「自爆だと!?」
「マズイ! 時間が……!」
『安全装置が起動します!
グェロケルクトンが自爆します!
0:00:07』
喜びも束の間、いきなり現れた自爆の表示に五十嵐ギルドの面々も動揺を隠せない。
十秒という時間は何も分からないのに、何かを判断するのには短すぎる。
「全員モンスターから離れろ!」
『安全装置が起動します!
グェロケルクトンが自爆します!
0:00:05』
イガラシが指示を出すと、さすがみんなは素早く従って飛び退くようにデカサウルスから距離を取る。
けれども離れただけで自爆から逃れられるのか、ということはみんなが思った。
「だいじょーぶ」
ふっと笑ってイヌサワが手を打ち鳴らした。
次の瞬間トモナリの目には部屋の真ん中で倒れるデカサウルスの姿が歪んで見えた。
「重力の壁」
『安全装置が起動します!
グェロケルクトンが自爆します!
0:00:03』
よく見るとデカサウルスを中心にして円を描くように地面が陥没している。
デカサウルスが歪んで見えるのはイヌサワがそれだけ強い力で重力を操作しているから。
今トモナリたちとデカサウルスの間に重力の壁が存在しているのであった。
『安全装置が起動します!
グェロケルクトンが自爆します!
0:00:00』
「ボン」
デカサウルスの体が裂けるように割れて閃光が走った。
トモナリもヒカリも思わず目を閉じて、ただ聞こえる轟音と振動に無事を祈るしかなかった。
デカサウルスが大爆発を起こして衝撃が広がったけれど、イヌサワが発動させていた重力による壁がその全てを遮断してくれた。
「んー、サングラスかけて正解」
いつの間にかサングラスをかけていたイヌサワは爆発の光景を見ていた。
重力の壁を突破しようとする爆発の威力はかなり強い。
余裕そうな表情を浮かべていたものの意外とギリギリであった。
巻き込まれていたらS級と呼ばれるイヌサワやミヤノでも危ないところだったかもしれない。
「みんな、平気かい?」
爆発が完全に収まったのを確認して重力の壁を消す。
爆発の影響でモワッとした嫌な空気が流れてくる中全員の無事を確認する。
「助かったよ、ユウ」
「一つ貸しかな?」
「ここまで何もしなかったくせに」
「じゃあ貸し借りなしか」
ミヤノもいざという時は動くつもりだった。
爆発を叩き切って被害を減らそうと考えていたがイヌサワのおかげでそんなことしなくてもよくなった。
「にしても大きな穴が……」
『囚われし太古の存在が目を覚ましました!
間も無くゲートの外に出てきます!
残り0:30:00』
『特殊攻略条件:太古の存在を倒せ
失敗:死、太古の存在が解き放たれるまでの時間延長』
「これは……!」
爆発のせいで地面に大きな穴が空いていた。
穴の中は暗くて見通せず、イヌサワが近づいた瞬間に表示が二つ現れた。
ゲート事故の発生である。
「……これが話に聞いていたやつだね」
「まさか本当に起こるとはな」
「どうしますか、ギルド長……あまり時間もありません」
「ひとまず状況を整理しよう」
こんな時こそ冷静になる必要がある。
イガラシはみんなを集める。
「ゲートは攻略された。表示があるから間違いないだろう」
『ゲートが攻略されました!
間も無くゲートの崩壊が始まります!
残り5:55』
ゲート攻略とゲート崩壊の表示は出ている。
つまりゲートそのものはデカサウルスの討伐を持って攻略となされたのだ。
「だが新たなタイムリミットと攻略条件が出現した」
『囚われし太古の存在が目を覚ましました!
間も無くゲートの外に出てきます!
残り0:24:18』
『特殊攻略条件:太古の存在を倒せ
失敗:死、太古の存在が解き放たれるまでの時間延長』
穴が空いた影響だろうか、攻略したのにも関わらず新たな攻略の条件が現れた。
「内容を読むに何かのモンスターの穴の下にいる。そしてタイムリミットを超えるとゲートの外に出てしまうようだ」
文言から推測するに何かが穴の下にいて、それがゲートの外に出てこようとしている。
「どんなものかは分からないが……これはゲート事故だ。おそらく難易度としてはCクラスを超えるだろう。B……あるいはAクラスかもしれない」
「だけどこのまま放置もできないね」
ゲート崩壊のタイムリミットの方はカウントが停止している。
一方でゲート事故のカウントは今も進んでいる。
モンスターが出てくるというゲート事故が完全に発生してしまうと分からないが、今のところゲート事故の方をなんとかしないとゲートすら消滅しないようだ。
「この感じを見ると……犠牲を出し続ければ時間は稼げるんでしょうね」
ゲート事故の攻略条件に注目する。
攻略するための条件はいい。
問題は失敗した時である。
死という重たい文言のほかに時間延長という言葉もある。
誰かが穴の中に入って犠牲になれば、それだけ攻略の準備を整える時間を作れるということだろう。
強制的に戦闘になるわけじゃないのに、どうして回帰前は犠牲者が出たのか不思議だった。
だがこうして時間がない中で攻略隊はモンスターが出ないように攻略を試みたのだ。
そして失敗。
けれどもそのおかげで時間ができて五十嵐ギルドはもう一度ゲート事故に挑んで攻略を成し遂げたのだろう。
「そんな犠牲を強いるつもりはない。強いなくてもいいように今回はこうしてみんなで来ているのだからな」
回帰前がどうだったのか知る術はない。
トモナリですら断片的な情報しか持ち合わせていない。
だが回帰前がどうであれ、今回は回帰前と違うと言い切ってもいい。
五十嵐ギルドはゲート攻略に全力をあげている。
さらに助っ人にミヤノまでいる。
Cクラスということで最初に派遣された攻略隊を失い、ミヤノといない中でも五十嵐ギルドはゲートを攻略した。
全力をあげて、助っ人もいる万全の体制の今ならば犠牲者を出すことなく攻略できる可能性も高い。
「ただここからの危険はこれまでとは比にならない。研修生はここで引き返すんだ」
Cクラス程度ならば五十嵐ギルドで保護しつつ戦うこともさほど難しいことではない。
しかしさらに難易度が上がってくるとトモナリたちを守ることも難しくなる。
爆発を予見し、ゲート事故の発生を言い当てたトモナリは役割を十二分に果たしたと言えるだろう。
「ゲートの攻略そのものは終わっているから道中モンスターは出ないはずだ。戻って状況の報告をするんだ」
本当にゲート事故が発生したと報告しにいく人も必要である。
これ以上連れていくことが危ないトモナリたち研修生にその役割を任せようとイガラシは考えた。
「分かりました」
一応トモナリたち四人の中ではフウカがリーダー的な役割を果たす。
フウカも足手まといになることは望まないので素直に役割を受け入れる。
「では時間もないしこのまま変異ゲートの攻略に移る」
今回起きたゲート事故は大きな分類ではゲートの変異や変容と呼ばれるものになる。
新たなゲートが出現したわけではなく、ゲートの環境はそのままでさらに新しい場所が解放されたためにゲートが変異を起こしたなどと言われるのだ。
詳細な調査が行われれば細かな現象名もつけられるのだろうが、今はそんな余裕もない。
「じゃあ行こう」
トモナリたちは来た道を引き返してゲートからの脱出を図ろうとした。
『お前は……来るのだ……』
「また声がするな……」
「なんだ! みんな避けるのだ!」
トモナリが穴に背を向けた時だった。
穴の中から手が飛び出してきた。
岩でできたような巨大な手はぐんと伸びてトモナリの方に向かう。
「アイゼン君!」
素早い反応をみせたミヤノが剣を抜いて巨大な手を切りつける。
けれども手はミヤノの想像よりも硬くて表面を刃が滑ってしまう。
「ぐっ!」
トモナリも巨大な手をかわそうと飛び上がったが、巨大な手はトモナリを追尾してきた。
巨大な手が大きく開いてトモナリのことを鷲掴みにした。
「なっ……うわああああっ!」
叩きつけられたり握りつぶされることも覚悟してトモナリは体に力を入れて備える。
しかしトモナリを掴んだ巨大な手はそのまま穴の中にトモナリを引きずり込んで戻っていく。
「トモナリーー!」
「ヒカリちゃん!」
巨大な手から逃れていたヒカリはトモナリを追いかけて穴の中に飛び込んでいく。
「早くアイゼン君を追いかけるぞ!」
「待て、イガラシ」
「なんだ、シノハラ?」
ヒカリと同じく穴に飛び込もうとするイガラシをシノハラが止めた。
「罠かもしれない。ここは慎重になるべきだ」
「しかし研修生のアイゼン君が連れて行かれたのだぞ! たとえ罠だとしても助けに行かねばならない!」
「分かってる。見殺しにしようなんて言わない。だがここは一呼吸置いて冷静になるべきだと言ってるんだ」
トモナリを助けに行こうとする気持ちは理解できる。
だからといって焦るのはいけない。
相手の方からアクションを起こしてきた以上、待ち受けている可能性や罠の可能性も考慮に入れて動くべきである。
トモナリ一人のために五十嵐ギルド全体が危機にさらされることはあってはならないとシノハラは冷静だった。
「僕が先に行くよ」
トモナリを守りきれなかったことに責任を感じたイヌサワが前に出る。
「僕も行こう。二人なら何があっても対処できるはずだ」
ミヤノも動けたのに守れなかったと先に穴に入ることを志願する。
「君が来てくれるなら心強いね」
「アイゼン君には良いところを見せないといけないしね」
「分かった。二人とも頼むぞ」
イガラシも二人ならば大丈夫だろうと先に入ってもらうことにした。
イヌサワはサングラスを能力で空中に浮かせる。
「中に入って何かがあれば能力を解除してサングラスを落とします。大丈夫ならサングラスが浮き上がって、警戒している間は状態をキープということで」
「了解した。油断するなよ」
「もちろんです」
イヌサワとミヤノは穴の縁に立つ。
魔法で炎を投げ込んでも中の様子が分からないのはゲートの力が働いているからだろう。
穴がどれほど深いのかも分からないけれど、S級覚醒者の二人はそんなに大きく心配もしていない。
「行くよ」
「ああ、行こう!」
二人は同時に穴の中に飛び込んだ。
「トモナリ君、大丈夫かな?」
「大丈夫だよ、きっと」
似た雰囲気で無表情のサーシャとフウカも内心ではちゃんとトモナリのことを心配していた。
ーーーーー
「トモナリ、起きるのだ!」
「起きてるよ……」
ヒカリのせいで窒息しかけた。
岩の手に引き込まれたトモナリのところにヒカリが来てくれたのはいいけれど、ヒカリがしがみついたのはトモナリの出ているところである。
体は岩の手に掴まれているので、出ているところは頭しかない。
あろうことか必死だったヒカリはトモナリの顔面にしがみついたのだ。
岩の手はそんなに負担にならないように握ってくれていたのに、ヒカリが顔面にしがみついたものだから呼吸ができなくて死にかけたのである。
「くっ……」
深呼吸すると空気が吸いにくい。
空気に含まれる魔力が濃いのだなとすぐに気づいた。
岩の手はそっとトモナリを床に下ろすとボロボロと崩れて消えてしまった。
「ここはどこだ?」
穴の中に引きずり込まれたことは分かっている。
ただ引きずり込まれた後はかなりの速度で移動したので、穴から遠いのか近いのかも分からない。
トモナリは腰に差していたルビウスを抜いて周りを警戒する。
「なんで俺が……」
「待っていたぞ」
「え……うわっ!?」
声がして振り向くと、正面に何かが迫っていてトモナリはとっさに飛び退いた。
「なんだ!?」
巨大な何か、ということはすぐに分かった。
トモナリが視線を上げると薄暗い中にそれは立っていた。
「デッカいのだ!」
透き通るような紫の目をトモナリに向けているそれは、デカサウルスよりもさらに大きなデカサウルスであった。
いうならばメガサウルスとでもいうべきサイズをしている。
「あ、あんたが俺を呼んだのか?」
ただデカいだけじゃない。
押しつぶされるような魔力を感じる。
息苦しさすらある魔力は目の前のメガサウルスから漏れていたものだとトモナリは察した。
今のトモナリではとてもじゃないが勝てる相手じゃない。
ただ声が聞こえた。
これまで頭の中で聞こえていたのに今は耳で聞こえたのだ。
メガサウルスが話した。
そう思ったトモナリは話しかけてみることにした。
「そうだ、不思議な雰囲気を持つ人の子よ」
「あなたは一体……なんですか?」
『其奴はドラゴンじゃ』
ルビウスの声が頭に響いた。
「ドラゴン?」
「その剣も何かを宿しているな?」
メガサウルスは紫の瞳をトモナリが持っているルビウスに向けた。
今のところ視線から敵意のようなものは感じない。
「この中にはドラゴンがいます。あなたのことをドラゴンだと」
「ほう……」
メガサウルスが鼻先をトモナリに近づける。
軽く口を開けるだけでもトモナリのことを食べれてしまう。
「そう。我はドラゴンだ。誇り高きアースドラゴン。それが我……だった」
「だった……?」
「見よ、この姿を」
ティラノサウルスにも近いような姿をしたメガサウルスの体を見てみる。
トモナリの胴体ほどの太さもありそうな巨大なモリが何本もメガサウルスには突き刺さっている。
モリには太い鎖が繋がれていてメガサウルスの体に幾重にも巻き付いていた。
よく見ると鎖の表面はうっすらと青く光っていて何かの模様のようなものが見受けられた。
「我は今力を封じられている。魔力はただ漏れになって久しく、もはやドラゴンたる威厳もない。ここに来たということは我から作り出された偽物と戦ってきたのだろう?」
「あのモンスターは……あなたから生み出された?」
「そうだ。我の体を使い、我の力を模倣するように作られた偽物の生命体だ。禁忌の行いだ」
目的こそ分からないが、今いる研究所が何をしていた研究所なのかうっすらと分かってきた。
「ともかく我は捕まり、研究の対象となった。そして我は何かの奴隷になった」
「奴隷?」
さっきから何が言いたいのか、イマイチわからない。
「頭の中で声が響く……お前を殺せと」
「えっ?」
「全てを破壊しろ、人間を殺せと抗いがたい声がしておるのだ。もうすぐ我はただの化け物になる。今はこの鎖が……忌々しい鎖が我の理性をも繋いでくれているが、解き放たれる時は近い。鎖が解き放たれれば我は声に支配された奴隷として暴れることだろう」
「そんな……」
「我を殺してくれ。戦いたくもないのに戦わされ、何かに支配され続けることはイヤだ」
ふと鎖が一本引きちぎれた。
「礼はしよう。頼む」
「それは……いいですが……どうやってあなたを倒せば」
正直トモナリにはメガサウルスを倒す自信がなかった。
たとえ全力を持って攻撃してもほんのわずかにダメージを与えられる程度だろう。
「お主には仲間がいるようだな。仲間と協力しろ。そして一つ良いことを教えてやる。我の後ろには小さな部屋がある。そこには緊急用の装置がある。装置を発動させると我を弱体化させる魔法が発動する。ついでにお膳立てもしてやる。……あとは分かるな?」
流石にトモナリ一人で倒せと言っているのではなかった。
トモナリがメガサウルスの後ろに目を向けると確かに扉のようなものがある。
「お主が連れているのは……ブラックドラゴンか……」
一本、また一本と鎖がちぎれていく。
「ドラゴンの気配を持つ人間よ。頼むぞ……」
「トモナリ君!」
「アイゼン君!」
「イヌサワさん、ミヤノさん!」
イヌサワとミヤノがトモナリのところに駆けつけた。
「これは一体……」
「大きいね。さっき戦ったのが子供みたいだ」
二人ともメガサウルスを見て驚いている。
「我が名はアドシュタイト・ジャルヌン・エドマイデルン!お主の名を聞かせてほしい!」
「俺は……トモナリ。アイゼントモナリ」
「トモナリか……」
「……君は何と話してるんだい?」
「えっ?」
メガサウルスを見上げながら名前をつぶやいたトモナリのことを、ミヤノが不思議そうな顔で見ていた。
「えっ、だって……」
「まさかあのモンスターの声が?」
普通に言葉と聞こえている。
だから普通に答えていた。
しかしイヌサワとミヤノにはメガサウルスがけたたましく咆哮しているようにしか聞こえていなかったのである。
「僕はヒカリなのだ!」
「ヒカリ……か。我が名はもはや誰も覚えていない。お主らが覚えておいてほしい」
メガサウルスの声が聞こえていることにトモナリが動揺している間にも、メガサウルスを拘束している鎖はちぎれていく。
「そうか……あんたの声は…………俺にしか、届いてないんだ」
「三人とも無事か!」
イガラシを始めとしたイガラシギルドのメンバーもようやく駆けつけた。
「もはや名誉の死など求めない! だが我が求めるのは自由! 頼むぞ、トモナリ、ヒカリ!」
最後の鎖が引きちぎれ、その言葉を最後にメガサウルスの声はただの咆哮になった。
「来るぞ!」
戦いが始まった。
「広がれ! あのデカさだ、防御より回避で対応しろ!」
「トモナリ君、君は……」
「やらなきゃいけないことがあるんです」
「……そうか」
イヌサワはトモナリに撤退を促そうとしたが、トモナリにはやるべきことがある。
真剣な目をする男には何かがあるとイヌサワは小さく頷く。
「何をするつもりだい?」
「向こうに……」
「おっと! 大丈夫?」
巨大な岩が飛んできてイヌサワが剣で切り裂いた。
メガサウルスは自身の体だけでなく魔法も使って戦っていた。
大きな岩の塊がいくつもメガサウルスの周りに浮かんでいてイガラシたちに飛んでいっている。
そのうちの一つがトモナリたちの方に飛んできたようだ。
「向こう側に行きたいんだね?」
「は、はい!」
イヌサワは素早く周りを見て状況を把握する。
「みんな! トモナリ君に何か考えがあるようだ! 少しモンスターを引きつけてくれ!」
「そろそろ様子見は終わりだな。こちらからも攻撃だ!」
イガラシたちはちょうど相手の出方をうかがっているところだった。
攻撃パターンに魔法が増えてはいるが、デカサウルスと基本的な攻撃パターンは変わらない。
魔法への備えをしながらイガラシたちも攻撃し始めた。
「真ん中を突っ切るのは難しいから回り込んでいこうか」
部屋の真ん中にはメガサウルスがいる。
向こう側に行きたいのなら真ん中を突っ切るのが早い。
しかしメガサウルスの近くを通ることはリスクが大きい。
やはり大きく迂回していくのが安全だ。
イガラシたちがトモナリの状況を見てメガサウルスに攻撃を加えて気を引きつける。
トモナリとイヌサワは引きつけるのとは逆側から回り込んでいく。
「イヌサワ、そっちに向いたぞ!」
メガサウルスは壁際を走るトモナリのことを全く気にしていない。
そう思っていたのに急に振り返って岩をトモナリに放った。
「そうはさせないよ」
岩が軌道を軌道を変えてまっすぐ地面に落ちる。
「君のことは僕が守るよ」
岩はイヌサワの重力操作によって叩き落とされたのだ。
メガサウルスは体をねじって尻尾を大きく振りかぶった。
まるでトラックのような太さもある尻尾が迫ってきてトモナリは流石にヤバいと感じた。
「そう心配しなくても大丈夫だよ」
イヌサワはニヤリと笑って撫で上げるように手を動かす。
するとメガサウルスの尻尾の振り下ろされる速度は目に見えて落ちた。
イヌサワの目の前に落ちてくる頃には、イヌサワの人差し指で止められるほどのスピードしか残されていなかったのである。
「うーん、トモナリ君のことを狙ってるのかな?」
無数の岩が空中に浮き上がってイヌサワは目を細めた。
今こちら側にいるのは二人しかいないのに、殺意が高いなと感じる。
「だけど……こっちばっかり見てると痛い目見るよ?」
「僕を無視するとは良い度胸だね」
メガサウルスがトモナリとイヌサワの方を向いているということは、他のみんなはフリーであるということだ。
ミヤノが高く飛び上がって横からメガサウルスの頭に迫る。
ミヤノの黄金色に輝く魔力がほとばしり、メガサウルスの頭を横から剣で突いた。
剣から魔力が放たれて、メガサウルスの巨体がミヤノの攻撃で横に弾き飛ばされる。
「すごい力なのだ……」
ヒカリはミヤノの力に驚いてしまう。
ヒカリがトモナリと協力してもメガサウルスを弾き飛ばすことは難しい。
流石は剣聖と呼ばれる覚醒者の力である。
「くっ……!」
けれどもミヤノとしては納得のいかない一撃だった。
頭を吹き飛ばすぐらいのつもりで放ったのに剣先すら突き刺さることがなかった。
「硬いな……」
倒せなくともダメージぐらいはあるだろう。
そう思ったのにメガサウルスには傷一つない。
メガサウルスは一瞬ミヤノのことを睨みつけたが、岩はそのままトモナリに向かって撃ち出した。
「なんでだよ!」
なんとしてもトモナリを狙いたいようだが、今この場にいる中で一番弱いのがトモナリである。
どう考えても狙う理由などないのだ。
「名前覚えててほしいとかいうなら狙うなよ!」
今度は魔力を多く込めているのかイヌサワの重力を岩が突破してきた。
イヌサワも岩を切り落としてくれるが、トモナリも必死に岩を回避する。
「弱体化させないと厳しいかもな」
ミヤノの攻撃も効いている感じがない。
背中にイガラシたちも攻撃をしているのだが、完全に無視していた。
弱体化とやらしないと攻撃が通じないのかもしれない。
もしかしたら回帰前も何かの偶然で弱体化が起きて倒せたという可能性もある。
「こんな話聞いてなかったけどな……!」
弱体化の話なんてトモナリも知らない。
これもまた突発的な起きたことだったり、弱体化を見つけた人が途中で倒れてしまって出てこなかった話なのかもしれない。
「伏せ」
この際イヌサワに弱体化の装置のことを伝えて、行ってもらった方が早かったかもしれない。
なんてことを思っていたら、イヌサワが足を止めてメガサウルスに向けて重力操作を発動させた。
デカサウルスの爆発を防いだ時と同じような、少し空間が歪むほどの重力がメガサウルスにかかる。
メガサウルスの巨大な体を支える足の下が陥没する力がかかっているのに、メガサウルスはそれでも重力に耐えている。
ただ流石のメガサウルスも身動きは取れなくなっている。
「今のうちに早く。そう長くは持たないからね」
イヌサワの能力も無制限ではない。
魔力は使うし、使う力が強ければ強いほどにイヌサワ自身にも反動がある。
今もメガサウルスは強い力で抵抗を見せていて、結構辛いなと感じている。
「ありがとうございます!」
イヌサワがメガサウルスを抑えている間にとトモナリは走る。
「おっと! ヒカリ!」
「ほい!」
地面から岩が突き出してトモナリを襲う。
素早く魔法を察知したトモナリは飛び上がって手を伸ばす。
ヒカリがトモナリの手を掴んで翼をバタバタを激しく動かす。
トモナリはヒカリに支えてもらって勢いをつけると岩の上を飛び越える。
そのまま向こう側まで走り抜けて部屋の入り口を探す。
「つってもどこに部屋が……」
部屋があるとメガサウルスに聞いて、ひっそりと向こう側の壁に注目して見ていた。
ただどこに部屋があるのか分からない。
一見すると普通の壁にしか見えないのだ。
「トモナリ! ここに何かあるのだ!」
部屋という以上は扉のようなものがあるはずと壁を探していると、ヒカリが何かを見つけて指差した。
「なんだこれ? スイッチか?」
壁にあったのは小さなスイッチのようなものだった。
何なのか、謎ではあるけれど他に怪しいものはない。
トモナリはスイッチに触れてみる。
「ニンショウカイシ」
「うわっ!? なんだ?」
スイッチの上がカパッと開いてレーザーのようなものがトモナリとヒカリに当てられた。
ダメージのある攻撃ではない。
まるでスキャンされているようだとトモナリは感じた。
「トウロクニアリマセン」
レーザーが収まって機械音のような音声でどこからか聞こえてくる。
この感じ、開かないかもしれないとトモナリは渋い顔をする。
「……ドラゴンノソンザイヲカンチシマシタ」
「なんなのだ、これ?」
再びレーザーがヒカリのことをスキャンする。
とりあえず攻撃ではないのでヒカリも首を傾げてスキャンを受けている。
「リセイテキ、テキセイドラゴンデハアリマセン。ユウコウテキドラゴンノトクベツニュウシュツヲミトメマス」
「むむむ?」
何が言いたいのか分からないとヒカリは首を傾げる。
「むっ、開いたのだ!」
「結果オーライだな」
スイッチ横の壁がスライドして開く。
何なのかトモナリにもよく分かっていないが、開いたのならそれでいい。
トモナリが部屋の中に入ってみるとパッと明かりがついた。
「モニター? それに……人骨か?」
部屋の中は監視室のようになっていた。
モニターのようなものがいくつもあるが、どれも何も映し出してはいない。
モニターの前には椅子が置いてある。
そして椅子には座ったままの体勢の人骨が安置してあった。
「緊急用の装置……あれかな?」
モニターの下には色々ボタンのようなものも並んでいる。
その中で一つだけガラスの蓋が付けられた赤い大きなスイッチがあった。
いかにも緊急用といった感じである。
「……本当にこれか?」
多分このスイッチなのだろうと思うのだけど、押しちゃいけないスイッチ感も強い。
とりあえずガラスの蓋を外したものの、押すことをためらってしまう。
「ぽちっ!」
「あっ!」
トモナリが悩んでいるとヒカリがスイッチを押してしまった。
「キンキュウドラゴンヨクセイソウチヲシヨウシマス」
「うっ!」
「ニュニュ!?」
急に耳鳴りがしてトモナリもヒカリも頭を抱えた。
「なんだ……これ」
ひどい耳鳴りにふらつきながら小部屋の外に出てみると、大部屋の天井一面に青白く光る不思議な模様が浮かび上がっていた。
天井の模様からは強い魔力を感じる。
メガサウルスもトモナリたちと同じように苦しんでいる感じがあった。
「何が起きているのだ……」
天井の光る模様の真ん中に魔力が集まり、凝縮されてまるで槍のように細長い形で撃ち出されてメガサウルスの体を貫いた。
メガサウルスが苦痛の叫び声を上げる。
青白く光る抑制装置から光がメガサウルスの背中に刺さっているモリに伸びていく。
「何が起きているのか知らないけれどチャンスだ!」
敵の攻撃ではなくトモナリが何かしたのだとイガラシはすぐに察した。
「刃が通る! これなら……」
ミヤノがメガサウルスの横から斬りつけた。
まだ抑制装置が何なのか分かっていないミヤノは警戒しながらの攻撃だった。
手を抜いてはいないがいつでも下がれるようにしていた一撃がメガサウルスの体を斬り裂いて、メガサウルスに起きた反応が自分たちに有利なものだとミヤノは気づく。
『アドシュタイトが決戦の誓いを発動させました!
指名対象種族は“ドラゴン”です。
指名対象種族の能力が向上します。
指名対象種族以外の能力が低下します。
敵性指名対象種族が多いほど効果が低下します。』
みんなの前に表示が現れた。
「くっ……」
急に体が重たくなったように感じてミヤノは表情を曇らせた。
「モンスターの広域デバフスキルだ! みんな自身の変化に気をつけるんだ!」
モンスターの能力や変化、スキルの一部は時としてステータスの表示のように目の前に現れて、アナウンスされることがある。
表示の内容と体が重たく感じられる変化から、デバフ系のスキルを発動させたのだと周りに注意を促す。
『アドシュタイトが大地の束縛を発動させました!
行動を制限します。』
「なっ……!」
「チッ! うりゃああああっ!」
メガサウルスが尻尾を振り下ろした。
まとめて複数人が攻撃範囲に入っていて、それぞれ尻尾を避けようとした。
しかし何人かは動けなかった。
仲間の危機にイサキは自ら尻尾の下に入り込んで剣を振り上げる。
巨大な尻尾とイサキの剣がぶつかる。
剣が尻尾にめり込むが、尻尾の破壊力にイサキの足元も地面にめり込む。
「こんにゃ……ろおおおおっ!」
イサキは全力でメガサウルスの尻尾を押し返した。
「……ジャンプです!」
「なに?」
「行動の制限はジャンプにかけられています!」
逃げられた者と逃げられなかった者がいる。
何の違いがあったのか。
それが分からなければ危険であるとミヤノは原因を考えた。
全員に同じくスキルによる行動の制限がかけられたはずなのに、動けなかった理由があるはずなのだ。
考えながら動こうとしたミヤノも自分が動けない瞬間があることに気づいた。
その行動はジャンプであった。
高く飛びあがろうとすると足が地面から離れずに動きが止まってしまうのである。
「ジャンプか……みんな飛び上がらないようにするんだ!」
「危ない!」
地面スレスレで低く滑走するように飛ぶなら大丈夫だが、ある程度以上の高さになるようにジャンプしようとすると足が地面から離れなくなる。
大きく跳躍して回避するのも普通のことなので、飛び上がるなと言われても咄嗟の時には飛んでしまおうとして動きが止まる。
また一人、思わずジャンプして飛んでくる岩をかわそうとして別の覚醒者に助けられた。
「結構面倒だね」
普段の習慣というのはなかなか抜けない。
ジャンプするなと言われても、普段からジャンプするような人は飛んで動いてしまう。
「それに攻撃面でも厄介だ」
相手はデカい。
頭は到底手の届かない位置にある。
飛び上がらずに有効打を狙う手段はかなり限られてしまう。
「どりゃああああっ!」
「あれは……ヒカリ!?」
何かでメガサウルスの頭が弾け飛んだ。
黒い塊が飛んできたと思ったらヒカリだった。
「わーはっはっはっ!」
ヒカリは腰に手を当て胸を張る。
「これが僕の本当の力なのだ! さあ、トモナリもいくのだ!」
「やる気だな。俺も一発!」
怒りのこもった目をしてヒカリの方を振り返ったメガサウルスが見たのは、拳を振りかぶるトモナリの姿であった。
「……あれがトモナリ君の切り札か」
「くらえ!」
トモナリは思い切りメガサウルスの鼻先を殴りつけた。
ーーーーー
『アドシュタイトが決戦の誓いを発動させました!
指名対象種族は“ドラゴン”です。
指名対象種族の能力が向上します。
指名対象種族以外の能力が低下します。
敵性指名対象種族が多いほど効果が低下します。』
抑制装置がメガサウルスを貫いてトモナリとヒカリの耳鳴りも治った。
トモナリが頭を振って耳鳴りの影響を振り払っていると目の前に表示が現れた。
「モンスターのスキルか」
回帰前の経験があるトモナリは表示が何のものなのかすぐに分かった。
「ふおおおおっ! トモナリ!」
「ヒ、ヒカリ?」
「何だか力が溢れてくるのだ!」
ヒカリから魔力が溢れている。
「今ならフウカに捕まえられても逃げられるのだ……」
ヒカリはキリッとした顔をしてトモナリのことを見る。
「そういえば俺も少し……」
ヒカリほどではないにしてもトモナリも体の軽さを感じていた。
「これのせいか」
トモナリは表示に目を向ける。
スキルの中身をざっくりと読んだ感じでは、指名対象種族となっているドラゴンにはバフがついて強化され、ドラゴン以外の種族にはデバフがつくようである。
「ドラゴンの力が強化される……それなら」
トモナリはチラリと手に持ったルビウスを見た。
ヒカリと魂で繋がっているトモナリにも恩恵があるのだ。
もし自分の身がよりドラゴンに近くなったら、と思った。
「ルビウス、いくぞ」
『ふっふっふっふっ……アレをするのだな? お主と一つになれるのは悪くない』
「むむ!」
ルビウスの声が聞こえているヒカリはちょっとだけ険しい顔をする。
「ドラゴンズコネクト」
トモナリはスキルであるドラゴンズコネクトを発動させた。
ルビウスが赤い光の塊に変わっていく。
トモナリの手を離れて、一度フワリと浮き上がって胸に吸い込まれる。
「あっ……」
全身が燃えるような熱さを感じ始めた。
失敗したとトモナリが思ったけれど、時すでに遅し。
背中にむず痒さを感じ、翼が生えてきて服を突き破る。
こうなることが分かっていたのだから服を脱いでおけばよかったと反省する。
「くっ……うぅ!」
ウロコやツノが生え、髪はうっすら赤くなり、瞳はヒカリと同じく黄金色に染まったトモナリを見てヒカリが悶絶する。
「どうしてみんなが僕を見るのか分かったのだ……」
「ほんとこの姿、好きだよな」
「普段のトモナリも好きだけど、その姿は芸術なのだぁ」
ヒカリはうっとりとした顔をしている。
ドラゴンに近い姿になったからだろうか、ヒカリはドラゴンズコネクト・ルビウスバージョンの見た目がかなりお気に入りである。
「こりゃすごいな……」
ドラゴンズコネクトで得られる力は強い。
本当に竜になったような気分にもなるのだが、今はそんなもの比較にならないぐらいに力が溢れている。
「敵性指名対象種族が少ないからか?」
メガサウルスのスキルはイマイチ分からないようなところもある。
しかしデバフをかける敵が多いほど効果が弱くなるという内容にも読める。
逆に言えば敵が少ないほどに効果は高くなるとも読み取れるだろう。
トモナリからしてみれば敵性と呼べる相手はメガサウルスしかいない。
バフの効果が最大限に発揮されているのだ。
『非常に気分が良いのう。これは竜種に伝わる真言の結界術の応用じゃな』
トモナリと一つになったルビウスもご機嫌だった。
ドラゴンズコネクトを使うと、ちんまい竜の姿ではなく人の体を得られたような気分になる。
今は力も溢れてくるのだからより気分が良い。
「今ならいける……!」
これだけ力が溢れているのなら戦える。
「ん? おっと?」
跳び上がろうとしたトモナリは足が地面から離れなくて転びかける。
「なんだこれ?」
『大地の束縛とかいうやつのせいだろうな』
一つになっているのでトモナリの視界はルビウスも共有している。
トモナリの目で見えている表示はルビウスにも見えていた。
『アドシュタイトが大地の束縛を発動させました!
行動を制限します。』
「これか」
ドラゴンズコネクトで得られた力に気を取られてもう一個の表示をつい忘れていた。
「行動の制限か……」
今何かの行動が制限されたことはトモナリにも分かった。
「歩ける……」
こういう時は冷静に状況を確かめるに限る。
幸いなことに、小部屋の入り口にいるトモナリはメガサウルスの意識から外れている。
何に制限がかけられているのか確かめる余裕はあった。
行動制限がかけられているけれど、歩いて移動はできる。
戦っているみんなを見ても移動そのものを制限されている様子はない。
ならば何を制限されているのか。
「……飛び上がれないな」
回帰前にもこうしたデバフの経験はある。
軽く跳び上がろうとしたトモナリは地面から足が離れなくなることに気づいた。
『跳躍制限か。いかにもアースドラゴンらしいな』
頭の中でルビウスがため息をつく声が聞こえてくる。
「でもヒカリは飛んでいられるんだな」
バフはヒカリにも影響を与えている。
それなら大地の束縛というスキルもヒカリに影響を与えていてもおかしくない。
なのにヒカリは普通に飛び回っている。
「……飛行は含まれないのか?」
どうだ! と言わんばかりにヒカリがトモナリの周りを飛び回る。
トモナリは跳ぶのではなく飛ぶことならできるのではないかと考えた。
歩く走るができるなら足が地面から離れることは制限されていない。
一定の高さ以上になりそうな跳躍を封じているのなら、飛行のように少しずつ地面から足が離れる行為は制限されない可能性がある。
「やってみるか」
トモナリは飛び上がらないように気をつけながら翼を動かす。
ドラゴンズコネクトでの体の変化については少しずつ練習していた。
翼があるなら飛べるだろうと思っていたので、翼を使った飛行の練習もしていたのである。
「……これは大丈夫だな」
足が地面から離れる。
そして小部屋の入り口と同じ高さまで飛ぶことができた。
「よし! やるぞ、ヒカリ!」
「うむ! 任せるのだ!」
本当は壁を蹴って勢いをつけたいが、それも跳躍と見なされる面倒だ。
トモナリは翼を動かして天井近くまで上がる。
「ゴー!」
「ゴー、なのだ!」
トモナリとヒカリは一気にメガサウルスに向かっていく。
「どりゃああああっ! ドーンなのだ!」
まずはヒカリがメガサウルスに体当たりする。
メガサウルスの鼻息でも吹き飛んでしまいそうなサイズの違いがあるけれど、ヒカリのタックルを食らってメガサウルスが大きく弾き飛ばされる。
「わーはっはっはっ!」
ヒカリは腰に手を当て胸を張る。
力が溢れて気分が良い。
ヒカリの重たい一撃にメガサウルスもダメージを受けたようにふらついている。
「これが僕の本当の力なのだ! さあ、トモナリもいくのだ!」
「やる気だな。俺も一発!」
トモナリもヒカリに続く。
頭を振って持ち直したメガサウルスがヒカリを睨みつけようと振り向くと、すでに拳を振りかぶっているトモナリが目の前にいた。
「くらえ!」
トモナリがメガサウルスを殴りつける。
岩でも殴ったかのような硬い手応えがあったけれど、トモナリは拳を振り切った。
鼻先を殴られてメガサウルスが倒れる。
「みなさん、今です!」
「はははっ! 君は面白いね!」
トモナリの姿にみんな驚いていた。
それでも動きを止めるような人たちではない。
イヌサワはやっぱり切り札を隠していたかと笑いながらメガサウルスに斬りかかっていく。
倒れてしまえば尻尾や口など身体を使った攻撃は大きく制限される。
抵抗するように振りまわされる尻尾を避けてみんなでメガサウルスを攻撃を叩き込む。
俯瞰して見ることができた立っている時と比べ、倒れて横になっている時の視界は遥かに狭くなる。
いかに強い力を持っていようと視覚に頼る部分は大きく、見えない敵を攻撃できはしない。
ついでに見えてる敵も横に見えているのでかなり狙いにくいのか、魔法での反撃の精度も低くなっていた。
「起こさせるかよ!」
メガサウルスが頭を上げようとしたので、トモナリは上から蹴りをいれる。
「いいよ、アイゼン君!」
頭を蹴られて怯んだ隙にミヤノがメガサウルスを斬りつける。
目を斬られてメガサウルスが苦痛の声を上げる。
「トモナリ、来るのだ!」
「ブレスか!」
いいように攻撃されているメガサウルスは横になったまま、攻撃した直後のミヤノに向かって大きく口を開けた。
口元に魔力が集まり、ミヤノは危険を感じた。
しかし左右に避けては他の人がブレスに巻き込まれてしまうかもしれない。
飛んでかわすことができない今、変に回避してしまうと余計な被害を生む可能性があるとミヤノは判断した。
滑走するように低く後ろに飛び退いてブレスに備える。
「アイゼン君!?」
そんなミヤノの前にトモナリとヒカリが降り立った。
「やるのだー!」
「おうよ!」
トモナリとヒカリは胸いっぱいに息を吸い込む。
「はあああああっ!」
「ボーッ!」
メガサウルスがブレスを放った。
同時に口を開いてトモナリとヒカリもブレスを放つ。
トモナリとヒカリのブレスが合わり、グルグルと渦を巻くようにしながらメガサウルスのブレスとぶつかった。
ちょうど両者の間でブレスが拮抗して止まる。
「はははっ! 若者が頑張っているのだ、俺も頑張らねばいけないな!」
イガラシは両手に大きめな斧を持って戦っていた。
それでもかなり攻撃的なスタイルである。
だがイガラシは二つの斧をインベントリにしまうと別の武器を取り出した。
「ふううううっ!」
身の丈ほどもある巨大な斧をイガラシは全力で投擲した。
回転しながら飛んでいった斧はメガサウルスのアゴに当たった。
トモナリとヒカリは口の前からブレスが放たれているのに対してメガサウルスのブレスは喉奥から放たれている。
斧によって口が強制的に閉じられた結果、ブレスが口の中で暴れて爆発を起こした。
「ユウユウコンビ復活といこうか!」
さらにはトモナリとヒカリのブレスに襲われてメガサウルスは地面を転がった。
完全に隙ができた。
トモナリが飛んでいることにイヌサワはヒントを得た。
ジャンプしないで足を離せば飛び上がることもできるのでないかと見ていた。
イヌサワが重力操作をミヤノに向かって発動させる。
重くすることも重力操作の能力だが、逆に無重力のような状態にすることや任意の方向に重力をかけることもできた。
ミヤノの足が地面から浮き上がる。
そのままイヌサワはミヤノをメガサウルスの上に動かす。
「準備はいいかい?」
「もちろん」
ミヤノはメガサウルスを見下ろしながらゆっくりと剣を振り上げる。
「超重力」
イヌサワがグッと手を握った。
その瞬間ミヤノと、ゆっくりともたげようとしていたメガサウルスの頭にとんでもない重力がかかった。
イヌサワの力によって浮いていたミヤノが落下し、メガサウルスの頭は地面に押さえつけられる。
普通の覚醒者でも耐えられないような重力の勢いを得て、ミヤノはメガサウルスの首に剣を振り下ろした。
『ようやく……終わる』
ミヤノの剣によってメガサウルスの首が刎ね飛ばされる。
飛んでいったメガサウルスの首はトモナリの前に転がっていく。
ブレスで力を使い果たしたトモナリはドラゴンズコネクトによるドラゴン化が解けて、滝のような汗を流していた。
『感謝する……トモナリ』
首だけになったのにメガサウルスはやたらと澄んだ理性的な目でトモナリのことを見ていた。
「俺は何もしてないよ」
結局倒したのはミヤノである。
イヌサワやみんながいなければ倒せなかったし、トモナリが倒したというのは無理があると自身でも思う。
『何もしていない者ほど何かしたと言い、何かをした者ほど何もしていないと言う。お前は俺の願いを叶えてくれた。永遠の苦しみを終わらせてくれた』
確かにメガサウルスを倒したのは別の人である。
しかしトモナリはよく戦った。
抑制装置を起動させて、ブレスだって防いだ。
何もしていないことはない。
『ドラゴンの声が聞こえる、ドラゴンの友よ……感謝する。これを……お前に……』
メガサウルスの頭が光となる。
ギュッと小さく凝縮されて、トモナリの目の前に飛んでくる。
「受け取らないのだ?」
自分に権利があるのだろうか。
そんなことを考えていたトモナリの代わりにヒカリが手を伸ばすと、メガサウルスの光の塊がヒカリの手の中に収まる。
「ほい、なのだ」
ヒカリが受け取っちゃった。
しょうがないのでヒカリが差し出したものをトモナリが受け取る。
メガサウルスの頭は茶色い水晶玉のようなものになった。
『アースドラゴンの精髄
アースドラゴンの力が込められた精髄。そのままでは使えないが加工することでドラゴンの力を利用することができる』
「ドラゴンの力だったのか……」
アイテムの説明を見てトモナリは思わず呟いた。
トモナリのもう一つの目的、それはこの精髄であった。
回帰前においては詳細を伏せられて精髄とだけ話を聞いていたけれど、ドラゴンのものだったのかと驚いてしまう。
メガサウルスの攻略のために回帰前、五十嵐ギルドは甚大な被害を受けた。
イヌサワまでもが引退してしまったのだが、すでに解放している地域を捨ててギルドを畳むこともできなかった。
そのために五十嵐ギルドは精髄を手放すことにした。
人の手に渡るために詳細は伏せられて精髄とだけ話が出たのだ。
精髄は防具に加工され、その防具は最終的に終末教の手に渡った。
死壁などと呼ばれた終末教の覚醒者が精髄の防具を使っていたのだ。
強力なタンクだった死壁は強力な精髄の防具を使って、多くの覚醒者を捻り潰した。
五十嵐ギルドの被害を抑えれば、精髄が流出して終末教の手に渡る可能性は低くなる。
できるならトモナリが欲しいな、と考えていた。
『ゲートが攻略されました!
間も無くゲートの崩壊が始まります!
残り5:47』
「ゲート崩壊のタイムリミットも動き始めたぞ。時間はまだあるからしっかりと状況を確認するんだ!」
裏ボスであったメガサウルスが倒されたことでゲート崩壊も再び進み始めた。
ただ六時間近くもあるのだから焦る必要はない。
イガラシはみんなの状態を確認する。
魔法や尻尾の攻撃をくらって怪我をした人はいたものの、死人は出なかった。
回帰前に引退したイヌサワは超重力を使った反動があるけれども、反動を除けばダメージはない。
「メガサウルスは解体して持って帰るぞ!」
モンスターの死体も立派な資金源である。
メガサウルスの皮は硬く、十分に利用できるために持って帰ることにした。
ただデカすぎるので一人のインベントリにはとても収まりきらない。
なので解体してある程度の大きさにして持って帰るのだ。
「あの、コレ……」
精髄は目的のものだが、攻略で得られたものはギルド全体のものである。
トモナリが勝手に持ち帰っていいわけがない。
まして連れてきてもらった研修生の分際でネコババなんかできやしない。
「んん? ああ、それは一旦君が持っていなさい」
イガラシに精髄を渡そうとしたのだが、ニコリと笑って持っているように言われてしまう。
とりあえずインベントリに保管して、後で渡せばいいかとトモナリは思った。
「内臓も傷つけないように気をつけろよ!」
みんなで協力してメガサウルスを解体していく。
「まあ……かなり上手くいったかな」
怪我人無しとまではいかなかったが、死人は出なかった。
十分すぎるぐらいの成果を上げられた。
「お疲れ様、ヒカリ」
「うむ、トモナリもお疲れ様なのだ!」
トモナリはそばを飛ぶヒカリの頭をわしゃわしゃと撫でたのだった。