「先輩、起きてください」
トモナリの朝は少し早く起き、自分の身支度を整えてからフウカを起こすことから始まる。
寝ている女の子の部屋に入ってもいいのかと思ったのだけど、フウカがトモナリがいる間はトモナリに頼る宣言をしたので仕方なくお部屋にお邪魔して起こす。
「おーきーるーのーだー」
ただフウカも一度声をかけたぐらいでは起きない。
ヒカリがグニグニとフウカの頬を爪の先でつっつく。
「……!」
「はぁっ! わーはっはっ! もうお見通しなのだー!」
カッと目を開けたフウカが手を伸ばしてヒカリを捕らえようとした。
しかしヒカリもヒカリでフウカより一瞬早く反応して見せて飛んで回避した。
フウカに抱きかかえられることはヒカリにとって不満そうであるが、フウカそのものが嫌いだということでもないようだ。
ヒカリが起こしに行ってフウカに捕まるということを毎日繰り返していたらヒカリの方もだんだんと慣れてきて捕まらなくなった。
「今日は見回りの当番ですから早く準備しますよ」
トモナリはサッとブラシを取り出した。
「ん」
起き上がったフウカの髪はところどころ跳ねていて寝癖がつき放題である。
「また髪乾かさずに寝ましたね?」
ベッドに腰掛けてトモナリがフウカの髪をとかす。
「お腹すいたのだ〜」
「先輩が着替え終わったら食堂行くからもうちょっと待ってくれ」
トモナリが丁寧に髪をといてやるとフウカは気持ちよさそうに目を細める。
「むむむ……」
ヒカリはトモナリとフウカの様子を嫉妬めいた目をして見ている。
本当ならトモナリがフウカのことをベタベタと触るのも許したくないけれど、サポーターとしてのお仕事なので仕方ないとヒカリは我慢する。
ただこれは本当にサポーターとしての仕事なのかとトモナリはうっすら疑問に思っている。
普通サポーターは髪をとくようなことはしない。
ヒカリの機嫌も機嫌もちょっと悪くなるし、せいぜい朝起こすぐらいにしてほしい。
だがいつの間にかこうなっているので今更文句も言えない。
「ヒカリ?」
「トモナリは僕の友達なのだぁ」
我慢しきれなくなったヒカリがトモナリの背中にしがみつく。
「ふふ、仲良しさん」
「笑ってないで先輩が自分でちゃんとしてくれればこうならないんですよ?」
「サポートがいる間は活用するのが賢い」
「これサポートの仕事ですか?」
「うん、お仕事」
多分違うと思うのだけどフウカは割と変わった人だから仕方ない。
「すぅー……むはー」
そしてヒカリは胸いっぱいにトモナリの匂いを吸い込んでいたのであった。
ーーーーー
「なんかさ、トモナリ君って執事みたいだね」
「執事……俺がですか?」
「うん、ダメお嬢様と優秀な執事」
見回りがあるので早めの時間に食堂を訪れた。
ピークの時間になると混む食堂も早めの時間だとゆったりした空気が流れている。
同じく見回りのアサミがフウカに飲み物を持ってきたトモナリを見て目を細めた。
先回りするようにトモナリはフウカの考えを読み取ってお世話をしている。
別にサポーターがそこまで甲斐甲斐しく世話を焼く必要はないのになとアサミも思う。
サーシャの方はトモナリのように動いてくれるわけじゃなく言えばやってくれる感じである。
トモナリとフウカの関係性はサポートする側される側というよりももっと使用人のように見えた。
ただしフウカはぼんやりとしているお嬢様で、トモナリはフウカのことをよくわかっているできる執事のようだ、なんてアサミは想像を膨らませて笑っている。
「そうかな……」
「ヒカリちゃんに対しても執事さんみたい」
トモナリはヒカリの口周りについた食べこぼしをティッシュで拭いてやる。
こちらもまた執事のようだと思って見ていると執事に見えてくる。
「んー、じゃあやっぱ……」
「ダメ。トモナリ君はダメお嬢様のお世話でいいの」
「ダメお嬢様でいいんですか?」
「いい」
フウカは本気なのか冗談なのか分からない目をしている。
「……ふっ、じゃあお世話させていただきます、お嬢様」
まあどちらでもいいかとトモナリはわざとらしく頭を下げた。
回帰前のトモナリは能力が低くてサポート的な立ち回りも多かった。
メインとなる覚醒者たちの世話を焼いていたこともあるのでそんな経験が染み付いているのかもしれない。
「ふふふ」
「僕もいるぞ」
「はいはい、ヒカリもな」
「トモナリ君みたいな執事なら一家に一人欲しいところだね」
「確かにそう」
トモナリが来れば自動的にヒカリもついてくる。
そんなことも思いながらアサミの言葉にサーシャも頷いていた。
五十嵐ギルドでの研修は中々楽しくて、あっという間に日々は過ぎていった。
高レベルの覚醒者たちが相手をしてくれるのでトモナリとしてもいい鍛錬になったと思う。
フウカの世話しててもいいからもうちょっといたいな思うほどだった。
「ミニサウルスのゲートを攻略する」
三年生が研修に慣れるまでのサポートであるトモナリはフウカよりも短い時間しか研修に参加できない。
日程も残り少なくなってきたある日のミーティングでイガラシは新たに現れたゲートの攻略を開始することを告げた。
ゲートについて危険性を教えて以降音沙汰無かったのでどうしているのか気になっていたが、準備を進めていたようである。
「ゲートの攻略は必要な保安維持の人数だけを残して全力で攻略する」
「Cクラスのゲートですよね? 全力を出す必要なんてないじゃないですか?」
当然の疑問が出てくる。
他の人とも鍛錬していて分かったがイヌサワやイガラシだけでなく他の人たちも全体的にレベルが高い。
複数のゲートがブレイクを起こしてモンスターに支配された地にいるので戦うモンスターには事欠かない。
レベル上げという側面でも五十嵐ギルドは強く、Cクラスゲートなら全力を傾けなくても攻略できるとみんなが思っていた。
「懸念事項がある」
「何を心配しているんですか? 事前の調査でも特に問題はないようですが……」
ゲートを攻略しなければ大丈夫だろうというトモナリのアドバイスを受けて、イガラシはゲートの中に人を送って軽く調べさせていた。
その結果なんの変哲もないゲートであった。
ゲートであって、モンスターがいる以上警戒を怠るわけではないが、そこまで警戒する要因は見つけられない。
「とある筋……覚醒者協会からの情報だ」
「覚醒者協会からですか?」
「そうだ。ゲート事故が起こる可能性があるとの情報が入った」
ゲート事故とは二重ゲートも含め、通常のゲートでは起きないような現象がゲートで起こることを指す。
トモナリが最初に挑んだゴブリンゲートでゴブリンキングが出てきたこともゲート事故の一種である。
みんながざわつく。
ゲート事故の可能性があるということもそうだが、どうして覚醒者協会がゲート事故の可能性を予見できるのかということもまた不思議なのだ。
「もちろん確実に起こるとは言えない。しかし危険性があるのなら俺は警戒すべきだと考えた」
他でもない覚醒者協会からの情報である。
ギルドを惑わす嘘ではないだろうとみんな分かっている。
「仮にゲート事故が起こらず何事もなければそれでそれでいいだろう」
「まあ確かにそうですね……」
ゲート事故が起こって困ることはあるが、起こらなかったとしても杞憂に終わるだけで困るものでない。
「ゲート事故が起こらないならさっさと終わっていいじゃないか」
腕を組んで座るシノハラがフッと笑う。
全力を投じて攻略に挑めば早く終わっていい。
「そうだな」
「起こらない可能性もあるしな」
全力で挑むことに驚いただけでみんなも否定的なわけではない。
「それに研修生の四人も連れていく」
「えっ!?」
「なんでですか?」
全力で挑むことには納得がいく。
しかし研修生であるトモナリたちを連れていくのは話が違う。
「研修生を連れていくのは全力ではないんじゃないか?」
本人たちがいる前でもシノハラは思った意見を口にした。
ギリギリ三年生なら戦力として見られるかもしれない。
けれども一年生のトモナリとサーシャは論外である。
三年生だって単純な力で見れば戦力になっても、経験が浅くてゲート事故に適切に対応できるかもわからない。
全力でというのなら連れていくべきではない。
「仮にゲート事故が起こった時に研修生たちが何かの鍵になるかもしれない」
「何かの鍵? それも覚醒者協会からか?」
「その通りだ」
もちろん鍵とはトモナリのことだ。
中に入ればまた未来予知が発動する可能性があるとトモナリはイガラシに伝えてある。
トモナリを連れていくことのリスクはあるけれど、未来予知でより大きなリスクに対処することができる可能性もある。
イガラシも悩んだ。
けれどトモナリもそれなりに実力はあるので無理をさせなければ大概のことは対処できるだろうと考えた。
だがトモナリだけを連れていくこともできない。
トモナリが未来予知の力を持つ覚醒者だとバレないようにするためには研修生の四人全員を連れていく必要がある。
「……言えないが、必要なんだな?」
「その通りだ」
シノハラも察しの悪い男ではない。
イガラシが無駄なことをするとは思えないので裏に何かしらの理由があるのだろうと考えた。
「それに今回は協力者を呼ぶことにした」
「協力者?」
「入ってくれ」
イガラシが声をかけると男が一人、会議室に入ってきた。
「あの人は……」
トモナリも協力者が来るとは聞いていなかったけれど、入ってきた人には見覚えがあった。
「宮野祐介だと!」
「どうもみなさん、協力者のミヤノです」
入ってきた男は宮野祐介であった。
大和ギルドという大型ギルドに所属している覚醒者で、以前終末教と戦った時に覚醒者協会から助けとして送られきた人である。
かなり有名な覚醒者で職業からミヤノは剣聖と呼ばれていた。
「今回僕のツテでね、来てもらったんだ」
「やたら大人しいと思ったらやっぱりお前も今回のこと知ってたんだな」
シノハラはイヌサワが大人しいと感じていた。
いつもなら軽い感じで口を挟んでもおかしくないのに余裕の態度で状況を見守っていことをいぶかしんでいた。
ゲート攻略について黙っていてもギリギリ理解はできるが、イヌサワが受け取っている研修生まで連れていくと聞いて黙っているはずがない。
知っていたから黙っていたのだなとシノハラは納得する。
「わぁ……ミヤノさんだ……!」
アサミは感動した目でミヤノのことを見ている。
ミヤノにしてもイヌサワにしても覚醒者としての能力の高さもあるけれど、顔も良いことで有名であった。
アサミにはややミーハー気質なところがあるとトモナリは思っていた。
「ともかく今回の攻略ではミヤノさんに力を貸してもらうことになった」
下手な覚醒者を集めるより強い覚醒者一人の方がよほど頼もしい。
五十嵐ギルドの全力に加えてミヤノまで来てくれれば研修生のリスクを補っても余りあるぐらいだ。
「準備を整えて二日後に攻略を開始する」
ミヤノまで呼ぶなんてトモナリも予想外のことであった。
ここまでするということはイガラシは本気でトモナリの話を受け止めてくれているようである。
もしかしたら覚醒者協会にトモナリの力について問い合わせたのかもしれない。
「久しぶりだね、アイゼン君」
「どうも、お久しぶりです」
攻略に向かうメンバーが発表されて、ミーティングは終わった。
ミヤノはトモナリに声をかけてきた。
覚えていてくれたのかという驚きがある。
「あの時よりも成長したようだね」
「もう少しだけ、強くなりました」
「有望な若者の成長は見ていて面白いよ」
ミヤノは笑顔を浮かべる。
回帰前の中でトモナリが接したS級の覚醒者はとっつきにくい人が多かった。
プライドが高い人もいれば性格的に問題がある人もいた。
イヌサワもミヤノもS級認定されている覚醒者である。
それなのに二人とも近寄りにくさはない。
イヌサワは少し変わり者な雰囲気はあるけれどおかしな人ってわけでもない。
「まさかここに来ているなんてね。大和ギルドに来てくれたらよかったのに」
「五十嵐ギルドに来る先輩が俺をサポーターとして指名してくれたので」
実際リストの中には大和ギルドの名前もあった。
しかしよく知らない先輩からの指名だったので行くつもりはなかったのである。
「よかったら君の研修はうちに来ないかい? 歓迎するよ」
「おい、ユウスケ! ここで勧誘するなよ!」
「ちょっと挨拶しただけだよ」
前にも誘われた。
興味を持たれていることはトモナリもはっきりと感じていた。
「トモナリ君はうちに来るのさ!」
「そんなこと言いました?」
イヌサワがトモナリの肩に手を回して抱き寄せる。
一言も五十嵐ギルドに行くとは言った覚えのないトモナリは苦笑する。
「ともかく君が参加するなら僕も本気を出さなきゃね。いいところを見せてアピールをしよう」
「じゃあ僕は手を抜いても大丈夫そうだね」
「助っ人に働かせるつもりか?」
「働いてくれるなら僕は何の文句もないよ」
友人だとは聞いていたが本当に親しいのだなと二人の会話を聞いていて感じられる。
「変わらないな」
「君もね」
ーーーーー
ギルドの仕事をこなしながらゲート攻略のために装備の整備などを進めた。
五十嵐ギルドには覚醒者装備を扱う専門家もいた。
二日寝ずにみんなの装備を点検までしてくれて万全の体制を整えることができた。
「いいか、常に警戒は怠るな。一階はまだ事故が起こる可能性は低いだろうが起きないとも言えないからな」
ゲートが発生した建物は崩れていた。
中から出てきたミニサウルスが壊してしまったのである。
五十嵐ギルドの全力を持って挑むというが五十嵐ギルドの覚醒者全員が入るわけではない。
ギルドハウスがある拠点や畑に他のモンスターが襲ってくるかもしれないので防衛のための人員は残す必要がある。
さらにゲートの外にも攻略失敗やゲートの異変を伝えるための見張りを立てておくことも攻略としては必要だ。
防衛要員は元々持ち回りで決められていたが、外の見張り要員はくじ引きで決められた。
「イヌサワ、研修生は頼むぞ」
「任せてください」
イガラシと数名が先にゲートの中に入って様子を直に確かめる。
ゲート事故にはゲートに入って攻略するまで出られなくなるなんてものまで存在している。
今回については先に調査隊を送っているのでそのようなゲート事故が起こることはないと分かっている。
だがそれでも一番初めにゲートに入って確かめるところはさすが慕われるギルド長だ。
中の安全が確認されてトモナリたちも中に入っていく。
トモナリたちは研修生でありCクラスゲートでも挑ませるにはやや厳しいところがある。
だから配置としては後方からついていく形になっていた。
三階層に分かれているゲートの中の一階は草原だった。
穏やかで、ゲートの中には珍しく弱く風が吹いている。
『一階
攻略条件:全てのモンスターを倒せ』
パッと目の前に表示が現れる。
ゲート全体の攻略条件としては全ての階を攻略せよである。
つまりそれぞれの階において攻略すべき条件があるということなのだ。
一階の攻略条件はシンプルにモンスターを倒せばいいようである。
モンスターを倒せという条件は多くのゲートで出てくるもので驚くものでもない。
みんなは条件を軽く確認してすぐに表示を消して周りを警戒する。
「先発の調査ではこの階に出てくるのは外にいるミニサウルスと同じだ。二手に分かれて攻略する。異変を感じたらすぐにもう一つの部隊に連絡、ゲートが発生したりしても近寄るな」
ゲート事故の可能性はあるけれど常に全員まとまって動くのでは効率が悪すぎる。
ある程度の人数を確保しながら効率も上げるために人員を二つに分けることにした。
もう一つの部隊はシノハラが率いる。
覚醒者としての能力はトップではないけれど、冷静で周りをよく見ていて素早い判断を下すことができる人だからリーダー役を任された。
トモナリたちはイガラシが率いる部隊についていく。
良いところを見せると言っていたミヤノとは別になってしまった。
「楽できると思ったんだけどね……」
ミヤノがトモナリに力を見せるために頑張るはずだったのにアテが外れたとイヌサワは口を尖らせていた。
「今のうちに研修生に経験を積ませておくか。ヤナギ君とアムロ君も前に出て戦ってもらおう」
フウカもアサミも課外活動部で経験を積んできた覚醒者である。
Cクラスでもなんとか戦えるだけの力はある。
一階でゲート事故が起こる可能性も低い。
モンスターの実力も分かっているのでここで一つ経験を積ませてもいいかもしれないとイガラシは思った。
何もさせないのに連れてきましたというのではみんなも納得できないだろう。
「ミニサウルスを見つけました!」
「戦闘準備だ!」
三年生の二人はいいがトモナリとサーシャはまだレベル的にCクラスゲートなんて挑める力はない。
みんなが簡単に倒すから勘違いしそうになるが、ミニサウルスもトモナリたちにとってはまだまだ簡単な相手なんかではないのだ。
近くにミニサウルスを見つけて臨戦態勢を取る。
フウカとアサミは他の人と連携を取って前に出るが、トモナリたちは逆に後ろに下がる。
イヌサワはトモナリとサーシャを守るという大義名分を得て堂々と後ろに陣取っている。
ミニサウルスそのもの自体ははぐれた個体とフウカとアサミも戦ったことがある。
その時は手厚いサポート付きであったけれど今回はそんなサポートもなく相手の数も多い。
イヌサワたちがいるので大丈夫と思いながらトモナリは戦いを眺める。
直接戦わなくても多少の経験値はもらえるのだから見学だけでもありがたいものである。
「また他のやつも寄ってきてます!」
戦わないからといって何もしなくてもいいわけじゃない。
全体を見て異変がないかチェックすることや周りの警戒というものは必要である。
戦いの気配に誘われてさらにミニサウルスが寄ってきていた。
イヌサワが報告するとイガラシは走ってくるミニサウルスを確認して指示を出す。
『よく来たな……』
「えっ?」
「どうした?」
「いや……なんだか声が」
急に周りを見回すトモナリをサーシャは不思議そうな目で見ている。
『この苦しみを……終わらせてくれ……』
どこからと思ったがまた声が聞こえて分かった。
どこからでもなく頭の中に声が響く。
他の人には聞こえていないようで、サーシャは首を傾げている。
「トモナリ……」
「ヒカリも聞こえるのか?」
「ぬん。変な声聞こえるのだ」
トモナリだけかと思ったらヒカリにも不思議な声が聞こえているようだ。
「何の声かわかるか?」
「分からないのだ」
ゲート事故のヒントになるかもしれない。
そう思ったのだけどそれ以上声は聞こえなかった。
「大丈夫?」
「ああ……大丈夫だよ」
少し不安げなサーシャにトモナリは笑顔を返す。
声が聞こえたからと他に問題があったわけじゃない。
「次を探しにいくぞ」
気づいたらミニサウルスは追加で襲いかかってきた分も倒されていた。
みんなでインベントリに倒したミニサウルスを収めて他のミニサウルスを探す。
ミニサウルスは感覚が鋭く割と離れていてもトモナリたち攻略隊のことを見つけ出してくる。
好戦的でミニサウルスの方から寄ってくるので探す手間は少なくて済んだ。
『クェラケルクトンが全滅しました! 二階への扉が開かれます』
ミニサウルスを探して歩いていると表示が現れた。
どうやらもう一つの部隊の方が倒したミニサウルスが最後だったようである。
「クェラケルクトン……っていうのか」
ついでに表示によってミニサウルスの名前が判明した。
読みにくいなとトモナリは思った。
「これならミニサウルスでいいかもしれないね」
同じ感想をイヌサワも思ったらしく笑っていた。
「二階への扉は……あちらだな」
扉の位置を教えてくれるように光の柱が出現している。
そこに向かえばもう一つの部隊とも合流できるだろうと光の柱に向かって移動を始めた。
「向こうも到着しているようだな」
二階に繋がる大きな扉の前にシノハラたちの部隊がすでに到着していた。
合流してお互いの様子を軽く確認する。
お互いに怪我人もなく疲労も大きくない。
「どうだい? 何か見えたかい?」
イヌサワがこそっとトモナリに声をかける。
何か見えたかとは未来予知の話だ。
中に入ればまた何か見えるかもしれないと言ってあるので未来予知で何か分かったことがあるのかと聞いているのだ。
「やっぱり何か起こるなら三階ですかね」
「それは未来予知かい?」
「そんなようなものです」
トモナリは回帰前の知識を未来予知として活用している。
このゲートにおいて起こる出来事については回帰前に事故としてニュースにも取り上げられたものである。
当初ただゲート事故が発生したとしか伝えられなかったのであるが、隠しきれない大きな出来事があってゲート事故の詳細にも目が向けられた。
それはイヌサワの引退である。
大怪我を負ったイヌサワはゲート事故の後に引退することになったのだ。
どんなゲートで何が起きたのか、人々の関心が高まるのは当然だった。
ゲートについての情報が出てきたのはイヌサワが引退した後しばらく経ってからだったので、トモナリもこんな早い時期に例のゲートが出現すると思わなかった。
ただ少しだけ期待して五十嵐ギルドを選んだことは間違いない。
一階から三階まで普通のゲートであることはトモナリも知っている。
このまま進んでもゲート事故は発生しない。
「何か分かったらすぐに教えてくれ。みんなで、無事に帰るんだ」
「もちろんです」
軽く水分補給なんかをしてすぐに二階に挑むことになった。
二階への扉に近づくと扉がゆっくりと開いた。
ゲートと同じく青い魔力が扉の向こうに渦巻いている。
最初と同じくイガラシたち数名が中の様子を確かめるために先に入る。
「大丈夫だ」
少し経ってイガラシが戻ってくる。
ゲート周りの安全を確認したのでみんなも二階に向かう。
『二階
攻略条件:研究所を見つけろ』
「珍しい条件だな……」
二階に上がると二階の攻略条件が表示された。
何かのモンスターを倒すということがほとんどの中でモンスターを倒すこと以外を目的とした条件が出てくることは珍しいといえる。
攻略条件なんて細かいところまで覚えていなかったのでこんな条件が現れたのかと普通に驚いてしまう。
「しかも研究所……か」
一階の感じでは特に何かの文明を感じるものはなかったのだが、研究所なんて響きは誰が聞いても人が作ったものであり人工的な響きだと感じた。
時にゲートの世界は何かの文明を感じさせることがある。
建物があったり整備された道のようなものがあったりすることもある。
モンスターとして人だったかもしれないスケルトンなどのアンデッドが現れたりすることもあって、異世界の生活を感じさせるゲートもたまには現れたりするのだ。
だが研究所なんて人の気配が強すぎる。
「周りの環境としては見つけやすそうだけどね」
イヌサワが周りを見る。
一階は草原だった。
時々木立があるぐらいで草の背は低くて見晴らしが良かった。
二階も見晴らしが良い。
草が減って荒野に近い感じになっている。
木立すらパッと見た感じにはないけれど、やや地形的な起伏はあるのでその点では多少の見にくさはあるかもしれないというぐらいである。
イガラシは再び部隊を二つに分けると研究所の捜索を始める。
時折ミニサウルスが出てくる他は問題もない。
「こちらに何かあります!」
捜索していると地面に金属の扉のようなものを見つけた。
「これが研究所だろうか。ふっ!」
イガラシが扉に手をかけて開けようとする。
「ぐっ……ダメだ。開かない」
扉はびくともしない。
軽く剣で切りつけてみたりもしたが分厚い金属の扉の表面に浅い傷がつくだけだった。
「ハズレかもしれないな。この場所は覚えておいて付近を捜索しよう」
ここに扉があるということは研究所が近いことは間違いない。
ならば他の出入り口も近くにある可能性が高い。
開けられたり、開いている扉があるかもしれない。
イガラシはもう少し周辺を探してみることにした。
「ここにも何かあります!」
「どれどれ……これも開かなそうだな」
近くで同じような扉を見つけた。
けれどもピッタリと閉じていて力尽くで開けるのは難しそうであった。
「次を探そう」
二つも扉があったのだからこの辺りで間違いなだろうと捜索範囲を広げる。
「なんだがSFチックだね」
地面に埋め込まれた扉、研究所、やや荒廃した大地に、人のいない土地。
何かの小説のようだとイヌサワは感じた。
内容的にはホラー寄りかな、なんて考えながら小説ならどうなるだろうかと先を予想してみる。
「なんだか向こうにやたらとミニサウルスがいるな」
地面が少し隆起して高くなっているところから周りを見回していたイガラシが離れたところにミニサウルスの群れがいるのを見つけた。
これまでもミニサウルスは何体かの群れで行動していたので群れていてもおかしいことはない。
けれどもこれまでみた群れよりも数が多いのである。
「なんとなく怪しさを感じるな」
モンスターを討伐することが攻略の条件ではないので積極的にミニサウルスを倒す必要はない。
けれどもイガラシは集まっているミニサウルスに何かを感じた。
「……倒してみるぞ」
ゲートの中で異常を感じるものを発見した時は何かがある可能性が高い。
どの道周辺を捜索するのにミニサウルスの群れは邪魔である。
バレないうちに先制攻撃を仕掛けられるなら倒してしまった方が後々楽だ。
イガラシはミニサウルスを倒すことにした。
魔法や弓で先制攻撃を仕掛ける。
ミニサウルスとの力の差があるのでこれだけでも半分ほどが倒れてしまう。
イガラシに気づいたミニサウルスはまっすぐに走ってくる。
もう一度魔法を使えば簡単に倒せそうな気がしなくもないけれど、今後のために魔力の温存も大事になってくる。
ここは魔法は使わずしっかりと引きつけてみんなで戦う。
「トモナリ君のインベントリはどうだい?」
「まだ空きがあります」
「じゃあこっちの死体頼めるかな?」
あっさりとミニサウルスは倒された。
ミニサウルスの死体は回収してインベントリに入れていく。
トモナリのインベントリはまだまだ余裕がある。
というかそもそもインベントリの上限がどこなのかトモナリですらまだ把握していない。
すぐに容量いっぱいになる人も多い中で、トモナリのインベントリはかなり大きい。
何体かのミニサウルスをインベントリに納めて、トモナリはフウカの状態を確認する。
フウカはよくついていっている方だと思う。
周りが強いせいで勘違いしがちだがミニサウルスもトモナリから見れば十分に強いモンスターなのである。
Cクラスならフウカとしては適正レベルか少し上ぐらいだ。
無表情なので分かりにくいが、無理をしている可能性もあるのでトモナリは随時フウカの体調には気をつかっていた。
「スポドリです」
「ありがと」
インベントリから外から持ってきたスポーツドリンクの水筒を取り出してフウカに渡す。
「大丈夫そうですか?」
「うん、大丈夫。むしろ楽しい」
ギリギリの戦いではあるけれど、アカデミーの中ではそうした経験はあまりできない。
強さによってどうしてもレベルが上がるのにも差が出てくるので、フウカからするとアカデミーでの経験は少し物足りなくなっていた。
今はついていくのも大変だけど戦っているという高揚感を感じていた。
「無理しないでくださいよ」
「しそうになったら止めて」
「……努力はします」
「ぺちんって叩いて止めてやるのだ!」
「期待してるよ」
死体の回収が終わったらミニサウルスが集まっていた周辺に向かう。
「ここに入り口があります!」
「……ここが正解のようだな」
ミニサウルスがいた付近にまた別の入り口があった。
扉はひしゃげたように破壊されていて出入りができるようになっている。
中は青い魔力が渦巻いている。
単純に研究所に入るのではなく次の階への入り口となるゲートになっているのだ。
「これは次の階に行けるみたいですね」
『研究所を発見しました!』
「当たりだ。シノハラたちに連絡をとって合流するぞ」
ーーーーー
「こんなタイプの入り口もあるんだな」
イガラシに合流したシノハラは研究所入り口のゲートを見て驚く。
名目上階と言われていてまるで層のようにそれぞれの別の空間が広がる階が存在しているかのようにみんな思っているが、そうではない場合もある。
連続した空間をそれぞれ分けて階としているゲートも時々存在している。
今回は研究所の外と研究所は繋がっていて連続した空間だが、ゲートによって分けられているのだ。
「次が三階……より警戒を強めて進むぞ」
ゲート情報によるとこのゲートは三つの階で構成されている。
となると次の三階が最終階であり、通常ならボスが出現する階となる。
そしてここまでゲート事故は起きていない。
やはり何か起きるなら三階だろうとイガラシは注意喚起する。
すでに安全確認は行なっているので中に入る。
ゲートの先は人工的な施設であった。
おそらくゲートのあった入り口から入ってきた先の中なのだろう。
後ろを振り返ってみると破壊された扉があって青く渦巻くゲートがある。
そしてさらにその後ろは天井が崩れて塞がれていた。
なんとかゲートを避けて研究所の中に入ろうとしても不可能だったようだ。
「さて……急にきな臭い感じになったな」
シノハラが周りの様子を見て顔をしかめる。
一階、二階と人工物を感じさせることのない自然環境が舞台だったのに、三階にきて怪しい気配のある研究所が舞台となった。
明らかに空気感が違う。
「なんというか……明かりついてんのも嫌だね」
研究所の中は荒れていた。
ミニサウルスがつけたものだろうか壁に大きな傷があったり床にものが散乱している。
その一方で地下にある研究所なのに中は明るい。
天井にある明かりがまだ生きていて研究所の中は十分な明るさがあるのだ。
暗くて廃棄された雰囲気があれば人もいないだろうと思うのだが、変に人の気配を感じさせるような雰囲気がまた気持ち悪い。
「クンクン……」
「どうした、ヒカリ?」
「なんだが変なにおいがするのだ」
ヒカリが何かのにおいを嗅いでいる。
変なにおいがするというのでトモナリも嗅いでみるけれど、特に何かのにおいを感じることはない。
『苦しい……早く……』
「また……声が聞こえる」
においは感じない。
その代わりに頭の中に声が響く。
決して明るい響きではなく重たく悩ましげな声である。
相変わらずトモナリにだけ聞こえているようで周りで反応している人はいない。
『奇妙な気配があるのぅ』
「……ルビウス?」
今度はルビウスの声が聞こえてきた。
頭の中で響いてくるという点では先ほどの妙な声と似ている。
「奇妙な気配ってなんだ?」
『知らぬ。ただ懐かしさを覚えるような気配じゃのぅ』
「懐かしさを感じる気配……」
トモナリは声を、ヒカリはにおいを、ルビウスは気配を感じた。
ここまでくると何もないと考える方がおかしいぐらいだ。
「けど……なんでだ?」
ドラゴンたるヒカリやルビウスが何かを感じることはあるかもしれない。
だがトモナリまで何かを感じるのは不思議である。
みんなにも声が聞こえているのなら理解できる話なのに、トモナリだけに声が聞こえているということもまた不思議な話なのである。
ゲート事故のことは表に出てきたニュースの情報を見ただけで全てを網羅しているわけじゃない。
不思議な声を聞いたなんて話は記憶になかった。
「何かあったのかい?」
トモナリの態度の微妙な変化を感じ取ったイヌサワがスッと隣に立った。
「見えました」
「本当かい?」
「ゲート事故はボス戦で……正確にはボス戦後に起こると思います」
いい機会なのでゲートについての情報をもう少し出しておく。
あまり秘密にしすぎても事故の被害が出てしまうかもしれないし、あまり情報を出しすぎても変に疑われてしまうかもしれない。
もうボス戦も近いのである程度事故の被害を防げそうな情報を出してもいい頃である。
「ボスを倒すとボスが爆発を起こします。それによってゲート事故が引き起こされる……可能性があります」
「爆発だって?」
「ひとまずゲート事故よりもボスの爆発に気をつけてください。巻き込まれたら怪我人が出るかもしれません」
「イガラシさんに伝えておこう。情報ありがとね」
イガラシはトモナリのそばを離れていく。
「ただ、声の正体は謎のまま……だな」
回帰前の事故でもそんなことがあったのだろうかと考える。
表に出ていない情報なこともあるだろうし、誰か特定の人にだけ聞こえる声ならば聞こえた人が言わなかったことや攻略中に死んでしまった可能性もある。
声が何か攻略のヒントになるのか、あるいは危険性を示すものなのかもわからない。
悩んでも仕方ないと思いつつやはり気になってしまう。
『もうすぐだ……感じる。この永遠に続く苦しみが終わる時が来る……』
また声が聞こえてくる。
もっと何が言いたいのはっきりしてくれとトモナリは思う。
「にしても……一本道だな」
ドアを軽く引いてみてシノハラが顔をしかめる。
研究所の廊下を進んでいくとドアみたいなものもいくつかある。
しかし天井が崩れていて入れなかったり開けようとしてもピクリともしなかったり手をかけるところすらないドアまであった。
パッとみた感じでは見るところも多そうなのにドアが開かなければただの一本道である。
「ミニサウルスだ! 戦闘準備!」
研究所の中を進んでいくと前の方からミニサウルスが走ってきた。
そんなに広くない廊下では全員が広がって戦うことはできない。
イガラシが指示を出すこともなく各々が互いの状況を見ながら戦闘の体制を整える。
こうした場所での陣形を使った戦いも慣れているようだ。
フウカやアサミは邪魔にならないように素早く後ろに下がっている。
「なっ……後ろからも現れたぞ!」
シノハラが手をかけて開かなかったドアがバンと内側から壊れてミニサウルスが飛び出してきた。
「うっ!」
「サーシャ!」
「ありがと」
後ろにいたトモナリたちはドアのそばに近かった。
部屋から出てきてトモナリたちを見つけたミニサウルスがすぐさま飛びかかってきた。
サーシャは逃げることもなく盾を構えてミニサウルスの攻撃を受け止めたが、力が強すぎて簡単に吹き飛ばされてしまう。
トモナリが吹き飛ばされたサーシャを受け止める。
「ふふ、良い反応だったよ」
再び飛び掛かろうとしたミニサウルスは体が重たくて飛び上がることができなかった。
それどころかドンドンと体が重たくなって頭を上げていることすら辛くなっていく。
「こんな罠もあるんだね。後ろも警戒しなきゃだね」
気づいたらドアから飛び出してきたミニサウルスたちは床に伏せるようにして押さえつけられていた。
「イヌサワ、大丈夫か?」
「もちろん。ちゃんと僕が見てたからね」
サーシャが攻撃されたのも大丈夫からだろうと思ってわざと見逃していたのだ。
多少の経験も必要だというのがイヌサワの考えなのである。
だけど無理はさせない。
イヌサワは笑顔を浮かべているが、その前ではミニサウルスたちがイヌサワの重力操作によって潰されてメキョメキョとひどい音が響き渡っていた。
「ペチャンコなのだ」
最終的にミニサウルスは何の抵抗もすることができずに潰れて床にめり込んでしまった。
「少しばかり外のものより強かったが問題ないようだな」
後ろのミニサウルスは圧倒的な力で潰してしまったので何も分からなかったが、前から来たミニサウルスと戦ったイガラシたちはミニサウルスが少し強かったと感じていた。
イガラシたちの問題になるような強さではないけれど、外と違いがあるということは警戒すべき点である。
「陣形を少し組み替える。後ろからの攻撃も警戒せねばならない」
ほぼ一本道ということで前方への警戒を強めていた。
後ろからの襲撃もあるならば後ろにも人を置くべきだろうと人の配置を換える。
トモナリたちが一番後ろにいたのだが、五十嵐ギルドに挟まれる真ん中に近い位置に移動する。
その後も急に天井からミニサウルスが降ってきたり、崩れたところから飛び出してきたりとミニサウルスの急襲が何回かあった。
「さらに下に降りる階段か」
進んでいくと階段があった。
下への階段で研究所の位置を考えるにだいぶ地下に潜って行くことになるなとイガラシは思った。
「降りていくぞ」
まだミニサウルスしか相手におらず特に問題もない。
少し怪しいからと引き返す理由はなく、少し休憩してそのまま階段を降りていく。
「……怪しさがすごいな」
階段を降りると正面大きなドアがあった。
内側から大きな力を加えられたように歪んでいて、何かの存在を感じさせた。
「おっと……何かいるようだね。怖くないかい、ヒカリ君?」
「へーきなのだ! トモナリと一緒なら何が来ても大丈夫なのだ!」
「ふふふ、そうかい」
イヌサワは柔らかく笑う。
戦いも予想されるのでサングラスを外してインベントリに入れる。
見た目にあまり入りたくなるような場所ではないけれど他に行ける場所もない。
ひしゃげて半分開いたドアの隙間からイガラシたちは中に入っていく。
「あれは……」
ドアの内側は広い部屋となっていた。
部屋の真ん中には一体のモンスターがいる。
「……ティラノサウルスみたいだね」
これまで戦ってきたミニサウルスを何倍も大きくしたようなモンスターであったのだが、小さい前足と発達した後ろ足という姿は恐竜を思わせた。
ミニサウルスのデカいバージョン。
「デカサウルスなのだ」
ミニサウルスがミニならあれはサウルスじゃないのかというツッコミをする前に、トモナリたちに気づいたデカサウルスが咆哮する。
『三階
攻略条件:グェロケルクトンを倒せ』
ここに来て三階の攻略条件が急に現れた。
目の前のデカサウルスがグェロケルクトンだろう。
つまりこれがこのゲートのボス戦なのである。
「広がれ! 研修生は下がっていろ!」
まとまっていてはいい的である。
部屋はかなり広いのである程度散らばってデカサウルスを囲むように動く。
フウカとアサミも含めてトモナリたちはデカサウルスに狙われないように距離を取る。
「この施設は……恐竜を研究してた?」
デカサウルスが暴れてイガラシたちと戦い始める。
何の研究所なのかいまだに謎であるが、こんなものがいるのならデカサウルスを研究していたのではないかとアサミは思った。
「……何だかあいつ嫌いなのだ」
デカサウルスを見てヒカリは不愉快そうな顔をしている。
「何が嫌なの?」
「分からないけど……すごく嫌な感じがするのだ」
不快感の原因は分からない。
でもデカサウルスを見ているとヒカリは何だかすごく嫌な感じがしていた。
同時にほんのりと悲しみのようなものもあった。
「うーん、なんとなく分かるな」
トモナリもデカサウルスに対して奇妙なものを感じていた。
なんと言葉にしたらいいのかも分からないけれど、分かり合えそうで分かり合えない微妙な感情にモヤモヤしてしまう。
「このまま攻め立てろ!」
ミヤノがデカサウルスの尻尾を切り落とした。
刀を武器とするミヤノはトモナリから見ても動きが洗練されていて無駄がなく、そして攻撃は一撃必殺の鋭さを持っている。
「僕の出番はなさそうだね」
見た目にはイカついデカサウルスであるけれども所詮はCクラスゲートのボスである。
特殊な環境でもなければ、特殊な攻撃や能力もない。
戦う相手としては難しいところもなくデカサウルスはイガラシたちの連携に追い詰められている。
トモナリたちのそばにいるイヌサワが参戦しなくてもそのまま倒せてしまいそうであった。
「おりゃああああっ!」
足を切られて怯んだデカサウルスにイサキが飛びかかる。
怪力スキルで増した力で大剣を振り下ろす。
デカサウルスの首が切り落とされて血が吹き出した。
「おお……」
見事なトドメの一撃にトモナリも思わず声を漏らしてしまった。
『ゲートが攻略されました!
間も無くゲートの崩壊が始まります!
残り6:00』
デカサウルスの首が切り落とされてゲートが攻略された。
『安全装置が起動します!
グェロケルクトンが自爆します!
0:00:10』
同時にもう一つの表示が現れた。
「自爆だと!?」
「マズイ! 時間が……!」
『安全装置が起動します!
グェロケルクトンが自爆します!
0:00:07』
喜びも束の間、いきなり現れた自爆の表示に五十嵐ギルドの面々も動揺を隠せない。
十秒という時間は何も分からないのに、何かを判断するのには短すぎる。
「全員モンスターから離れろ!」
『安全装置が起動します!
グェロケルクトンが自爆します!
0:00:05』
イガラシが指示を出すと、さすがみんなは素早く従って飛び退くようにデカサウルスから距離を取る。
けれども離れただけで自爆から逃れられるのか、ということはみんなが思った。
「だいじょーぶ」
ふっと笑ってイヌサワが手を打ち鳴らした。
次の瞬間トモナリの目には部屋の真ん中で倒れるデカサウルスの姿が歪んで見えた。
「重力の壁」
『安全装置が起動します!
グェロケルクトンが自爆します!
0:00:03』
よく見るとデカサウルスを中心にして円を描くように地面が陥没している。
デカサウルスが歪んで見えるのはイヌサワがそれだけ強い力で重力を操作しているから。
今トモナリたちとデカサウルスの間に重力の壁が存在しているのであった。
『安全装置が起動します!
グェロケルクトンが自爆します!
0:00:00』
「ボン」
デカサウルスの体が裂けるように割れて閃光が走った。
トモナリもヒカリも思わず目を閉じて、ただ聞こえる轟音と振動に無事を祈るしかなかった。
デカサウルスが大爆発を起こして衝撃が広がったけれど、イヌサワが発動させていた重力による壁がその全てを遮断してくれた。
「んー、サングラスかけて正解」
いつの間にかサングラスをかけていたイヌサワは爆発の光景を見ていた。
重力の壁を突破しようとする爆発の威力はかなり強い。
余裕そうな表情を浮かべていたものの意外とギリギリであった。
巻き込まれていたらS級と呼ばれるイヌサワやミヤノでも危ないところだったかもしれない。
「みんな、平気かい?」
爆発が完全に収まったのを確認して重力の壁を消す。
爆発の影響でモワッとした嫌な空気が流れてくる中全員の無事を確認する。
「助かったよ、ユウ」
「一つ貸しかな?」
「ここまで何もしなかったくせに」
「じゃあ貸し借りなしか」
ミヤノもいざという時は動くつもりだった。
爆発を叩き切って被害を減らそうと考えていたがイヌサワのおかげでそんなことしなくてもよくなった。
「にしても大きな穴が……」
『囚われし太古の存在が目を覚ましました!
間も無くゲートの外に出てきます!
残り0:30:00』
『特殊攻略条件:太古の存在を倒せ
失敗:死、太古の存在が解き放たれるまでの時間延長』
「これは……!」
爆発のせいで地面に大きな穴が空いていた。
穴の中は暗くて見通せず、イヌサワが近づいた瞬間に表示が二つ現れた。
ゲート事故の発生である。
「……これが話に聞いていたやつだね」
「まさか本当に起こるとはな」
「どうしますか、ギルド長……あまり時間もありません」
「ひとまず状況を整理しよう」
こんな時こそ冷静になる必要がある。
イガラシはみんなを集める。
「ゲートは攻略された。表示があるから間違いないだろう」
『ゲートが攻略されました!
間も無くゲートの崩壊が始まります!
残り5:55』
ゲート攻略とゲート崩壊の表示は出ている。
つまりゲートそのものはデカサウルスの討伐を持って攻略となされたのだ。
「だが新たなタイムリミットと攻略条件が出現した」
『囚われし太古の存在が目を覚ましました!
間も無くゲートの外に出てきます!
残り0:24:18』
『特殊攻略条件:太古の存在を倒せ
失敗:死、太古の存在が解き放たれるまでの時間延長』
穴が空いた影響だろうか、攻略したのにも関わらず新たな攻略の条件が現れた。
「内容を読むに何かのモンスターの穴の下にいる。そしてタイムリミットを超えるとゲートの外に出てしまうようだ」
文言から推測するに何かが穴の下にいて、それがゲートの外に出てこようとしている。
「どんなものかは分からないが……これはゲート事故だ。おそらく難易度としてはCクラスを超えるだろう。B……あるいはAクラスかもしれない」
「だけどこのまま放置もできないね」
ゲート崩壊のタイムリミットの方はカウントが停止している。
一方でゲート事故のカウントは今も進んでいる。
モンスターが出てくるというゲート事故が完全に発生してしまうと分からないが、今のところゲート事故の方をなんとかしないとゲートすら消滅しないようだ。
「この感じを見ると……犠牲を出し続ければ時間は稼げるんでしょうね」
ゲート事故の攻略条件に注目する。
攻略するための条件はいい。
問題は失敗した時である。
死という重たい文言のほかに時間延長という言葉もある。
誰かが穴の中に入って犠牲になれば、それだけ攻略の準備を整える時間を作れるということだろう。
強制的に戦闘になるわけじゃないのに、どうして回帰前は犠牲者が出たのか不思議だった。
だがこうして時間がない中で攻略隊はモンスターが出ないように攻略を試みたのだ。
そして失敗。
けれどもそのおかげで時間ができて五十嵐ギルドはもう一度ゲート事故に挑んで攻略を成し遂げたのだろう。