ラスボスドラゴンを育てて世界を救います!〜世界の終わりに聞いたのは寂しがり屋の邪竜の声でした

「これは一体……」

「大きいね。さっき戦ったのが子供みたいだ」

 二人ともメガサウルスを見て驚いている。

「我が名はアドシュタイト・ジャルヌン・エドマイデルン!お主の名を聞かせてほしい!」

「俺は……トモナリ。アイゼントモナリ」

「トモナリか……」

「……君は何と話してるんだい?」

「えっ?」

 メガサウルスを見上げながら名前をつぶやいたトモナリのことを、ミヤノが不思議そうな顔で見ていた。

「えっ、だって……」

「まさかあのモンスターの声が?」

 普通に言葉と聞こえている。
 だから普通に答えていた。

 しかしイヌサワとミヤノにはメガサウルスがけたたましく咆哮しているようにしか聞こえていなかったのである。

「僕はヒカリなのだ!」

「ヒカリ……か。我が名はもはや誰も覚えていない。お主らが覚えておいてほしい」

 メガサウルスの声が聞こえていることにトモナリが動揺している間にも、メガサウルスを拘束している鎖はちぎれていく。

「そうか……あんたの声は…………俺にしか、届いてないんだ」

「三人とも無事か!」

 イガラシを始めとしたイガラシギルドのメンバーもようやく駆けつけた。

「もはや名誉の死など求めない! だが我が求めるのは自由! 頼むぞ、トモナリ、ヒカリ!」

 最後の鎖が引きちぎれ、その言葉を最後にメガサウルスの声はただの咆哮になった。

「来るぞ!」

 戦いが始まった。

「広がれ! あのデカさだ、防御より回避で対応しろ!」

「トモナリ君、君は……」

「やらなきゃいけないことがあるんです」

「……そうか」

 イヌサワはトモナリに撤退を促そうとしたが、トモナリにはやるべきことがある。
 真剣な目をする男には何かがあるとイヌサワは小さく頷く。

「何をするつもりだい?」

「向こうに……」

「おっと! 大丈夫?」

 巨大な岩が飛んできてイヌサワが剣で切り裂いた。
 メガサウルスは自身の体だけでなく魔法も使って戦っていた。

 大きな岩の塊がいくつもメガサウルスの周りに浮かんでいてイガラシたちに飛んでいっている。
 そのうちの一つがトモナリたちの方に飛んできたようだ。

「向こう側に行きたいんだね?」

「は、はい!」

 イヌサワは素早く周りを見て状況を把握する。

「みんな! トモナリ君に何か考えがあるようだ! 少しモンスターを引きつけてくれ!」

「そろそろ様子見は終わりだな。こちらからも攻撃だ!」

 イガラシたちはちょうど相手の出方をうかがっているところだった。
 攻撃パターンに魔法が増えてはいるが、デカサウルスと基本的な攻撃パターンは変わらない。

 魔法への備えをしながらイガラシたちも攻撃し始めた。

「真ん中を突っ切るのは難しいから回り込んでいこうか」

 部屋の真ん中にはメガサウルスがいる。
 向こう側に行きたいのなら真ん中を突っ切るのが早い。

 しかしメガサウルスの近くを通ることはリスクが大きい。
 やはり大きく迂回していくのが安全だ。

 イガラシたちがトモナリの状況を見てメガサウルスに攻撃を加えて気を引きつける。
 トモナリとイヌサワは引きつけるのとは逆側から回り込んでいく。

「イヌサワ、そっちに向いたぞ!」

 メガサウルスは壁際を走るトモナリのことを全く気にしていない。
 そう思っていたのに急に振り返って岩をトモナリに放った。

「そうはさせないよ」

 岩が軌道を軌道を変えてまっすぐ地面に落ちる。

「君のことは僕が守るよ」

 岩はイヌサワの重力操作によって叩き落とされたのだ。
 メガサウルスは体をねじって尻尾を大きく振りかぶった。

 まるでトラックのような太さもある尻尾が迫ってきてトモナリは流石にヤバいと感じた。

「そう心配しなくても大丈夫だよ」

 イヌサワはニヤリと笑って撫で上げるように手を動かす。
 するとメガサウルスの尻尾の振り下ろされる速度は目に見えて落ちた。

 イヌサワの目の前に落ちてくる頃には、イヌサワの人差し指で止められるほどのスピードしか残されていなかったのである。

「うーん、トモナリ君のことを狙ってるのかな?」

 無数の岩が空中に浮き上がってイヌサワは目を細めた。
 今こちら側にいるのは二人しかいないのに、殺意が高いなと感じる。

「だけど……こっちばっかり見てると痛い目見るよ?」

「僕を無視するとは良い度胸だね」

 メガサウルスがトモナリとイヌサワの方を向いているということは、他のみんなはフリーであるということだ。
 ミヤノが高く飛び上がって横からメガサウルスの頭に迫る。

 ミヤノの黄金色に輝く魔力がほとばしり、メガサウルスの頭を横から剣で突いた。
 剣から魔力が放たれて、メガサウルスの巨体がミヤノの攻撃で横に弾き飛ばされる。

「すごい力なのだ……」

 ヒカリはミヤノの力に驚いてしまう。
 ヒカリがトモナリと協力してもメガサウルスを弾き飛ばすことは難しい。

 流石は剣聖と呼ばれる覚醒者の力である。

「くっ……!」

 けれどもミヤノとしては納得のいかない一撃だった。
 頭を吹き飛ばすぐらいのつもりで放ったのに剣先すら突き刺さることがなかった。

「硬いな……」

 倒せなくともダメージぐらいはあるだろう。
 そう思ったのにメガサウルスには傷一つない。

 メガサウルスは一瞬ミヤノのことを睨みつけたが、岩はそのままトモナリに向かって撃ち出した。
「なんでだよ!」

 なんとしてもトモナリを狙いたいようだが、今この場にいる中で一番弱いのがトモナリである。
 どう考えても狙う理由などないのだ。

「名前覚えててほしいとかいうなら狙うなよ!」

 今度は魔力を多く込めているのかイヌサワの重力を岩が突破してきた。
 イヌサワも岩を切り落としてくれるが、トモナリも必死に岩を回避する。

「弱体化させないと厳しいかもな」

 ミヤノの攻撃も効いている感じがない。
 背中にイガラシたちも攻撃をしているのだが、完全に無視していた。

 弱体化とやらしないと攻撃が通じないのかもしれない。
 もしかしたら回帰前も何かの偶然で弱体化が起きて倒せたという可能性もある。

「こんな話聞いてなかったけどな……!」

 弱体化の話なんてトモナリも知らない。
 これもまた突発的な起きたことだったり、弱体化を見つけた人が途中で倒れてしまって出てこなかった話なのかもしれない。

「伏せ」

 この際イヌサワに弱体化の装置のことを伝えて、行ってもらった方が早かったかもしれない。
 なんてことを思っていたら、イヌサワが足を止めてメガサウルスに向けて重力操作を発動させた。

 デカサウルスの爆発を防いだ時と同じような、少し空間が歪むほどの重力がメガサウルスにかかる。
 メガサウルスの巨大な体を支える足の下が陥没する力がかかっているのに、メガサウルスはそれでも重力に耐えている。

 ただ流石のメガサウルスも身動きは取れなくなっている。

「今のうちに早く。そう長くは持たないからね」

 イヌサワの能力も無制限ではない。
 魔力は使うし、使う力が強ければ強いほどにイヌサワ自身にも反動がある。

 今もメガサウルスは強い力で抵抗を見せていて、結構辛いなと感じている。

「ありがとうございます!」

 イヌサワがメガサウルスを抑えている間にとトモナリは走る。

「おっと! ヒカリ!」

「ほい!」

 地面から岩が突き出してトモナリを襲う。
 素早く魔法を察知したトモナリは飛び上がって手を伸ばす。

 ヒカリがトモナリの手を掴んで翼をバタバタを激しく動かす。
 トモナリはヒカリに支えてもらって勢いをつけると岩の上を飛び越える。

 そのまま向こう側まで走り抜けて部屋の入り口を探す。

「つってもどこに部屋が……」

 部屋があるとメガサウルスに聞いて、ひっそりと向こう側の壁に注目して見ていた。
 ただどこに部屋があるのか分からない。

 一見すると普通の壁にしか見えないのだ。

「トモナリ! ここに何かあるのだ!」

 部屋という以上は扉のようなものがあるはずと壁を探していると、ヒカリが何かを見つけて指差した。

「なんだこれ? スイッチか?」

 壁にあったのは小さなスイッチのようなものだった。
 何なのか、謎ではあるけれど他に怪しいものはない。

 トモナリはスイッチに触れてみる。

「ニンショウカイシ」

「うわっ!? なんだ?」

 スイッチの上がカパッと開いてレーザーのようなものがトモナリとヒカリに当てられた。
 ダメージのある攻撃ではない。

 まるでスキャンされているようだとトモナリは感じた。

「トウロクニアリマセン」

 レーザーが収まって機械音のような音声でどこからか聞こえてくる。
 この感じ、開かないかもしれないとトモナリは渋い顔をする。

「……ドラゴンノソンザイヲカンチシマシタ」

「なんなのだ、これ?」

 再びレーザーがヒカリのことをスキャンする。
 とりあえず攻撃ではないのでヒカリも首を傾げてスキャンを受けている。

「リセイテキ、テキセイドラゴンデハアリマセン。ユウコウテキドラゴンノトクベツニュウシュツヲミトメマス」

「むむむ?」

 何が言いたいのか分からないとヒカリは首を傾げる。

「むっ、開いたのだ!」

「結果オーライだな」

 スイッチ横の壁がスライドして開く。
 何なのかトモナリにもよく分かっていないが、開いたのならそれでいい。

 トモナリが部屋の中に入ってみるとパッと明かりがついた。

「モニター? それに……人骨か?」

 部屋の中は監視室のようになっていた。
 モニターのようなものがいくつもあるが、どれも何も映し出してはいない。

 モニターの前には椅子が置いてある。
 そして椅子には座ったままの体勢の人骨が安置してあった。

「緊急用の装置……あれかな?」

 モニターの下には色々ボタンのようなものも並んでいる。
 その中で一つだけガラスの蓋が付けられた赤い大きなスイッチがあった。

 いかにも緊急用といった感じである。

「……本当にこれか?」

 多分このスイッチなのだろうと思うのだけど、押しちゃいけないスイッチ感も強い。
 とりあえずガラスの蓋を外したものの、押すことをためらってしまう。

「ぽちっ!」

「あっ!」

 トモナリが悩んでいるとヒカリがスイッチを押してしまった。

「キンキュウドラゴンヨクセイソウチヲシヨウシマス」

「うっ!」

「ニュニュ!?」

 急に耳鳴りがしてトモナリもヒカリも頭を抱えた。

「なんだ……これ」

 ひどい耳鳴りにふらつきながら小部屋の外に出てみると、大部屋の天井一面に青白く光る不思議な模様が浮かび上がっていた。
 天井の模様からは強い魔力を感じる。

 メガサウルスもトモナリたちと同じように苦しんでいる感じがあった。
「何が起きているのだ……」

 天井の光る模様の真ん中に魔力が集まり、凝縮されてまるで槍のように細長い形で撃ち出されてメガサウルスの体を貫いた。
 メガサウルスが苦痛の叫び声を上げる。

 青白く光る抑制装置から光がメガサウルスの背中に刺さっているモリに伸びていく。

「何が起きているのか知らないけれどチャンスだ!」

 敵の攻撃ではなくトモナリが何かしたのだとイガラシはすぐに察した。

「刃が通る! これなら……」

 ミヤノがメガサウルスの横から斬りつけた。
 まだ抑制装置が何なのか分かっていないミヤノは警戒しながらの攻撃だった。

 手を抜いてはいないがいつでも下がれるようにしていた一撃がメガサウルスの体を斬り裂いて、メガサウルスに起きた反応が自分たちに有利なものだとミヤノは気づく。

『アドシュタイトが決戦の誓いを発動させました!
 指名対象種族は“ドラゴン”です。
 指名対象種族の能力が向上します。
 指名対象種族以外の能力が低下します。
 敵性指名対象種族が多いほど効果が低下します。』

 みんなの前に表示が現れた。

「くっ……」

 急に体が重たくなったように感じてミヤノは表情を曇らせた。

「モンスターの広域デバフスキルだ! みんな自身の変化に気をつけるんだ!」

 モンスターの能力や変化、スキルの一部は時としてステータスの表示のように目の前に現れて、アナウンスされることがある。
 表示の内容と体が重たく感じられる変化から、デバフ系のスキルを発動させたのだと周りに注意を促す。

『アドシュタイトが大地の束縛を発動させました!
 行動を制限します。』

「なっ……!」

「チッ! うりゃああああっ!」

 メガサウルスが尻尾を振り下ろした。
 まとめて複数人が攻撃範囲に入っていて、それぞれ尻尾を避けようとした。

 しかし何人かは動けなかった。
 仲間の危機にイサキは自ら尻尾の下に入り込んで剣を振り上げる。

 巨大な尻尾とイサキの剣がぶつかる。
 剣が尻尾にめり込むが、尻尾の破壊力にイサキの足元も地面にめり込む。

「こんにゃ……ろおおおおっ!」

 イサキは全力でメガサウルスの尻尾を押し返した。

「……ジャンプです!」

「なに?」

「行動の制限はジャンプにかけられています!」

 逃げられた者と逃げられなかった者がいる。
 何の違いがあったのか。

 それが分からなければ危険であるとミヤノは原因を考えた。
 全員に同じくスキルによる行動の制限がかけられたはずなのに、動けなかった理由があるはずなのだ。

 考えながら動こうとしたミヤノも自分が動けない瞬間があることに気づいた。
 その行動はジャンプであった。

 高く飛びあがろうとすると足が地面から離れずに動きが止まってしまうのである。

「ジャンプか……みんな飛び上がらないようにするんだ!」

「危ない!」

 地面スレスレで低く滑走するように飛ぶなら大丈夫だが、ある程度以上の高さになるようにジャンプしようとすると足が地面から離れなくなる。
 大きく跳躍して回避するのも普通のことなので、飛び上がるなと言われても咄嗟の時には飛んでしまおうとして動きが止まる。

 また一人、思わずジャンプして飛んでくる岩をかわそうとして別の覚醒者に助けられた。

「結構面倒だね」

 普段の習慣というのはなかなか抜けない。
 ジャンプするなと言われても、普段からジャンプするような人は飛んで動いてしまう。

「それに攻撃面でも厄介だ」

 相手はデカい。
 頭は到底手の届かない位置にある。

 飛び上がらずに有効打を狙う手段はかなり限られてしまう。

「どりゃああああっ!」

「あれは……ヒカリ!?」

 何かでメガサウルスの頭が弾け飛んだ。
 黒い塊が飛んできたと思ったらヒカリだった。

「わーはっはっはっ!」

 ヒカリは腰に手を当て胸を張る。

「これが僕の本当の力なのだ! さあ、トモナリもいくのだ!」

「やる気だな。俺も一発!」

 怒りのこもった目をしてヒカリの方を振り返ったメガサウルスが見たのは、拳を振りかぶるトモナリの姿であった。

「……あれがトモナリ君の切り札か」

「くらえ!」

 トモナリは思い切りメガサウルスの鼻先を殴りつけた。

 ーーーーー

『アドシュタイトが決戦の誓いを発動させました!
 指名対象種族は“ドラゴン”です。
 指名対象種族の能力が向上します。
 指名対象種族以外の能力が低下します。
 敵性指名対象種族が多いほど効果が低下します。』

 抑制装置がメガサウルスを貫いてトモナリとヒカリの耳鳴りも治った。
 トモナリが頭を振って耳鳴りの影響を振り払っていると目の前に表示が現れた。

「モンスターのスキルか」

 回帰前の経験があるトモナリは表示が何のものなのかすぐに分かった。

「ふおおおおっ! トモナリ!」

「ヒ、ヒカリ?」

「何だか力が溢れてくるのだ!」

 ヒカリから魔力が溢れている。

「今ならフウカに捕まえられても逃げられるのだ……」

 ヒカリはキリッとした顔をしてトモナリのことを見る。

「そういえば俺も少し……」

 ヒカリほどではないにしてもトモナリも体の軽さを感じていた。

「これのせいか」

 トモナリは表示に目を向ける。
 スキルの中身をざっくりと読んだ感じでは、指名対象種族となっているドラゴンにはバフがついて強化され、ドラゴン以外の種族にはデバフがつくようである。
「ドラゴンの力が強化される……それなら」

 トモナリはチラリと手に持ったルビウスを見た。
 ヒカリと魂で繋がっているトモナリにも恩恵があるのだ。

 もし自分の身がよりドラゴンに近くなったら、と思った。

「ルビウス、いくぞ」

『ふっふっふっふっ……アレをするのだな? お主と一つになれるのは悪くない』

「むむ!」

 ルビウスの声が聞こえているヒカリはちょっとだけ険しい顔をする。

「ドラゴンズコネクト」

 トモナリはスキルであるドラゴンズコネクトを発動させた。
 ルビウスが赤い光の塊に変わっていく。

 トモナリの手を離れて、一度フワリと浮き上がって胸に吸い込まれる。

「あっ……」

 全身が燃えるような熱さを感じ始めた。
 失敗したとトモナリが思ったけれど、時すでに遅し。

 背中にむず痒さを感じ、翼が生えてきて服を突き破る。
 こうなることが分かっていたのだから服を脱いでおけばよかったと反省する。

「くっ……うぅ!」

 ウロコやツノが生え、髪はうっすら赤くなり、瞳はヒカリと同じく黄金色に染まったトモナリを見てヒカリが悶絶する。

「どうしてみんなが僕を見るのか分かったのだ……」

「ほんとこの姿、好きだよな」

「普段のトモナリも好きだけど、その姿は芸術なのだぁ」

 ヒカリはうっとりとした顔をしている。
 ドラゴンに近い姿になったからだろうか、ヒカリはドラゴンズコネクト・ルビウスバージョンの見た目がかなりお気に入りである。

「こりゃすごいな……」

 ドラゴンズコネクトで得られる力は強い。
 本当に竜になったような気分にもなるのだが、今はそんなもの比較にならないぐらいに力が溢れている。

「敵性指名対象種族が少ないからか?」

 メガサウルスのスキルはイマイチ分からないようなところもある。
 しかしデバフをかける敵が多いほど効果が弱くなるという内容にも読める。

 逆に言えば敵が少ないほどに効果は高くなるとも読み取れるだろう。
 トモナリからしてみれば敵性と呼べる相手はメガサウルスしかいない。

 バフの効果が最大限に発揮されているのだ。

『非常に気分が良いのう。これは竜種に伝わる真言の結界術の応用じゃな』

 トモナリと一つになったルビウスもご機嫌だった。
 ドラゴンズコネクトを使うと、ちんまい竜の姿ではなく人の体を得られたような気分になる。

 今は力も溢れてくるのだからより気分が良い。

「今ならいける……!」

 これだけ力が溢れているのなら戦える。

「ん? おっと?」

 跳び上がろうとしたトモナリは足が地面から離れなくて転びかける。

「なんだこれ?」

『大地の束縛とかいうやつのせいだろうな』

 一つになっているのでトモナリの視界はルビウスも共有している。
 トモナリの目で見えている表示はルビウスにも見えていた。

『アドシュタイトが大地の束縛を発動させました!
 行動を制限します。』

「これか」

 ドラゴンズコネクトで得られた力に気を取られてもう一個の表示をつい忘れていた。

「行動の制限か……」

 今何かの行動が制限されたことはトモナリにも分かった。

「歩ける……」

 こういう時は冷静に状況を確かめるに限る。
 幸いなことに、小部屋の入り口にいるトモナリはメガサウルスの意識から外れている。

 何に制限がかけられているのか確かめる余裕はあった。
 行動制限がかけられているけれど、歩いて移動はできる。

 戦っているみんなを見ても移動そのものを制限されている様子はない。
 ならば何を制限されているのか。

「……飛び上がれないな」

 回帰前にもこうしたデバフの経験はある。
 軽く跳び上がろうとしたトモナリは地面から足が離れなくなることに気づいた。

『跳躍制限か。いかにもアースドラゴンらしいな』

 頭の中でルビウスがため息をつく声が聞こえてくる。

「でもヒカリは飛んでいられるんだな」

 バフはヒカリにも影響を与えている。
 それなら大地の束縛というスキルもヒカリに影響を与えていてもおかしくない。

 なのにヒカリは普通に飛び回っている。

「……飛行は含まれないのか?」

 どうだ! と言わんばかりにヒカリがトモナリの周りを飛び回る。
 トモナリは跳ぶのではなく飛ぶことならできるのではないかと考えた。

 歩く走るができるなら足が地面から離れることは制限されていない。
 一定の高さ以上になりそうな跳躍を封じているのなら、飛行のように少しずつ地面から足が離れる行為は制限されない可能性がある。

「やってみるか」

 トモナリは飛び上がらないように気をつけながら翼を動かす。
 ドラゴンズコネクトでの体の変化については少しずつ練習していた。

 翼があるなら飛べるだろうと思っていたので、翼を使った飛行の練習もしていたのである。

「……これは大丈夫だな」

 足が地面から離れる。
 そして小部屋の入り口と同じ高さまで飛ぶことができた。

「よし! やるぞ、ヒカリ!」

「うむ! 任せるのだ!」

 本当は壁を蹴って勢いをつけたいが、それも跳躍と見なされる面倒だ。
 トモナリは翼を動かして天井近くまで上がる。

「ゴー!」

「ゴー、なのだ!」

 トモナリとヒカリは一気にメガサウルスに向かっていく。
「どりゃああああっ! ドーンなのだ!」

 まずはヒカリがメガサウルスに体当たりする。
 メガサウルスの鼻息でも吹き飛んでしまいそうなサイズの違いがあるけれど、ヒカリのタックルを食らってメガサウルスが大きく弾き飛ばされる。

「わーはっはっはっ!」

 ヒカリは腰に手を当て胸を張る。
 力が溢れて気分が良い。

 ヒカリの重たい一撃にメガサウルスもダメージを受けたようにふらついている。

「これが僕の本当の力なのだ! さあ、トモナリもいくのだ!」

「やる気だな。俺も一発!」

 トモナリもヒカリに続く。
 頭を振って持ち直したメガサウルスがヒカリを睨みつけようと振り向くと、すでに拳を振りかぶっているトモナリが目の前にいた。

「くらえ!」

 トモナリがメガサウルスを殴りつける。
 岩でも殴ったかのような硬い手応えがあったけれど、トモナリは拳を振り切った。

 鼻先を殴られてメガサウルスが倒れる。

「みなさん、今です!」

「はははっ! 君は面白いね!」

 トモナリの姿にみんな驚いていた。
 それでも動きを止めるような人たちではない。

 イヌサワはやっぱり切り札を隠していたかと笑いながらメガサウルスに斬りかかっていく。
 倒れてしまえば尻尾や口など身体を使った攻撃は大きく制限される。

 抵抗するように振りまわされる尻尾を避けてみんなでメガサウルスを攻撃を叩き込む。
 俯瞰して見ることができた立っている時と比べ、倒れて横になっている時の視界は遥かに狭くなる。

 いかに強い力を持っていようと視覚に頼る部分は大きく、見えない敵を攻撃できはしない。
 ついでに見えてる敵も横に見えているのでかなり狙いにくいのか、魔法での反撃の精度も低くなっていた。

「起こさせるかよ!」

 メガサウルスが頭を上げようとしたので、トモナリは上から蹴りをいれる。

「いいよ、アイゼン君!」

 頭を蹴られて怯んだ隙にミヤノがメガサウルスを斬りつける。
 目を斬られてメガサウルスが苦痛の声を上げる。

「トモナリ、来るのだ!」

「ブレスか!」

 いいように攻撃されているメガサウルスは横になったまま、攻撃した直後のミヤノに向かって大きく口を開けた。
 口元に魔力が集まり、ミヤノは危険を感じた。

 しかし左右に避けては他の人がブレスに巻き込まれてしまうかもしれない。
 飛んでかわすことができない今、変に回避してしまうと余計な被害を生む可能性があるとミヤノは判断した。

 滑走するように低く後ろに飛び退いてブレスに備える。

「アイゼン君!?」

 そんなミヤノの前にトモナリとヒカリが降り立った。

「やるのだー!」

「おうよ!」

 トモナリとヒカリは胸いっぱいに息を吸い込む。

「はあああああっ!」

「ボーッ!」
 
 メガサウルスがブレスを放った。
 同時に口を開いてトモナリとヒカリもブレスを放つ。

 トモナリとヒカリのブレスが合わり、グルグルと渦を巻くようにしながらメガサウルスのブレスとぶつかった。
 ちょうど両者の間でブレスが拮抗して止まる。

「はははっ! 若者が頑張っているのだ、俺も頑張らねばいけないな!」

 イガラシは両手に大きめな斧を持って戦っていた。
 それでもかなり攻撃的なスタイルである。

 だがイガラシは二つの斧をインベントリにしまうと別の武器を取り出した。

「ふううううっ!」
 
 身の丈ほどもある巨大な斧をイガラシは全力で投擲した。
 回転しながら飛んでいった斧はメガサウルスのアゴに当たった。
 
 トモナリとヒカリは口の前からブレスが放たれているのに対してメガサウルスのブレスは喉奥から放たれている。
 斧によって口が強制的に閉じられた結果、ブレスが口の中で暴れて爆発を起こした。

「ユウユウコンビ復活といこうか!」

 さらにはトモナリとヒカリのブレスに襲われてメガサウルスは地面を転がった。
 完全に隙ができた。

 トモナリが飛んでいることにイヌサワはヒントを得た。
 ジャンプしないで足を離せば飛び上がることもできるのでないかと見ていた。

 イヌサワが重力操作をミヤノに向かって発動させる。
 重くすることも重力操作の能力だが、逆に無重力のような状態にすることや任意の方向に重力をかけることもできた。

 ミヤノの足が地面から浮き上がる。
 そのままイヌサワはミヤノをメガサウルスの上に動かす。

「準備はいいかい?」

「もちろん」

 ミヤノはメガサウルスを見下ろしながらゆっくりと剣を振り上げる。

「超重力」

 イヌサワがグッと手を握った。
 その瞬間ミヤノと、ゆっくりともたげようとしていたメガサウルスの頭にとんでもない重力がかかった。

 イヌサワの力によって浮いていたミヤノが落下し、メガサウルスの頭は地面に押さえつけられる。
 普通の覚醒者でも耐えられないような重力の勢いを得て、ミヤノはメガサウルスの首に剣を振り下ろした。

『ようやく……終わる』

 ミヤノの剣によってメガサウルスの首が刎ね飛ばされる。
 飛んでいったメガサウルスの首はトモナリの前に転がっていく。

 ブレスで力を使い果たしたトモナリはドラゴンズコネクトによるドラゴン化が解けて、滝のような汗を流していた。
『感謝する……トモナリ』

 首だけになったのにメガサウルスはやたらと澄んだ理性的な目でトモナリのことを見ていた。

「俺は何もしてないよ」

 結局倒したのはミヤノである。
 イヌサワやみんながいなければ倒せなかったし、トモナリが倒したというのは無理があると自身でも思う。

『何もしていない者ほど何かしたと言い、何かをした者ほど何もしていないと言う。お前は俺の願いを叶えてくれた。永遠の苦しみを終わらせてくれた』

 確かにメガサウルスを倒したのは別の人である。
 しかしトモナリはよく戦った。

 抑制装置を起動させて、ブレスだって防いだ。
 何もしていないことはない。

『ドラゴンの声が聞こえる、ドラゴンの友よ……感謝する。これを……お前に……』

 メガサウルスの頭が光となる。
 ギュッと小さく凝縮されて、トモナリの目の前に飛んでくる。

「受け取らないのだ?」

 自分に権利があるのだろうか。
 そんなことを考えていたトモナリの代わりにヒカリが手を伸ばすと、メガサウルスの光の塊がヒカリの手の中に収まる。

「ほい、なのだ」

 ヒカリが受け取っちゃった。
 しょうがないのでヒカリが差し出したものをトモナリが受け取る。

 メガサウルスの頭は茶色い水晶玉のようなものになった。

『アースドラゴンの精髄
 アースドラゴンの力が込められた精髄。そのままでは使えないが加工することでドラゴンの力を利用することができる』

「ドラゴンの力だったのか……」

 アイテムの説明を見てトモナリは思わず呟いた。
 トモナリのもう一つの目的、それはこの精髄であった。

 回帰前においては詳細を伏せられて精髄とだけ話を聞いていたけれど、ドラゴンのものだったのかと驚いてしまう。
 メガサウルスの攻略のために回帰前、五十嵐ギルドは甚大な被害を受けた。

 イヌサワまでもが引退してしまったのだが、すでに解放している地域を捨ててギルドを畳むこともできなかった。
 そのために五十嵐ギルドは精髄を手放すことにした。

 人の手に渡るために詳細は伏せられて精髄とだけ話が出たのだ。
 精髄は防具に加工され、その防具は最終的に終末教の手に渡った。

 死壁などと呼ばれた終末教の覚醒者が精髄の防具を使っていたのだ。
 強力なタンクだった死壁は強力な精髄の防具を使って、多くの覚醒者を捻り潰した。

 五十嵐ギルドの被害を抑えれば、精髄が流出して終末教の手に渡る可能性は低くなる。
 できるならトモナリが欲しいな、と考えていた。

『ゲートが攻略されました!
 間も無くゲートの崩壊が始まります!
 残り5:47』

「ゲート崩壊のタイムリミットも動き始めたぞ。時間はまだあるからしっかりと状況を確認するんだ!」

 裏ボスであったメガサウルスが倒されたことでゲート崩壊も再び進み始めた。
 ただ六時間近くもあるのだから焦る必要はない。

 イガラシはみんなの状態を確認する。
 魔法や尻尾の攻撃をくらって怪我をした人はいたものの、死人は出なかった。

 回帰前に引退したイヌサワは超重力を使った反動があるけれども、反動を除けばダメージはない。

「メガサウルスは解体して持って帰るぞ!」

 モンスターの死体も立派な資金源である。
 メガサウルスの皮は硬く、十分に利用できるために持って帰ることにした。

 ただデカすぎるので一人のインベントリにはとても収まりきらない。
 なので解体してある程度の大きさにして持って帰るのだ。

「あの、コレ……」

 精髄は目的のものだが、攻略で得られたものはギルド全体のものである。
 トモナリが勝手に持ち帰っていいわけがない。

 まして連れてきてもらった研修生の分際でネコババなんかできやしない。

「んん? ああ、それは一旦君が持っていなさい」

 イガラシに精髄を渡そうとしたのだが、ニコリと笑って持っているように言われてしまう。
 とりあえずインベントリに保管して、後で渡せばいいかとトモナリは思った。

「内臓も傷つけないように気をつけろよ!」

 みんなで協力してメガサウルスを解体していく。

「まあ……かなり上手くいったかな」

 怪我人無しとまではいかなかったが、死人は出なかった。
 十分すぎるぐらいの成果を上げられた。

「お疲れ様、ヒカリ」

「うむ、トモナリもお疲れ様なのだ!」

 トモナリはそばを飛ぶヒカリの頭をわしゃわしゃと撫でたのだった。
「あっ、戻ってきましたよ!」

 ゲートがほんの少し揺らぎ、中からイガラシを先頭にして覚醒者たちが出てくる。

「あれ? トモナリ君とヒカリちゃんは……」

 みんなの顔色は悪くない。
 ただ連れて行かれたトモナリの姿が見えないとサーシャは少し不安げな顔をした。

「いた」

「本当だ」

「……情けない」

「こんなの初めてなのだ……」

「はははっ! しょうがないじゃないか!」

 トモナリはもちろん生きている。
 ただ無事といえる状態じゃない。

 ゲートを出てきたトモナリはイヌサワに背負われていた。
 そしてヒカリはそんなトモナリの背中にひっついている。

「急にヘニョヘニョしちゃうんだから驚いたよ」

 トモナリを背負っているイヌサワは笑っている。
 戦いが終わってメガサウルスを解体している中で、トモナリは体の力が抜けて地面に座り込んでしまった。

 ドラゴンズコネクトを使ってブレスを放って、メガサウルスのブレスに対抗した。
 魔力を使い果たした上に、ドラゴンズコネクトは使うと使用後にある程度の反動もあったのだ。

 メガサウルスが展開していたバフの効果が切れて、魔力不足とドラゴンズコネクトの反動でトモナリは動けなくなってしまったのである。
 ヒカリも魔力を使い果たしてトモナリと同じく動けなくなった。

 カッコよく帰還するなんてつもりはないけれど、背負われて帰ってくるのは流石にカッコ悪いなと思わざるを得ない。

「ヒカリちゃん大丈夫?」

「大丈夫じゃないのだ〜お肉食べたいのだ〜」

 フウカたちが駆け寄ってきて心配そうにヒカリのことを見上げる。
 ヒカリはトモナリの背中で渋い顔をしている。

「ヒカリの心配だけか?」

「トモナリ君も大丈夫?」

「なんだかついで感があるな……」

「そんなことないよ」

「心配したよ」

「まあ、心配ありがと」

 サーシャとフウカの無表情コンビは何を考えているのか分からないなとトモナリは笑う。

「皆さんが戻ってきたということは……」

「ええ、ゲート攻略しましたよ」

「ふふ、トモナリ君は大活躍だったよ!」

「やめてくださいよ、イヌサワさん……」

「ははははっ! 今日はお祝いだね!」

 ーーーーー

「モンスターの素材の精算金は後々君たちにも分配しよう。たとえ研修生でも我々ギルドの仲間だからな」

 ギルドの拠点に帰ってきて夜、ゲート攻略を祝うささやかな宴が開かれた。
 いつもより豪勢な食事が用意され、大人たちはお酒も飲んでいる。

 堅苦しい話はなしだが、イガラシがゲート攻略後の処理についてトモナリたちにも話してくれた。
 回収したミニサウルスの魔石やモンスターの死体は、鑑定したり調査して売りに出される。

 魔石はすぐに売れるだろうが、メガサウルスの皮や骨なんかは利用できるかどうかの調査を経てから売られることになる。
 すぐに換金できるものではない。

 だがトモナリたちはもうすぐ研修を終えて帰る。
 フウカとアサミはまだいるけれど換金するまでギルドにいるかはわからない。

 それでも攻略を共にした仲間である。
 たとえ直接参加していなくとも外で待機してもらうことにも意味があって、攻略の一部を成しているといえる。

 つまり攻略のタイミングでギルドにいたのなら攻略で得られたお金をいくらか受け取る権利があるのだ。

「ただ初めてのモンスターだし、鑑定に時間もかかる。ボスの皮は硬かったから利用価値もあるだろうから売れるだろうが、オークションなんかの形式になればさらに時間もかかるかもしれない。気長に入金を待ってくれ」

 お金がもらえるだけありがたい。
 多少時間がかかろうともみんな文句はない。

「あと……あれは」

「あれについてもみんなで話し合った」

 あれとは精髄のことである。
 ギルドに戻ってからトモナリはちゃんと精髄を渡していた。

 権利を主張することはしないけれど、どうするつもりなのは気になった。

「これは君にあげよう」

 イガラシはインベントリから精髄を取り出すとトモナリの前に置いた。

「えっ!?」

 予想もしていなかった答えにトモナリは驚いてしまう。

「みんなで話し合った。今回誰一人として死ぬこともなく無事でいられたのは、君のおかげだ」

 ゲート事故を事前に警告してくれた。
 たとえ分かっていたとしても口を出すのには勇気がいるだろう。

「ゲート事故のモンスターを倒せたのも君の働きが大きい」

 トモナリは何もしていないなどというけれど、メガサウルスを弱体化させ、攻撃して地面に倒したのはトモナリである。
 トドメこそ刺してはいなくとも、トモナリの働きは決して小さいものではない。

「それに最後……これは君に向けてドロップしたように思えた」

 トモナリとメガサウルスの頭は見つめ合い、そして最後に精髄はヒカリの手の中に収まった。
 地面に転がるでもなくトモナリとヒカリを選んで、その下に行ったのだ。

「俺に意味を推しはかることはできない。だが何かしらの意味がある。これは君が持つべきだ。五十嵐ギルドの総意。俺たちの感謝の気持ちである」

「…………分かりました。ありがたく頂戴します」

 みんなの思いを断り続けるのも失礼だ。
 トモナリは精髄を手に取る。

「それでいい。受け取れるものは受け取っておけ。ついでにこれもやろう」

「これは?」

 イガラシは小さなメモ用紙をテーブルに置いた。

「それはそれのみで活用できないだろう。道具にするにしても、防具や武器にするにしても職人の手は必要だ。これは俺が知る最高の職人の連絡先だ。気難しい奴だが腕は確かだ」

 メモには名前と連絡先が書いてある。

「……ありがとうございます」

「君の将来が楽しみだよ。うちに来てくれると嬉しいんだがな」

「考えておきます」

「ふっ、まあ君はうちよりも大きなところで活躍するかもしれないな。研修に来てくれて感謝するよ」

「こちらこそ、こんなに良くしてくれてありがたく思ってます」

 短い研修だったけれど、濃い時間を過ごせた。
 五十嵐ギルドの被害を無くし、精髄をトモナリが手に入れた。

 イヌサワもトモナリの頼みならどこにでも飛んでいくから呼んでくれ、なんて言ってくれた。
 このことが未来にどんな影響を及ぼすのか、それはトモナリにも分からない。

 けれども多少は明るい影響になるのではないかと期待している。
 三年生のサポートであるトモナリの研修時間は終わり、アカデミーに帰ったのであった。

 ーーー第三章完結ーーー
 研修のサポートから戻ってきたトモナリは勉強に励んでいた。
 勉強なんて余裕だろうと思っていたのだけど、意外と忘れていることも多い。

 やれば思い出せるので授業を受けてしっかりと思い出しておく。
 他にも覚醒者の学校らしくモンスターやゲートの勉強もある。

 成績優秀者にはご褒美もあってみんなのモチベーションも高いので、回帰というアドバンテージにあぐらをかいてもいられない。
 ただ勉強だけじゃなく、いつものみんなでトレーニングもしている。

 加えてトモナリは情報収集も欠かさなかった。
 アカデミーにいると世の中の情報に疎くなってしまいがちなので、積極的にニュースなんかを見て世の中の動きを把握する。

 ネットの匿名掲示板なども時に覗く。
 そうして得た情報を元にして、思い出したゲートの事故があれば覚醒者協会に未来視と称して情報をメールで送った。

 おかげでいくつかのゲートで起きたはずの覚醒者の全滅も防ぐことができた。
 未来視が元になっているということは伏せられているために、残念ながら防げなかったものもあるがおおむね順調である。

 回帰前の知識を元に参加したかった試練ゲートもあったけれど、アカデミーから参加する方法がなくて諦めた。

「後のことは頼んだよ、新部長」

「お任せください」

 いつの間にか季節は冬になり、短い冬休みもあっという間に過ぎ去った。
 冬休みに家に帰っていた三年生も冬休みを終えて、研修の報告などのためにアカデミーにも帰ってきていた。

 三年生はまた他のギルドに向かう。
 本格的にどこのギルドに行くのか決める時期で、またすぐにいなくなってしまう。

 しかし、いなくなる前にやらねばならないことがある。
 課外活動部の部長引き継ぎだ。

 卒業後に覚醒者として活動する三年生はこのままギリギリまで帰ってこないので、新しい部長へ課外活動部を引き継ぐのである。
 新しい部長はカエデであった。

 覚醒者の能力的にも高く、人柄や部長としてやっていく能力もある。
 誰の文句もない人選だとトモナリも納得だ。

「みんなもフクロウ君を補助して怪我なく課外活動部の活動を続けてくれ」

 テルが部長として最後の挨拶を終え、みんなが拍手する。

「これから春休みにかけて交流戦がある」

「交流戦?」

「ああ、毎年この時期になると世界の覚醒者教育機関同士の交流を目的として交流戦というものが開催されるんだ。去年の主催国は確か……イタリアだったかな?」

 覚醒者を育成する場所は日本の鬼頭アカデミーだけではない。
 世界各国に同じような覚醒者教育機関が存在している。

 同じ覚醒者教育機関の中だけでは視野も狭くなるし、多くの人と戦うことは良い経験になる上に刺激にもなる。
 さらに優秀な覚醒者は国を越えてもほしいものである。

 色々な思惑が絡み合って各国の覚醒者教育機関の学生覚醒者の交流を目的として、交流戦というものが毎年開催されているのだ。
 日本では鬼頭アカデミーが交流戦に出場している。

「今年の主催国はアメリカだよ。アメリカには三つアカデミーがあるんだけど、その中で東海岸にあるルドンアカデミーが会場になるはずだ」

 三年生は卒業して活動を開始するために交流戦には参加しない。
 そのために交流戦は二年生と一年生が参加することになる。

「去年はどうだったんですか?」

「去年は中国が優勝したよ。ヤナギが善戦したんだけどね。連戦で疲れていたのか……そんな目で見ないでくれよ」

 フウカがテルのことをじっと見ていた。
 珍しく少し怒ったような感じがある。

「負けたと思ってない」

「僕にそれを言われてもね……結果としてあのおかげでヤナギもやる気を出してくれたから良かったとは思うけど……」

「何かあったんですね」

「そうなんだ。細かくはヤナギがいないところで聞いてくれ」

 テルは困ったように肩をすくめた。

「ともかくこれから課外活動部は新体制になり、最初の活動が交流戦だ。良い経験になると思うから気負わずに参加してよ」

 ーーーーー

「ジュース、たくさんもらっちゃったのだ」

「よかったな」

 なんとか期末試験を乗り越えて、トモナリたちは飛行機でアメリカを訪れた。
 ちょこんと席に座るヒカリが物珍しいのか、キャビンアテンダントのお姉さんたちが色々とヒカリの世話を焼いてくれた。

「でももうトモナリも飛べるから自分で行けばいいのだ」

「何時間もスキル維持して飛ぶのは無理だよ」

 多少の距離ならドラゴンズコネクトで翼を生やして移動できる。
 けれども流石に海を越えて国を移動するのは体力的にも魔力的にも持たない。

 何もしなくていい飛行機の方が今のところ楽である。

「トモナリ、あっちだってよ」

「ヒカリ、いくぞ」

「ふーい」

 アメリカには交流戦が目的で来ている。
 課外活動部の生徒だけでなく、特進クラスでも有望そうな子が何人か来ていた。

 さらに日本国内でもアカデミーには所属していないが、学生年齢でもすでに覚醒者として活動している子もいて、そうした子にも声をかけていた。
 だから意外と大所帯になっている。
「これからどうすんだっけ?」

「ちゃんと話聞いてたのか、ユウト?」

「聞いてたよ。ただもう忘れちゃっただけ」

 ユウトは悪びれもなく肩をすくめてみせる。

「これからホテルに移動なのだ!」

「その通り。ヒカリの方がよく覚えてるな」

「はっはっはっー! ユウトには負けないのだ! 褒めるがよいぞ!」

 トモナリの方にしがみついていたヒカリはトモナリの方に頭を差し出す。

「はいはい」

「むふー」

「おいおい……ヒカリが俺に勝つだって? 笑わせるよな、なあ?」

「そうだね」

「ユウトがヒカリちゃんに勝ってるところ一つもないもんね」

「あれ!? そっち!?」

 流石にヒカリには負けないだろう。
 ユウトはそんなつもりでサーシャとミズキの方を見た。

 しかし二人は全く逆の意味でユウトに同意した。
 ヒカリの方がユウトよりも勝っているのだから、確かにおかしな話であるということなのだ。

「ど、どこが負けてんだよ!」

「じゃあ勝ってるところ言ってみたら?」

「…………可愛さ?」

「ユウトのことアメリカに置いていこうか」

「アメリカが迷惑……」

「ひ、ひでぇ!」

 ミズキとサーシャの二人はため息をつく。
 色々あるだろうに、なんでよりによって可愛さでヒカリに勝負を挑んだのだ。

 流石に可愛さ勝負ではユウトに勝ち目が無い。
 ヒカリは撫でられながら勝ち誇った顔をしている。

「僕の方が可愛いのだ!」

「それは当然だな」

「ほ、他に勝てるところは……」

「何で可愛さ一番なんだよ?」

 もっと勝負になるところはあるだろうとトモナリもため息をつく。

「‘すいません’」

「ん?」

 英語で声をかけられてトモナリは立ち止まった。
 振り返ると制服を着たイカつい男性が二人、険しい目をしてトモナリのことを見ている。

 腕を見るとセキュリティと英語で書いてある。

「‘何ですか?’」

 トモナリは英語で答える。
 みんなはトモナリがサラリと英語を話したことに驚いている。

「‘失礼ですが肩の……’」

「‘ああ、コイツですね’」

 声をかけてきたのは空港のセキュリティを担当している覚醒者であった。
 何の用で声をかけてきたのかはすぐに分かった。

 以前お祭りに行った時も同じようなことがあった。

「‘俺のパートナーですよ。これがテイマーライセンスです’」

 トモナリはサイフからテイマーライセンスを取り出した。
 契約しているモンスターの写真と名前、そしてトモナリの名前が記載されているカード状の身分証明書である。

「‘確認します’」

 セキュリティの人はテイマーライセンスを受け取ると機械に通す。
 日本よりも進んでいるアメリカは、テイマーライセンスそのものが何なのかをセキュリティが知っていた。

 機械の画面には覚醒者としてのトモナリの簡易的な情報が映し出されている。
 トモナリとヒカリのことを画面と見比べて、一度大きく頷いたセキュリティはテイマーライセンスをトモナリに返す。

「‘ご協力感謝します’」

「‘お疲れ様です’」

 ちゃんとした身分証を持っているので何も怖がることはない。
 堂々としていれば覚醒者は基本的に悪い扱いを受けることはないのだ。

「みんな、なんだよ? そんな変な顔して」

 怖いセキュリティを見送ってみんなの方に振り向くと、ユウトたちは不思議そうな顔をしていた。

「いや、お前英語喋れたんだなって」

 みんなが変な顔してるのは、トモナリがセキュリティに対して英語で対応したからだった。
 英語話せる先輩呼ばなきゃ、なんて思ってたら流暢にやり取りしているものだから驚いたのだ。

「まあ……軽くな」

 トモナリは英語が話せた。
 なぜなら回帰前の経験があるから。

 回帰前、世界が滅亡に近づくと国も言語も関係なく協力しなければ生きていけない時がくる。
 ただそんな時でも意思の疎通は必要だ。

 同じ国の人ばかりならその国の言語を使えばいいが、世界中いろんな人がいた。
 やはりそんな時に使われるのは英語であった。

 学校で英語は習った。
 成績も良かったけれど、ただそれで話せるようにはならない。

 話せるようになったのは実際に英語を使うしかなかったからである。
 日常会話はもちろん、一瞬の判断を求められる戦いの中でも英語なのだ。

 慣れるしかなかった。
 気づけばトモナリも英語が堪能になっていたのである。

 戦いの中で覚えた英語なのでスラングちっくだったり荒いところはあったりするけれど、かなり話せる方であることは間違いない。

「なんでヒカリがドヤ顔なんだよ?」

「トモナリが凄いということは僕も凄いということなのだ」

「謎理論だな」

「トモナリと僕は一心同体なのだ〜」

「さすがヒカリちゃん」

「うむ、サーシャは分かってるのだ!」

 ちょっと目を細めて笑っているようなサーシャの褒め言葉にヒカリは気分がよさそうにしている。

「問題ないわね?」

「ええ、大丈夫です」

 引率の教員もいるが、リーダー的に周りに気を配っているのはカエデである。
 カエデも英語が堪能でトモナリとセキュリティの会話を聞いていたけれど、ちゃんとした受け答えだったと感心していた。

「早くバスに行くわよ。早めに移動すれば観光の時間もあるから」

「観光!?」

「いいんですか?」

「ええ、早めに着いたもの。少しぐらいはいいって」

 飛行機は天候やモンスターの都合で飛ばないこともある。
 スケジュールギリギリでは間に合わなくなる可能性もあるので、予定は余裕を持って移動していた。

 今回は何の問題もなく移動できたのでスケジュールには余裕ができていた。
 少しぐらい観光してもいい時間があったのだ。

「トモナリが話せんなら安心だしな」

「ねー」

「……まあいいか」

 人のこと通訳として使うつもりだな、と思ったけれど、どうせみんなで行動することに変わりはない。

「美味いもの食べたいのだ」

「後でなんか探してみるか」