「ドラゴンの力が強化される……それなら」
トモナリはチラリと手に持ったルビウスを見た。
ヒカリと魂で繋がっているトモナリにも恩恵があるのだ。
もし自分の身がよりドラゴンに近くなったら、と思った。
「ルビウス、いくぞ」
『ふっふっふっふっ……アレをするのだな? お主と一つになれるのは悪くない』
「むむ!」
ルビウスの声が聞こえているヒカリはちょっとだけ険しい顔をする。
「ドラゴンズコネクト」
トモナリはスキルであるドラゴンズコネクトを発動させた。
ルビウスが赤い光の塊に変わっていく。
トモナリの手を離れて、一度フワリと浮き上がって胸に吸い込まれる。
「あっ……」
全身が燃えるような熱さを感じ始めた。
失敗したとトモナリが思ったけれど、時すでに遅し。
背中にむず痒さを感じ、翼が生えてきて服を突き破る。
こうなることが分かっていたのだから服を脱いでおけばよかったと反省する。
「くっ……うぅ!」
ウロコやツノが生え、髪はうっすら赤くなり、瞳はヒカリと同じく黄金色に染まったトモナリを見てヒカリが悶絶する。
「どうしてみんなが僕を見るのか分かったのだ……」
「ほんとこの姿、好きだよな」
「普段のトモナリも好きだけど、その姿は芸術なのだぁ」
ヒカリはうっとりとした顔をしている。
ドラゴンに近い姿になったからだろうか、ヒカリはドラゴンズコネクト・ルビウスバージョンの見た目がかなりお気に入りである。
「こりゃすごいな……」
ドラゴンズコネクトで得られる力は強い。
本当に竜になったような気分にもなるのだが、今はそんなもの比較にならないぐらいに力が溢れている。
「敵性指名対象種族が少ないからか?」
メガサウルスのスキルはイマイチ分からないようなところもある。
しかしデバフをかける敵が多いほど効果が弱くなるという内容にも読める。
逆に言えば敵が少ないほどに効果は高くなるとも読み取れるだろう。
トモナリからしてみれば敵性と呼べる相手はメガサウルスしかいない。
バフの効果が最大限に発揮されているのだ。
『非常に気分が良いのう。これは竜種に伝わる真言の結界術の応用じゃな』
トモナリと一つになったルビウスもご機嫌だった。
ドラゴンズコネクトを使うと、ちんまい竜の姿ではなく人の体を得られたような気分になる。
今は力も溢れてくるのだからより気分が良い。
「今ならいける……!」
これだけ力が溢れているのなら戦える。
「ん? おっと?」
跳び上がろうとしたトモナリは足が地面から離れなくて転びかける。
「なんだこれ?」
『大地の束縛とかいうやつのせいだろうな』
一つになっているのでトモナリの視界はルビウスも共有している。
トモナリの目で見えている表示はルビウスにも見えていた。
『アドシュタイトが大地の束縛を発動させました!
行動を制限します。』
「これか」
ドラゴンズコネクトで得られた力に気を取られてもう一個の表示をつい忘れていた。
「行動の制限か……」
今何かの行動が制限されたことはトモナリにも分かった。
「歩ける……」
こういう時は冷静に状況を確かめるに限る。
幸いなことに、小部屋の入り口にいるトモナリはメガサウルスの意識から外れている。
何に制限がかけられているのか確かめる余裕はあった。
行動制限がかけられているけれど、歩いて移動はできる。
戦っているみんなを見ても移動そのものを制限されている様子はない。
ならば何を制限されているのか。
「……飛び上がれないな」
回帰前にもこうしたデバフの経験はある。
軽く跳び上がろうとしたトモナリは地面から足が離れなくなることに気づいた。
『跳躍制限か。いかにもアースドラゴンらしいな』
頭の中でルビウスがため息をつく声が聞こえてくる。
「でもヒカリは飛んでいられるんだな」
バフはヒカリにも影響を与えている。
それなら大地の束縛というスキルもヒカリに影響を与えていてもおかしくない。
なのにヒカリは普通に飛び回っている。
「……飛行は含まれないのか?」
どうだ! と言わんばかりにヒカリがトモナリの周りを飛び回る。
トモナリは跳ぶのではなく飛ぶことならできるのではないかと考えた。
歩く走るができるなら足が地面から離れることは制限されていない。
一定の高さ以上になりそうな跳躍を封じているのなら、飛行のように少しずつ地面から足が離れる行為は制限されない可能性がある。
「やってみるか」
トモナリは飛び上がらないように気をつけながら翼を動かす。
ドラゴンズコネクトでの体の変化については少しずつ練習していた。
翼があるなら飛べるだろうと思っていたので、翼を使った飛行の練習もしていたのである。
「……これは大丈夫だな」
足が地面から離れる。
そして小部屋の入り口と同じ高さまで飛ぶことができた。
「よし! やるぞ、ヒカリ!」
「うむ! 任せるのだ!」
本当は壁を蹴って勢いをつけたいが、それも跳躍と見なされる面倒だ。
トモナリは翼を動かして天井近くまで上がる。
「ゴー!」
「ゴー、なのだ!」
トモナリとヒカリは一気にメガサウルスに向かっていく。
「どりゃああああっ! ドーンなのだ!」
まずはヒカリがメガサウルスに体当たりする。
メガサウルスの鼻息でも吹き飛んでしまいそうなサイズの違いがあるけれど、ヒカリのタックルを食らってメガサウルスが大きく弾き飛ばされる。
「わーはっはっはっ!」
ヒカリは腰に手を当て胸を張る。
力が溢れて気分が良い。
ヒカリの重たい一撃にメガサウルスもダメージを受けたようにふらついている。
「これが僕の本当の力なのだ! さあ、トモナリもいくのだ!」
「やる気だな。俺も一発!」
トモナリもヒカリに続く。
頭を振って持ち直したメガサウルスがヒカリを睨みつけようと振り向くと、すでに拳を振りかぶっているトモナリが目の前にいた。
「くらえ!」
トモナリがメガサウルスを殴りつける。
岩でも殴ったかのような硬い手応えがあったけれど、トモナリは拳を振り切った。
鼻先を殴られてメガサウルスが倒れる。
「みなさん、今です!」
「はははっ! 君は面白いね!」
トモナリの姿にみんな驚いていた。
それでも動きを止めるような人たちではない。
イヌサワはやっぱり切り札を隠していたかと笑いながらメガサウルスに斬りかかっていく。
倒れてしまえば尻尾や口など身体を使った攻撃は大きく制限される。
抵抗するように振りまわされる尻尾を避けてみんなでメガサウルスを攻撃を叩き込む。
俯瞰して見ることができた立っている時と比べ、倒れて横になっている時の視界は遥かに狭くなる。
いかに強い力を持っていようと視覚に頼る部分は大きく、見えない敵を攻撃できはしない。
ついでに見えてる敵も横に見えているのでかなり狙いにくいのか、魔法での反撃の精度も低くなっていた。
「起こさせるかよ!」
メガサウルスが頭を上げようとしたので、トモナリは上から蹴りをいれる。
「いいよ、アイゼン君!」
頭を蹴られて怯んだ隙にミヤノがメガサウルスを斬りつける。
目を斬られてメガサウルスが苦痛の声を上げる。
「トモナリ、来るのだ!」
「ブレスか!」
いいように攻撃されているメガサウルスは横になったまま、攻撃した直後のミヤノに向かって大きく口を開けた。
口元に魔力が集まり、ミヤノは危険を感じた。
しかし左右に避けては他の人がブレスに巻き込まれてしまうかもしれない。
飛んでかわすことができない今、変に回避してしまうと余計な被害を生む可能性があるとミヤノは判断した。
滑走するように低く後ろに飛び退いてブレスに備える。
「アイゼン君!?」
そんなミヤノの前にトモナリとヒカリが降り立った。
「やるのだー!」
「おうよ!」
トモナリとヒカリは胸いっぱいに息を吸い込む。
「はあああああっ!」
「ボーッ!」
メガサウルスがブレスを放った。
同時に口を開いてトモナリとヒカリもブレスを放つ。
トモナリとヒカリのブレスが合わり、グルグルと渦を巻くようにしながらメガサウルスのブレスとぶつかった。
ちょうど両者の間でブレスが拮抗して止まる。
「はははっ! 若者が頑張っているのだ、俺も頑張らねばいけないな!」
イガラシは両手に大きめな斧を持って戦っていた。
それでもかなり攻撃的なスタイルである。
だがイガラシは二つの斧をインベントリにしまうと別の武器を取り出した。
「ふううううっ!」
身の丈ほどもある巨大な斧をイガラシは全力で投擲した。
回転しながら飛んでいった斧はメガサウルスのアゴに当たった。
トモナリとヒカリは口の前からブレスが放たれているのに対してメガサウルスのブレスは喉奥から放たれている。
斧によって口が強制的に閉じられた結果、ブレスが口の中で暴れて爆発を起こした。
「ユウユウコンビ復活といこうか!」
さらにはトモナリとヒカリのブレスに襲われてメガサウルスは地面を転がった。
完全に隙ができた。
トモナリが飛んでいることにイヌサワはヒントを得た。
ジャンプしないで足を離せば飛び上がることもできるのでないかと見ていた。
イヌサワが重力操作をミヤノに向かって発動させる。
重くすることも重力操作の能力だが、逆に無重力のような状態にすることや任意の方向に重力をかけることもできた。
ミヤノの足が地面から浮き上がる。
そのままイヌサワはミヤノをメガサウルスの上に動かす。
「準備はいいかい?」
「もちろん」
ミヤノはメガサウルスを見下ろしながらゆっくりと剣を振り上げる。
「超重力」
イヌサワがグッと手を握った。
その瞬間ミヤノと、ゆっくりともたげようとしていたメガサウルスの頭にとんでもない重力がかかった。
イヌサワの力によって浮いていたミヤノが落下し、メガサウルスの頭は地面に押さえつけられる。
普通の覚醒者でも耐えられないような重力の勢いを得て、ミヤノはメガサウルスの首に剣を振り下ろした。
『ようやく……終わる』
ミヤノの剣によってメガサウルスの首が刎ね飛ばされる。
飛んでいったメガサウルスの首はトモナリの前に転がっていく。
ブレスで力を使い果たしたトモナリはドラゴンズコネクトによるドラゴン化が解けて、滝のような汗を流していた。
『感謝する……トモナリ』
首だけになったのにメガサウルスはやたらと澄んだ理性的な目でトモナリのことを見ていた。
「俺は何もしてないよ」
結局倒したのはミヤノである。
イヌサワやみんながいなければ倒せなかったし、トモナリが倒したというのは無理があると自身でも思う。
『何もしていない者ほど何かしたと言い、何かをした者ほど何もしていないと言う。お前は俺の願いを叶えてくれた。永遠の苦しみを終わらせてくれた』
確かにメガサウルスを倒したのは別の人である。
しかしトモナリはよく戦った。
抑制装置を起動させて、ブレスだって防いだ。
何もしていないことはない。
『ドラゴンの声が聞こえる、ドラゴンの友よ……感謝する。これを……お前に……』
メガサウルスの頭が光となる。
ギュッと小さく凝縮されて、トモナリの目の前に飛んでくる。
「受け取らないのだ?」
自分に権利があるのだろうか。
そんなことを考えていたトモナリの代わりにヒカリが手を伸ばすと、メガサウルスの光の塊がヒカリの手の中に収まる。
「ほい、なのだ」
ヒカリが受け取っちゃった。
しょうがないのでヒカリが差し出したものをトモナリが受け取る。
メガサウルスの頭は茶色い水晶玉のようなものになった。
『アースドラゴンの精髄
アースドラゴンの力が込められた精髄。そのままでは使えないが加工することでドラゴンの力を利用することができる』
「ドラゴンの力だったのか……」
アイテムの説明を見てトモナリは思わず呟いた。
トモナリのもう一つの目的、それはこの精髄であった。
回帰前においては詳細を伏せられて精髄とだけ話を聞いていたけれど、ドラゴンのものだったのかと驚いてしまう。
メガサウルスの攻略のために回帰前、五十嵐ギルドは甚大な被害を受けた。
イヌサワまでもが引退してしまったのだが、すでに解放している地域を捨ててギルドを畳むこともできなかった。
そのために五十嵐ギルドは精髄を手放すことにした。
人の手に渡るために詳細は伏せられて精髄とだけ話が出たのだ。
精髄は防具に加工され、その防具は最終的に終末教の手に渡った。
死壁などと呼ばれた終末教の覚醒者が精髄の防具を使っていたのだ。
強力なタンクだった死壁は強力な精髄の防具を使って、多くの覚醒者を捻り潰した。
五十嵐ギルドの被害を抑えれば、精髄が流出して終末教の手に渡る可能性は低くなる。
できるならトモナリが欲しいな、と考えていた。
『ゲートが攻略されました!
間も無くゲートの崩壊が始まります!
残り5:47』
「ゲート崩壊のタイムリミットも動き始めたぞ。時間はまだあるからしっかりと状況を確認するんだ!」
裏ボスであったメガサウルスが倒されたことでゲート崩壊も再び進み始めた。
ただ六時間近くもあるのだから焦る必要はない。
イガラシはみんなの状態を確認する。
魔法や尻尾の攻撃をくらって怪我をした人はいたものの、死人は出なかった。
回帰前に引退したイヌサワは超重力を使った反動があるけれども、反動を除けばダメージはない。
「メガサウルスは解体して持って帰るぞ!」
モンスターの死体も立派な資金源である。
メガサウルスの皮は硬く、十分に利用できるために持って帰ることにした。
ただデカすぎるので一人のインベントリにはとても収まりきらない。
なので解体してある程度の大きさにして持って帰るのだ。
「あの、コレ……」
精髄は目的のものだが、攻略で得られたものはギルド全体のものである。
トモナリが勝手に持ち帰っていいわけがない。
まして連れてきてもらった研修生の分際でネコババなんかできやしない。
「んん? ああ、それは一旦君が持っていなさい」
イガラシに精髄を渡そうとしたのだが、ニコリと笑って持っているように言われてしまう。
とりあえずインベントリに保管して、後で渡せばいいかとトモナリは思った。
「内臓も傷つけないように気をつけろよ!」
みんなで協力してメガサウルスを解体していく。
「まあ……かなり上手くいったかな」
怪我人無しとまではいかなかったが、死人は出なかった。
十分すぎるぐらいの成果を上げられた。
「お疲れ様、ヒカリ」
「うむ、トモナリもお疲れ様なのだ!」
トモナリはそばを飛ぶヒカリの頭をわしゃわしゃと撫でたのだった。
「あっ、戻ってきましたよ!」
ゲートがほんの少し揺らぎ、中からイガラシを先頭にして覚醒者たちが出てくる。
「あれ? トモナリ君とヒカリちゃんは……」
みんなの顔色は悪くない。
ただ連れて行かれたトモナリの姿が見えないとサーシャは少し不安げな顔をした。
「いた」
「本当だ」
「……情けない」
「こんなの初めてなのだ……」
「はははっ! しょうがないじゃないか!」
トモナリはもちろん生きている。
ただ無事といえる状態じゃない。
ゲートを出てきたトモナリはイヌサワに背負われていた。
そしてヒカリはそんなトモナリの背中にひっついている。
「急にヘニョヘニョしちゃうんだから驚いたよ」
トモナリを背負っているイヌサワは笑っている。
戦いが終わってメガサウルスを解体している中で、トモナリは体の力が抜けて地面に座り込んでしまった。
ドラゴンズコネクトを使ってブレスを放って、メガサウルスのブレスに対抗した。
魔力を使い果たした上に、ドラゴンズコネクトは使うと使用後にある程度の反動もあったのだ。
メガサウルスが展開していたバフの効果が切れて、魔力不足とドラゴンズコネクトの反動でトモナリは動けなくなってしまったのである。
ヒカリも魔力を使い果たしてトモナリと同じく動けなくなった。
カッコよく帰還するなんてつもりはないけれど、背負われて帰ってくるのは流石にカッコ悪いなと思わざるを得ない。
「ヒカリちゃん大丈夫?」
「大丈夫じゃないのだ〜お肉食べたいのだ〜」
フウカたちが駆け寄ってきて心配そうにヒカリのことを見上げる。
ヒカリはトモナリの背中で渋い顔をしている。
「ヒカリの心配だけか?」
「トモナリ君も大丈夫?」
「なんだかついで感があるな……」
「そんなことないよ」
「心配したよ」
「まあ、心配ありがと」
サーシャとフウカの無表情コンビは何を考えているのか分からないなとトモナリは笑う。
「皆さんが戻ってきたということは……」
「ええ、ゲート攻略しましたよ」
「ふふ、トモナリ君は大活躍だったよ!」
「やめてくださいよ、イヌサワさん……」
「ははははっ! 今日はお祝いだね!」
ーーーーー
「モンスターの素材の精算金は後々君たちにも分配しよう。たとえ研修生でも我々ギルドの仲間だからな」
ギルドの拠点に帰ってきて夜、ゲート攻略を祝うささやかな宴が開かれた。
いつもより豪勢な食事が用意され、大人たちはお酒も飲んでいる。
堅苦しい話はなしだが、イガラシがゲート攻略後の処理についてトモナリたちにも話してくれた。
回収したミニサウルスの魔石やモンスターの死体は、鑑定したり調査して売りに出される。
魔石はすぐに売れるだろうが、メガサウルスの皮や骨なんかは利用できるかどうかの調査を経てから売られることになる。
すぐに換金できるものではない。
だがトモナリたちはもうすぐ研修を終えて帰る。
フウカとアサミはまだいるけれど換金するまでギルドにいるかはわからない。
それでも攻略を共にした仲間である。
たとえ直接参加していなくとも外で待機してもらうことにも意味があって、攻略の一部を成しているといえる。
つまり攻略のタイミングでギルドにいたのなら攻略で得られたお金をいくらか受け取る権利があるのだ。
「ただ初めてのモンスターだし、鑑定に時間もかかる。ボスの皮は硬かったから利用価値もあるだろうから売れるだろうが、オークションなんかの形式になればさらに時間もかかるかもしれない。気長に入金を待ってくれ」
お金がもらえるだけありがたい。
多少時間がかかろうともみんな文句はない。
「あと……あれは」
「あれについてもみんなで話し合った」
あれとは精髄のことである。
ギルドに戻ってからトモナリはちゃんと精髄を渡していた。
権利を主張することはしないけれど、どうするつもりなのは気になった。
「これは君にあげよう」
イガラシはインベントリから精髄を取り出すとトモナリの前に置いた。
「えっ!?」
予想もしていなかった答えにトモナリは驚いてしまう。
「みんなで話し合った。今回誰一人として死ぬこともなく無事でいられたのは、君のおかげだ」
ゲート事故を事前に警告してくれた。
たとえ分かっていたとしても口を出すのには勇気がいるだろう。
「ゲート事故のモンスターを倒せたのも君の働きが大きい」
トモナリは何もしていないなどというけれど、メガサウルスを弱体化させ、攻撃して地面に倒したのはトモナリである。
トドメこそ刺してはいなくとも、トモナリの働きは決して小さいものではない。
「それに最後……これは君に向けてドロップしたように思えた」
トモナリとメガサウルスの頭は見つめ合い、そして最後に精髄はヒカリの手の中に収まった。
地面に転がるでもなくトモナリとヒカリを選んで、その下に行ったのだ。
「俺に意味を推しはかることはできない。だが何かしらの意味がある。これは君が持つべきだ。五十嵐ギルドの総意。俺たちの感謝の気持ちである」
「…………分かりました。ありがたく頂戴します」
みんなの思いを断り続けるのも失礼だ。
トモナリは精髄を手に取る。
「それでいい。受け取れるものは受け取っておけ。ついでにこれもやろう」
「これは?」
イガラシは小さなメモ用紙をテーブルに置いた。
「それはそれのみで活用できないだろう。道具にするにしても、防具や武器にするにしても職人の手は必要だ。これは俺が知る最高の職人の連絡先だ。気難しい奴だが腕は確かだ」
メモには名前と連絡先が書いてある。
「……ありがとうございます」
「君の将来が楽しみだよ。うちに来てくれると嬉しいんだがな」
「考えておきます」
「ふっ、まあ君はうちよりも大きなところで活躍するかもしれないな。研修に来てくれて感謝するよ」
「こちらこそ、こんなに良くしてくれてありがたく思ってます」
短い研修だったけれど、濃い時間を過ごせた。
五十嵐ギルドの被害を無くし、精髄をトモナリが手に入れた。
イヌサワもトモナリの頼みならどこにでも飛んでいくから呼んでくれ、なんて言ってくれた。
このことが未来にどんな影響を及ぼすのか、それはトモナリにも分からない。
けれども多少は明るい影響になるのではないかと期待している。
三年生のサポートであるトモナリの研修時間は終わり、アカデミーに帰ったのであった。
ーーー第三章完結ーーー
研修のサポートから戻ってきたトモナリは勉強に励んでいた。
勉強なんて余裕だろうと思っていたのだけど、意外と忘れていることも多い。
やれば思い出せるので授業を受けてしっかりと思い出しておく。
他にも覚醒者の学校らしくモンスターやゲートの勉強もある。
成績優秀者にはご褒美もあってみんなのモチベーションも高いので、回帰というアドバンテージにあぐらをかいてもいられない。
ただ勉強だけじゃなく、いつものみんなでトレーニングもしている。
加えてトモナリは情報収集も欠かさなかった。
アカデミーにいると世の中の情報に疎くなってしまいがちなので、積極的にニュースなんかを見て世の中の動きを把握する。
ネットの匿名掲示板なども時に覗く。
そうして得た情報を元にして、思い出したゲートの事故があれば覚醒者協会に未来視と称して情報をメールで送った。
おかげでいくつかのゲートで起きたはずの覚醒者の全滅も防ぐことができた。
未来視が元になっているということは伏せられているために、残念ながら防げなかったものもあるがおおむね順調である。
回帰前の知識を元に参加したかった試練ゲートもあったけれど、アカデミーから参加する方法がなくて諦めた。
「後のことは頼んだよ、新部長」
「お任せください」
いつの間にか季節は冬になり、短い冬休みもあっという間に過ぎ去った。
冬休みに家に帰っていた三年生も冬休みを終えて、研修の報告などのためにアカデミーにも帰ってきていた。
三年生はまた他のギルドに向かう。
本格的にどこのギルドに行くのか決める時期で、またすぐにいなくなってしまう。
しかし、いなくなる前にやらねばならないことがある。
課外活動部の部長引き継ぎだ。
卒業後に覚醒者として活動する三年生はこのままギリギリまで帰ってこないので、新しい部長へ課外活動部を引き継ぐのである。
新しい部長はカエデであった。
覚醒者の能力的にも高く、人柄や部長としてやっていく能力もある。
誰の文句もない人選だとトモナリも納得だ。
「みんなもフクロウ君を補助して怪我なく課外活動部の活動を続けてくれ」
テルが部長として最後の挨拶を終え、みんなが拍手する。
「これから春休みにかけて交流戦がある」
「交流戦?」
「ああ、毎年この時期になると世界の覚醒者教育機関同士の交流を目的として交流戦というものが開催されるんだ。去年の主催国は確か……イタリアだったかな?」
覚醒者を育成する場所は日本の鬼頭アカデミーだけではない。
世界各国に同じような覚醒者教育機関が存在している。
同じ覚醒者教育機関の中だけでは視野も狭くなるし、多くの人と戦うことは良い経験になる上に刺激にもなる。
さらに優秀な覚醒者は国を越えてもほしいものである。
色々な思惑が絡み合って各国の覚醒者教育機関の学生覚醒者の交流を目的として、交流戦というものが毎年開催されているのだ。
日本では鬼頭アカデミーが交流戦に出場している。
「今年の主催国はアメリカだよ。アメリカには三つアカデミーがあるんだけど、その中で東海岸にあるルドンアカデミーが会場になるはずだ」
三年生は卒業して活動を開始するために交流戦には参加しない。
そのために交流戦は二年生と一年生が参加することになる。
「去年はどうだったんですか?」
「去年は中国が優勝したよ。ヤナギが善戦したんだけどね。連戦で疲れていたのか……そんな目で見ないでくれよ」
フウカがテルのことをじっと見ていた。
珍しく少し怒ったような感じがある。
「負けたと思ってない」
「僕にそれを言われてもね……結果としてあのおかげでヤナギもやる気を出してくれたから良かったとは思うけど……」
「何かあったんですね」
「そうなんだ。細かくはヤナギがいないところで聞いてくれ」
テルは困ったように肩をすくめた。
「ともかくこれから課外活動部は新体制になり、最初の活動が交流戦だ。良い経験になると思うから気負わずに参加してよ」
ーーーーー
「ジュース、たくさんもらっちゃったのだ」
「よかったな」
なんとか期末試験を乗り越えて、トモナリたちは飛行機でアメリカを訪れた。
ちょこんと席に座るヒカリが物珍しいのか、キャビンアテンダントのお姉さんたちが色々とヒカリの世話を焼いてくれた。
「でももうトモナリも飛べるから自分で行けばいいのだ」
「何時間もスキル維持して飛ぶのは無理だよ」
多少の距離ならドラゴンズコネクトで翼を生やして移動できる。
けれども流石に海を越えて国を移動するのは体力的にも魔力的にも持たない。
何もしなくていい飛行機の方が今のところ楽である。
「トモナリ、あっちだってよ」
「ヒカリ、いくぞ」
「ふーい」
アメリカには交流戦が目的で来ている。
課外活動部の生徒だけでなく、特進クラスでも有望そうな子が何人か来ていた。
さらに日本国内でもアカデミーには所属していないが、学生年齢でもすでに覚醒者として活動している子もいて、そうした子にも声をかけていた。
だから意外と大所帯になっている。
「これからどうすんだっけ?」
「ちゃんと話聞いてたのか、ユウト?」
「聞いてたよ。ただもう忘れちゃっただけ」
ユウトは悪びれもなく肩をすくめてみせる。
「これからホテルに移動なのだ!」
「その通り。ヒカリの方がよく覚えてるな」
「はっはっはっー! ユウトには負けないのだ! 褒めるがよいぞ!」
トモナリの方にしがみついていたヒカリはトモナリの方に頭を差し出す。
「はいはい」
「むふー」
「おいおい……ヒカリが俺に勝つだって? 笑わせるよな、なあ?」
「そうだね」
「ユウトがヒカリちゃんに勝ってるところ一つもないもんね」
「あれ!? そっち!?」
流石にヒカリには負けないだろう。
ユウトはそんなつもりでサーシャとミズキの方を見た。
しかし二人は全く逆の意味でユウトに同意した。
ヒカリの方がユウトよりも勝っているのだから、確かにおかしな話であるということなのだ。
「ど、どこが負けてんだよ!」
「じゃあ勝ってるところ言ってみたら?」
「…………可愛さ?」
「ユウトのことアメリカに置いていこうか」
「アメリカが迷惑……」
「ひ、ひでぇ!」
ミズキとサーシャの二人はため息をつく。
色々あるだろうに、なんでよりによって可愛さでヒカリに勝負を挑んだのだ。
流石に可愛さ勝負ではユウトに勝ち目が無い。
ヒカリは撫でられながら勝ち誇った顔をしている。
「僕の方が可愛いのだ!」
「それは当然だな」
「ほ、他に勝てるところは……」
「何で可愛さ一番なんだよ?」
もっと勝負になるところはあるだろうとトモナリもため息をつく。
「‘すいません’」
「ん?」
英語で声をかけられてトモナリは立ち止まった。
振り返ると制服を着たイカつい男性が二人、険しい目をしてトモナリのことを見ている。
腕を見るとセキュリティと英語で書いてある。
「‘何ですか?’」
トモナリは英語で答える。
みんなはトモナリがサラリと英語を話したことに驚いている。
「‘失礼ですが肩の……’」
「‘ああ、コイツですね’」
声をかけてきたのは空港のセキュリティを担当している覚醒者であった。
何の用で声をかけてきたのかはすぐに分かった。
以前お祭りに行った時も同じようなことがあった。
「‘俺のパートナーですよ。これがテイマーライセンスです’」
トモナリはサイフからテイマーライセンスを取り出した。
契約しているモンスターの写真と名前、そしてトモナリの名前が記載されているカード状の身分証明書である。
「‘確認します’」
セキュリティの人はテイマーライセンスを受け取ると機械に通す。
日本よりも進んでいるアメリカは、テイマーライセンスそのものが何なのかをセキュリティが知っていた。
機械の画面には覚醒者としてのトモナリの簡易的な情報が映し出されている。
トモナリとヒカリのことを画面と見比べて、一度大きく頷いたセキュリティはテイマーライセンスをトモナリに返す。
「‘ご協力感謝します’」
「‘お疲れ様です’」
ちゃんとした身分証を持っているので何も怖がることはない。
堂々としていれば覚醒者は基本的に悪い扱いを受けることはないのだ。
「みんな、なんだよ? そんな変な顔して」
怖いセキュリティを見送ってみんなの方に振り向くと、ユウトたちは不思議そうな顔をしていた。
「いや、お前英語喋れたんだなって」
みんなが変な顔してるのは、トモナリがセキュリティに対して英語で対応したからだった。
英語話せる先輩呼ばなきゃ、なんて思ってたら流暢にやり取りしているものだから驚いたのだ。
「まあ……軽くな」
トモナリは英語が話せた。
なぜなら回帰前の経験があるから。
回帰前、世界が滅亡に近づくと国も言語も関係なく協力しなければ生きていけない時がくる。
ただそんな時でも意思の疎通は必要だ。
同じ国の人ばかりならその国の言語を使えばいいが、世界中いろんな人がいた。
やはりそんな時に使われるのは英語であった。
学校で英語は習った。
成績も良かったけれど、ただそれで話せるようにはならない。
話せるようになったのは実際に英語を使うしかなかったからである。
日常会話はもちろん、一瞬の判断を求められる戦いの中でも英語なのだ。
慣れるしかなかった。
気づけばトモナリも英語が堪能になっていたのである。
戦いの中で覚えた英語なのでスラングちっくだったり荒いところはあったりするけれど、かなり話せる方であることは間違いない。
「なんでヒカリがドヤ顔なんだよ?」
「トモナリが凄いということは僕も凄いということなのだ」
「謎理論だな」
「トモナリと僕は一心同体なのだ〜」
「さすがヒカリちゃん」
「うむ、サーシャは分かってるのだ!」
ちょっと目を細めて笑っているようなサーシャの褒め言葉にヒカリは気分がよさそうにしている。
「問題ないわね?」
「ええ、大丈夫です」
引率の教員もいるが、リーダー的に周りに気を配っているのはカエデである。
カエデも英語が堪能でトモナリとセキュリティの会話を聞いていたけれど、ちゃんとした受け答えだったと感心していた。
「早くバスに行くわよ。早めに移動すれば観光の時間もあるから」
「観光!?」
「いいんですか?」
「ええ、早めに着いたもの。少しぐらいはいいって」
飛行機は天候やモンスターの都合で飛ばないこともある。
スケジュールギリギリでは間に合わなくなる可能性もあるので、予定は余裕を持って移動していた。
今回は何の問題もなく移動できたのでスケジュールには余裕ができていた。
少しぐらい観光してもいい時間があったのだ。
「トモナリが話せんなら安心だしな」
「ねー」
「……まあいいか」
人のこと通訳として使うつもりだな、と思ったけれど、どうせみんなで行動することに変わりはない。
「美味いもの食べたいのだ」
「後でなんか探してみるか」
「自由の女神……か」
アメリカも当然ながらゲートやモンスターの影響を受けている。
破壊されてしまったところや日本と同じくモンスターに支配されてしまった土地もある。
仕方なく放棄されて見る影も無くなった都市もあるけれど、自由の女神は無事であった。
やはり自由の象徴なのだと言っている人も多い。
今は安定していて大都市としての機能が戻っているが、町中をよく見るとモンスターの爪痕が残っているようなところもある。
そんな中でも自由の女神は無事だったのだから、奇跡と言ってもいいだろう。
「腹減ったな」
「何食べる?」
「やっぱアメリカといったらハンバーガーだろ」
流石に覚醒者といえど、見知らぬ海外は危険ということで課外活動部のみんなも含めて希望者全員で動いている。
行かないという人も何人かいたので多少人数は減っているけれど、それでもそれなりの人数の集団となっている。
二年のカエデやタケルは来ているが、アカデミー外から誘致された覚醒者は男子一人しかついてきていない。
同じアカデミーの覚醒者の中に混じるのもちょっとしたハードルがあるのかもしれない。
急に時間ができた形になったので、どこへいくかなど決まっていない。
とりあえずハンバーガーを食べに行こうということでなんとなく話はまとまった。
「……なんだ?」
どこかいい店はないかと調べて検討していると、いきなり周りが騒がしくなった。
人が逃げていくように走っていく。
「ゲートのようだね」
逃げる人たちの話を聞いていたカエデは、会話の中にゲートという言葉があることに気づいた。
どうやら近くでゲートが発生したようだった。
「どうしますか?」
生徒の経験になると教員はついてきていない。
現場における最終的な判断は課外活動部の新しい部長であるカエデが下す。
気にしないということは無理だろう。
観光を続けるにしてもゲートによる影響はある。
逃げるか、あるいは関わるか、である。
「モンスターが出たら一般人に被害が出るかもしれない。国が違っても私たちは一般人を守る覚醒者だ」
大都市ならばすぐに覚醒者も駆けつけるだろう。
しかしブレイキングゲートだった場合、覚醒者の到着を待っている間にモンスターの被害が出てしまうかもしれない。
モンスターと戦い、一般人を守ることも覚醒者としての義務である。
普段クールなカエデなら冷徹な判断を下してもおかしくないと思っていた。
リスクを冒さずホテルに帰ることも選択肢としてあるのに、カエデはゲートに向かうことを選んだ。
ちょっと意外だったなとトモナリは驚いた。
「みんな、装備はあるな?」
海外に出るということで、アカデミーから貸し出される装備を事前にインベントリに入れてある。
装備品は装備した状態でインベントリに入れると、出した時にはそのまま装備した状態で出すこともできる。
パッとインベントリから出された装備が、トモナリの体に着た状態で現れる。
「ほれ、ヒカリ」
「うむ!」
トモナリはヒカリに専用ヘルムを渡す。
あまりつける必要もないのだけど、こうした公共の場では装備を身につけることで野良モンスターでないこともアピールできる。
スポッとヘルムをかぶってヒカリもやる気を見せる。
「人の流れからするとあっちだ」
逃げる人の動きからゲートの方向を予想する。
「‘あっちですね! ありがとうございます!’」
装備を身につければ高校生でもちゃんと覚醒者に見えるのか逃げる人がゲートの方向を教えてくれた。
走っていくと高いビルに囲まれた交差点のど真ん中にゲートが発生していた。
「モンスターは現れていないようですね」
パッと確認した感じ、モンスターの姿はない。
発生した瞬間からモンスターがゲートから出てくるブレイキングゲートではないようだ。
「一般の人も逃げているかな?」
「先輩! あっちの車に!」
ゲートが現れたせいで車が同士でぶつかる事故が起きていた。
見るとまだ運転席に人がいる。
気を失っているようで動かない。
ブレイキングゲートでない以上すぐにモンスターが出てくる危険は低いが、ゲートがいつブレイクを起こすかなんて分からない。
ぶつかった車だって危険である。
外国で勝手にゲートを攻略なんてできないから一般人の救出を優先しようとカエデは考えた。
「先輩、誰かが来ます!」
「ここらの覚醒者か?」
「あぶなっ!」
てっきりアメリカの覚醒者かと思ってカエデが足を止めた。
トモナリたちの後ろからきた覚醒者と思わしき人たちは、まるでトモナリたちのことが見えていないかのように横を通り抜けていく。
相手がぶつかりかけてユウトはムッとした顔をしたけれど、ユウトが睨みつけた時にはもう相手はゲートの中に入ってしまっていた。
「なんなの、あいつら……」
「アジア系……に見えたけどね」
ゲートに入っていった覚醒者たちは、アメリカの人というよりもトモナリたちと同じアジア系の人たちに見えた。
「おい、車から燃料漏れてるぞ!」
「早く救出だ!」
ゲートに入っていったのが何者だったのかは気になる。
しかし今はそんなことよりも優先すべきことがある。
「大丈夫ですか!」
事故を起こした車に近づいて中の人を確認する。
運転席に座っている人は事故の衝撃で気を失っているのか反応はない。
「ふんっ!」
開かなくなっている車の扉をタケルが無理矢理開ける。
トモナリとカエデで車から人を引っ張り出す。
その間にも、みんなは他に事故で動けない人や逃げ遅れた人はいないか周りをチェックする。
「他に怪我人はいません!」
いくつか事故はあったようだが、どの車も中は空になっていた。
怪我はしている可能性はあるけれど、少なくとも動いて逃げられるだけは無事だったのだろう。
一通り周りに人がいないことを確認したところで警察が到着した。
パトカーから降りてきたイカつい警察官にはカエデが対応する。
ヒカリを見てちょっとだけざわついていたけれど、カエデが上手く説明してくれた。
「あとは覚醒者チームが来てくれるそうだ」
日本では覚醒者ギルドが都市部に現れた突発的なゲートに対応する。
覚醒者協会が対応する場合もあるけれど、近くの覚醒者ギルドに声をかけたり、危険がないなら都市部でも参加ギルドを募ったりする。
アメリカでも多くの場合、覚醒者ギルドがゲートの攻略に当たる。
けれど緊急性が高い場合は警察のように覚醒者チームが公的な機関として存在していて、ゲートの対処に当たるのであった。
今回都市部の交差点ということでゲートを早急に攻略する必要があるので、公的な覚醒者チームが来てくれるという話だった。
「‘ゲートが……’」
大きな車が到着して覚醒者と思わしき人たちが降りてきた。
ちょうどそのタイミングでゲートが大きく揺らいだ。
モンスターが出てくるのかと警戒する。
「‘人……だと?’」
ゲートから出てきたのは人であった。
「そういえば入っていった連中がいたな」
騒がしい状況に忘れていたが、ゲートに入った覚醒者がいたことを思い出した。
「ゲートが消える……攻略したのか」
十名ほどの覚醒者が出てきてゲートが消えていく。
入っていった連中がゲートを攻略して出てきたようだ。
「‘彼らは君たちの仲間か?’」
「‘いいえ、違います’」
黒髪で黒い瞳の見た目は圭たちと似ていて、アメリカの覚醒者には同じに見えた。
「‘……彼女たちは中国人です’」
しかしゲートから出てきた覚醒者たちは日本人ではない。
「あー、あいつは……」
「先輩、知ってるんですか?」
ゲートから出てきた覚醒者の中で先頭に立つ女の子を見て、タケルが顔をしかめた。
「去年の交流戦で中国が優勝したって言ったろ? 俺たちは一年として参加していたわけだが、その時中国の代表として力を見せつけてくれたのがあの女だよ」
「…………ワン・メイリンですね」
「ん? お前も知ってるのか?」
「いえ、思い出したんです」
傭兵女王ワン・メイリンの名前は回帰前に有名であった。
金さえ積まれればどんな人の味方にもなり、金がなくなればどんな人も縁を繋いではいられない。
泣きぼくろの麗人という見た目に反して実力は相当高く、冷酷で相手を殺すこともいとわないヤバい覚醒者であった。
最後には雇い主に捨て駒にされてメイリンは壮絶な最期を迎える。
何で傭兵なんかやったのか、自分に見合う強い男を探していたなんて噂があったこともトモナリは思い出した。
「おっと……」
見すぎていたためかメイリンと視線が合った。
傭兵女王なんて呼ばれながらも麗人とも言われていただけはある。
「年近かったのか……」
去年、今年と参加しているということはメイリンはトモナリの一つ上だろう。
遠い存在の存在だと思っていたのに一つ上と同年代なことにトモナリは小さな驚きを覚えていた。
覚醒者チームがメイリンたちに話を聞きにいく。
やはりメイリンたちは中国の覚醒者で、交流戦に参加しに来てきたのであった。
ゲートがあったから攻略した。
そんなことを悪びれもなく告げたらしい。
人助けといえば聞こえはいいが、ブレイキングゲートでもないのに他国で発生したゲートを他国の覚醒者が攻略するのは複雑な話となる。
けれどもそれはトモナリたちと関係のことであり、トモナリたちは市民救出のお礼を言われて帰されることとなった。
「‘どうしたの、メイリン?’」
「‘面白そうな人がいた’」
「‘君たち話を聞いているのか?’」
「‘はいはい、聞いてますよ’」
メイリンは立ち去るトモナリたちのことをじっと見つめていたのであった。
ゲートが現れるなんて事故はあったものの、トモナリたちにおいては特に問題もなかった。
トモナリたちの判断は正しかったとマサヨシも言ってくれ、怒られることもなかった。
マサヨシに良いステーキハウスになんかに連れていってもらって、少しはアメリカを楽しんだ。
「なんか……アメリカの大学って感じだな」
そしてトモナリたちは交流戦の舞台となるルドンアカデミーにやってきた。
比較的町に近いところにあるルドンアカデミーはかなり近代的である。
鬼頭アカデミーはあくまでも学校、高校という雰囲気があるのに対して、ルドンアカデミーは広いキャンパスにオシャレな建物と開放的な作りになっている。
「すっげぇ……」
「おっしゃれぇ……」
鬼頭アカデミーとの違いにみんな驚いている。
学生寮もあるが町に近いので通うこともでき、歩いている学生もなんだか進んでいるように見えてしまう。
「隣の芝は青いってか」
トモナリもルドンアカデミーの作りはすごいなと思う。
けれどもかなり広い土地の中にアカデミーは作られているので移動とか少し大変だ。
鬼頭アカデミーも狭くはないがルドンアカデミーと比べると差はある。
だがその分鬼頭アカデミーの方が移動なんかも楽である。
何が良いかは人それぞれであるが、トモナリは利用のしやすさもあって鬼頭アカデミーの方が好きだった。
「お待ちしておりました。私、日本の皆様を案内させていただきます、サランへと申します」
「よろしくお願いします」
ルドンアカデミー側の案内人が来た。
茶髪の可愛らしい女性だが、腰に剣を差していることから覚醒者だろうと分かる。
「とても日本語がお上手ですね」
サラリと流暢な日本語を話したことに驚きつつもカエデが対応する。
「私は日本が好きなので。日本の方の担当ができて嬉しいです」
サランへはニコリと笑顔を浮かべる。
「行きましょう。他の国の方も集まってます」
サランへの案内でルドンアカデミーの敷地を移動する。
着いたのは広い講堂であった。
講堂にはもうすでに他の国の人たちが集まっている。
「こないだの奴らなのだ」
色々な国の人がいる。
その中で先日町中で現れたゲートを攻略した中国人の覚醒者たちもいた。
早めにホテルは出たのだが、渋滞に巻き込まれて時間としてはギリギリになってしまった。
そのためトモナリたちの到着は後の方になっている。
「席はあちらの方です」
トモナリたちは講堂の右後ろの方に固まって座る。
ちょうど前の方に中国の覚醒者がいる席であった。
「もう始まりますね。私は失礼します」
壇上に男性が一人、上がってきた。
顔に複数の傷がある白髪の男性で、離れていてもトモナリは威圧感を感じていた。
「あれがトーマス・ルドン……」
壇上に上がった男性がルドンアカデミーの創設者であるトーマス・ルドンであった。
世界的にも有名な覚醒者で、アカデミーを作った今でも覚醒者としての活動を続けている。
年齢的には高めなので世界が崩壊する時にはもうトーマスは第一線にはいなかった。
けれど今はまだまだ戦えそうだと、パツパツになったシャツを見ながらトモナリは思った。
「‘今日は集まってくれて感謝する’」
落ち着いているがしっかりとした渋みのある声がスピーカーから聞こえてくる。
「‘他国の覚醒者と交流し、見聞を広めることで経験に繋げてほしい。そして……今誰が一番強いか、それを決めようではないか’」
覚醒者として力を手に入れれば誰しもが一度は思うことがある。
誰が一番強いのか。
あるいは自分が一番強いのではないか、なんて思うのだ。
交流戦は交流も目的であるが、同じ年代の人で誰が一番強いのかという覚醒者の疑問にも答える場であった。
「‘交流戦のスケジュールを説明する’」
トーマスの後ろにパッと映像が映し出される。
交流戦は国別の団体戦と国も何も関係ない個人戦がある。
団体戦のルールなどが映し出された映像を元にして説明されていく。
「トモナリ」
「なんだ?」
真面目に聞いていたトモナリの頬をヒカリがつついた。
ヒカリはトモナリに抱えられて大人しくしていたが、そろそろ暇になってきたかなとトモナリはヒカリを見る。
「あいつずっと見てくるのだ」
「あいつ?」
ヒカリが指差す方を見る。
前の方の席には中国の覚醒者が座っていて、その中でメイリンがトモナリのことを見ていた。
普通に目があってしまった。
「……なんだ?」
目が合うとメイリンは軽く微笑みを浮かべて手を振る。
ヒカリも手を振り替えていたのだけど、メイリンの隣の子がちゃんと話を聞いていないことに気づいてメイリンを前に向かせる。
ヒカリを見ていたのだろうか、とトモナリは思った。
講堂にいる覚醒者の中にはヒカリのことをチラチラと見ている人が多い。
好意的な視線もあるけれど、モンスターを見る目でヒカリのことを見ている人もいる。
女の子だしヒカリの可愛さに惹かれてもしょうがないとはトモナリは思う。
しかしトモナリが目を向けた時、メイリンはトモナリのことを見ていたような気がした。