ラスボスドラゴンを育てて世界を救います!〜世界の終わりに聞いたのは寂しがり屋の邪竜の声でした

「とりあえず……」

 ヒカリにしがみつかれたままトモナリは体を動かしてみる。
 かなり調子がいい。

「ただルビウス無くなっちゃったな」

『妾ならおるぞ?』

「剣の方だよ」

 今のところ体にデメリットはない。
 けれど一つだけ厄介なことがある。

 それは剣のルビウスが手元になくなってしまうことであった。
 体に鱗が生えているので防御面ではいくらか強化されているけれど、やはり武器があるのとないのでは大きな差がある。

『そんなものなくとも……今なら妾のブレスも使えるじゃろう』

「ブレスだと?」

『そうだ。意識してみよ』

「ブレス……」

 トモナリは目を閉じて集中する。

「むっ! ヤナギ、クロハ、防御を展開しろ!」

「はい!」

「ん」

 トモナリの中の魔力が大きくなったのをマサヨシは感じ取った。
 フウカとテルがトモナリの前に飛び出す。

 テルが絶対防御を発動させ、その後ろでフウカが闇を広げる。

「はああっ!」

 トモナリがイメージしたのは回帰前に見たヒカリのブレス。
 口を大きく開けたトモナリからブレスが放たれる。

「むひょーーーー!」

 ブレスを放つトモナリにヒカリの興奮は再びマックスになる。
 トモナリのブレスがテルに当たり、さらに拡散したブレスがフウカの闇が受け止める。

 感じられる魔力だけでなく、フウカが珍しく苦しいような顔をしていてトモナリのブレスの破壊力の高さがみんなにも分かった。

「はぁ……はぁ……あれっ……」

 ブレスを放ったトモナリは急なめまいにふらついた。
 ドラゴンズコネクトが解除されてルビウスが地面に落ちる。

「魔力が無くなった」

 たった一回のブレスでトモナリが持っていた魔力が全て消費されてしまった。
 あまり何も考えずに放ったブレスに全て持って行かれたのだ。

「最後の切り札、もしくは加減覚えないとな……」

 魔法とはまた違う高威力の攻撃ではあったけれどここまで魔力を使ってしまうのなら連発はできない。
 ブレスを使ってもいいように加減できるようにするか、ブレスで戦いを終わらせるしかない。

「ヒ、ヒカリ?」

「トモナリ、カッコよかったのだぁ〜!」

 大興奮のヒカリがトモナリの顔面に抱きつく。

「アイゼン」

「学長? あれ、先輩たちも何でそんなところに……」

 マサヨシに声をかけられたトモナリは顔からヒカリを引き剥がす。
 そこでようやくテルとフウカがトモナリの前に出ていたことに気がついた。

 二人とも肩で息をしている。

「今やったそれは使うべきところを見極めなければな。下手すると壁や天井が吹き飛ぶところだった」

「あっ……」

 どうしてテルとフウカがいるのかトモナリはようやく理解した。

「初めてで加減が分からなくて……」

 想像していたものよりもはるかに威力が高かった。
 テルとフウカがいなければ建物に大穴が空いていたところであった。

「すごい威力だったね。絶対防御がそのまま押し切られるところだったよ……」

 相手の攻撃を返す絶対防御だが絶対的なスキルでもない。
 全ての威力を返せるわけではなく、防御そのものも名前通りの絶対ではないのだ。

 トモナリのブレスを押し返していたけれどもあまりにも威力が高すぎて絶対防御の限界を超えかけていた。
 トモナリの魔力がもっと高ければ絶対防御を貫いていたかもしれないとテルは冷や汗を浮かべる。

「うん、すごかった」

 冷静に見えるフウカも額に汗を浮かべていた。
 絶対防御によって散らされたブレスを受け止めていたのだがそれだけでもすごい力であったのだ。

「まあ、魔石のおかげかいいスキルを手に入れたようだな」

「そうですね。使い所を考えればかなり強力なスキルだと思います」

 トモナリはニヤリと笑った。
 魔石やモンスターの死体を捧げたおかげなのかは分からないが、強いスキルを手に入れたことは間違いない。

「もう一度あの姿が見たいのだ〜」

「また今度な」

 剣が無くなることとヒカリが大興奮することが今の所のデメリットだなと思いながらも、ドラゴンズコネクトのメリットの方が多そうだ。
 どんなスキルなのかはこれからもうちょっと要研究であるとトモナリは思ったのだった。
 夏休みが終わって授業が始まった。
 一般クラスだと高校の授業の一部が覚醒者用の授業となったぐらいである。

 対して特進クラスは卒業後の覚醒者としての進路を見据えているために、覚醒者教育に高校の授業がくっついているぐらいになっている。
 夏休み前まではアカデミーや授業、覚醒者としての自分に慣れる時間だった。

 夏休みを挟んで特進クラスは覚醒者としての授業が本格化していく。
 トモナリはNo.10ゲートを含めて色々と攻略した。

 そのためにもうすでにセカンドスキル解放のレベル20に達してしまった。
 レベルアップは悪いことではないけれど、特進クラスで見てもトモナリは突出してしまっている。

 トモナリと活動を共にしていたミズキを始めとする課外活動部の面々も、トモナリと同じく周りから見ればレベルも経験も高い水準となった。
 理論的なことを教える授業は受けつつも、覚醒者として体動かす授業では授業の補助をしたり独自に鍛錬してもいい時間にしたりと柔軟に対応していた。

 トモナリはオウルグループが作ってくれた魔力抑制装置を使いながら課外活動部のみんなとより強くなるために日々鍛錬に励んでいた。

「えー、今日はみんなに話がある」

 朝のホームルームにマサヨシがやってきた。
 普段は副担任のイリヤマが行うのにマサヨシが来たから教室はざわついていた。

「三年生になると後期日程の多くを冒険者ギルドに行って研修という形で過ごす」

 三年生になればもはや進路は二つに分かれる。
 覚醒者になるか、ならないかだ。

 ならないならば勉強に集中することになる。
 ここまで覚醒者としてやってきた経験があれば勉強するだけの体力はある。

 大学進学という道もあるし覚醒者教育は受けているので覚醒者関連の仕事に就くことも普通の人よりも可能性が高くなる。
 そして覚醒者になると決めた人はより現場に近い経験を積むために覚醒者ギルドへ研修に行くことになっていた。

 生徒たちはいくつかのギルドを回って経験を積み、ギルドの方は有望な生徒がいればスカウトできる。
 いわゆるインターンシップ制度というやつである。

「三年生がギルドを経験するインターンシップであるが一年生も短い間補助的にギルドへ行ってもらう」

「どういうことですか?」

「君たち一年生がするのは三年生の補助だ」

 三年生は数ヶ月かけていくつかのギルドを巡る。
 しかし一年生が行くのは一ヶ月だけ、しかも目的はギルドを経験しつつ三年生の補助のために向かうのであった。

 慣れない環境にある三年生が早く適応できるように一ヶ月だけ一年生が付くのだ。
 アカデミーとしては一年生のうちにギルドがどういったものかの経験を積ませることができ、ギルドとしては一ヶ月ぐらいなら一年生もサポートとして面倒を見ることができる。

 三年生の負担を軽減してもらって早めに三年生が慣れて動けるようになってくれたらありがたいぐらいの考えだった。
 こうして一年のうちからギルドを見ておけば三年生になった時も慣れるのが早くもなる。

 色々と考えて生み出された教育システムであった。

「どこが受け入れてくれているかのリフトを配る。一ヶ月しかいないので一箇所にしかいけない。受け入れ人数にも限りがあるから第三志望まで考えておくように」

 マサヨシがプリントを配布する。

「仮に第三志望もあぶれたら空いてるところに行くことになる。有名なところばかり選ぶと痛い目を見るかもしれないな。それと何人かは三年の先輩からご指名が入っている」

「ご指名ですか?」

「そうだ。サポートとして連れていきたいとな。シミズ、アイゼン、クドウ、それにクロサキ。今呼ばれた者は前に」

「呼ばれたぞ、トモナリ」

「そうだな」

 トモナリはプリントを後ろに回して立ち上がる。
 教壇に立つマサヨシのところに行くと回されたプリントとはまた別のプリントを渡された。

「指名者と指名者が最初に行く予定のギルドが書いてある。もちろん別に行くことも構わない。大切なことだから遠慮することなく考えろ。ちなみに人気のギルドも指名の方が優先される。行きたいところに行く三年生の指名があったら考えるのも一つだ」

 席に戻ってもらったプリントを眺める。

「なんなのだ?」

 ヒカリも一緒にプリントを覗き込む。
 プリントには見知った名前の他にあまり知らない名前もあった。

 向かうギルドは様々でトモナリが知っているところも多い。

「ヤナギ先輩か」

 見知った名前の一つが柳風花であった。
 闇騎士王を職業に持つ覚醒者で三年の中でも頭ひとつ抜けて強い。

 あまり他人に興味がなさそうな人であるけれどトモナリのことはそれなりに気に入ってくれている感じはある。
 狙いはヒカリかもしれないがトモナリもセットで考えてはくれている。

 誰かを指名するような人でもないと思っていたのだがトモナリのことを指名してくれていた。

「行き先は……五十嵐ギルドか」

 流石は三年生でもトップのフウカだけあって行き先もトモナリが知っているトップのギルドであった。
 犬沢優(イヌサワユウ)という鬼頭アカデミーの卒業生も所属する国内におけるトップクラスの大型ギルドである。

 何大ギルドなどと、どのギルドがトップクラスのギルドかの議論が行われるときには必ず名前が上がるようなところだ。
「他には……クロハ先輩も……」

 テルもトモナリを付き添いに指名していた。
 リーダー的な立ち回りをしているトモナリのことは現在部長として活動しているテルも目をかけていた。

「八菱重工業覚醒者チームか」

 覚醒者ギルドの中には覚醒者ギルドとして独立しておらず、企業の中の一部署のような形で覚醒者チームが運用されているところもある。
 企業の力を後ろ盾にしているので規模が大きく、強い資金力を持って活動しているような企業ギルドも少なくはない。

 中でも八菱重工業の覚醒者チームはトップクラスの覚醒者ギルドと同じくらいの規模を誇る。
 八菱重工業そのものが世界に誇れる大企業であるし、研修先としてもかなりいいところである。

 ついでに企業系覚醒者ギルドは覚醒者を引退した後もそのまま企業に所属できたりということもあるので卒業後の進路としても人気が高い。
 そんなところに一番目に研修に行けるのだからテルも高く評価されていることの証左である。

「ご指名ありはどーよぅー?」

「悩みどころだな」

 ユウトがトモナリの肩に腕を回して指名者が書かれたプリントを覗き込む。
 フウカとテル以外にも数人、トモナリを指名してくれている人がいた。

 知らない人たちであるがどこの人も行き先は割と良いところだ。
 誰かからトモナリのことを聞いて指名したのかもしれない。

 あまり知らない人の付き添いに行くつもりはないが、良いなと思う研修先もある。

「さすが人気者は違うなぁ〜」

「ふふん、トモナリはすごいから当然なのだ!」

 ヒカリがドヤ顔で胸を張る。
 トモナリが褒められるとヒカリも嬉しい。

「まあお前の人気もあるかもしれないがな」

 トモナリは膝に座るヒカリを撫でる。
 多くの指名があったのはトモナリの実力の高さもあるが、ヒカリという存在も大きいかもしれない。

 今やドラゴンを連れた覚醒者であるトモナリはアカデミーの中では知らない人はいないぐらいになっている。
 しかしながらヒカリの存在は割とベールに包まれていた。

 なぜならトモナリがあまり外に出ないから。
 仲間たちといれば食堂に行くこともあるが、ヒカリが結構量も食べるので寮で宅配してもらうことも多い。

 後はトレーニングするぐらいで、特進クラスは他のクラスと関わることも少ない。
 三年生はより実戦的な戦いを始めるし一年生との関わりは薄く、こうなるとヒカリのことを意外と見かけないなんてことになる。

 もしかしたらヒカリに会いたくて指名した可能性もあるのだ。

「どこに行くつもりなんだ?」

「まあどこでもいい……だから知ってるヤナギ先輩かクロハ先輩のところかな」

 実力を買ってくれているのか、ヒカリが目的か、冷やかしか。
 何が目的か分からない以上は知らない先輩たちの誰が良いかなど判断しようもない。

 ならば知り合いか、指名を避けるか、行きたいギルドに行くかである。
 特にどこのギルドでもいいかなと考えているトモナリは今後の関係性も考えて指名を受けてしまおうかと思っていた。

 フウカがいく五十嵐ギルドもテルがいく八菱重工業覚醒者チームも最上位に良いところだ。
 どちらに行っても間違いはない。

「俺なら……ヤナギ先輩かな」

「なんでだ?」

「ヤナギ先輩がいいっていうより……クロハ先輩は……めんどくさそう」

「はは、なるほどな」

 ユウトがわざとらしく肩をすくめた。
 テルは悪い人ではない。

 ただし若干面倒な人ではある。
 良く言うなれば几帳面なのである。

 周りを良く見ていてみんなをまとめ上げる能力があるのだが、それは基本的にテルが几帳面であるという性格も大きく寄与している。
 悪く言ってしまえば細かいところがあるのだ。

 細かいことにも口出しして、部室が常にキレイなのもテルが目を光らせているからだった。
 対して副部長でもあるフウカは緩い。

 大雑把な性格をしていて細かいことは気にしない。
 よくテルに怒られているのもフウカであるのだが、フウカは怒られても一切気にしない人である。

 テルに付き添えば全部自分でやるのでそこの苦労は少ないかもしれない。
 ただし細かなことで色々と言われたり怒られたりする可能性がある。

 一方でフウカの方は身の回りの世話をしなければいけない可能性はあるけれど、何かを言われることはテルに比べて少ないだろう。
 むしろ何も言われないぐらいのことありうる。

 どっちがいいかとユウトが考えた結果、ユウトの場合は雑なところも多いのでテルについていくと苦労しそうだと判断したのだ。
 言わんとしていることはトモナリにも分かった。

「どっちがいいかね……迷うな」

「俺はどこがいいと思う? できるなら緩いところがいいよな〜」

 ーーーーー

「トモナリィ〜どおしてぇ〜」

「すまないな、ヒカリ……」

「ん、ヒカリちゃんは私が持ってる」

 結局トモナリはフウカを選んだ。
 別にユウトの意見に左右されたわけではなく、トモナリなりの考えがあってのことだった。

 フウカはトモナリだけでなくヒカリのことも気に入っている。
 何かとヒカリのことを抱きかかえようとするのでヒカリはフウカのことが苦手らしいが、残念ながらヒカリもフウカから逃げるほどの力はない。

 だから捕まって抱きかかえられたら諦めるしかない。
「残念、ツンツン」

「ぬううぅ〜サーシャもやめるのだぁ〜!」

 今は空港前にトモナリたちはいた。
 付き添うことになっているフウカもいるのだが、メンバーそれだけではない。

 サーシャもいてフウカが抱えるヒカリの頬をツンツンとつついている。
 もちろん勝手についてきたのではない。

 サーシャも三年生の付き添いとして付いてきていた。
 トモナリと同じくサーシャも三年生から指名されていた。

 課外活動部の先輩から指名されていたのでサーシャはそのまま受けることにしたのだが、サーシャを指名した三年生の行き先もたまたま五十嵐ギルドであったのだ。
 なんとなく似ているサーシャとフウカ。

 どっちも寡黙な感じでデフォルメした絵を描いたら姉妹みたいになるだろう。
 どちらの職業もタンクタイプのもので、そんなところも似ている。

 ついでに二人ともヒカリがお気に入りのようである。

「ええと……五十嵐ギルドの迎えが来るんですよね?」

「ええ、そのはずね」

 助けを求めるヒカリから目を逸らしつつトモナリは予定を確認する。
 サーシャを指名した三年生の安室亜紗美(アムロアサミ)が頷く。

 艶やかな黒髪を肩口で切りそろえた女性の三年生だ。

「まあまだ時間には少し早いものね」

 アサミは腕時計で時間を見る。
 五十嵐ギルドは大きなギルドであるが拠点はやや田舎にあるために迎えが来ることになっている。

 覚醒者ギルドと一口に言っても目的は様々だ。
 覚醒者といえばモンスターを倒してゲートを攻略するものということになっている。

 だから覚醒者ギルドと言えばゲートを攻略するものである、とは単純に言えない。
 もちろん多くのギルドがゲート攻略を目的としていることは事実である。

 だがゲートのみが目的ではないギルドもある。
 例えばミネルアギルドなんかがそうである。

 ミネルアギルドは積極的にゲート攻略をしないで必要に迫られたらモンスターと戦う。
 浜辺という限られたスペースのみを守っていた。

 他にも都市や商業施設、居住地や要人などモンスターだけじゃなくて脅威から人を守る選択をしたギルドも存在している。
 さらにはモンスターやゲートの調査目的、覚醒者としての強さを追い求めることが目的なんてところもあるのだ。

「あれかな?」

 空港の前で待つトモナリたちの近くに車が止まった。

「……俺たちが目的で間違いないですね」

「ようこそ!」

 “ウェルカム 柳風花 安室亜紗美 愛染寅成 工藤サーシャ”と書かれたボードを持った若い男性が車から降りてきた。
 サングラスをかけているけれど目までニッコリ笑っていることが分かるような笑顔を浮かべている。

「イ、イヌサワ先輩じゃないですか!」

 男を見てアサミが驚いた顔をする。

「おっ、嬉しいなぁ。僕のことを知っててしかも先輩と呼んでくれるなんて」

 車から降りてきた明るい茶髪の少しチャラそうな男こそ五十嵐ギルドから迎えであり、鬼頭アカデミーの卒業生でもある犬沢優であった。
 別名ウルフマンと呼ばれる高い能力を持つ覚醒者である。

「も、もちろんです! 先輩のご活躍はアカデミーでも話題です!」

 アサミは少し興奮気味である。
 イヌサワはアカデミーでも有名な覚醒者だった。

 卒業生ということもあるのだがイヌサワは七番目の試練ゲートをクリアした覚醒者の一人として、その実力の高さも有名なのだ。
 アカデミー卒業生が試練ゲートをクリアしたのだからアカデミーの授業の中でも参考にすべき覚醒者として触れられていた。

 割と顔もいいのでそこらへんもイヌサワが人気の理由だ。

「トランクに荷物を。少し遠いからすぐに出発しようか。自己紹介は車の中で」

 大きめの車の後ろに荷物を積む。
 唯一の男であるトモナリが助手席に乗せられて女性陣は後ろの席に座る。

「改めて自己紹介だ。僕は犬沢優。僕も鬼頭アカデミーの卒業生だから君たちの先輩だね」

 イヌサワが車を運転しながら軽く自己紹介をする。

「君たちのことはすでに聞いてるよ。ギルドに着いたらまた挨拶することになるだろうから君たちの自己紹介はその時に。先にこれから向かう五十嵐ギルドについて説明しておこうか」

 車は市街地を離れていく。

「僕たち五十嵐ギルドが何を目的にしているのか君たちは知ってるかな?」

「モンスター占領区の奪還ですよね」

「その通り」

 イヌサワの質問にアサミが答える。

「僕たちはモンスターに占領された土地を取り戻そうとしている」

 ゲートを目的としたギルドや何かを守ることを目的としたギルド以外に、モンスターに占領されてしまった土地を取り戻そうとしているギルドもいた。
 ゲートが現れてモンスターが出始めた頃は覚醒者の数も少なく、覚醒者自身も未熟であった。

 大都市だって陥落してしまったところが多く、ゲートが放置されたままモンスターが溢れかえって人の住めなくなった土地があちこちにある。
 それがモンスター占領区と呼ばれている場所だった。

 ゲートが目的とも言えるのかもしれないが、人が住める土地を取り戻して安心して暮らせるようにすることを目的としているのが五十嵐ギルドなのだ。
「僕たち五十嵐ギルドが活動を始めてから担当しているモンスター占領区の40%を奪還した」

 現在モンスター占領区となっている土地の多くが大きな都市から離れたところである。
 そのために五十嵐ギルドが拠点を置いているところも少し離れているのだ。

「これからより戦いは厳しく……奪還も楽じゃないだろう」

 ゲートに近づくほどモンスターの数は多くなる。
 モンスター占領区を取り戻して、モンスターの領域が狭くなるとそれだけモンスターが密集して取り戻すことが難しくなっていく。

 五十嵐ギルドが担当している地域の40%を取り戻したが、それはモンスターの少ない場所を取り戻したに過ぎない。
 ここからが本当の戦いであるといえるのだ。

「僕たちは試練ゲートの攻略にも参加している。モンスター占領区の解放、試練ゲートの攻略……強い覚醒者は大歓迎なのさ」

 五十嵐ギルドの目的はかなり高いところにある。
 ミネルアギルドのような志の低いギルドもある一方で、このようなギルドがあることはトモナリにとっても希望だと思える。

「君たちは課外活動部……だっけ? 僕の時にはなかったものだ。特進クラスの中でもより優秀な子が集まっているんだってね」

 車を走らせていると荒廃した町に入ってきた。

「うちを選んでくれるかは分からないけれど……来てくれると嬉しいよ」

 町中を走っていく。
 すると鉄柵が見えてきた。

 大きな門があって銃を持った歩兵がいる。
 単純な銃火器はモンスターに効果が薄い。

 けれど特殊な弾薬を使ったり覚醒者が銃を使えばモンスターにもある程度の効果はある。

「おーい、未来のエースを連れてきたぞ」

 イヌサワが車の窓から身を乗り出して門の方に手を振る。
 門がゆっくりと開いていく。

「ようこそ五十嵐ギルドへ。おしゃれな都会ギルドとは違うけれどありのままを君たちに見せよう」

 車は門の中に入っていく。
 柵の外では人の姿は見られなかったけれど、柵の中に入ると歩いている人が見られた。

「覚醒者以外の人もいるんですね」

 町中を歩く人には覚醒者っぽくない普通の人もいるようにトモナリは思えた。

「ふふ、よく分かるね。五十嵐ギルドとは言ったけれどまだ正確には五十嵐ギルドではないんだ」

「どういうことですか?」

「ここも元々はモンスター占領区だった。今は五十嵐ギルドがモンスターを掃討して、レベル1……安全区域となっている。空港がある町とここの間には畑があってね。モンスターを追い払った今再生を試みているんだ。ここの方が畑に近いから町と畑の再生を五十嵐ギルドの保護の元で行っている」

 鉄柵の内側は五十嵐ギルドの保護の下で畑と都市の再生を行う一つの町となっていた。
 まだまだ不足しているものも多く、念のために立てられた柵の内側での活動がメインであるけれど、高い志を持ってみんな努力している。

 車を走らせているとイヌサワに向かって笑顔を向けて手を振る人もいる。
 イヌサワもみんなに慕われているようである。

 車は大きなビルの地下駐車場に入っていく。

「ここが五十嵐ギルドが使っている建物だ」

「電気が通っているんですね……」

 車を降りたアサミが天井を見上げる。
 ちゃんと電気がついていて地下でも問題なく活動できる。

 元モンスター占領区で外を見ると割と町はボロボロになっていた。
 電気が通っているようには見えなかった。

「大きな魔石発電機があるんだ。柵の内側の区域の電気ぐらいなら賄えるようになってる」

 モンスターから取れる魔石の魔力を利用して電気を作る魔石発電機が建物に備られている。
 一般向きではない大型の発電機は柵の中で使う分の電気を生み出している。

「ただエレベーターは使えないから階段でね」

 電気を大きく消費し、メンテナンスも難しいエレベーターは利用しない。
 荷物を持って階段を上がっていく。

「さて、改めて、本当に、五十嵐ギルドにようこそ」

 建物の五階まで上がってきてようやく中に入れた。
 中は外から見ていたよりも綺麗だった。

「まずは荷物を置いてこよう」

 いきなり五階という中途半端なところに通されたのは五階には泊まれるような部屋が整えてあるからである。
 柵の外にあるホテルからベッドなどを持ち込んでギルド員が住めるようにしてあった。

「置いてあるベッドなんかは良いホテルのものだから快適だよ」

 一人一室与えられ、トモナリたちはとりあえず荷物を置いた。

「それじゃあみんなに挨拶に行こうか」

 今度は最上階である十一階まで上がる。
 イヌサワは社長室と書かれたプレートのある部屋をノックする。

「社長室……?」

「このビルはどこかの会社のものだったみたいだね。もうその会社はないけど」

「おお、遅かったな、イヌサワ」

 社長室のドアが開いて大柄な男性が顔を覗かせた。

「入るといい」

 社長室の中は普通のオフィスのようだった。
 ただ壁に大きな剣が掛けられていることだけが覚醒者らしい感じを出していた。

「よくここまで来てくれたな。俺が五十嵐ギルドのギルド長である五十嵐真澄(イガラシマスミ)だ」

 頬に大きな傷が走るイガラシは腕を大きく広げて笑顔を浮かべ、歓迎の意を示した。
「もちろん君たちのことは聞いている。鬼頭アカデミーが誇る課外活動部の子たちだってこともね」

 イガラシはトモナリたちそれぞれの目を見た後、最後にトモナリが抱えるヒカリのことを見つめた。

「将来有望な若者だ。ここで失うわけにはいかないが……ウチのギルドはそう甘いところでもない。付き添いの一年も含めて戦ってもらうことになる」

「なんで僕を見てるのだ?」

 なぜなのかイガラシの視線はヒカリに釘付けだ。

「あっ、笑ったのだ」

 モノは試しにとヒカリが笑顔で手を振るファンサービスを行うとイガラシの顔が一瞬ヘニャリとした笑顔になった。
 見つめていたのはヒカリが興味があったから。

 破壊力抜群のファンサービスにイガラシもやられてしまったのである。
 すぐにイガラシは顔を引き締めたので、みんなも一瞬すごい顔したなとは思いつつも突っ込んでいいのか分からずに黙っておいた。

「ゴホン……ともかく明日から早速活動を開始してもらう。付き添いの一年生も戦う用意をしておくように」

 イガラシは少し恥ずかしそうに咳払いをして話を再開する。

「食堂にみんなを集めてある。彼らのことを紹介してあげてくれ」

「分かりました」

 イヌサワがトモナリたちを連れて部屋を出ていく。

「フッ……可愛かったな……」

 イガラシは窓の外を眺め、ヒカリのファンサービスを思い出して笑顔を浮かべたのであった。

 ーーーーー

「ここが食堂だよ。メニューにあるモノはギルド員なら無料で作ってくれる。君たちも無料だ。他に特別食べたいものがあるなら特別料金でも作ってくれるよ」

 下の階に降りてきた。
 ギルドの建物の中には一通りの設備が入っている。

 食堂もあって、ギルド員はもちろん町の整備開発を行う人も利用する憩いの場となっている。
 食堂に入ると多くの人たちが集まっていた。

「何回目かな……五十嵐ギルドにようこそ。全員……ってわけじゃないけどほとんどのみんなが集まっているようだ」

 食堂にいたのは五十嵐ギルドのメンバーであった。
 メインで戦う覚醒者の他にもサポートとなる覚醒者や非覚醒者でもギルドに所属している人はいる。

 全員集めてみると食堂が手狭に感じるほどの人がギルドの仲間なのである。

「みんな、この子たちが鬼頭アカデミーからきた研修生の三年生と、そのサポートの一年生だ」

 トモナリたちがきて賑やかだった食堂が静かになって視線が集まる。

「ウチのギルドに来てもらえると嬉しいからね、優しくしてやってよ。それじゃあ自己紹介を」

 イヌサワに促されてフウカから順に自己紹介をする。
 軽く名前と職業を伝えるものだったが、フウカの闇騎士王は王職なだけあって驚かれていた。

「ささ、座って」

 フウカとトモナリ、アサミとサーシャはそれぞれ分かれて席に座らされた。

「えっと……これは?」

 トモナリたちの前に大きな丼が置かれた。
 ご飯の上に野菜の天ぷらや肉なんかが乗せられた何丼と言ってもいいのか分からないような丼ものであった。

 ヒカリの分までしっかり用意してある。

「僕たちが取り戻した土地で作った野菜や倒したモンスターの肉で作った丼さ」

 トモナリの隣に座ったイヌサワはサングラスを外してニッと笑った。

「さっ、食べて。移動で時間もかかったしお腹空いてるでしょ」

 みんながトモナリたちのことを見ている。
 何かあるのだなと思いながらも先に食べるべきはフウカだろうとトモナリはフウカのことを見る。

 フウカはまず野菜の天ぷらを箸で掴んだ。

「ん、美味しい」

 一口食べてヒカリが頷いた。

「いただきますなのだ!」

「いただきます」

 トモナリとヒカリも丼を食べる。

「ウマウマなのだ!」

「うん! 美味しい!」

「みんな、美味しいってさ! これで四人は僕たちの仲間だ!」

「ようこそ!」

「その子かわいいね!」

 ここまで固い表情をしていた五十嵐ギルドのみんながわっとわく。
 同じ釜の飯を食うみたいな感じで五十嵐ギルドが解放した土地で作ったものを食べることでようやく仲間として受け入れられたのだ。

 なかなか温かさのあるギルドだなとトモナリは思った。

「ちょ……そんなに追加されたら食べきれませんよ!」

「はははっ、いいからいいから!」

 食べたそばから新しいものが乗せられる。
 五十嵐ギルドがどんなところかは知らなかったけれどもフウカについてきて今のところは正解だった。
「まずは見回りからだ」

 歓迎を受けた次の日から早速ギルドの仕事が始まった。
 アカデミーの先輩ということでイヌサワがそのままギルド研修の担当になってくれた。

 一年生も戦わせるなんてイガラシは言っていたけれど、初日からモンスターと戦わせることはない。
 拠点や生活基盤など背後が安全であればこそ安心して戦える。

 モンスターを討伐している間に拠点をモンスターに落とされたなんて笑い話にならない。
 モンスターはいないか、あるいはモンスターはいなくとも不自然なところやモンスターの痕跡などはないかなど日頃から目を光らせておくことは大事だ。

 柵で囲まれた保護区域だけでなく柵の外の町の中、取り戻した畑、これから攻略する予定の区域までしっかりとチェックしておく必要がある。
 そのためにトモナリたちに最初に任せられた仕事は見回りであった。

 見回りだからと軽んずる人もいるけれど決して手の抜けない仕事である。
 いつでも戦えるように朝からしっかりと武装してギルドの建物を出発してイヌサワについていく。

「ここが五十嵐ギルドで奪還、管理している畑だ」 

「広いですね」

 初めにやってきたのは畑であった。
 モンスターがいたところを五十嵐ギルドが一掃して、荒れていたところを農業経験者や希望者と共に開墾した。

 元々広く畑だったところなので防衛や働き手を考えて多少縮小した今でもかなりの広さがある。
 パッと見ただけでも何人もの人たちが働いている。

 彼らは五十嵐ギルドのメンバーではないが、農業経験者や農家として働きたいと申し出てくれた人たちで五十嵐ギルドの保護の下で農業をしているのだ。

「僕が五十嵐ギルドに来る前に土地は取り戻していたんだ。ちょうど荒れた土地を開墾しているときぐらいに僕が来たのかな? それから本格的に農業が始まって……こうして畑だって見て分かるぐらいになった」

 イヌサワはサングラス越しに畑を眺めている。

「それを昨日いただいたんですね」

「まだまだ収穫は少ないから自分たちで食べるぐらいしかないけどね」

「そんな貴重なものを……」

「美味かったぞ!」

「いいのさ。食べるためのものだからね。美味しいって言ってもらえるだけで嬉しいよ」

 それにギルドのみんなもよく食べるから足りないんだ、と言ってイヌサワは笑った。

「イヌサワさん!」

「ああ、ムラタさん」

 畑を眺めながらいつもの巡回ルートを歩いていると白髪の目立つ中年の男性が近づいてきた。

「みんな、この人はムラタさん。ここらの畑を管理してくれてる人だ」

「ええと、こちらの方々は?」

「ギルドに研修に来ている高校生さ。ただちゃんと覚醒者だ」

「そうだったのですか。私はムラタと申します。よろしくお願いします」

 ムラタは優しい笑みを浮かべて頭を下げる。

「昨日ここで取れた野菜を使った天ぷらを食べてもらったんだ。好評だったよ」

「おお、喜んでいただけたなら私も嬉しいです」

「それで、いつもと変わりはないかい?」

「一つだけ。昨日の夜センサーに反応が。アラームが鳴るほど入ってこなかったので分かりませんが報告を」

「モンスター……泥棒……かな? 昨日のデータを一応送っておいてくれ」

「分かりました」

 ムラタは再び頭を下げて作業に戻っていく。

「見回りをしながらこうして責任者から報告も受けるんだ。畑はただ見回ってるだけじゃなくて、防犯装置も設置してる。人がいない夜間なんかは何かが畑に近づくとセンサーが察知して五十嵐ギルドにアラームが作動するようになってるんだよ」

 見回りを再開しながらイヌサワはムラタとのやり取りについて説明してくれる。
 昨夜何かが畑に近づいたらしい。

 ただ完全には侵入しないで離れていったのでアラームが鳴ることもなかった。
 警戒すべきはモンスターだけじゃない。

 畑があれば人間が農作物を盗みに来ることもある。
 センサーが反応したからとモンスターがいるかもしれないと決めつけることもできないのである。

「センサーのデータを解析してモンスターの疑いが濃厚なら改めて調査をすることになる」

 その後畑の見回りを終えて町中、モンスター占領区の近くまで一通り見回りをした。

「どうだった? といっても見て回っただけだけど」

「ふっ、疲れたのだ」

「お前は俺に抱かれてただけだろ?」

 一仕事終えたような顔をヒカリはしているけれど、移動だってトモナリが抱えていた。
 何も疲れる要素がないのである。

「ふふ、仲がいいね。ただまだ今日は終わりじゃないよ」

 一通り見回りはしたけれどまだ日は出ている。
 覚醒者なら体力的にも見回りだけではさほど消耗しないので、休みとするには時間的にも早い。

「ここからは訓練だ」

 覚醒者たるもの日々強くなる努力も怠れない。
 一見平和なように見える五十嵐ギルドであるが少しいけばモンスターが跋扈するモンスター占領区が近くにあるのだ。

 戦いの勘を鈍らせず、強くなることもまたギルドに所属する者としての義務であり仕事でもある。
 五十嵐ギルドはギルドの建物の隣の建物をトレーニングルームとして使っていた。
「おお、待っていたぞ!」

 トレーニングルームではギルド長のイガラシを始めとして、食堂で見たような人も待ち受けていた。

「今日は君たちの力を見せてもらう。実際にどの程度なのか分からないとどう戦わせていいのかも分からないからな」

 弱いのに前に出せば大怪我をさせてしまう。
 だからと過保護に扱うつもりもない。

 実力を把握して的確に運用してこそ最大限の効率で安全に戦うことができる。
 どうすれば実力を把握できるのか。

 それはもちろん戦うことである。
 何もなく実力を見せてくれといっても難しい。

 戦えば実力や戦い方を見ることができる。

「まずは一年から戦ってもらおう。どちらからやる?」

 トモナリとサーシャは互いに顔を合わせた。

「私がやる」

「オッケー」

 珍しくサーシャがやる気を見せている。

「よし、工藤君からだな。君はタンクタイプだな」

 サーシャは安定してタンク役をこなすためにやや大きめな盾を持っている。
 アタッカーでも盾を持つ人はいるけれど、動きやすいような小型な盾を持つことがほとんどである。

 たとえサーシャの職業を知らなくとも大きな盾を持っている時点でタンク役を担っていることは予想できる。

「さて……シノハラ!」

 トレーニングルームを見回したイガラシは一人の男を指名した。
 短髪の男性で装備は比較的軽装であった。

「よし、俺だな。安心しな、手加減はしてやるから」

 前に出たシノハラは肩を回す。

「うちにはヒーラーもいるから倒しちゃっても大丈夫だよ」

 イヌサワがニコッと笑ってサーシャの顔を覗き込む。
 傍目にはいつもと変わらないように見えるけれども、それなりに付き合いのあるトモナリにはサーシャが緊張しているのが分かった。

「頑張れ」

「うん、頑張る」

「サーシャ、やっちゃうのだ!」

「ふふ、うん」

 ヒカリにも応援されてサーシャは軽く微笑む。

「倒されないように気をつけないとな」

 シノハラは腰につけていた武器を取り出した。

「なかなか珍しい武器だな」

「ね、僕もそう思うよ」

 シノハラの武器は大型のククリナイフであった。
 真ん中から前の方に折れ曲がった形をしている特殊なナイフで、シノハラが持っているものはククリナイフの中でもかなり大きなサイズのものである。

 分厚くて大きな刀身を見ているとナイフというよりも普通にソードである。

「行くぞ!」

 盾を構えるサーシャに向かってシノハラが走り出す。

「うっ……」

 シノハラはククリをサーシャの盾に叩きつけるように振り下ろした。
 盾とククリがぶつかって甲高い音が響く。

 サーシャはしっかりと盾で受け止めたにも関わらず大きく後ろに押されてしまった。
 手加減すると言いながら大人げない一撃だった。

 レベル差があって能力にも大きく差があることは今の一撃でサーシャにもよく分かっただろう。

「……強いですね」

 アサミはシノハラの戦い方を見て思わずうなってしまう。
 ククリという武器のみならず戦い方もやや変則的である。

 正統派な戦いから外れて予想がしにくい攻撃を絶え間なく叩き込んでいる。

「元々彼は傭兵だったんだ。武器のチョイスもその頃の影響を受けているらしいね」

 だからなのかとトモナリは思った。
 シノハラの動きは対モンスターというよりも対人的な動きをしている。

 元傭兵としてどんなことをしていたのか知らないが、対人的なことも行っていたのだろう。
 サーシャにとっては格上が経験したことない動きをするのだからやりにくいことこの上ない。

 だが良い経験になることは間違いない。
 モンスターだって予想しない動きはしてくる。

 シノハラの動きに対応することは今後のサーシャの動きにも活きてくるはずだ。

「……光の加護!」

 防戦一方でこのままでは反撃もできない。
 サーシャがスキルを発動させた。

 体が淡く光に包まれてサーシャの能力が上がる。
 盾でククリを受け流すように受け止めて剣を突き出す。

「ははっ、まだまだだな!」

 無理に繰り出した反撃をシノハラは指で挟んで防いだ。

「抜けない……!」

「ほらよ!」

「うっ!」

 シノハラはサーシャの腹を蹴り飛ばした。

「そこまで! シノハラ……」

「なんだ? 女の子相手なんだから優しくしただろ? 野郎だったら今頃ボコボコにしている」

「……はぁ」

 太々しく笑うシノハラにイガラシは大きなため息をついた。

「うぅ……」

「大丈夫?」

 壁際まで転がっていったサーシャに女性が駆け寄った。
 ヒーラーの椎名愛美(シイナマナミ)はサーシャのお腹に手をかざすとヒールを始めた。

 鈍い痛みがヒールによってスッと引いていく。

「悔しい……」

「ふふ、強い子ね。レベル差があるからしょうがないわよ」

「むぅ……」

 シノハラはスキルすら使っていない。
 レベルの差があるほど能力値の差も大きい。

 加えて元傭兵のシノハラは経験も豊富であり、今のサーシャが勝てるような要素はない。
 それでも悔しい、もっとやれたと目の奥で炎を燃やしているサーシャをマナミは微笑ましく見ていた。

「しかし……正直あそこまで持つとは思わなかった。簡単に終わると思っていたけどあれが一年生ねぇ……」

 シノハラは腕を組んで感心してしまう。
 なんなら一撃で終わってもしょうがないと考えていた。

 なのにサーシャはシノハラの攻撃をよく防いで反撃の機会までうかがっていた。
 結果的に無理に反撃したことでやられてしまったが、反撃も悪くなかったし良い気概をしている。
「そうでしょ? 僕の後輩だからね」

「お前の後輩だから期待してなかったが考えを改めるよ」

「いたっ! はははっ、ひどいなぁ」

 イヌサワはシノハラにちょっかいをかけるけれどデコピン一発で退散させられる。

「次はアイゼン君だな」

 ほんの少し空気が張り詰めたことをトモナリは感じた。
 ドラゴンを連れたドラゴンナイトという希少な職業な覚醒者であるトモナリの実力はみんなが気になっていた。

「相手は誰ですか?」

「相手は……」

 イガラシがトレーニングルームの中を見回す。
 何人かがイガラシに視線を送る。

 自分がやりたいということである。

「……ユウ、お前がやってやれ」

「僕ですか?」

「そうだ。彼のことは気にしていただろ?」

「本人の前でそれ言いますか? 恥ずかしいなぁ」

 イヌサワは頭をかいて笑う。

「でもまあ……興味があったのは本当ですからね」

 イガラシに視線を送っていた一人がイヌサワであった。

「聞いたよ。悪名高きNo.10ゲートを攻略したのは……君だって?」

 イヌサワはサングラスを外す。
 色素が薄くて茶色っぽい色をした瞳がトモナリのことを見つめる。

「それに終末教とも戦ったんだろ?」

「どうしてそれを……」

 No.10ゲートを攻略したこともトモナリたち個人の名前は出ていない。
 加えて終末教の襲撃については完全に隠匿された情報である。

 No.10を攻略したのがトモナリだということは調べられるだろう。
 しかし終末教については普通は知り得ないのである。

「ユウスケとは友達でね」

「ユウスケ?」

「ミヤノユウスケだよ」

「ああ……」

 名前を聞いて思い出した。
 No.10ゲートを攻略した後終末教に襲撃されることは予測できていた。

 だから覚醒者協会に協力を要請していたのだが、その時に助けに来てくれたのがミヤノンウスケという覚醒者であったのだ。
 大和ギルドという大きなギルドに所属する強い覚醒者でトモナリもスカウトされたことがある。

 ミヤノはアカデミー出身の覚醒者ではないものの、イヌサワと交流があった。
 トモナリたちが来る前にイヌサワはミヤノと連絡を取ることがあり、その会話の中でたまたまトモナリについても離すことがあったのである。

「僕も試練に立ち向かった者だからね」

 洒落た言い回しをする者だが要するに試練ゲートに挑んで攻略した者であるということだ。

「その関係で機密保持の契約も結んでいるから聞かせてもらったのさ」

「……それを今話していいんですか?」

「…………あっ」

 途中までいい感じだったけれど今はトモナリとイヌサワの二人きりでない。
 周りに多くの人がいる。

 機密の情報を聞ける立場にあることは別にトモナリにとってどうでもいいのだが、機密に当たる情報をみんなの前で堂々と口にしてしまっている。

「……みんな、今の話は秘密だよ?」

 イヌサワは誤魔化すように笑ってみんなを口止めする。
 いいのかそれでと思うのだけど、周りも苦々しく笑って頷いている。

 イヌサワユウといえばクールで天才肌の覚醒者だと聞いていた。
 もっと近寄りがたい人をイメージしていたのに想像よりも親しみのある人間性でトモナリも思わず笑ってしまう。

「ふふ、先輩がこれ以上何か言っちゃう前にやりますか」

 ともかくイヌサワがトモナリに注目していることは分かった。
 強さを語るなら口ではなく戦えばいい。

 トモナリはルビウスを抜いた。

「赤い剣……なかなか面白いものを持っているね」

 燃え盛る炎のようなルビウスは目を引くだけでなく、一定以上の実力があれば強い魔力を宿していることが感じ取れる。

「いつでもおいで。可愛い後輩に胸を貸してあげよう」

「それじゃあ遠慮なく。ヒカリやるぞ」

「任せるのだぁ〜」

 トモナリが肩に乗ったヒカリの頭にポンと触れて合図するとヒカリは翼を羽ばたかせて飛び上がる。
 イヌサワほどの実力者ならトモナリが手加減する必要などない。

 トモナリは床を蹴って一気にイヌサワと距離を詰める。

「速いな」

 距離を詰めるトモナリの速度を見てイガラシは目を細めた。

「おっと……最初からやるね」

 正面から切りつけると見せてトモナリはイヌサワの後ろに回り込んでルビウスを振る。
 隙だらけのように見えてしっかりと警戒していますイヌサワは素早く剣を抜いて攻撃を防いだ。

 普通の剣よりもやや細身だが、灰色がかった色をしていて普通の剣じゃないなとトモナリは思った。
 対してイヌサワもトモナリの速さや剣から伝わってくる衝撃に内心で驚いていた。

 せいぜいサーシャの少し上ぐらいだろうと思っていたのに能力値はサーシャよりも遥かに上である。
 剣を持つ手の痺れからすると油断すると危ないなとイヌサワは少し気を引き締めた。

「ずっと強くなってる」

 顔合わせで初めて出会った時に戦ったトモナリとは見違えるようだとフウカは思った。
 アカデミーに来たばかりの時は技術に能力が追いついていないような感じがあった。

 当然回帰前の知識がありながら体はまだレベルも低く、意識して動かそうとしてもついていかない部分が残っていた。
 しかし地味で辛いトレーニングを続けて能力値を伸ばし、レベルアップしてきた。

 同じレベル帯はおろか、多少上のレベルでも戦える自信が今はある。

ラスボスドラゴンを育てて世界を救います!〜世界の終わりに聞いたのは寂しがり屋の邪竜の声でした

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