ラスボスドラゴンを育てて世界を救います!〜世界の終わりに聞いたのは寂しがり屋の邪竜の声でした

「おお、待っていたぞ!」

 トレーニングルームではギルド長のイガラシを始めとして、食堂で見たような人も待ち受けていた。

「今日は君たちの力を見せてもらう。実際にどの程度なのか分からないとどう戦わせていいのかも分からないからな」

 弱いのに前に出せば大怪我をさせてしまう。
 だからと過保護に扱うつもりもない。

 実力を把握して的確に運用してこそ最大限の効率で安全に戦うことができる。
 どうすれば実力を把握できるのか。

 それはもちろん戦うことである。
 何もなく実力を見せてくれといっても難しい。

 戦えば実力や戦い方を見ることができる。

「まずは一年から戦ってもらおう。どちらからやる?」

 トモナリとサーシャは互いに顔を合わせた。

「私がやる」

「オッケー」

 珍しくサーシャがやる気を見せている。

「よし、工藤君からだな。君はタンクタイプだな」

 サーシャは安定してタンク役をこなすためにやや大きめな盾を持っている。
 アタッカーでも盾を持つ人はいるけれど、動きやすいような小型な盾を持つことがほとんどである。

 たとえサーシャの職業を知らなくとも大きな盾を持っている時点でタンク役を担っていることは予想できる。

「さて……シノハラ!」

 トレーニングルームを見回したイガラシは一人の男を指名した。
 短髪の男性で装備は比較的軽装であった。

「よし、俺だな。安心しな、手加減はしてやるから」

 前に出たシノハラは肩を回す。

「うちにはヒーラーもいるから倒しちゃっても大丈夫だよ」

 イヌサワがニコッと笑ってサーシャの顔を覗き込む。
 傍目にはいつもと変わらないように見えるけれども、それなりに付き合いのあるトモナリにはサーシャが緊張しているのが分かった。

「頑張れ」

「うん、頑張る」

「サーシャ、やっちゃうのだ!」

「ふふ、うん」

 ヒカリにも応援されてサーシャは軽く微笑む。

「倒されないように気をつけないとな」

 シノハラは腰につけていた武器を取り出した。

「なかなか珍しい武器だな」

「ね、僕もそう思うよ」

 シノハラの武器は大型のククリナイフであった。
 真ん中から前の方に折れ曲がった形をしている特殊なナイフで、シノハラが持っているものはククリナイフの中でもかなり大きなサイズのものである。

 分厚くて大きな刀身を見ているとナイフというよりも普通にソードである。

「行くぞ!」

 盾を構えるサーシャに向かってシノハラが走り出す。

「うっ……」

 シノハラはククリをサーシャの盾に叩きつけるように振り下ろした。
 盾とククリがぶつかって甲高い音が響く。

 サーシャはしっかりと盾で受け止めたにも関わらず大きく後ろに押されてしまった。
 手加減すると言いながら大人げない一撃だった。

 レベル差があって能力にも大きく差があることは今の一撃でサーシャにもよく分かっただろう。

「……強いですね」

 アサミはシノハラの戦い方を見て思わずうなってしまう。
 ククリという武器のみならず戦い方もやや変則的である。

 正統派な戦いから外れて予想がしにくい攻撃を絶え間なく叩き込んでいる。

「元々彼は傭兵だったんだ。武器のチョイスもその頃の影響を受けているらしいね」

 だからなのかとトモナリは思った。
 シノハラの動きは対モンスターというよりも対人的な動きをしている。

 元傭兵としてどんなことをしていたのか知らないが、対人的なことも行っていたのだろう。
 サーシャにとっては格上が経験したことない動きをするのだからやりにくいことこの上ない。

 だが良い経験になることは間違いない。
 モンスターだって予想しない動きはしてくる。

 シノハラの動きに対応することは今後のサーシャの動きにも活きてくるはずだ。

「……光の加護!」

 防戦一方でこのままでは反撃もできない。
 サーシャがスキルを発動させた。

 体が淡く光に包まれてサーシャの能力が上がる。
 盾でククリを受け流すように受け止めて剣を突き出す。

「ははっ、まだまだだな!」

 無理に繰り出した反撃をシノハラは指で挟んで防いだ。

「抜けない……!」

「ほらよ!」

「うっ!」

 シノハラはサーシャの腹を蹴り飛ばした。

「そこまで! シノハラ……」

「なんだ? 女の子相手なんだから優しくしただろ? 野郎だったら今頃ボコボコにしている」

「……はぁ」

 太々しく笑うシノハラにイガラシは大きなため息をついた。

「うぅ……」

「大丈夫?」

 壁際まで転がっていったサーシャに女性が駆け寄った。
 ヒーラーの椎名愛美(シイナマナミ)はサーシャのお腹に手をかざすとヒールを始めた。

 鈍い痛みがヒールによってスッと引いていく。

「悔しい……」

「ふふ、強い子ね。レベル差があるからしょうがないわよ」

「むぅ……」

 シノハラはスキルすら使っていない。
 レベルの差があるほど能力値の差も大きい。

 加えて元傭兵のシノハラは経験も豊富であり、今のサーシャが勝てるような要素はない。
 それでも悔しい、もっとやれたと目の奥で炎を燃やしているサーシャをマナミは微笑ましく見ていた。

「しかし……正直あそこまで持つとは思わなかった。簡単に終わると思っていたけどあれが一年生ねぇ……」

 シノハラは腕を組んで感心してしまう。
 なんなら一撃で終わってもしょうがないと考えていた。

 なのにサーシャはシノハラの攻撃をよく防いで反撃の機会までうかがっていた。
 結果的に無理に反撃したことでやられてしまったが、反撃も悪くなかったし良い気概をしている。
「そうでしょ? 僕の後輩だからね」

「お前の後輩だから期待してなかったが考えを改めるよ」

「いたっ! はははっ、ひどいなぁ」

 イヌサワはシノハラにちょっかいをかけるけれどデコピン一発で退散させられる。

「次はアイゼン君だな」

 ほんの少し空気が張り詰めたことをトモナリは感じた。
 ドラゴンを連れたドラゴンナイトという希少な職業な覚醒者であるトモナリの実力はみんなが気になっていた。

「相手は誰ですか?」

「相手は……」

 イガラシがトレーニングルームの中を見回す。
 何人かがイガラシに視線を送る。

 自分がやりたいということである。

「……ユウ、お前がやってやれ」

「僕ですか?」

「そうだ。彼のことは気にしていただろ?」

「本人の前でそれ言いますか? 恥ずかしいなぁ」

 イヌサワは頭をかいて笑う。

「でもまあ……興味があったのは本当ですからね」

 イガラシに視線を送っていた一人がイヌサワであった。

「聞いたよ。悪名高きNo.10ゲートを攻略したのは……君だって?」

 イヌサワはサングラスを外す。
 色素が薄くて茶色っぽい色をした瞳がトモナリのことを見つめる。

「それに終末教とも戦ったんだろ?」

「どうしてそれを……」

 No.10ゲートを攻略したこともトモナリたち個人の名前は出ていない。
 加えて終末教の襲撃については完全に隠匿された情報である。

 No.10を攻略したのがトモナリだということは調べられるだろう。
 しかし終末教については普通は知り得ないのである。

「ユウスケとは友達でね」

「ユウスケ?」

「ミヤノユウスケだよ」

「ああ……」

 名前を聞いて思い出した。
 No.10ゲートを攻略した後終末教に襲撃されることは予測できていた。

 だから覚醒者協会に協力を要請していたのだが、その時に助けに来てくれたのがミヤノンウスケという覚醒者であったのだ。
 大和ギルドという大きなギルドに所属する強い覚醒者でトモナリもスカウトされたことがある。

 ミヤノはアカデミー出身の覚醒者ではないものの、イヌサワと交流があった。
 トモナリたちが来る前にイヌサワはミヤノと連絡を取ることがあり、その会話の中でたまたまトモナリについても離すことがあったのである。

「僕も試練に立ち向かった者だからね」

 洒落た言い回しをする者だが要するに試練ゲートに挑んで攻略した者であるということだ。

「その関係で機密保持の契約も結んでいるから聞かせてもらったのさ」

「……それを今話していいんですか?」

「…………あっ」

 途中までいい感じだったけれど今はトモナリとイヌサワの二人きりでない。
 周りに多くの人がいる。

 機密の情報を聞ける立場にあることは別にトモナリにとってどうでもいいのだが、機密に当たる情報をみんなの前で堂々と口にしてしまっている。

「……みんな、今の話は秘密だよ?」

 イヌサワは誤魔化すように笑ってみんなを口止めする。
 いいのかそれでと思うのだけど、周りも苦々しく笑って頷いている。

 イヌサワユウといえばクールで天才肌の覚醒者だと聞いていた。
 もっと近寄りがたい人をイメージしていたのに想像よりも親しみのある人間性でトモナリも思わず笑ってしまう。

「ふふ、先輩がこれ以上何か言っちゃう前にやりますか」

 ともかくイヌサワがトモナリに注目していることは分かった。
 強さを語るなら口ではなく戦えばいい。

 トモナリはルビウスを抜いた。

「赤い剣……なかなか面白いものを持っているね」

 燃え盛る炎のようなルビウスは目を引くだけでなく、一定以上の実力があれば強い魔力を宿していることが感じ取れる。

「いつでもおいで。可愛い後輩に胸を貸してあげよう」

「それじゃあ遠慮なく。ヒカリやるぞ」

「任せるのだぁ〜」

 トモナリが肩に乗ったヒカリの頭にポンと触れて合図するとヒカリは翼を羽ばたかせて飛び上がる。
 イヌサワほどの実力者ならトモナリが手加減する必要などない。

 トモナリは床を蹴って一気にイヌサワと距離を詰める。

「速いな」

 距離を詰めるトモナリの速度を見てイガラシは目を細めた。

「おっと……最初からやるね」

 正面から切りつけると見せてトモナリはイヌサワの後ろに回り込んでルビウスを振る。
 隙だらけのように見えてしっかりと警戒していますイヌサワは素早く剣を抜いて攻撃を防いだ。

 普通の剣よりもやや細身だが、灰色がかった色をしていて普通の剣じゃないなとトモナリは思った。
 対してイヌサワもトモナリの速さや剣から伝わってくる衝撃に内心で驚いていた。

 せいぜいサーシャの少し上ぐらいだろうと思っていたのに能力値はサーシャよりも遥かに上である。
 剣を持つ手の痺れからすると油断すると危ないなとイヌサワは少し気を引き締めた。

「ずっと強くなってる」

 顔合わせで初めて出会った時に戦ったトモナリとは見違えるようだとフウカは思った。
 アカデミーに来たばかりの時は技術に能力が追いついていないような感じがあった。

 当然回帰前の知識がありながら体はまだレベルも低く、意識して動かそうとしてもついていかない部分が残っていた。
 しかし地味で辛いトレーニングを続けて能力値を伸ばし、レベルアップしてきた。

 同じレベル帯はおろか、多少上のレベルでも戦える自信が今はある。
「まだまだ!」

 トモナリはルビウスに炎をまとわせる。
 切られなくとも掠るだけで焼けてしまいそうなトモナリの剣をイヌサワは軽く防ぐ。

「ふっ、手が痺れてきたよ!」

 トモナリの攻撃は苛烈で、イヌサワも少しずつ楽しくなってきていた。

「それじゃあそろそろ……」

「僕もいるのだー!」

 トモナリの力や素早さは分かってきた。
 反撃に出ようとイヌサワが動こうとした瞬間ヒカリが襲いかかった。

 ヒカリはずっと上から戦いを見下ろしていた。
 そして機会を待っていた。

 イヌサワの意識からヒカリの存在が消えて油断をするその時を狙って息を潜めていたのである。
 ヒカリはイヌサワの動きが変わりそうなことをいち早く察した。

 防御から攻撃にリズムが変わる一瞬の隙をついて急降下して爪を振るった。

「くっ! うっ!」

「おー、一撃加えたか」

 ヒカリの爪をギリギリかわしたイヌサワにトモナリが追撃を叩き込む。
 炎をまとったルビウスはなんとかガードしたけれど、続くトモナリの殴打を防ぐことはできずに脇腹を殴られた。

 周りの人たちはトモナリが一撃入れたことに驚きを隠せないでいる。

「恥ずかしいところ見せちゃったね」

「うっ!?」

「ぶぎゃっ!?」

 さらなる追撃をしようとしたトモナリは急に動けなくなった。
 強い力で上から押さえつけられているようでヒカリも床に墜落してしまった。

「まさかこれを使うことになるとはね」

「しょうがないだろ? 君が思ったよりも強かったんだ」

 急に体が動かなくなった理由はイヌサワが原因であった。

「重力操作……まあ僕の代名詞だしね。使わないのも物足りないだろ?」

 イヌサワは特殊なスキルで有名になった。
 重力操作という物の重力をコントロールするスキルを保有していて、今のところトモナリの魂の契約と同じようなイヌサワ唯一無二のスキルなのである。

「ふぬぬ……」

「くっ……」

「ふふ、抵抗するかい」

 トモナリは体に魔力をみなぎらせて重たくなった体を無理やり動かす。
 ヒカリも同じく重力に逆らって体を起こす。

「こちらから行こうか!」

 大きな重力がかかって速度が大きく制限されている。
 そもそも差があるのに今の状態で自らイヌサワに飛び込むことはできない。

 ただ重力操作もタダで発動させられるものではなく魔力を消費する。
 能力値がまだまだのトモナリの方が消耗は激しいものの、睨み合っていてもただただ魔力を消費するだけなのでイヌサワから動く。

「グッ!」

 振り下ろされた剣をトモナリは受け止める。
 ルビウスを持ち上げてガードするだけなのに剣や腕が重たくて仕方がない。

「まだまだ!」

 勝てないことは分かっている。
 けれども諦めない。

 諦めることは死んだ後で十分だ。

「反撃までするのか。今時珍しく気合の入った覚醒者だな」

 シノハラはカラカラと笑う。
 諦めないだけでも大したものなのに反撃してみせるなんてサーシャといいやるものだと感心してしまう。

「食らうのだ!」

「うわっち!」

 ヒカリも重たい体を引きずってイヌサワの足元まで移動した。
 真っ赤に燃える火炎のブレスが飛び出してきてイヌサワは慌てて飛びのいた。

「今だ!」

「行くのだー!」

 体にかかっていた重力が元に戻った。
 トモナリは最後のチャンスだとイヌサワに向かって走り出す。

「さて……君が越えるべき壁を見せてあげようか」

 しかし一瞬早くイヌサワが重力操作を発動させた。

「グゥッ!?」

 視界が歪んで見えるほどの重力がトモナリとヒカリにかかった。

「耐える……のか」

 イガラシは腕を組んだまま驚きで目を見開いた。
 重力がかかってトモナリの足元の床が割れるけれど、トモナリは歯を食いしばって倒れるのを耐えた。

「根性はすでにレベル100ということかな?」

「ぐぬぬぬぬ……」

 トモナリが諦めないならヒカリも諦めない。
 二人して重力に抗う。

 それでいながらトモナリの目はしっかりと相手であるイヌサワから外れることもない。

「……じゃあ」

「そこまでだ!」

 スッと手を伸ばしたイヌサワをイガラシが止めた。
 もう少し重力をかけてやろうと思ったのだが、イガラシはそれは危険だと判断した。

「はぁっ! はぁ……はぁ……」

 重力が解かれてトモナリは床にへたり込む。
 全身汗だくになっていて耐えていた体の骨が軋んでいるような思いだった。

「その価値はあったな……」

 トモナリは自分のステータスを確認する。

『力:84
 素早さ:88
 体力:83
 魔力:79
 器用さ:87
 運:58』

 力、素早さ、体力、器用さの能力値が一つずつ上がった。
 諦めないという意思もあったのだけど、過酷な環境に耐え抜くことで能力値が上がることもあることをトモナリは知っていた。

 最近トレーニングでは能力値が上がらなくなっていたのでイヌサワの重力下で耐えて全力を尽くすことで上がるのではないかと思っていたところがあったのだ。
 まさしく狙い通り。

 いっぺんに複数の能力値が上がるなんてレベルアップ以外では久しぶりのことである。

「全く……無茶なことをするね、君は」

「もうちょっと頑張れば倒せると思ったんですけどね」

 イヌサワが手を差し出してきた。
 トモナリはイヌサワの手を取って立ち上がる。

「それだけ言えるなら大丈夫そうだね」

 トモナリの軽口にイヌサワは笑顔を浮かべる。
「とりあえず治療は受けておきなよ」

「そうします」

 大きな外傷こそないが、重力操作で大きな重力に耐えた体のダメージはある。
 トモナリはヒカリを抱えて壁際に下がってマナミの治療を受ける。

「無茶なことして……」

「無理だからと諦めてたら届くものも届かなくなりますからね」

「そんなことばっかりしてると女の子に心配かけちゃうわよ」

 マナミは少し呆れたような顔をして治療をする。
 トモナリの根性は認めるがたかが訓練、しかもまだ駆け出しの覚醒者がそこまで食い下がることもないだろうと思うのだ。

「男の子ですから」

「ふふ、そうね」

「ぽわ〜ヒールはあったかくて気持ちいいのだ〜」

「確かに体がほぐれていくような感覚があるな」

 重力に抵抗したことでやはり体の筋肉はこわばっていたようだ。
 ヒールを受けると体が軽くなるような感覚で気持ちよさがある。

 トモナリが治療を受けている間に三年生の訓練も始まる。
 まずはアサミが女性の覚醒者と戦う。

 アサミはナイフを使ったスピードタイプの覚醒者で、相手の女性も同じタイプの戦い方をする人であった。

「ふぅ……」

 治療を終えたトモナリは一応フウカのそばに控える。
 サポートとしてついてきているので何かやることがやるのだ。

 特に何もないだろうとは思いつつも真面目に役割はこなしておく。

「アレ……使わなかったの?」

 レベル差があるので相手の方が強い。
 しかしアサミもスキルを使いながら相手に食らいついている。

 フウカは戦いを眺めながらもチラリと近くに来たトモナリのことを見た。
 アレ、とはトモナリのセカンドスキルであるドラゴンズコネクトのことである。

 ブレスの一撃が協力であったことはフウカの記憶にも新しく、ドラゴンズコネクトを使えばまだ戦えたのではないかと思った。

「あのスキルはまだちゃんとコントロールできないので」

 ドラゴンズコネクトは強力なスキルである。
 だがまだその力の全てを制御しきれない。

 たとえトモナリが全力でブレスを放ってもイヌサワなら耐えられるだろうが、トモナリの方が耐えられないかもしれない。
 ルビウスが手元になくなるデメリットもあるし、こんな場で制御できない力を使うべきではない。
 
 ひとまずまだ切り札として他の人には見せないということもまた覚醒者としての生き抜き方でもある。

「ふーん」

 ドラゴンズコネクトでどれだけ戦えるのかということにも興味があったフウカはちょっとだけつまらないなと思った。

「それでも強かったね」

「確かにイヌサワさんには全然敵いませんでした」

「そうじゃないよ」

 強いのはトモナリの方だ。
 第一線で活躍する覚醒者とトモナリは良く戦った。

 負けるのが当然であるけれど、どうにか勝ち筋を探して足掻く姿はフウカも見習うべきだと感じている。

「ね、私が勝ったらヒカリちゃん抱っこさせて」

「ヒカリを?」

 アサミはだんだんと苦戦を強いられていた。
 相手の女性もファーストスキルを使い、アサミのサードスキルまでの全力を相手にしている。

 勝負はさほど続かずに決まるだろうとトモナリは見ている。

「そ、全力で戦うから。勝ったらごほーび」

「俺じゃ決められないですね。なあ、ヒカリ、どうだ?」

 いつも無断で抱っこしているではないかというらツッコミは胸に留めておく。
 抱っこしたいといってもそれはトモナリの一存では決められるものではない。

 トモナリは抱えているヒカリのことを見る。

「むむむむ……」

 普段ならキッパリ断るところである。
 けれどもヒカリは悩んだ。

 なぜなら負けたから。
 サーシャも負け、トモナリも負け、アサミも負けそうになっている。

 勝てない勝負なのは理解しているけれどアカデミーから来た全員負けるのも悔しい。
 フウカならば一矢報いることもできる可能性がある。

 ヒカリが抱っこされることによってやる気を出してくれるのならちょっとだけ頑張ってもらいたいとも思うのである。

「むむ……勝ったらなのだ……」

 アサミが負けた。
 それを見てヒカリも渋々承諾する。

「なら頑張る」

 フウカは目を細めるようにして笑い、アサミと入れ替わりで前に出る。

「イサキ」

「分かりました」

 フウカの相手は頭の側面に刈り込みを入れた大柄の女性覚醒者であった。

「伊咲円香(イサキマドカ)だ。よろしくね」

「……よろしく」

 イサキの武器は分かりやすい。
 背中に大きな剣を背負っていて、あとは防具に胸当てぐらいという軽装である。

「全力で来な」

「分かった」

 イサキは剣を抜いて構える。
 フウカも同じく剣を抜いてスキルを発動させる。

「それがスキルかい」

 質量を持ったように見える不思議な闇は波打つように蠢いている。

「ふっ!」

 フウカは床を蹴ってイサキと距離を詰める。
 真っ直ぐに剣を振り下ろすとイサキもそれを剣で受け止めて防ぐ。

「うっ?」

 闇が手のような形をなして動き、イサキの剣の先を掴んだ。
 さらにもう一つの闇の手が拳を握って下からイサキを殴り上げようとした。

「ほっ、はっ!」

 イサキは足を上げて拳を足裏で蹴るように受け止める。
 そのまま後ろに回転しながら飛び上がり、掴まれた剣を引き抜いた。
「この……!」

 抜け出したからと終わらせない。
 フウカの闇の手はさらに殴りかかってイサキを追撃していた。

「流石王職……センスも高いし最前線の覚醒者とも遜色がないね」

 イサキは剣を振って闇の拳を切り裂く。
 フウカはスキルで生み出した山をただの防御スキルとしてではなく手のようにして運用している。

 かなりの破壊力があってフウカの思い通りに動く手が二本ある。
 フウカ自身も剣で攻撃することを考えると通常の人よりもはるかに多い手数にもなるのだ。

 ただ射程が短いというデメリットはある。
 単純に闇を広げるだけならそれなりの範囲に広げられるが、攻撃できるほどまでの力はフウカの近くでしか発揮されない。

「ふぅ……楽な相手じゃないと分かっていたけどこのまま負けちゃ面目が立たないね! スキル怪力、剛体!」

 イサキは自身のスキルを発動させた。

「怪力に……剛体」

「おっ、トモナリ君はスキルの価値が分かるかい?」

 戦ったおかげか若干距離が近くなったイヌサワがトモナリの肩に手を回す。
 スキルにもメリットばかりではなく、デメリットが生じるものもある。

 現在判明しているスキルでも、デメリットを打ち消すことができるように組み合わせると一つ上の効果を発揮すると理想的に語られるものがある。
 その一つが怪力スキルだった。

 怪力スキルは非常に分かりやすいスキルだ。
 力の値を倍加してくれる強力な効果を持っているのだが大きなデメリットがある。

 それは他の能力値を上げてくれないということである。
 力が上がるからいいと考えることも間違いではないのだが単純に力だけが強いと体がついていかないのだ。

 倍になるということは力が大きいほど怪力スキルの効果も大きくなり、体の負担が激増していく。
 強すぎる力はふさわしい能力がないと扱いきれずに使用者の体を破壊してしまう。

 要するに体力値が必要なのである。
 だから体力値が高いか、あるいは体力値を補うようなスキルがあれば怪力スキルはより活かされる。

「剛体は怪力と組み合わせたいスキルとして理論値のようなものですからね」

 現在普通に発現するスキルの中で怪力と組み合わせたいスキルとして上げられるものに剛体スキルがある。
 読んで字の如く体をつよくしてくれる。

 体力値を上げて、物理的なダメージにも耐性をつけてくれるスキルなので怪力のパワーにも耐えられる体にしてくれるのだ。
 スキルが狙って取れるものでない以上は二つを組み合わせると強いかもしれないという理想の話であったが、現実に二つのスキルを持っている覚醒者がいたのかと驚いてしまう。

「おりゃあ!」

 イサキが剣を振る。
 フウカの闇の手が剣を受け止めようとしたが、怪力で増したイサキの力を抑えきれずに消し飛んでしまう。

「あーあ、修繕も大変だな……」

 そのままフウカに迫ったイサキが剣を振り下ろす。
 フウカは闇を集めて防御するけれどもイサキの剣を止められたのは一瞬だけだった。

 かわされた剣が床に当たって大きく床が砕け散る。

「シャドーブレード」

 接近戦は危ない。
 少し距離を取ろうとフウカがスキルで闇の剣を作り出す。

「どりゃあ!」

 けれどもイサキは飛んでくる闇の剣を魔力を込めた自身の剣の一振りで打ち消してしまう。

「シンプルが故に止められない……そう聞いていたけど」

 怪力スキル一つでも厄介だ。
 純粋なパワーも圧倒的ならば小細工など通じない。

 剛体スキルで体が持つならばこれほど恐ろしいスキルはない。
 加えて剛体スキルはそれそのものが体の頑丈さを上げてくれる防御スキルである。

 防御面でも剛体スキルによって強化されているのだから止められる人などいない。

「負けない……!」

 フウカの体からさらなる闇が噴き出す。
 闇が蠢いて迫り来るイサキを包み込んでいく。

「はああああっ!」

 けれどもそれですらイサキは力で脱出する。
 イサキが大きく剣を振り回して闇が散らされてしまう。

「離れてダメなら近づくよ」

 イサキの目の前にフウカが迫る。

「なっ……」

 フウカの突きをかわして下がりながら剣を振ろうとしたイサキは驚いた。
 闇が壁となってイサキの行動を邪魔していたのである。

 中途半端に振り下ろされたイサキの剣は力も乗っておらず狙いも曖昧になっていて、フウカに容易くかわされてしまう。
 フウカの反撃を防いで邪魔な闇の壁を切り裂こうと振り向きながら剣を振るが、もうそこには闇の壁はなかった。

「くっ!」

 イサキの足に何かが絡みついた。
 気づけばフウカとイサキの足元には闇が広がっている。

 怪力のパワーで無理やり足を引き抜いたイサキに今度は闇のトゲが伸びてくる。

「上手いものだ。戦い方を変えてきたな」

 フウカは闇を広げて自分のフィールドを作り出した。
 防御スキルである闇を攻撃転用して上手く戦っていただけでも感心ものなのに、さらにまた別の使い方を見せてきた。

 怪力スキルが厄介ならパワーを発揮させないようにすればいい。
 フウカのスキル活用のセンスはずば抜けている。

「だが私も負けてらんないよ!」

 イサキも覚醒者の先輩として簡単には負けられない。
 剣に魔力を込めて床を叩きつけて、フウカが広げた闇を消し飛ばす。

「うっ……」

 広げていた闇は全て消されてしまい、フウカは顔をしかめる。

「さて、これも防げる……」

「モンスターが出現しました! 場所はC十三番の畑です!」

 イサキがトドメの一撃を放とうとした瞬間、サイレンが鳴った。
 そしてスピーカーから女性の声が響いてきた。
「Cの十三……今朝見回った畑のところだね。センサーの反応はモンスターだったみたいだ」

 朝に見回りをした畑で防犯装置に怪しい反応があった。
 その時はモンスターか泥棒か分からなかった。

 だが今その畑の付近でモンスターが出たというアラートが発せられたということはモンスターの反応だったのだろう。

「今度はギルドとして良いところを見せるぞ!」

 モンスターが領域内に現れたら対処するのも五十嵐ギルドの仕事である。

「今戦ったものと夜の担当は外れて残りのものはついてこい。ただしイヌサワは研修生たちを連れてこい」

「んー、僕も休みたい……」

「いいから!」

「はぁーい」

 すでに装備は身につけているので後は現場に向かうだけである。

「あんた強かったね」

「……次は負けない」

「ふっふ。次を考えてくれるのは嬉しいね。次はちゃんと勝たせてもらうよ」

 イサキがフウカに労いの言葉をかける。
 決着こそついていなかったが、イサキの最後の一撃を防げたかは正直フウカも自信がない。

 イサキは最後の攻撃でフウカを倒せただろうと思っているし、フウカは防げなかったかもしれないと思っている。
 実質的な決着は二人の中でついていた。

 負けを素直に認められるなら次会った時には強くなっているだろうとイサキは笑顔を浮かべてフウカの頭をくしゃっと撫でた。

「行っといで。何事も経験だ」

 スッゴイ姉御タイプの人だなとフウカのサポートのためにタオル片手に待機していたトモナリは思った。

「行くぞ!」

 イガラシたちはトレーニングルームを出ると走っていく。
 トモナリたちの戦いに触発されてイガラシたちも体がうずいていた。

「僕たちは少しゆっくりと行こうか」

 トモナリも同じ速度で追いかけるべきかと思ったのだけどイヌサワは苦笑いを浮かべていた。
 ヒールしてもらったとは言ってもトモナリたちは全力を尽くして戦った直後なのだ。

 レベルも高くて戦ってもない覚醒者たちの後を追いかけるのは酷である。
 一応走るけれど全速力ではなく余裕を持って畑に向かう。

「イヌサワさん!」

 畑の方からムラタを含めた畑で働いていた人たちが避難してきていた。

「状況はどうですか?」

「センサーが感知してくれましたし、もう仕事終わりでしたので被害はありません。それに今日は駆けつけてくれるのも早いですね」

「みんなやる気でね。このまま避難してください」

「分かりました。モンスターは頼みましたよ」

「きっと僕たちの出番はないさ」

 そのままムラタたちとすれ違って走っていくと畑が見えてきた。

「にょわっ!」

 上から飛んできた何かがトモナリの前にべチャリと落ちた。
 びっくりしたヒカリはトモナリの腕の中から頭の後ろにサッと移動する。

「モンスター?」

 飛んできたものはモンスターであった。
 襲いかかってきたものではない。

「恐竜みたい」

 口を大きく開けて舌を出したままモンスターは絶命している。
 襲いかかって飛んできたのではなく、先に到着していた五十嵐ギルドの誰かによって跳ね飛ばされて落ちてきたのだ。

 モンスターを見てサーシャは昔何かで見た恐竜を思い出した。
 二足歩行のモンスターは前足が小さく後ろ足が太く発達している。

 ナンチャラサウルスのようだとサーシャは盾でモンスターをつついて死んでいるかを確認しながら思った。

「結構モンスターの数はいたようだけど……大丈夫そうだね」

 戦いの状況を見てイヌサワは笑った。
 そこら中にモンスターの死体が転がっている。

 イガラシを始めとしてみんな特に怪我もなくモンスターを倒していた。

「うちの野菜をよくも!」

 イガラシが大きめの剣を振り上げると大きなキャベツを咥えたモンスターが真っ二つになる。
 本当に野菜を狙ってきたようだ。

「あのモンスターは……」

「この辺りじゃ見たことがないモンスターだね。新しくどこかでゲートが発生したのかもしれないね。ともかくこうして人や畑を守ることも僕たち五十嵐ギルドの仕事さ」

 畑に侵入したモンスターはあっという間に倒されてしまい、トモナリたちを含めて周辺に残りのモンスターがいないかを見回った。

「最後に色々あったけれど五十嵐ギルドはどうだい?」

「良いギルドですね。みなさん強いですし、仲も良さそうです」

 トモナリたちは一足先にギルドに戻ってきた。
 食堂で夕食を食べながら今日の活動を振り返る。

 まだ一日目なのにずいぶんと濃い時間を過ごした気分だ。
 アサミは笑顔でイヌサワに答えた。

 濃い時間であったが悪くはない。
 ゲートの攻略を主にしているギルドだとゲートがなければすることも少ないが、五十嵐ギルドには日々やることがある。

 毎日戦っていては疲れるので見回りだけのような日もあるだろうけど、使命感を持って体を動かしていられるギルドであることは間違いない。

「まあ普段はもっとゆったりしてるからさ。改めて、短い間だけどよろしくね」

 大きな都市に居を構えるギルドとはまた違った趣がある。
 このまま五十嵐ギルドが無事でいるのなら候補の一つにもなるのかもしれないとトモナリは思っていたのである。
「……ということでこれが新しく発見されたゲートだ。数日前の調査じゃ見つからなかったものだから新たに発生したものだろう。もうモンスターが出てきているからブレイク状態だ。ブレイクまでの時間が極端に短いか、ブレイキングゲートだったのだろうな」

 畑に現れたモンスターがどこから現れたのか五十嵐ギルドで調査を行ったところ放置された古い倉庫の中にゲートが発生していた。
 放置建物とはいっても持ち主が生きている可能性があって勝手に壊すことはできない。

 五十嵐ギルドでも見回りはしているのだが、放置された建物を全て毎日見回りすることは現実的でない。
 ある程度の感覚で中も見ているのだが、今回のゲートは見回りの間に発生したものであるようだった。

 ただ見回りも月一回とか大きな間隔が空くものではない。
 数日に一度は見回る。

 通常ならゲートがブレイクを起こす前に見つけられるものなのである。
 けれども今回はもうすでにモンスターが畑近くにまで現れていた。

 そのことを考えるにゲートがブレイクを起こしてから多少の時間も経っている。
 ゲートが発生してブレイクを起こすまで時間が経っていないと考えられるのである。

 つまりはゲートはブレイキングゲート、すなわち最初からブレイクを起こした状態で発生したゲートだったのである。

「ゲート周辺でモンスターの存在が確認された」

 会議室のモニターにモンスターの映像が映し出される。

「モンスターの照会をかけたところ新種のモンスターのようだ。仮の呼び方としてミニサウルスと呼ぶことにする」

 サーシャが受けた印象のように恐竜っぽいと思った人は多かった。
 新種のモンスターは発見者が名前を付けることができる。

 どんな名前にするかは後回しにしてとりあえずの仮称としてミニサウルスと呼ぶことに決めたのである。

「ミニサウルスはそれほど強くはないが力が強く鋭い牙を持っている。攻撃を受けると痛い目を見るかもしれない。魔石の魔力から推定するにDからC級相当ぐらいの強さだろう」

 魔石の魔力がモンスターの全ての力ではないものの魔力の強さがモンスターの強さに直結しているケースは多い。

「イマガワがゲートに接近して情報を得てくれた」

 次に映し出されたのはゲートの情報だった。

『ダンジョン階数:三階
 ダンジョン難易度:Cクラス
 最大入場数:123人
 入場条件:レベル14以上
 攻略条件:全ての階を攻略せよ』

 ギルド員の一人がミニサウルスの目を盗んでゲートに接近し、ゲートの情報を持ち帰ったのだ。
 三階、Cクラスゲートであれば難易度としてはそこそこ高めな方となる。

 ただ最大入場数と入場条件の方はほとんど制限無しの形である。
 攻略条件はシンプルでどんなモンスターが出てくるかなどヒントになりそうなものは読み解くことができない。

「ゲート内部の調査は周りのミニサウルスを倒して安全を確保してからだな。先発の調査隊を送り調査の上でゲート攻略の部隊を編成する」

 五十嵐ギルドはあまりゲート攻略を焦るギルドではないが新たなゲートが発生してモンスターが出てきているとなると事情は違う。
 警戒すべきことが増えるし、畑に侵入して野菜を荒らした前科があるので早めに処理しなければならないと考えていた。

「報告は以上だ。何か意見のあるものはいるか?」

 イガラシは会議室を見回す。
 トモナリを含めて手の空いているものは会議室に集まっている。

 誰も手をあげない。
 ゲートが現れた時の一般的な手順を踏んでいるので意見があることもないだろうと分かっている。

「それでは解散だ」

 ギルド全体の状況を共有するミーティングもまた重要である。
 今日のミーティングは主に新しく発見されたゲートについてであった。

「イヌサワさん、少しお時間いいですか?」

「ああ、可愛い後輩のためならいくらでも時間を作るよ」

 新たなゲートのためにいつもより長めだったミーティングを終えて会議室を出たトモナリはイヌサワに声をかけた。
 軽く答えたイヌサワだったが、トモナリは真面目な顔をしているのでサングラスの奥の目を細めた。

「ここでする話かい? それとも少し落ち着いた場所がいい?」

「落ち着いた場所で」

「……僕の部屋に行こうか」

 普段軽めな態度のイヌサワであるが、真面目な時には真面目になれる。
 決して勘の鈍い人ではなく、むしろよく周りを見ていて鋭いところがある人だとトモナリは感じていた。

 真剣に何かを話せば決してそれを蔑ろにする人ではない。

「そこのイスを使ってくれ」

「ありがとうございます」

 イヌサワの部屋は質素と感じられるほどに物が少なかった。
 見た目や態度ほど派手な人ではないと分かっているが想像よりもシンプルな部屋だった。

 トモナリとイヌサワは小さいテーブルを挟んで座る。
 ヒカリはトモナリの膝の上だ。

「それで話したいことはなんだい?」

「新しく発見されたゲートについてです」

「あのゲートについてかい?」

 現れたばかりのゲートでモンスターも新種である。
 まだ分からないことも多くて特に話すべきこともないだろうとイヌサワは首を傾げた。
「ゲート攻略の手順としては先発の調査隊を派遣して中の様子を確かめてから難易度に合わせて攻略隊を組みますよね?」

「まあそうなるだろうね。ゲートの難易度はCクラスだ。君の実力は承知しているけれど、研修でもあるし攻略隊に入れられないだろう」

 Cクラスゲートは決して軽んじていい難易度ではない。
 一般的な考えではCクラスならレベル60程度、つまりフォーススキルの解放は必要だと考えられている。

 フウカぐらいならともかくトモナリではまだ参加するに達しているとはみなされない。

「参加できるとは……思ってません」

「じゃあ何を話したかったんだい?」

「このゲート攻略はギルドの全力をあげてください。先発の調査まではいいですが攻略する時には必要な人以外は全て攻略に投入してほしいんです」

「……それはどうしてだい?」

 あまり冗談とも思えない話にイヌサワはサングラスを外した。
 あまり色の濃いサングラスではないので外したところでさほど視界に変わりはないけれど、トモナリの目は相変わらず真剣そのものであった。

「覚醒者協会の秘密保持契約は結んでいますか?」

「試練ゲートを攻略する時にね」

「今からお話しすることは覚醒者協会の中でも秘密にされていることなんですが、俺には未来予知の力があるんです」

「未来予知の力だって? そうしたスキルが?」

 イヌサワが驚いた顔をした。
 未来予知のスキルはこれまで二人確認されている。

 一人はすでに亡くなっていて、もう一人は未来予知のスキルを持つ覚醒者がいる国で厳重に保護されている。
 国家レベルで保護すべきスキルであり、トモナリがそんなスキルを持っているのだとしたらかなりの秘密であった。

「正確にはヒカリにそうした能力があるんです」

「ヒカリ君に……」

「ニヒッ!」

 イヌサワが視線が向けるとヒカリはニパッと笑った。
 トモナリがヒカリの能力を偽っていることはヒカリも承知している。

 変に話すとボロが出るのでヒカリは堂々とした顔をして黙っていればいいと事前に言われている。

「ミニサウルスと名付けられたモンスターを見た時に未来予知が発動したらしいんです。このままでは五十嵐ギルドは攻略に失敗して大きな被害を受けてしまうことになります」

 トモナリがフウカの付き添いを選んだ理由、それは五十嵐ギルドに行くからだった。
 五十嵐ギルドがゲートの攻略に失敗して大きな損害を出したことは回帰前に聞いた話であった。

 どうして被害を受けたのかトモナリは覚えていて、関与できる可能性があるのではないかと思ってここに来たのだ。
 ただ回帰して記憶があるからですと説明はできないので未来予知で何かを見たからという理由で介入する。

「本当にそんな能力が?」

「覚醒者協会に聞いてみてください」

 これまで覚えている限りのゲートやモンスターの事故をいくつか報告して実績を積み重ねてきた。
 疑わしくとも覚醒者協会に問い合わせしてもらえれば未来予知っぽく色々アドバイスしている確認は取れるだろう。

「……いや、信じよう」

「イヌサワさん……」

 覚醒者協会と繋がりのあるミヤノと繋がりのあるイヌサワなら確認する手段があるはずだと思っていた。
 けれどもイヌサワはトモナリを信じることにした。

「このことをイガラシさんに話してもいいかい?」

「本当に信じるんですか?」

「ふっ、なんだい? そんな真面目な目をした後輩のことを疑うはずがないだろう。嘘だとしてこの話において君のメリットがないしね」

 イヌサワは仮に嘘だとして考えてみた。
 ゲートの攻略に全力を尽くさせてトモナリになんのメリットがあるというのか。

 泥棒でもするとしても必要な人員は残していくし、五十嵐ギルドに盗めるようなものはない。
 ゲートの攻略もあっさり終わってしまうだろうからトモナリがゲート攻略に全力を尽くさねばならないと嘘をついてもメリットがないのである。

 トモナリが嘘をついてもメリットがないことに加えて、仮に嘘なら攻略は問題なく進むことを合わせて考えると嘘だろうと本当だろうと信じてもいいとイヌサワは思った。

「今すぐイガラシさんに話に行こうか。何事も早めにやっちゃうのがいいからね」

 イヌサワはサングラスをかけて立ち上がる。

「ほら、行くよ?」

「……良い人だな。待ってくださいよ!」

 こんなにあっさり信じてもらえるとはトモナリも思っていなかった。
 もうちょっと情報を小出しにして説得するつもりだったのにむしろ拍子抜けぐらいの感じがある。

 トモナリは慌ててイヌサワの後を追いかける。

「それにしても未来予知か……君は本当に多才だね」

「そんなことないですよ」

「謙遜することはないさ。ヤナギ君の身の回りの世話もそつなくこなしているようだしね」

「意外とヤナギ先輩手がかからないんですよ」

 まさかそこを褒められるとは思ってなかったトモナリは苦笑いを浮かべた。
 三年生のサポートのために来ているトモナリはフウカの身の回りの世話を焼いている。

 基本的に周りに興味がなくてフウカは何もしないように思えるが、それは間違いではなかった。
 ただし何もできないわけじゃなく、これやってくれというとちゃんとやってくれるタイプの人でトモナリも予想より手間がかからずにいた。

 回帰前戦う能力が低くて周りの人のサポート的なことを積極的にこなしていたトモナリにとって、フウカ一人の世話ぐらいなんてこともなかったのである。
「僕は料理が苦手でね。いわゆるバカ舌ってやつなんだ」

 トモナリが秘密を打ち明けてもイヌサワの態度は変わらない。

「なんでも美味しいんだ。美味しいものは美味しいよ? でも他の人が不味いものでも僕には割と美味しかったりするんだ。だから料理は得意じゃない。他の人にとって美味しいところってやつが分からないのさ」

「まあ自分で作って食べる分にはいいんじゃないですか?」

「そうだね。でも塩入れ過ぎたりしてね。体に悪いって怒られて……今だと自分で作る時はレシピ通りに作るようにしてるよ」

 今は食堂があるから自分で作ることは少ないし、ゲートの攻略などで誰かが作らねばならない時はイヌサワに任せる人はいない。
 
「イガラシさん、いますか?」

 ギルド長であるイガラシが使う社長室の前についた。
 イヌサワは軽くノックをしながら中に声をかける。

「この声はイヌサワか? 入れ」

「失礼しまーす」

 年は離れていそうなのにイヌサワとイガラシの関係は割とフランクだ。
 これぐらいのゆるさは良いなと思うところである。

「むっ? アイゼン君か。不思議な組み合わせ……というわけでもないが二人してどうした?」

 研修に来ている四人の担当はイヌサワなので、トモナリと一緒にいても不思議ではない。
 特にイヌサワはアカデミーの後輩であり同性のトモナリのことを目にかけているのを知っていたから仲良くなったのだなと少し嬉しさすら覚えている。

「少しお話があるんです」

「話だと?」

「先日見つけられた新しいゲートについてです」

「……ふむ、話を聞こう」

 相変わらずイヌサワの態度は軽めだが、それでもサングラスの奥の目の真剣さにイガラシは気づいた。

「君から話してくれるかな?」

「分かりました」

 ーーーーー

「先発隊全滅の可能性か……」

 トモナリの話を聞いてイガラシは椅子の背もたれに体を預けた。
 リスクとしては決してあり得ない話ではない。

 だがCクラスゲートは五十嵐ギルドにとって強く警戒する対象ではないことは確かだった。
 寝耳に水の警告であり、にわかには信じがたくある。

 先発の攻略隊だからと軽く考えて編成するはずもなく、十分な戦力で送り出すつもりであった。

「どこまで予知できる?」

「意図的な能力ではないので見たまんまを伝えるのみです」

 イガラシもトモナリの未来予知について疑問に思わず受け入れてくれた。
 イヌサワと同じようにメリットデメリットなどを勘案して嘘をつく必要がないと総合的に判断していた。

「ゲート中の様子は分かるか?」

「ある程度は。それよりも重要なことはこのゲートが二重ゲートの可能性があるということです」

「二重ゲート……なるほどな。ならば全滅する未来が見えてもおかしくはない」

 二重ゲートとは特殊なゲートの一つである。
 ゲートの中にゲートが発生するゲートインゲート、あるいはゲートの難易度が途中で変わるゲート変容など中において外から観測できない不測の事態が時として起こる。

 事象として入ったゲートとは別のゲートを攻略するようなので二重ゲートと呼ばれているのだ。
 これまでに起きた二重ゲートでは全てゲートの難易度が跳ね上がっている。

 二重ゲートであったと知らずに挑んだ人たちはほとんどが帰ることはなかった。
 それぐらいに危険なゲートである。

 本来の難易度とかけ離れてしまうので全滅するのも当然と言える。
 新たなゲートもCクラスと表示されているが、二重ゲートとして難易度が上がればBやAクラスとなる。

 BクラスならともかくAクラスにまでなればCクラス相当の用意しかしていない攻略隊では厳しいだろう。
 そもそもAクラスゲートならばトモナリの言うように五十嵐ギルドの総力を上げて攻略せねば危険だ。

「ボスは分かるか?」

「……正確なことは何も」

 実はボスも分かっている。
 しかしあまり全てを話し過ぎて何かを疑われてもトモナリとしても今後やりにくくなってしまう。

「俺も連れて行ってもらえませんか?」

「なんだと?」

「いけばまた何か見える可能性はあります」

「しかし……」

「自分の身は自分で守ります。何か助けになれることがあるなら協力したいんです」

 実際トモナリはもう少し情報を持っている。
 Aクラスの危険がある二重ゲートならトモナリを連れていくことはかなりのリスクであるが、未来予知で何かの情報が分かるならトモナリを連れていくリスク以上のものを得られるかもしれないとイガラシは悩む。

「…………少し考えさせてくれ」

 トモナリの話を大きく疑ってはいない。
 しかし話を聞いて即断できるようなものでもない。

「このことはみんなに話しても?」

「うーん……覚醒者協会からの情報ってことにしてくれませんか?」

 別に未来予知のことがバレてもいいのだけど覚醒者協会は一応秘密にしてくれている。
 トモナリがベラベラと公開することもできない。

 今回のことは未来予知能力者による情報提供が覚醒者協会から寄せられたということにしてもらえばいいかなと思った。
 通常はそうした形でトモナリの偽未来予知情報は活用されている。

「分かった。話してくれてありがとう。ゲートについては慎重に当たることにしよう」

 ちょっと研修に来た程度のトモナリの話をこうして聞いてくれるだけでもありがたい。
 これなら未来は変わるかもしれないなとトモナリは思ったのだった。