「ゲート攻略の手順としては先発の調査隊を派遣して中の様子を確かめてから難易度に合わせて攻略隊を組みますよね?」
「まあそうなるだろうね。ゲートの難易度はCクラスだ。君の実力は承知しているけれど、研修でもあるし攻略隊に入れられないだろう」
Cクラスゲートは決して軽んじていい難易度ではない。
一般的な考えではCクラスならレベル60程度、つまりフォーススキルの解放は必要だと考えられている。
フウカぐらいならともかくトモナリではまだ参加するに達しているとはみなされない。
「参加できるとは……思ってません」
「じゃあ何を話したかったんだい?」
「このゲート攻略はギルドの全力をあげてください。先発の調査まではいいですが攻略する時には必要な人以外は全て攻略に投入してほしいんです」
「……それはどうしてだい?」
あまり冗談とも思えない話にイヌサワはサングラスを外した。
あまり色の濃いサングラスではないので外したところでさほど視界に変わりはないけれど、トモナリの目は相変わらず真剣そのものであった。
「覚醒者協会の秘密保持契約は結んでいますか?」
「試練ゲートを攻略する時にね」
「今からお話しすることは覚醒者協会の中でも秘密にされていることなんですが、俺には未来予知の力があるんです」
「未来予知の力だって? そうしたスキルが?」
イヌサワが驚いた顔をした。
未来予知のスキルはこれまで二人確認されている。
一人はすでに亡くなっていて、もう一人は未来予知のスキルを持つ覚醒者がいる国で厳重に保護されている。
国家レベルで保護すべきスキルであり、トモナリがそんなスキルを持っているのだとしたらかなりの秘密であった。
「正確にはヒカリにそうした能力があるんです」
「ヒカリ君に……」
「ニヒッ!」
イヌサワが視線が向けるとヒカリはニパッと笑った。
トモナリがヒカリの能力を偽っていることはヒカリも承知している。
変に話すとボロが出るのでヒカリは堂々とした顔をして黙っていればいいと事前に言われている。
「ミニサウルスと名付けられたモンスターを見た時に未来予知が発動したらしいんです。このままでは五十嵐ギルドは攻略に失敗して大きな被害を受けてしまうことになります」
トモナリがフウカの付き添いを選んだ理由、それは五十嵐ギルドに行くからだった。
五十嵐ギルドがゲートの攻略に失敗して大きな損害を出したことは回帰前に聞いた話であった。
どうして被害を受けたのかトモナリは覚えていて、関与できる可能性があるのではないかと思ってここに来たのだ。
ただ回帰して記憶があるからですと説明はできないので未来予知で何かを見たからという理由で介入する。
「本当にそんな能力が?」
「覚醒者協会に聞いてみてください」
これまで覚えている限りのゲートやモンスターの事故をいくつか報告して実績を積み重ねてきた。
疑わしくとも覚醒者協会に問い合わせしてもらえれば未来予知っぽく色々アドバイスしている確認は取れるだろう。
「……いや、信じよう」
「イヌサワさん……」
覚醒者協会と繋がりのあるミヤノと繋がりのあるイヌサワなら確認する手段があるはずだと思っていた。
けれどもイヌサワはトモナリを信じることにした。
「このことをイガラシさんに話してもいいかい?」
「本当に信じるんですか?」
「ふっ、なんだい? そんな真面目な目をした後輩のことを疑うはずがないだろう。嘘だとしてこの話において君のメリットがないしね」
イヌサワは仮に嘘だとして考えてみた。
ゲートの攻略に全力を尽くさせてトモナリになんのメリットがあるというのか。
泥棒でもするとしても必要な人員は残していくし、五十嵐ギルドに盗めるようなものはない。
ゲートの攻略もあっさり終わってしまうだろうからトモナリがゲート攻略に全力を尽くさねばならないと嘘をついてもメリットがないのである。
トモナリが嘘をついてもメリットがないことに加えて、仮に嘘なら攻略は問題なく進むことを合わせて考えると嘘だろうと本当だろうと信じてもいいとイヌサワは思った。
「今すぐイガラシさんに話に行こうか。何事も早めにやっちゃうのがいいからね」
イヌサワはサングラスをかけて立ち上がる。
「ほら、行くよ?」
「……良い人だな。待ってくださいよ!」
こんなにあっさり信じてもらえるとはトモナリも思っていなかった。
もうちょっと情報を小出しにして説得するつもりだったのにむしろ拍子抜けぐらいの感じがある。
トモナリは慌ててイヌサワの後を追いかける。
「それにしても未来予知か……君は本当に多才だね」
「そんなことないですよ」
「謙遜することはないさ。ヤナギ君の身の回りの世話もそつなくこなしているようだしね」
「意外とヤナギ先輩手がかからないんですよ」
まさかそこを褒められるとは思ってなかったトモナリは苦笑いを浮かべた。
三年生のサポートのために来ているトモナリはフウカの身の回りの世話を焼いている。
基本的に周りに興味がなくてフウカは何もしないように思えるが、それは間違いではなかった。
ただし何もできないわけじゃなく、これやってくれというとちゃんとやってくれるタイプの人でトモナリも予想より手間がかからずにいた。
回帰前戦う能力が低くて周りの人のサポート的なことを積極的にこなしていたトモナリにとって、フウカ一人の世話ぐらいなんてこともなかったのである。
「僕は料理が苦手でね。いわゆるバカ舌ってやつなんだ」
トモナリが秘密を打ち明けてもイヌサワの態度は変わらない。
「なんでも美味しいんだ。美味しいものは美味しいよ? でも他の人が不味いものでも僕には割と美味しかったりするんだ。だから料理は得意じゃない。他の人にとって美味しいところってやつが分からないのさ」
「まあ自分で作って食べる分にはいいんじゃないですか?」
「そうだね。でも塩入れ過ぎたりしてね。体に悪いって怒られて……今だと自分で作る時はレシピ通りに作るようにしてるよ」
今は食堂があるから自分で作ることは少ないし、ゲートの攻略などで誰かが作らねばならない時はイヌサワに任せる人はいない。
「イガラシさん、いますか?」
ギルド長であるイガラシが使う社長室の前についた。
イヌサワは軽くノックをしながら中に声をかける。
「この声はイヌサワか? 入れ」
「失礼しまーす」
年は離れていそうなのにイヌサワとイガラシの関係は割とフランクだ。
これぐらいのゆるさは良いなと思うところである。
「むっ? アイゼン君か。不思議な組み合わせ……というわけでもないが二人してどうした?」
研修に来ている四人の担当はイヌサワなので、トモナリと一緒にいても不思議ではない。
特にイヌサワはアカデミーの後輩であり同性のトモナリのことを目にかけているのを知っていたから仲良くなったのだなと少し嬉しさすら覚えている。
「少しお話があるんです」
「話だと?」
「先日見つけられた新しいゲートについてです」
「……ふむ、話を聞こう」
相変わらずイヌサワの態度は軽めだが、それでもサングラスの奥の目の真剣さにイガラシは気づいた。
「君から話してくれるかな?」
「分かりました」
ーーーーー
「先発隊全滅の可能性か……」
トモナリの話を聞いてイガラシは椅子の背もたれに体を預けた。
リスクとしては決してあり得ない話ではない。
だがCクラスゲートは五十嵐ギルドにとって強く警戒する対象ではないことは確かだった。
寝耳に水の警告であり、にわかには信じがたくある。
先発の攻略隊だからと軽く考えて編成するはずもなく、十分な戦力で送り出すつもりであった。
「どこまで予知できる?」
「意図的な能力ではないので見たまんまを伝えるのみです」
イガラシもトモナリの未来予知について疑問に思わず受け入れてくれた。
イヌサワと同じようにメリットデメリットなどを勘案して嘘をつく必要がないと総合的に判断していた。
「ゲート中の様子は分かるか?」
「ある程度は。それよりも重要なことはこのゲートが二重ゲートの可能性があるということです」
「二重ゲート……なるほどな。ならば全滅する未来が見えてもおかしくはない」
二重ゲートとは特殊なゲートの一つである。
ゲートの中にゲートが発生するゲートインゲート、あるいはゲートの難易度が途中で変わるゲート変容など中において外から観測できない不測の事態が時として起こる。
事象として入ったゲートとは別のゲートを攻略するようなので二重ゲートと呼ばれているのだ。
これまでに起きた二重ゲートでは全てゲートの難易度が跳ね上がっている。
二重ゲートであったと知らずに挑んだ人たちはほとんどが帰ることはなかった。
それぐらいに危険なゲートである。
本来の難易度とかけ離れてしまうので全滅するのも当然と言える。
新たなゲートもCクラスと表示されているが、二重ゲートとして難易度が上がればBやAクラスとなる。
BクラスならともかくAクラスにまでなればCクラス相当の用意しかしていない攻略隊では厳しいだろう。
そもそもAクラスゲートならばトモナリの言うように五十嵐ギルドの総力を上げて攻略せねば危険だ。
「ボスは分かるか?」
「……正確なことは何も」
実はボスも分かっている。
しかしあまり全てを話し過ぎて何かを疑われてもトモナリとしても今後やりにくくなってしまう。
「俺も連れて行ってもらえませんか?」
「なんだと?」
「いけばまた何か見える可能性はあります」
「しかし……」
「自分の身は自分で守ります。何か助けになれることがあるなら協力したいんです」
実際トモナリはもう少し情報を持っている。
Aクラスの危険がある二重ゲートならトモナリを連れていくことはかなりのリスクであるが、未来予知で何かの情報が分かるならトモナリを連れていくリスク以上のものを得られるかもしれないとイガラシは悩む。
「…………少し考えさせてくれ」
トモナリの話を大きく疑ってはいない。
しかし話を聞いて即断できるようなものでもない。
「このことはみんなに話しても?」
「うーん……覚醒者協会からの情報ってことにしてくれませんか?」
別に未来予知のことがバレてもいいのだけど覚醒者協会は一応秘密にしてくれている。
トモナリがベラベラと公開することもできない。
今回のことは未来予知能力者による情報提供が覚醒者協会から寄せられたということにしてもらえばいいかなと思った。
通常はそうした形でトモナリの偽未来予知情報は活用されている。
「分かった。話してくれてありがとう。ゲートについては慎重に当たることにしよう」
ちょっと研修に来た程度のトモナリの話をこうして聞いてくれるだけでもありがたい。
これなら未来は変わるかもしれないなとトモナリは思ったのだった。
「先輩、起きてください」
トモナリの朝は少し早く起き、自分の身支度を整えてからフウカを起こすことから始まる。
寝ている女の子の部屋に入ってもいいのかと思ったのだけど、フウカがトモナリがいる間はトモナリに頼る宣言をしたので仕方なくお部屋にお邪魔して起こす。
「おーきーるーのーだー」
ただフウカも一度声をかけたぐらいでは起きない。
ヒカリがグニグニとフウカの頬を爪の先でつっつく。
「……!」
「はぁっ! わーはっはっ! もうお見通しなのだー!」
カッと目を開けたフウカが手を伸ばしてヒカリを捕らえようとした。
しかしヒカリもヒカリでフウカより一瞬早く反応して見せて飛んで回避した。
フウカに抱きかかえられることはヒカリにとって不満そうであるが、フウカそのものが嫌いだということでもないようだ。
ヒカリが起こしに行ってフウカに捕まるということを毎日繰り返していたらヒカリの方もだんだんと慣れてきて捕まらなくなった。
「今日は見回りの当番ですから早く準備しますよ」
トモナリはサッとブラシを取り出した。
「ん」
起き上がったフウカの髪はところどころ跳ねていて寝癖がつき放題である。
「また髪乾かさずに寝ましたね?」
ベッドに腰掛けてトモナリがフウカの髪をとかす。
「お腹すいたのだ〜」
「先輩が着替え終わったら食堂行くからもうちょっと待ってくれ」
トモナリが丁寧に髪をといてやるとフウカは気持ちよさそうに目を細める。
「むむむ……」
ヒカリはトモナリとフウカの様子を嫉妬めいた目をして見ている。
本当ならトモナリがフウカのことをベタベタと触るのも許したくないけれど、サポーターとしてのお仕事なので仕方ないとヒカリは我慢する。
ただこれは本当にサポーターとしての仕事なのかとトモナリはうっすら疑問に思っている。
普通サポーターは髪をとくようなことはしない。
ヒカリの機嫌も機嫌もちょっと悪くなるし、せいぜい朝起こすぐらいにしてほしい。
だがいつの間にかこうなっているので今更文句も言えない。
「ヒカリ?」
「トモナリは僕の友達なのだぁ」
我慢しきれなくなったヒカリがトモナリの背中にしがみつく。
「ふふ、仲良しさん」
「笑ってないで先輩が自分でちゃんとしてくれればこうならないんですよ?」
「サポートがいる間は活用するのが賢い」
「これサポートの仕事ですか?」
「うん、お仕事」
多分違うと思うのだけどフウカは割と変わった人だから仕方ない。
「すぅー……むはー」
そしてヒカリは胸いっぱいにトモナリの匂いを吸い込んでいたのであった。
ーーーーー
「なんかさ、トモナリ君って執事みたいだね」
「執事……俺がですか?」
「うん、ダメお嬢様と優秀な執事」
見回りがあるので早めの時間に食堂を訪れた。
ピークの時間になると混む食堂も早めの時間だとゆったりした空気が流れている。
同じく見回りのアサミがフウカに飲み物を持ってきたトモナリを見て目を細めた。
先回りするようにトモナリはフウカの考えを読み取ってお世話をしている。
別にサポーターがそこまで甲斐甲斐しく世話を焼く必要はないのになとアサミも思う。
サーシャの方はトモナリのように動いてくれるわけじゃなく言えばやってくれる感じである。
トモナリとフウカの関係性はサポートする側される側というよりももっと使用人のように見えた。
ただしフウカはぼんやりとしているお嬢様で、トモナリはフウカのことをよくわかっているできる執事のようだ、なんてアサミは想像を膨らませて笑っている。
「そうかな……」
「ヒカリちゃんに対しても執事さんみたい」
トモナリはヒカリの口周りについた食べこぼしをティッシュで拭いてやる。
こちらもまた執事のようだと思って見ていると執事に見えてくる。
「んー、じゃあやっぱ……」
「ダメ。トモナリ君はダメお嬢様のお世話でいいの」
「ダメお嬢様でいいんですか?」
「いい」
フウカは本気なのか冗談なのか分からない目をしている。
「……ふっ、じゃあお世話させていただきます、お嬢様」
まあどちらでもいいかとトモナリはわざとらしく頭を下げた。
回帰前のトモナリは能力が低くてサポート的な立ち回りも多かった。
メインとなる覚醒者たちの世話を焼いていたこともあるのでそんな経験が染み付いているのかもしれない。
「ふふふ」
「僕もいるぞ」
「はいはい、ヒカリもな」
「トモナリ君みたいな執事なら一家に一人欲しいところだね」
「確かにそう」
トモナリが来れば自動的にヒカリもついてくる。
そんなことも思いながらアサミの言葉にサーシャも頷いていた。
五十嵐ギルドでの研修は中々楽しくて、あっという間に日々は過ぎていった。
高レベルの覚醒者たちが相手をしてくれるのでトモナリとしてもいい鍛錬になったと思う。
フウカの世話しててもいいからもうちょっといたいな思うほどだった。
「ミニサウルスのゲートを攻略する」
三年生が研修に慣れるまでのサポートであるトモナリはフウカよりも短い時間しか研修に参加できない。
日程も残り少なくなってきたある日のミーティングでイガラシは新たに現れたゲートの攻略を開始することを告げた。
ゲートについて危険性を教えて以降音沙汰無かったのでどうしているのか気になっていたが、準備を進めていたようである。
「ゲートの攻略は必要な保安維持の人数だけを残して全力で攻略する」
「Cクラスのゲートですよね? 全力を出す必要なんてないじゃないですか?」
当然の疑問が出てくる。
他の人とも鍛錬していて分かったがイヌサワやイガラシだけでなく他の人たちも全体的にレベルが高い。
複数のゲートがブレイクを起こしてモンスターに支配された地にいるので戦うモンスターには事欠かない。
レベル上げという側面でも五十嵐ギルドは強く、Cクラスゲートなら全力を傾けなくても攻略できるとみんなが思っていた。
「懸念事項がある」
「何を心配しているんですか? 事前の調査でも特に問題はないようですが……」
ゲートを攻略しなければ大丈夫だろうというトモナリのアドバイスを受けて、イガラシはゲートの中に人を送って軽く調べさせていた。
その結果なんの変哲もないゲートであった。
ゲートであって、モンスターがいる以上警戒を怠るわけではないが、そこまで警戒する要因は見つけられない。
「とある筋……覚醒者協会からの情報だ」
「覚醒者協会からですか?」
「そうだ。ゲート事故が起こる可能性があるとの情報が入った」
ゲート事故とは二重ゲートも含め、通常のゲートでは起きないような現象がゲートで起こることを指す。
トモナリが最初に挑んだゴブリンゲートでゴブリンキングが出てきたこともゲート事故の一種である。
みんながざわつく。
ゲート事故の可能性があるということもそうだが、どうして覚醒者協会がゲート事故の可能性を予見できるのかということもまた不思議なのだ。
「もちろん確実に起こるとは言えない。しかし危険性があるのなら俺は警戒すべきだと考えた」
他でもない覚醒者協会からの情報である。
ギルドを惑わす嘘ではないだろうとみんな分かっている。
「仮にゲート事故が起こらず何事もなければそれでそれでいいだろう」
「まあ確かにそうですね……」
ゲート事故が起こって困ることはあるが、起こらなかったとしても杞憂に終わるだけで困るものでない。
「ゲート事故が起こらないならさっさと終わっていいじゃないか」
腕を組んで座るシノハラがフッと笑う。
全力を投じて攻略に挑めば早く終わっていい。
「そうだな」
「起こらない可能性もあるしな」
全力で挑むことに驚いただけでみんなも否定的なわけではない。
「それに研修生の四人も連れていく」
「えっ!?」
「なんでですか?」
全力で挑むことには納得がいく。
しかし研修生であるトモナリたちを連れていくのは話が違う。
「研修生を連れていくのは全力ではないんじゃないか?」
本人たちがいる前でもシノハラは思った意見を口にした。
ギリギリ三年生なら戦力として見られるかもしれない。
けれども一年生のトモナリとサーシャは論外である。
三年生だって単純な力で見れば戦力になっても、経験が浅くてゲート事故に適切に対応できるかもわからない。
全力でというのなら連れていくべきではない。
「仮にゲート事故が起こった時に研修生たちが何かの鍵になるかもしれない」
「何かの鍵? それも覚醒者協会からか?」
「その通りだ」
もちろん鍵とはトモナリのことだ。
中に入ればまた未来予知が発動する可能性があるとトモナリはイガラシに伝えてある。
トモナリを連れていくことのリスクはあるけれど、未来予知でより大きなリスクに対処することができる可能性もある。
イガラシも悩んだ。
けれどトモナリもそれなりに実力はあるので無理をさせなければ大概のことは対処できるだろうと考えた。
だがトモナリだけを連れていくこともできない。
トモナリが未来予知の力を持つ覚醒者だとバレないようにするためには研修生の四人全員を連れていく必要がある。
「……言えないが、必要なんだな?」
「その通りだ」
シノハラも察しの悪い男ではない。
イガラシが無駄なことをするとは思えないので裏に何かしらの理由があるのだろうと考えた。
「それに今回は協力者を呼ぶことにした」
「協力者?」
「入ってくれ」
イガラシが声をかけると男が一人、会議室に入ってきた。
「あの人は……」
トモナリも協力者が来るとは聞いていなかったけれど、入ってきた人には見覚えがあった。
「宮野祐介だと!」
「どうもみなさん、協力者のミヤノです」
入ってきた男は宮野祐介であった。
大和ギルドという大型ギルドに所属している覚醒者で、以前終末教と戦った時に覚醒者協会から助けとして送られきた人である。
かなり有名な覚醒者で職業からミヤノは剣聖と呼ばれていた。
「今回僕のツテでね、来てもらったんだ」
「やたら大人しいと思ったらやっぱりお前も今回のこと知ってたんだな」
シノハラはイヌサワが大人しいと感じていた。
いつもなら軽い感じで口を挟んでもおかしくないのに余裕の態度で状況を見守っていことをいぶかしんでいた。
ゲート攻略について黙っていてもギリギリ理解はできるが、イヌサワが受け取っている研修生まで連れていくと聞いて黙っているはずがない。
知っていたから黙っていたのだなとシノハラは納得する。
「わぁ……ミヤノさんだ……!」
アサミは感動した目でミヤノのことを見ている。
ミヤノにしてもイヌサワにしても覚醒者としての能力の高さもあるけれど、顔も良いことで有名であった。
アサミにはややミーハー気質なところがあるとトモナリは思っていた。
「ともかく今回の攻略ではミヤノさんに力を貸してもらうことになった」
下手な覚醒者を集めるより強い覚醒者一人の方がよほど頼もしい。
五十嵐ギルドの全力に加えてミヤノまで来てくれれば研修生のリスクを補っても余りあるぐらいだ。
「準備を整えて二日後に攻略を開始する」
ミヤノまで呼ぶなんてトモナリも予想外のことであった。
ここまでするということはイガラシは本気でトモナリの話を受け止めてくれているようである。
もしかしたら覚醒者協会にトモナリの力について問い合わせたのかもしれない。
「久しぶりだね、アイゼン君」
「どうも、お久しぶりです」
攻略に向かうメンバーが発表されて、ミーティングは終わった。
ミヤノはトモナリに声をかけてきた。
覚えていてくれたのかという驚きがある。
「あの時よりも成長したようだね」
「もう少しだけ、強くなりました」
「有望な若者の成長は見ていて面白いよ」
ミヤノは笑顔を浮かべる。
回帰前の中でトモナリが接したS級の覚醒者はとっつきにくい人が多かった。
プライドが高い人もいれば性格的に問題がある人もいた。
イヌサワもミヤノもS級認定されている覚醒者である。
それなのに二人とも近寄りにくさはない。
イヌサワは少し変わり者な雰囲気はあるけれどおかしな人ってわけでもない。
「まさかここに来ているなんてね。大和ギルドに来てくれたらよかったのに」
「五十嵐ギルドに来る先輩が俺をサポーターとして指名してくれたので」
実際リストの中には大和ギルドの名前もあった。
しかしよく知らない先輩からの指名だったので行くつもりはなかったのである。
「よかったら君の研修はうちに来ないかい? 歓迎するよ」
「おい、ユウスケ! ここで勧誘するなよ!」
「ちょっと挨拶しただけだよ」
前にも誘われた。
興味を持たれていることはトモナリもはっきりと感じていた。
「トモナリ君はうちに来るのさ!」
「そんなこと言いました?」
イヌサワがトモナリの肩に手を回して抱き寄せる。
一言も五十嵐ギルドに行くとは言った覚えのないトモナリは苦笑する。
「ともかく君が参加するなら僕も本気を出さなきゃね。いいところを見せてアピールをしよう」
「じゃあ僕は手を抜いても大丈夫そうだね」
「助っ人に働かせるつもりか?」
「働いてくれるなら僕は何の文句もないよ」
友人だとは聞いていたが本当に親しいのだなと二人の会話を聞いていて感じられる。
「変わらないな」
「君もね」
ーーーーー
ギルドの仕事をこなしながらゲート攻略のために装備の整備などを進めた。
五十嵐ギルドには覚醒者装備を扱う専門家もいた。
二日寝ずにみんなの装備を点検までしてくれて万全の体制を整えることができた。
「いいか、常に警戒は怠るな。一階はまだ事故が起こる可能性は低いだろうが起きないとも言えないからな」
ゲートが発生した建物は崩れていた。
中から出てきたミニサウルスが壊してしまったのである。
五十嵐ギルドの全力を持って挑むというが五十嵐ギルドの覚醒者全員が入るわけではない。
ギルドハウスがある拠点や畑に他のモンスターが襲ってくるかもしれないので防衛のための人員は残す必要がある。
さらにゲートの外にも攻略失敗やゲートの異変を伝えるための見張りを立てておくことも攻略としては必要だ。
防衛要員は元々持ち回りで決められていたが、外の見張り要員はくじ引きで決められた。
「イヌサワ、研修生は頼むぞ」
「任せてください」
イガラシと数名が先にゲートの中に入って様子を直に確かめる。
ゲート事故にはゲートに入って攻略するまで出られなくなるなんてものまで存在している。
今回については先に調査隊を送っているのでそのようなゲート事故が起こることはないと分かっている。
だがそれでも一番初めにゲートに入って確かめるところはさすが慕われるギルド長だ。
中の安全が確認されてトモナリたちも中に入っていく。
トモナリたちは研修生でありCクラスゲートでも挑ませるにはやや厳しいところがある。
だから配置としては後方からついていく形になっていた。
三階層に分かれているゲートの中の一階は草原だった。
穏やかで、ゲートの中には珍しく弱く風が吹いている。
『一階
攻略条件:全てのモンスターを倒せ』
パッと目の前に表示が現れる。
ゲート全体の攻略条件としては全ての階を攻略せよである。
つまりそれぞれの階において攻略すべき条件があるということなのだ。
一階の攻略条件はシンプルにモンスターを倒せばいいようである。
モンスターを倒せという条件は多くのゲートで出てくるもので驚くものでもない。
みんなは条件を軽く確認してすぐに表示を消して周りを警戒する。
「先発の調査ではこの階に出てくるのは外にいるミニサウルスと同じだ。二手に分かれて攻略する。異変を感じたらすぐにもう一つの部隊に連絡、ゲートが発生したりしても近寄るな」
ゲート事故の可能性はあるけれど常に全員まとまって動くのでは効率が悪すぎる。
ある程度の人数を確保しながら効率も上げるために人員を二つに分けることにした。
もう一つの部隊はシノハラが率いる。
覚醒者としての能力はトップではないけれど、冷静で周りをよく見ていて素早い判断を下すことができる人だからリーダー役を任された。
トモナリたちはイガラシが率いる部隊についていく。
良いところを見せると言っていたミヤノとは別になってしまった。
「楽できると思ったんだけどね……」
ミヤノがトモナリに力を見せるために頑張るはずだったのにアテが外れたとイヌサワは口を尖らせていた。
「今のうちに研修生に経験を積ませておくか。ヤナギ君とアムロ君も前に出て戦ってもらおう」
フウカもアサミも課外活動部で経験を積んできた覚醒者である。
Cクラスでもなんとか戦えるだけの力はある。
一階でゲート事故が起こる可能性も低い。
モンスターの実力も分かっているのでここで一つ経験を積ませてもいいかもしれないとイガラシは思った。
何もさせないのに連れてきましたというのではみんなも納得できないだろう。
「ミニサウルスを見つけました!」
「戦闘準備だ!」
三年生の二人はいいがトモナリとサーシャはまだレベル的にCクラスゲートなんて挑める力はない。
みんなが簡単に倒すから勘違いしそうになるが、ミニサウルスもトモナリたちにとってはまだまだ簡単な相手なんかではないのだ。
近くにミニサウルスを見つけて臨戦態勢を取る。
フウカとアサミは他の人と連携を取って前に出るが、トモナリたちは逆に後ろに下がる。
イヌサワはトモナリとサーシャを守るという大義名分を得て堂々と後ろに陣取っている。
ミニサウルスそのもの自体ははぐれた個体とフウカとアサミも戦ったことがある。
その時は手厚いサポート付きであったけれど今回はそんなサポートもなく相手の数も多い。
イヌサワたちがいるので大丈夫と思いながらトモナリは戦いを眺める。
直接戦わなくても多少の経験値はもらえるのだから見学だけでもありがたいものである。
「また他のやつも寄ってきてます!」
戦わないからといって何もしなくてもいいわけじゃない。
全体を見て異変がないかチェックすることや周りの警戒というものは必要である。
戦いの気配に誘われてさらにミニサウルスが寄ってきていた。
イヌサワが報告するとイガラシは走ってくるミニサウルスを確認して指示を出す。
『よく来たな……』
「えっ?」
「どうした?」
「いや……なんだか声が」
急に周りを見回すトモナリをサーシャは不思議そうな目で見ている。
『この苦しみを……終わらせてくれ……』
どこからと思ったがまた声が聞こえて分かった。
どこからでもなく頭の中に声が響く。
他の人には聞こえていないようで、サーシャは首を傾げている。
「トモナリ……」
「ヒカリも聞こえるのか?」
「ぬん。変な声聞こえるのだ」
トモナリだけかと思ったらヒカリにも不思議な声が聞こえているようだ。
「何の声かわかるか?」
「分からないのだ」
ゲート事故のヒントになるかもしれない。
そう思ったのだけどそれ以上声は聞こえなかった。
「大丈夫?」
「ああ……大丈夫だよ」
少し不安げなサーシャにトモナリは笑顔を返す。
声が聞こえたからと他に問題があったわけじゃない。
「次を探しにいくぞ」
気づいたらミニサウルスは追加で襲いかかってきた分も倒されていた。
みんなでインベントリに倒したミニサウルスを収めて他のミニサウルスを探す。
ミニサウルスは感覚が鋭く割と離れていてもトモナリたち攻略隊のことを見つけ出してくる。
好戦的でミニサウルスの方から寄ってくるので探す手間は少なくて済んだ。
『クェラケルクトンが全滅しました! 二階への扉が開かれます』
ミニサウルスを探して歩いていると表示が現れた。
どうやらもう一つの部隊の方が倒したミニサウルスが最後だったようである。
「クェラケルクトン……っていうのか」
ついでに表示によってミニサウルスの名前が判明した。
読みにくいなとトモナリは思った。
「これならミニサウルスでいいかもしれないね」
同じ感想をイヌサワも思ったらしく笑っていた。
「二階への扉は……あちらだな」
扉の位置を教えてくれるように光の柱が出現している。
そこに向かえばもう一つの部隊とも合流できるだろうと光の柱に向かって移動を始めた。
「向こうも到着しているようだな」
二階に繋がる大きな扉の前にシノハラたちの部隊がすでに到着していた。
合流してお互いの様子を軽く確認する。
お互いに怪我人もなく疲労も大きくない。
「どうだい? 何か見えたかい?」
イヌサワがこそっとトモナリに声をかける。
何か見えたかとは未来予知の話だ。
中に入ればまた何か見えるかもしれないと言ってあるので未来予知で何か分かったことがあるのかと聞いているのだ。
「やっぱり何か起こるなら三階ですかね」
「それは未来予知かい?」
「そんなようなものです」
トモナリは回帰前の知識を未来予知として活用している。
このゲートにおいて起こる出来事については回帰前に事故としてニュースにも取り上げられたものである。
当初ただゲート事故が発生したとしか伝えられなかったのであるが、隠しきれない大きな出来事があってゲート事故の詳細にも目が向けられた。
それはイヌサワの引退である。
大怪我を負ったイヌサワはゲート事故の後に引退することになったのだ。
どんなゲートで何が起きたのか、人々の関心が高まるのは当然だった。
ゲートについての情報が出てきたのはイヌサワが引退した後しばらく経ってからだったので、トモナリもこんな早い時期に例のゲートが出現すると思わなかった。
ただ少しだけ期待して五十嵐ギルドを選んだことは間違いない。
一階から三階まで普通のゲートであることはトモナリも知っている。
このまま進んでもゲート事故は発生しない。
「何か分かったらすぐに教えてくれ。みんなで、無事に帰るんだ」
「もちろんです」
軽く水分補給なんかをしてすぐに二階に挑むことになった。
二階への扉に近づくと扉がゆっくりと開いた。
ゲートと同じく青い魔力が扉の向こうに渦巻いている。
最初と同じくイガラシたち数名が中の様子を確かめるために先に入る。
「大丈夫だ」
少し経ってイガラシが戻ってくる。
ゲート周りの安全を確認したのでみんなも二階に向かう。
『二階
攻略条件:研究所を見つけろ』
「珍しい条件だな……」
二階に上がると二階の攻略条件が表示された。
何かのモンスターを倒すということがほとんどの中でモンスターを倒すこと以外を目的とした条件が出てくることは珍しいといえる。
攻略条件なんて細かいところまで覚えていなかったのでこんな条件が現れたのかと普通に驚いてしまう。
「しかも研究所……か」
一階の感じでは特に何かの文明を感じるものはなかったのだが、研究所なんて響きは誰が聞いても人が作ったものであり人工的な響きだと感じた。
時にゲートの世界は何かの文明を感じさせることがある。
建物があったり整備された道のようなものがあったりすることもある。
モンスターとして人だったかもしれないスケルトンなどのアンデッドが現れたりすることもあって、異世界の生活を感じさせるゲートもたまには現れたりするのだ。
だが研究所なんて人の気配が強すぎる。
「周りの環境としては見つけやすそうだけどね」
イヌサワが周りを見る。
一階は草原だった。
時々木立があるぐらいで草の背は低くて見晴らしが良かった。
二階も見晴らしが良い。
草が減って荒野に近い感じになっている。
木立すらパッと見た感じにはないけれど、やや地形的な起伏はあるのでその点では多少の見にくさはあるかもしれないというぐらいである。
イガラシは再び部隊を二つに分けると研究所の捜索を始める。
時折ミニサウルスが出てくる他は問題もない。
「こちらに何かあります!」
捜索していると地面に金属の扉のようなものを見つけた。
「これが研究所だろうか。ふっ!」
イガラシが扉に手をかけて開けようとする。
「ぐっ……ダメだ。開かない」
扉はびくともしない。
軽く剣で切りつけてみたりもしたが分厚い金属の扉の表面に浅い傷がつくだけだった。
「ハズレかもしれないな。この場所は覚えておいて付近を捜索しよう」
ここに扉があるということは研究所が近いことは間違いない。
ならば他の出入り口も近くにある可能性が高い。
開けられたり、開いている扉があるかもしれない。
イガラシはもう少し周辺を探してみることにした。
「ここにも何かあります!」
「どれどれ……これも開かなそうだな」
近くで同じような扉を見つけた。
けれどもピッタリと閉じていて力尽くで開けるのは難しそうであった。
「次を探そう」
二つも扉があったのだからこの辺りで間違いなだろうと捜索範囲を広げる。
「なんだがSFチックだね」
地面に埋め込まれた扉、研究所、やや荒廃した大地に、人のいない土地。
何かの小説のようだとイヌサワは感じた。
内容的にはホラー寄りかな、なんて考えながら小説ならどうなるだろうかと先を予想してみる。
「なんだか向こうにやたらとミニサウルスがいるな」
地面が少し隆起して高くなっているところから周りを見回していたイガラシが離れたところにミニサウルスの群れがいるのを見つけた。
これまでもミニサウルスは何体かの群れで行動していたので群れていてもおかしいことはない。
けれどもこれまでみた群れよりも数が多いのである。
「なんとなく怪しさを感じるな」
モンスターを討伐することが攻略の条件ではないので積極的にミニサウルスを倒す必要はない。
けれどもイガラシは集まっているミニサウルスに何かを感じた。
「……倒してみるぞ」
ゲートの中で異常を感じるものを発見した時は何かがある可能性が高い。
どの道周辺を捜索するのにミニサウルスの群れは邪魔である。
バレないうちに先制攻撃を仕掛けられるなら倒してしまった方が後々楽だ。
イガラシはミニサウルスを倒すことにした。
魔法や弓で先制攻撃を仕掛ける。
ミニサウルスとの力の差があるのでこれだけでも半分ほどが倒れてしまう。
イガラシに気づいたミニサウルスはまっすぐに走ってくる。
もう一度魔法を使えば簡単に倒せそうな気がしなくもないけれど、今後のために魔力の温存も大事になってくる。
ここは魔法は使わずしっかりと引きつけてみんなで戦う。
「トモナリ君のインベントリはどうだい?」
「まだ空きがあります」
「じゃあこっちの死体頼めるかな?」
あっさりとミニサウルスは倒された。
ミニサウルスの死体は回収してインベントリに入れていく。
トモナリのインベントリはまだまだ余裕がある。
というかそもそもインベントリの上限がどこなのかトモナリですらまだ把握していない。
すぐに容量いっぱいになる人も多い中で、トモナリのインベントリはかなり大きい。
何体かのミニサウルスをインベントリに納めて、トモナリはフウカの状態を確認する。
フウカはよくついていっている方だと思う。
周りが強いせいで勘違いしがちだがミニサウルスもトモナリから見れば十分に強いモンスターなのである。
Cクラスならフウカとしては適正レベルか少し上ぐらいだ。
無表情なので分かりにくいが、無理をしている可能性もあるのでトモナリは随時フウカの体調には気をつかっていた。
「スポドリです」
「ありがと」
インベントリから外から持ってきたスポーツドリンクの水筒を取り出してフウカに渡す。
「大丈夫そうですか?」
「うん、大丈夫。むしろ楽しい」
ギリギリの戦いではあるけれど、アカデミーの中ではそうした経験はあまりできない。
強さによってどうしてもレベルが上がるのにも差が出てくるので、フウカからするとアカデミーでの経験は少し物足りなくなっていた。
今はついていくのも大変だけど戦っているという高揚感を感じていた。
「無理しないでくださいよ」
「しそうになったら止めて」
「……努力はします」
「ぺちんって叩いて止めてやるのだ!」
「期待してるよ」
死体の回収が終わったらミニサウルスが集まっていた周辺に向かう。
「ここに入り口があります!」
「……ここが正解のようだな」
ミニサウルスがいた付近にまた別の入り口があった。
扉はひしゃげたように破壊されていて出入りができるようになっている。
中は青い魔力が渦巻いている。
単純に研究所に入るのではなく次の階への入り口となるゲートになっているのだ。
「これは次の階に行けるみたいですね」
『研究所を発見しました!』
「当たりだ。シノハラたちに連絡をとって合流するぞ」
ーーーーー
「こんなタイプの入り口もあるんだな」
イガラシに合流したシノハラは研究所入り口のゲートを見て驚く。
名目上階と言われていてまるで層のようにそれぞれの別の空間が広がる階が存在しているかのようにみんな思っているが、そうではない場合もある。
連続した空間をそれぞれ分けて階としているゲートも時々存在している。
今回は研究所の外と研究所は繋がっていて連続した空間だが、ゲートによって分けられているのだ。
「次が三階……より警戒を強めて進むぞ」
ゲート情報によるとこのゲートは三つの階で構成されている。
となると次の三階が最終階であり、通常ならボスが出現する階となる。
そしてここまでゲート事故は起きていない。
やはり何か起きるなら三階だろうとイガラシは注意喚起する。
すでに安全確認は行なっているので中に入る。
ゲートの先は人工的な施設であった。
おそらくゲートのあった入り口から入ってきた先の中なのだろう。
後ろを振り返ってみると破壊された扉があって青く渦巻くゲートがある。
そしてさらにその後ろは天井が崩れて塞がれていた。
なんとかゲートを避けて研究所の中に入ろうとしても不可能だったようだ。
「さて……急にきな臭い感じになったな」
シノハラが周りの様子を見て顔をしかめる。
一階、二階と人工物を感じさせることのない自然環境が舞台だったのに、三階にきて怪しい気配のある研究所が舞台となった。
明らかに空気感が違う。
「なんというか……明かりついてんのも嫌だね」
研究所の中は荒れていた。
ミニサウルスがつけたものだろうか壁に大きな傷があったり床にものが散乱している。
その一方で地下にある研究所なのに中は明るい。
天井にある明かりがまだ生きていて研究所の中は十分な明るさがあるのだ。
暗くて廃棄された雰囲気があれば人もいないだろうと思うのだが、変に人の気配を感じさせるような雰囲気がまた気持ち悪い。
「クンクン……」
「どうした、ヒカリ?」
「なんだが変なにおいがするのだ」
ヒカリが何かのにおいを嗅いでいる。
変なにおいがするというのでトモナリも嗅いでみるけれど、特に何かのにおいを感じることはない。
『苦しい……早く……』
「また……声が聞こえる」
においは感じない。
その代わりに頭の中に声が響く。
決して明るい響きではなく重たく悩ましげな声である。
相変わらずトモナリにだけ聞こえているようで周りで反応している人はいない。
『奇妙な気配があるのぅ』
「……ルビウス?」
今度はルビウスの声が聞こえてきた。
頭の中で響いてくるという点では先ほどの妙な声と似ている。
「奇妙な気配ってなんだ?」
『知らぬ。ただ懐かしさを覚えるような気配じゃのぅ』
「懐かしさを感じる気配……」
トモナリは声を、ヒカリはにおいを、ルビウスは気配を感じた。
ここまでくると何もないと考える方がおかしいぐらいだ。
「けど……なんでだ?」
ドラゴンたるヒカリやルビウスが何かを感じることはあるかもしれない。
だがトモナリまで何かを感じるのは不思議である。
みんなにも声が聞こえているのなら理解できる話なのに、トモナリだけに声が聞こえているということもまた不思議な話なのである。
ゲート事故のことは表に出てきたニュースの情報を見ただけで全てを網羅しているわけじゃない。
不思議な声を聞いたなんて話は記憶になかった。
「何かあったのかい?」
トモナリの態度の微妙な変化を感じ取ったイヌサワがスッと隣に立った。
「見えました」
「本当かい?」
「ゲート事故はボス戦で……正確にはボス戦後に起こると思います」
いい機会なのでゲートについての情報をもう少し出しておく。
あまり秘密にしすぎても事故の被害が出てしまうかもしれないし、あまり情報を出しすぎても変に疑われてしまうかもしれない。
もうボス戦も近いのである程度事故の被害を防げそうな情報を出してもいい頃である。
「ボスを倒すとボスが爆発を起こします。それによってゲート事故が引き起こされる……可能性があります」
「爆発だって?」
「ひとまずゲート事故よりもボスの爆発に気をつけてください。巻き込まれたら怪我人が出るかもしれません」
「イガラシさんに伝えておこう。情報ありがとね」
イガラシはトモナリのそばを離れていく。
「ただ、声の正体は謎のまま……だな」
回帰前の事故でもそんなことがあったのだろうかと考える。
表に出ていない情報なこともあるだろうし、誰か特定の人にだけ聞こえる声ならば聞こえた人が言わなかったことや攻略中に死んでしまった可能性もある。
声が何か攻略のヒントになるのか、あるいは危険性を示すものなのかもわからない。
悩んでも仕方ないと思いつつやはり気になってしまう。
『もうすぐだ……感じる。この永遠に続く苦しみが終わる時が来る……』
また声が聞こえてくる。
もっと何が言いたいのはっきりしてくれとトモナリは思う。
「にしても……一本道だな」
ドアを軽く引いてみてシノハラが顔をしかめる。
研究所の廊下を進んでいくとドアみたいなものもいくつかある。
しかし天井が崩れていて入れなかったり開けようとしてもピクリともしなかったり手をかけるところすらないドアまであった。
パッとみた感じでは見るところも多そうなのにドアが開かなければただの一本道である。
「ミニサウルスだ! 戦闘準備!」
研究所の中を進んでいくと前の方からミニサウルスが走ってきた。
そんなに広くない廊下では全員が広がって戦うことはできない。
イガラシが指示を出すこともなく各々が互いの状況を見ながら戦闘の体制を整える。
こうした場所での陣形を使った戦いも慣れているようだ。
フウカやアサミは邪魔にならないように素早く後ろに下がっている。
「なっ……後ろからも現れたぞ!」
シノハラが手をかけて開かなかったドアがバンと内側から壊れてミニサウルスが飛び出してきた。
「うっ!」
「サーシャ!」
「ありがと」
後ろにいたトモナリたちはドアのそばに近かった。
部屋から出てきてトモナリたちを見つけたミニサウルスがすぐさま飛びかかってきた。
サーシャは逃げることもなく盾を構えてミニサウルスの攻撃を受け止めたが、力が強すぎて簡単に吹き飛ばされてしまう。
トモナリが吹き飛ばされたサーシャを受け止める。
「ふふ、良い反応だったよ」
再び飛び掛かろうとしたミニサウルスは体が重たくて飛び上がることができなかった。
それどころかドンドンと体が重たくなって頭を上げていることすら辛くなっていく。
「こんな罠もあるんだね。後ろも警戒しなきゃだね」
気づいたらドアから飛び出してきたミニサウルスたちは床に伏せるようにして押さえつけられていた。
「イヌサワ、大丈夫か?」
「もちろん。ちゃんと僕が見てたからね」
サーシャが攻撃されたのも大丈夫からだろうと思ってわざと見逃していたのだ。
多少の経験も必要だというのがイヌサワの考えなのである。
だけど無理はさせない。
イヌサワは笑顔を浮かべているが、その前ではミニサウルスたちがイヌサワの重力操作によって潰されてメキョメキョとひどい音が響き渡っていた。