「母さん、引っ越しをしないか?」

「引っ越しなのだ!」

 様々なことがあったけれどなんだかんだで楽しくみんなと過ごした。
 最後に多少宿題なんかをやったりして解散、みんなはそれぞれの家に帰っていった。

 トモナリも自分の家に帰ってきた。
 やっぱり自分の家はいいもんだと思いながらもトモナリはこの家を離れようと思っていた。

「どうして?」

 トモナリの真剣な目に冗談ではなさそうだということは察しつつも理由が分からなくてゆかりは首を傾げた。
 長いこと住んでいるので多少くたびれたような感じはあるけれどそれでもまだまだ住めるところである。

「もっとセキュリティのちゃんとしたところに移ろうと考えてるんだ」

「セキュリティ?」

「うん、ある意味……俺のせいなんだ」

「どういうことなの?」

「俺は少し有名になっちゃったから……」

 良くも悪くもトモナリは目立つようになってきてしまった。
 ヒカリという大きな特徴もあるためにどれだけ隠そうとしてもトモナリに関しては隠しきれないところがある。

 砂浜でのブレイクゲートでもトモナリは目立ってしまった。
 No.10ゲートでもマサヨシが情報が広まらないようにしてくれたが、鬼頭アカデミーの一年がやったことだというのはもはや知る人は知っている。

 さらにNo.10ゲートでは終末教に目をつけられてしまった可能性がある。
 回帰前終末教が邪魔になりそうな覚醒者の家族を襲撃して人質に取ったなんて話もある。

 トモナリにとって唯一の肉親は母親だけだ。
 狙われないとも限らないし、鬼頭アカデミーにいる今狙われたら守れない。

 より安全にいてもらうことがトモナリにとっても大事となるのだ。

「あなたにとっても必要なことなのね?」

「……ああ、そうだね」

「じゃあ引っ越しましょうか」

「……いいの?」

「あら、引っ越そうって言ったのはあなたでしょ?」

 母の無事を祈ることはもちろんだ。
 だがこんなにあっさりと承諾してくれるなんて思わなくてトモナリは驚いた。

「トモナリ、あなたは今羽ばたこうとしているわ。きっとこの話も必要だからするのでしょう? なら私はあなたの邪魔にならないようにしなきゃ」

「邪魔だなんてそんな……」

「いいのよ。私はあなたが友達を連れてきてくれて安心したわ。だから引っ越して……あなたが安心できるならそうするから」

 事情も聞かずにゆかりはトモナリのことを信じてくれる。
 思わず少しグッときてしまう。

「でもどこに引っ越すとか決めなきゃいけないわね」

「それについては候補が二つほど考えてあるんだ」

 ただ勢いで引っ越そうなどと言っているのではない。
 当然のことながら引っ越し先の候補もすでに考えてあった。

「ト、トモナリ……こ、これ本気なの?」

 プリントアウトしてあった物件の情報をゆかりの前に置く。
 ゆかりはそれを見て目を丸くしている。

 まずゆかりが見たのは物件の値段だった。
 引っ越し先も賃貸だろうとゆかりは考えていた。

 今いる家もマンションの一室で、賃貸であるしそうだろうと思っていたのだけど、トモナリが出してきたのは賃貸のものではなかった。
 二つとも分譲マンションのようで一室丸々購入する形となっている。

 さらに値段も驚きだった。
 ゆかりは平均的な相場というものを知らないがそれでも価格は高すぎるほどに高価である。

「母さん、心配しないで」

 とてもじゃないがこんな物件買うことなんてできないと顔をあげたゆかりにトモナリは微笑みかけた。

「これ見て」

「……通帳?」

 トモナリが次にテーブルに置いたのは銀行の通帳であった。

「ほら」

「……えっ!?」

 トモナリがペラリと通帳を開く。
 そこに書かれていた金額を見てゆかりが驚きの表情を浮かべる。

「ぷぷ……珍しい顔してるのだ」

 ゆかりが驚いているのが面白くてヒカリはクスクス笑ってしまう。

「こここ、これどうしたの?」

 見たこともないような金額だった。

「俺もそこそこお金持ちなんだ」

 トモナリはにっこりと笑顔を浮かべる。

「前にNo.10っていうゲートをクリアしたって言ったでしょ? あれは試練ゲートっていうもので……まあクリアするといっぱいお金もらえるんだよ」

 細かい説明は面倒で省いた。
 試練ゲートは人類が攻略すべきゲートである。

 そのために試練ゲートの攻略には報奨金が設定されている。
 国際覚醒者協会という世界的な覚醒者協会が寄付を募って設定しているもので試練ゲートが長く残ればそれだけ報奨金も高くなる。

 さらには日本の覚醒者協会も独自に国内の試練ゲート攻略には報奨金を出している。
 加えて試練ゲートに挑むには供託金を払う必要もある。

 攻略成功すれば過去に預けられたお金も全てもらえて、失敗すればそのまま成功するまで積み立てられる。
 No.10は結構長めに残っていた。

 入場条件の厳しさから失敗する攻略隊も後をたたずに時間も経ち、供託金も結構積み立てられていた。
 トモナリはNo.10攻略によって得られたお金をみんなで平等に分けようとしたのだけど、みんながそれを許さなかった。

 トモナリのおかげで攻略できたのだからとトモナリが半分を受け取ることになった。
 半分でもかなりの金額、みんなはもっと渡してもいいぐらいなんていうから渋々そこで納得したのだ。