「残念、ツンツン」
「ぬううぅ〜サーシャもやめるのだぁ〜!」
今は空港前にトモナリたちはいた。
付き添うことになっているフウカもいるのだが、メンバーそれだけではない。
サーシャもいてフウカが抱えるヒカリの頬をツンツンとつついている。
もちろん勝手についてきたのではない。
サーシャも三年生の付き添いとして付いてきていた。
トモナリと同じくサーシャも三年生から指名されていた。
課外活動部の先輩から指名されていたのでサーシャはそのまま受けることにしたのだが、サーシャを指名した三年生の行き先もたまたま五十嵐ギルドであったのだ。
なんとなく似ているサーシャとフウカ。
どっちも寡黙な感じでデフォルメした絵を描いたら姉妹みたいになるだろう。
どちらの職業もタンクタイプのもので、そんなところも似ている。
ついでに二人ともヒカリがお気に入りのようである。
「ええと……五十嵐ギルドの迎えが来るんですよね?」
「ええ、そのはずね」
助けを求めるヒカリから目を逸らしつつトモナリは予定を確認する。
サーシャを指名した三年生の安室亜紗美(アムロアサミ)が頷く。
艶やかな黒髪を肩口で切りそろえた女性の三年生だ。
「まあまだ時間には少し早いものね」
アサミは腕時計で時間を見る。
五十嵐ギルドは大きなギルドであるが拠点はやや田舎にあるために迎えが来ることになっている。
覚醒者ギルドと一口に言っても目的は様々だ。
覚醒者といえばモンスターを倒してゲートを攻略するものということになっている。
だから覚醒者ギルドと言えばゲートを攻略するものである、とは単純に言えない。
もちろん多くのギルドがゲート攻略を目的としていることは事実である。
だがゲートのみが目的ではないギルドもある。
例えばミネルアギルドなんかがそうである。
ミネルアギルドは積極的にゲート攻略をしないで必要に迫られたらモンスターと戦う。
浜辺という限られたスペースのみを守っていた。
他にも都市や商業施設、居住地や要人などモンスターだけじゃなくて脅威から人を守る選択をしたギルドも存在している。
さらにはモンスターやゲートの調査目的、覚醒者としての強さを追い求めることが目的なんてところもあるのだ。
「あれかな?」
空港の前で待つトモナリたちの近くに車が止まった。
「……俺たちが目的で間違いないですね」
「ようこそ!」
“ウェルカム 柳風花 安室亜紗美 愛染寅成 工藤サーシャ”と書かれたボードを持った若い男性が車から降りてきた。
サングラスをかけているけれど目までニッコリ笑っていることが分かるような笑顔を浮かべている。
「イ、イヌサワ先輩じゃないですか!」
男を見てアサミが驚いた顔をする。
「おっ、嬉しいなぁ。僕のことを知っててしかも先輩と呼んでくれるなんて」
車から降りてきた明るい茶髪の少しチャラそうな男こそ五十嵐ギルドから迎えであり、鬼頭アカデミーの卒業生でもある犬沢優であった。
別名ウルフマンと呼ばれる高い能力を持つ覚醒者である。
「も、もちろんです! 先輩のご活躍はアカデミーでも話題です!」
アサミは少し興奮気味である。
イヌサワはアカデミーでも有名な覚醒者だった。
卒業生ということもあるのだがイヌサワは七番目の試練ゲートをクリアした覚醒者の一人として、その実力の高さも有名なのだ。
アカデミー卒業生が試練ゲートをクリアしたのだからアカデミーの授業の中でも参考にすべき覚醒者として触れられていた。
割と顔もいいのでそこらへんもイヌサワが人気の理由だ。
「トランクに荷物を。少し遠いからすぐに出発しようか。自己紹介は車の中で」
大きめの車の後ろに荷物を積む。
唯一の男であるトモナリが助手席に乗せられて女性陣は後ろの席に座る。
「改めて自己紹介だ。僕は犬沢優。僕も鬼頭アカデミーの卒業生だから君たちの先輩だね」
イヌサワが車を運転しながら軽く自己紹介をする。
「君たちのことはすでに聞いてるよ。ギルドに着いたらまた挨拶することになるだろうから君たちの自己紹介はその時に。先にこれから向かう五十嵐ギルドについて説明しておこうか」
車は市街地を離れていく。
「僕たち五十嵐ギルドが何を目的にしているのか君たちは知ってるかな?」
「モンスター占領区の奪還ですよね」
「その通り」
イヌサワの質問にアサミが答える。
「僕たちはモンスターに占領された土地を取り戻そうとしている」
ゲートを目的としたギルドや何かを守ることを目的としたギルド以外に、モンスターに占領されてしまった土地を取り戻そうとしているギルドもいた。
ゲートが現れてモンスターが出始めた頃は覚醒者の数も少なく、覚醒者自身も未熟であった。
大都市だって陥落してしまったところが多く、ゲートが放置されたままモンスターが溢れかえって人の住めなくなった土地があちこちにある。
それがモンスター占領区と呼ばれている場所だった。
ゲートが目的とも言えるのかもしれないが、人が住める土地を取り戻して安心して暮らせるようにすることを目的としているのが五十嵐ギルドなのだ。
「僕たち五十嵐ギルドが活動を始めてから担当しているモンスター占領区の40%を奪還した」
現在モンスター占領区となっている土地の多くが大きな都市から離れたところである。
そのために五十嵐ギルドが拠点を置いているところも少し離れているのだ。
「これからより戦いは厳しく……奪還も楽じゃないだろう」
ゲートに近づくほどモンスターの数は多くなる。
モンスター占領区を取り戻して、モンスターの領域が狭くなるとそれだけモンスターが密集して取り戻すことが難しくなっていく。
五十嵐ギルドが担当している地域の40%を取り戻したが、それはモンスターの少ない場所を取り戻したに過ぎない。
ここからが本当の戦いであるといえるのだ。
「僕たちは試練ゲートの攻略にも参加している。モンスター占領区の解放、試練ゲートの攻略……強い覚醒者は大歓迎なのさ」
五十嵐ギルドの目的はかなり高いところにある。
ミネルアギルドのような志の低いギルドもある一方で、このようなギルドがあることはトモナリにとっても希望だと思える。
「君たちは課外活動部……だっけ? 僕の時にはなかったものだ。特進クラスの中でもより優秀な子が集まっているんだってね」
車を走らせていると荒廃した町に入ってきた。
「うちを選んでくれるかは分からないけれど……来てくれると嬉しいよ」
町中を走っていく。
すると鉄柵が見えてきた。
大きな門があって銃を持った歩兵がいる。
単純な銃火器はモンスターに効果が薄い。
けれど特殊な弾薬を使ったり覚醒者が銃を使えばモンスターにもある程度の効果はある。
「おーい、未来のエースを連れてきたぞ」
イヌサワが車の窓から身を乗り出して門の方に手を振る。
門がゆっくりと開いていく。
「ようこそ五十嵐ギルドへ。おしゃれな都会ギルドとは違うけれどありのままを君たちに見せよう」
車は門の中に入っていく。
柵の外では人の姿は見られなかったけれど、柵の中に入ると歩いている人が見られた。
「覚醒者以外の人もいるんですね」
町中を歩く人には覚醒者っぽくない普通の人もいるようにトモナリは思えた。
「ふふ、よく分かるね。五十嵐ギルドとは言ったけれどまだ正確には五十嵐ギルドではないんだ」
「どういうことですか?」
「ここも元々はモンスター占領区だった。今は五十嵐ギルドがモンスターを掃討して、レベル1……安全区域となっている。空港がある町とここの間には畑があってね。モンスターを追い払った今再生を試みているんだ。ここの方が畑に近いから町と畑の再生を五十嵐ギルドの保護の元で行っている」
鉄柵の内側は五十嵐ギルドの保護の下で畑と都市の再生を行う一つの町となっていた。
まだまだ不足しているものも多く、念のために立てられた柵の内側での活動がメインであるけれど、高い志を持ってみんな努力している。
車を走らせているとイヌサワに向かって笑顔を向けて手を振る人もいる。
イヌサワもみんなに慕われているようである。
車は大きなビルの地下駐車場に入っていく。
「ここが五十嵐ギルドが使っている建物だ」
「電気が通っているんですね……」
車を降りたアサミが天井を見上げる。
ちゃんと電気がついていて地下でも問題なく活動できる。
元モンスター占領区で外を見ると割と町はボロボロになっていた。
電気が通っているようには見えなかった。
「大きな魔石発電機があるんだ。柵の内側の区域の電気ぐらいなら賄えるようになってる」
モンスターから取れる魔石の魔力を利用して電気を作る魔石発電機が建物に備られている。
一般向きではない大型の発電機は柵の中で使う分の電気を生み出している。
「ただエレベーターは使えないから階段でね」
電気を大きく消費し、メンテナンスも難しいエレベーターは利用しない。
荷物を持って階段を上がっていく。
「さて、改めて、本当に、五十嵐ギルドにようこそ」
建物の五階まで上がってきてようやく中に入れた。
中は外から見ていたよりも綺麗だった。
「まずは荷物を置いてこよう」
いきなり五階という中途半端なところに通されたのは五階には泊まれるような部屋が整えてあるからである。
柵の外にあるホテルからベッドなどを持ち込んでギルド員が住めるようにしてあった。
「置いてあるベッドなんかは良いホテルのものだから快適だよ」
一人一室与えられ、トモナリたちはとりあえず荷物を置いた。
「それじゃあみんなに挨拶に行こうか」
今度は最上階である十一階まで上がる。
イヌサワは社長室と書かれたプレートのある部屋をノックする。
「社長室……?」
「このビルはどこかの会社のものだったみたいだね。もうその会社はないけど」
「おお、遅かったな、イヌサワ」
社長室のドアが開いて大柄な男性が顔を覗かせた。
「入るといい」
社長室の中は普通のオフィスのようだった。
ただ壁に大きな剣が掛けられていることだけが覚醒者らしい感じを出していた。
「よくここまで来てくれたな。俺が五十嵐ギルドのギルド長である五十嵐真澄(イガラシマスミ)だ」
頬に大きな傷が走るイガラシは腕を大きく広げて笑顔を浮かべ、歓迎の意を示した。
「もちろん君たちのことは聞いている。鬼頭アカデミーが誇る課外活動部の子たちだってこともね」
イガラシはトモナリたちそれぞれの目を見た後、最後にトモナリが抱えるヒカリのことを見つめた。
「将来有望な若者だ。ここで失うわけにはいかないが……ウチのギルドはそう甘いところでもない。付き添いの一年も含めて戦ってもらうことになる」
「なんで僕を見てるのだ?」
なぜなのかイガラシの視線はヒカリに釘付けだ。
「あっ、笑ったのだ」
モノは試しにとヒカリが笑顔で手を振るファンサービスを行うとイガラシの顔が一瞬ヘニャリとした笑顔になった。
見つめていたのはヒカリが興味があったから。
破壊力抜群のファンサービスにイガラシもやられてしまったのである。
すぐにイガラシは顔を引き締めたので、みんなも一瞬すごい顔したなとは思いつつも突っ込んでいいのか分からずに黙っておいた。
「ゴホン……ともかく明日から早速活動を開始してもらう。付き添いの一年生も戦う用意をしておくように」
イガラシは少し恥ずかしそうに咳払いをして話を再開する。
「食堂にみんなを集めてある。彼らのことを紹介してあげてくれ」
「分かりました」
イヌサワがトモナリたちを連れて部屋を出ていく。
「フッ……可愛かったな……」
イガラシは窓の外を眺め、ヒカリのファンサービスを思い出して笑顔を浮かべたのであった。
ーーーーー
「ここが食堂だよ。メニューにあるモノはギルド員なら無料で作ってくれる。君たちも無料だ。他に特別食べたいものがあるなら特別料金でも作ってくれるよ」
下の階に降りてきた。
ギルドの建物の中には一通りの設備が入っている。
食堂もあって、ギルド員はもちろん町の整備開発を行う人も利用する憩いの場となっている。
食堂に入ると多くの人たちが集まっていた。
「何回目かな……五十嵐ギルドにようこそ。全員……ってわけじゃないけどほとんどのみんなが集まっているようだ」
食堂にいたのは五十嵐ギルドのメンバーであった。
メインで戦う覚醒者の他にもサポートとなる覚醒者や非覚醒者でもギルドに所属している人はいる。
全員集めてみると食堂が手狭に感じるほどの人がギルドの仲間なのである。
「みんな、この子たちが鬼頭アカデミーからきた研修生の三年生と、そのサポートの一年生だ」
トモナリたちがきて賑やかだった食堂が静かになって視線が集まる。
「ウチのギルドに来てもらえると嬉しいからね、優しくしてやってよ。それじゃあ自己紹介を」
イヌサワに促されてフウカから順に自己紹介をする。
軽く名前と職業を伝えるものだったが、フウカの闇騎士王は王職なだけあって驚かれていた。
「ささ、座って」
フウカとトモナリ、アサミとサーシャはそれぞれ分かれて席に座らされた。
「えっと……これは?」
トモナリたちの前に大きな丼が置かれた。
ご飯の上に野菜の天ぷらや肉なんかが乗せられた何丼と言ってもいいのか分からないような丼ものであった。
ヒカリの分までしっかり用意してある。
「僕たちが取り戻した土地で作った野菜や倒したモンスターの肉で作った丼さ」
トモナリの隣に座ったイヌサワはサングラスを外してニッと笑った。
「さっ、食べて。移動で時間もかかったしお腹空いてるでしょ」
みんながトモナリたちのことを見ている。
何かあるのだなと思いながらも先に食べるべきはフウカだろうとトモナリはフウカのことを見る。
フウカはまず野菜の天ぷらを箸で掴んだ。
「ん、美味しい」
一口食べてヒカリが頷いた。
「いただきますなのだ!」
「いただきます」
トモナリとヒカリも丼を食べる。
「ウマウマなのだ!」
「うん! 美味しい!」
「みんな、美味しいってさ! これで四人は僕たちの仲間だ!」
「ようこそ!」
「その子かわいいね!」
ここまで固い表情をしていた五十嵐ギルドのみんながわっとわく。
同じ釜の飯を食うみたいな感じで五十嵐ギルドが解放した土地で作ったものを食べることでようやく仲間として受け入れられたのだ。
なかなか温かさのあるギルドだなとトモナリは思った。
「ちょ……そんなに追加されたら食べきれませんよ!」
「はははっ、いいからいいから!」
食べたそばから新しいものが乗せられる。
五十嵐ギルドがどんなところかは知らなかったけれどもフウカについてきて今のところは正解だった。
「まずは見回りからだ」
歓迎を受けた次の日から早速ギルドの仕事が始まった。
アカデミーの先輩ということでイヌサワがそのままギルド研修の担当になってくれた。
一年生も戦わせるなんてイガラシは言っていたけれど、初日からモンスターと戦わせることはない。
拠点や生活基盤など背後が安全であればこそ安心して戦える。
モンスターを討伐している間に拠点をモンスターに落とされたなんて笑い話にならない。
モンスターはいないか、あるいはモンスターはいなくとも不自然なところやモンスターの痕跡などはないかなど日頃から目を光らせておくことは大事だ。
柵で囲まれた保護区域だけでなく柵の外の町の中、取り戻した畑、これから攻略する予定の区域までしっかりとチェックしておく必要がある。
そのためにトモナリたちに最初に任せられた仕事は見回りであった。
見回りだからと軽んずる人もいるけれど決して手の抜けない仕事である。
いつでも戦えるように朝からしっかりと武装してギルドの建物を出発してイヌサワについていく。
「ここが五十嵐ギルドで奪還、管理している畑だ」
「広いですね」
初めにやってきたのは畑であった。
モンスターがいたところを五十嵐ギルドが一掃して、荒れていたところを農業経験者や希望者と共に開墾した。
元々広く畑だったところなので防衛や働き手を考えて多少縮小した今でもかなりの広さがある。
パッと見ただけでも何人もの人たちが働いている。
彼らは五十嵐ギルドのメンバーではないが、農業経験者や農家として働きたいと申し出てくれた人たちで五十嵐ギルドの保護の下で農業をしているのだ。
「僕が五十嵐ギルドに来る前に土地は取り戻していたんだ。ちょうど荒れた土地を開墾しているときぐらいに僕が来たのかな? それから本格的に農業が始まって……こうして畑だって見て分かるぐらいになった」
イヌサワはサングラス越しに畑を眺めている。
「それを昨日いただいたんですね」
「まだまだ収穫は少ないから自分たちで食べるぐらいしかないけどね」
「そんな貴重なものを……」
「美味かったぞ!」
「いいのさ。食べるためのものだからね。美味しいって言ってもらえるだけで嬉しいよ」
それにギルドのみんなもよく食べるから足りないんだ、と言ってイヌサワは笑った。
「イヌサワさん!」
「ああ、ムラタさん」
畑を眺めながらいつもの巡回ルートを歩いていると白髪の目立つ中年の男性が近づいてきた。
「みんな、この人はムラタさん。ここらの畑を管理してくれてる人だ」
「ええと、こちらの方々は?」
「ギルドに研修に来ている高校生さ。ただちゃんと覚醒者だ」
「そうだったのですか。私はムラタと申します。よろしくお願いします」
ムラタは優しい笑みを浮かべて頭を下げる。
「昨日ここで取れた野菜を使った天ぷらを食べてもらったんだ。好評だったよ」
「おお、喜んでいただけたなら私も嬉しいです」
「それで、いつもと変わりはないかい?」
「一つだけ。昨日の夜センサーに反応が。アラームが鳴るほど入ってこなかったので分かりませんが報告を」
「モンスター……泥棒……かな? 昨日のデータを一応送っておいてくれ」
「分かりました」
ムラタは再び頭を下げて作業に戻っていく。
「見回りをしながらこうして責任者から報告も受けるんだ。畑はただ見回ってるだけじゃなくて、防犯装置も設置してる。人がいない夜間なんかは何かが畑に近づくとセンサーが察知して五十嵐ギルドにアラームが作動するようになってるんだよ」
見回りを再開しながらイヌサワはムラタとのやり取りについて説明してくれる。
昨夜何かが畑に近づいたらしい。
ただ完全には侵入しないで離れていったのでアラームが鳴ることもなかった。
警戒すべきはモンスターだけじゃない。
畑があれば人間が農作物を盗みに来ることもある。
センサーが反応したからとモンスターがいるかもしれないと決めつけることもできないのである。
「センサーのデータを解析してモンスターの疑いが濃厚なら改めて調査をすることになる」
その後畑の見回りを終えて町中、モンスター占領区の近くまで一通り見回りをした。
「どうだった? といっても見て回っただけだけど」
「ふっ、疲れたのだ」
「お前は俺に抱かれてただけだろ?」
一仕事終えたような顔をヒカリはしているけれど、移動だってトモナリが抱えていた。
何も疲れる要素がないのである。
「ふふ、仲がいいね。ただまだ今日は終わりじゃないよ」
一通り見回りはしたけれどまだ日は出ている。
覚醒者なら体力的にも見回りだけではさほど消耗しないので、休みとするには時間的にも早い。
「ここからは訓練だ」
覚醒者たるもの日々強くなる努力も怠れない。
一見平和なように見える五十嵐ギルドであるが少しいけばモンスターが跋扈するモンスター占領区が近くにあるのだ。
戦いの勘を鈍らせず、強くなることもまたギルドに所属する者としての義務であり仕事でもある。
五十嵐ギルドはギルドの建物の隣の建物をトレーニングルームとして使っていた。
「おお、待っていたぞ!」
トレーニングルームではギルド長のイガラシを始めとして、食堂で見たような人も待ち受けていた。
「今日は君たちの力を見せてもらう。実際にどの程度なのか分からないとどう戦わせていいのかも分からないからな」
弱いのに前に出せば大怪我をさせてしまう。
だからと過保護に扱うつもりもない。
実力を把握して的確に運用してこそ最大限の効率で安全に戦うことができる。
どうすれば実力を把握できるのか。
それはもちろん戦うことである。
何もなく実力を見せてくれといっても難しい。
戦えば実力や戦い方を見ることができる。
「まずは一年から戦ってもらおう。どちらからやる?」
トモナリとサーシャは互いに顔を合わせた。
「私がやる」
「オッケー」
珍しくサーシャがやる気を見せている。
「よし、工藤君からだな。君はタンクタイプだな」
サーシャは安定してタンク役をこなすためにやや大きめな盾を持っている。
アタッカーでも盾を持つ人はいるけれど、動きやすいような小型な盾を持つことがほとんどである。
たとえサーシャの職業を知らなくとも大きな盾を持っている時点でタンク役を担っていることは予想できる。
「さて……シノハラ!」
トレーニングルームを見回したイガラシは一人の男を指名した。
短髪の男性で装備は比較的軽装であった。
「よし、俺だな。安心しな、手加減はしてやるから」
前に出たシノハラは肩を回す。
「うちにはヒーラーもいるから倒しちゃっても大丈夫だよ」
イヌサワがニコッと笑ってサーシャの顔を覗き込む。
傍目にはいつもと変わらないように見えるけれども、それなりに付き合いのあるトモナリにはサーシャが緊張しているのが分かった。
「頑張れ」
「うん、頑張る」
「サーシャ、やっちゃうのだ!」
「ふふ、うん」
ヒカリにも応援されてサーシャは軽く微笑む。
「倒されないように気をつけないとな」
シノハラは腰につけていた武器を取り出した。
「なかなか珍しい武器だな」
「ね、僕もそう思うよ」
シノハラの武器は大型のククリナイフであった。
真ん中から前の方に折れ曲がった形をしている特殊なナイフで、シノハラが持っているものはククリナイフの中でもかなり大きなサイズのものである。
分厚くて大きな刀身を見ているとナイフというよりも普通にソードである。
「行くぞ!」
盾を構えるサーシャに向かってシノハラが走り出す。
「うっ……」
シノハラはククリをサーシャの盾に叩きつけるように振り下ろした。
盾とククリがぶつかって甲高い音が響く。
サーシャはしっかりと盾で受け止めたにも関わらず大きく後ろに押されてしまった。
手加減すると言いながら大人げない一撃だった。
レベル差があって能力にも大きく差があることは今の一撃でサーシャにもよく分かっただろう。
「……強いですね」
アサミはシノハラの戦い方を見て思わずうなってしまう。
ククリという武器のみならず戦い方もやや変則的である。
正統派な戦いから外れて予想がしにくい攻撃を絶え間なく叩き込んでいる。
「元々彼は傭兵だったんだ。武器のチョイスもその頃の影響を受けているらしいね」
だからなのかとトモナリは思った。
シノハラの動きは対モンスターというよりも対人的な動きをしている。
元傭兵としてどんなことをしていたのか知らないが、対人的なことも行っていたのだろう。
サーシャにとっては格上が経験したことない動きをするのだからやりにくいことこの上ない。
だが良い経験になることは間違いない。
モンスターだって予想しない動きはしてくる。
シノハラの動きに対応することは今後のサーシャの動きにも活きてくるはずだ。
「……光の加護!」
防戦一方でこのままでは反撃もできない。
サーシャがスキルを発動させた。
体が淡く光に包まれてサーシャの能力が上がる。
盾でククリを受け流すように受け止めて剣を突き出す。
「ははっ、まだまだだな!」
無理に繰り出した反撃をシノハラは指で挟んで防いだ。
「抜けない……!」
「ほらよ!」
「うっ!」
シノハラはサーシャの腹を蹴り飛ばした。
「そこまで! シノハラ……」
「なんだ? 女の子相手なんだから優しくしただろ? 野郎だったら今頃ボコボコにしている」
「……はぁ」
太々しく笑うシノハラにイガラシは大きなため息をついた。
「うぅ……」
「大丈夫?」
壁際まで転がっていったサーシャに女性が駆け寄った。
ヒーラーの椎名愛美(シイナマナミ)はサーシャのお腹に手をかざすとヒールを始めた。
鈍い痛みがヒールによってスッと引いていく。
「悔しい……」
「ふふ、強い子ね。レベル差があるからしょうがないわよ」
「むぅ……」
シノハラはスキルすら使っていない。
レベルの差があるほど能力値の差も大きい。
加えて元傭兵のシノハラは経験も豊富であり、今のサーシャが勝てるような要素はない。
それでも悔しい、もっとやれたと目の奥で炎を燃やしているサーシャをマナミは微笑ましく見ていた。
「しかし……正直あそこまで持つとは思わなかった。簡単に終わると思っていたけどあれが一年生ねぇ……」
シノハラは腕を組んで感心してしまう。
なんなら一撃で終わってもしょうがないと考えていた。
なのにサーシャはシノハラの攻撃をよく防いで反撃の機会までうかがっていた。
結果的に無理に反撃したことでやられてしまったが、反撃も悪くなかったし良い気概をしている。
「そうでしょ? 僕の後輩だからね」
「お前の後輩だから期待してなかったが考えを改めるよ」
「いたっ! はははっ、ひどいなぁ」
イヌサワはシノハラにちょっかいをかけるけれどデコピン一発で退散させられる。
「次はアイゼン君だな」
ほんの少し空気が張り詰めたことをトモナリは感じた。
ドラゴンを連れたドラゴンナイトという希少な職業な覚醒者であるトモナリの実力はみんなが気になっていた。
「相手は誰ですか?」
「相手は……」
イガラシがトレーニングルームの中を見回す。
何人かがイガラシに視線を送る。
自分がやりたいということである。
「……ユウ、お前がやってやれ」
「僕ですか?」
「そうだ。彼のことは気にしていただろ?」
「本人の前でそれ言いますか? 恥ずかしいなぁ」
イヌサワは頭をかいて笑う。
「でもまあ……興味があったのは本当ですからね」
イガラシに視線を送っていた一人がイヌサワであった。
「聞いたよ。悪名高きNo.10ゲートを攻略したのは……君だって?」
イヌサワはサングラスを外す。
色素が薄くて茶色っぽい色をした瞳がトモナリのことを見つめる。
「それに終末教とも戦ったんだろ?」
「どうしてそれを……」
No.10ゲートを攻略したこともトモナリたち個人の名前は出ていない。
加えて終末教の襲撃については完全に隠匿された情報である。
No.10を攻略したのがトモナリだということは調べられるだろう。
しかし終末教については普通は知り得ないのである。
「ユウスケとは友達でね」
「ユウスケ?」
「ミヤノユウスケだよ」
「ああ……」
名前を聞いて思い出した。
No.10ゲートを攻略した後終末教に襲撃されることは予測できていた。
だから覚醒者協会に協力を要請していたのだが、その時に助けに来てくれたのがミヤノンウスケという覚醒者であったのだ。
大和ギルドという大きなギルドに所属する強い覚醒者でトモナリもスカウトされたことがある。
ミヤノはアカデミー出身の覚醒者ではないものの、イヌサワと交流があった。
トモナリたちが来る前にイヌサワはミヤノと連絡を取ることがあり、その会話の中でたまたまトモナリについても離すことがあったのである。
「僕も試練に立ち向かった者だからね」
洒落た言い回しをする者だが要するに試練ゲートに挑んで攻略した者であるということだ。
「その関係で機密保持の契約も結んでいるから聞かせてもらったのさ」
「……それを今話していいんですか?」
「…………あっ」
途中までいい感じだったけれど今はトモナリとイヌサワの二人きりでない。
周りに多くの人がいる。
機密の情報を聞ける立場にあることは別にトモナリにとってどうでもいいのだが、機密に当たる情報をみんなの前で堂々と口にしてしまっている。
「……みんな、今の話は秘密だよ?」
イヌサワは誤魔化すように笑ってみんなを口止めする。
いいのかそれでと思うのだけど、周りも苦々しく笑って頷いている。
イヌサワユウといえばクールで天才肌の覚醒者だと聞いていた。
もっと近寄りがたい人をイメージしていたのに想像よりも親しみのある人間性でトモナリも思わず笑ってしまう。
「ふふ、先輩がこれ以上何か言っちゃう前にやりますか」
ともかくイヌサワがトモナリに注目していることは分かった。
強さを語るなら口ではなく戦えばいい。
トモナリはルビウスを抜いた。
「赤い剣……なかなか面白いものを持っているね」
燃え盛る炎のようなルビウスは目を引くだけでなく、一定以上の実力があれば強い魔力を宿していることが感じ取れる。
「いつでもおいで。可愛い後輩に胸を貸してあげよう」
「それじゃあ遠慮なく。ヒカリやるぞ」
「任せるのだぁ〜」
トモナリが肩に乗ったヒカリの頭にポンと触れて合図するとヒカリは翼を羽ばたかせて飛び上がる。
イヌサワほどの実力者ならトモナリが手加減する必要などない。
トモナリは床を蹴って一気にイヌサワと距離を詰める。
「速いな」
距離を詰めるトモナリの速度を見てイガラシは目を細めた。
「おっと……最初からやるね」
正面から切りつけると見せてトモナリはイヌサワの後ろに回り込んでルビウスを振る。
隙だらけのように見えてしっかりと警戒していますイヌサワは素早く剣を抜いて攻撃を防いだ。
普通の剣よりもやや細身だが、灰色がかった色をしていて普通の剣じゃないなとトモナリは思った。
対してイヌサワもトモナリの速さや剣から伝わってくる衝撃に内心で驚いていた。
せいぜいサーシャの少し上ぐらいだろうと思っていたのに能力値はサーシャよりも遥かに上である。
剣を持つ手の痺れからすると油断すると危ないなとイヌサワは少し気を引き締めた。
「ずっと強くなってる」
顔合わせで初めて出会った時に戦ったトモナリとは見違えるようだとフウカは思った。
アカデミーに来たばかりの時は技術に能力が追いついていないような感じがあった。
当然回帰前の知識がありながら体はまだレベルも低く、意識して動かそうとしてもついていかない部分が残っていた。
しかし地味で辛いトレーニングを続けて能力値を伸ばし、レベルアップしてきた。
同じレベル帯はおろか、多少上のレベルでも戦える自信が今はある。
「まだまだ!」
トモナリはルビウスに炎をまとわせる。
切られなくとも掠るだけで焼けてしまいそうなトモナリの剣をイヌサワは軽く防ぐ。
「ふっ、手が痺れてきたよ!」
トモナリの攻撃は苛烈で、イヌサワも少しずつ楽しくなってきていた。
「それじゃあそろそろ……」
「僕もいるのだー!」
トモナリの力や素早さは分かってきた。
反撃に出ようとイヌサワが動こうとした瞬間ヒカリが襲いかかった。
ヒカリはずっと上から戦いを見下ろしていた。
そして機会を待っていた。
イヌサワの意識からヒカリの存在が消えて油断をするその時を狙って息を潜めていたのである。
ヒカリはイヌサワの動きが変わりそうなことをいち早く察した。
防御から攻撃にリズムが変わる一瞬の隙をついて急降下して爪を振るった。
「くっ! うっ!」
「おー、一撃加えたか」
ヒカリの爪をギリギリかわしたイヌサワにトモナリが追撃を叩き込む。
炎をまとったルビウスはなんとかガードしたけれど、続くトモナリの殴打を防ぐことはできずに脇腹を殴られた。
周りの人たちはトモナリが一撃入れたことに驚きを隠せないでいる。
「恥ずかしいところ見せちゃったね」
「うっ!?」
「ぶぎゃっ!?」
さらなる追撃をしようとしたトモナリは急に動けなくなった。
強い力で上から押さえつけられているようでヒカリも床に墜落してしまった。
「まさかこれを使うことになるとはね」
「しょうがないだろ? 君が思ったよりも強かったんだ」
急に体が動かなくなった理由はイヌサワが原因であった。
「重力操作……まあ僕の代名詞だしね。使わないのも物足りないだろ?」
イヌサワは特殊なスキルで有名になった。
重力操作という物の重力をコントロールするスキルを保有していて、今のところトモナリの魂の契約と同じようなイヌサワ唯一無二のスキルなのである。
「ふぬぬ……」
「くっ……」
「ふふ、抵抗するかい」
トモナリは体に魔力をみなぎらせて重たくなった体を無理やり動かす。
ヒカリも同じく重力に逆らって体を起こす。
「こちらから行こうか!」
大きな重力がかかって速度が大きく制限されている。
そもそも差があるのに今の状態で自らイヌサワに飛び込むことはできない。
ただ重力操作もタダで発動させられるものではなく魔力を消費する。
能力値がまだまだのトモナリの方が消耗は激しいものの、睨み合っていてもただただ魔力を消費するだけなのでイヌサワから動く。
「グッ!」
振り下ろされた剣をトモナリは受け止める。
ルビウスを持ち上げてガードするだけなのに剣や腕が重たくて仕方がない。
「まだまだ!」
勝てないことは分かっている。
けれども諦めない。
諦めることは死んだ後で十分だ。
「反撃までするのか。今時珍しく気合の入った覚醒者だな」
シノハラはカラカラと笑う。
諦めないだけでも大したものなのに反撃してみせるなんてサーシャといいやるものだと感心してしまう。
「食らうのだ!」
「うわっち!」
ヒカリも重たい体を引きずってイヌサワの足元まで移動した。
真っ赤に燃える火炎のブレスが飛び出してきてイヌサワは慌てて飛びのいた。
「今だ!」
「行くのだー!」
体にかかっていた重力が元に戻った。
トモナリは最後のチャンスだとイヌサワに向かって走り出す。
「さて……君が越えるべき壁を見せてあげようか」
しかし一瞬早くイヌサワが重力操作を発動させた。
「グゥッ!?」
視界が歪んで見えるほどの重力がトモナリとヒカリにかかった。
「耐える……のか」
イガラシは腕を組んだまま驚きで目を見開いた。
重力がかかってトモナリの足元の床が割れるけれど、トモナリは歯を食いしばって倒れるのを耐えた。
「根性はすでにレベル100ということかな?」
「ぐぬぬぬぬ……」
トモナリが諦めないならヒカリも諦めない。
二人して重力に抗う。
それでいながらトモナリの目はしっかりと相手であるイヌサワから外れることもない。
「……じゃあ」
「そこまでだ!」
スッと手を伸ばしたイヌサワをイガラシが止めた。
もう少し重力をかけてやろうと思ったのだが、イガラシはそれは危険だと判断した。
「はぁっ! はぁ……はぁ……」
重力が解かれてトモナリは床にへたり込む。
全身汗だくになっていて耐えていた体の骨が軋んでいるような思いだった。
「その価値はあったな……」
トモナリは自分のステータスを確認する。
『力:84
素早さ:88
体力:83
魔力:79
器用さ:87
運:58』
力、素早さ、体力、器用さの能力値が一つずつ上がった。
諦めないという意思もあったのだけど、過酷な環境に耐え抜くことで能力値が上がることもあることをトモナリは知っていた。
最近トレーニングでは能力値が上がらなくなっていたのでイヌサワの重力下で耐えて全力を尽くすことで上がるのではないかと思っていたところがあったのだ。
まさしく狙い通り。
いっぺんに複数の能力値が上がるなんてレベルアップ以外では久しぶりのことである。
「全く……無茶なことをするね、君は」
「もうちょっと頑張れば倒せると思ったんですけどね」
イヌサワが手を差し出してきた。
トモナリはイヌサワの手を取って立ち上がる。
「それだけ言えるなら大丈夫そうだね」
トモナリの軽口にイヌサワは笑顔を浮かべる。
「とりあえず治療は受けておきなよ」
「そうします」
大きな外傷こそないが、重力操作で大きな重力に耐えた体のダメージはある。
トモナリはヒカリを抱えて壁際に下がってマナミの治療を受ける。
「無茶なことして……」
「無理だからと諦めてたら届くものも届かなくなりますからね」
「そんなことばっかりしてると女の子に心配かけちゃうわよ」
マナミは少し呆れたような顔をして治療をする。
トモナリの根性は認めるがたかが訓練、しかもまだ駆け出しの覚醒者がそこまで食い下がることもないだろうと思うのだ。
「男の子ですから」
「ふふ、そうね」
「ぽわ〜ヒールはあったかくて気持ちいいのだ〜」
「確かに体がほぐれていくような感覚があるな」
重力に抵抗したことでやはり体の筋肉はこわばっていたようだ。
ヒールを受けると体が軽くなるような感覚で気持ちよさがある。
トモナリが治療を受けている間に三年生の訓練も始まる。
まずはアサミが女性の覚醒者と戦う。
アサミはナイフを使ったスピードタイプの覚醒者で、相手の女性も同じタイプの戦い方をする人であった。
「ふぅ……」
治療を終えたトモナリは一応フウカのそばに控える。
サポートとしてついてきているので何かやることがやるのだ。
特に何もないだろうとは思いつつも真面目に役割はこなしておく。
「アレ……使わなかったの?」
レベル差があるので相手の方が強い。
しかしアサミもスキルを使いながら相手に食らいついている。
フウカは戦いを眺めながらもチラリと近くに来たトモナリのことを見た。
アレ、とはトモナリのセカンドスキルであるドラゴンズコネクトのことである。
ブレスの一撃が協力であったことはフウカの記憶にも新しく、ドラゴンズコネクトを使えばまだ戦えたのではないかと思った。
「あのスキルはまだちゃんとコントロールできないので」
ドラゴンズコネクトは強力なスキルである。
だがまだその力の全てを制御しきれない。
たとえトモナリが全力でブレスを放ってもイヌサワなら耐えられるだろうが、トモナリの方が耐えられないかもしれない。
ルビウスが手元になくなるデメリットもあるし、こんな場で制御できない力を使うべきではない。
ひとまずまだ切り札として他の人には見せないということもまた覚醒者としての生き抜き方でもある。
「ふーん」
ドラゴンズコネクトでどれだけ戦えるのかということにも興味があったフウカはちょっとだけつまらないなと思った。
「それでも強かったね」
「確かにイヌサワさんには全然敵いませんでした」
「そうじゃないよ」
強いのはトモナリの方だ。
第一線で活躍する覚醒者とトモナリは良く戦った。
負けるのが当然であるけれど、どうにか勝ち筋を探して足掻く姿はフウカも見習うべきだと感じている。
「ね、私が勝ったらヒカリちゃん抱っこさせて」
「ヒカリを?」
アサミはだんだんと苦戦を強いられていた。
相手の女性もファーストスキルを使い、アサミのサードスキルまでの全力を相手にしている。
勝負はさほど続かずに決まるだろうとトモナリは見ている。
「そ、全力で戦うから。勝ったらごほーび」
「俺じゃ決められないですね。なあ、ヒカリ、どうだ?」
いつも無断で抱っこしているではないかというらツッコミは胸に留めておく。
抱っこしたいといってもそれはトモナリの一存では決められるものではない。
トモナリは抱えているヒカリのことを見る。
「むむむむ……」
普段ならキッパリ断るところである。
けれどもヒカリは悩んだ。
なぜなら負けたから。
サーシャも負け、トモナリも負け、アサミも負けそうになっている。
勝てない勝負なのは理解しているけれどアカデミーから来た全員負けるのも悔しい。
フウカならば一矢報いることもできる可能性がある。
ヒカリが抱っこされることによってやる気を出してくれるのならちょっとだけ頑張ってもらいたいとも思うのである。
「むむ……勝ったらなのだ……」
アサミが負けた。
それを見てヒカリも渋々承諾する。
「なら頑張る」
フウカは目を細めるようにして笑い、アサミと入れ替わりで前に出る。
「イサキ」
「分かりました」
フウカの相手は頭の側面に刈り込みを入れた大柄の女性覚醒者であった。
「伊咲円香(イサキマドカ)だ。よろしくね」
「……よろしく」
イサキの武器は分かりやすい。
背中に大きな剣を背負っていて、あとは防具に胸当てぐらいという軽装である。
「全力で来な」
「分かった」
イサキは剣を抜いて構える。
フウカも同じく剣を抜いてスキルを発動させる。
「それがスキルかい」
質量を持ったように見える不思議な闇は波打つように蠢いている。
「ふっ!」
フウカは床を蹴ってイサキと距離を詰める。
真っ直ぐに剣を振り下ろすとイサキもそれを剣で受け止めて防ぐ。
「うっ?」
闇が手のような形をなして動き、イサキの剣の先を掴んだ。
さらにもう一つの闇の手が拳を握って下からイサキを殴り上げようとした。
「ほっ、はっ!」
イサキは足を上げて拳を足裏で蹴るように受け止める。
そのまま後ろに回転しながら飛び上がり、掴まれた剣を引き抜いた。
「この……!」
抜け出したからと終わらせない。
フウカの闇の手はさらに殴りかかってイサキを追撃していた。
「流石王職……センスも高いし最前線の覚醒者とも遜色がないね」
イサキは剣を振って闇の拳を切り裂く。
フウカはスキルで生み出した山をただの防御スキルとしてではなく手のようにして運用している。
かなりの破壊力があってフウカの思い通りに動く手が二本ある。
フウカ自身も剣で攻撃することを考えると通常の人よりもはるかに多い手数にもなるのだ。
ただ射程が短いというデメリットはある。
単純に闇を広げるだけならそれなりの範囲に広げられるが、攻撃できるほどまでの力はフウカの近くでしか発揮されない。
「ふぅ……楽な相手じゃないと分かっていたけどこのまま負けちゃ面目が立たないね! スキル怪力、剛体!」
イサキは自身のスキルを発動させた。
「怪力に……剛体」
「おっ、トモナリ君はスキルの価値が分かるかい?」
戦ったおかげか若干距離が近くなったイヌサワがトモナリの肩に手を回す。
スキルにもメリットばかりではなく、デメリットが生じるものもある。
現在判明しているスキルでも、デメリットを打ち消すことができるように組み合わせると一つ上の効果を発揮すると理想的に語られるものがある。
その一つが怪力スキルだった。
怪力スキルは非常に分かりやすいスキルだ。
力の値を倍加してくれる強力な効果を持っているのだが大きなデメリットがある。
それは他の能力値を上げてくれないということである。
力が上がるからいいと考えることも間違いではないのだが単純に力だけが強いと体がついていかないのだ。
倍になるということは力が大きいほど怪力スキルの効果も大きくなり、体の負担が激増していく。
強すぎる力はふさわしい能力がないと扱いきれずに使用者の体を破壊してしまう。
要するに体力値が必要なのである。
だから体力値が高いか、あるいは体力値を補うようなスキルがあれば怪力スキルはより活かされる。
「剛体は怪力と組み合わせたいスキルとして理論値のようなものですからね」
現在普通に発現するスキルの中で怪力と組み合わせたいスキルとして上げられるものに剛体スキルがある。
読んで字の如く体をつよくしてくれる。
体力値を上げて、物理的なダメージにも耐性をつけてくれるスキルなので怪力のパワーにも耐えられる体にしてくれるのだ。
スキルが狙って取れるものでない以上は二つを組み合わせると強いかもしれないという理想の話であったが、現実に二つのスキルを持っている覚醒者がいたのかと驚いてしまう。
「おりゃあ!」
イサキが剣を振る。
フウカの闇の手が剣を受け止めようとしたが、怪力で増したイサキの力を抑えきれずに消し飛んでしまう。
「あーあ、修繕も大変だな……」
そのままフウカに迫ったイサキが剣を振り下ろす。
フウカは闇を集めて防御するけれどもイサキの剣を止められたのは一瞬だけだった。
かわされた剣が床に当たって大きく床が砕け散る。
「シャドーブレード」
接近戦は危ない。
少し距離を取ろうとフウカがスキルで闇の剣を作り出す。
「どりゃあ!」
けれどもイサキは飛んでくる闇の剣を魔力を込めた自身の剣の一振りで打ち消してしまう。
「シンプルが故に止められない……そう聞いていたけど」
怪力スキル一つでも厄介だ。
純粋なパワーも圧倒的ならば小細工など通じない。
剛体スキルで体が持つならばこれほど恐ろしいスキルはない。
加えて剛体スキルはそれそのものが体の頑丈さを上げてくれる防御スキルである。
防御面でも剛体スキルによって強化されているのだから止められる人などいない。
「負けない……!」
フウカの体からさらなる闇が噴き出す。
闇が蠢いて迫り来るイサキを包み込んでいく。
「はああああっ!」
けれどもそれですらイサキは力で脱出する。
イサキが大きく剣を振り回して闇が散らされてしまう。
「離れてダメなら近づくよ」
イサキの目の前にフウカが迫る。
「なっ……」
フウカの突きをかわして下がりながら剣を振ろうとしたイサキは驚いた。
闇が壁となってイサキの行動を邪魔していたのである。
中途半端に振り下ろされたイサキの剣は力も乗っておらず狙いも曖昧になっていて、フウカに容易くかわされてしまう。
フウカの反撃を防いで邪魔な闇の壁を切り裂こうと振り向きながら剣を振るが、もうそこには闇の壁はなかった。
「くっ!」
イサキの足に何かが絡みついた。
気づけばフウカとイサキの足元には闇が広がっている。
怪力のパワーで無理やり足を引き抜いたイサキに今度は闇のトゲが伸びてくる。
「上手いものだ。戦い方を変えてきたな」
フウカは闇を広げて自分のフィールドを作り出した。
防御スキルである闇を攻撃転用して上手く戦っていただけでも感心ものなのに、さらにまた別の使い方を見せてきた。
怪力スキルが厄介ならパワーを発揮させないようにすればいい。
フウカのスキル活用のセンスはずば抜けている。
「だが私も負けてらんないよ!」
イサキも覚醒者の先輩として簡単には負けられない。
剣に魔力を込めて床を叩きつけて、フウカが広げた闇を消し飛ばす。
「うっ……」
広げていた闇は全て消されてしまい、フウカは顔をしかめる。
「さて、これも防げる……」
「モンスターが出現しました! 場所はC十三番の畑です!」
イサキがトドメの一撃を放とうとした瞬間、サイレンが鳴った。
そしてスピーカーから女性の声が響いてきた。