ラスボスドラゴンを育てて世界を救います!〜世界の終わりに聞いたのは寂しがり屋の邪竜の声でした

「貴様!」

「えっ、なに?」

 ルビウスが食べ終えたチョコバナナの棒でミズキのことを指す。

「このちんちくりんと一緒にするでないわ!」

 今度はヒカリのことを棒で指した。

「本来の妾はそれはもう高貴で美しい姿を……」

「どりゃー!」

「ブニョ! 何をするこのちんちくりん!」

「ちんちくりん言うな!」

 ヒカリがルビウスに飛び蹴りをかました。
 トモナリが可愛いと言ってくれるのだからヒカリは今の姿にとても高い自己肯定感を持っている。

 そんな姿を馬鹿にされるとヒカリは怒っちゃうのである。
 加えて今のルビウスはヒカリの姿と大差ない。

 同じような姿をして何言ってるんだと思っている。
 むしろ同じような姿なら自分の方が上だとすら自負があるのだ。

「うにー!」

「ひょのひんひふりんふぁ〜!」

 互いに口を引っ張り合う低レベルな争いが繰り広げられる。
 時々勃発する争いであんまりうるさくならなきゃトモナリは止めるつもりもなく、困惑するみんなをよそにトモナリは焼きそばを取り出した。

 みんなもトモナリが止めないのならとヒカリとルビウスの争いを見守る。
 魔法やブレスは使わないようにと言いつけてあるので軽い小競り合いが続く。

 そんなものだから冷静になって眺めているとミニ竜同士の争いは意外と可愛いのである。

「あっ……」

「始まった」

 そんなことをしている間にボーンと音がした。
 花火が始まったのである。

「綺麗ですね」

「ああ、今じゃ花火をできるところも少なくなったからな」

 モンスターの影響で飛行機すら飛ばすのが大変になった。
 花火もモンスターを切りつけてしまうかもしれないと今では行うところも少なくなった。

 事前に魔物がいないことを確認して警護を行ってくれるギルドがいて安全に行えるのだ。
 トモナリの町においては大型ギルドが拠点を構えていて、その大型ギルドが花火大会に協賛しているから行えていた。

「ほらルビウス。焼きそばだ」

「本当の妾はもっとすごいのに……」

 ヒカリとルビウスの争いも花火が始まって終わった。
 トモナリが焼きそばを渡してやるとブツクサと文句を言いながらも焼きそばを食べ始める。

「綺麗なのだ……」

「すごいだろ?」

 花火も進化している。
 魔法を混ぜ込んで良い鮮やかに、より複雑な形も再現できるようになった。

「今度は守りたいな……」

 ゲートの出現が加速して、試練ゲートの攻略に手が回らなくなってくるとこんな花火大会もやっている余裕は無くなっていった。
 人々の心が安らぎ、癒しになるようなイベントは消えていき、ただ覚醒者たちの成功を祈ることしか一般人にはできないような時が来る。

 でも今度はこうした景色も守りたいとトモナリは思った。
 できるなら時として苦痛を忘れられる安らぎを得られるような世界のままでいてほしいと思うのだ。

「トモナリ」

「なんだ?」

「ちょこばなな食べたいのだ」

「ふふ、分かった」

 トモナリの膝に座ったヒカリの頭を撫でてチョコバナナをインベントリの中から出してやった。

 ーーーーー

「おい! こんなところで何をしてる!」

 花火大会も終わった。
 少しの余韻に浸ってトモナリたちは家に帰ることにした。

 廃校から出てきたところで人に見つかった。
 懐中電灯でトモナリのことを照らした男は警察官のように見えてミズキたちは焦った顔をする。

「忍び込んでました!」

「ト、トモナリ君!?」

 はっきりと白状するトモナリにコウは目を白黒させる。
 事前に言っていた上手い言い訳はどこへいったのだと驚いてしまう。

「……いけないことなのは分かってんだろうな?」

「ちょっとぐらいいいじゃないですか」

「ふぅ……久々に顔見せたと思ったらとんだ悪ガキになってるもんだな」

「……知り合い?」

 警察官が険しい顔をしていたのも一瞬で、すぐに呆れたような半笑いの顔をした。
 トモナリのことを知っているような口ぶりだ。

「ああ、顔見知りなんだ」

「花火見てたのか。昔からここはよく見えるって評判だもんな。子供はさっさと帰れ。見逃してやる」

 相手の警察官はトモナリが朝のランニングをしていた時によく挨拶をしていた人の一人だった。
 学校に行っていなかったトモナリのことを気にかけてくれていた人で、アカデミーに行くのに家を出ることを伝えたら良かったなと優しい目をしてくれていた。

「友達できたんだな。悪友みたいだが」

「友達できました。悪い友達たくさん」

「はははっ! 先日のゲートもお前がやったんだって? 体格もがっしりしてきてる……頑張ってるようだな」

 警察官のおじさんは優しく笑う。

「もっと頑張りますよ」

「そうか……あんまり無茶はするな。だけど若いうちの無茶は少しぐらいやっとくもんだからな」

 次やったら逮捕だぞ。
 そんな冗談をもらってトモナリたちは廃校から出てミズキの家に帰ったのだった。
「楽しんでいるようだな」

 お祭りから帰ってきた次の日、トモナリは朝早くから道場にいた。
 道場にはトモナリの他にテッサイもいて穏やかな顔をしてトモナリのことを見つめている。

 ヒカリはまだ眠そうに目を擦っている。
 寝ていてもいいとは言ったけれどトモナリのそばを離れようとはしない。

 最初にテッサイが会った時のトモナリは不登校の少年だった。
 いきなり刀をくれなどと言いに来て、不思議な才能を感じたから弟子にした。

 それが覚醒者になってアカデミーに行くと言い出して、あまり人と関わる感じでもなさそうだったから心配をしていた。
 だが孫娘のミズキとも仲良くしているようだし、友達もできてトモナリも楽しくやっている。

 強くなることにも心の豊かさは必要だとテッサイは考えている。
 トモナリが友達を作り、日々を楽しみながら強くなっているのなら嬉しいことであった。

「少し手合わせしようか」

 テッサイは立ち上がると壁にかけてあった木刀を手に取った。
 トモナリも立ち上がって木刀を受け取るとテッサイとトモナリは距離をとって向かい合う。

 ヒカリは道場の端に寄って丸くなってトモナリのことを見守っている。

「いきますよ」

 木刀を構えて集中を高める。
 魔力抑制装置を100%で発動させてトモナリは完全に魔力を抑え込む。

「いつでも来なさい」

 同じく木刀を構えるテッサイに隙は見当たらない。

「はっ!」

 トモナリはテッサイに切り掛かる。
 真っ直ぐ最短で近づき、ためらいなく最速で剣を振り下ろす。

「ふっふ……木刀でも人が切れそうな勢いだな」

 ヒカリの目には一瞬テッサイが切れたようにも見えた。
 しかしテッサイは切れたのではなくトモナリの攻撃を完璧に見切ってギリギリでかわしたのだった。

 トモナリは続けてテッサイに切り掛かる。
 魔力を抑えて体が重たくなったようにすら感じるが日々しっかりと鍛えているトモナリの動きは魔力を抑えていても速い。

 けれどテッサイは冷静にトモナリの攻撃をかわし、防ぐ。
 まるで水を相手にしているような気分にすらなる。

「ほぅ?」

 だがトモナリもいつまでも流されてばかりではない。
 だんだんとトモナリの剣がテッサイを捉え始めた。

 攻撃の鋭さが増し、テッサイも回避しきれずに防御することが多くなってきた。

「ふむ、ならばこちらからもいくぞ」

「くっ!」

 柔らかな水が突如として襲いかかってきた。
 トモナリのリズムや呼吸、攻撃を見切って一瞬の隙を見逃さずに攻撃が飛んでくる。

 攻撃こそ防げるもののトモナリの流れが全て断ち切られてしまって攻撃のリズムに乗れなくなる。
 ここで流れに押し負けてしまえば飲まれて動けなくなる。

 無理にでも前に出なければいけない。
 トモナリは無理矢理隙を作り出してテッサイに木刀を振るう。

 防御のみでは水に飲まれてしまう。
 足掻いて手を動かないといつかは溺れてしまう。

 滝のような汗をかき、トモナリは必死にテッサイに喰らいつく。

「届いた……」

 足掻きに足掻いて作り出した一瞬の隙。
 トモナリの剣がテッサイの胸元をかすめた。

「見事」

「クソジジイ……んごっ!」

 ふっと笑ったテッサイの木刀がトモナリの頭に振り下ろされた。
 思わず本心の一言をつぶやいたトモナリは頭を思い切り殴られて道場の床に倒れた。

「いって〜!」

 トモナリは床に倒れたまま殴られたところを押さえる。

「大丈夫なのだ?」

「大丈夫じゃないなのだ……」

 化け物めと思わざるを得ない。
 今日こそは一本取れると思ったけれどトモナリの剣は一度かすめただけだった。

 完敗である。
 今回の人生割と調子良くきていたけれどテッサイには敵わない。

 ヒカリが持ってきてくれたタオルを受け取って汗を拭く。

「強くなったな。そしてまだ強くなれそうだな」

 テッサイは自分の胸元に視線を落とす。
 高速で剣がかすめていったために道着がわずかに切れたように破れている。

 まともに当たれば危ない一撃だった。

「蔵の刀、好きにせい」

「師匠?」

「刀が、神切が欲しいと言っておったな。持っていけ。今のお前さんならば力に飲まれることもなかろう。神切だけじゃない。気に入ったものがあれば持っていけ」

「……ありがとうございます」

 トモナリはサッと体勢を変えて両膝をついて頭を下げる。
 あの時は焦りすぎたと思った。

 神切が欲しいと道場に言いに行くだなんて今考えれば恥ずかしいことだった。
 それでもテッサイはトモナリをただ追い返すのではなく弟子として受け入れてくれて、戦い方を教えてくれた。

 強くなってやっとまだまだ道半ばだと気づいた。
 でもテッサイはトモナリの努力を認めてくれたのである。

 なんだかすごく嬉しかった。
 鍛錬の時は容赦がなくてムカついてしまうようなこともあるけれど、今の戦いだって思い返せば学びに満ちている。

 正直今ではルビウスもいるし神切のことは別にいいかなと思っていたりするのだが良い武器はあればあるだけいい。

「どうせ持っていても使わんものならお主に預けたとて構わんだろう」

「僕も何か欲しいのだ!」

「気に入ったものがあったら持って行くといい」

「やったのだ!」

「蔵を開けてやろう」

 よく見るとテッサイも汗をかいていた。
 だいぶ善戦したから認めてもらったのだなとトモナリは思わず顔が綻んだ。
「あとは好きにせい」

 蔵の鍵を開けてもらった。
 テッサイは鍵をトモナリに預けると腰を叩きながら道場の方に戻って行った。

「相変わらずテッサイは強いのだ〜」

 今でも頭を殴られた時のことを思い出すと頭がムズムズするようだとヒカリは思う。

「覚醒者になってくれたら心強いぐらいなんだけどな」

 覚醒者でもないのに覚醒者を制圧できるほどの強さがある。
 覚醒者になるようなつもりはテッサイにないようだが、覚醒者だったら相当頼もしい存在になっていたことだろう。

「えーと……神切はっと……」

 トモナリは神切を探す。
 蔵の奥の方にある木の箱を手に取る。

「これじゃないな……」

 似たような箱がいくつもある。
 最初に手に取ったものは神切ではない刀が入っていた。

「これか?」

「トモナリ、多分そっちだぞ」

「これか?」

「その隣なのだ」

 ヒカリの指示に従って隠されるように置いてあった箱を抜き取る。
 手に持った瞬間に魔力が吸い込まれるような感覚があった。

 まだ中身は見ていないけれどこれが神切の入った箱だとトモナリも直感した。

「相変わらず禍々しい見た目してんな」

 お札が貼られている刀はホラーチックな禍々しさがある。
 初めて見せてもらった時は触らないようにと注意された。

 人を呪い殺す刀だと言われたし、今でも触ることをためらうような圧力を感じる。
 だが一方で刀を抜いてしまいたくなるような抗いがたい衝動にも駆られる。

「トモナリ……トモナリ!」

「あ、ああ……大丈夫だ」

 自分の中にある二つの衝動がせめぎ合い、ぼんやりとするトモナリのほっぺたをヒカリが尻尾でつつく。
 ハッとしたトモナリは改めて神切を見る。

「見ただけでこれだもんな。怖い刀だぜ」

 神切なんて名前も割とおどろおどろしいものであるが、もっと危険物的な名前でもいいのにとすら思う。

「ふぅ……いくぞ」

 トモナリは手を伸ばして神切を掴む。

「これは……」

 神切を掴んだ瞬間頭の中に声が響く。
 何かを呪うような呪詛の言葉と刀を抜いて暴れろという黒い欲望を刺激するような言葉がこだましている。

「やっぱり危険だな」

 こんな言葉に飲み込まれるほどトモナリは弱くない。
 だが頭の中に響く言葉を聞き続けたらトモナリでも精神がやられてしまうかもしれない。

 トモナリは気が狂う前にと神切をインベントリの中に放り込んだ。
 流石にインベントリの中にあると声は聞こえないようである。

『なんじゃ、今の気持ち悪いのは?』

「聞こえてたのか?」

『聞こえておったわ』

 神切の声が聞こえなくなったと思ったら今度はルビウスの声が聞こえてきた。
 なんと神切の声はルビウスにも聞こえてきていたのだ。

『やかましいことこの上ない。なんじゃあれは?』

「さあな、俺にも分からない。ただ一筋縄ではいかなそうだ。もうちょっと封印だな」

 覚醒前、あるいは覚醒直後に手にしていたら危なかったかもしれない。
 今も長時間持っていると精神に影響が出てしまいそうだ。

「もう少し強くなってからだな」

 神切を手にして分かったのは神切が魔力を持っているということだ。
 ただの武器ではなく何か魔力が関わるような力がある。

 しっかりと抑えきれる自信がないのに手を出すべきではないとトモナリは神切については後回しにすることにした。

「盗まれる前に手に入ってよかった」

「盗まれる?」

「ああ……この刀は盗まれるんだ」

 小首を傾げるヒカリを見てトモナリは笑顔を浮かべる。

「この刀が表舞台に出てきた時、それこそ妖刀扱いされていた。回帰前の連続殺人犯が持っていたのが神切なんだよ」

 刀を持っていたことから侍の亡霊などと呼ばれた連続殺人犯がいる。
 その犯人が持っていたのが神切だった。

 連続殺人犯を捕まえようとした覚醒者すら多くが返り討ちにあって刀は常に血に濡れていたなんて話をトモナリは聞いたことがある。
 最終的に神切を持った連続殺人犯は倒されて神切は別の人の手に渡った。

 ただ他の人の手に渡った神切は次々と人を狂わせ戦わせた。
 呪いの妖刀として神切が有名になっていた頃に神切はある人に渡った。

 刀を扱っていた女性覚醒者で彼女は神切を手に入れても狂うことがなく、神切の力を存分に発揮して有名になった。
 どうやって神切の力を抑えたのか知らないがともかく彼女は神切をコントロールしていたのだ。

 そして後々彼女が受けたインタビューの中で神切の経緯が語られたのである。
 テッサイのところから盗まれたもので、神切が見つかった時にはテッサイは亡くなっていて管理できないから神切は覚醒者の手を渡ることになったのだ。

 いつ盗まれたのかまでは記憶にないがどこかで盗まれ、どこかで人の手に渡って多くの血を流すことになる。
 その前に手に入れて上手く扱えば他の人も犠牲にならないし強くなれるだろうと思って欲しいと訪ねたのだが、そう簡単なものでもなかったようである。

「まあ、なんなら未来の持ち主に渡したっていいしな」

 扱えなさそうなら回帰前の神切を使っていた女性覚醒者を探し出して神切を渡してもいい。

「そろそろみんなも起きてくる。朝ご飯食べに行こうか」

「ユキナのご飯も好きだぞ」

「純和風でいいよな」

 トモナリは蔵の鍵をしっかりと閉めて後にした。
 少なくとも神切の流出で連続殺人事件が起こることはないだろう。

 それよりもテッサイに認めてもらったことがトモナリは嬉しかったのだった。
「トモナリ……」

「ああ、俺も感じた」

 夜中にトモナリとヒカリは目を覚ました。
 一瞬だが強い魔力を感じたのだ。

 周りで寝ているみんなの魔力ではない。
 しかも感じられたのはほんの一瞬という違和感。

 ゲートやモンスターが現れたなら継続的に魔力が感じられてもおかしくないのに今は集中しても魔力を感じられない。
 何かがあるとトモナリとヒカリは顔を見合わせた。

 トモナリとヒカリはみんなを起こさないようにそっと部屋を出る。

「何かの気配、感じ取れるか?」

 ヒカリの感覚はトモナリよりも鋭い。
 トモナリに抱えられたヒカリは目を閉じて意識を集中させる。

「むむむむ……蔵の方に何かがいるかもしれないのだ!」

「蔵だな?」
 
 いるかもしれないという少し曖昧な言い方に不安を覚えつつもトモナリは蔵の方に向かう。

「開いてる……」

 朝に神切を取るために蔵の中に入った。
 出る時にちゃんと鍵を閉めたことは確認してテッサイに返した。

 なのに今蔵の扉は開いている。
 怪しいと思った。

 トモナリはルビウスをインベントリから取り出す。
 剣を抜くと真っ赤な刃が月明かりできらめいた。

 気配を殺してトモナリは蔵に近づく。
 開いた扉から蔵の中を覗き込む。

「……誰かがいる」

 蔵の中で何かが動いている。
 黒い姿をしているので何なのかまでは分からないが何かいることは確実だった。

「人……覚醒者だ」

 蔵の中にいるのは覚醒者だとトモナリは気づいた。
 刀の箱を開けて中身を確認するとシュンと箱が消える。

 インベントリを持った覚醒者である。
 トモナリはそっとスマホを取り出すと覚醒者協会に連絡する。
 
 中の様子をうかがいながら住所と状況を素早く伝える。

「……気づかれたか!?」

 トモナリの小さな声に反応したように盗人が顔を上げて周りを確認する。

「……動くな!」

 これ以上はバレてしまうかもしれない。
 そう思ったトモナリはスマホを切って蔵の中に飛び込んだ。

 ルビウスに炎をまとわせて威嚇と明かりの確保をする。

「いかにも盗人って感じだな」

 全身黒の服装に顔は目の下まで隠してある。
 インベントリに物を入れる瞬間を目撃していなくとも盗人なのは見て分かる。

「大人しく捕まるんだな」

 蔵の出入り口はトモナリが立ち塞がっている扉か天井近くにある小さな換気用の窓しかない。
 換気用の窓は小さい上に格子がはめられているので簡単には出られない。

 となるとやはりトモナリの後ろの扉から出ていくしかないのだ。
 もうすでに覚醒者協会には通報してあるので人が来てくれるまで盗人をここに留められればいい。

 捕まえられれば最高だ。

「……返事もなしか」

 ただ無理をするつもりはない。
 盗人は何も答えずトモナリのことをじっと見ている。

 逃げる隙をうかがっているのだろうことはバレバレだ。
 トモナリも盗人がいつ動いてもいいように警戒を怠らない。

「目的は何だ? お前は何者だ?」

 トモナリが疑問を投げかけても盗人は何も答えない。
 答えるとも思っていないが、だからといって盗人に大人しく投降する様子もないようだ。

「逃げるつもりか!」

 盗人が真っ直ぐに走り出した。
 懐からナイフを取り出してトモナリに向かって投擲する。

「ぐっ!」

 トモナリは剣でナイフを弾く。
 ただの投げナイフなのに非常に重たく感じられて顔をしかめた。

 強い、と思った。
 確実に盗人は自分よりもレベルが上の覚醒者である。

 ナイフに込められた魔力がそれを物語っている。

「逃すか!」

 だがトモナリも怯むことなく横を抜けていこうとする盗人に燃えるルビウスを振り下ろした。
 盗人はかなり素早いが何とか攻撃が間に合った。

「はやっ……」

 届いたと思ったのだが盗人がさらに加速した。

「ヒカリ!」

 トモナリの剣は盗人に掠ることもなく、盗人はそのまま蔵を出ようとした。
 しかしトモナリはさらに対策を打っていた。

 蔵を出ようとした盗人に扉の上に隠れていたヒカリが落ちるようにしながら襲いかかる。

「……くっ!」

 完璧なタイミングであったように思われたが盗人は体を捻ってヒカリをかわそうとする。

「ぐにゅー!」

 逃すまいとヒカリは爪で盗人を攻撃した。

「浅いか……!」

 ヒカリの爪は盗人の胸元に届いたがびりっと服が破けただけだった。
 盗人は服を手で押さえるとそのまま飛び上がって逃げていく。

「待て!」

 トモナリも追いかけるように蔵の上にジャンプする。

「くそッ……いない」

 蔵の上に飛び乗った時にはもう盗人の姿はなかった。
 すごく速いのか、スキルで身を隠したのか、あるいは両方か。

 何にしろ相手の盗人は少なくともトモナリよりも素早さが上であると感じた。
 体の使い方やスキルによってはまた純粋に数値だけを比べることはできないが多分純粋な能力値でも劣っている。

 遠くにサイレンが聞こえて初めてトモナリは思わず深いため息をついた。

「逃げられたのだ……」

 ヒカリも悔しそうな顔をしてトモナリのところに飛んできた。

「しょうがない……俺たちはまだまだ弱いんだ」

 上には上がいる。
 多少強くなったがそれでも及ばない強い人、強いモンスターは多い。

「何事だ」

 近づくサイレンの音に起きたのかみんなも家の中から出てきた。

「あーあ……説明もめんどくさそうだ……」
「だーかーらー、俺じゃないですって! 本当に怪しい覚醒者がいたんです!」

 絶賛取り調べ中。
 トモナリは覚醒者協会に連れて行かれて取り調べを受けていた。

「本当に君が盗んだんじゃないんだな?」

「そう言ってるでしょ……」

 蔵に泥棒が入ったことに関して事情聴取されているのだが、どうにもトモナリは自分で盗んでいるのではないかと疑われているようだった。
 もちろん盗んでなんかいないのだけど相手がしつこく聞いてくるのでトモナリもだんだんとイライラしてきた。

「インベントリの中に刀があったな。あれはどうやって手に入れたものだ?」

「元々蔵にあったものですよ」

「やはり……」

「盗んだんじゃなくてもらったんです!」

 盗んでいないことを証明するためにインベントリの中身を全部出させられた。
 インベントリの中身は死なない限りは本人にしか分からないのだから隠そうと思えばいくらでも隠すことができる。

 しかし疑われるのも気分が悪いからトモナリはちゃんと全部出した。
 その中に朝にもらったばかりの神切があったものだから少し話がややこしくなっているのだ。

 何もしていないのに疑われるのはこんなにムカつくものなのかとトモナリはため息をつく。

「浦田(ウラタ)さん……」

 取調室に捜査官が入ってきてウラタと呼ばれた捜査官に耳打ちする。

「持ち主の確認と監視カメラの映像の解析が終わりましてアイゼンさんの証言の裏が取れました」

 テッサイに聞いておけば早いし、監視カメラが当たったなら先にそっちだろとトモナリは思う。
 敵でもないのにこんなに人を殴りたくなったのは初めてだった。

「取り調べは終わりです。もう行っても構いませんよ」

 謝罪も無しかよと言いかけるが我慢した。

「最初に言いましたけどあの刀誰も触れてないですよね?」

「ああ? ああ……そのはずだが……」

「ウラタさん!」

「なんだ?」

 また別の捜査官が慌てたように取調室の中に入ってきた。

「証拠の管理をしていた奴が急に刀を振り回し始めて……」

「なんだと?」

「ああ……だから言ったのに」

「心当たりがあるんですか?」

「だから刀に触れるなって言ったでしょう?」

 もはや苛立ちを隠さない口調でトモナリは答えた。

「他の覚醒者じゃ抑えられなくて……ウラタさんお願いします」

「分かった、向かおう!」

 ウラタが取調室を飛び出してトモナリは一人残された。

「トモナリ〜終わったか〜?」

 パタパタと翼を羽ばたかせてヒカリが取調室の中に飛んできた。

「……大丈夫なのだ?」

「あんまり大丈夫じゃない。すごくイライラしてる」

 犯人じゃないってのに疑いをかけられ、神切に触るなと言ったのに触れて問題を起こしている。
 これがイライラせずにいられるだろうか。

「はぁ……」

 どうにかイライラを飲み込んでため息をつく。

「いくぞヒカリ」

「どこいくのだ? 帰るのか?」

「インベントリのものも返してもらわにゃいけないしな。神切のこともある」

 トモナリは騒がしさが大きい方に向かっていく。

「非覚醒者の職員は退避しろ!」

「救急車を呼べ!」

 かなり大事になっている。
 ただ悪いのはトモナリのことを疑ってインベントリの中身を出させた挙句ちゃんと刀の管理をしなかった覚醒者協会の方だ。

「君、今そっちにいくのは……」

「こりゃひどい……」

 他の職員の制止を無視して角を曲がった先の光景はあまりいいものじゃなかった。
 神切を手に暴れる男が一人と覚醒者の職員が数人で取り押さえようとしている。

 周りには切られた怪我人が何人かいるが幸い死者はいなさそうだった。

「ぐっ……おい、目を覚ませ!」

 神切を持った職員は明らかに異常な目をしていて容赦なくウラタに切り掛かる。
 ウラタも剣で対抗するが神切を持った職員の力が強くて押されている。

「はぁ……」

 せっかく朝は気分よかったのになんでこんなことになるんだとため息しか出てこない。

「ヒカリ、ちょっと髪の毛チリチリになるぐらい仕方ないだろう」

「ふっふーん、任せておけぇ〜」

 ヒカリが神切を持った職員に飛んでいき、トモナリも後に続く。

「ぼーっ!」

 神切を持った職員の前に飛んでいったヒカリは口からブレスを吐く。
 真っ赤な炎が目の前に迫って神切を持った職員は思わず怯む。

「それ俺のなんだ、返してもらうぞ!」

 怯んだ神切を持った職員の顔面をトモナリが思い切り殴りつける。
 鼻の骨ぐらいは折れたかもしれない。

 だけどこれ以上被害を出すわけにもいかないと一撃で仕留めた。

「チッ……相変わらずうるさいな」

 足で腕を押さえつけて神切を取り上げる。
 手に持った瞬間に頭の中に神切の声が聞こえてくる。

 全く持って気分が良くない声に顔をしかめたトモナリは神切をインベントリに放り込む。

「……た、助かった……」

「お礼はいいんで俺のもの返してください」

 今度はルビウスがうるさく言いそうだとトモナリはため息をつく。
 なんだかんだと肌身離さず持っていないと小言を言う寂しがりやドラゴンがルビウスなのだ。

「あの盗人まじで覚えてろよ……」

 顔も名前も分からないけれどトモナリは盗人に対して良くない印象を抱いていたのであった。

 ーーーーー
「とんだ災難だったな」

「そうですね……」

 解放されてミズキの家に帰ってきたトモナリは盛大にため息をついた。
 神切についてもう一悶着起きそうだったけれど急に相手の態度が柔らかくなった。

 もしかしたらトモナリが未来視もどきで覚醒者協会に協力していることが伝わったのかもしれない。
 ともかくトモナリは犯人を止めようとしたのだし疑われるなんて大変だったとテッサイが労う。

 蔵に自由に出入りできるようにして神切を手にした直後だったというタイミングも少し悪かった。

「まさか泥棒が入るとはな……」

「しかも覚醒者だもんね」

 盗まれた側のテッサイやミズキだがあまり焦ってもいなかった。
 刀なんかは売ればいくらかになるだろうが蔵にあるものはほとんど価値のない骨董品がほとんどであった。

「まあ覚醒者に狙われたら厳しいよな」

 ユウトはため息をつく。
 たとえ鍵があろうと監視カメラがあろうと覚醒者なら様々な方法で突破することができてしまう。

「悪かったな、みんな起こして」

「むしろ起こしてよ!」

 時間としては日の出前になる。
 寝るには早い時間だけど起きてるのも眠い。

 結局みんなのことを起こしてしまったのでトモナリが謝るとミズキは少し怒ったような顔をした。

「一人で覚醒者の泥棒と戦ったんだよ? 危ないじゃない!」

「ん、まあ結果的にそうだけど……なんだったか分かんなかったしな」

 怪しい気配はしていたものの覚醒者が古ぼけた蔵に泥棒に入るとは思ってなかった。
 ちょっと確認だけするつもりで戦いになってしまったのだ。

「怪しいって思ったんでしょ? ならみんなのこと起こせばよかったんだよ」

「……そうだな、今度からそうするよ」

 コウにも諌められてトモナリは素直に自分の非を認める。
 確かに自分ならなんとかできるかもしれないという驕りがあった可能性はある。

 みんなを起こして取り囲めば盗人を捕らえることもできたかもしれない。

「次はないと思うけど次あったらみんなのこと叩き起こすよ」

 ミスは素直に認めよう。
 今回は頼もしい仲間たちもいるのだし頼ることも覚えなきゃなと思った。

「にしてもさー」

「なんだ?」

「本当に犯人の顔も見なかったのか?」

 盗人についてトモナリはやや身長が低めだったことと覚醒者で素早さが高そうなことしか報告していない。
 顔は隠していたし声も出さなかった。

 まともに戦ってもいないから能力も分からない。
 特徴として言えることが多くないのである。

「ただ……」

「ただ?」

「いや、なんでもない」

「んだよー。でもトモナリでも捕まえられないんじゃ俺たちいても同じかもな」

 トモナリはみんなの中でも頭一つ飛び抜けて実力が高い。
 そんなトモナリが逃してしまうほどの相手ならやっぱりみんながいても厳しいかもしれないとユウトは思った。

 一方でトモナリは言葉を飲んだ。
 盗人は女かもしれないとひっそりと思っていたのだが確証もないし口にはしなかった。

 ヒカリが盗人に一撃加えた。
 服をかすったのでダメージはないものの服は破けた。

 破れた胸元から黒い下着が見えたような気がするのだ。
 ほんの一瞬だったのでこちらもまた確証はない。

 それに男がブラジャーをつけないとも限らないので確実なことは言えない。

「とりあえず神切は守れたからよしとするか……」

 おそらく回帰前神切が盗まれたのはこの盗人によるものだろうとトモナリは思う。
 かなりギリギリのタイミングであったけれど神切を守ることができた。

 神切を持った覚醒者協会の職員が暴れたことを考えると回帰前に起きた連続殺人事件も神切によるものだろうと推測できる。
 つまりは未来における凄惨な事件を一つ防ぐことができたのである。

「まあ今度は逃がさない……」

「むにゃむにゃ……もう食べられないのだ〜」

 みんなの目が冴えてしまった中でヒカリは丸くなって寝ていた。
 もう会うことはないだろうが次に会うことがあればトモナリはもっと強くなっている。

 次は盗人など逃がさない。
 トモナリはそっとヒカリの頭を撫でた。
「母さん、引っ越しをしないか?」

「引っ越しなのだ!」

 様々なことがあったけれどなんだかんだで楽しくみんなと過ごした。
 最後に多少宿題なんかをやったりして解散、みんなはそれぞれの家に帰っていった。

 トモナリも自分の家に帰ってきた。
 やっぱり自分の家はいいもんだと思いながらもトモナリはこの家を離れようと思っていた。

「どうして?」

 トモナリの真剣な目に冗談ではなさそうだということは察しつつも理由が分からなくてゆかりは首を傾げた。
 長いこと住んでいるので多少くたびれたような感じはあるけれどそれでもまだまだ住めるところである。

「もっとセキュリティのちゃんとしたところに移ろうと考えてるんだ」

「セキュリティ?」

「うん、ある意味……俺のせいなんだ」

「どういうことなの?」

「俺は少し有名になっちゃったから……」

 良くも悪くもトモナリは目立つようになってきてしまった。
 ヒカリという大きな特徴もあるためにどれだけ隠そうとしてもトモナリに関しては隠しきれないところがある。

 砂浜でのブレイクゲートでもトモナリは目立ってしまった。
 No.10ゲートでもマサヨシが情報が広まらないようにしてくれたが、鬼頭アカデミーの一年がやったことだというのはもはや知る人は知っている。

 さらにNo.10ゲートでは終末教に目をつけられてしまった可能性がある。
 回帰前終末教が邪魔になりそうな覚醒者の家族を襲撃して人質に取ったなんて話もある。

 トモナリにとって唯一の肉親は母親だけだ。
 狙われないとも限らないし、鬼頭アカデミーにいる今狙われたら守れない。

 より安全にいてもらうことがトモナリにとっても大事となるのだ。

「あなたにとっても必要なことなのね?」

「……ああ、そうだね」

「じゃあ引っ越しましょうか」

「……いいの?」

「あら、引っ越そうって言ったのはあなたでしょ?」

 母の無事を祈ることはもちろんだ。
 だがこんなにあっさりと承諾してくれるなんて思わなくてトモナリは驚いた。

「トモナリ、あなたは今羽ばたこうとしているわ。きっとこの話も必要だからするのでしょう? なら私はあなたの邪魔にならないようにしなきゃ」

「邪魔だなんてそんな……」

「いいのよ。私はあなたが友達を連れてきてくれて安心したわ。だから引っ越して……あなたが安心できるならそうするから」

 事情も聞かずにゆかりはトモナリのことを信じてくれる。
 思わず少しグッときてしまう。

「でもどこに引っ越すとか決めなきゃいけないわね」

「それについては候補が二つほど考えてあるんだ」

 ただ勢いで引っ越そうなどと言っているのではない。
 当然のことながら引っ越し先の候補もすでに考えてあった。

「ト、トモナリ……こ、これ本気なの?」

 プリントアウトしてあった物件の情報をゆかりの前に置く。
 ゆかりはそれを見て目を丸くしている。

 まずゆかりが見たのは物件の値段だった。
 引っ越し先も賃貸だろうとゆかりは考えていた。

 今いる家もマンションの一室で、賃貸であるしそうだろうと思っていたのだけど、トモナリが出してきたのは賃貸のものではなかった。
 二つとも分譲マンションのようで一室丸々購入する形となっている。

 さらに値段も驚きだった。
 ゆかりは平均的な相場というものを知らないがそれでも価格は高すぎるほどに高価である。

「母さん、心配しないで」

 とてもじゃないがこんな物件買うことなんてできないと顔をあげたゆかりにトモナリは微笑みかけた。

「これ見て」

「……通帳?」

 トモナリが次にテーブルに置いたのは銀行の通帳であった。

「ほら」

「……えっ!?」

 トモナリがペラリと通帳を開く。
 そこに書かれていた金額を見てゆかりが驚きの表情を浮かべる。

「ぷぷ……珍しい顔してるのだ」

 ゆかりが驚いているのが面白くてヒカリはクスクス笑ってしまう。

「こここ、これどうしたの?」

 見たこともないような金額だった。

「俺もそこそこお金持ちなんだ」

 トモナリはにっこりと笑顔を浮かべる。

「前にNo.10っていうゲートをクリアしたって言ったでしょ? あれは試練ゲートっていうもので……まあクリアするといっぱいお金もらえるんだよ」

 細かい説明は面倒で省いた。
 試練ゲートは人類が攻略すべきゲートである。

 そのために試練ゲートの攻略には報奨金が設定されている。
 国際覚醒者協会という世界的な覚醒者協会が寄付を募って設定しているもので試練ゲートが長く残ればそれだけ報奨金も高くなる。

 さらには日本の覚醒者協会も独自に国内の試練ゲート攻略には報奨金を出している。
 加えて試練ゲートに挑むには供託金を払う必要もある。

 攻略成功すれば過去に預けられたお金も全てもらえて、失敗すればそのまま成功するまで積み立てられる。
 No.10は結構長めに残っていた。

 入場条件の厳しさから失敗する攻略隊も後をたたずに時間も経ち、供託金も結構積み立てられていた。
 トモナリはNo.10攻略によって得られたお金をみんなで平等に分けようとしたのだけど、みんながそれを許さなかった。

 トモナリのおかげで攻略できたのだからとトモナリが半分を受け取ることになった。
 半分でもかなりの金額、みんなはもっと渡してもいいぐらいなんていうから渋々そこで納得したのだ。
「だからお金の心配はしないで」

 魚人ゲートの攻略報奨金やモンスターの素材代金、トモナリに関しては覚醒者教会からの協力金もある。
 これからもっと覚醒者として活動するつもりだ。

 今あるお金を使い切ったってまた貯めればいい。
 トモナリはゆかりの手を取って目を見つめる。

「とりあえず物件だけ見に行ってみない?」

 あまり悩むと断られてしまうかもしれない。
 ゆかりに考える暇を与えず叩き込む。

「……分かったわ。とりあえず見に行ってみましょう」

 ーーーーー

「本当によかったのかしら……」

「いいの。俺がいるうちなら引っ越しも楽だしね」

 家の見学に行ったトモナリはそのまま契約まで済ませてしまった。
 元よりそのつもりで話を進めていたので早かったのだ。

 契約したのは大きな建物の下層階にギルドが入っていて、上の階を住居として売り出している物件であった。
 下に入っているギルドが上の住人の安全を保障してくれるということで防犯としてかなり良いものとなっている。

 その代わり高めであるがトモナリの財力を持ってすれば十分買えるものだった。
 あれよあれよと話が進んでしまったのでゆかりには止めることもできなかった。

「本当ならもっと良いところがいいんだけど……母さんの都合もあるからね」

「まあ、仕事辞めなくてもいいのはいいけれどね」

 トモナリとしてはもっと強い覚醒者のいる有名どころがよかったのだけど、ゆかりには仕事もある。
 トモナリが希望するところだと町から引っ越すことになるので諦めた。

 流石に仕事辞めて家に引きこもれと強制することはできない。

「……トモナリ」

「なぁに?」

「ありがとう」

 少し無理矢理な気はしたけれど、トモナリが自分のことを考えてやってくれたことには間違い無いとゆかりにも分かる。
 家の見学をしながら気がついた。

 トモナリの背が少し高くなっていたことに。
 体つきががっしりしたなとは思っていたけれど、よくみたらトモナリは記憶にあるような少し気弱でおとなしい少年ではなく大人になりつつあったのだ。

 嬉しくも、寂しくもある。
 でも止めることもできないのだから応援しようと思う。

「どういたしまして」

 少しでも母が安全に暮らすことができるならとトモナリは安心できる。
 何が起こるか分からない世の中なのだ、穏やかに暮らしてほしい。

「ただ次はこんなことするなら事前に相談してちょうだいね?」

「う……分かったよ」

 あまりにも話が早かった。
 流石のゆかりにもトモナリが事前にある程度話を進めていたことは分かっていたのだ。

「ヒカリちゃんもトモナリが勝手なことしないように、お願いね」

「うむ、任せておくのだ!」

「ふふふ、頼もしい」

 ゆかりはヒカリのことを撫でる。
 あまり人に撫でられたがらないヒカリであるけれどゆかりには心を許している。

 夏休みが終わればトモナリは鬼頭アカデミーに帰ってしまう。
 その前にと慌てて引っ越しの準備をしたトモナリは新しい家にゆかりと共に引っ越したのだった。

ーーー
後書き

昨日はお星様ありがとうございます!
感謝の言葉書きたくて今日も更新です!

これで星100突破しました、ありがとうございます!
もっとお星様くれてもいいんですからね!

これからものんびり更新します。
先行公開もあるのでよかったらギフト投げてください。
「それじゃあ行ってくるね」

「いってらっしゃい。怪我しないようにね」

「いってくるのだ〜」

 夏休みも残り数日。
 思ったよりも早かった。

 引っ越したばかりではあるもののトモナリはもう家を出発した。
 少し外出するのではない。

 次に帰ってくるのはまた長期休暇の時となる。
 ゆかりに挨拶をしたトモナリは呼んであったタクシーに乗り込んで空港に向かう。

「ひこーきってやつなのだ?」

「ひこーきってやつだ」

 今回はまっすぐにアカデミーに向かうのではない。
 別の場所に行くことになる。

 そのための移動手段として利用するのは飛行機であった。
 少し値段が張る移動手段ではあるものの今回は自分のお金ではないから気楽なものである。

 ただ何も考えずに飛行機に乗れた頃よりも空港の人は減った。
 けれどもやはり飛行機という移動手段は重宝されていて利用する人は多い。

「こんな鉄の塊が空を飛ぶのかぁ〜」

 飛行機のチケットを用意してくれたのはマサヨシである。
 ヒカリはペット扱いでもなくちゃんと座席が一つ与えられている。

 窓際の席で、ヒカリは尻尾をフリフリしながら外を眺めていた。
 翼があるドラゴンが空を飛べることはよく分かるが羽ばたきもしない飛行機が空を飛んでいることが不思議でならないのだ。

「トモナリ!」

「いつか……僕がおっきくなったらトモナリのこと乗せてやるからな!」

「んん?」

「こんなヒコーキなんかよりも僕の方が速いんだ!」

「ふっは、なるほどな」

 思わず笑ってしまう。
 何を言い出すのかと思えば飛行機に対抗心を燃やしていたのだ。

「期待してるよ」

 トモナリは回帰前に見たヒカリの姿を思い浮かべる。
 強大な敵だった。

 しかしそれを抜きにして考えると美しさすら覚えるような雄大なドラゴンだった。
 背に乗って空を飛ぶことができたらきっといい気分になれるだろうなと思う。

「ふふふん、期待するのだ」

 ヒカリは翼を広げて胸を張る。

「ヒカリに乗って移動できたら楽だろうな……」

 ドラゴンを襲うバカなモンスターも多くはないだろうとなると安全で速くてかっこいい移動手段となる。
 大いに期待させてもらおう。

 そう思ってトモナリはヒカリの頭を撫でてやるのだった。

 ーーーーー

「なんもしないってのも疲れるな……」

 空港から出てトモナリは体を伸ばす。
 覚醒者の体は長時間の移動でもびくともしないはずなのだけど、なんだか凝り固まってしまったような気がする。

 やはりヒカリの背中には期待だ。

「先に来てる奴がいるはず……」

「ぬおっ!? な、何するのだぁ〜!」

「……ああ、ヤナギ先輩……どうも」

「ん」

「トモナリ、助けるのだ〜!」

 振り返ると三年のフウカが無表情でヒカリを捕まえていた。
 そしてわしゃわしゃとヒカリのことを撫で回し始める。

 無表情ながら卓越した手つきにヒカリは逃れることもできずにされるがままになっている。

「キュウ……やられたのだ……」

「みんなあっちにいるよ」

 散々撫で回されてヒカリはフウカの腕の中でぐったりとしている。
 だいぶ強くなったトモナリだけどフウカにはまだ敵う気がしない。

 申し訳ないが助けるにはまだ力不足なのである。
 一通りヒカリを撫で回したフウカが歩き始めてトモナリも荷物を持って追いかける。

「おっ、遅くもなく……早くもないな」

「そうね。真ん中ぐらいってところね」

 ロビーの一角に見覚えのある顔が何人かいた。
 二年のレイジやカエデ、一年のマコトやサーシャといった顔ぶれだ。

 今日集まっているのはアカデミーの中でも課外活動部の活動のためであった。
 課外活動部の活動はゲートを攻略してレベルを上げることである。

 夏休みの自由の時間なんかうってつけだ。
 夏休みが始まる時に一つ攻略した。

 ちょっとイレギュラーな形でNo.10ゲートではあったが一応あれは課外活動部としての攻略であった。
 今回は二、三年生を中心としてゲートを攻略し、一年はサポートとしての動きを学ぶのである。

「お前らまたゲート攻略したんだって? 今レベルなんぼだよ?」

「今は19ですね」

「もうセカンドスキル目前か」

 レイジは驚いた顔をする。
 今の二、三年生もかなり速いペースでレベルを上げてきたがトモナリたちはさらにそれよりもペースが速い。

「どっかで抜かされそうだな」

「じゃあ抜かした先輩って呼んでください」

「やなこった」

 歯を見せてレイジは笑う。
 最初の当たりこそキツかったものの打ち解けてみると意外といい先輩である。

「レベルの上がり方が異常なのはいいけどあなたたちのセカンドスキルも気になるわよね」

 レベルが20になると二番目のスキル枠が開く。
 能力値が優れていても優秀なスキル一つに潰されてしまうこともある。

 逆に優秀なスキルを手に入れたことでここまで平凡なだった覚醒者が日の目を見ることもある。
 どんなスキルを手に入れることができるのかということは優秀な人であるほど当人のみならず周りも気になるものなのだ。

 トモナリは最初に見たこともないスキルを二つも手に入れた。
 自ずと周りも次のスキルはどんなものかと期待してしまうのだ。