「大型新人はインベントリも大型だな」
「この場合分配はどうするべきかな……」
勝手なことをしたので怒られるかと思ったけど、みんなは怒るような様子もなかった。
レイジはガハハと笑い、テルはトモナリが持ってきたモンスターの死体をどうすべきか悩み始める。
状況が状況だけにインベントリの余裕を確認してモンスターの回収をなんてやっている暇はなかった。
一刻も早く移動しようという状況で一人、インベントリにモンスターを入れたことは多少の問題かもしれない。
しかしトモナリは特に遅れたわけでもないし、トモナリの行為で誰かが迷惑を被ってもいない。
「まあいいんじゃない」
「ぐぬー! 放すのだぁー!」
Aチームのリーダーであり全体のリーダーでもあるテルも怒っていない。
Bチームのリーダーであるフウカもあっけらかんとしているので他のメンバーからも特に苦情はなかった。
「アイゼン君はどうしたい?」
正直お金に関して困っている人はいない。
戦闘訓練が目的であるので元々持ってくる予定のなかったレオンコボルトの分の報酬を強く欲してはいなかった。
「うーん……」
トモナリも特にお金には困っていない。
先日ゆかりのために家を買ったがそれでもまだ貯金はあった。
「じゃあこうしませんか? ボスレオンコボルトとレオンコボルト五十匹はみんなで分けて、残り百匹は俺がもらってもいいですか?」
「みんなはどうだ?」
「ん、私はいいよ」
「先輩方がいいなら言うことないな」
トモナリの提案に反発する人もいなかった。
「んじゃ」
トモナリはインベントリの中からレオンコボルト五十匹を出す。
「よし、一年、解体だ」
「ええーっ!」
「ほら、さっさとやる!」
レオンコボルトの死体そのものはいらない。
持ち帰るなら魔石だけ取り出したほうが持ち運びしやすい。
どうせならサポートとしてついてこなかった一年生にも解体をやらせようとテルは思った。
ミズキは露骨に嫌な顔をするけれどいつかはやらなきゃいけないことである。
渋々ナイフを持ってきてレオンコボルトの解体にチャレンジする。
二年生が付き添って解体のやり方を教える。
「ぎゃあ! 血が飛んだ!」
騒がしいミズキだけでなくサーシャやコウたちも解体に挑戦している。
「残りの百匹はいいのかい?」
どうせなら今出して解体すればいいのにとテルは思った。
「別の使い方があるんです。……あの解体した後の死体ももらっていいですかね?」
「燃やすだけだから構わないけれど……何に使うんだい?」
「スキルの解放に使うんです」
「スキルの解放に?」
「そうなんです。実はスキルの解放にも秘密があるんですよ」
ーーーーー
ゲートの攻略を終えたトモナリたちはそのままアカデミーに帰ってくることになった。
まだギリギリ夏休み期間ではあるもののそれぞれ家に帰るような時間もなかったので仕方ないのである。
帰ってきて少し懐かしさすら感じる部屋で休んで次の日部室に課外活動部のみんなが集まった。
「何か飲み物はいるかしら?」
「じゃあ、リンゴジュースお願いします、フクロウ先輩」
「アイゼンは?」
「ソーダがいいのだ!」
「ふふ、分かったわ」
課外活動部の部室はかなり至れり尽くせりとなっている。
ある程度の魔法や衝撃に耐えられる訓練室があるだけでなくお菓子にジュースまで完備されている。
いつきてもちゃんと補充されているのでミクあたりが細かく管理してくれているのかもしれない。
「はい、ソーダ」
「ありがとうなのだ!」
カエデからソーダのコップを受け取ってヒカリはソファーに座るトモナリの膝の上でチビチビと飲み始めた。
「それにしても今日は何の用なんですかね?」
ミズキはカエデからリンゴジュースを受け取る。
部室にみんなが集まっているのは偶然ではない。
本来なら今日はお休みだったのだが部室にいるのはマサヨシが集めたからであった。
「みんな集まっているな」
マサヨシとミクが部室に入ってきた。
「おはようございます」
「うむ、おはよう。本来ならゆっくり休んでもらうところ集まってもらって悪いな」
「今日は何の用でみんなを集めたのですか?」
みんなを代表してテルがマサヨシに聞く。
「一つ聞いてもらいたい話があってな」
「話ですか?」
「そうだ。ただ重いものではない。くつろいだまま聞いてくれ」
テルは会議室の方に移動するべきだろうかと考えたがのんびりしたまま聞いていいとマサヨシは軽く笑顔を浮かべた。
「今日聞いてほしい話はスキルに関するものだ。先日日本の覚醒者協会からとある論文が発表された」
「それがスキルに関するものなのですか?」
「その通りだ。論文のタイトルは上位スキル獲得可能性の向上方法だ」
「上位スキル獲得可能性の向上……ですか?」
「その通りだ。まだ未確認な部分が多く、広く一般には知れ渡っているものでもない。しかし内容は面白いものだった」
「どのようなものなのですか?」
「軽くかいつまんで話そう。スキルスロットが解放されるとスキルを抽選することができることは知っての通りだ」
レベルが上がるとスキルスロットが解放される。
ただしスキルスロットが解放されたからと勝手にスキルも解放されるわけじゃない。
スキルスロットが解放されたら自らの意思でスキルを得ようとして初めてスキルがスキルスロットに入る。
一般にスキルはランダムに抽選されるもので、運によって良いもの悪いものが選ばれるとされている。
「何が選ばれるのかは完全にランダムで運に任せるしかない……というのがこれまでの通説だった」
「……そう言うということはまさか?」
「確実に良いスキルを手に入れられるとは限らないが確率を上げられる方法がある、らしいのだ」
「そんな方法が?」
テルのみならずみんなが驚いたような顔をする。
「この方法を使えば良いスキルを手に入れられる確率が上がる。他にも手に入れたいスキルの方向性を固定することもできるらしい」
「らしい、なのですね?」
「やらなかった場合に手に入れられるスキルとやった場合に手に入れられるスキルの比較はできないからな。だがこの方法を使って得たスキルはいいものである傾向が強いというのが論文の検証だ」
回帰前にガチャスキル理論なんて呼ばれたものがあった。
それは金持ちの遊びから始まった。
スキルの抽選がソーシャルゲームにおけるガチャで、まるでなんの対価も払うことがない無料のガチャだと言い出した人がいた。
ならばソーシャルゲームになぞらえて石を入れたら高いガチャになるのでは、なんて考えたのである。
金持ちだったその人はたまたま身近に魔石を保有していた。
レベルが上がってスキルスロットが解放された金持ちは魔石を使ってスキルを解放しようとした。
悪ふざけだったのだがその時使われたのはA級モンスターの魔石だった。
『確率変動が起こりました!』
そんな表示が現れて金持ちは新たなるスキルを手に入れた。
かなり強力なスキルを手に入れた金持ちはこれまで地味な覚醒者だったのだが、以降第一線で活躍する覚醒者となる。
しばらくスキルの解放に魔石を投じたことは秘密にされていたのだが、人類の旗色が悪くなってくると金持ちは慌てて自分がスキルを手に入れた秘訣を公開した。
良いスキルを手に入れる方法があるということに世界は騒然となった。
ただ金持ちが言うほどに簡単な方法ではなかった。
確率変動が起きるまでに必要なものは低等級の魔石なら大量に必要であったのだ。
ただ確率変動が起こらずとも良いスキルが手に入れられる可能性は高まっていると色々な人が試した中で言われるようになる。
魔石だけでなくアーティファクトやモンスターの素材でも代用がきくことが判明して人類のスキルは良くなり、一時期だいぶモンスターに対して盛り返したものだった。
「まだ確実ではないらしいが試してみる価値はある」
「試す……とは誰が」
「アイゼンだ」
「アイゼン君が?」
みんなの視線がトモナリに集まる。
「実は前回のゲートでレベル20になったんです」
サポーターとしてついていくだけなら分からなかったけれど、途中モンスターウェーブが発生したおかげでトモナリも戦うことになった。
そのおかげでトモナリのレベルも20を越えていた。
「そこでアイゼンで論文を試してみようと思う」
「試すって……アイゼン君はそれでいいのかい?」
「もちろんですよ。仮に論文が嘘でも普通にスキルが選ばれるだけですから」
「確かにそうかもしれないが……」
テルはまだ確実でもない論文をトモナリで試すことにやや難色を示している。
だがトモナリはもちろんやる気だった。
なぜならその論文を書いたのがトモナリ本人なのであるから。
覚醒後の能力について説明してくれる人などいない。
今現在ある知識も先人たちが経験の中から得たものである。
言ってしまえばかなり不親切なのだ。
回帰したトモナリにはこうした偶然発見された知識もいくつか覚えているものもあった。
ただトモナリがいきなりそうした知識を披露したところで信じてもらえないだろう。
なのでこっそりと論文という形で発表した。
論文の名前は偽名であるが完全に匿名でもなく未来予知として貢献してきた覚醒者協会を通じて発表し、ある程度の検証まで行ってもらっていた。
論文の内容を先んじてマサヨシに送ってもらっていたのである。
ちなみにマサヨシには論文のことは言っていない。
トモナリがレベル20になりそうなことをそれとなく伝えていたのでタイミング良しだと今回の話が持ち上がったのだ。
「あっ! じゃあモンスターの死体集めてたのって……」
「そのとーり」
ミズキがゲートでのことを思い出す。
不必要なはずのレオンコボルトの死体をトモナリはインベントリに入れて回収していた。
なんでそんなことするのか疑問だったけれどようやく理由が分かった。
スキルの解放で利用するためにトモナリはレオンコボルトの死体も持って帰ってきたのである。
「なるほどね。やっぱりトモナリ君は意味のないことをしないね」
マコトが感心したように頷いている。
いくらインベントリに空きがあるからとおかしいとは思っていた。
「とりあえず今日の話はここまでだ。細かく知りたいものがアカデミーの図書館にも資料があるし電子でも読めるようにしてある」
「トモナリはスキル抽選すんのか?」
「ああ、これからやろうと思ってる」
「ふーん、じゃあ見学してってもいいか? お前のスキル気になるしな」
「ああ、構わないぞ」
「んじゃ私も!」
「僕もいいかな?」
「見たいなら好きにしろ」
論文についての説明は終わった。
となると次は実際にやってみるということになる。
みんなもトモナリのスキルは気になる。
ユウトが見学したいと言い出してミズキやマコトも同調したので別に減るものでもないしトモナリは軽く許可を出した。
「……えっ、みんなも?」
トモナリが訓練室に移動するとユウトたちだけでなくフウカをはじめとしてみんながゾロゾロとついてくる。
ユウトたちだけだと思っていたトモナリは驚く。
「お前のセカンドスキルは気になるからな」
「良いものを手に入れる可能性が高いっていうなら尚更気になるでしょう?」
レイジやカエデもトモナリがどんな力を手に入れるのか興味があった。
「アイゼン」
「おっと、ありがとうございます」
マサヨシがインベントリから箱を取り出してトモナリに投げ渡した。
トモナリが箱を開けてみると三つの魔石が入っていた。
「B級の魔石だ」
「本当にいいんですか?」
「もちろんだ。持っていたが使わなかったしな」
トモナリはスキルを解放するにあたってマサヨシにお願いをしていた。
モンスターの死体、魔石、あるいは使わないアーティファクトなどあればスキル解放に使いたいと。
マサヨシは快諾してくれて、多少足しになるような魔石でもあればいいと思っていたのにまさかB級の魔石を貰えるだなんて思ってもいなかった。
B級の魔石を捧げられるなら確率変動を起こせる可能性も高まる。
確率変動までいかなくとも良いスキルを手に入れられる確率も高くなるだろう。
回帰前は万年貧乏で弱い覚醒者だったのでスキルのために何かを捧げる余裕なんてなかった。
あの時に初めて見た確率変動とやらをまた引き起こせるかもそれないと期待もできる。
「回帰前はEXスキルなんてものも出たな」
EXスキルというものはトモナリでも知らないものだった。
こうして過去に戻ってきて調べてみたけれどトモナリが調べられる限りではEXスキルの情報はなかった。
確率変動を起こせばまたEXスキルを手に入れられるかもしれない。
トモナリはもらった魔石をインベントリに入れる。
「えーと魔石、モンスターの死体を投入してランダムスキル抽選っと」
トモナリはインベントリのウィンドウを表示させて投入するものを選ぶ。
マサヨシからもらった魔石、レオンコボルトの死体、それだけではなくトモナリ個人が持っている魔石も投入する。
トモナリは覚醒者協会に協力する見返りとしてお金以外に魔石やモンスター素材を要求していた。
この時のためにコツコツと溜めてきた。
『ランダムスキルの抽選を行います』
スキルにも分類がある。
分類する人によって多少の違いはあるけれど攻撃、防御、支援、特殊の四つが基本で、それに加えて職業によるスキル、スキルのためのスキルがある。
攻撃スキルは文字通り攻撃に関するスキルだが、単に攻撃するだけでなく自分の能力を上げるスキルも攻撃スキルに分類される。
ユウトの二連撃やフウカのサードスキルであるシャドーブレードなんかはわかりやすい攻撃スキルであるが、レイジの迅雷加速やタケルの拳闘之体も能力アップ系の攻撃スキルとなる。
防御スキルはそのまんま防御に関するスキルである。
サーシャの光の加護、テルの絶対防御が防御スキルとなっている。
支援スキルは周りにいる仲間に対して適応されるスキルで仲間の能力を上げたり状態異常に対する免疫をつけたりする。
あまり支援系のスキルに覚醒する人は多くなく珍しいスキルなのである。
治療系も支援スキルに分類されている。
そして特殊スキルは三つの枠に当てはまらないもののことを指す。
トモナリの魂の契約もそうであるしマコトのインザシャドウ、フウカの闇をまとうファーストスキルも特殊スキルだ。
そして特殊スキルであると同時にトモナリのスキルは職業スキルでもある。
特定の職業にしか出てこないスキルで、おそらくフウカのファーストスキルも職業スキルであるとトモナリは思っている。
最後にスキルのためのスキルとはスキルの効果を向上させたり、あるいは他のスキルがあることを前提としたスキルのことをいう。
フウカのセカンドスキルは魔力の消費が激しくなる代わりにファーストスキルを強化する効果を持っている。
職業スキルもスキルのためのスキルも四つの類型に当てはめることもできるので、この二つを別枠にしない考え方も存在している。
『スキルの抽選が終わりました!』
「……確率変動は起こらなかったか」
確率変動が起こることなくスキルの抽選が終わってしまった。
残念だとトモナリは目を細める。
『スキルドラゴンズコネクトを獲得しました!』
「ドラゴンズコネクト……」
見慣れないスキルであるとトモナリは思った。
ドラゴンとついていることから職業スキルの可能性が高い。
トモナリはステータス表示を開く。
『力:83
素早さ:87
体力:82
魔力:79
器用さ:86
運:58』
まず目に入るのは自分の能力値である。
No.10ゲートのおかげで各能力値が大幅に向上した。
一般的なレベル20ではとてもじゃないが太刀打ちできない能力値である。
ただNo.10ゲートにおいては能力値が倍になるという恩恵があった。
レベルそのものはゲートに入った時の倍になっているが、能力値は倍になった時に及ばないのでやっぱり能力値が倍になるという効果はかなり大きかったのである。
「能力もかなり伸びたな」
自分の能力を見て思わずニヤリとしてしまう。
想定していたよりも能力の伸びが良い。
体を鍛えればある程度伸びるということが分かっていたので努力してきた。
数値として能力が見えると努力が身になっているなと感じられる。
ただこれからはそうもいかない。
トレーニングで数値も上がりにくくなったし、レベル20を超えるとレベルアップでの能力アップも鈍化するというのが一般的だ。
このまま伸びるだろうなんて慢心しないで努力や工夫を続けねばならない。
「スキルは……」
次にスキルに目を向ける。
トモナリが持っているスキルは三つある。
一つ目は交感力。
モンスターと心を通わせたりできるスキルである。
今のところその効果を強く実感したことはないけれどもEXスキルという見たこともないスキルなのでどこかで役に立ってくれるだろうと期待している。
二つ目のスキルは魂の契約 (ドラゴン)だ。
このスキルによってヒカリやルビウスとトモナリは繋がっている。
実態を持つヒカリが強くなるとトモナリも強くなるなんていう特殊な効果もある。
そして三つ目のスキルが新しく手に入れたドラゴンズコネクトというスキルになる。
『ドラゴンズコネクト
魂の契約したドラゴンの力を借りることができる。ドラゴンの力を体に宿して同一化し、ドラゴンの力を使ったり自身の力を強化することができる。力を借りるドラゴンの能力によって強化される能力が変わる』
ドラゴンズコネクトのスキルの説明を確認する。
見た限りスキルのためのスキル、分類するなら特殊スキル寄りの攻撃スキルのようだ。
「うーん……」
スキルの説明だけを見てもいまいち分かりにくい感じがある。
ただ契約したドラゴンといっているから魂の契約を前提としたスキルであることは確実だ。
「同一化、ということはスキルを使っている間ヒカリはいなくなるのか?」
色々と疑問はある。
「まあいいか、使ってみよう」
どんなスキルであれ使ってみればわかることも多い。
ドラゴンズコネクトは契約したドラゴンを使う。
今回はヒカリではなくルビウスで試してみようとトモナリは剣を抜いた。
「ドラゴンズコネクト!」
ルビウスを意識しながらトモナリはスキルを発動させる。
「あれが新しいアイゼンのスキルか」
ルビウスが赤い光を放つ。
そしてゆっくりとトモナリの胸に吸い込まれていく。
「うっ……」
トモナリの体に変化が起き始めた。
まるで炎が血管を流れているかのように熱さが体を巡り始める。
全身の皮膚がムズムズして、背中の肩甲骨のあたりに不思議な違和感を感じる。
「ト、トモナリ君の姿が……」
「何つースキルだよ……」
トモナリの変化はみんなの目にも明らかであった。
「くっ……ハァッ! ……これは」
体を駆け巡る熱さを飲み込んだ瞬間、背中からビリッと音が聞こえてきた。
トモナリとしては全身にみなぎるような強い力を感じ取っていた。
そしてふと見ると手や腕に赤い鱗が生えていることに気がつく。
「むひょーーーー!」
「ヒ、ヒカリちゃん?」
トモナリの視点から見た時には鱗が生えているな程度だったけれど、周りから見た時のトモナリはより大きく変化していた。
腕だけではなく顔など全身に赤い鱗が生えている。
目は輝くような金色に染まり、瞳孔が縦に長くなっている。
頭には小さくツノが生えていて、さらに一番大きな大きな変化は背中に翼まで生えているのだ。
まるでドラゴンと人が融合したような姿である。
トモナリの姿を見てヒカリが激しく興奮をあらわにした。
尻尾を激しく振りながらフラフラとトモナリに近づいていく。
「どうだ、ヒカリ?」
トモナリは珍しく飛ばずに歩いてくるヒカリに気づいて笑顔を向けた。
「か……」
「か?」
「カッコイイのだぁ〜!」
ヒカリはうっとりとした顔をしてトモナリのことを見ている。
『お主、何をしたのだ?』
トモナリの頭の中でルビウスの声が響く。
「新しいスキルを試したんだ」
ヒカリはトモナリに飛びついて頬を擦り付けている。
何だかスキルを使った姿をとても気に入ってくれているようだ。
尻尾がグルングルン回転していてヒカリのテンションはとても高い。
『何だか不思議なものだな……体を失って久しいのに体を得たような気分がしておるわ』
「今俺とルビウスは一つになってるからな。体の他のところはどうなってる……翼!?」
グッと体をねじってみてトモナリはようやく翼の存在に気がついた。
「えっ、俺どうなってんの!?」
ちょっと鱗が生えただけだと思っていたのだけど思っていたよりも大きな変化があってトモナリは驚いた。
「ほれ! すごいことになってるよ!」
「おっ、ありがと……うおっ!?」
ミズキがスマホでトモナリの姿を撮影して見せてくれた。
ツノがあって翼まで生えている。
ここまで体が変化しているだなんて思いもよらず、トモナリはお尻に手をやった。
「流石に尻尾はないか……」
もしかしたらと思ったけれど尻尾まではなかった。
けれどなぜなのかその気になれば尻尾もいけるような気がしてならない。
「とりあえず……」
ヒカリにしがみつかれたままトモナリは体を動かしてみる。
かなり調子がいい。
「ただルビウス無くなっちゃったな」
『妾ならおるぞ?』
「剣の方だよ」
今のところ体にデメリットはない。
けれど一つだけ厄介なことがある。
それは剣のルビウスが手元になくなってしまうことであった。
体に鱗が生えているので防御面ではいくらか強化されているけれど、やはり武器があるのとないのでは大きな差がある。
『そんなものなくとも……今なら妾のブレスも使えるじゃろう』
「ブレスだと?」
『そうだ。意識してみよ』
「ブレス……」
トモナリは目を閉じて集中する。
「むっ! ヤナギ、クロハ、防御を展開しろ!」
「はい!」
「ん」
トモナリの中の魔力が大きくなったのをマサヨシは感じ取った。
フウカとテルがトモナリの前に飛び出す。
テルが絶対防御を発動させ、その後ろでフウカが闇を広げる。
「はああっ!」
トモナリがイメージしたのは回帰前に見たヒカリのブレス。
口を大きく開けたトモナリからブレスが放たれる。
「むひょーーーー!」
ブレスを放つトモナリにヒカリの興奮は再びマックスになる。
トモナリのブレスがテルに当たり、さらに拡散したブレスがフウカの闇が受け止める。
感じられる魔力だけでなく、フウカが珍しく苦しいような顔をしていてトモナリのブレスの破壊力の高さがみんなにも分かった。
「はぁ……はぁ……あれっ……」
ブレスを放ったトモナリは急なめまいにふらついた。
ドラゴンズコネクトが解除されてルビウスが地面に落ちる。
「魔力が無くなった」
たった一回のブレスでトモナリが持っていた魔力が全て消費されてしまった。
あまり何も考えずに放ったブレスに全て持って行かれたのだ。
「最後の切り札、もしくは加減覚えないとな……」
魔法とはまた違う高威力の攻撃ではあったけれどここまで魔力を使ってしまうのなら連発はできない。
ブレスを使ってもいいように加減できるようにするか、ブレスで戦いを終わらせるしかない。
「ヒ、ヒカリ?」
「トモナリ、カッコよかったのだぁ〜!」
大興奮のヒカリがトモナリの顔面に抱きつく。
「アイゼン」
「学長? あれ、先輩たちも何でそんなところに……」
マサヨシに声をかけられたトモナリは顔からヒカリを引き剥がす。
そこでようやくテルとフウカがトモナリの前に出ていたことに気がついた。
二人とも肩で息をしている。
「今やったそれは使うべきところを見極めなければな。下手すると壁や天井が吹き飛ぶところだった」
「あっ……」
どうしてテルとフウカがいるのかトモナリはようやく理解した。
「初めてで加減が分からなくて……」
想像していたものよりもはるかに威力が高かった。
テルとフウカがいなければ建物に大穴が空いていたところであった。
「すごい威力だったね。絶対防御がそのまま押し切られるところだったよ……」
相手の攻撃を返す絶対防御だが絶対的なスキルでもない。
全ての威力を返せるわけではなく、防御そのものも名前通りの絶対ではないのだ。
トモナリのブレスを押し返していたけれどもあまりにも威力が高すぎて絶対防御の限界を超えかけていた。
トモナリの魔力がもっと高ければ絶対防御を貫いていたかもしれないとテルは冷や汗を浮かべる。
「うん、すごかった」
冷静に見えるフウカも額に汗を浮かべていた。
絶対防御によって散らされたブレスを受け止めていたのだがそれだけでもすごい力であったのだ。
「まあ、魔石のおかげかいいスキルを手に入れたようだな」
「そうですね。使い所を考えればかなり強力なスキルだと思います」
トモナリはニヤリと笑った。
魔石やモンスターの死体を捧げたおかげなのかは分からないが、強いスキルを手に入れたことは間違いない。
「もう一度あの姿が見たいのだ〜」
「また今度な」
剣が無くなることとヒカリが大興奮することが今の所のデメリットだなと思いながらも、ドラゴンズコネクトのメリットの方が多そうだ。
どんなスキルなのかはこれからもうちょっと要研究であるとトモナリは思ったのだった。
夏休みが終わって授業が始まった。
一般クラスだと高校の授業の一部が覚醒者用の授業となったぐらいである。
対して特進クラスは卒業後の覚醒者としての進路を見据えているために、覚醒者教育に高校の授業がくっついているぐらいになっている。
夏休み前まではアカデミーや授業、覚醒者としての自分に慣れる時間だった。
夏休みを挟んで特進クラスは覚醒者としての授業が本格化していく。
トモナリはNo.10ゲートを含めて色々と攻略した。
そのためにもうすでにセカンドスキル解放のレベル20に達してしまった。
レベルアップは悪いことではないけれど、特進クラスで見てもトモナリは突出してしまっている。
トモナリと活動を共にしていたミズキを始めとする課外活動部の面々も、トモナリと同じく周りから見ればレベルも経験も高い水準となった。
理論的なことを教える授業は受けつつも、覚醒者として体動かす授業では授業の補助をしたり独自に鍛錬してもいい時間にしたりと柔軟に対応していた。
トモナリはオウルグループが作ってくれた魔力抑制装置を使いながら課外活動部のみんなとより強くなるために日々鍛錬に励んでいた。
「えー、今日はみんなに話がある」
朝のホームルームにマサヨシがやってきた。
普段は副担任のイリヤマが行うのにマサヨシが来たから教室はざわついていた。
「三年生になると後期日程の多くを冒険者ギルドに行って研修という形で過ごす」
三年生になればもはや進路は二つに分かれる。
覚醒者になるか、ならないかだ。
ならないならば勉強に集中することになる。
ここまで覚醒者としてやってきた経験があれば勉強するだけの体力はある。
大学進学という道もあるし覚醒者教育は受けているので覚醒者関連の仕事に就くことも普通の人よりも可能性が高くなる。
そして覚醒者になると決めた人はより現場に近い経験を積むために覚醒者ギルドへ研修に行くことになっていた。
生徒たちはいくつかのギルドを回って経験を積み、ギルドの方は有望な生徒がいればスカウトできる。
いわゆるインターンシップ制度というやつである。
「三年生がギルドを経験するインターンシップであるが一年生も短い間補助的にギルドへ行ってもらう」
「どういうことですか?」
「君たち一年生がするのは三年生の補助だ」
三年生は数ヶ月かけていくつかのギルドを巡る。
しかし一年生が行くのは一ヶ月だけ、しかも目的はギルドを経験しつつ三年生の補助のために向かうのであった。
慣れない環境にある三年生が早く適応できるように一ヶ月だけ一年生が付くのだ。
アカデミーとしては一年生のうちにギルドがどういったものかの経験を積ませることができ、ギルドとしては一ヶ月ぐらいなら一年生もサポートとして面倒を見ることができる。
三年生の負担を軽減してもらって早めに三年生が慣れて動けるようになってくれたらありがたいぐらいの考えだった。
こうして一年のうちからギルドを見ておけば三年生になった時も慣れるのが早くもなる。
色々と考えて生み出された教育システムであった。
「どこが受け入れてくれているかのリフトを配る。一ヶ月しかいないので一箇所にしかいけない。受け入れ人数にも限りがあるから第三志望まで考えておくように」
マサヨシがプリントを配布する。
「仮に第三志望もあぶれたら空いてるところに行くことになる。有名なところばかり選ぶと痛い目を見るかもしれないな。それと何人かは三年の先輩からご指名が入っている」
「ご指名ですか?」
「そうだ。サポートとして連れていきたいとな。シミズ、アイゼン、クドウ、それにクロサキ。今呼ばれた者は前に」
「呼ばれたぞ、トモナリ」
「そうだな」
トモナリはプリントを後ろに回して立ち上がる。
教壇に立つマサヨシのところに行くと回されたプリントとはまた別のプリントを渡された。
「指名者と指名者が最初に行く予定のギルドが書いてある。もちろん別に行くことも構わない。大切なことだから遠慮することなく考えろ。ちなみに人気のギルドも指名の方が優先される。行きたいところに行く三年生の指名があったら考えるのも一つだ」
席に戻ってもらったプリントを眺める。
「なんなのだ?」
ヒカリも一緒にプリントを覗き込む。
プリントには見知った名前の他にあまり知らない名前もあった。
向かうギルドは様々でトモナリが知っているところも多い。
「ヤナギ先輩か」
見知った名前の一つが柳風花であった。
闇騎士王を職業に持つ覚醒者で三年の中でも頭ひとつ抜けて強い。
あまり他人に興味がなさそうな人であるけれどトモナリのことはそれなりに気に入ってくれている感じはある。
狙いはヒカリかもしれないがトモナリもセットで考えてはくれている。
誰かを指名するような人でもないと思っていたのだがトモナリのことを指名してくれていた。
「行き先は……五十嵐ギルドか」
流石は三年生でもトップのフウカだけあって行き先もトモナリが知っているトップのギルドであった。
犬沢優(イヌサワユウ)という鬼頭アカデミーの卒業生も所属する国内におけるトップクラスの大型ギルドである。
何大ギルドなどと、どのギルドがトップクラスのギルドかの議論が行われるときには必ず名前が上がるようなところだ。
「他には……クロハ先輩も……」
テルもトモナリを付き添いに指名していた。
リーダー的な立ち回りをしているトモナリのことは現在部長として活動しているテルも目をかけていた。
「八菱重工業覚醒者チームか」
覚醒者ギルドの中には覚醒者ギルドとして独立しておらず、企業の中の一部署のような形で覚醒者チームが運用されているところもある。
企業の力を後ろ盾にしているので規模が大きく、強い資金力を持って活動しているような企業ギルドも少なくはない。
中でも八菱重工業の覚醒者チームはトップクラスの覚醒者ギルドと同じくらいの規模を誇る。
八菱重工業そのものが世界に誇れる大企業であるし、研修先としてもかなりいいところである。
ついでに企業系覚醒者ギルドは覚醒者を引退した後もそのまま企業に所属できたりということもあるので卒業後の進路としても人気が高い。
そんなところに一番目に研修に行けるのだからテルも高く評価されていることの証左である。
「ご指名ありはどーよぅー?」
「悩みどころだな」
ユウトがトモナリの肩に腕を回して指名者が書かれたプリントを覗き込む。
フウカとテル以外にも数人、トモナリを指名してくれている人がいた。
知らない人たちであるがどこの人も行き先は割と良いところだ。
誰かからトモナリのことを聞いて指名したのかもしれない。
あまり知らない人の付き添いに行くつもりはないが、良いなと思う研修先もある。
「さすが人気者は違うなぁ〜」
「ふふん、トモナリはすごいから当然なのだ!」
ヒカリがドヤ顔で胸を張る。
トモナリが褒められるとヒカリも嬉しい。
「まあお前の人気もあるかもしれないがな」
トモナリは膝に座るヒカリを撫でる。
多くの指名があったのはトモナリの実力の高さもあるが、ヒカリという存在も大きいかもしれない。
今やドラゴンを連れた覚醒者であるトモナリはアカデミーの中では知らない人はいないぐらいになっている。
しかしながらヒカリの存在は割とベールに包まれていた。
なぜならトモナリがあまり外に出ないから。
仲間たちといれば食堂に行くこともあるが、ヒカリが結構量も食べるので寮で宅配してもらうことも多い。
後はトレーニングするぐらいで、特進クラスは他のクラスと関わることも少ない。
三年生はより実戦的な戦いを始めるし一年生との関わりは薄く、こうなるとヒカリのことを意外と見かけないなんてことになる。
もしかしたらヒカリに会いたくて指名した可能性もあるのだ。
「どこに行くつもりなんだ?」
「まあどこでもいい……だから知ってるヤナギ先輩かクロハ先輩のところかな」
実力を買ってくれているのか、ヒカリが目的か、冷やかしか。
何が目的か分からない以上は知らない先輩たちの誰が良いかなど判断しようもない。
ならば知り合いか、指名を避けるか、行きたいギルドに行くかである。
特にどこのギルドでもいいかなと考えているトモナリは今後の関係性も考えて指名を受けてしまおうかと思っていた。
フウカがいく五十嵐ギルドもテルがいく八菱重工業覚醒者チームも最上位に良いところだ。
どちらに行っても間違いはない。
「俺なら……ヤナギ先輩かな」
「なんでだ?」
「ヤナギ先輩がいいっていうより……クロハ先輩は……めんどくさそう」
「はは、なるほどな」
ユウトがわざとらしく肩をすくめた。
テルは悪い人ではない。
ただし若干面倒な人ではある。
良く言うなれば几帳面なのである。
周りを良く見ていてみんなをまとめ上げる能力があるのだが、それは基本的にテルが几帳面であるという性格も大きく寄与している。
悪く言ってしまえば細かいところがあるのだ。
細かいことにも口出しして、部室が常にキレイなのもテルが目を光らせているからだった。
対して副部長でもあるフウカは緩い。
大雑把な性格をしていて細かいことは気にしない。
よくテルに怒られているのもフウカであるのだが、フウカは怒られても一切気にしない人である。
テルに付き添えば全部自分でやるのでそこの苦労は少ないかもしれない。
ただし細かなことで色々と言われたり怒られたりする可能性がある。
一方でフウカの方は身の回りの世話をしなければいけない可能性はあるけれど、何かを言われることはテルに比べて少ないだろう。
むしろ何も言われないぐらいのことありうる。
どっちがいいかとユウトが考えた結果、ユウトの場合は雑なところも多いのでテルについていくと苦労しそうだと判断したのだ。
言わんとしていることはトモナリにも分かった。
「どっちがいいかね……迷うな」
「俺はどこがいいと思う? できるなら緩いところがいいよな〜」
ーーーーー
「トモナリィ〜どおしてぇ〜」
「すまないな、ヒカリ……」
「ん、ヒカリちゃんは私が持ってる」
結局トモナリはフウカを選んだ。
別にユウトの意見に左右されたわけではなく、トモナリなりの考えがあってのことだった。
フウカはトモナリだけでなくヒカリのことも気に入っている。
何かとヒカリのことを抱きかかえようとするのでヒカリはフウカのことが苦手らしいが、残念ながらヒカリもフウカから逃げるほどの力はない。
だから捕まって抱きかかえられたら諦めるしかない。
「残念、ツンツン」
「ぬううぅ〜サーシャもやめるのだぁ〜!」
今は空港前にトモナリたちはいた。
付き添うことになっているフウカもいるのだが、メンバーそれだけではない。
サーシャもいてフウカが抱えるヒカリの頬をツンツンとつついている。
もちろん勝手についてきたのではない。
サーシャも三年生の付き添いとして付いてきていた。
トモナリと同じくサーシャも三年生から指名されていた。
課外活動部の先輩から指名されていたのでサーシャはそのまま受けることにしたのだが、サーシャを指名した三年生の行き先もたまたま五十嵐ギルドであったのだ。
なんとなく似ているサーシャとフウカ。
どっちも寡黙な感じでデフォルメした絵を描いたら姉妹みたいになるだろう。
どちらの職業もタンクタイプのもので、そんなところも似ている。
ついでに二人ともヒカリがお気に入りのようである。
「ええと……五十嵐ギルドの迎えが来るんですよね?」
「ええ、そのはずね」
助けを求めるヒカリから目を逸らしつつトモナリは予定を確認する。
サーシャを指名した三年生の安室亜紗美(アムロアサミ)が頷く。
艶やかな黒髪を肩口で切りそろえた女性の三年生だ。
「まあまだ時間には少し早いものね」
アサミは腕時計で時間を見る。
五十嵐ギルドは大きなギルドであるが拠点はやや田舎にあるために迎えが来ることになっている。
覚醒者ギルドと一口に言っても目的は様々だ。
覚醒者といえばモンスターを倒してゲートを攻略するものということになっている。
だから覚醒者ギルドと言えばゲートを攻略するものである、とは単純に言えない。
もちろん多くのギルドがゲート攻略を目的としていることは事実である。
だがゲートのみが目的ではないギルドもある。
例えばミネルアギルドなんかがそうである。
ミネルアギルドは積極的にゲート攻略をしないで必要に迫られたらモンスターと戦う。
浜辺という限られたスペースのみを守っていた。
他にも都市や商業施設、居住地や要人などモンスターだけじゃなくて脅威から人を守る選択をしたギルドも存在している。
さらにはモンスターやゲートの調査目的、覚醒者としての強さを追い求めることが目的なんてところもあるのだ。
「あれかな?」
空港の前で待つトモナリたちの近くに車が止まった。
「……俺たちが目的で間違いないですね」
「ようこそ!」
“ウェルカム 柳風花 安室亜紗美 愛染寅成 工藤サーシャ”と書かれたボードを持った若い男性が車から降りてきた。
サングラスをかけているけれど目までニッコリ笑っていることが分かるような笑顔を浮かべている。
「イ、イヌサワ先輩じゃないですか!」
男を見てアサミが驚いた顔をする。
「おっ、嬉しいなぁ。僕のことを知っててしかも先輩と呼んでくれるなんて」
車から降りてきた明るい茶髪の少しチャラそうな男こそ五十嵐ギルドから迎えであり、鬼頭アカデミーの卒業生でもある犬沢優であった。
別名ウルフマンと呼ばれる高い能力を持つ覚醒者である。
「も、もちろんです! 先輩のご活躍はアカデミーでも話題です!」
アサミは少し興奮気味である。
イヌサワはアカデミーでも有名な覚醒者だった。
卒業生ということもあるのだがイヌサワは七番目の試練ゲートをクリアした覚醒者の一人として、その実力の高さも有名なのだ。
アカデミー卒業生が試練ゲートをクリアしたのだからアカデミーの授業の中でも参考にすべき覚醒者として触れられていた。
割と顔もいいのでそこらへんもイヌサワが人気の理由だ。
「トランクに荷物を。少し遠いからすぐに出発しようか。自己紹介は車の中で」
大きめの車の後ろに荷物を積む。
唯一の男であるトモナリが助手席に乗せられて女性陣は後ろの席に座る。
「改めて自己紹介だ。僕は犬沢優。僕も鬼頭アカデミーの卒業生だから君たちの先輩だね」
イヌサワが車を運転しながら軽く自己紹介をする。
「君たちのことはすでに聞いてるよ。ギルドに着いたらまた挨拶することになるだろうから君たちの自己紹介はその時に。先にこれから向かう五十嵐ギルドについて説明しておこうか」
車は市街地を離れていく。
「僕たち五十嵐ギルドが何を目的にしているのか君たちは知ってるかな?」
「モンスター占領区の奪還ですよね」
「その通り」
イヌサワの質問にアサミが答える。
「僕たちはモンスターに占領された土地を取り戻そうとしている」
ゲートを目的としたギルドや何かを守ることを目的としたギルド以外に、モンスターに占領されてしまった土地を取り戻そうとしているギルドもいた。
ゲートが現れてモンスターが出始めた頃は覚醒者の数も少なく、覚醒者自身も未熟であった。
大都市だって陥落してしまったところが多く、ゲートが放置されたままモンスターが溢れかえって人の住めなくなった土地があちこちにある。
それがモンスター占領区と呼ばれている場所だった。
ゲートが目的とも言えるのかもしれないが、人が住める土地を取り戻して安心して暮らせるようにすることを目的としているのが五十嵐ギルドなのだ。
「僕たち五十嵐ギルドが活動を始めてから担当しているモンスター占領区の40%を奪還した」
現在モンスター占領区となっている土地の多くが大きな都市から離れたところである。
そのために五十嵐ギルドが拠点を置いているところも少し離れているのだ。
「これからより戦いは厳しく……奪還も楽じゃないだろう」
ゲートに近づくほどモンスターの数は多くなる。
モンスター占領区を取り戻して、モンスターの領域が狭くなるとそれだけモンスターが密集して取り戻すことが難しくなっていく。
五十嵐ギルドが担当している地域の40%を取り戻したが、それはモンスターの少ない場所を取り戻したに過ぎない。
ここからが本当の戦いであるといえるのだ。
「僕たちは試練ゲートの攻略にも参加している。モンスター占領区の解放、試練ゲートの攻略……強い覚醒者は大歓迎なのさ」
五十嵐ギルドの目的はかなり高いところにある。
ミネルアギルドのような志の低いギルドもある一方で、このようなギルドがあることはトモナリにとっても希望だと思える。
「君たちは課外活動部……だっけ? 僕の時にはなかったものだ。特進クラスの中でもより優秀な子が集まっているんだってね」
車を走らせていると荒廃した町に入ってきた。
「うちを選んでくれるかは分からないけれど……来てくれると嬉しいよ」
町中を走っていく。
すると鉄柵が見えてきた。
大きな門があって銃を持った歩兵がいる。
単純な銃火器はモンスターに効果が薄い。
けれど特殊な弾薬を使ったり覚醒者が銃を使えばモンスターにもある程度の効果はある。
「おーい、未来のエースを連れてきたぞ」
イヌサワが車の窓から身を乗り出して門の方に手を振る。
門がゆっくりと開いていく。
「ようこそ五十嵐ギルドへ。おしゃれな都会ギルドとは違うけれどありのままを君たちに見せよう」
車は門の中に入っていく。
柵の外では人の姿は見られなかったけれど、柵の中に入ると歩いている人が見られた。
「覚醒者以外の人もいるんですね」
町中を歩く人には覚醒者っぽくない普通の人もいるようにトモナリは思えた。
「ふふ、よく分かるね。五十嵐ギルドとは言ったけれどまだ正確には五十嵐ギルドではないんだ」
「どういうことですか?」
「ここも元々はモンスター占領区だった。今は五十嵐ギルドがモンスターを掃討して、レベル1……安全区域となっている。空港がある町とここの間には畑があってね。モンスターを追い払った今再生を試みているんだ。ここの方が畑に近いから町と畑の再生を五十嵐ギルドの保護の元で行っている」
鉄柵の内側は五十嵐ギルドの保護の下で畑と都市の再生を行う一つの町となっていた。
まだまだ不足しているものも多く、念のために立てられた柵の内側での活動がメインであるけれど、高い志を持ってみんな努力している。
車を走らせているとイヌサワに向かって笑顔を向けて手を振る人もいる。
イヌサワもみんなに慕われているようである。
車は大きなビルの地下駐車場に入っていく。
「ここが五十嵐ギルドが使っている建物だ」
「電気が通っているんですね……」
車を降りたアサミが天井を見上げる。
ちゃんと電気がついていて地下でも問題なく活動できる。
元モンスター占領区で外を見ると割と町はボロボロになっていた。
電気が通っているようには見えなかった。
「大きな魔石発電機があるんだ。柵の内側の区域の電気ぐらいなら賄えるようになってる」
モンスターから取れる魔石の魔力を利用して電気を作る魔石発電機が建物に備られている。
一般向きではない大型の発電機は柵の中で使う分の電気を生み出している。
「ただエレベーターは使えないから階段でね」
電気を大きく消費し、メンテナンスも難しいエレベーターは利用しない。
荷物を持って階段を上がっていく。
「さて、改めて、本当に、五十嵐ギルドにようこそ」
建物の五階まで上がってきてようやく中に入れた。
中は外から見ていたよりも綺麗だった。
「まずは荷物を置いてこよう」
いきなり五階という中途半端なところに通されたのは五階には泊まれるような部屋が整えてあるからである。
柵の外にあるホテルからベッドなどを持ち込んでギルド員が住めるようにしてあった。
「置いてあるベッドなんかは良いホテルのものだから快適だよ」
一人一室与えられ、トモナリたちはとりあえず荷物を置いた。
「それじゃあみんなに挨拶に行こうか」
今度は最上階である十一階まで上がる。
イヌサワは社長室と書かれたプレートのある部屋をノックする。
「社長室……?」
「このビルはどこかの会社のものだったみたいだね。もうその会社はないけど」
「おお、遅かったな、イヌサワ」
社長室のドアが開いて大柄な男性が顔を覗かせた。
「入るといい」
社長室の中は普通のオフィスのようだった。
ただ壁に大きな剣が掛けられていることだけが覚醒者らしい感じを出していた。
「よくここまで来てくれたな。俺が五十嵐ギルドのギルド長である五十嵐真澄(イガラシマスミ)だ」
頬に大きな傷が走るイガラシは腕を大きく広げて笑顔を浮かべ、歓迎の意を示した。