「静かにいくぞ」
トモナリを先頭にして洞窟の中に入っていく。
洞窟の中は薄暗いものの天井が所々抜けていて外の光が差し込んでいて動けるだけの明るさはあった。
少し進むと中に大きな空間が広がっていた。
天井にはぽっかりと穴が空いていて明るい。
そして光が差しているその下にマーマンとさらわれた人たちがいるのが見えている。
「あれがシャーマンか」
さらわれた人たちを目の前にして立っている杖を持ったマーマンがいた。
見た目上他の個体とはそんなに変わらないものの首から骨で作ったような装飾品をぶら下げている。
「まださらわれた人は生きてるな」
「良かった……」
さらわれた人たちは怯えたような顔をしているもののまだ命はあった。
生きているなら助けられるチャンスはある。
「ただ見つからずというのは難しそうだね」
マーマンはさらわれた人たちを囲むようにしていてトモナリたちには気がついていない。
たださらわれた人たちを囲んでいるのでこっそりと連れ出すことは不可能である。
「倒すしかない……けど思っていたよりも数が多いな」
マーマンは軽く見ただけでも数十体はいる。
見つからないように人を救出するのは不可能なのである程度の戦闘は覚悟せねばならないが想像よりもマーマンは多かった。
正面から戦って勝てないことはない。
しかし今はマーマンたちの中にさらわれた人たちがいる。
ただ倒せばいいのではなくさらわれた人を守りながら戦わねばならない。
呪術が命を代表にする以上下手に戦うとさらわれた人たちに手をかける可能性があるのだ。
「だけどここまで来たらやるしかない。俺とマコトとミズキとサーシャで突っ込む。コウとユウトは外から戦ってくれ」
全員で中に飛び込んでしまうと脱出が難しくなる。
いざとなったら外に助けを呼んでもらう必要もあるかもしれないのでトモナリたちはさらわれた人たちのところまで突っ込んでいき、コウとユウトには外から攻撃してもらう。
「俺はシャーマンを狙う。上手くいけば一気に統制が取れなくなるはずだ」
トモナリはマーマンの中に突っ込みながらマーマンシャーマンを狙うつもりだった。
倒すことができればきっとマーマンは動揺して動きが悪くなるしゲートのクリアにもなる。
シャーマンが力を使う前に倒してしまえればかなり戦いは楽になるだろう。
「コウの魔法を合図に突っ込むぞ。ルビウス、お前はコウとユウトのフォローを頼む」
「任せよ」
「ヒカリは俺と一緒に行くぞ」
「もちろんだな!」
「もしあの人たちがすぐに動けるようなら囲みを突破して後退しながら戦おう。それが厳しそうなら覚悟して戦うぞ」
トモナリが視線を向けるとみんなは力強く頷いた。
「コウ、頼むぞ」
「任せてよ。僕だって魔法じゃトモナリ君には負けないんだ!」
コウはインベントリに入れてあった自身の杖を前に突き出す。
意識を集中させて魔力を高める。
派手に囲いを突破できるような魔法を狙うがさらわれた人が巻き込まれないように角度や威力の調整も必要となる。
「くらえ!」
マーマンたちにもバレないようにと一瞬で魔法を発動させる。
赤々と燃える炎が渦巻きながらマーマンたちに向かっていく。
さすがは賢者だなとトモナリは思った。
魔法を練習すれば分かるけれど高い威力を保ちながら繊細なコントロールを両立させるのは楽なことじゃない。
しかしコウは持ち前のセンスと努力で魔法をしっかりと自分のコントロールしている。
回帰前も魔法はほとんど使わなかったしドラゴンナイトも多分魔法メインの職業ではない。
トモナリにはコウほど繊細に魔法をコントロールする技量はなかった。
「みんな行くぞ!」
魔法の後ろに隠れるようにしてトモナリたちも飛び出していく。
マーマンの何匹かは気づいたが反応が遅れたものは炎に飲み込まれて燃えていく。
「大丈夫ですか!」
火がついて悶えるマーマンの横を抜けてさらわれた人たちのところまでトモナリたちは駆けつけた。
「ヒカリ行くぞ!」
ミズキとサーシャがさらわれた人たちの容態を確認する中トモナリはさらに動く。
狙うのはマーマンシャーマン。
「チッ!」
トモナリが迫る中マーマンシャーマンが杖を振って一鳴きした。
するとマーマンが立ちはだかるようにトモナリの前に飛び出してきた。
トモナリがマーマンのことを切り裂くけれどマーマンはトモナリのことを行かせまいと食い下がる。
「ぬぅん! 邪魔なのだー!」
「くそっ……!」
ヒカリがマーマンの首を爪で切り裂いて倒した。
立ちはだかったマーマンを倒してマーマンシャーマンのことを見るともうすでに他のマーマンの後ろに下がって逃げていた。
逃げ足が速い。
「トモナリ君!」
「ミズキたちの方が危ないぞ!」
他のマーマンがさらわれた人たちに迫っている。
ミズキたちが戦っているけれど迫っている数が多い。
「……ヒカリ、あっちを先にやるぞ!」
「分かったのだ!」
まだまだミズキたちは戦いに慣れていない。
さらに人を守りながらなんて戦ったことはない。
トモナリがマーマンシャーマンを追いかけて追いかけている間に被害者が出てしまうかもしれないのでトモナリはミズキたちの方に向かうことにした。
「視野を広く持て! マーマンを近づかせるな!」
戦いは人の視野を狭める。
目の前の敵に集中することは悪くないけれど周りへの警戒が散漫になってしまう。
今はただ目の前の敵を倒すだけでなくマーマンがさらわれた人たちに手を出すことも防がねばならない。
「ボォー!」
さらわれた人に迫るマーマンにヒカリがブレスを放つ。
マーマンが炎に包まれてギャアギャアと叫び声を上げる。
「皆さんもっと固まってください!」
マーマンの囲みの外からはユウトとコウ、そしてルビウスが攻撃してくれている。
ミズキとマコトとサーシャはうまく連携を取り合いながらさらわれた人たちを守ってマーマンを倒している。
トモナリは状況を見ながら動き、時にはヒカリに指示を出して全体的にフォローを入れていた。
少々キツイ戦いであるがみんなの動きが優秀なので大きな問題もなくマーマンの数は減っていっている。
このままいけばマーマンを倒せるかもしれない。
そう思った時だった。
「な、なんなのだ!?」
マーマンの死体から急に黒い煙が上がり始めた。
ヒカリが慌ててマーマンの死体から離れてトモナリの後ろに隠れる。
「チッ……」
やはりそう易々とはいかない。
振り返るトモナリの視線の先には杖を高く掲げたマーマンシャーマンがいた。
「あいつ仲間の命使うつもりか!」
黒い煙がマーマンシャーマンに集まっていく。
杖の先に集まって塊のようになった黒い煙が破裂して洞窟の中にヌルくて気持ち悪い風が駆け抜ける。
「なに……急に体が重く……」
『呪術を受けました。ステータスが一時的に減少します』
体が重たくなったように感じてミズキは顔をしかめた。
目の前に表示が現れてそれが呪術によるものだと教えてくれる。
「ミズキ、後ろだ!」
「ん……ありがと!」
ミズキの後ろにマーマンが迫りトモナリはとっさに火の槍を生み出して放った。
乱雑な狙いではあったがマーマンの肩に火の槍が突き刺さって怯み、ミズキは振り返ってマーマンの首を切り落とした。
「呪術によるデバフだ! ステータスが下がってるから気をつけるんだ!」
攻撃や仲間の能力を上げるバフも呪術にはあるけれど、やはり呪術の大きな特徴は広範囲に及ぶ強力なデバフである。
行動を阻害したり相手の能力を下げたりと戦闘において厄介な状態異常を引き起こすのだ。
マーマンシャーマンは倒された仲間の命を使って呪術を発動させた。
みんなのステータスが下げられてしまい、そのためにミズキは体の重さを感じたのだった。
「……なんともないな」
ステータスが下がれば相対的にマーマンは強くなったのと同じである。
数はだいぶ減ったがまだ囲むだけのマーマンは残っていて体の変化に戸惑いながらなんとか戦っている。
そんな中でトモナリは自身の体に変化を感じなかった。
トモナリだって呪術を受けているはずなのにステータスが下がった感じもなければ下がったという表示もない。
「それは当然だ」
「えっ、ルビウス?」
ルビウスの声が頭の中に響いてきた。
思わず周りを確認したがルビウスはユウトとコウのところにいる。
「お主はドラゴンと繋がってドラゴンの力を受けておる。偉大なるドラゴンが安い呪術なんぞに影響されるわけなかろう」
「つまりはヒカリやルビウスのおかげでなんともないということか?」
「その通り」
トモナリのスキルである魂の契約には契約したヒカリやルビウスとの相互作用がある。
相互作用がなんなのかフワッとしていて難しいところであるけれどドラゴンの能力の一部がトモナリにも宿っているようだった。
マーマンのシャーマン如きが操る呪術はそんなに強力ではない。
ドラゴンにそんな呪術の力は通じないのである。
もっと強力ならともかくマーマンシャーマンの力も、力を使うために使われた命もドラゴンの力を突破するには弱かった。
「俺はまたシャーマンを狙う! みんなここは頼んだぞ!」
このままマーマンの死体が増えればまたマーマンシャーマンが何かする可能性が出てくる。
今はまだみんなも動けているけれどこれ以上デバフをかけられると戦うのも辛くなってしまう。
先にマーマンシャーマンを倒さねばならない。
トモナリが抜けると少しキツくなるかもしれないがみんなの戦いの感じを見ているときっと持ち堪えてくれると確信できた。
トモナリはヒカリを引き連れてマーマンシャーマンの方に向かう。
マーマンシャーマンの周りを固めていたマーマンが立ちはだかるようにトモナリの前に出てくる。
「どけ!」
マーマンシャーマンを守るマーマンは他のマーマンよりも少しだけ能力が高そうな気配がある。
しかしトモナリの前ではそんな差など些細な違いでしかない。
トモナリの剣とヒカリの爪がマーマンを切り裂く。
呪術の影響を受けているだろうと舐めていたのかマーマンの方が勢いよく突っ込んでくるトモナリに驚いた様子があった。
次々とトモナリの前にマーマンが立ちはだかるけれどヒカリと共に切り倒してズンズンと進んでいく。
「無駄だ!」
トモナリが飛びかかってきたマーマンの胴体を一刀両断にしてマーマンシャーマンの顔に焦りが浮かぶ。
「トモナリ!」
トモナリが切り捨てたマーマンの死体から黒い煙が出てきてトモナリを覆った。
なんだか湿度が高い空気に包まれたような微妙な不快感がある。
「こんなもん効かないぜ!」
トモナリは剣のルビウスに魔力を込めて炎を発生させる。
剣を振って炎を飛ばす。
黒い煙の中から炎が飛び出してきてマーマンシャーマンは反応しきれず杖でガードしてしまった。
炎がまともに当たって杖が叩き折れる。
「くらえ!」
少し遅れて黒い煙からトモナリも飛び出して剣を振るう。
「チッ!」
転がるようにして逃げるマーマンシャーマンの左腕が切り裂かれた。
倒す気であったのに黒い煙のせいで目測を見誤った。
マーマンシャーマンを守っていたマーマンが一斉にトモナリに襲いかかる。
「ふっ、いいのか?」
また邪魔が入った。
しかしトモナリは余裕の笑みを浮かべた。
「ぬっふっふっふ〜」
マーマンたちは忘れている。
トモナリは一人でないということを。
腕を失ったマーマンシャーマンが転がっていった先にはヒカリがいた。
トモナリが派手に攻撃したのでヒカリの存在がマーマンたちの中で薄れていた。
しかしここまででもヒカリもマーマンのことを軽く倒してきた力があるのだ。
「ドラゴン……クロー!」
マーマンシャーマンはマズイという顔をして、ヒカリはニヤリと笑った。
護衛のマーマンはトモナリの方にいてもはや間に合わない。
ヒカリが力を込めると爪がシャキンと少し伸びる。
さらにそこに魔力を加えて淡く光る爪をヒカリはためらいなく振り下ろした。
「ふっ……またつまらぬものを切ってしまったのだ……」
どこで覚えたそんなセリフ。
マーマンシャーマンはヒカリのために切り裂かれて縦に五分割になって地面に倒れる。
「ヒカリ、よくやった!」
マーマンシャーマンがやられてマーマンたちに動揺が広がる。
「体軽くなった!」
マーマンシャーマンがやられたことで呪術によるステータス低下も解除された。
残りのマーマンの数を見るにもはや勝敗は決したも同然である。
「どおおおおりゃああああっ! やったーーーー!」
気づけばマーマンもトモナリたちよりも少なくなっていた。
ミズキが最後に残ったマーマンを切り裂いて勝利の雄叫びを上げる。
「……結局全部倒すことになっちゃったな」
最初の予定ではさらわれた人を助け出すつもりだったのだけど仕方なくマーマンを全滅させることになってしまった。
陸上で相手したのでマーマン一体一体は弱かったけれどなんせ思っていたよりも数がいた。
さらわれた人たちを守りながらよく戦ったものだとトモナリはみんなの成長に感心してしまう。
「みんな、まだ油断するな。ゲートは出るまでだぞ!」
ゲートは出るまで何が起こるか分からない。
ボスを倒し、その場にいるモンスターを全滅させたからと油断をしてはいけないのである。
さらわれた人たちもいる。
最初の目的はさらわれた人たちの救出であった。
さらわれた人たちを安全なところまで運んでようやくトモナリたちも落ち着けるというものである。
「皆さん動けますか?」
見たところ多少の怪我はしているようだが動けないほどの怪我させられている人はいなかった。
トモナリが声をかけるとさらわれた人たちは怯えたような顔をしながらも立ち上がる。
「俺たちが護衛しますのでこのまま脱出します」
「君たちが助けに来てくれたのか? 他の大人たちは……」
「助けられる人が助けに来ただけです」
どうしてまだ高校生ぐらいの子たちしかいないのかと冷静になれば疑問にも思う。
大人たちは助けに来なかったんだよとは答えずトモナリは笑顔を浮かべておいた。
マーマンの死体はトモナリがインベントリに入れて回収し、それからゲートに向かう。
「ゲートだ!」
「ああ、よかった!」
途中マーマンに襲われることもなくゲートが見えるところまでやってきた。
さらわれた人たちにはゲートを見て涙ぐんでいる人もいた。
「こっちいないのだ」
「こっちもおらんぞ」
ヒカリとルビウスで空から左右離れたところも警戒して最後の最後まで気を抜かない。
「へへ、やったなトモナリ」
隣に立つユウトがニヤリと笑ってトモナリのトンと小突いた。
「……ああ、みんな強かったよ」
「お前もな。それにちょっと意外だったよ」
「何が?」
「こんなふうに人助けに行こうなんて熱い奴だったってな」
「別にそんな……」
「照れんなよ」
冷めた奴だとは思わないが危険を冒しミネルアギルドに突っかかって、そして頭を下げて装備を借りてまで人を助けに行くような熱い心の持ち主だったのは少し意外だった。
「結構お前のこと好きだけど……もっと好きになったよ」
「ありがとよ。こうして一緒に来てくれるお前も好きだぜ」
「惚れんなよ?」
「言ってろ」
トモナリとユウトは拳を突き合わせる。
外ではゲート攻略するためのギルドが到着していてトモナリたちが無事に出てきたことに驚いていた。
ミネルアギルドの人に睨みつけられていたような気はするけれど、助けに行かないという判断をしたのも勝手に助けに行けばいいと言ったのもミネルアギルドである。
何も文句を言われる筋合いはない。
次の日の朝刊で鬼頭アカデミーの学生覚醒者がモンスターに誘拐された人を助け出しゲートを攻略したと一面に載ることになったのであった。
「くそっ!」
「荒れてんなぁ……」
「しょうがねえよ。あんなことになっちまったんだから」
部屋の中から何かが割れるような音と怒声が聞こえてきて廊下を歩いていた覚醒者の二人は顔を見合わせた。
荒れているのはミネルアギルドのギルド長である男だった。
砂浜でトモナリと衝突したミネルアギルドの責任者がギルド長その人であったのだ。
「今じゃ俺もミネルアギルドってだけで冷たい目を向けられるよ」
トモナリたちがゲートの攻略に成功してさらわれた人を助け出したことは大きく地元のニュースとして取り上げられた。
まだ未成年ということでトモナリたちの顔や名前こそ報じられることはなかったが、ゲートのニュースそのものは全国区の話題となった。
多くのメディアはトモナリたちの活躍やさらわれた人を助け出すという姿勢を褒め、さらわれた人たちの無事を報じた。
一方で別の切り口から出来事を報じたメディアも存在している。
浜辺の管理を任されていたミネルアギルドがゲートの攻略に参加しなかったというところに目をつけたのだ。
当然ながら入場制限によって入れない場合はある。
しかし今回のゲートはレベル5以上であれば入れる。
つまりほとんど制限はないのと同じだった。
ゲートの情報は特別なものでもなきゃ公開されるのでミネルアギルドでも入れたゲートだということは簡単に調べがつく。
まだ若い学生が人を助けにゲートに入ったのにミネルアギルドは何もしなかった。
そんな疑いが一部のメディアで報じられた。
「あんなもん流出したらな……決定的だ」
ただあくまでもそれは疑いであり、いくらでも言い訳ができるはずだった。
ミネルアギルドの疑いを裏付けるものなどない。
むしろミネルアギルドは法的手段をちらつかせて意見を封殺しようとしていた。
そんなところにあるものが動画サイトに投稿された。
それはトモナリとミネルアギルドのギルド長の会話だった。
さらわれた人がいてまだ助けられると主張するトモナリに対してゲート攻略は課された仕事ではなく助けるつもりはないと言い放つ場面である。
トモナリの顔こそ映らないように配慮された動画だったけれど会話が何のものなのかは一目瞭然であった。
トモナリたちへの称賛が一通り終わって話題が終わりかけていたところにこんな話が降って湧いたのだ、メディアはこぞって食いついた。
法的手段をちらつかせて意見を押さえつけようとしていたことも印象が悪くてミネルアギルドは批判の的になっていた。
人を助けることを放棄した非人道的ギルドという拭いきれないレッテルが貼られてしまったのである。
海水浴場の管理を任されるなんて簡単なことではない。
ここまでコツコツと積み重ねてきた信頼が一気に吹き飛んだだけでなくマイナスになってしまった。
ギルド長が荒れるのも当然なのだ。
「海水浴場の管理も怪しいんだろ?」
「そうらしいな……ミネルアギルドにいたって親に心配かけるだけだしどっか移籍検討しなきゃな」
「でもよ、元ミネルアギルドってだけで良い顔されなさそうだな」
「はぁーあ、安定だと思ったんだけどな。あんなガキに攻略できんなら俺たちでやればよかったのに」
「でもゲート攻略したのも鬼頭アカデミーのエリートでNo.10攻略した奴ららしいぜ」
「はっ、俺だってレベル20ならNo.10ぐらい攻略してみせるさ」
「くそがぁ!」
「……行こう。ここにいちゃ見つかるかもしれない」
「そうだな」
やらないという選択肢は尊重されるべきだ。
しかしトモナリたちにやるのならば命の保証はないなどと言い放ったのと同様にやらないことにも責任は付きまとうのだ。
「あのガキのせいで!」
完全に批判される前にいくらでもミネルアギルドへの向けられる目への対処方法はあった。
全てのやり方を間違い、最悪な結果を招くことにしたのはミネルアギルド自身の選択である。
ミネルアギルドは海水浴場の管理から外され、批判されることを嫌った覚醒者たちはギルドを離れ、最終的にミネルアギルドは空中分解することになったのであった。
「ほんとさ……ああいうのはこう……三つぐらいの質問にしてくんないかな?」
「気持ちは分からなくもないけど向こうも大変なんだよ」
「若い時は貴重なんだよ〜」
浜辺でのゲートを攻略したトモナリたちだったが病院での検査や覚醒者協会による取り調べで丸一日が潰れた。
非難されるべき行いでなかったので厳しくされることはなかったけれども、若いのに無茶をするなと覚醒者協会の職員から小言はもらった。
トモナリはマサヨシからも連絡を受けていて少し心配をかけてしまったが問題ないと答えるとホッとしたようにため息をついていた。
「まあみんな褒めてくれるし、よかったっちゃよかったのかな」
マサヨシからはメディアの方もなんとかしておくと言われている。
大きなメディアはトモナリたちのことを褒めつつも素性は明らかにしないようにしてくれた。
面倒な主張をする者が現れることを心配していたけれど、批判的な記事は人を助けにいかなかったミネルアギルドの方に向いていたので助かった。
もしかしたらそれもマサヨシのメディアコントロールの賜物なのかもしれない。
「まあ昨日で終わってよかったじゃないか」
ゲートの出現から聴取まで大きく予定が狂うことになったのだけど元々スケジュールは余裕を持って組んである。
たった一日潰れただけで済んだのならむしろラッキーな方だとコウは思った。
もっと長々と手続きやら多くのことをやらされる可能性だってもちろんあったのだから。
「にしてもよ……遅いな」
トモナリたちは地元で開催されているお祭りにやってきていた。
商店街を通る直線の道を使って屋台などがずらっと並ぶみんなのお楽しみのイベントだ。
男子は先に行っているように。
そんなことを言われてトモナリたち男子組は先にミズキの家を出てお祭りの近くでミズキたちを待っていた。
「女の子には何かと準備がかかるもんだからな」
「余裕があるね。うちの姉さんはどんなことでも準備早かったからな……」
世界の終末期でろくなものがない時でもしっかりと身を整える女性はいた。
むしろギリギリの状況でも自分を保つために色々としていたのかもしれない。
何にしても何かを待ったりどんなことにでもイラつかないような心の余裕は戦いにおいても必要不可欠だ。
コウは自分の姉であるミクのことを思い浮かべるけどミクはコウよりも準備が早いぐらいの人だった。
「まだかかるようならなんか買ってもいいかも……」
「ごめん! 待たせた!」
「おっ、きたきた」
近くに焼きそばの屋台があるものだから余計に色々刺激される。
焼きそばぐらい買ってもいいかなんて思っているとやっとミズキたちが合流した。
「時間かかってると思ったらそんなもん着てたのか」
「ほぉ〜似合ってるじゃないか。まさか……ヒカリもとはな」
「うへへー似合ってるのだ?」
「ああ、可愛いぞ」
「ふむっ!」
トモナリたちの輪の中にヒカリもいなかった。
なぜなのかミズキはヒカリも連れて行ったのだけどようやく理由が分かった。
ミズキたちは浴衣を着ていた。
ミズキは赤、サーシャは青いものを着ていて着付けのために少し時間がかかったのであった。
そしてさらにはヒカリも浴衣を着ていた。
浴衣というか浴衣を利用してヒカリに合わせて作られた特殊な浴衣風衣装だ。
トモナリは普通に可愛いなと思い、ヒカリは褒められて嬉しそうに尻尾を振っている。
嬉しそうに笑顔を浮かべたヒカリはビタッとトモナリの顔に張り付く。
「お母さんが作ってくれたんだよ」
「ユキナさんが」
トモナリは顔に張り付くヒカリを引き剥がして改めてヒカリ用の浴衣を見る。
翼用の穴が空いていたりとうまくデザインされているものだと感心してしまう。
ヒカリの浴衣を作ってくれたのはミズキの母親であるユキナであった。
泊まってお祭りに行くってことは伝えてあったので使わない浴衣を再利用して作ってくれたのである。
なかなかすごい技術だ。
「二人の方もよく似合ってんじゃないか」
「そうでしょ? 私はスタイル良いからね」
「そーだな」
「何それー!」
「私のは借り物だけどね」
浴衣を着よう!
そう言い出したのはミズキである。
もちろん浴衣なんてサーシャは持ってきていなかったのだけど、ミズキが持っていたものをサーシャは借りて着ることになった。
身長的なところではややサーシャの方が瑞姫よりも小柄であるが大きな差はない。
ミズキの浴衣だけどサーシャでも着られるものがあったのだ。
「まあ、何でも良いけど腹減ったから行こうぜ」
「そんなんじゃ女の子にモテないよ?」
「別にぃ〜」
ユウトに褒められても嬉しかないけど興味なさげなのもなんとなくムカつくとミズキは目を細めた。
「俺はなぁ……年上のお姉さんが好きなんだよ。出るとこ出てて、お前とは……」
「それ以上口にしたら殺すよ?」
「ユウト君……それはダメだと思いますよ……」
チラリとミズキの胸元をユウトが見て、ミズキは怖い目をして拳に魔力を集める。
「せっかく楽しい日なんだ、ケンカなんかしないでお祭り楽しもうぜ」
このままだとミズキの浴衣がユウトの血でさらに赤く染まってしまうかもしれない。
トモナリとマコトで二人をとりなしてお祭りの人混みの中に入っていく。
「焼きそば、チョコバナナ、わたあめ、イカ焼き、たこ焼き……」
「食べもんばっかだな」
「お祭りなんて雰囲気の中で食べ物楽しむものでしょ?」
早速目につく屋台によっては食べ物を買っていく。
こういう時に覚醒者として便利なのはインベントリがあるところだ。
持ちきれないような量を買ってもインベントリに入れて好きな時に取り出せる。
目についたらとりあえず買ってみて後で取り出して食べてもいいのである。
「うおー、ふわふわだぞ! 溶けていくぞ!」
「服につかないように気をつけろよ」
ヒカリはわたあめを食べて目をキラキラさせている。
あまり他のものには見えられないふわふわとした食感に感動しているのだ。
「ちょこばなな欲しいのだ!」
「ん、ほらよ」
トモナリはインベントリから買っておいたチョコバナナを取り出してヒカリに渡す。
「んまーなのだ!」
『妾の分も残しておくのだぞ!』
「分かってるよ」
頭の中でルビウスの声が響く。
人混みは嫌ということでルビウスは出ていないのだが外の様子は見ている。
あれ食べたいこれ食べたいとトモナリに要求していて、後で食べるつもりだった。
「すいません! 少しお時間いいですか?」
「はい? 俺ですか?」
焼きたてのたい焼きを買い込んでインベントリに入れていると二人組の男性がトモナリに声をかけてきた。
知らない顔であったが武器を持っていることから覚醒者だということは分かる。
「ええ、その……連れている……」
「ああ、なるほど」
お祭りも人が多く集まる場である。
海水浴場と同じくお祭りでも覚醒者が至る所にいて守りを固めている。
海水浴場みたいにゲートが出る例は稀なので主には犯罪を犯す覚醒者を取り締まっていた。
ただお祭りを警護しているのはミネルアギルドではない。
「こいつは俺のスキルで契約したパートナーです」
覚醒者たちはヒカリについて聞きにきたのだ。
なんだかんだとヒカリのことはもうトモナリにとっての日常になっているが他の人にとってヒカリは得体の知れないものである。
浴衣着てりんご飴を一口でポリポリ食べている様は可愛らしくて危険を感じないけれど遠巻きな視線は感じていた。
ただ可愛らしくとも安全とは限らない。
大丈夫なのかと通報があって確かめにきたのだろう。
「テイマー ライセンスです」
「テイマーライセンス……」
世界にはモンスターを従える職業の人や知能を持ったモンスターと契約する人がいる。
残念ながら日本にはそうした人がいないけれど、モンスターを従えることができる人を抱えた国では公的にモンスターも従えられた存在だと認めている。
モンスターを従えることに反発する人もいるのでそうした人たちから覚醒者やモンスターを保護するためにテイマー制度を法的に設けているという国もあるのだ。
そこで発行されているのがテイマーライセンスである。
モンスターの写真や名前、契約している覚醒者の情報が書いてあって覚醒者協会がモンスターは安全だと保証してくれる公的身分証の一つだ。
トモナリがドラゴンと契約していることが分かった覚醒者協会が外国を参考にして制度を作り上げてくれた。
「ちゃんと覚醒者協会から発行されたものですよ。調べてもらえば分かります」
「少し……調べさせてもらいます」
見回りの覚醒者はスマホを取り出してテイマーライセンスについて調べ始めた。
大々的に発表されたものではないが覚醒者協会のホームページに行けばしっかりと載っている。
「……確かにテイマーライセンスという制度がありますね。確認が取れました。管理されたモンスターということで問題はありません。ご協力ありがとうございます」
「いえ、お疲れ様です」
無事確認も取れた。
テイマーライセンスに記載があるモンスターについては普段から出していても問題はないということになっている。
モンスターにストレスを与えないとか、モンスターと絆を深めておく必要があるとか色々理由はある。
何にしてもこれまでと違って出しておく公的な理由ができたわけなのだ。
ヒカリを気にする人はいても祭りの中では人が絶え間なく動いている。
突っかかって来るような人もいないので快適にお祭りを楽しんでいた。
「あっ!」
「あっ?」
「もうこんな時間!」
気づけば日も暮れてきていた。
「早めに移動しないと場所無くなっちゃうよ!」
スマホで時間を確認したミズキが少し焦ったような顔をする。
もう高校生なのだ、帰りの時間に厳しい制限などない。
ミズキが焦っているのは花火の時間が迫っているからだった。
このお祭りでは花火大会も開催されていて、今回花火も目的としてお祭りに来ていたのだ。
花火が始める時間になってから良い場所を取ろうとしても難しい。
花火が始まる前にどこか良い場所を取っておこうと話し合っていたのに気づけば花火が始まる時間が迫っていた。
「お母さんに聞いたところがあるから行ってみよ!」
事前にお祭りで花火がよく見える場所をミズキはユキナから聞いていた。
買い食いを切り上げてトモナリたちはミズキについて移動する。
「おい、ここって……」
「えへへ」
「えへへじゃないぞ?」
「ふふーん、僕もここは覚えてるのだ!」
ミズキに連れてこられたのは学校だった。
「ここなんかあるの?」
「ミズキとの思い出の場所だ」
「変な言い方しないでよ」
「僕とミズキの思い出の地でもあるな!」
そこは廃校となった小学校である。
かつてスケルトンのゲートが出現し、トモナリが覚醒することになった場所でもある。
ついでに迷い込んだ猫を探しにミズキが迷い込み、トモナリとヒカリで助け出した場所だったりもするのだ。
「取り壊しになったんじゃなかったのか?」
放置しておくのにも危険だし取り壊す。
あるいはもう取り壊したぐらいの噂を聞いていたのにとトモナリは首を傾げる。
「取り壊しになる予定で本来ならもう更地になっててもおかしくないんだけど解体業者がモンスターの被害を受けたとかで延期になったの」
ゲートが現れた廃校など放置しておけない。
すぐにでも取り壊す予定で町も動いていたのだが解体を請け負う会社がその前にやっていた仕事でモンスター被害に遭って解体は延期された。
トモナリが聞いたのは本来ならいつまでに解体されるという予定の話で時間的な経過から解体が終わっていてもおかしくないという思い込みのようなものだった。
「この小学校の上からだと花火がよく見えるんだって。解体される前の今が誰もいなくてチャンスってお母さんが教えてくれたんだ」
「ユキナさんもなかなかだな」
大人しそうな人に見えて娘に廃校に忍び込むことを勧めるとはちょっと意外である。
「ダ……ダメだったかな? あはは……」
夜の廃校に忍び込むなんて楽しそう!
そんな風にミズキは思っていて意気揚々とみんなのことを案内してきたのだけどよくよくあまり良いことではない。
「みんな自分で乗り越えられるな?」
「えっ、行くのかい、トモナリ君?」
「もちろんだよ、コウ。今から他の場所移動してる時間なんてないしな」
トモナリは立ち入り禁止と張り紙がされた門に手をかけると軽く飛び越える。
覚醒者なのだから門などあってもなくてもそれほど変わらない。
「悪いことも一夏の思い出だ。バレたら謝ろう。ゲートがあったら逃げよう」
トモナリたちは覚醒者である。
一般人にとって危険なことでもトモナリたちにとっては平気なことも多い。
仮にモンスターがいたりゲートがあってもトモナリたちなら対応することができる。
それでも忍び込むのは悪いことだが花火を見るぐらいならいいだろうなんてトモナリは笑顔を浮かべた。
「よいしょ」
「ほい」
「うん……しょっと」
「みんなまで……」
ミズキ、サーシャ、マコトも門を乗り越える。
コウは少し困惑した顔をする。
「男だろ? 覚悟決めろよ?」
「ユウト君まで……」
「不法侵入は犯罪だよ?」
「コウ」
真面目なところは美徳だがバカ真面目なのも戦いにおいてマイナスになることもある。
真面目でありながら柔軟であることも求められる。
「なに?」
「なんか聞こえないか?」
「何かって何? 何も聞こえないけど」
「もしかしたらモンスターの声かもしれない。覚醒者として調べないわけにはいかないな。だろ?」
「えっ?」
「ほら、俺たちがこれからやるのは……怪しい音が聞こえたからモンスターがいるかもしれないっていう調査だ。法律は知らないけど緊急事態だから入っても仕方ない」
「行こうぜ」
ユウトもぴょんと門を飛び越える。
「怒られても知らないからね」
なんだかんだと言いながらもコウも門を乗り越えた。
「だーいじょーぶだって!」
以前にトモナリが忍び込んだ時から廃校の様子は特に変わっていない。
正面玄関もガラスが割れていて入り放題。
ただスケルトンを片付けたからか床はとても綺麗になっている。
壊す予定だったためか塞いだりはしてないようだ。
屋上のドアも外れていて横にどけてある始末だった。
「誰もいないのだ〜」
一度ゲートが出たら逆にしばらくはゲートなんか出ないものだが一度でもモンスターが出ると人はその場所を敬遠してしまう。
花火スポットであっても入り込む人なんて他におらず独占状態であった。
「ねね、魔法で綺麗にしてよ」
「しょうがないなぁ……」
屋上の床はかなり埃っぽい。
そのまま座るとお尻が汚れてしまいそう。
コウが渋々といった感じで水を出して床に広げる。
汚れを巻き込んだ水をグッと一つにまとめて適当に校舎裏に流して捨てた。
「ありがとねー!」
みんなで床に座り、そして買ってきたものをインベントリから取り出す。
「……しょうがないな。ルビウス」
「ふふ〜ようやく食べられるのじゃ!」
ミズキたちはいるものの人混みを抜けたので出せと頭の中でうるさいルビウスを召喚する。
「ちょこばなななるものを寄越せ!」
「はいはい」
「おぉー!」
色々なものを買い込んできた。
トモナリはチョコバナナを出してルビウスに渡してやる。
「黒いヒカリちゃんも可愛いけど赤いルビウスちゃんも可愛いよね」
トモナリを挟み込むように座るヒカリとルビウスをミズキは見つめていた。
黒のヒカリと赤のルビウス。
どちらもミニ竜姿で可愛らしい。
「貴様!」
「えっ、なに?」
ルビウスが食べ終えたチョコバナナの棒でミズキのことを指す。
「このちんちくりんと一緒にするでないわ!」
今度はヒカリのことを棒で指した。
「本来の妾はそれはもう高貴で美しい姿を……」
「どりゃー!」
「ブニョ! 何をするこのちんちくりん!」
「ちんちくりん言うな!」
ヒカリがルビウスに飛び蹴りをかました。
トモナリが可愛いと言ってくれるのだからヒカリは今の姿にとても高い自己肯定感を持っている。
そんな姿を馬鹿にされるとヒカリは怒っちゃうのである。
加えて今のルビウスはヒカリの姿と大差ない。
同じような姿をして何言ってるんだと思っている。
むしろ同じような姿なら自分の方が上だとすら自負があるのだ。
「うにー!」
「ひょのひんひふりんふぁ〜!」
互いに口を引っ張り合う低レベルな争いが繰り広げられる。
時々勃発する争いであんまりうるさくならなきゃトモナリは止めるつもりもなく、困惑するみんなをよそにトモナリは焼きそばを取り出した。
みんなもトモナリが止めないのならとヒカリとルビウスの争いを見守る。
魔法やブレスは使わないようにと言いつけてあるので軽い小競り合いが続く。
そんなものだから冷静になって眺めているとミニ竜同士の争いは意外と可愛いのである。
「あっ……」
「始まった」
そんなことをしている間にボーンと音がした。
花火が始まったのである。
「綺麗ですね」
「ああ、今じゃ花火をできるところも少なくなったからな」
モンスターの影響で飛行機すら飛ばすのが大変になった。
花火もモンスターを切りつけてしまうかもしれないと今では行うところも少なくなった。
事前に魔物がいないことを確認して警護を行ってくれるギルドがいて安全に行えるのだ。
トモナリの町においては大型ギルドが拠点を構えていて、その大型ギルドが花火大会に協賛しているから行えていた。
「ほらルビウス。焼きそばだ」
「本当の妾はもっとすごいのに……」
ヒカリとルビウスの争いも花火が始まって終わった。
トモナリが焼きそばを渡してやるとブツクサと文句を言いながらも焼きそばを食べ始める。
「綺麗なのだ……」
「すごいだろ?」
花火も進化している。
魔法を混ぜ込んで良い鮮やかに、より複雑な形も再現できるようになった。
「今度は守りたいな……」
ゲートの出現が加速して、試練ゲートの攻略に手が回らなくなってくるとこんな花火大会もやっている余裕は無くなっていった。
人々の心が安らぎ、癒しになるようなイベントは消えていき、ただ覚醒者たちの成功を祈ることしか一般人にはできないような時が来る。
でも今度はこうした景色も守りたいとトモナリは思った。
できるなら時として苦痛を忘れられる安らぎを得られるような世界のままでいてほしいと思うのだ。
「トモナリ」
「なんだ?」
「ちょこばなな食べたいのだ」
「ふふ、分かった」
トモナリの膝に座ったヒカリの頭を撫でてチョコバナナをインベントリの中から出してやった。
ーーーーー
「おい! こんなところで何をしてる!」
花火大会も終わった。
少しの余韻に浸ってトモナリたちは家に帰ることにした。
廃校から出てきたところで人に見つかった。
懐中電灯でトモナリのことを照らした男は警察官のように見えてミズキたちは焦った顔をする。
「忍び込んでました!」
「ト、トモナリ君!?」
はっきりと白状するトモナリにコウは目を白黒させる。
事前に言っていた上手い言い訳はどこへいったのだと驚いてしまう。
「……いけないことなのは分かってんだろうな?」
「ちょっとぐらいいいじゃないですか」
「ふぅ……久々に顔見せたと思ったらとんだ悪ガキになってるもんだな」
「……知り合い?」
警察官が険しい顔をしていたのも一瞬で、すぐに呆れたような半笑いの顔をした。
トモナリのことを知っているような口ぶりだ。
「ああ、顔見知りなんだ」
「花火見てたのか。昔からここはよく見えるって評判だもんな。子供はさっさと帰れ。見逃してやる」
相手の警察官はトモナリが朝のランニングをしていた時によく挨拶をしていた人の一人だった。
学校に行っていなかったトモナリのことを気にかけてくれていた人で、アカデミーに行くのに家を出ることを伝えたら良かったなと優しい目をしてくれていた。
「友達できたんだな。悪友みたいだが」
「友達できました。悪い友達たくさん」
「はははっ! 先日のゲートもお前がやったんだって? 体格もがっしりしてきてる……頑張ってるようだな」
警察官のおじさんは優しく笑う。
「もっと頑張りますよ」
「そうか……あんまり無茶はするな。だけど若いうちの無茶は少しぐらいやっとくもんだからな」
次やったら逮捕だぞ。
そんな冗談をもらってトモナリたちは廃校から出てミズキの家に帰ったのだった。
「楽しんでいるようだな」
お祭りから帰ってきた次の日、トモナリは朝早くから道場にいた。
道場にはトモナリの他にテッサイもいて穏やかな顔をしてトモナリのことを見つめている。
ヒカリはまだ眠そうに目を擦っている。
寝ていてもいいとは言ったけれどトモナリのそばを離れようとはしない。
最初にテッサイが会った時のトモナリは不登校の少年だった。
いきなり刀をくれなどと言いに来て、不思議な才能を感じたから弟子にした。
それが覚醒者になってアカデミーに行くと言い出して、あまり人と関わる感じでもなさそうだったから心配をしていた。
だが孫娘のミズキとも仲良くしているようだし、友達もできてトモナリも楽しくやっている。
強くなることにも心の豊かさは必要だとテッサイは考えている。
トモナリが友達を作り、日々を楽しみながら強くなっているのなら嬉しいことであった。
「少し手合わせしようか」
テッサイは立ち上がると壁にかけてあった木刀を手に取った。
トモナリも立ち上がって木刀を受け取るとテッサイとトモナリは距離をとって向かい合う。
ヒカリは道場の端に寄って丸くなってトモナリのことを見守っている。
「いきますよ」
木刀を構えて集中を高める。
魔力抑制装置を100%で発動させてトモナリは完全に魔力を抑え込む。
「いつでも来なさい」
同じく木刀を構えるテッサイに隙は見当たらない。
「はっ!」
トモナリはテッサイに切り掛かる。
真っ直ぐ最短で近づき、ためらいなく最速で剣を振り下ろす。
「ふっふ……木刀でも人が切れそうな勢いだな」
ヒカリの目には一瞬テッサイが切れたようにも見えた。
しかしテッサイは切れたのではなくトモナリの攻撃を完璧に見切ってギリギリでかわしたのだった。
トモナリは続けてテッサイに切り掛かる。
魔力を抑えて体が重たくなったようにすら感じるが日々しっかりと鍛えているトモナリの動きは魔力を抑えていても速い。
けれどテッサイは冷静にトモナリの攻撃をかわし、防ぐ。
まるで水を相手にしているような気分にすらなる。
「ほぅ?」
だがトモナリもいつまでも流されてばかりではない。
だんだんとトモナリの剣がテッサイを捉え始めた。
攻撃の鋭さが増し、テッサイも回避しきれずに防御することが多くなってきた。
「ふむ、ならばこちらからもいくぞ」
「くっ!」
柔らかな水が突如として襲いかかってきた。
トモナリのリズムや呼吸、攻撃を見切って一瞬の隙を見逃さずに攻撃が飛んでくる。
攻撃こそ防げるもののトモナリの流れが全て断ち切られてしまって攻撃のリズムに乗れなくなる。
ここで流れに押し負けてしまえば飲まれて動けなくなる。
無理にでも前に出なければいけない。
トモナリは無理矢理隙を作り出してテッサイに木刀を振るう。
防御のみでは水に飲まれてしまう。
足掻いて手を動かないといつかは溺れてしまう。
滝のような汗をかき、トモナリは必死にテッサイに喰らいつく。
「届いた……」
足掻きに足掻いて作り出した一瞬の隙。
トモナリの剣がテッサイの胸元をかすめた。
「見事」
「クソジジイ……んごっ!」
ふっと笑ったテッサイの木刀がトモナリの頭に振り下ろされた。
思わず本心の一言をつぶやいたトモナリは頭を思い切り殴られて道場の床に倒れた。
「いって〜!」
トモナリは床に倒れたまま殴られたところを押さえる。
「大丈夫なのだ?」
「大丈夫じゃないなのだ……」
化け物めと思わざるを得ない。
今日こそは一本取れると思ったけれどトモナリの剣は一度かすめただけだった。
完敗である。
今回の人生割と調子良くきていたけれどテッサイには敵わない。
ヒカリが持ってきてくれたタオルを受け取って汗を拭く。
「強くなったな。そしてまだ強くなれそうだな」
テッサイは自分の胸元に視線を落とす。
高速で剣がかすめていったために道着がわずかに切れたように破れている。
まともに当たれば危ない一撃だった。
「蔵の刀、好きにせい」
「師匠?」
「刀が、神切が欲しいと言っておったな。持っていけ。今のお前さんならば力に飲まれることもなかろう。神切だけじゃない。気に入ったものがあれば持っていけ」
「……ありがとうございます」
トモナリはサッと体勢を変えて両膝をついて頭を下げる。
あの時は焦りすぎたと思った。
神切が欲しいと道場に言いに行くだなんて今考えれば恥ずかしいことだった。
それでもテッサイはトモナリをただ追い返すのではなく弟子として受け入れてくれて、戦い方を教えてくれた。
強くなってやっとまだまだ道半ばだと気づいた。
でもテッサイはトモナリの努力を認めてくれたのである。
なんだかすごく嬉しかった。
鍛錬の時は容赦がなくてムカついてしまうようなこともあるけれど、今の戦いだって思い返せば学びに満ちている。
正直今ではルビウスもいるし神切のことは別にいいかなと思っていたりするのだが良い武器はあればあるだけいい。
「どうせ持っていても使わんものならお主に預けたとて構わんだろう」
「僕も何か欲しいのだ!」
「気に入ったものがあったら持って行くといい」
「やったのだ!」
「蔵を開けてやろう」
よく見るとテッサイも汗をかいていた。
だいぶ善戦したから認めてもらったのだなとトモナリは思わず顔が綻んだ。