「大丈夫ですか!」
事故を起こした車に近づいて中の人を確認する。
運転席に座っている人は事故の衝撃で気を失っているのか反応はない。
「ふんっ!」
開かなくなっている車の扉をタケルが無理矢理開ける。
トモナリとカエデで車から人を引っ張り出す。
その間にも、みんなは他に事故で動けない人や逃げ遅れた人はいないか周りをチェックする。
「他に怪我人はいません!」
いくつか事故はあったようだが、どの車も中は空になっていた。
怪我はしている可能性はあるけれど、少なくとも動いて逃げられるだけは無事だったのだろう。
一通り周りに人がいないことを確認したところで警察が到着した。
パトカーから降りてきたイカつい警察官にはカエデが対応する。
ヒカリを見てちょっとだけざわついていたけれど、カエデが上手く説明してくれた。
「あとは覚醒者チームが来てくれるそうだ」
日本では覚醒者ギルドが都市部に現れた突発的なゲートに対応する。
覚醒者協会が対応する場合もあるけれど、近くの覚醒者ギルドに声をかけたり、危険がないなら都市部でも参加ギルドを募ったりする。
アメリカでも多くの場合、覚醒者ギルドがゲートの攻略に当たる。
けれど緊急性が高い場合は警察のように覚醒者チームが公的な機関として存在していて、ゲートの対処に当たるのであった。
今回都市部の交差点ということでゲートを早急に攻略する必要があるので、公的な覚醒者チームが来てくれるという話だった。
「‘ゲートが……’」
大きな車が到着して覚醒者と思わしき人たちが降りてきた。
ちょうどそのタイミングでゲートが大きく揺らいだ。
モンスターが出てくるのかと警戒する。
「‘人……だと?’」
ゲートから出てきたのは人であった。
「そういえば入っていった連中がいたな」
騒がしい状況に忘れていたが、ゲートに入った覚醒者がいたことを思い出した。
「ゲートが消える……攻略したのか」
十名ほどの覚醒者が出てきてゲートが消えていく。
入っていった連中がゲートを攻略して出てきたようだ。
「‘彼らは君たちの仲間か?’」
「‘いいえ、違います’」
黒髪で黒い瞳の見た目は圭たちと似ていて、アメリカの覚醒者には同じに見えた。
「‘……彼女たちは中国人です’」
しかしゲートから出てきた覚醒者たちは日本人ではない。
「あー、あいつは……」
「先輩、知ってるんですか?」
ゲートから出てきた覚醒者の中で先頭に立つ女の子を見て、タケルが顔をしかめた。
「去年の交流戦で中国が優勝したって言ったろ? 俺たちは一年として参加していたわけだが、その時中国の代表として力を見せつけてくれたのがあの女だよ」
「…………ワン・メイリンですね」
「ん? お前も知ってるのか?」
「いえ、思い出したんです」
傭兵女王ワン・メイリンの名前は回帰前に有名であった。
金さえ積まれればどんな人の味方にもなり、金がなくなればどんな人も縁を繋いではいられない。
泣きぼくろの麗人という見た目に反して実力は相当高く、冷酷で相手を殺すこともいとわないヤバい覚醒者であった。
最後には雇い主に捨て駒にされてメイリンは壮絶な最期を迎える。
何で傭兵なんかやったのか、自分に見合う強い男を探していたなんて噂があったこともトモナリは思い出した。
「おっと……」
見すぎていたためかメイリンと視線が合った。
傭兵女王なんて呼ばれながらも麗人とも言われていただけはある。
「年近かったのか……」
去年、今年と参加しているということはメイリンはトモナリの一つ上だろう。
遠い存在の存在だと思っていたのに一つ上と同年代なことにトモナリは小さな驚きを覚えていた。
覚醒者チームがメイリンたちに話を聞きにいく。
やはりメイリンたちは中国の覚醒者で、交流戦に参加しに来てきたのであった。
ゲートがあったから攻略した。
そんなことを悪びれもなく告げたらしい。
人助けといえば聞こえはいいが、ブレイキングゲートでもないのに他国で発生したゲートを他国の覚醒者が攻略するのは複雑な話となる。
けれどもそれはトモナリたちと関係のことであり、トモナリたちは市民救出のお礼を言われて帰されることとなった。
「‘どうしたの、メイリン?’」
「‘面白そうな人がいた’」
「‘君たち話を聞いているのか?’」
「‘はいはい、聞いてますよ’」
メイリンは立ち去るトモナリたちのことをじっと見つめていたのであった。
ゲートが現れるなんて事故はあったものの、トモナリたちにおいては特に問題もなかった。
トモナリたちの判断は正しかったとマサヨシも言ってくれ、怒られることもなかった。
マサヨシに良いステーキハウスになんかに連れていってもらって、少しはアメリカを楽しんだ。
「なんか……アメリカの大学って感じだな」
そしてトモナリたちは交流戦の舞台となるルドンアカデミーにやってきた。
比較的町に近いところにあるルドンアカデミーはかなり近代的である。
鬼頭アカデミーはあくまでも学校、高校という雰囲気があるのに対して、ルドンアカデミーは広いキャンパスにオシャレな建物と開放的な作りになっている。
「すっげぇ……」
「おっしゃれぇ……」
鬼頭アカデミーとの違いにみんな驚いている。
学生寮もあるが町に近いので通うこともでき、歩いている学生もなんだか進んでいるように見えてしまう。
「隣の芝は青いってか」
トモナリもルドンアカデミーの作りはすごいなと思う。
けれどもかなり広い土地の中にアカデミーは作られているので移動とか少し大変だ。
鬼頭アカデミーも狭くはないがルドンアカデミーと比べると差はある。
だがその分鬼頭アカデミーの方が移動なんかも楽である。
何が良いかは人それぞれであるが、トモナリは利用のしやすさもあって鬼頭アカデミーの方が好きだった。
「お待ちしておりました。私、日本の皆様を案内させていただきます、サランへと申します」
「よろしくお願いします」
ルドンアカデミー側の案内人が来た。
茶髪の可愛らしい女性だが、腰に剣を差していることから覚醒者だろうと分かる。
「とても日本語がお上手ですね」
サラリと流暢な日本語を話したことに驚きつつもカエデが対応する。
「私は日本が好きなので。日本の方の担当ができて嬉しいです」
サランへはニコリと笑顔を浮かべる。
「行きましょう。他の国の方も集まってます」
サランへの案内でルドンアカデミーの敷地を移動する。
着いたのは広い講堂であった。
講堂にはもうすでに他の国の人たちが集まっている。
「こないだの奴らなのだ」
色々な国の人がいる。
その中で先日町中で現れたゲートを攻略した中国人の覚醒者たちもいた。
早めにホテルは出たのだが、渋滞に巻き込まれて時間としてはギリギリになってしまった。
そのためトモナリたちの到着は後の方になっている。
「席はあちらの方です」
トモナリたちは講堂の右後ろの方に固まって座る。
ちょうど前の方に中国の覚醒者がいる席であった。
「もう始まりますね。私は失礼します」
壇上に男性が一人、上がってきた。
顔に複数の傷がある白髪の男性で、離れていてもトモナリは威圧感を感じていた。
「あれがトーマス・ルドン……」
壇上に上がった男性がルドンアカデミーの創設者であるトーマス・ルドンであった。
世界的にも有名な覚醒者で、アカデミーを作った今でも覚醒者としての活動を続けている。
年齢的には高めなので世界が崩壊する時にはもうトーマスは第一線にはいなかった。
けれど今はまだまだ戦えそうだと、パツパツになったシャツを見ながらトモナリは思った。
「‘今日は集まってくれて感謝する’」
落ち着いているがしっかりとした渋みのある声がスピーカーから聞こえてくる。
「‘他国の覚醒者と交流し、見聞を広めることで経験に繋げてほしい。そして……今誰が一番強いか、それを決めようではないか’」
覚醒者として力を手に入れれば誰しもが一度は思うことがある。
誰が一番強いのか。
あるいは自分が一番強いのではないか、なんて思うのだ。
交流戦は交流も目的であるが、同じ年代の人で誰が一番強いのかという覚醒者の疑問にも答える場であった。
「‘交流戦のスケジュールを説明する’」
トーマスの後ろにパッと映像が映し出される。
交流戦は国別の団体戦と国も何も関係ない個人戦がある。
団体戦のルールなどが映し出された映像を元にして説明されていく。
「トモナリ」
「なんだ?」
真面目に聞いていたトモナリの頬をヒカリがつついた。
ヒカリはトモナリに抱えられて大人しくしていたが、そろそろ暇になってきたかなとトモナリはヒカリを見る。
「あいつずっと見てくるのだ」
「あいつ?」
ヒカリが指差す方を見る。
前の方の席には中国の覚醒者が座っていて、その中でメイリンがトモナリのことを見ていた。
普通に目があってしまった。
「……なんだ?」
目が合うとメイリンは軽く微笑みを浮かべて手を振る。
ヒカリも手を振り替えていたのだけど、メイリンの隣の子がちゃんと話を聞いていないことに気づいてメイリンを前に向かせる。
ヒカリを見ていたのだろうか、とトモナリは思った。
講堂にいる覚醒者の中にはヒカリのことをチラチラと見ている人が多い。
好意的な視線もあるけれど、モンスターを見る目でヒカリのことを見ている人もいる。
女の子だしヒカリの可愛さに惹かれてもしょうがないとはトモナリは思う。
しかしトモナリが目を向けた時、メイリンはトモナリのことを見ていたような気がした。
「‘交流戦は明日から始まる。しかし交流は今日からしてもいいだろう。食事の用意をしている。各々交流を深める時間にしてもらいたい’」
今はまだそれぞれの国がそれぞれの国として活動している側面が大きい。
しかしこれから先、試練ゲートの出現が加速すると国の枠など関係なく協力する時が来る。
互いの実力を確かめ合うだけでなく、今のうちから交流しておくこともまた良いことだとトモナリも思う。
「‘その子はなんて言うんだい?’」
「‘本当にドラゴンなのか?’」
「‘可愛いね! 撫でてもいい?’」
「トモナリの奴、人気だなぁ」
「トモナリ君、っていうよりヒカリちゃんな気がするけどね」
場所を移して交流のための食事会が始まった。
食事会というが形式としては立食パーティーのような感じで、自由に動き回って食べながらも会話できるようになっている。
食事会が始まってすぐにトモナリとヒカリは囲まれた。
色々な国の人がトモナリとヒカリにワッと話しかけているのだ。
みんなの目的はヒカリだ。
物珍しい魔獣であるヒカリに興味を持っている。
「ぬぐぐ……」
トモナリの頭の上に乗っかってヒカリは周りを警戒している。
勝手に触ったら噛みついてやると周りのことを睨みつけていたが、それも逆効果でみんなは可愛いなと思っていた。
「‘いっぺんに話しかけるな。それと勝手に触ると怒るからやめてくれ’」
こんなに囲まれるとは思っていなくてトモナリもギョッとしたけれど、とりあえず冷静さは保つ。
「‘なあ、本当にドラゴンなのか?’」
どこから漏れたのか、ヒカリがドラゴンであることが広まっているようだ。
最近トモナリも目立ってきているのでヒカリの存在も隠しきれない。
ヒカリも隠れていないし、トモナリもヒカリは自由にしていてそんなに必死に隠すつもりもなかった。
ドラゴンであることがバレていても特別驚きはない。
むしろ交流戦として他国の優秀な覚醒者を警戒していたらトモナリとヒカリのことが上がってもおかしくない。
「‘ああ、こいつはドラゴンだよ’」
「‘すげー!’」
ブラジルの覚醒者であるルーカスは目を輝かせてヒカリのことを見ている。
「‘なあなあなあ! ちょっと触らせてくれよ!’」
「イヤなのだ」
「‘な、なんでだよ……’」
「僕は今お肉が食べたいのだ!」
ヒカリにとっては交流よりも肉がいい。
そもそもトモナリ以外に撫でられることはあまり好きでもない。
ただしチヤホヤされるのは好きである。
「‘ドラゴンちゃん’」
「む?」
「‘ほら、持ってきたよ!’」
イタリアの覚醒者のソフィアがお皿に山盛りお肉を盛ってきた。
「‘これでいいかな?’」
「むむむむ……しょうがないのだ。ちょっとだけ撫でてよしなのだ!」
肉の誘惑には抗えない。
少し悩んだヒカリはテーブルの上に降り立った。
「‘はい、食べて’」
「にゅ?」
ソフィアは切り分けられたステーキをフォークで突き刺すと、ヒカリの前に差し出した。
ヒカリとしてはお皿を受け取って食べるつもりだったので驚いている。
「……パク!」
ドラゴンのプライド、そんなものはなかった。
分厚いステーキの前にヒカリはあっさりと陥落した。
「んまいのだ〜」
アメリカ的な肉肉しいステーキはヒカリも大好きである。
頬に手を当ててうっとりとするヒカリにみんなも見入っていた。
「‘甘いものはどうだ!’」
「‘こっちのも美味しいよ!’」
いつの間にかヒカリは王様の如く料理を献上されて、食べさせてもらっている。
「まあ、ヒカリがいいならいいか」
なんでこんなことになっているのだ、と思う。
けれどもヒカリがそれでいいなら止めることもない。
みんながヒカリの方に行ったのでトモナリにも余裕ができた。
料理はかなり良いものを用意していくれているようなので、自分の何か食べようかとどんなものがあるのか見回す。
「‘これ美味しいよ’」
「‘ん? ありがとう……ええと、君は……’」
トモナリの目の前にお皿が差し出された。
控えめにいくつかの料理が乗せられていて、トモナリは普通に受け取ってしまった。
誰が差し出したのか振り向くと金髪の青年が立っていて、穏やかな笑みを浮かべている。
「‘僕はアルケス。そしてこの子はキュリシーだ’」
アルケスと名乗る青年の後ろには大きなオオカミがいる。
四足で立っているだけで頭がトモナリと同じ高さもあるような、普通とは違うオオカミである。
「‘僕はテイマーなんだ。君と同じくね’」
アルケスはテイマーであった。
テイマーとは魔獣をスキルによって従えることができる特殊な職業で、世界でもテイマーの職業、あるいはテイムするスキルを持った人はごくわずかである。
アルケスの後ろにいる大きなオオカミのキュリシーは、アルケスがテイムしたモンスターなのだ。
トモナリの職業はドラゴンナイトであってテイマーではないものの、ドラゴンであるヒカリと繋がりを結ぶスキルを持っている。
一種のテイマースキルだと言ってもいい。
「‘テイマーは少ないからね。君と話してみたかったんだ’」
テイマーを職業としている人、あるいはテイムスキルを持っている人があまりいないので、アルケスはトモナリに興味を持っていた。
だから話しかける機会を窺っていた。
「‘君の相棒は話せるんだね’」
アルケスはみんなにお肉を食べさせてもらっているヒカリを見る。
「‘僕の相棒のキュリシーは話せないから羨ましいよ。それでも君の気持ちは分かってるよ’」
キュリシーがアルケスの腕に頭をこすりつける。
アルケスは笑顔を浮かべてキュリシーを撫でる。
「‘僕のスキルは獣系モンスターに効果があるんだ。こうして感情表現は豊かだけど、おしゃべりしてみたいっていう気持ちはあるんだ’」
基本的にモンスターは話さない。
人語を真似して騙そうとするものはいるけれども、それは会話にならない。
一部で人語を理解して操るモンスターの存在もいるにはいるが、かなり貴重でかなり強力なモンスターだけである。
ヒカリはドラゴンである。
そういえば普通に話しているけれど、人語を理解するすごいモンスターになるのかもしれない。
「……待てよ?」
トモナリはあることに気づいた。
「わっはっはっ! どれも美味しいのだ!」
トモナリにはヒカリの声が日本語に聞こえている。
だが周りの人に日本語が理解できる人は少ないだろう。
けれど周りの人はヒカリの言葉を理解している。
「‘どうかしたのかい?’」
「‘……いや、なんでもない。話せるとなかなか面白いよ’」
ふと疑問を感じた。
もしかしたらヒカリは言葉をしゃべっていないのではないか。
意思の疎通が取れているだけで言葉を話していないのではないかと思ったのである。
そういえばヒカリと最初に会ったときも別に言葉は話していなかった。
「言葉が聞こえるようになったのは……スキルを手に入れてから」
死にかけて、交感力というスキルを手に入れた瞬間にヒカリの声が聞こえるようになった。
「スキルが周りにも影響を及ぼしてる?」
トモナリはスキルのおかげでヒカリの言葉が分かっている。
とすると周りの人もスキルの影響でヒカリの言葉が分かっていることになる。
魂の契約によってトモナリとヒカリには相互効果が発生している。
イマイチ相互効果がなんなのか分からないところもあるが、交感力のスキルがなんらかの形でヒカリ、あるいは周りにも影響を与えているのかもしれない。
交感力にはモンスターの好感を得られるという効果もある。
モンスターであるヒカリが周りに受け入れられるのは交感力の影響がある可能性もあった。
「トモナリ!」
「わっぷ!」
トモナリが考え事をしているとヒカリが飛んできてトモナリの顔面にしがみついた。
お腹いっぱいでちょっとぽよんとしたお腹が顔に当たる。
「満足なのだ〜」
ヒカリは嬉しそうな顔をして尻尾を振っている。
「‘君がヒカリ君だね’」
「むっ?」
「‘僕はアルケス、この子はキュリシー。よろしくね’」
「うむ、よろしくなのだ! ……むむむ?」
キュリシーが牙を剥き出してうなり、険しい目をしてヒカリのことを見ている。
ヒカリもそのことに気づいてキッとキュリシーを睨みつける。
「伏せ! なのだ!」
スッとキュリシーの尻尾が下がったのを見てヒカリがパッと手を前に出した。
するとキュリシーはおとなしくヒカリの言うことを聞いて床に伏せる。
「‘キュリシー?’」
自分以外の相手の命令を聞くところなんて見たことがないとアルケスは驚く。
「ふはははっ! そんな目をするからなのだ!」
キュリシーはすっかりしおらしくなってクゥーンと鳴いた。
「‘どうやら君の相棒の方が強いみたいだね’」
アルケスは少し困ったように笑う。
幼なくともドラゴンはドラゴンである。
ドラゴンはモンスターの中でも最上級の種類であるといわれていた。
キュリシーは別のモンスターであるヒカリに敵意を表したものの、格の違いを感じて押されてしまったのである。
「お前も友達と一緒なのだな」
得意げなヒカリは床に伏せるキュリシーの背中に乗っかる。
「んん? もちろんである!」
「ヒカリ? どうしたんだ? まさか……話してるのか?」
ヒカリがキュリシーの顔に頭を近づけて何かを話している。
独り言かと思ったけれど、なんだか会話しているような雰囲気があってトモナリは目を丸くする。
「うむ、話してるのだ!」
「‘キュリシーの言葉が分かるのかい?’」
「にゅ? 分かるのだ」
アルケスに詰め寄られてヒカリは不思議そうな顔をする。
特にすごいことだとも思っていないようである。
「何を話してたんだ?」
「えっ、自分が一番相棒のことが好き……にょわー! 何するのだー!」
キュリシーがハッとした顔をしてヒカリを押し倒す。
「‘そんなことを……’」
ヒカリの口を塞ごうとしたのかもしれないが、時すでに遅しである。
アルケスはキュリシーを止めることもなく、嬉しさに口元が緩んでいる。
「やめるのだ!」
顔を舐めまわされていたヒカリが飛び上がって、キュリシーから逃げてトモナリの胸にしがみつく。
「‘ふふ、キュリシー’」
アルケスが満面の笑みで近づくとキュリシーは床に伏せて恥ずかしそうに前足で顔を隠した。
「‘ありがと、ヒカリ君、アイゼン君。おかげで良いものが知れたよ’」
アルケスはキュリシーの背中に顔を埋める。
「むむ……トモナリには僕がいるのだ!」
トモナリがデカモフモフ良いなと思っていることを察したヒカリがトモナリの体をよじ登って顔にしがみつく。
キュリシーのヨダレの匂いがする。
そんなことを思いながら、トモナリもトモナリでウロコでちょっとゴツゴツしながらポヨポヨしたヒカリの感触を堪能していたのだった。
交流戦が始まった。
まず行われるのは国別対抗団体戦である。
七名を選出し、その内五名が戦う。
勝ち抜き戦で、大将が敗れた方の国が負けとなる。
交流だったり普段見ないような人の実力を見たりすることが目的ではあるが、国別などといわれたら自国の国の威信を背負うことになってしまう。
個人のプライド、あるいは国としてのプライドをかけた戦いとなるのである。
「こんなものあるんだな」
団体戦のメンバーは十六歳が二人から三人、十七歳が四人から五人で選ばねばならない。
日本のチームは十七歳は二年生のアカデミーの課外活動部から四人、アカデミー以外の参加者が一人選ばれた。
さらに十六歳はアカデミー以外から一人、そしてアカデミーからはトモナリが選ばれたのだった。
一年生の中で一番レベルが高いのだからトモナリが選ばれるのは順当であり、他のみんなから文句もなかった。
団体戦参加者には腕輪が配られた。
大きくてゴツい腕輪には青い魔石がはめ込まれている。
腕輪は人工的に開発されたアーティファクトであった。
「飛行機とかに積まれている防御アーティファクトの簡易版ね」
いかに覚醒者といっても本気で戦って怪我は避けられない。
ある程度のところで止める必要がある。
そのために用いられるのが配られた腕輪のアーティファクトだ。
魔石の魔力を使って体を保護するバリアを展開してくれる。
航空機などはモンスターに襲撃されても安全に航行できるよう、防御用アーティファクトを搭載している。
そうしたアーティファクトを小さくしたもので、一定以上のダメージを受けてバリアが消えてしまうと試合終了となる。
「この形、納得いかないのだ……」
トモナリやアルケスが参加することを考慮してなのか、魔獣用のアーティファクトは用意されていた。
ただ装着場所に問題があった。
人用は腕輪になっているのだけど、ヒカリ用は首輪になってしまっている。
アーティファクトを小さくするのも簡単ではない。
腕輪以上に小さくすることは現段階で出来なくて、ヒカリは首にアーティファクトをつけるしかなかった。
「可愛いぞ」
「むぅ〜! トモナリがそういうなら……」
ヒカリはペット扱いを嫌う。
あくまでもトモナリとは対等な関係であるとヒカリは考えている。
首輪ではなんだかペットみたいだと不満なのだ。
トモナリがヒカリの不満を汲んで頭を撫でてやると仕方なく受け入れる。
アーティファクトがないからとトモナリの隣にいられないのなら、首輪ぐらい我慢する。
「初戦の相手はイギリスか」
今回集められた国は二十ヶ国に及ぶ。
団体戦はトーナメント方式で、もうくじ引きによって相手は決まっている。
日本の初戦の相手はイギリスであった。
「注目は前回の団体戦準優勝の中国、優勝のカナダ、それに今回開催国であるアメリカもやる気に燃えてるわね」
去年のデータも参考にして強敵を考える。
覚醒者の教育にはどこの国も力を入れているが、覚醒者教育の歴史はまだ浅い。
どうやって教育していくのか、それぞれのアカデミーに任されているところが大きくてバラツキは出てしまう。
国の経済状況や覚醒者の数など、その他の要因にも大きく覚醒者教育は影響される。
中国やアメリカは覚醒者教育を始めた時期も早く、覚醒者強国である。
「前回優勝って中国じゃなかったのか?」
前にテルがそんな話をしていたとユウトは首を傾げる。
確か中国が優勝したと言っていた。
「そっちは個人戦の方だな。団体戦は準優勝……それでも高順位だけどね」
カエデがユウトの疑問に答えてくれる。
テルが言っていた優勝したというのは、団体戦の後に行われる個人戦においての話だ。
個人戦ではフウカが決勝まで勝ち上がって中国の覚醒者に敗北した。
ただ中国の覚醒者は他にも勝ち上がってきていて、決勝に上がる前にフウカの体力はかなり削られた状態であったことは否めない。
だからフウカは負けたつもりはないと口にしていて、珍しく感情をあらわにするほどであった。
「そうなんですか。日本はどうだったんですか?」
「日本は三位だった」
前回の交流戦ではフウカやテルの奮闘もあって準決勝まで勝ち上がった。
しかし準決勝で立ちはだかったのが団体戦優勝国のカナダであった。
日本は準決勝で負けて、三位決定戦でアメリカに勝って三位となったのである。
「じゃあ団体戦三位で、個人戦も準優勝だったんだね」
意外とすごいじゃないかとミズキは思った。
「そうね。かなり善戦した方だと思うわ」
去年の奮闘のおかげで今年は日本もマークされている。
恥ずかしい戦いはできないとカエデは思う。
「中でも警戒すべき相手は?」
「やっぱり中国かしらね。中国のワン・メイリン。彼女は去年の時点でもベスト16に残るほどに強かったわ。あれから一年……個人戦はもちろん、団体戦も勝ち抜き戦だから辛いかもしれないわね」
カエデはため息をつく。
回帰前の世界でも名前が知られていたメイリンはもうすでに頭角を現している。
「……時々メイリンと目が合う気がするんだよな」
トモナリはそのメイリンと時折目が合うような気がしていた。
ヒカリを見ているのかなと思っていたのだが、どうにもヒカリではなく自分のことを見ているような気がしてならないのだ。
「まあいいか」
なんだか直接声をかけるのもの怖くて、トモナリはメイリンのことを気にしないことにした。
ルドンアカデミーには大きなスタジアムも併設されていて、そこで交流戦は行われる。
スタジアムは真ん中に大きなステージがあって、観客席もある立派な設備である。
最初の試合は中国とオーストラリアでの戦いとなった。
戦いを観戦することは自由であるので、見ないということももちろん可能である。
けれども優勝候補の中国の試合とあってはどこの国も観戦に来ていた。
もちろんトモナリたちも観客席から試合を観るつもりである。
「タン・ハオレンが先鋒か」
十六歳も一人は出さねばならないというルールがある。
そのためにとの国も大体先鋒は十六歳の子となる。
トモナリが出ることになったら当たる可能性があるのは先鋒だ。
凛々しい顔をした青年で、中国の武闘服に身を包んでいる。
手に持っているのは長い柄に湾曲した大きな刃のついた武器である。
「あれか? 青龍偃月刀とかいうかな?」
「あー、なんかそんなのあるな。槍……刀というからには太刀の分類なのか?」
ハオレンも身長のある人だが、そんなハオレンの身の丈ほども青龍偃月刀の大きさはある。
パッと見では槍だけど、名前には刀とついているからには刺突をメインとした武器ではないのかもしれないとトモナリは考えた。
対戦相手のオーストラリアの子も別に弱そうというわけではないのだけど、服装も武器もばっちりのハオレンと比べると地味に見えてしまう。
「ん?」
「むっ、なんだアイツ!」
なんだかハオレンに睨まれた気がするとトモナリは思った。
国としても近いし意識されているのかなと解釈したけれど、ヒカリは睨まれたことで睨み返していた。
「‘アーティファクトを起動させて’」
互いに腕輪のアーティファクトを起動させる。
体が一瞬ホワッとした光に包まれて、アーティファクトの起動が目に見えて分かった。
「‘始め!’」
審判の号令で試合が始まった。
先に動いたのはハオレン。
大きな青龍偃月刀を棒切れのように持ち上げて、一気に振り下ろした。
「あー……」
経験不足、そんな言葉がトモナリの頭に浮かんだ。
ハオレンの動きは速かった。
咄嗟の判断を求められてオーストラリアの先鋒は剣で青龍偃月刀を受け止めてしまう。
しかし軽く扱っているように見えていても、青龍偃月刀はどう見ても重い。
受け流すならともかくまともに受けちゃダメだろうと思った。
つまり経験不足なのはオーストラリアの先鋒である。
「‘そこまでだ!’」
剣が真っ二つに切り裂かれ、そのまま振り下ろされた青龍偃月刀は頭に当たった。
剣が折れる音に続いて何かが割れる音が響いた。
アーティファクトのバリアが耐えきれずに砕け散ったのである。
追撃を繰り出そうとしたハオレンを審判が止める。
「一撃か」
アーティファクトでも防ぎきれなくて頭が軽く切られて、大慌てで医療チームがステージに上がる。
回避か、せめてもう少し受け流すように防ぐべきだった。
あるいはもっと剣に魔力を込めるとか、やりようはあっただろう。
あっさりと勝負がついてしまったのでハオレンの実力もほとんど分からなかった。
「おっ? アイツ、僕とやるのか?」
勝ち残り戦なのでハオレンはまだ戦う。
再び開始位置に戻ったのだが、まだトモナリのことをハオレンは睨みつけた。
トモナリが膝の上に抱えているヒカリは自分が睨まれたと怒っているが、トモナリは自分に向けてだろうなと感じている。
なんだか知らないが中国の覚醒者は変に見てきたり、睨んできたりとおかしなものであるとため息をつく。
ハオレンは次鋒の覚醒者と戦ったが負けた。
なんとなくだけど手を抜いていたように思えた。
まるで実力を隠しているようにも見えてしまった。
「圧倒的だったな」
中国対オーストラリアの戦いは中国が勝った。
中国の次鋒の覚醒者がオーストラリアの次鋒と中堅を倒した。
そして体力温存するように中国の中堅に譲って、中堅がそのままオーストラリアの副将と大将を倒してしまった。
全体的に力を温存したまま勝ってしまったのである。
メイリンは中国の副将になるので出てすらいない。
「あんなのに勝てるのか?」
全体的に質が高いことは今の話でも聞いているし、回帰前でも戦いに残っている人が多くて知っていた。
国をあげて強力に支援をもしているし、強くなればさらに国からいろいろ褒賞も貰えるので頑張る。
かなり熾烈な競争もあるようだが、結果は確実に現れている。
「次は私たちだ。行くぞ」
交流戦が始まって会場も熱が高まってきたように感じる。
日本の出番になったので、出場者となるトモナリたち七人と監督となるマサヨシはステージに向かう。
「じゃあ、ジャンケンだな」
先鋒は十六歳のトモナリか、もう一人の覚醒者となる。
しかしどちらが出るのかはまだ決まっていない。
選ばれたもう一人の子は唐沢歩(カラサワアユム)という青年で、アカデミーには通っておらずもうすでにギルドに所属して活動している。
レベル的にはトモナリよりも高いのだけど、能力でいえばトモナリの方が高いだろう。
「最初はグー! ジャンケンポン!」
トモナリは正直出ても出なくてもいいと考えているのだけど、アユムも実は同じなのであった。
実力があるからと推薦されて交流戦に出ることになったものの、自分から出たいと言ったわけではなかったのだ。
やるなら全力で挑むけれど、出なくていいならその方がいいかもしれないぐらいだった。
ジャンケンの結果、勝ったのはトモナリだった。
「ではやるのだぞ!」
「そうだな」
これから戦うのだから負けた方ではなく、勝った方が出ると決めていた。
つまりトモナリとヒカリの番なのである。
「‘日本の先鋒、アイゼントモナリ。イギリスの先鋒、クリス・ハリソン’」
トモナリがステージに上がる。
対戦相手はグリグリとした茶髪の青年であった。
武器はベーシックに剣で、やや目つきが悪く睨みつけるようにトモナリのことを見ている。
「さて……僕の力を世界に見せつける時がきたのだ!」
ヒカリは胸を張って鼻息をフンと立てる。
「‘試合始め!’」
「ここは僕に任せるのだー!」
開始とともに動いたのはヒカリ。
真っ直ぐにクリスに向かって飛んでいって襲いかかる。
「‘これが噂のドラゴンか。大したことなさそうだな’」
真っ直ぐに飛んでくるヒカリに合わせてクリスは剣を振り下ろす。
テイマーが魔獣を失えば戦力は半減となる。
連携を取られる前にヒカリさえ倒してしまえば楽になると口元は緩んでいた。
「ほっ、とりゃー!」
「‘ぐおっ!?’」
振り下ろされた剣はヒカリに当たらなかった。
空中でくるんと体を回転させて剣をかわしたヒカリは、そのままクリスの顔面に飛び蹴りを入れた。
思いの外に重たい一撃でクリスがぶっ飛んでいく。
ヒカリの活躍に観客席がワッと盛り上がる。
「‘チッ……この……’」
「まだまだー!」
起きあがろうとしたクリスが見たのは急降下してくるヒカリであった。
飛び蹴りもかなり重たかった。
これ以上攻撃を食らうとまずいと思ったクリスは、床を転がってヒカリの追撃をかわした。
「俺の出番はないかもな」
トモナリも戦うつもりであったのだが、ヒカリだけでも十分そうである。
剣に手をかけながらもヒカリに任せて戦いを見守る。
起き上がったクリスが剣を振るものの、空中を自在に飛び回るヒカリに剣は当たらない。
上下左右と動いて相手を翻弄し、隙をついて体当たりを加えている。
まだ爪もブレスも使っていない。
持ち前の素早さだけで戦っているのだ。
「残念! 尻尾なのだ!」
「‘ぐわっ!’」
体当たりと見せかけて体を回転させてクリスの顔面に尻尾を叩きつける。
べチンと大きな音が鳴って、クリスがふらつく。
「くらうのだ! ボーッ!」
「‘うわああああっ!’」
クリスの顔の前でヒカリは大きく口を開けた。
真っ赤な火炎のブレスが放たれる。
頭が炎に包まれてクリスは床を転げ回る。
同時にバリアが割れる音が響いて、ステージの外にいた医療チームの覚醒者が水を飛ばして鎮火した。
結構激しく燃えていたように見えたけれど、アーティファクトのおかげで実際に燃えた時間はバリアが壊れてから鎮火されるまでに抑えられていた。
若干髪の先がチリチリになったかもしれないものの、それで済んだなら無傷といっても差し支えない。
「イェーイなのだ!」
クリスのアーティファクトの効果が切れたのでトモナリとヒカリの勝ちである。
ヒカリが笑顔で両手を突き出して飛んでくるのでトモナリを手を出す。
ハイタッチを交わして、ヒカリは頭も差し出す。
「よくやったな」
トモナリが撫でてやるとヒカリは嬉しそうにニンマリとする。
「さてと……次はどうするかな?」
先鋒戦はそれこそ交流目的が強いような戦いである。
本格的な戦いは次鋒戦からである。
ステージに上がってきた相手の女の子を見て、戦えないこともなさそうだとトモナリは思った。
「まあ、少しぐらい先輩に楽させてあげようか」
力を温存したところで所詮は先鋒である。
負けるにしても次に繋がるぐらいには戦おう。
「流石に注目されるよな」
トモナリが剣を抜くと会場がざわつく。
赤い刃の剣はやはりとても目を引く。
『ほほほ、皆が見ておるわ』
頭の中で響くルビウスの声もどことなく自慢げである。
「いくぞ!」
「やるのだー!」
試合が始まり、トモナリとヒカリは別々の方向に分かれて相手に向かう。
先鋒の試合でヒカリが戦えることはもうすでに刷り込まれている。
素早く回り込もうとするヒカリとまだ未知数なトモナリのどちらを警戒するのか、咄嗟に判断することは難しい。
互いに位置を確認して挟み込むように同時に攻撃する。
「とりゃー!」
左右からの同時攻撃を防御できず相手は飛び退いて二人の攻撃をかわした。
しかしかわすことが分かっていたかのようにヒカリは軌道を変えて相手を追いかける。
「ボーッ!」
相手に迫ったヒカリはブレスを吐き出す。
「‘くっ! はあっ!’」
相手は剣に魔力を込めて炎を切り裂く。
「ばびゅん!」
切り裂かれた炎の奥に見えたヒカリは一気に飛び上がった。
何をするつもりかと軽く上を見たところで、ヒカリの後ろからトモナリが迫っていることに気がついた。
「くらえ!」
ヒカリのブレスの残火を切り裂いてトモナリの剣が振られた。
「‘そこまでだ!’」
トモナリの剣は相手の首に当たりかけたところで止まった。
アーティファクトの効果が発動し、刃を防いだのである。
バリアが割れかける直前で審判がルビウスの刃を掴んで止める。
このまま剣を振り切られると危険だという判断であった。
「‘勝者アイゼントモナリ!’」
「僕もいるぞ!」
「‘アイゼントモナリとヒカリ!’」
審判がトモナリの勝利宣言をする。
だがヒカリのことが含まれていないのでヒカリが審判に顔を近づけて詰め寄った。
少し目を細めた審判は軽く頷いて勝利宣言を言い直した。
「やったな、トモナリ!」
特に苦戦もなく二勝してしまった。
相手が弱かったということではなく、トモナリの手の内がバレていないうちに攻めきってしまうことができたから簡単に勝てたのだ。
ヒカリの能力も上がってきて普通に戦えるようになっている。
個人の戦いに加えてヒカリとの連携も練習してきた。
実際の戦いでは口で指示していられないことも多くある。
実はちょっとした裏技もあるのだけど、正攻法で戦えることも大切だ。
それぞれ好きに動きながらも、お互いの動きや一瞬のアイコンタクトで連携を取れるように頑張っている。
今回は相手が油断していたこともあって上手く連携が取れた。
「このままぜんしょーしてやろうかぁー! わっはっはっー!」
ヒカリ、調子に乗る。
トモナリも意外といけそうだなと思うのだけど、流石にあまり目立ちすぎるのもめんどくさいことになるかもなと思い始めた。
続いて中堅との戦いである。
「ふふふ……この僕が倒してやるのだ!」
中堅の相手は剣と大きめの盾を持ったタンクタイプの覚醒者であった。
力押しでは難しそうだけど、スピードで翻弄すればいけるかもしれない。
「わははー! いくのだー!」
試合が始まって動いたのは、またまたヒカリである。
「にょわー!」
真っ直ぐに体当たりをかましたヒカリであったが、盾で受けられて弾き返される。
「こんにゃろー!」
空中で姿勢を立て直したヒカリは正面から攻めることをやめ、素早く相手の周りを飛び回る。
ちょいちょい可愛いという声が聞こえる中でヒカリは相手の隙を狙う。
「ここなのだー!」
自分の速度についてこられていない。
そう思ったヒカリは相手の後ろから襲いかかった。
「みゅ? ぬぅん! にょわー!」
相手が動かないのはヒカリのスピードについてこられないのではなく、ただ冷静にどっしりと構えていただけだった。
正面から攻撃することが難しいなら後ろから来ることは予想できていた。
素早く後ろを向いた相手はヒカリに剣を振り下ろした。
対してヒカリは攻撃が読まれていたことは予想外だったようで剣をギリギリでかわす。
しかし咄嗟の回避でふらついてしまったところを盾で思い切り殴り飛ばされてしまった。
「‘悪いな!’」
吹き飛んだヒカリに相手は剣で追撃する。
バリアが割れながらヒカリは床に叩きつけられた。
「や、やられた……のだ」
ヒカリも強くなったけどやっぱり経験不足感も強い。
調子に乗っていたこともあるが、しっかりと戦う経験が足りていなくて戦いの判断がまだまだ甘い。
「‘なんだよ……’」
ヒカリが倒されて観客席の一部からブーイングが上がる。
この三戦も含めてヒカリファンが形成されつつあって、相手の子はブーイングを受けて苦々しい顔をしている。
「‘降参します’」
ヒカリが戦っていたので忘れられがちだが、実はトモナリはただ見ていただけだった。
そろそろ負けておこうかなと思っていたので、ヒカリに任せていた。
ついでにヒカリの経験にもなる。
勝てばそのままでも良かったが、負けたのでトモナリはサラッと降参してしまう。
テイマー扱いされているので、魔獣であるヒカリが倒されて降参するのもそれほど違和感がない。
「やられたのだぁ〜」
「だから油断するなって言ってるだろ」
「くっ……調子に乗ったのだ」
床に倒れるヒカリをトモナリが抱きかかえる。
ヒカリも調子に乗って分かりやすく攻めてしまったことを自覚していた。
反省ができるなら次はもっと強くなるだろう。
「でも頑張ったから褒めてほしいのだ!」
赤ちゃんのように抱きかかえられたヒカリはトモナリに甘えた顔をする。
「ほれほれほれ!」
「にょわぁ〜あ〜!」
トモナリはヒカリのお腹をわしゃわしゃ撫でながらステージを降りる。
「‘なんだかムカつくな……’」
勝者である中堅の覚醒者のことを見ている人はいない。
お腹を撫でられて恍惚としているヒカリのことを見ている人の方が多くて、中堅の覚醒者はすごく渋い顔をしていたのだった。
運が良かった。
トーナメント方式であるために、最初のくじ引きで勝ち抜いた時の対戦相手もある程度予想できてしまう。
くじ引きだったので強い国が偏っても仕方ない側面もある。
日本は非常に運が良く、強い国々とは当たらない組み分けになっていた。
準々決勝で前回優勝のカナダと前回準優勝の中国がぶつかった。
結果は中国の勝利。
カナダもかなり強かったが、メイリンの出番もなく中国の副将がカナダの大将を倒した。
トモナリの記憶にあるような覚醒者もいなかったけれどかなり善戦した。
去年に引き続きいてこれだけ戦えているのなら去年の参加者が強かったというだけでなく、覚醒者教育のシステムがしっかりしていて上手くいっているということなのだろう。
「あっちのグループじゃなくてよかったな」
さらに中国は準決勝でアメリカと当たることになった。
去年は準決勝で敗退し、3位決定戦でも日本に負けたアメリカは、今年の開催国ということもあってリベンジに燃えていた。
大将戦までもつれ込んだが、最後にはメイリンが相手を下して中国が決勝に進んだ。
対して日本は相手が弱かったということは決してないけれども、優勝候補に名前が挙がるような相手と戦うことなく勝ち上がれた。
「決勝は君が出てくれよ……」
アユムはゲンナリした顔をしている。
ここまで先鋒はトモナリとアユムが毎回じゃんけんで決めたのだけど、最初にトモナリが出てから次の二回はアユムが出ることになった。
アユムは先鋒として二回とも勝利したのだけど、アユムがステージに上がると観客席からため息のようなどよめきが起こる。
ヒカリが出てこないのか、という落胆であった。
二回もため息をつかれてはアユムの方もため息をつきたくなってしまう。
「まあ一回多く出てるしな。次は俺のヒカリの番だな」
流石に出るだけでため息つかれては可哀想である。
すでにアユムの方が二回も出ているので、トモナリも出るつもりであった。
「むふー! やるのだ!」
ヒカリはやる気を見せている。
初戦のイギリス戦では油断してしまったが、もう今度は油断しない。
「それに……気になることもあるしな」
「頑張れよ、アイゼン」
「頑張ります」
先輩たちの応援も背にトモナリはステージに上がる。
対戦相手のハオレンはすでにステージ上で待っていた。
鋭い目つきをしてトモナリのことを睨みつけている。
今は対戦相手だから睨みつけられてもしょうがないのかもしれないけれど、ハオレンは対戦する前からトモナリのことを意識したように睨みつけてくれていた。
何をそんなに敵視することがあるのか。
話したこともないのにそんなに睨みつけられてはトモナリも不愉快である。
ただ周りはトモナリとハオレンの不穏な雰囲気などつゆ知らず、ヒカリがステージに上がったことで嬉しそうな歓声を送っていた。
ヒカリもドヤ顔で手を振って答えている。
「‘よう。なんでそんなに怖い顔するんだ?’」
トモナリが声をかけるとハオレンは目を細めてより鋭く睨む。
「‘無視か? 仲良くしようっていうのが交流戦だろう? なんで俺を睨みつけるんだ?’」
そんなに怒らせるようなことをした記憶なんてない。
せめて睨みつける原因だけでも教えてほしい。
「‘……あのお方がお前を気にかけているからだ’」
「‘あのお方?’」
「‘知りたければ俺を倒してみろ’」
ハオレンは青龍偃月刀をトモナリの方に突きつけた。
どうにもトモナリが直接何かしたわけではなさそうだ。
「じゃあ教えてもらおうか」
トモナリもルビウスを抜いて構える。
嫌われることは別に構わないが、明確な敵意を向け続けられることにはもう飽きた。
「‘始め!’」
スタートと同時にトモナリとハオレンは走り出した。
ルビウスと青龍偃月刀がぶつかり合い、鍔迫り合いになる。
「‘なんだと!?’」
流石に一撃で押し切れるとは思っていなかった。
けれども押し合いになって力負けしていたのはハオレンの方だった。
『力:95
素早さ:98
体力:95
魔力:89
器用さ:96
運:68』
トモナリの能力は今や三桁も目前に迫っていた。
メガサウルスとの戦いでトモナリのレベルは一気に上がった。
さらにはイヌサワの重力操作のスキルを使い、重たくしてもらってトレーニングするなんてこともしていた。
レベルで全体的な能力が伸びた上に、トレーニングで力と素早さがより伸びた。
ハオレンは重剣士という重たい武器を扱うのに適した職業である。
特に力の能力値の伸びが良くて、ここまででの戦いも圧倒的な力で相手を倒してきた。
なのに鍔迫り合いで押されている。
トモナリの方が力が強いことにハオレンは驚きを隠すことができない。
「どりゃー!」
鍔迫り合いを演じている間に後ろに回り込んだヒカリがハオレンに襲いかかる。
残念ながらトモナリは一人ではない。
「‘くそッ!’」
ハオレンは体をねじってヒカリの攻撃をかわす。
「‘はあっ!’」
「おっと」
ハオレンはトモナリの追撃を青龍偃月刀を回転させて防ぐ。
「‘ふふ、強いね’」
ハオレンが押されている。
このことに中国側に驚きが広がっていた。