「トモナリ……」
「ああ、俺も感じた」
夜中にトモナリとヒカリは目を覚ました。
一瞬だが強い魔力を感じたのだ。
周りで寝ているみんなの魔力ではない。
しかも感じられたのはほんの一瞬という違和感。
ゲートやモンスターが現れたなら継続的に魔力が感じられてもおかしくないのに今は集中しても魔力を感じられない。
何かがあるとトモナリとヒカリは顔を見合わせた。
トモナリとヒカリはみんなを起こさないようにそっと部屋を出る。
「何かの気配、感じ取れるか?」
ヒカリの感覚はトモナリよりも鋭い。
トモナリに抱えられたヒカリは目を閉じて意識を集中させる。
「むむむむ……蔵の方に何かがいるかもしれないのだ!」
「蔵だな?」
いるかもしれないという少し曖昧な言い方に不安を覚えつつもトモナリは蔵の方に向かう。
「開いてる……」
朝に神切を取るために蔵の中に入った。
出る時にちゃんと鍵を閉めたことは確認してテッサイに返した。
なのに今蔵の扉は開いている。
怪しいと思った。
トモナリはルビウスをインベントリから取り出す。
剣を抜くと真っ赤な刃が月明かりできらめいた。
気配を殺してトモナリは蔵に近づく。
開いた扉から蔵の中を覗き込む。
「……誰かがいる」
蔵の中で何かが動いている。
黒い姿をしているので何なのかまでは分からないが何かいることは確実だった。
「人……覚醒者だ」
蔵の中にいるのは覚醒者だとトモナリは気づいた。
刀の箱を開けて中身を確認するとシュンと箱が消える。
インベントリを持った覚醒者である。
トモナリはそっとスマホを取り出すと覚醒者協会に連絡する。
中の様子をうかがいながら住所と状況を素早く伝える。
「……気づかれたか!?」
トモナリの小さな声に反応したように盗人が顔を上げて周りを確認する。
「……動くな!」
これ以上はバレてしまうかもしれない。
そう思ったトモナリはスマホを切って蔵の中に飛び込んだ。
ルビウスに炎をまとわせて威嚇と明かりの確保をする。
「いかにも盗人って感じだな」
全身黒の服装に顔は目の下まで隠してある。
インベントリに物を入れる瞬間を目撃していなくとも盗人なのは見て分かる。
「大人しく捕まるんだな」
蔵の出入り口はトモナリが立ち塞がっている扉か天井近くにある小さな換気用の窓しかない。
換気用の窓は小さい上に格子がはめられているので簡単には出られない。
となるとやはりトモナリの後ろの扉から出ていくしかないのだ。
もうすでに覚醒者協会には通報してあるので人が来てくれるまで盗人をここに留められればいい。
捕まえられれば最高だ。
「……返事もなしか」
ただ無理をするつもりはない。
盗人は何も答えずトモナリのことをじっと見ている。
逃げる隙をうかがっているのだろうことはバレバレだ。
トモナリも盗人がいつ動いてもいいように警戒を怠らない。
「目的は何だ? お前は何者だ?」
トモナリが疑問を投げかけても盗人は何も答えない。
答えるとも思っていないが、だからといって盗人に大人しく投降する様子もないようだ。
「逃げるつもりか!」
盗人が真っ直ぐに走り出した。
懐からナイフを取り出してトモナリに向かって投擲する。
「ぐっ!」
トモナリは剣でナイフを弾く。
ただの投げナイフなのに非常に重たく感じられて顔をしかめた。
強い、と思った。
確実に盗人は自分よりもレベルが上の覚醒者である。
ナイフに込められた魔力がそれを物語っている。
「逃すか!」
だがトモナリも怯むことなく横を抜けていこうとする盗人に燃えるルビウスを振り下ろした。
盗人はかなり素早いが何とか攻撃が間に合った。
「はやっ……」
届いたと思ったのだが盗人がさらに加速した。
「ヒカリ!」
トモナリの剣は盗人に掠ることもなく、盗人はそのまま蔵を出ようとした。
しかしトモナリはさらに対策を打っていた。
蔵を出ようとした盗人に扉の上に隠れていたヒカリが落ちるようにしながら襲いかかる。
「……くっ!」
完璧なタイミングであったように思われたが盗人は体を捻ってヒカリをかわそうとする。
「ぐにゅー!」
逃すまいとヒカリは爪で盗人を攻撃した。
「浅いか……!」
ヒカリの爪は盗人の胸元に届いたがびりっと服が破けただけだった。
盗人は服を手で押さえるとそのまま飛び上がって逃げていく。
「待て!」
トモナリも追いかけるように蔵の上にジャンプする。
「くそッ……いない」
蔵の上に飛び乗った時にはもう盗人の姿はなかった。
すごく速いのか、スキルで身を隠したのか、あるいは両方か。
何にしろ相手の盗人は少なくともトモナリよりも素早さが上であると感じた。
体の使い方やスキルによってはまた純粋に数値だけを比べることはできないが多分純粋な能力値でも劣っている。
遠くにサイレンが聞こえて初めてトモナリは思わず深いため息をついた。
「逃げられたのだ……」
ヒカリも悔しそうな顔をしてトモナリのところに飛んできた。
「しょうがない……俺たちはまだまだ弱いんだ」
上には上がいる。
多少強くなったがそれでも及ばない強い人、強いモンスターは多い。
「何事だ」
近づくサイレンの音に起きたのかみんなも家の中から出てきた。
「あーあ……説明もめんどくさそうだ……」
「だーかーらー、俺じゃないですって! 本当に怪しい覚醒者がいたんです!」
絶賛取り調べ中。
トモナリは覚醒者協会に連れて行かれて取り調べを受けていた。
「本当に君が盗んだんじゃないんだな?」
「そう言ってるでしょ……」
蔵に泥棒が入ったことに関して事情聴取されているのだが、どうにもトモナリは自分で盗んでいるのではないかと疑われているようだった。
もちろん盗んでなんかいないのだけど相手がしつこく聞いてくるのでトモナリもだんだんとイライラしてきた。
「インベントリの中に刀があったな。あれはどうやって手に入れたものだ?」
「元々蔵にあったものですよ」
「やはり……」
「盗んだんじゃなくてもらったんです!」
盗んでいないことを証明するためにインベントリの中身を全部出させられた。
インベントリの中身は死なない限りは本人にしか分からないのだから隠そうと思えばいくらでも隠すことができる。
しかし疑われるのも気分が悪いからトモナリはちゃんと全部出した。
その中に朝にもらったばかりの神切があったものだから少し話がややこしくなっているのだ。
何もしていないのに疑われるのはこんなにムカつくものなのかとトモナリはため息をつく。
「浦田(ウラタ)さん……」
取調室に捜査官が入ってきてウラタと呼ばれた捜査官に耳打ちする。
「持ち主の確認と監視カメラの映像の解析が終わりましてアイゼンさんの証言の裏が取れました」
テッサイに聞いておけば早いし、監視カメラが当たったなら先にそっちだろとトモナリは思う。
敵でもないのにこんなに人を殴りたくなったのは初めてだった。
「取り調べは終わりです。もう行っても構いませんよ」
謝罪も無しかよと言いかけるが我慢した。
「最初に言いましたけどあの刀誰も触れてないですよね?」
「ああ? ああ……そのはずだが……」
「ウラタさん!」
「なんだ?」
また別の捜査官が慌てたように取調室の中に入ってきた。
「証拠の管理をしていた奴が急に刀を振り回し始めて……」
「なんだと?」
「ああ……だから言ったのに」
「心当たりがあるんですか?」
「だから刀に触れるなって言ったでしょう?」
もはや苛立ちを隠さない口調でトモナリは答えた。
「他の覚醒者じゃ抑えられなくて……ウラタさんお願いします」
「分かった、向かおう!」
ウラタが取調室を飛び出してトモナリは一人残された。
「トモナリ〜終わったか〜?」
パタパタと翼を羽ばたかせてヒカリが取調室の中に飛んできた。
「……大丈夫なのだ?」
「あんまり大丈夫じゃない。すごくイライラしてる」
犯人じゃないってのに疑いをかけられ、神切に触るなと言ったのに触れて問題を起こしている。
これがイライラせずにいられるだろうか。
「はぁ……」
どうにかイライラを飲み込んでため息をつく。
「いくぞヒカリ」
「どこいくのだ? 帰るのか?」
「インベントリのものも返してもらわにゃいけないしな。神切のこともある」
トモナリは騒がしさが大きい方に向かっていく。
「非覚醒者の職員は退避しろ!」
「救急車を呼べ!」
かなり大事になっている。
ただ悪いのはトモナリのことを疑ってインベントリの中身を出させた挙句ちゃんと刀の管理をしなかった覚醒者協会の方だ。
「君、今そっちにいくのは……」
「こりゃひどい……」
他の職員の制止を無視して角を曲がった先の光景はあまりいいものじゃなかった。
神切を手に暴れる男が一人と覚醒者の職員が数人で取り押さえようとしている。
周りには切られた怪我人が何人かいるが幸い死者はいなさそうだった。
「ぐっ……おい、目を覚ませ!」
神切を持った職員は明らかに異常な目をしていて容赦なくウラタに切り掛かる。
ウラタも剣で対抗するが神切を持った職員の力が強くて押されている。
「はぁ……」
せっかく朝は気分よかったのになんでこんなことになるんだとため息しか出てこない。
「ヒカリ、ちょっと髪の毛チリチリになるぐらい仕方ないだろう」
「ふっふーん、任せておけぇ〜」
ヒカリが神切を持った職員に飛んでいき、トモナリも後に続く。
「ぼーっ!」
神切を持った職員の前に飛んでいったヒカリは口からブレスを吐く。
真っ赤な炎が目の前に迫って神切を持った職員は思わず怯む。
「それ俺のなんだ、返してもらうぞ!」
怯んだ神切を持った職員の顔面をトモナリが思い切り殴りつける。
鼻の骨ぐらいは折れたかもしれない。
だけどこれ以上被害を出すわけにもいかないと一撃で仕留めた。
「チッ……相変わらずうるさいな」
足で腕を押さえつけて神切を取り上げる。
手に持った瞬間に頭の中に神切の声が聞こえてくる。
全く持って気分が良くない声に顔をしかめたトモナリは神切をインベントリに放り込む。
「……た、助かった……」
「お礼はいいんで俺のもの返してください」
今度はルビウスがうるさく言いそうだとトモナリはため息をつく。
なんだかんだと肌身離さず持っていないと小言を言う寂しがりやドラゴンがルビウスなのだ。
「あの盗人まじで覚えてろよ……」
顔も名前も分からないけれどトモナリは盗人に対して良くない印象を抱いていたのであった。
ーーーーー
「とんだ災難だったな」
「そうですね……」
解放されてミズキの家に帰ってきたトモナリは盛大にため息をついた。
神切についてもう一悶着起きそうだったけれど急に相手の態度が柔らかくなった。
もしかしたらトモナリが未来視もどきで覚醒者協会に協力していることが伝わったのかもしれない。
ともかくトモナリは犯人を止めようとしたのだし疑われるなんて大変だったとテッサイが労う。
蔵に自由に出入りできるようにして神切を手にした直後だったというタイミングも少し悪かった。
「まさか泥棒が入るとはな……」
「しかも覚醒者だもんね」
盗まれた側のテッサイやミズキだがあまり焦ってもいなかった。
刀なんかは売ればいくらかになるだろうが蔵にあるものはほとんど価値のない骨董品がほとんどであった。
「まあ覚醒者に狙われたら厳しいよな」
ユウトはため息をつく。
たとえ鍵があろうと監視カメラがあろうと覚醒者なら様々な方法で突破することができてしまう。
「悪かったな、みんな起こして」
「むしろ起こしてよ!」
時間としては日の出前になる。
寝るには早い時間だけど起きてるのも眠い。
結局みんなのことを起こしてしまったのでトモナリが謝るとミズキは少し怒ったような顔をした。
「一人で覚醒者の泥棒と戦ったんだよ? 危ないじゃない!」
「ん、まあ結果的にそうだけど……なんだったか分かんなかったしな」
怪しい気配はしていたものの覚醒者が古ぼけた蔵に泥棒に入るとは思ってなかった。
ちょっと確認だけするつもりで戦いになってしまったのだ。
「怪しいって思ったんでしょ? ならみんなのこと起こせばよかったんだよ」
「……そうだな、今度からそうするよ」
コウにも諌められてトモナリは素直に自分の非を認める。
確かに自分ならなんとかできるかもしれないという驕りがあった可能性はある。
みんなを起こして取り囲めば盗人を捕らえることもできたかもしれない。
「次はないと思うけど次あったらみんなのこと叩き起こすよ」
ミスは素直に認めよう。
今回は頼もしい仲間たちもいるのだし頼ることも覚えなきゃなと思った。
「にしてもさー」
「なんだ?」
「本当に犯人の顔も見なかったのか?」
盗人についてトモナリはやや身長が低めだったことと覚醒者で素早さが高そうなことしか報告していない。
顔は隠していたし声も出さなかった。
まともに戦ってもいないから能力も分からない。
特徴として言えることが多くないのである。
「ただ……」
「ただ?」
「いや、なんでもない」
「んだよー。でもトモナリでも捕まえられないんじゃ俺たちいても同じかもな」
トモナリはみんなの中でも頭一つ飛び抜けて実力が高い。
そんなトモナリが逃してしまうほどの相手ならやっぱりみんながいても厳しいかもしれないとユウトは思った。
一方でトモナリは言葉を飲んだ。
盗人は女かもしれないとひっそりと思っていたのだが確証もないし口にはしなかった。
ヒカリが盗人に一撃加えた。
服をかすったのでダメージはないものの服は破けた。
破れた胸元から黒い下着が見えたような気がするのだ。
ほんの一瞬だったのでこちらもまた確証はない。
それに男がブラジャーをつけないとも限らないので確実なことは言えない。
「とりあえず神切は守れたからよしとするか……」
おそらく回帰前神切が盗まれたのはこの盗人によるものだろうとトモナリは思う。
かなりギリギリのタイミングであったけれど神切を守ることができた。
神切を持った覚醒者協会の職員が暴れたことを考えると回帰前に起きた連続殺人事件も神切によるものだろうと推測できる。
つまりは未来における凄惨な事件を一つ防ぐことができたのである。
「まあ今度は逃がさない……」
「むにゃむにゃ……もう食べられないのだ〜」
みんなの目が冴えてしまった中でヒカリは丸くなって寝ていた。
もう会うことはないだろうが次に会うことがあればトモナリはもっと強くなっている。
次は盗人など逃がさない。
トモナリはそっとヒカリの頭を撫でた。
「母さん、引っ越しをしないか?」
「引っ越しなのだ!」
様々なことがあったけれどなんだかんだで楽しくみんなと過ごした。
最後に多少宿題なんかをやったりして解散、みんなはそれぞれの家に帰っていった。
トモナリも自分の家に帰ってきた。
やっぱり自分の家はいいもんだと思いながらもトモナリはこの家を離れようと思っていた。
「どうして?」
トモナリの真剣な目に冗談ではなさそうだということは察しつつも理由が分からなくてゆかりは首を傾げた。
長いこと住んでいるので多少くたびれたような感じはあるけれどそれでもまだまだ住めるところである。
「もっとセキュリティのちゃんとしたところに移ろうと考えてるんだ」
「セキュリティ?」
「うん、ある意味……俺のせいなんだ」
「どういうことなの?」
「俺は少し有名になっちゃったから……」
良くも悪くもトモナリは目立つようになってきてしまった。
ヒカリという大きな特徴もあるためにどれだけ隠そうとしてもトモナリに関しては隠しきれないところがある。
砂浜でのブレイクゲートでもトモナリは目立ってしまった。
No.10ゲートでもマサヨシが情報が広まらないようにしてくれたが、鬼頭アカデミーの一年がやったことだというのはもはや知る人は知っている。
さらにNo.10ゲートでは終末教に目をつけられてしまった可能性がある。
回帰前終末教が邪魔になりそうな覚醒者の家族を襲撃して人質に取ったなんて話もある。
トモナリにとって唯一の肉親は母親だけだ。
狙われないとも限らないし、鬼頭アカデミーにいる今狙われたら守れない。
より安全にいてもらうことがトモナリにとっても大事となるのだ。
「あなたにとっても必要なことなのね?」
「……ああ、そうだね」
「じゃあ引っ越しましょうか」
「……いいの?」
「あら、引っ越そうって言ったのはあなたでしょ?」
母の無事を祈ることはもちろんだ。
だがこんなにあっさりと承諾してくれるなんて思わなくてトモナリは驚いた。
「トモナリ、あなたは今羽ばたこうとしているわ。きっとこの話も必要だからするのでしょう? なら私はあなたの邪魔にならないようにしなきゃ」
「邪魔だなんてそんな……」
「いいのよ。私はあなたが友達を連れてきてくれて安心したわ。だから引っ越して……あなたが安心できるならそうするから」
事情も聞かずにゆかりはトモナリのことを信じてくれる。
思わず少しグッときてしまう。
「でもどこに引っ越すとか決めなきゃいけないわね」
「それについては候補が二つほど考えてあるんだ」
ただ勢いで引っ越そうなどと言っているのではない。
当然のことながら引っ越し先の候補もすでに考えてあった。
「ト、トモナリ……こ、これ本気なの?」
プリントアウトしてあった物件の情報をゆかりの前に置く。
ゆかりはそれを見て目を丸くしている。
まずゆかりが見たのは物件の値段だった。
引っ越し先も賃貸だろうとゆかりは考えていた。
今いる家もマンションの一室で、賃貸であるしそうだろうと思っていたのだけど、トモナリが出してきたのは賃貸のものではなかった。
二つとも分譲マンションのようで一室丸々購入する形となっている。
さらに値段も驚きだった。
ゆかりは平均的な相場というものを知らないがそれでも価格は高すぎるほどに高価である。
「母さん、心配しないで」
とてもじゃないがこんな物件買うことなんてできないと顔をあげたゆかりにトモナリは微笑みかけた。
「これ見て」
「……通帳?」
トモナリが次にテーブルに置いたのは銀行の通帳であった。
「ほら」
「……えっ!?」
トモナリがペラリと通帳を開く。
そこに書かれていた金額を見てゆかりが驚きの表情を浮かべる。
「ぷぷ……珍しい顔してるのだ」
ゆかりが驚いているのが面白くてヒカリはクスクス笑ってしまう。
「こここ、これどうしたの?」
見たこともないような金額だった。
「俺もそこそこお金持ちなんだ」
トモナリはにっこりと笑顔を浮かべる。
「前にNo.10っていうゲートをクリアしたって言ったでしょ? あれは試練ゲートっていうもので……まあクリアするといっぱいお金もらえるんだよ」
細かい説明は面倒で省いた。
試練ゲートは人類が攻略すべきゲートである。
そのために試練ゲートの攻略には報奨金が設定されている。
国際覚醒者協会という世界的な覚醒者協会が寄付を募って設定しているもので試練ゲートが長く残ればそれだけ報奨金も高くなる。
さらには日本の覚醒者協会も独自に国内の試練ゲート攻略には報奨金を出している。
加えて試練ゲートに挑むには供託金を払う必要もある。
攻略成功すれば過去に預けられたお金も全てもらえて、失敗すればそのまま成功するまで積み立てられる。
No.10は結構長めに残っていた。
入場条件の厳しさから失敗する攻略隊も後をたたずに時間も経ち、供託金も結構積み立てられていた。
トモナリはNo.10攻略によって得られたお金をみんなで平等に分けようとしたのだけど、みんながそれを許さなかった。
トモナリのおかげで攻略できたのだからとトモナリが半分を受け取ることになった。
半分でもかなりの金額、みんなはもっと渡してもいいぐらいなんていうから渋々そこで納得したのだ。
「だからお金の心配はしないで」
魚人ゲートの攻略報奨金やモンスターの素材代金、トモナリに関しては覚醒者教会からの協力金もある。
これからもっと覚醒者として活動するつもりだ。
今あるお金を使い切ったってまた貯めればいい。
トモナリはゆかりの手を取って目を見つめる。
「とりあえず物件だけ見に行ってみない?」
あまり悩むと断られてしまうかもしれない。
ゆかりに考える暇を与えず叩き込む。
「……分かったわ。とりあえず見に行ってみましょう」
ーーーーー
「本当によかったのかしら……」
「いいの。俺がいるうちなら引っ越しも楽だしね」
家の見学に行ったトモナリはそのまま契約まで済ませてしまった。
元よりそのつもりで話を進めていたので早かったのだ。
契約したのは大きな建物の下層階にギルドが入っていて、上の階を住居として売り出している物件であった。
下に入っているギルドが上の住人の安全を保障してくれるということで防犯としてかなり良いものとなっている。
その代わり高めであるがトモナリの財力を持ってすれば十分買えるものだった。
あれよあれよと話が進んでしまったのでゆかりには止めることもできなかった。
「本当ならもっと良いところがいいんだけど……母さんの都合もあるからね」
「まあ、仕事辞めなくてもいいのはいいけれどね」
トモナリとしてはもっと強い覚醒者のいる有名どころがよかったのだけど、ゆかりには仕事もある。
トモナリが希望するところだと町から引っ越すことになるので諦めた。
流石に仕事辞めて家に引きこもれと強制することはできない。
「……トモナリ」
「なぁに?」
「ありがとう」
少し無理矢理な気はしたけれど、トモナリが自分のことを考えてやってくれたことには間違い無いとゆかりにも分かる。
家の見学をしながら気がついた。
トモナリの背が少し高くなっていたことに。
体つきががっしりしたなとは思っていたけれど、よくみたらトモナリは記憶にあるような少し気弱でおとなしい少年ではなく大人になりつつあったのだ。
嬉しくも、寂しくもある。
でも止めることもできないのだから応援しようと思う。
「どういたしまして」
少しでも母が安全に暮らすことができるならとトモナリは安心できる。
何が起こるか分からない世の中なのだ、穏やかに暮らしてほしい。
「ただ次はこんなことするなら事前に相談してちょうだいね?」
「う……分かったよ」
あまりにも話が早かった。
流石のゆかりにもトモナリが事前にある程度話を進めていたことは分かっていたのだ。
「ヒカリちゃんもトモナリが勝手なことしないように、お願いね」
「うむ、任せておくのだ!」
「ふふふ、頼もしい」
ゆかりはヒカリのことを撫でる。
あまり人に撫でられたがらないヒカリであるけれどゆかりには心を許している。
夏休みが終わればトモナリは鬼頭アカデミーに帰ってしまう。
その前にと慌てて引っ越しの準備をしたトモナリは新しい家にゆかりと共に引っ越したのだった。
ーーー
後書き
昨日はお星様ありがとうございます!
感謝の言葉書きたくて今日も更新です!
これで星100突破しました、ありがとうございます!
もっとお星様くれてもいいんですからね!
これからものんびり更新します。
先行公開もあるのでよかったらギフト投げてください。
「それじゃあ行ってくるね」
「いってらっしゃい。怪我しないようにね」
「いってくるのだ〜」
夏休みも残り数日。
思ったよりも早かった。
引っ越したばかりではあるもののトモナリはもう家を出発した。
少し外出するのではない。
次に帰ってくるのはまた長期休暇の時となる。
ゆかりに挨拶をしたトモナリは呼んであったタクシーに乗り込んで空港に向かう。
「ひこーきってやつなのだ?」
「ひこーきってやつだ」
今回はまっすぐにアカデミーに向かうのではない。
別の場所に行くことになる。
そのための移動手段として利用するのは飛行機であった。
少し値段が張る移動手段ではあるものの今回は自分のお金ではないから気楽なものである。
ただ何も考えずに飛行機に乗れた頃よりも空港の人は減った。
けれどもやはり飛行機という移動手段は重宝されていて利用する人は多い。
「こんな鉄の塊が空を飛ぶのかぁ〜」
飛行機のチケットを用意してくれたのはマサヨシである。
ヒカリはペット扱いでもなくちゃんと座席が一つ与えられている。
窓際の席で、ヒカリは尻尾をフリフリしながら外を眺めていた。
翼があるドラゴンが空を飛べることはよく分かるが羽ばたきもしない飛行機が空を飛んでいることが不思議でならないのだ。
「トモナリ!」
「いつか……僕がおっきくなったらトモナリのこと乗せてやるからな!」
「んん?」
「こんなヒコーキなんかよりも僕の方が速いんだ!」
「ふっは、なるほどな」
思わず笑ってしまう。
何を言い出すのかと思えば飛行機に対抗心を燃やしていたのだ。
「期待してるよ」
トモナリは回帰前に見たヒカリの姿を思い浮かべる。
強大な敵だった。
しかしそれを抜きにして考えると美しさすら覚えるような雄大なドラゴンだった。
背に乗って空を飛ぶことができたらきっといい気分になれるだろうなと思う。
「ふふふん、期待するのだ」
ヒカリは翼を広げて胸を張る。
「ヒカリに乗って移動できたら楽だろうな……」
ドラゴンを襲うバカなモンスターも多くはないだろうとなると安全で速くてかっこいい移動手段となる。
大いに期待させてもらおう。
そう思ってトモナリはヒカリの頭を撫でてやるのだった。
ーーーーー
「なんもしないってのも疲れるな……」
空港から出てトモナリは体を伸ばす。
覚醒者の体は長時間の移動でもびくともしないはずなのだけど、なんだか凝り固まってしまったような気がする。
やはりヒカリの背中には期待だ。
「先に来てる奴がいるはず……」
「ぬおっ!? な、何するのだぁ〜!」
「……ああ、ヤナギ先輩……どうも」
「ん」
「トモナリ、助けるのだ〜!」
振り返ると三年のフウカが無表情でヒカリを捕まえていた。
そしてわしゃわしゃとヒカリのことを撫で回し始める。
無表情ながら卓越した手つきにヒカリは逃れることもできずにされるがままになっている。
「キュウ……やられたのだ……」
「みんなあっちにいるよ」
散々撫で回されてヒカリはフウカの腕の中でぐったりとしている。
だいぶ強くなったトモナリだけどフウカにはまだ敵う気がしない。
申し訳ないが助けるにはまだ力不足なのである。
一通りヒカリを撫で回したフウカが歩き始めてトモナリも荷物を持って追いかける。
「おっ、遅くもなく……早くもないな」
「そうね。真ん中ぐらいってところね」
ロビーの一角に見覚えのある顔が何人かいた。
二年のレイジやカエデ、一年のマコトやサーシャといった顔ぶれだ。
今日集まっているのはアカデミーの中でも課外活動部の活動のためであった。
課外活動部の活動はゲートを攻略してレベルを上げることである。
夏休みの自由の時間なんかうってつけだ。
夏休みが始まる時に一つ攻略した。
ちょっとイレギュラーな形でNo.10ゲートではあったが一応あれは課外活動部としての攻略であった。
今回は二、三年生を中心としてゲートを攻略し、一年はサポートとしての動きを学ぶのである。
「お前らまたゲート攻略したんだって? 今レベルなんぼだよ?」
「今は19ですね」
「もうセカンドスキル目前か」
レイジは驚いた顔をする。
今の二、三年生もかなり速いペースでレベルを上げてきたがトモナリたちはさらにそれよりもペースが速い。
「どっかで抜かされそうだな」
「じゃあ抜かした先輩って呼んでください」
「やなこった」
歯を見せてレイジは笑う。
最初の当たりこそキツかったものの打ち解けてみると意外といい先輩である。
「レベルの上がり方が異常なのはいいけどあなたたちのセカンドスキルも気になるわよね」
レベルが20になると二番目のスキル枠が開く。
能力値が優れていても優秀なスキル一つに潰されてしまうこともある。
逆に優秀なスキルを手に入れたことでここまで平凡なだった覚醒者が日の目を見ることもある。
どんなスキルを手に入れることができるのかということは優秀な人であるほど当人のみならず周りも気になるものなのだ。
トモナリは最初に見たこともないスキルを二つも手に入れた。
自ずと周りも次のスキルはどんなものかと期待してしまうのだ。
「今回レベル上がればセカンドスキルも解放できますね」
「まあでも今回一年はサポートだからな」
本来課外活動部での活動においてこの時期の一年生は二、三年生のサポートを任される。
トモナリのレベルを見ればもはやサポートなんて枠に収まらないことは確実だが、夏休みの最初に行ったNo.10ゲートでは二、三年生がサポートだった。
なので今回はトモナリも大人しくサポートに徹しようと思う。
「まあ、私が卒業する前にもっと強くなってくれると嬉しいな」
フウカは無表情のままジッとトモナリのことを見ている。
抱えられたヒカリはなんとか抜け出そうともがいているけれど厳しそうだ。
ヒカリがどうにかフウカの腕の中から脱出に成功した頃になると残りのみんなも集まってきた。
「ういっす!」
「うっす」
相変わらずのユウトはトモナリとハイタッチで挨拶を交わす。
「みんな集まっているな」
マサヨシがミクと共にやってきた。
「まずはホテルに行って荷物を置き、ミーティングを行う」
タクシーを使ってみんなでホテルに移動する。
意外と良いホテルでトモナリはユウト、マコト、コウと一緒の部屋であった。
とりあえず荷物だけ部屋に置いてホテルで貸し出している会議室に集まる。
「それではミーティングを始めます」
会議室にはスクリーンがあって画像が映し出されている。
まず映し出されたのは地図だった。
ミーティングを主導して説明をしてくれるのはミクである。
「今回攻略するゲートはこの町から二時間ほど行ったところにある湖のほとりに発生したものです。ダンジョン階数は一階、ダンジョンの難易度はE+……Dに近いと思われます」
次に映し出されたのはダンジョンの情報だった。
ダンジョン前で見られるダンジョン情報のステータス表示に似た形で書いてある。
「最大入場数は三十人。問題ないでしょう。入場条件はレベル10以上、60以下となっています。攻略を行う人の中で引っかかっている人はいません。そして攻略条件ですが全てのモンスターを倒せとなっています」
基本的に入場条件や最大入場数は厳しくないことの方が多い。
どういう基準で設定されているのか分からないけれど、今回のゲートは入る条件として全く厳しくなかった。
つまり全員普通に入れるということである。
「事前調査で確認されたモンスターはレオンコボルトです」
映し出された画像がモンスターのものに変わる。
コボルトといえば犬頭人身、犬のような頭を持った二足歩行のモンスターである。
普通のコボルトならF級相当の弱いモンスターであるけれど、今回発見されたモンスターは正確にはコボルトではない。
レオンコボルトはまるで獅子のような立髪を持っている。
故にライオンを表すレオンとついているのだ。
顔立ちもコボルトは犬っぽいがレオンコボルトはやや猫っぽい。
能力もコボルトより強い。
コボルトだからなんて名前だけで油断すると痛い目を見ることになる。
「ただ気をつけてください。全てのモンスターを倒せとなっているので他のモンスターやボスモンスターが出てくる可能性があります」
レオンコボルトを全て倒せではなく全てのモンスターを倒せとなっている以上他のモンスターの存在も考慮に入れるべきである。
事前にゲート情報を見てこうした予想をしておけばレオンコボルト以外のモンスターが現れても驚くことなく対処することができるのだ。
「レオンコボルトは食用になりませんし素材として有用なところがありません。魔石だけ回収して死体はそのままでも大丈夫です」
モンスターの回収もゲート攻略には重要な要素である。
今回のレオンコボルトは素材として利用されないので死体を持ち帰る必要はなく魔石だけ取り出して持ってくればいい。
「そして肝心のゲート内の環境ですが森林となります。鬱蒼とした密林ではなく明るめでやや視界が確保できる森となります。ですが木々が多いので奇襲には十分気をつけてください。説明は以上です。何か質問等はありますか?」
一通り説明を終えたミクがみんなのことを見回す。
無駄のない説明だった。
トモナリも聞くことはない。
「質問がないようでしたら攻略計画について皆さんで話し合ってください」
何かもをやってもらうわけではなく、実際の攻略は生徒に任されている。
どうゲートを攻略していくのか、それは自分たちで決めるのだ。
「それじゃあまず……攻略メンバーは二、三年生で構わないね?」
部長であるテルが場をリードする。
従来通りに攻略のメインメンバーは二、三年生で編成することにした。
戦力や職業を勘案し、攻略の効率を上げるために二つのグループに分ける。
「一年は外で準備組と中でサポート組に別れよう」
全員が中に入って攻略すればいいというわけではない。
外は外ですることもある。
中で攻略する人たちがいつ出てきてもいいように出迎える準備が必要だ。
近くに町がないならテントなどを張って食事の用意をしたり、着替えやタオルなどをすぐに渡せるようにしておいたりもする。
他にも他人がゲートに近づかないようにしたりゲートがブレイクを起こしてモンスターが出てきた時に対処したりと外だからと決して気を抜いていていいわけでもないのだ。
一方でゲートの中に入って行うサポートもある。
インベントリがあるとはいっても中に入れられる量には限界がある。
トモナリなんかはインベントリがかなり大きい方であるが、それは割と特殊な方で自分の装備でいっぱいであるという人も珍しくない。
そうなると必要になるのが荷物持ちである。
自分のインベントリに物を入れたりリュックなどを背負って一緒に入っていく。
他にも倒したモンスターの素材やゲートの中で拾えるものの回収なんかもやったりする。
基本的にサポートを行う人は攻略を行う人よりも弱い人がやる。
そのためにしっかり守ってあげなきゃいけないなどのルールも存在している。
「トモナリ君はサポートとして連れてく」
「えっ、俺ですか?」
外で大人しくテントでも立ててようと思っていたトモナリのことをフウカが推薦する。
「……そうかではヤナギのチームにはアイゼンがサポートにつくように」
トモナリがいいのかと問いかけるような視線をテルに向けたけれど、テルは困ったように笑ってフウカの推薦を受け入れた。
テルが部長であるけれども課外活動部の中で一番強いのはフウカである。
フウカが部長を嫌がったからそうしたことも得意なテルが部長をやっているのだ。
普段からフウカがわがままを言うことはないが時としてしっかりとした主張をすることがあり、そうなるとテルも弱いのである。
「それじゃあもう一人誰か中に入ってのサポートをしたい人はいるかい?」
一人はトモナリで決定してしまった。
フウカは満足げに微笑んでいて、テルは一年生を見回す。
「……えっ、僕?」
「おっ、ミナミ君やってくれるか?」
「えっ、あの、えっ……あ、はい……」
外も外でやることがあるとはいってもやはり外の方が楽ではある。
みんなサポートなら外の方がいいなと黙っていたのだが、声を出してしまったマコトがテルに目をつけられた。
なぜ声を出してしまったのか。
それはトモナリがジッとマコトのことを見ていたからだった。
嫌ですとも言えない。
仕方なくマコトはサポート役を引き受けた。
「なんで僕なの?」
攻略の計画についてテルが主導して話し合って決めた。
攻略そのものは次の日なので解散となって各々部屋に戻ろうとしていた。
マコトがトモナリに近づいてどうして自分のことを見ていたのか問い詰める。
「戦わなくても経験値は入るからな」
マコトはほんの少しトモナリたち特進クラスと合流するのが遅かった。
そのためにちょっとだけレベルの上がりが遅い。
もはや気にするような差もないが、こうした機会には差を埋めるチャンスとなる。
戦わずともサポートとして同行するだけで経験値が入る。
レベルアップできるほどではないだろうけど、戦いを見学する経験とレベルアップのための経験値はマコトの差を埋めてくれるだろう。
「うぅ……」
ちゃんと考えてのことだった。
マコトのためを思ってのことなので反論することもできずにマコトは小さくうなる。
「マコトも犠牲……サポートとしてがんばれよ」
「今犠牲って言わなかった?」
「気のせいだ」
「気のせいじゃないよー!」
「まあいいじゃないか。外いたって暇なだけだ」
「はぁ……やるなら頑張るけどさ」
暇な方がいいなとマコトは思う。
けれどももう逃げられないのでサポートを頑張る方向で思考を切り替えようと努力するのであった。
ーーーーー
「みんな準備はいいかい?」
ゲートの前でテルが最終確認を行う。
二、三年生のみならず万が一に備えて一年生も装備を身につけている。
加えてトモナリとマコトはサポートのために大きなリュックを背負っている。
見た目ほどのものは入っていないがサポートの荷物持ちとして大きな容量のリュックは必需品なのだ。
「準備万端なのだ!」
ヒカリもヘルムをかぶってやる気満々である。
油断するとフウカに捕まるのでヒカリはフウカを避けるように警戒している。
「一番最初は僕が入って安全を確認する。それから攻略開始だ」
事前に中の状況は分かっているが、何かのきっかけで環境が変わる可能性やモンスターが待ち受けている可能性も排除できるものではない。
タンクでもあるテルが最初に入って中の様子を確かめる。
テルがゲートの中に消えていって、程なくしてまた出てくる。
「安全は確認できた。中に入ろう」
「みんな頑張ってくださいねー!」
幸い今回ゲート周りに危険なことはなかったようである。
サポートであるトモナリとマコトは一番後ろからゲートに入る。
ゲートの中は事前に聞いていた通りの森の中である。
「信号を設置するぞ」
今時技術も進歩している。
周りの変化に乏しい環境の中ではゲートの位置が分からなくなってしまうこともある。
そうならないために色々な対策が編み出されてきた。
今主流なのは信号を発する機械を使うことである。
地面に埋め込むものでモンスターにもバレにくく専用の端末を使えばゲートの方角と距離が分かるようになっている。
「向こうの木の方を北側として固定しよう」
端末を操作して仮の北側を決める。
「ゲート地点から北をAチーム、南をBチームで攻略していこう。時間は昼までの四時間。四時間後一度ゲートに集合だ」
流石にテルは慣れているなとトモナリも感心してしまう。
ベテラン覚醒者みたいに進めていく。
「それじゃいくよ」
トモナリがサポートとしてついていくのはフウカを中心としたBチームである。
実力者ということでフウカがリーダーとしてチームをまとめることになってるが、みんなもそれぞれちゃんと動きを分かっているのでフウカが指示することもない。
ゲートを中心として定めた南側に移動していく。
メンバーにはカエデやタケルもいた。
王職の覚醒者が二人もいるのだから大丈夫だろうとトモナリはついていく。
「いた」
モンスターを見つけてフウカが停止の合図を出す。
「レオンコボルトだな」
見つけたのはレオンコボルト三匹の小さな集団。
まずは三年生が前に出てレオンコボルトの能力を確かめることにする。
フウカをセンターに二人の三年生が左右に広がり、囲むようにレオンコボルトに近づく。
さらに後ろから二年生たち三人もフウカの後についていく。
トモナリとヒカリは邪魔にならないように距離を取って戦いを見学である。
「あれが闇騎士王か……」
フウカの体を黒い魔力が包み込む。
まるで闇のような魔力はフウカたちに気づいたレオンコボルトに恐怖を与えた。
フウカが手を伸ばすと黒い魔力が手のような形を成してレオンコボルトの一体を捕まえた。
「圧倒的……ヤナギ先輩一人でも勝てたな」
グシャリとレオンコボルトが闇の手の中で握りつぶされた。
鎧であり縦であり武器である。
まさしく闇を操るフウカの能力は味方であればとても心強い。
そのまま左右から挟み込んできた三年生が残りのレオンコボルトを倒してしまい、戦いは二年生の出番なく終わった。
「そんなに強くないわね」
トモナリがナイフでレオンコボルトの魔石を取り出している間に他のメンバーで改めてレオンコボルトについて話し合う。
戦った感じも何もないぐらいあっさり終わってしまった。
ここに先生がいたならもう少し相手の出方を窺いなさいと怒るところだろうとカエデは思う。
「この感じなら少数の群れは二年生中心で、数が多くなるようなら三年生中心の布陣で行こうか。ヤナギもそれでいいな?」
「うん」
三年生の男子が話をまとめる。
ダンジョンの等級がE+と聞いていたので警戒してレオンコボルトを倒してしまったが、この様子なら今のところ大きな心配なさそうだった。
次は二年生を中心に戦い、レオンコボルトの動きを把握するつもりだった。
「ほい、ヒカリ」
「ほれきた」
トモナリはレオンコボルトの腹から魔石をほじくり出すとヒカリが持ったタオルの上に置く。
ヒカリがタオルでレオンコボルトの血を拭くと魔石はモンスターの革で作られた袋に放り込まれる。
「アイゼン君の手際もいいね」
みんなはトモナリのサポート能力にも驚いている。
倒したモンスターのお腹をサッと開いて魔石を取り出すのは初めてだとなかなか難しい。
倒すのはいいけど解体するのは嫌だという人も一定数いる中でトモナリは何のためらいもなく魔石を取り出している。
短い話し合いの最中に魔石の取り出しを終えてくれていたので感心しているのだ。
先輩面しようと思っていたタケルは当てが外れたなとつまらそうな顔をしている。
「とりあえず五匹を基準にしよう。五匹以下なら二年生が前に。五匹よりも多いなら僕たち三年生が前に。」
「一匹ならアイゼンにやらせてもいいかもね」
「今回サポートですよ」
「サポートとして教えられることもなさそうだものね」
「まあ先輩たちが危なくなったら俺も戦いますよ」
「ふふ、じゃあその時はお願いするわ」
軽く冗談なんかを言ったりしてBチームの雰囲気は悪くない。
次見つけたのは四匹の群れだったので二年生が中心となって戦った。
拳王であるタケルともう一人の二年生が前に出てカエデは後ろから魔法で攻撃する。
三年生が程よく距離を保ってフォローを入れられるようにしながら二年生が自由に動いてレオンコボルトはあっという間に倒された。
「特殊な能力や魔法はないみたいだな」
タケルが拳についた血を拭う。
一気に倒し切ることもしないでレオンコボルトの出方を窺いながら戦った結果、レオンが魔法を使ったり見た目から想像もできないような能力を使うことはないようだった。
噛み付く、爪で切り裂くなどの基本的な攻撃しかしてこない。
決して油断して受けていい攻撃ではないけれど、対処が難しい攻撃でもない。
テルのようなベーシックなタンク役がいないのでみんなでそれぞれ注意を引きつけながら戦っていく感じになる。
「このままサクサク倒していこう」
トモナリの魔石回収を待ってまたモンスターを探し始めた。
「今度は武器持ちか」
次に見つけたレオンコボルトは槍を持っていた。
粗末な槍ではあったが武器を持っているということで脅威レベルは少し上がった。
数も六匹であったので今度はまた三年生が前に出る。
「効かないよ」
またしてもセンターから攻めるフウカは黒い闇の拳でレオンコボルトを一匹押し潰した。
しかし今回のレオンコボルトはフウカの能力に怯むことなく反撃してみせた。
けれどレオンコボルトの槍はフウカを包み込む闇に阻まれてダメージを与えることができない。