ラスボスドラゴンを育てて世界を救います!〜世界の終わりに聞いたのは寂しがり屋の邪竜の声でした

「トモナリ!」

 トモナリが切り捨てたマーマンの死体から黒い煙が出てきてトモナリを覆った。
 なんだか湿度が高い空気に包まれたような微妙な不快感がある。

「こんなもん効かないぜ!」

 トモナリは剣のルビウスに魔力を込めて炎を発生させる。
 剣を振って炎を飛ばす。

 黒い煙の中から炎が飛び出してきてマーマンシャーマンは反応しきれず杖でガードしてしまった。
 炎がまともに当たって杖が叩き折れる。

「くらえ!」

 少し遅れて黒い煙からトモナリも飛び出して剣を振るう。

「チッ!」

 転がるようにして逃げるマーマンシャーマンの左腕が切り裂かれた。
 倒す気であったのに黒い煙のせいで目測を見誤った。

 マーマンシャーマンを守っていたマーマンが一斉にトモナリに襲いかかる。

「ふっ、いいのか?」

 また邪魔が入った。
 しかしトモナリは余裕の笑みを浮かべた。

「ぬっふっふっふ〜」

 マーマンたちは忘れている。
 トモナリは一人でないということを。

 腕を失ったマーマンシャーマンが転がっていった先にはヒカリがいた。
 トモナリが派手に攻撃したのでヒカリの存在がマーマンたちの中で薄れていた。

 しかしここまででもヒカリもマーマンのことを軽く倒してきた力があるのだ。

「ドラゴン……クロー!」

 マーマンシャーマンはマズイという顔をして、ヒカリはニヤリと笑った。
 護衛のマーマンはトモナリの方にいてもはや間に合わない。

 ヒカリが力を込めると爪がシャキンと少し伸びる。
 さらにそこに魔力を加えて淡く光る爪をヒカリはためらいなく振り下ろした。

「ふっ……またつまらぬものを切ってしまったのだ……」

 どこで覚えたそんなセリフ。
 マーマンシャーマンはヒカリのために切り裂かれて縦に五分割になって地面に倒れる。

「ヒカリ、よくやった!」

 マーマンシャーマンがやられてマーマンたちに動揺が広がる。

「体軽くなった!」

 マーマンシャーマンがやられたことで呪術によるステータス低下も解除された。
 残りのマーマンの数を見るにもはや勝敗は決したも同然である。

「どおおおおりゃああああっ! やったーーーー!」

 気づけばマーマンもトモナリたちよりも少なくなっていた。
 ミズキが最後に残ったマーマンを切り裂いて勝利の雄叫びを上げる。

「……結局全部倒すことになっちゃったな」

 最初の予定ではさらわれた人を助け出すつもりだったのだけど仕方なくマーマンを全滅させることになってしまった。
 陸上で相手したのでマーマン一体一体は弱かったけれどなんせ思っていたよりも数がいた。

 さらわれた人たちを守りながらよく戦ったものだとトモナリはみんなの成長に感心してしまう。

「みんな、まだ油断するな。ゲートは出るまでだぞ!」

 ゲートは出るまで何が起こるか分からない。
 ボスを倒し、その場にいるモンスターを全滅させたからと油断をしてはいけないのである。

 さらわれた人たちもいる。
 最初の目的はさらわれた人たちの救出であった。

 さらわれた人たちを安全なところまで運んでようやくトモナリたちも落ち着けるというものである。

「皆さん動けますか?」

 見たところ多少の怪我はしているようだが動けないほどの怪我させられている人はいなかった。
 トモナリが声をかけるとさらわれた人たちは怯えたような顔をしながらも立ち上がる。

「俺たちが護衛しますのでこのまま脱出します」

「君たちが助けに来てくれたのか? 他の大人たちは……」

「助けられる人が助けに来ただけです」

 どうしてまだ高校生ぐらいの子たちしかいないのかと冷静になれば疑問にも思う。
 大人たちは助けに来なかったんだよとは答えずトモナリは笑顔を浮かべておいた。

 マーマンの死体はトモナリがインベントリに入れて回収し、それからゲートに向かう。

「ゲートだ!」

「ああ、よかった!」

 途中マーマンに襲われることもなくゲートが見えるところまでやってきた。
 さらわれた人たちにはゲートを見て涙ぐんでいる人もいた。

「こっちいないのだ」

「こっちもおらんぞ」

 ヒカリとルビウスで空から左右離れたところも警戒して最後の最後まで気を抜かない。

「へへ、やったなトモナリ」

 隣に立つユウトがニヤリと笑ってトモナリのトンと小突いた。

「……ああ、みんな強かったよ」

「お前もな。それにちょっと意外だったよ」

「何が?」

「こんなふうに人助けに行こうなんて熱い奴だったってな」

「別にそんな……」

「照れんなよ」

 冷めた奴だとは思わないが危険を冒しミネルアギルドに突っかかって、そして頭を下げて装備を借りてまで人を助けに行くような熱い心の持ち主だったのは少し意外だった。

「結構お前のこと好きだけど……もっと好きになったよ」

「ありがとよ。こうして一緒に来てくれるお前も好きだぜ」

「惚れんなよ?」

「言ってろ」

 トモナリとユウトは拳を突き合わせる。
 外ではゲート攻略するためのギルドが到着していてトモナリたちが無事に出てきたことに驚いていた。

 ミネルアギルドの人に睨みつけられていたような気はするけれど、助けに行かないという判断をしたのも勝手に助けに行けばいいと言ったのもミネルアギルドである。
 何も文句を言われる筋合いはない。

 次の日の朝刊で鬼頭アカデミーの学生覚醒者がモンスターに誘拐された人を助け出しゲートを攻略したと一面に載ることになったのであった。
「くそっ!」

「荒れてんなぁ……」

「しょうがねえよ。あんなことになっちまったんだから」

 部屋の中から何かが割れるような音と怒声が聞こえてきて廊下を歩いていた覚醒者の二人は顔を見合わせた。
 荒れているのはミネルアギルドのギルド長である男だった。

 砂浜でトモナリと衝突したミネルアギルドの責任者がギルド長その人であったのだ。

「今じゃ俺もミネルアギルドってだけで冷たい目を向けられるよ」

 トモナリたちがゲートの攻略に成功してさらわれた人を助け出したことは大きく地元のニュースとして取り上げられた。
 まだ未成年ということでトモナリたちの顔や名前こそ報じられることはなかったが、ゲートのニュースそのものは全国区の話題となった。

 多くのメディアはトモナリたちの活躍やさらわれた人を助け出すという姿勢を褒め、さらわれた人たちの無事を報じた。
 一方で別の切り口から出来事を報じたメディアも存在している。

 浜辺の管理を任されていたミネルアギルドがゲートの攻略に参加しなかったというところに目をつけたのだ。
 当然ながら入場制限によって入れない場合はある。

 しかし今回のゲートはレベル5以上であれば入れる。
 つまりほとんど制限はないのと同じだった。

 ゲートの情報は特別なものでもなきゃ公開されるのでミネルアギルドでも入れたゲートだということは簡単に調べがつく。
 まだ若い学生が人を助けにゲートに入ったのにミネルアギルドは何もしなかった。

 そんな疑いが一部のメディアで報じられた。

「あんなもん流出したらな……決定的だ」

 ただあくまでもそれは疑いであり、いくらでも言い訳ができるはずだった。
 ミネルアギルドの疑いを裏付けるものなどない。

 むしろミネルアギルドは法的手段をちらつかせて意見を封殺しようとしていた。
 そんなところにあるものが動画サイトに投稿された。

 それはトモナリとミネルアギルドのギルド長の会話だった。
 さらわれた人がいてまだ助けられると主張するトモナリに対してゲート攻略は課された仕事ではなく助けるつもりはないと言い放つ場面である。

 トモナリの顔こそ映らないように配慮された動画だったけれど会話が何のものなのかは一目瞭然であった。
 トモナリたちへの称賛が一通り終わって話題が終わりかけていたところにこんな話が降って湧いたのだ、メディアはこぞって食いついた。

 法的手段をちらつかせて意見を押さえつけようとしていたことも印象が悪くてミネルアギルドは批判の的になっていた。
 人を助けることを放棄した非人道的ギルドという拭いきれないレッテルが貼られてしまったのである。

 海水浴場の管理を任されるなんて簡単なことではない。
 ここまでコツコツと積み重ねてきた信頼が一気に吹き飛んだだけでなくマイナスになってしまった。

 ギルド長が荒れるのも当然なのだ。

「海水浴場の管理も怪しいんだろ?」

「そうらしいな……ミネルアギルドにいたって親に心配かけるだけだしどっか移籍検討しなきゃな」

「でもよ、元ミネルアギルドってだけで良い顔されなさそうだな」

「はぁーあ、安定だと思ったんだけどな。あんなガキに攻略できんなら俺たちでやればよかったのに」

「でもゲート攻略したのも鬼頭アカデミーのエリートでNo.10攻略した奴ららしいぜ」

「はっ、俺だってレベル20ならNo.10ぐらい攻略してみせるさ」

「くそがぁ!」

「……行こう。ここにいちゃ見つかるかもしれない」

「そうだな」

 やらないという選択肢は尊重されるべきだ。
 しかしトモナリたちにやるのならば命の保証はないなどと言い放ったのと同様にやらないことにも責任は付きまとうのだ。

「あのガキのせいで!」

 完全に批判される前にいくらでもミネルアギルドへの向けられる目への対処方法はあった。
 全てのやり方を間違い、最悪な結果を招くことにしたのはミネルアギルド自身の選択である。

 ミネルアギルドは海水浴場の管理から外され、批判されることを嫌った覚醒者たちはギルドを離れ、最終的にミネルアギルドは空中分解することになったのであった。
「ほんとさ……ああいうのはこう……三つぐらいの質問にしてくんないかな?」

「気持ちは分からなくもないけど向こうも大変なんだよ」

「若い時は貴重なんだよ〜」

 浜辺でのゲートを攻略したトモナリたちだったが病院での検査や覚醒者協会による取り調べで丸一日が潰れた。
 非難されるべき行いでなかったので厳しくされることはなかったけれども、若いのに無茶をするなと覚醒者協会の職員から小言はもらった。

 トモナリはマサヨシからも連絡を受けていて少し心配をかけてしまったが問題ないと答えるとホッとしたようにため息をついていた。

「まあみんな褒めてくれるし、よかったっちゃよかったのかな」

 マサヨシからはメディアの方もなんとかしておくと言われている。
 大きなメディアはトモナリたちのことを褒めつつも素性は明らかにしないようにしてくれた。

 面倒な主張をする者が現れることを心配していたけれど、批判的な記事は人を助けにいかなかったミネルアギルドの方に向いていたので助かった。
 もしかしたらそれもマサヨシのメディアコントロールの賜物なのかもしれない。

「まあ昨日で終わってよかったじゃないか」

 ゲートの出現から聴取まで大きく予定が狂うことになったのだけど元々スケジュールは余裕を持って組んである。
 たった一日潰れただけで済んだのならむしろラッキーな方だとコウは思った。

 もっと長々と手続きやら多くのことをやらされる可能性だってもちろんあったのだから。

「にしてもよ……遅いな」

 トモナリたちは地元で開催されているお祭りにやってきていた。
 商店街を通る直線の道を使って屋台などがずらっと並ぶみんなのお楽しみのイベントだ。

 男子は先に行っているように。
 そんなことを言われてトモナリたち男子組は先にミズキの家を出てお祭りの近くでミズキたちを待っていた。

「女の子には何かと準備がかかるもんだからな」

「余裕があるね。うちの姉さんはどんなことでも準備早かったからな……」

 世界の終末期でろくなものがない時でもしっかりと身を整える女性はいた。
 むしろギリギリの状況でも自分を保つために色々としていたのかもしれない。

 何にしても何かを待ったりどんなことにでもイラつかないような心の余裕は戦いにおいても必要不可欠だ。
 コウは自分の姉であるミクのことを思い浮かべるけどミクはコウよりも準備が早いぐらいの人だった。

「まだかかるようならなんか買ってもいいかも……」

「ごめん! 待たせた!」

「おっ、きたきた」

 近くに焼きそばの屋台があるものだから余計に色々刺激される。
 焼きそばぐらい買ってもいいかなんて思っているとやっとミズキたちが合流した。

「時間かかってると思ったらそんなもん着てたのか」

「ほぉ〜似合ってるじゃないか。まさか……ヒカリもとはな」

「うへへー似合ってるのだ?」

「ああ、可愛いぞ」

「ふむっ!」

 トモナリたちの輪の中にヒカリもいなかった。
 なぜなのかミズキはヒカリも連れて行ったのだけどようやく理由が分かった。

 ミズキたちは浴衣を着ていた。
 ミズキは赤、サーシャは青いものを着ていて着付けのために少し時間がかかったのであった。

 そしてさらにはヒカリも浴衣を着ていた。
 浴衣というか浴衣を利用してヒカリに合わせて作られた特殊な浴衣風衣装だ。

 トモナリは普通に可愛いなと思い、ヒカリは褒められて嬉しそうに尻尾を振っている。
 嬉しそうに笑顔を浮かべたヒカリはビタッとトモナリの顔に張り付く。

「お母さんが作ってくれたんだよ」

「ユキナさんが」

 トモナリは顔に張り付くヒカリを引き剥がして改めてヒカリ用の浴衣を見る。
 翼用の穴が空いていたりとうまくデザインされているものだと感心してしまう。

 ヒカリの浴衣を作ってくれたのはミズキの母親であるユキナであった。
 泊まってお祭りに行くってことは伝えてあったので使わない浴衣を再利用して作ってくれたのである。

 なかなかすごい技術だ。

「二人の方もよく似合ってんじゃないか」

「そうでしょ? 私はスタイル良いからね」

「そーだな」

「何それー!」

「私のは借り物だけどね」

 浴衣を着よう!
 そう言い出したのはミズキである。

 もちろん浴衣なんてサーシャは持ってきていなかったのだけど、ミズキが持っていたものをサーシャは借りて着ることになった。
 身長的なところではややサーシャの方が瑞姫よりも小柄であるが大きな差はない。

 ミズキの浴衣だけどサーシャでも着られるものがあったのだ。

「まあ、何でも良いけど腹減ったから行こうぜ」

「そんなんじゃ女の子にモテないよ?」

「別にぃ〜」

 ユウトに褒められても嬉しかないけど興味なさげなのもなんとなくムカつくとミズキは目を細めた。

「俺はなぁ……年上のお姉さんが好きなんだよ。出るとこ出てて、お前とは……」

「それ以上口にしたら殺すよ?」

「ユウト君……それはダメだと思いますよ……」

 チラリとミズキの胸元をユウトが見て、ミズキは怖い目をして拳に魔力を集める。

「せっかく楽しい日なんだ、ケンカなんかしないでお祭り楽しもうぜ」

 このままだとミズキの浴衣がユウトの血でさらに赤く染まってしまうかもしれない。
 トモナリとマコトで二人をとりなしてお祭りの人混みの中に入っていく。
「焼きそば、チョコバナナ、わたあめ、イカ焼き、たこ焼き……」

「食べもんばっかだな」

「お祭りなんて雰囲気の中で食べ物楽しむものでしょ?」

 早速目につく屋台によっては食べ物を買っていく。
 こういう時に覚醒者として便利なのはインベントリがあるところだ。

 持ちきれないような量を買ってもインベントリに入れて好きな時に取り出せる。
 目についたらとりあえず買ってみて後で取り出して食べてもいいのである。

「うおー、ふわふわだぞ! 溶けていくぞ!」

「服につかないように気をつけろよ」

 ヒカリはわたあめを食べて目をキラキラさせている。
 あまり他のものには見えられないふわふわとした食感に感動しているのだ。

「ちょこばなな欲しいのだ!」

「ん、ほらよ」

 トモナリはインベントリから買っておいたチョコバナナを取り出してヒカリに渡す。

「んまーなのだ!」

『妾の分も残しておくのだぞ!』

「分かってるよ」

 頭の中でルビウスの声が響く。
 人混みは嫌ということでルビウスは出ていないのだが外の様子は見ている。

 あれ食べたいこれ食べたいとトモナリに要求していて、後で食べるつもりだった。

「すいません! 少しお時間いいですか?」

「はい? 俺ですか?」

 焼きたてのたい焼きを買い込んでインベントリに入れていると二人組の男性がトモナリに声をかけてきた。
 知らない顔であったが武器を持っていることから覚醒者だということは分かる。

「ええ、その……連れている……」

「ああ、なるほど」

 お祭りも人が多く集まる場である。
 海水浴場と同じくお祭りでも覚醒者が至る所にいて守りを固めている。

 海水浴場みたいにゲートが出る例は稀なので主には犯罪を犯す覚醒者を取り締まっていた。
 ただお祭りを警護しているのはミネルアギルドではない。

「こいつは俺のスキルで契約したパートナーです」

 覚醒者たちはヒカリについて聞きにきたのだ。
 なんだかんだとヒカリのことはもうトモナリにとっての日常になっているが他の人にとってヒカリは得体の知れないものである。

 浴衣着てりんご飴を一口でポリポリ食べている様は可愛らしくて危険を感じないけれど遠巻きな視線は感じていた。
 ただ可愛らしくとも安全とは限らない。

 大丈夫なのかと通報があって確かめにきたのだろう。

「テイマー ライセンスです」

「テイマーライセンス……」

 世界にはモンスターを従える職業の人や知能を持ったモンスターと契約する人がいる。
 残念ながら日本にはそうした人がいないけれど、モンスターを従えることができる人を抱えた国では公的にモンスターも従えられた存在だと認めている。

 モンスターを従えることに反発する人もいるのでそうした人たちから覚醒者やモンスターを保護するためにテイマー制度を法的に設けているという国もあるのだ。
 そこで発行されているのがテイマーライセンスである。

 モンスターの写真や名前、契約している覚醒者の情報が書いてあって覚醒者協会がモンスターは安全だと保証してくれる公的身分証の一つだ。
 トモナリがドラゴンと契約していることが分かった覚醒者協会が外国を参考にして制度を作り上げてくれた。

「ちゃんと覚醒者協会から発行されたものですよ。調べてもらえば分かります」

「少し……調べさせてもらいます」

 見回りの覚醒者はスマホを取り出してテイマーライセンスについて調べ始めた。
 大々的に発表されたものではないが覚醒者協会のホームページに行けばしっかりと載っている。

「……確かにテイマーライセンスという制度がありますね。確認が取れました。管理されたモンスターということで問題はありません。ご協力ありがとうございます」

「いえ、お疲れ様です」

 無事確認も取れた。
 テイマーライセンスに記載があるモンスターについては普段から出していても問題はないということになっている。

 モンスターにストレスを与えないとか、モンスターと絆を深めておく必要があるとか色々理由はある。
 何にしてもこれまでと違って出しておく公的な理由ができたわけなのだ。

 ヒカリを気にする人はいても祭りの中では人が絶え間なく動いている。
 突っかかって来るような人もいないので快適にお祭りを楽しんでいた。

「あっ!」

「あっ?」

「もうこんな時間!」

 気づけば日も暮れてきていた。

「早めに移動しないと場所無くなっちゃうよ!」

 スマホで時間を確認したミズキが少し焦ったような顔をする。
 もう高校生なのだ、帰りの時間に厳しい制限などない。

 ミズキが焦っているのは花火の時間が迫っているからだった。
 このお祭りでは花火大会も開催されていて、今回花火も目的としてお祭りに来ていたのだ。

 花火が始める時間になってから良い場所を取ろうとしても難しい。
 花火が始まる前にどこか良い場所を取っておこうと話し合っていたのに気づけば花火が始まる時間が迫っていた。

「お母さんに聞いたところがあるから行ってみよ!」

 事前にお祭りで花火がよく見える場所をミズキはユキナから聞いていた。
 買い食いを切り上げてトモナリたちはミズキについて移動する。
「おい、ここって……」

「えへへ」

「えへへじゃないぞ?」

「ふふーん、僕もここは覚えてるのだ!」

 ミズキに連れてこられたのは学校だった。

「ここなんかあるの?」

「ミズキとの思い出の場所だ」

「変な言い方しないでよ」

「僕とミズキの思い出の地でもあるな!」

 そこは廃校となった小学校である。
 かつてスケルトンのゲートが出現し、トモナリが覚醒することになった場所でもある。

 ついでに迷い込んだ猫を探しにミズキが迷い込み、トモナリとヒカリで助け出した場所だったりもするのだ。

「取り壊しになったんじゃなかったのか?」

 放置しておくのにも危険だし取り壊す。
 あるいはもう取り壊したぐらいの噂を聞いていたのにとトモナリは首を傾げる。

「取り壊しになる予定で本来ならもう更地になっててもおかしくないんだけど解体業者がモンスターの被害を受けたとかで延期になったの」

 ゲートが現れた廃校など放置しておけない。
 すぐにでも取り壊す予定で町も動いていたのだが解体を請け負う会社がその前にやっていた仕事でモンスター被害に遭って解体は延期された。

 トモナリが聞いたのは本来ならいつまでに解体されるという予定の話で時間的な経過から解体が終わっていてもおかしくないという思い込みのようなものだった。

「この小学校の上からだと花火がよく見えるんだって。解体される前の今が誰もいなくてチャンスってお母さんが教えてくれたんだ」

「ユキナさんもなかなかだな」

 大人しそうな人に見えて娘に廃校に忍び込むことを勧めるとはちょっと意外である。

「ダ……ダメだったかな? あはは……」

 夜の廃校に忍び込むなんて楽しそう!
 そんな風にミズキは思っていて意気揚々とみんなのことを案内してきたのだけどよくよくあまり良いことではない。

「みんな自分で乗り越えられるな?」

「えっ、行くのかい、トモナリ君?」

「もちろんだよ、コウ。今から他の場所移動してる時間なんてないしな」

 トモナリは立ち入り禁止と張り紙がされた門に手をかけると軽く飛び越える。
 覚醒者なのだから門などあってもなくてもそれほど変わらない。

「悪いことも一夏の思い出だ。バレたら謝ろう。ゲートがあったら逃げよう」

 トモナリたちは覚醒者である。
 一般人にとって危険なことでもトモナリたちにとっては平気なことも多い。

 仮にモンスターがいたりゲートがあってもトモナリたちなら対応することができる。
 それでも忍び込むのは悪いことだが花火を見るぐらいならいいだろうなんてトモナリは笑顔を浮かべた。

「よいしょ」

「ほい」

「うん……しょっと」

「みんなまで……」

 ミズキ、サーシャ、マコトも門を乗り越える。
 コウは少し困惑した顔をする。

「男だろ? 覚悟決めろよ?」

「ユウト君まで……」

「不法侵入は犯罪だよ?」

「コウ」

 真面目なところは美徳だがバカ真面目なのも戦いにおいてマイナスになることもある。
 真面目でありながら柔軟であることも求められる。

「なに?」

「なんか聞こえないか?」

「何かって何? 何も聞こえないけど」

「もしかしたらモンスターの声かもしれない。覚醒者として調べないわけにはいかないな。だろ?」

「えっ?」

「ほら、俺たちがこれからやるのは……怪しい音が聞こえたからモンスターがいるかもしれないっていう調査だ。法律は知らないけど緊急事態だから入っても仕方ない」

「行こうぜ」

 ユウトもぴょんと門を飛び越える。

「怒られても知らないからね」

 なんだかんだと言いながらもコウも門を乗り越えた。

「だーいじょーぶだって!」

 以前にトモナリが忍び込んだ時から廃校の様子は特に変わっていない。
 正面玄関もガラスが割れていて入り放題。

 ただスケルトンを片付けたからか床はとても綺麗になっている。
 壊す予定だったためか塞いだりはしてないようだ。

 屋上のドアも外れていて横にどけてある始末だった。

「誰もいないのだ〜」

 一度ゲートが出たら逆にしばらくはゲートなんか出ないものだが一度でもモンスターが出ると人はその場所を敬遠してしまう。
 花火スポットであっても入り込む人なんて他におらず独占状態であった。

「ねね、魔法で綺麗にしてよ」

「しょうがないなぁ……」

 屋上の床はかなり埃っぽい。
 そのまま座るとお尻が汚れてしまいそう。

 コウが渋々といった感じで水を出して床に広げる。
 汚れを巻き込んだ水をグッと一つにまとめて適当に校舎裏に流して捨てた。

「ありがとねー!」

 みんなで床に座り、そして買ってきたものをインベントリから取り出す。

「……しょうがないな。ルビウス」

「ふふ〜ようやく食べられるのじゃ!」

 ミズキたちはいるものの人混みを抜けたので出せと頭の中でうるさいルビウスを召喚する。

「ちょこばなななるものを寄越せ!」

「はいはい」

「おぉー!」

 色々なものを買い込んできた。
 トモナリはチョコバナナを出してルビウスに渡してやる。

「黒いヒカリちゃんも可愛いけど赤いルビウスちゃんも可愛いよね」

 トモナリを挟み込むように座るヒカリとルビウスをミズキは見つめていた。
 黒のヒカリと赤のルビウス。

 どちらもミニ竜姿で可愛らしい。
「貴様!」

「えっ、なに?」

 ルビウスが食べ終えたチョコバナナの棒でミズキのことを指す。

「このちんちくりんと一緒にするでないわ!」

 今度はヒカリのことを棒で指した。

「本来の妾はそれはもう高貴で美しい姿を……」

「どりゃー!」

「ブニョ! 何をするこのちんちくりん!」

「ちんちくりん言うな!」

 ヒカリがルビウスに飛び蹴りをかました。
 トモナリが可愛いと言ってくれるのだからヒカリは今の姿にとても高い自己肯定感を持っている。

 そんな姿を馬鹿にされるとヒカリは怒っちゃうのである。
 加えて今のルビウスはヒカリの姿と大差ない。

 同じような姿をして何言ってるんだと思っている。
 むしろ同じような姿なら自分の方が上だとすら自負があるのだ。

「うにー!」

「ひょのひんひふりんふぁ〜!」

 互いに口を引っ張り合う低レベルな争いが繰り広げられる。
 時々勃発する争いであんまりうるさくならなきゃトモナリは止めるつもりもなく、困惑するみんなをよそにトモナリは焼きそばを取り出した。

 みんなもトモナリが止めないのならとヒカリとルビウスの争いを見守る。
 魔法やブレスは使わないようにと言いつけてあるので軽い小競り合いが続く。

 そんなものだから冷静になって眺めているとミニ竜同士の争いは意外と可愛いのである。

「あっ……」

「始まった」

 そんなことをしている間にボーンと音がした。
 花火が始まったのである。

「綺麗ですね」

「ああ、今じゃ花火をできるところも少なくなったからな」

 モンスターの影響で飛行機すら飛ばすのが大変になった。
 花火もモンスターを切りつけてしまうかもしれないと今では行うところも少なくなった。

 事前に魔物がいないことを確認して警護を行ってくれるギルドがいて安全に行えるのだ。
 トモナリの町においては大型ギルドが拠点を構えていて、その大型ギルドが花火大会に協賛しているから行えていた。

「ほらルビウス。焼きそばだ」

「本当の妾はもっとすごいのに……」

 ヒカリとルビウスの争いも花火が始まって終わった。
 トモナリが焼きそばを渡してやるとブツクサと文句を言いながらも焼きそばを食べ始める。

「綺麗なのだ……」

「すごいだろ?」

 花火も進化している。
 魔法を混ぜ込んで良い鮮やかに、より複雑な形も再現できるようになった。

「今度は守りたいな……」

 ゲートの出現が加速して、試練ゲートの攻略に手が回らなくなってくるとこんな花火大会もやっている余裕は無くなっていった。
 人々の心が安らぎ、癒しになるようなイベントは消えていき、ただ覚醒者たちの成功を祈ることしか一般人にはできないような時が来る。

 でも今度はこうした景色も守りたいとトモナリは思った。
 できるなら時として苦痛を忘れられる安らぎを得られるような世界のままでいてほしいと思うのだ。

「トモナリ」

「なんだ?」

「ちょこばなな食べたいのだ」

「ふふ、分かった」

 トモナリの膝に座ったヒカリの頭を撫でてチョコバナナをインベントリの中から出してやった。

 ーーーーー

「おい! こんなところで何をしてる!」

 花火大会も終わった。
 少しの余韻に浸ってトモナリたちは家に帰ることにした。

 廃校から出てきたところで人に見つかった。
 懐中電灯でトモナリのことを照らした男は警察官のように見えてミズキたちは焦った顔をする。

「忍び込んでました!」

「ト、トモナリ君!?」

 はっきりと白状するトモナリにコウは目を白黒させる。
 事前に言っていた上手い言い訳はどこへいったのだと驚いてしまう。

「……いけないことなのは分かってんだろうな?」

「ちょっとぐらいいいじゃないですか」

「ふぅ……久々に顔見せたと思ったらとんだ悪ガキになってるもんだな」

「……知り合い?」

 警察官が険しい顔をしていたのも一瞬で、すぐに呆れたような半笑いの顔をした。
 トモナリのことを知っているような口ぶりだ。

「ああ、顔見知りなんだ」

「花火見てたのか。昔からここはよく見えるって評判だもんな。子供はさっさと帰れ。見逃してやる」

 相手の警察官はトモナリが朝のランニングをしていた時によく挨拶をしていた人の一人だった。
 学校に行っていなかったトモナリのことを気にかけてくれていた人で、アカデミーに行くのに家を出ることを伝えたら良かったなと優しい目をしてくれていた。

「友達できたんだな。悪友みたいだが」

「友達できました。悪い友達たくさん」

「はははっ! 先日のゲートもお前がやったんだって? 体格もがっしりしてきてる……頑張ってるようだな」

 警察官のおじさんは優しく笑う。

「もっと頑張りますよ」

「そうか……あんまり無茶はするな。だけど若いうちの無茶は少しぐらいやっとくもんだからな」

 次やったら逮捕だぞ。
 そんな冗談をもらってトモナリたちは廃校から出てミズキの家に帰ったのだった。
「楽しんでいるようだな」

 お祭りから帰ってきた次の日、トモナリは朝早くから道場にいた。
 道場にはトモナリの他にテッサイもいて穏やかな顔をしてトモナリのことを見つめている。

 ヒカリはまだ眠そうに目を擦っている。
 寝ていてもいいとは言ったけれどトモナリのそばを離れようとはしない。

 最初にテッサイが会った時のトモナリは不登校の少年だった。
 いきなり刀をくれなどと言いに来て、不思議な才能を感じたから弟子にした。

 それが覚醒者になってアカデミーに行くと言い出して、あまり人と関わる感じでもなさそうだったから心配をしていた。
 だが孫娘のミズキとも仲良くしているようだし、友達もできてトモナリも楽しくやっている。

 強くなることにも心の豊かさは必要だとテッサイは考えている。
 トモナリが友達を作り、日々を楽しみながら強くなっているのなら嬉しいことであった。

「少し手合わせしようか」

 テッサイは立ち上がると壁にかけてあった木刀を手に取った。
 トモナリも立ち上がって木刀を受け取るとテッサイとトモナリは距離をとって向かい合う。

 ヒカリは道場の端に寄って丸くなってトモナリのことを見守っている。

「いきますよ」

 木刀を構えて集中を高める。
 魔力抑制装置を100%で発動させてトモナリは完全に魔力を抑え込む。

「いつでも来なさい」

 同じく木刀を構えるテッサイに隙は見当たらない。

「はっ!」

 トモナリはテッサイに切り掛かる。
 真っ直ぐ最短で近づき、ためらいなく最速で剣を振り下ろす。

「ふっふ……木刀でも人が切れそうな勢いだな」

 ヒカリの目には一瞬テッサイが切れたようにも見えた。
 しかしテッサイは切れたのではなくトモナリの攻撃を完璧に見切ってギリギリでかわしたのだった。

 トモナリは続けてテッサイに切り掛かる。
 魔力を抑えて体が重たくなったようにすら感じるが日々しっかりと鍛えているトモナリの動きは魔力を抑えていても速い。

 けれどテッサイは冷静にトモナリの攻撃をかわし、防ぐ。
 まるで水を相手にしているような気分にすらなる。

「ほぅ?」

 だがトモナリもいつまでも流されてばかりではない。
 だんだんとトモナリの剣がテッサイを捉え始めた。

 攻撃の鋭さが増し、テッサイも回避しきれずに防御することが多くなってきた。

「ふむ、ならばこちらからもいくぞ」

「くっ!」

 柔らかな水が突如として襲いかかってきた。
 トモナリのリズムや呼吸、攻撃を見切って一瞬の隙を見逃さずに攻撃が飛んでくる。

 攻撃こそ防げるもののトモナリの流れが全て断ち切られてしまって攻撃のリズムに乗れなくなる。
 ここで流れに押し負けてしまえば飲まれて動けなくなる。

 無理にでも前に出なければいけない。
 トモナリは無理矢理隙を作り出してテッサイに木刀を振るう。

 防御のみでは水に飲まれてしまう。
 足掻いて手を動かないといつかは溺れてしまう。

 滝のような汗をかき、トモナリは必死にテッサイに喰らいつく。

「届いた……」

 足掻きに足掻いて作り出した一瞬の隙。
 トモナリの剣がテッサイの胸元をかすめた。

「見事」

「クソジジイ……んごっ!」

 ふっと笑ったテッサイの木刀がトモナリの頭に振り下ろされた。
 思わず本心の一言をつぶやいたトモナリは頭を思い切り殴られて道場の床に倒れた。

「いって〜!」

 トモナリは床に倒れたまま殴られたところを押さえる。

「大丈夫なのだ?」

「大丈夫じゃないなのだ……」

 化け物めと思わざるを得ない。
 今日こそは一本取れると思ったけれどトモナリの剣は一度かすめただけだった。

 完敗である。
 今回の人生割と調子良くきていたけれどテッサイには敵わない。

 ヒカリが持ってきてくれたタオルを受け取って汗を拭く。

「強くなったな。そしてまだ強くなれそうだな」

 テッサイは自分の胸元に視線を落とす。
 高速で剣がかすめていったために道着がわずかに切れたように破れている。

 まともに当たれば危ない一撃だった。

「蔵の刀、好きにせい」

「師匠?」

「刀が、神切が欲しいと言っておったな。持っていけ。今のお前さんならば力に飲まれることもなかろう。神切だけじゃない。気に入ったものがあれば持っていけ」

「……ありがとうございます」

 トモナリはサッと体勢を変えて両膝をついて頭を下げる。
 あの時は焦りすぎたと思った。

 神切が欲しいと道場に言いに行くだなんて今考えれば恥ずかしいことだった。
 それでもテッサイはトモナリをただ追い返すのではなく弟子として受け入れてくれて、戦い方を教えてくれた。

 強くなってやっとまだまだ道半ばだと気づいた。
 でもテッサイはトモナリの努力を認めてくれたのである。

 なんだかすごく嬉しかった。
 鍛錬の時は容赦がなくてムカついてしまうようなこともあるけれど、今の戦いだって思い返せば学びに満ちている。

 正直今ではルビウスもいるし神切のことは別にいいかなと思っていたりするのだが良い武器はあればあるだけいい。

「どうせ持っていても使わんものならお主に預けたとて構わんだろう」

「僕も何か欲しいのだ!」

「気に入ったものがあったら持って行くといい」

「やったのだ!」

「蔵を開けてやろう」

 よく見るとテッサイも汗をかいていた。
 だいぶ善戦したから認めてもらったのだなとトモナリは思わず顔が綻んだ。
「あとは好きにせい」

 蔵の鍵を開けてもらった。
 テッサイは鍵をトモナリに預けると腰を叩きながら道場の方に戻って行った。

「相変わらずテッサイは強いのだ〜」

 今でも頭を殴られた時のことを思い出すと頭がムズムズするようだとヒカリは思う。

「覚醒者になってくれたら心強いぐらいなんだけどな」

 覚醒者でもないのに覚醒者を制圧できるほどの強さがある。
 覚醒者になるようなつもりはテッサイにないようだが、覚醒者だったら相当頼もしい存在になっていたことだろう。

「えーと……神切はっと……」

 トモナリは神切を探す。
 蔵の奥の方にある木の箱を手に取る。

「これじゃないな……」

 似たような箱がいくつもある。
 最初に手に取ったものは神切ではない刀が入っていた。

「これか?」

「トモナリ、多分そっちだぞ」

「これか?」

「その隣なのだ」

 ヒカリの指示に従って隠されるように置いてあった箱を抜き取る。
 手に持った瞬間に魔力が吸い込まれるような感覚があった。

 まだ中身は見ていないけれどこれが神切の入った箱だとトモナリも直感した。

「相変わらず禍々しい見た目してんな」

 お札が貼られている刀はホラーチックな禍々しさがある。
 初めて見せてもらった時は触らないようにと注意された。

 人を呪い殺す刀だと言われたし、今でも触ることをためらうような圧力を感じる。
 だが一方で刀を抜いてしまいたくなるような抗いがたい衝動にも駆られる。

「トモナリ……トモナリ!」

「あ、ああ……大丈夫だ」

 自分の中にある二つの衝動がせめぎ合い、ぼんやりとするトモナリのほっぺたをヒカリが尻尾でつつく。
 ハッとしたトモナリは改めて神切を見る。

「見ただけでこれだもんな。怖い刀だぜ」

 神切なんて名前も割とおどろおどろしいものであるが、もっと危険物的な名前でもいいのにとすら思う。

「ふぅ……いくぞ」

 トモナリは手を伸ばして神切を掴む。

「これは……」

 神切を掴んだ瞬間頭の中に声が響く。
 何かを呪うような呪詛の言葉と刀を抜いて暴れろという黒い欲望を刺激するような言葉がこだましている。

「やっぱり危険だな」

 こんな言葉に飲み込まれるほどトモナリは弱くない。
 だが頭の中に響く言葉を聞き続けたらトモナリでも精神がやられてしまうかもしれない。

 トモナリは気が狂う前にと神切をインベントリの中に放り込んだ。
 流石にインベントリの中にあると声は聞こえないようである。

『なんじゃ、今の気持ち悪いのは?』

「聞こえてたのか?」

『聞こえておったわ』

 神切の声が聞こえなくなったと思ったら今度はルビウスの声が聞こえてきた。
 なんと神切の声はルビウスにも聞こえてきていたのだ。

『やかましいことこの上ない。なんじゃあれは?』

「さあな、俺にも分からない。ただ一筋縄ではいかなそうだ。もうちょっと封印だな」

 覚醒前、あるいは覚醒直後に手にしていたら危なかったかもしれない。
 今も長時間持っていると精神に影響が出てしまいそうだ。

「もう少し強くなってからだな」

 神切を手にして分かったのは神切が魔力を持っているということだ。
 ただの武器ではなく何か魔力が関わるような力がある。

 しっかりと抑えきれる自信がないのに手を出すべきではないとトモナリは神切については後回しにすることにした。

「盗まれる前に手に入ってよかった」

「盗まれる?」

「ああ……この刀は盗まれるんだ」

 小首を傾げるヒカリを見てトモナリは笑顔を浮かべる。

「この刀が表舞台に出てきた時、それこそ妖刀扱いされていた。回帰前の連続殺人犯が持っていたのが神切なんだよ」

 刀を持っていたことから侍の亡霊などと呼ばれた連続殺人犯がいる。
 その犯人が持っていたのが神切だった。

 連続殺人犯を捕まえようとした覚醒者すら多くが返り討ちにあって刀は常に血に濡れていたなんて話をトモナリは聞いたことがある。
 最終的に神切を持った連続殺人犯は倒されて神切は別の人の手に渡った。

 ただ他の人の手に渡った神切は次々と人を狂わせ戦わせた。
 呪いの妖刀として神切が有名になっていた頃に神切はある人に渡った。

 刀を扱っていた女性覚醒者で彼女は神切を手に入れても狂うことがなく、神切の力を存分に発揮して有名になった。
 どうやって神切の力を抑えたのか知らないがともかく彼女は神切をコントロールしていたのだ。

 そして後々彼女が受けたインタビューの中で神切の経緯が語られたのである。
 テッサイのところから盗まれたもので、神切が見つかった時にはテッサイは亡くなっていて管理できないから神切は覚醒者の手を渡ることになったのだ。

 いつ盗まれたのかまでは記憶にないがどこかで盗まれ、どこかで人の手に渡って多くの血を流すことになる。
 その前に手に入れて上手く扱えば他の人も犠牲にならないし強くなれるだろうと思って欲しいと訪ねたのだが、そう簡単なものでもなかったようである。

「まあ、なんなら未来の持ち主に渡したっていいしな」

 扱えなさそうなら回帰前の神切を使っていた女性覚醒者を探し出して神切を渡してもいい。

「そろそろみんなも起きてくる。朝ご飯食べに行こうか」

「ユキナのご飯も好きだぞ」

「純和風でいいよな」

 トモナリは蔵の鍵をしっかりと閉めて後にした。
 少なくとも神切の流出で連続殺人事件が起こることはないだろう。

 それよりもテッサイに認めてもらったことがトモナリは嬉しかったのだった。
「トモナリ……」

「ああ、俺も感じた」

 夜中にトモナリとヒカリは目を覚ました。
 一瞬だが強い魔力を感じたのだ。

 周りで寝ているみんなの魔力ではない。
 しかも感じられたのはほんの一瞬という違和感。

 ゲートやモンスターが現れたなら継続的に魔力が感じられてもおかしくないのに今は集中しても魔力を感じられない。
 何かがあるとトモナリとヒカリは顔を見合わせた。

 トモナリとヒカリはみんなを起こさないようにそっと部屋を出る。

「何かの気配、感じ取れるか?」

 ヒカリの感覚はトモナリよりも鋭い。
 トモナリに抱えられたヒカリは目を閉じて意識を集中させる。

「むむむむ……蔵の方に何かがいるかもしれないのだ!」

「蔵だな?」
 
 いるかもしれないという少し曖昧な言い方に不安を覚えつつもトモナリは蔵の方に向かう。

「開いてる……」

 朝に神切を取るために蔵の中に入った。
 出る時にちゃんと鍵を閉めたことは確認してテッサイに返した。

 なのに今蔵の扉は開いている。
 怪しいと思った。

 トモナリはルビウスをインベントリから取り出す。
 剣を抜くと真っ赤な刃が月明かりできらめいた。

 気配を殺してトモナリは蔵に近づく。
 開いた扉から蔵の中を覗き込む。

「……誰かがいる」

 蔵の中で何かが動いている。
 黒い姿をしているので何なのかまでは分からないが何かいることは確実だった。

「人……覚醒者だ」

 蔵の中にいるのは覚醒者だとトモナリは気づいた。
 刀の箱を開けて中身を確認するとシュンと箱が消える。

 インベントリを持った覚醒者である。
 トモナリはそっとスマホを取り出すと覚醒者協会に連絡する。
 
 中の様子をうかがいながら住所と状況を素早く伝える。

「……気づかれたか!?」

 トモナリの小さな声に反応したように盗人が顔を上げて周りを確認する。

「……動くな!」

 これ以上はバレてしまうかもしれない。
 そう思ったトモナリはスマホを切って蔵の中に飛び込んだ。

 ルビウスに炎をまとわせて威嚇と明かりの確保をする。

「いかにも盗人って感じだな」

 全身黒の服装に顔は目の下まで隠してある。
 インベントリに物を入れる瞬間を目撃していなくとも盗人なのは見て分かる。

「大人しく捕まるんだな」

 蔵の出入り口はトモナリが立ち塞がっている扉か天井近くにある小さな換気用の窓しかない。
 換気用の窓は小さい上に格子がはめられているので簡単には出られない。

 となるとやはりトモナリの後ろの扉から出ていくしかないのだ。
 もうすでに覚醒者協会には通報してあるので人が来てくれるまで盗人をここに留められればいい。

 捕まえられれば最高だ。

「……返事もなしか」

 ただ無理をするつもりはない。
 盗人は何も答えずトモナリのことをじっと見ている。

 逃げる隙をうかがっているのだろうことはバレバレだ。
 トモナリも盗人がいつ動いてもいいように警戒を怠らない。

「目的は何だ? お前は何者だ?」

 トモナリが疑問を投げかけても盗人は何も答えない。
 答えるとも思っていないが、だからといって盗人に大人しく投降する様子もないようだ。

「逃げるつもりか!」

 盗人が真っ直ぐに走り出した。
 懐からナイフを取り出してトモナリに向かって投擲する。

「ぐっ!」

 トモナリは剣でナイフを弾く。
 ただの投げナイフなのに非常に重たく感じられて顔をしかめた。

 強い、と思った。
 確実に盗人は自分よりもレベルが上の覚醒者である。

 ナイフに込められた魔力がそれを物語っている。

「逃すか!」

 だがトモナリも怯むことなく横を抜けていこうとする盗人に燃えるルビウスを振り下ろした。
 盗人はかなり素早いが何とか攻撃が間に合った。

「はやっ……」

 届いたと思ったのだが盗人がさらに加速した。

「ヒカリ!」

 トモナリの剣は盗人に掠ることもなく、盗人はそのまま蔵を出ようとした。
 しかしトモナリはさらに対策を打っていた。

 蔵を出ようとした盗人に扉の上に隠れていたヒカリが落ちるようにしながら襲いかかる。

「……くっ!」

 完璧なタイミングであったように思われたが盗人は体を捻ってヒカリをかわそうとする。

「ぐにゅー!」

 逃すまいとヒカリは爪で盗人を攻撃した。

「浅いか……!」

 ヒカリの爪は盗人の胸元に届いたがびりっと服が破けただけだった。
 盗人は服を手で押さえるとそのまま飛び上がって逃げていく。

「待て!」

 トモナリも追いかけるように蔵の上にジャンプする。

「くそッ……いない」

 蔵の上に飛び乗った時にはもう盗人の姿はなかった。
 すごく速いのか、スキルで身を隠したのか、あるいは両方か。

 何にしろ相手の盗人は少なくともトモナリよりも素早さが上であると感じた。
 体の使い方やスキルによってはまた純粋に数値だけを比べることはできないが多分純粋な能力値でも劣っている。

 遠くにサイレンが聞こえて初めてトモナリは思わず深いため息をついた。

「逃げられたのだ……」

 ヒカリも悔しそうな顔をしてトモナリのところに飛んできた。

「しょうがない……俺たちはまだまだ弱いんだ」

 上には上がいる。
 多少強くなったがそれでも及ばない強い人、強いモンスターは多い。

「何事だ」

 近づくサイレンの音に起きたのかみんなも家の中から出てきた。

「あーあ……説明もめんどくさそうだ……」