいたらトモナリは翼を広げて大きく飛んでいたのだ。

「……行きなさい」

 こぼれかけた涙を指で拭ってゆかりは微笑んだ。
 イジメ事件が起きてトモナリがどうなるのか心配していた。

 でもトモナリはしっかりと前を見て進もうとしている。
 それをゆかりの感情で妨げてはならないと感じた。

「色々と支援制度もあるみたいだしお金のことは心配しなくていいから」

 ゆかりは鬼頭アカデミーのパンフレットをぱらりとめくる。
 アカデミーの学長である鬼頭の顔写真があってアカデミーを作った理由や理念が書いてある。

 鬼頭を信頼できるかはわからない。
 でも自分の道を進もうとしているトモナリのことは信じてみようと思った。
「はぁ〜」

 リュックから少し顔を出したヒカリが息を吐き出す。
 まるでドラゴンのブレスのように息が白くなってヒカリは面白いなと思った。

 季節は進んで冬になった。
 雪が降る地域ではないけれど息が白くなるほどに空気は冷えてくる。

 厚手の服装に身を包んだトモナリは日課であるランニングを続けていた。
 ゲートブレイクを経て覚醒するという目的は果たしたけれど体力作りなどちゃんとした理由があって未だに日課としているのだ。

 朝方の空気はだいぶひんやりとしているけれど走っているので体は寒くない。
 それに背中に背負っているリュックもヒカリが入っているせいかほんのりと温かく感じる。

「肉まーんが食べたーいのだ〜」

 周りに誰もいないことを確認してヒカリが完全に頭を出してトモナリに頬を擦り付ける。
 少し前にふとコンビニに寄って肉まんを買ってあげたのだけど気に入ったようである。

「ちょっと買い食いでもするか」

「やった!」

 たまには買い食いしたところで怒る人もいない。
 ひんやりした空気の中で食べる肉まんはトモナリも嫌いじゃないのでコンビニに寄ることにした。

「あっ! あいつだ!」

 近くのコンビニに向かっていると朝の静かな空気にふさわしくない声が聞こえてきた。

「あっ?」

 トモナリが怪訝そうな顔をして振り返ると見覚えのある顔がそこにいた。
 思い出すのにちょっとだけタイムラグがあったけれどなんとか思い出せた。

 そいつはカイトであった。
 トモナリのことをいじめていたクソ野郎で、回帰してきたばかりのトモナリにいっぱい食わされて暴行事件として騒ぎにしない代わりに転校していった。

 カイトと一緒にいじめをしていた連中は肩身の狭い思いをしているらしいというのは学年主任から聞いた話である。
 親の仕事の都合があるからあまり遠くではなく隣町に引っ越してそこの学校に転校したと聞いていた。

 それでも距離はあるので意図的にカイトが来なければ会うこともないとトモナリは思っていた。
 なのにどうしてこんなところにいるのか。

「兄貴、アイツです!」

「アイツか」

 カイトは一緒にトモナリをいじめていた連中に加えて見慣れない男を連れていた。
 トモナリより少し年上に見える高校生ぐらいの体つきのいい青年である。

 いじめっこ感のある生意気そうな顔をしていて、トモナリのことを見て見下すようにふんと鼻を鳴らして笑った。

「おい! 無視すんな!」

 なんだか嫌な感じがする。
 トモナリは声をかけられたのは自分じゃなかったことにして行こうとしたが、やはりトモナリが目的だったようだ。

「チッ、なんだ?」

「コイツ……舌打ちしやがった!」

 肉まんの気分だったのに水をさされた。
 思わずしてしまった舌打ちにカイトは不快そうな顔をする。

「何の用だ?」

「なんだコイツら」

 何もないならさっさと行きたい。
 ヒカリもリュックの中で小さく唸るように警戒している。

「ちょっと来てもらおうか?」

「はぁ? 嫌に決まってんだろ」

「な……てめっ!」

 なんで大人しくついていかねばならないのか。
 当然トモナリに行くつもりなんてない。
 
 少し前ならあり得ない態度にカイトは顔を赤くして怒る。
 改めて見るとカイトは何も怖くないし、こんなにもガキっぽかったのかと思う。

「おい、行け!」

 カイトが命令すると一緒にいじめていた連中がトモナリの方に走ってくる。
 やるのかとトモナリが警戒するけれど馬鹿な連中はトモナリの横を通り過ぎて退路を塞いだ。

 逃がさない、ということらしい。

「いいから来い!」

 トモナリはだんだんとイライラしてきた。
 なんだってカイトの命令なんて聞かなきゃいけないのか。

 ただこんな人の往来があるところで問題を起こすとまたゆかりに心配をかけてしまうかもしれない。

「どこに行くんだ?」

「最初からそうすればいいんだよ」

 馬鹿な連中がトモナリを挟み込んで両腕を掴む。

「むっ……」

「大人しくしてろ」

「はぁ? お前が大人しくしてろ」

「はいはい」

 ヒカリが出てきそうになってトモナリが制する。
 無理矢理連れていかれるような形になるけれど周りから見れば男子生徒がじゃれあっているぐらいにしか見えていない。

「ここは……」

 連れてこられたのは廃校となった小学校であった。
 以前スケルトンが出てくるゲートが発生したあの小学校である。

 スケルトンが溢れたせいで正面の門は壊れてしまい、今は簡易的に封鎖してあるだけになっていた。
 噂では近々取り壊すことになっているらしいが、ゲートが発生したということも相まって余計に人が立ち寄らない場所となっていた。

 その中でもさらに人目のない校舎裏にトモナリは連れていかれた。

「んで、なんだよ?」

 学校で追いかけっこでもしようなんてつもりがないことはトモナリにも分かりきっている。
 トモナリの堂々とした態度に馬鹿な連中は動揺している。

 これまでは少しいじめただけで動揺していたのに今は一切動じることがない。

「なんだだと! お前のせいで俺は引っ越しまでする羽目になったんだ! 父さんには怒られるし、母さんも事あるごとに小言のように俺を責める!」

 知るかよ、とトモナリは思った。

「それなのにお前が悠々と生きてんのがムカつくんだよ!」

 単なる八つ当たり。
 全部自業自得で起きたことなのにそれをトモナリのせいにして自分の気を落ち着かせようとしている。
「話は分かったけど……そいつは?」

「ふん、聞いて驚け! この人は柏原和樹(カシワバラカズキ)さんだ!」

 カイトが八つ当たりや復讐のためにやってきたのだということは理解した。
 けれど見覚えのない高校生がなぜ一緒にいるのだと疑問に思った。

「この人はな、卒業後にギルドも決まってる覚醒者なんだ!」

 カイトは密かにトモナリに対して恐怖心を抱いていた。
 トモナリを殴りつけて教員たちに止められる前に見たトモナリの燃えるような意思を宿した目はなぜかカイトの記憶に強く刻まれていた。

 何者にも折れないようなトモナリにカイトはなぜなのか怖いような思いを抱いていて、それを忘れられなかったから復讐に訪れたという側面もあった。
 カイトと仲間たちだけでは不安があった。

 だから転校先で知り合ったカズキをカイトはいざという時の助っ人として連れてきたのだ。
 中学生のケンカに高校生が顔を出すだけでもロクでもないのに、しかも覚醒者となると救いようがない馬鹿であるとトモナリは内心で思う。

「まあでも兄貴が手を下すことはありません」

 なんとなく不安だったからカズキについてきてもらっただけで直接手を出してもらおうなんてカイトも思っていない。
 今トモナリは両手を抱えられて動くこともできない状況。

 カイトはニヤニヤとしながらトモナリに近づく。

「お前は大人しく殴られてりゃいいんだよ」

 カイトはポキポキと拳を鳴らす。

「……その目ムカつくんだよ」

 ただトモナリはこんな状況でもカイトを睨みつけている。
 あの日から変わったトモナリの強い意思を持つ炎のような目はカイトの心をざわつかせる。

「…………よ」

「あっ?」

 トモナリの口がわずかに動いてカイトは顔をしかめた。

「……ねぇよ」

「なんだよ?」

 上手く聞き取れなくてカイトはトモナリの顔に耳を寄せた。

「もうお前なんて怖くねぇよ」

「ぶっ!」

 ニヤリと笑ったトモナリは一度頭を後ろに逸らして勢いをつけ、カイトの鼻に額をぶつけた。
 遠慮のない一撃にカイトは後ろに転がる。

「うっ!」

「なっ……ぎゃっ!」

 トモナリは左腕を掴む馬鹿の足をかかとで踏み抜く。
 鋭い痛みに馬鹿は左腕を放し、そのまま右腕を掴んでいる馬鹿の顔面を殴り飛ばす。

 逃げないようにと後ろを囲んでいた馬鹿二人もトモナリは殴って倒し、カイトを冷たい目で見下ろす。

「こ、こいつ……兄貴、お願いします!」

「チッ……何やってんだか」

 ただ後ろで手を組んでいればいい。
 それだけでカイトはまたなんか飯でも奢ってくれる。

 簡単なことだと思っていたのに少し面倒なことになったと思いながらカズキは腕を振り回しながら前に出てくる。
 一般人など敵ではない。

 軽く一発殴って終わりにしようと考えていた。

「恥ずかしくねぇのかよ?」

「あっ?」

「あんた高校生だろ? しかも覚醒者。ガキのケンカに顔出して恥ってもんがないのかよ」

「ふん、聞いてた通り生意気なやつだな」

 トモナリの言い方もそうだが内容も反論できないような正論でカズキはカチンと来ていた。

「決めた。一発じゃ終わらせねぇ。ボコボコにしてやる」

「やってみろよ」

 トモナリはヒカリが入ったリュックをそっと下ろして、こいよとジェスチャーする。

「泣いてもしらねぇからな!」

 カズキがトモナリに殴りかかる。
 大きく腕を振り上げた状態から分かりやすく顔を狙った一撃だった。

 トモナリは一歩踏み込みながら顔を逸らして拳をかわす。

「うっ!」

 反撃で繰り出されたボディーブローが完璧に決まってカズキは顔をしかめる。
 予想外に重たい攻撃にお腹を押さえて距離を取ろうとしたけれど、トモナリはそれを許さず追いかけて顔面を殴りつけた。

「あ、兄貴!」

「ぐっ……スキルアイアンフィスト!」

「ほう?」

 なんとか倒れることだけは耐えたカズキがスキルを使う。
 カズキの右腕が金属のように変化して、そのままトモナリを殴ろうとする。

 当たると痛そうだ。
 ただし当たるとである。

 金属の拳をかわしたトモナリはまたカズキの腹を殴りつける。
 ギルドが決まっているとか聞いていたけれど戦い方は全くの素人だ。

 硬い拳をしていようとも当たらなければ意味がない。

「な……兄貴!」

 トモナリに殴り飛ばされてカズキが地面に倒れた。

「お、お前……何者だ……」

「状況見ろよ」

「何?」

「質問するのはお前じゃない。俺だ」

「何を……」

 トモナリはカズキの左手を取った。
 そして中指を握る。

「ゔゔぅ! テメ……なにを!」

 トモナリが中指を逆の方に勢いよく曲げるとボキリと鈍い音がしてカズキは声を押し殺したようにうめき声を上げた。

「あんたが行くことに決まってるギルドの名前は?」

「なんでそんなこと……分かった! アイアンハートギルドだ!」

別の指をトモナリがぎゅっと掴むとカズキはすぐに口を割った。

「うーん、知らないな」

 トモナリの記憶にはないギルド名だった。
 おそらくそこらにある中小ギルドの一つなんだろうと思う。

「どうする?」

「……何をだ?」

「警察に通報するか、ギルドに通報するかだ」

 覚醒者が一般人に暴力を振るうなど言語道断である。
 結果的にトモナリが勝っているが集団でトモナリを襲ったことに変わりはない。

 そこに年上で覚醒者であるカズキがいたら処罰が重たいことは避けられない。
 ギルドに通報してもいい。

 そちらに内定している覚醒者が暴行事件を起こしたといえばカズキは処罰されるだろう。
 内定取り消しになるし正義感が強いギルドならそのまま警察コースになるかもしれない。

「ちょ……ちょっと待ってくれ」

 トモナリの言葉にカズキの顔が一気に青くなる。
 通報されるかもしれないことが頭になかったのかと思うのだけど、顔色の変化を見るにそんなことも考えていなかったようである。

「俺に負けた上に暴行事件を起こそうとしたなんてアイアンハートギルドが知ったらどう思うかな?」

 トモナリはいつでも折れるようにカズキの薬指を握ったまま言葉を続ける。

「そ、それは……」

 ようやくカズキも自分の立場を理解したようだ。
 高校卒業後はギルドに入ることが決まっていたカズキは勉強も何もしていない。

 暴行事件を起こして内定取り消しになった覚醒者を雇ってくれるギルドなどなく、ここで問題が表沙汰になると困るのはカズキの方であったのだ。

「なんであんな馬鹿に良いようにされてるのか知らないけどお前の将来は今俺が握ってるんだよ。分かったか?」

「わ、分かりました……」

 本当にコイツ年下なのかと思いながらカズキは青い顔で頷いた。

「トモナリ!」

「うわっ! なんだコイツ!」

 ヒカリの声がして後ろを振り返るとトモナリの後ろに立ったカイトにヒカリが飛びかかっていた。

「いてっ、この!」

「ふぎゃっ!」

 トモナリがカズキに脅しをかけている間にカイトはトモナリに襲い掛かろうとしていた。
 それを見ていたヒカリはリュックから飛び出してカイトを攻撃した。

 しかし力及ばず顔に爪を突き立てるヒカリをカイトは地面に叩きつけた。

「この野郎!」

 一気に頭に怒りが上ったトモナリがカイトの顔面を殴る。
 殴り飛ばされたカイトはごろごろと転がって廃校の壁にぶつかって止まる。

「ヒカリ、大丈夫か?」

「うう〜ん、痛いのだ……トモナリ〜痛いところ撫でてほしいのだ〜」

「……ふっ、大丈夫そうだな」

「な、なんだそれ……」

 カズキが驚愕したような顔でヒカリのことを見ている。
 どう見たって犬や猫ではない翼の生えた生き物が目の前にいる。

「こいつか? こいつは俺のパートナーだよ。だけど……モンスターだ」

 トモナリがヒカリの顔に耳を寄せて何かをささやく。
 するとヒカリはニヤリと笑った。

「こいつの餌がなんだか分かるか?」

「わ、分かるわけないだろ」

 ゆっくりと近づいてくるトモナリにカズキは恐怖を感じた。

「肉だよ」

 トモナリは金属化の解けた右手を踏みつけて動けないようにすると左手を掴む。
 そしてヒカリの前に左手を持ってくるとヒカリはカパッと口を開ける。

「ま、待て待て待て! 何をするつもりだ!」

「なんだと思う?」

「頼む! やめてくれ!」

 ヒカリは肉が好き。
 ただし人間を食べたことはない。

 というか回帰前でもヒカリが人間を食べたような記憶すらない。
 普通に肉が好きで、レアめに焼いたステーキがお好みである。

 何も人の肉とは言っていないのにカズキは完全に勘違いをして恐怖に飲まれた目をしていた。
 差し出された左手を食べられると思っているのだ。

「でもこいつのこと見ちゃったしな……」

「おお、俺は何も言わない! 誰にも言わないし、いや、何も見てない!」

 トモナリが右手から足をどけ左手を放すとカズキは土下座してトモナリに懇願し始めた。

「じゃあ協力してもらおうか。あいつのこと起こして」

 トモナリはカイトのことを指差した。
 カズキがカイトのことを起こしに行く間にトモナリは馬鹿な連中のところに行く。

 ムカつくので一発ずつビンタをかまして今回のことを口止めして帰した。
 トモナリが強いことは分かっただろうしカイトがいなければ何もできないような奴らなのであまり心配はしていない。

「ふふん、いい気味だ!」

 トモナリに悪いことしようとするからこうなるのだとヒカリの鼻息は荒い。

「えっと……こいつどうしますか?」

「な、なんでですか兄貴……」

「うるせぇ! お前が巻き込んだせいだろうが!」

 カズキに無理やり立たされているカイトの頬は大きく腫れ上がっていた。
 トモナリが殴ったのは顔面の中心であるのでトモナリにやられたから頬が腫れているのではない。

 カズキが起こすためにカイトの頬を激しく叩いたために腫れているのである。
 カイトは態度が一変したカズキに大きなショックを受けている。

「そ、それなんだよ……?」

「うぅぅぅ……」

 カイトはトモナリがヒカリを抱えていることに気づいた。
 ヒカリにもカイトが元凶なことは分かっている。

 わずかに歯を見せて唸るように睨みつけているヒカリはカイトの目から見て恐怖の対象だった。
 トモナリから見たらただ可愛いだけなのだが。

「ほ、他のみんなは……」

「もういない」

「も、もういない……まさか殺したのか! その化け物に食わせたんだろ!」

 なんでそうなるんだとトモナリは呆れ顔を浮かべる。
 多少意地悪な言い回しをしたけれどカイトはトモナリの言葉を曲解してとんでもない勘違いをした。

 恐怖の対象であるヒカリといなくなった仲間、トモナリの言葉を不思議な繋げ方をしてトモナリがヒカリに仲間を食べさせたのだと思ったのである。
 一般人のモンスターに対するイメージなど人を襲う危険なものだというものだから仕方ないのかもしれない。

「……お前はそうだったな」

「なに?」

「勝手に俺のこと敵対視して、勝手にいじめて、全部好きなように振る舞った」

 ただ勘違いしてくれているのなら正してやることもないとトモナリは思った。
「俺がどんな気持ちだったか分かるか?」

「……わ、悪かったよ……」

 ここでただカイトを帰してはいけない。
 カイトの復讐心を完全にたたき折っておかなきゃまたこんなことをしでかすかもしれない。

 もしかしたらゆかりにも何かする可能性もある。
 二度とトモナリに近づけないようにしておかねばならないのだ。

「今こいつは肉を欲している」

 トモナリはゆっくりとカイトの後ろに回り込みながら言葉を続ける。

「に、肉って……」

 ヒカリが人喰いモンスターだと勘違いしているカイトは恐怖に怯える。
 目下ヒカリが欲しい肉とは肉まんのことである。

「ただいっぺんにいなくなるのも不自然だと思わないか?」

「そ、そうだな! あまりたくさんの人がいなくなると周りがきっと騒ぐぞ!」

「じゃあ……こうしよう」

 トモナリはカイトの服を掴むと背中をさらけさせた。
 カズキに服を持っといてもらうとトモナリはヒカリの手を取って爪の先をカイトの背中に押し当てた。

「動くな」

 ビクッとしたカイトは何をされるのか分からない恐怖で血の気が引いている。
 トモナリは自分の指もヒカリの爪と一緒にカイトの背中に当てて軽く動かす。

「な、何してるんだ……?」

 ヒカリの爪が這う背中が熱く感じられてカイトは情けない涙声になっている。

「ひっ!」

 一通り動かした後爪をグッと強めに押し当てられてカイトは悲鳴を上げた。

「お前に印をつけた」

「印……?」

「そうだ……この印がある限りお前は俺たちから逃げられない」

「そ、そんな……」

 カイトの息が荒くなる。
 ヒカリは両手で口を押さえる。

「だがチャンスをやろう」

「チャンス? ど、どうすればいい?」

「二度と俺たちに近づくな。俺の母親にも、この町にも二度と足を踏み入れるな」

「わか、分かった! 二度と顔は見せない!」

「忘れるなよ。俺がお前を見逃してやるんだ」

 カイトは泣きそうな顔をしながら何度も頷いている。

「今日のことは誰にもいうなよ? まだ電車ぐらいあるだろうから早く行け」

「は、はい!」

 トモナリが視線を送るとカズキがカイトから手を放す。
 カイトは振り向くこともなく走り出して逃げる。

 一刻も早くこの場を、この町を離れなければならないと一目散に走っていった。

「あ、あの……俺はどうしたら?」

 カズキは困惑したような顔をしている。

「あんたも行け。この町に来るな。俺の目に映るな。そうすれば俺もあんたのこと忘れてやる。だからあんたも俺のことは忘れろ」

「分かった……悪かったな」

 カズキもカイトの後を追うように走って逃げていく。
 これだけ脅しておけばもうトモナリに近づくことはないだろう。

「ぷぷ……ぷぷぷ!」

 誰もいなくなって、我慢できなくなったヒカリが吹き出してしまう。

「印って何なのだ?」

「そんなものないよ」

「やっぱり! ぷぷぷ……」

 トモナリはカイトの背中に印をつけたと言ったけれど、あれは大きな嘘であった。
 トモナリに印をつける能力などない。

 そもそも何の印なのだという話である。
 あれはヒカリの爪で軽くカリカリしながらトモナリが指先に魔力を集めてカイトに送り込んでいたというだけ。

 背中が爪で軽く傷つけられ、それに加えて魔力によって背中が熱く感じたのである。
 訳の分からない印をつけたからではないのだ。

 トモナリの嘘であることはヒカリにはもちろん分かっていた。
 途中からヒカリは笑いを堪えるのに必死だった。

 トモナリの嘘にカイトは一切気付くことなく完全に信じて怯え切っていた。
 危うく騙している途中で笑ってしまうところであった。

「トモナリ、肉まん食べたい」

「そうだな、俺も動いて少し腹が減ったよ」

 回帰前は何もできなかったいじめっこ相手に一発入れてやった。
 なんか少しだけ清々しい気分だった。

 ヒカリも頑張ってトモナリのことを守ろうとしてくれた。

「今日はピザまんも買ってこうか」

「ピザまん!? なんだそれ?」

「んまいやつだ」

「んまいやつかぁ〜」
 トモナリを殴ったカイトは転校する代わりに大きな騒ぎにしないという話になった。
 いつでも学校に戻ってきていいとトモナリは言われていたのだけど今更中学の勉強をするつもりもなければ、過去では仲良くしたこともなかったような同級生と仲良くするつもりもなかった。

 なので朝保健室に行って出席の代わりにしてもらって、すぐにそのまま学校を出て道場に行くことにした。
 柔軟な対応というよりは騒ぎ立てたくない学校側が渋々そうした形を認めたのである。

 そんな日々を過ごしながら日々体を鍛えていた。
 また手合わせしようなんて言っていたミズキは昼間学校に行っているのでほとんど会うこともなかった。

 学校がたまたま休みの時になんで学校来ないのよ! と怒られたことはあったけれど一応行ってはいると答えておいた。
 そんな感じで時間は過ぎていった。

「大丈夫? 忘れ物はない?」

「ないよ。ちゃんと確認もしたから」

 鬼頭アカデミーは希望すれば入れるというものでもない。
 覚醒者としての授業プログラムはあるけれどその他の授業は高校と同じである。

 そのために覚醒者となる意思の他に普通に学力が必要となる。
 入学テストを受ける必要がある、ということなのだ。

 鬼頭アカデミーは到底家から通える場所ではないので泊まりがけでテストを受けに行かねばならない。

「ゆかり、私にまかせろ! トモナリの面倒は見てやるからな!」

「ヒカリ、頼んだわよ」

「逆じゃないのか?」

 肝心のヒカリは連れていくことになった。
 置いていこうとトモナリは考えていたのだが、絶対についていくと言ってヒカリが譲らなかった。

 置いていくなら飛んで勝手についてくるとまで言うのでそれなら大人しく連れていった方が良さそうだとトモナリが折れることになった。
 おかげでヒカリを入れる用のリュックという荷物が一つ増えた。

「知らない人にはついていかないのよ? 困ったことがあったらすぐにお母さんに連絡しなさい」

「分かってるよ」

 小学生じゃないんだからとトモナリは苦笑いを浮かべる。
 でもそんなことまで心配してくれる相手がいるというのは嬉しいものだと思う。

「それじゃあ行ってくるから」

「いってくるぞー!」

「いってらっしゃい……トモナリ、ヒカリ」

 ゆかりは息子が行ってしまう寂しさと成長を感じる嬉しさの入り混じる目で息子の背中を見送ったのであった。

 ーーーーー

「ここが鬼頭アカデミーか」

 問題なく移動してトモナリは鬼頭アカデミーに着いた。
 大きな町の郊外にある鬼頭アカデミーは敷地も非常に広い。

 学校や覚醒者としての施設だけでなく運動のための施設や寮まで敷地内には完備されている。
 入学テストに際して希望者はアカデミーの寮に泊まることができる。

 無償で泊まれるのでトモナリとしてもありがたいのだけど広すぎてどこに行けばいいのか迷ってしまいそう。
 回帰前もトモナリは鬼頭アカデミーに来たことはなかった。

 覚醒したのはだいぶ年をいってからだし、その時には鬼頭アカデミーは機能を失っていた。

「入学テスト受験者で寮に泊まる方はこちらでーす!」

 鬼頭アカデミーの門をくぐってキョロキョロと周りを見ていると在校生だろう制服の人が“受験生コチラ”という看板を持って立っていた。
 キリッとした顔立ちの背の高い男子学生で静かな魔力を感じる。

 学生にしては結構強そうだとトモナリは思った。
 他の受験生と共に男子学生についていくと寮に案内された。

 男子女子別れていて、受験番号で部屋が割り振られていた。
 なんと部屋は一人一部屋。

 覚醒者が使う部屋になるので相部屋などにして問題が起きたら大変だし、勉強やなんかでちゃんと集中できるようにとなっているのだ。
 流石にキッチンのような場所はなくて一人暮らしの部屋というより家の中にある一部屋という感じではあるがトモナリにしてみればそれで十分である。

「ヒカリ、いいぞ」

「もが……んー! 疲れた!」

 ずっとリュックの中だったヒカリはモゾモゾと出てくると体を伸ばした。
 相部屋だったらどうしようかと思っていたが一人部屋なのでヒカリが出ていても大丈夫。

「トモナリチャージ!」

 リュックの中で隠れていて疲れたヒカリはトモナリの胸に抱きついた。
 これで元気が回復するというのがヒカリの主張である。

「すぅー、はぁー」

 なんか吸われてんなと思うけれどヒカリの好きにさせてあげる。
 ヒカリにしがみつかれたまま立ち上がったトモナリは部屋に備えてあった机に向かう。

 机の上には注意事項や試験の日程、食事として学食が解放されているなんてことが書かれた紙が置いてあった。

「テイクアウトもできるのか」

 混んでいたり周りの目が気になるなら本来のメニューよりも品数は少ないけれどテイクアウトできるものまで学食にはあった。
 まさしく至れり尽くせり。

 移動の疲れもある。
 ヒカリもいるしトモナリは混み始める前に食堂まで行って料理をテイクアウトし、ヒカリと一緒に食べて早めに休むことにした。

 ーーーーー

 いざ勝負の日と周りの生徒たちは緊張した面持ちだったけれどトモナリはいつもと変わらなかった。
 学力的には落ちることはないだろうと思っている。

「がんばれー」

「あんまり喋るなよ?」

「あい」

 トモナリはみんなよりも大きめのリュックで試験会場である教室に入った。
 リュックの中にはもちろんヒカリがいる。

「ムギュ……」

 椅子の下にリュックを押し込む。
 大きめのリュックなので少し無理矢理押し込む形になってしまった。

 窮屈だろうが部屋に一人でいたくないというのなら我慢してもらわなきゃいけない。