『トモナリ、聞こえるか?』
「ああ、聞こえてるぞ」
もう大丈夫そうと下がろうとしたトモナリの頭の中にルビウスの声が響いてきた。
トモナリとルビウスは魂の契約で繋がっている。
そのために離れていても会話が可能である。
だからトモナリは普段からルビウスを手放さない。
だって手放しているとうるさいのだ。
ちなみにヒカリとは遠距離交信ができない。
実体があるヒカリと実体がないルビウスの差がそこにあるのかもしれない。
「さらわれた人はどうなった?」
『まだ生きておる。あれはマーマンシャーマンかのぅ。木の檻のようなものなものに閉じ込められていて儀式のようなものをしようとしておる。今ならまだ助けられるぞ』
「分かった。まだ監視を続けてくれ」
『妾もやきそば……食べたいのぅ』
「後で買ってやるから」
『ふふ、監視は任せておけ』
「失敗するなよ!」
『ふん、お主のようなちんちくりんとは違うから大丈夫だ』
「なにをー!」
ルビウスとの交信はヒカリにも聞こえている。
ルビウスの物言いにヒカリはプンプンとしている。
まださらわれた人を助けられる可能性がある。
トモナリは周りを見てミネルアギルドの責任者っぽそうな人を探す。
周りに指示を出している四十代ぐらいの男性がいた。
指示を出しているということはギルドのリーダーか、少なくとも上の立場にいる人である。
「すいません」
「ん? ああ、君がモンスターの討伐に協力してくれた子だね。協力に感謝するよ。あとは我々に任せて避難くれて大丈夫だよ」
「それよりもモンスターにさらわれた人がいるんです」
「なんだって?」
「モンスターが数人ゲートの中に人を連れていったんです。今ならまだ……」
「それは……もうすぐ討伐してくれるギルドが決まるだろうからそちらに伝えておこう」
「はっ?」
男の返事にトモナリは驚いてしまった。
「今すぐ行けばまだ助けられる可能性が高いんですよ!」
「それはそうかもしれないが我々の仕事は海水浴場の保全だ。海水浴のお客の保護、モンスターの討伐でゲートの攻略は契約に含まれていない」
「そんなこと……」
「我々はリスクを冒さない。ゲートの攻略を意図した備えもしていない。すでに通報はなされているから他のギルドがすぐに攻略してくれるだろう」
「ふざけんなよ!」
トモナリが男に掴みかかる。
「トモナリ君!」
「何をしてるんだ!」
そこにマコトとコウが駆けつける。
「こんなに人がいるだろ! マーマンならそんなに強い魔物じゃない! 時間がかかるほどにさらわれた人が助かる可能性は低くなるんだ!」
「そんなこと理解している。ただ義務も責任も我々にはない。君は現実を見るんだ」
「現実だと……目の前に助けられる人がいる! それが現実だ!」
「どうしても助けたいなら君が行くといい。我々はゲートを攻略するつもりはないから好きにしても構わない」
「こいつ……」
「トモナリ君ダメだよ!」
「暴力はいけない!」
冷たく言い放つ男にトモナリはカッとなる。
マコトとコウがトモナリのことを押さえて引きずるようにしてその場を離れる。
「三人とも、何があったの?」
「あのクソ野郎!」
一般人の避難誘導もギルドに任せた。
トモナリたちが来ないのでミズキたちも戻ってきていてトモナリが掴みかかっているところを見ていたのである。
珍しく怒ったような表情を浮かべるトモナリをミズキは心配そうな顔で見ている。
「実は……」
「何それ!」
「ひどい」
「契約にないからってそんな話あるかよ……」
怒りがおさまらないトモナリの代わりにコウが状況を説明する。
モンスターに人がさらわれたのだけどミネルアギルドはゲートの中には助けに行くつもりがない。
そのことでトモナリと揉めていたのだと説明するとミズキたちも不快感をあらわにした。
「どうするつもりなんだ?」
「……俺一人でも行く」
「トモナリ君……」
「まだ生きてるんだ。助けられる。見捨てられるかよ!」
回帰前助けられない人がたくさんいた。
どうしても助けることが無理な人はいた。
だが戦いも激しさを増すとリスクが伴うという理由で多くの人が見捨てられ犠牲になっていった。
全ての人を救うことなんてできない。
そんなことはトモナリにも分かっている。
けれど今は手を伸ばせばさらわれた人たちは助けられる可能性が高いのだ。
無視して避難などしていられない。
「僕も行くよ」
「僕も!」
「コウ……マコト……」
「一人でなんて行かせられない。僕たちだって強くなったんだ。トモナリ君の足手まといにはならないよ」
「僕だって!」
コウとマコトもトモナリがゲートに行くならついていくつもりだった。
ここまでコウとマコトだってトモナリとトレーニングをしてゲートでレベルを上げてきた。
二人も同レベル帯の覚醒者と比べると強い方であるとトモナリも自信を持って言える。
「……俺もいく!」
「ユウト?」
「武器ないから……素手になるけど友達が行くのに黙って見てられっかよ!」
「私も行くよ!」
「私も」
「ミズキにサーシャも」
「せめて武器ぐらい欲しいけどやってやるんだから!」
「ユウト盾にする」
「やめぃ!」
ユウトを始めとしてミズキとサーシャもトモナリと一緒に行くつもりである。
「ユウトを盾にしなくてもいい方法か……」
「えっ、俺盾になること決まってんの?」
トモナリはミネルアギルドの方を見た。
ミネルアギルドはゲートに入る様子はなくただ周りを封鎖してモンスターの警戒のみを行なっている。
「トモナリ?」
トモナリがおもむろにミネルアギルドの方に歩き出した。
「また君か……何の用だ? 我々はゲートを攻略しない」
ミネルアギルドの責任者の男は近づいてくるトモナリを見て顔をしかめた。
また何かの苦情を言いに来たのかとため息を漏らす。
「そんなこと分かっている」
「ならなんだ?」
もはや言葉遣いさえ乱雑なトモナリに良い顔などしない。
邪魔をするなら排除することも考え始めている。
「武器を貸してください」
「……なんだと?」
「あなた方が人を助けに行かないのなら俺たちが行きます。だけど俺たち武器を持っていないので貸してください。どうせ使わないでしょうし予備の武器だってありますよね?」
トモナリはミネルアギルドに武器を借りようと考えた。
もうゲートから新しくモンスターは出てきていないし危機的な状況は乗り越えたと言ってもいい。
そのうえでミネルアギルドが動かないのであればもう手に持っている武器などいらないはずだ。
ユウトたちの三人の分ぐらいなら武器を貸してくれてもいいだろうと思った。
メインの武器でなくとも大きなギルドなら予備で武器を備えていることも多い。
「何をするつもりだ?」
「俺たちでゲートの中に入ります」
「お前たちで?」
責任者の男はトモナリの後方を見る。
高校生ぐらいの男女数人とちんちくりんな生き物が一匹。
「……誰か、予備の装備品を持ってこい!」
責任者の男が声をかけると近くにいた覚醒者がどこかに走っていく。
「装備も持たずにゲートに入るのは自殺行為だ。だから貸し出してやる。だがゲートに入るのに子供も大人もなく自己責任だ。我々ミネルアギルドにはなんの責任も生じない」
「構いません。武器だけ貸してくれるなら」
「ふん、行き過ぎた正義感は身を滅ぼすぞ」
「俺はあなたが臆病風に吹かれて生きようと何も言わないのでこちらについても何も言わないでください」
「一々鼻につく言い方をするな」
「どうして鼻につくか分かりますか?」
「なんだと?」
「……あなたがやろうとしないから俺の行動が鼻につくんですよ」
正義感だろうが義務だろうがなんだっていい。
ゲートに入って人を救おうという気持ちがあればトモナリがこんなことを言うことはないし、鼻につくなんて苛立ち方ではなく普通に怒りを覚えるだろう。
やろうとしないからトモナリのことが鼻につくのだ。
自分の行動が契約にないからやらないのだと正当化しても道義的に正しくないことをどこかでは分かっているのだ。
「俺には妻も子もいるんだ。ここにいる連中にもだ。無茶はできない」
「さらわれた人にも家族はいるでしょう」
なんと言おうと、たとえゲートからモンスターが溢れ続けて助けにいけなかったとしても見捨てたという事実に変わりはない。
「お前たちにも家族はいるだろう」
「そうですね。だから俺たちは死ぬつもりなんてありません。さらわれた人を助け出し、生きて帰ります」
ーーーーー
「防具まで貸してくれるなんてな」
ミネルアギルドが貸してくれた装備の中には防具もあった。
壊したり無くしたら弁償してもらうなどと言われているが防具まで貸してくれるあたり多少の負い目のようなものを感じているのではないかと思う。
『ダンジョン階数:一階
ダンジョン難易度:Eクラス
最大入場数:100人
入場条件:レベル5以上
攻略条件:ダンジョンボスを倒せ』
「とりあえず入れそうだな」
ゲートに近づいてゲート情報を確認する。
意気揚々と武器を貸してくれなんて言ったのにゲートに入れないなんて恥ずかしいことにならずには済んだ。
レベル5以上の入場制限ならばほとんど制限がないのと同じである。
入場数も多く設定されていてゲートそのものとしては攻略しやすい方といえる。
「ただ難易度はEか……」
ダンジョン難易度の判断は難しいところがある。
一般に難易度がEクラスならば適正レベルは21から40ほどになると言われている。
ただ適正レベルだって21と40では大きく違うし、レベルによる能力差も個々人によってバラバラである。
だからEクラスであることだけでゲートを判断することはできないのである。
それでも適正レベルだけで考えるとトモナリたちのレベルは足りていない状況なのである。
「大丈夫か?」
ヒカリがトモナリの頬に顔をつける。
真剣な目をしてゲートの情報を眺めるトモナリのことが気になったのだ。
「いや、俺たちなら大丈夫そうかなって思ってな」
トモナリはフッと笑うとヒカリの頭を撫でる。
仮にレベル40に近い難易度だとしてもみんなとなら大丈夫だろうとトモナリは思った。
「装備は身につけたか?」
借りた装備なので馴染んだものと違う。
体のサイズにも合わせたものでもない。
少しばかり苦戦しながらみんな防具を身につけていた。
「ああ、大丈夫だよ」
「武器さえありゃいけるのに防具まであんだ、いけるぜ!」
みんなの表情に不安そうなところはない。
いつも戦ってきたみんなならば、トモナリと一緒ならば乗り越えられると信じている。
「よし入るぞ」
「そのまま入って大丈夫なのかい?」
トモナリがゲートに入っていこうとするのでコウが慌てる。
ゲートはただ入って攻略すればいいというものではない。
中に入って攻略し始める前にもやるべきことはある。
ゲート周辺の安全確保や攻略のための情報収集など事前にしておくべきなのだ。
安全確保はなされているのでまずゲート内の状況を把握する必要がある。
ゲート周辺にモンスターが出ることは少ないが時に覚醒者を追いかけて近くにいたり、ブレイキングゲートの場合出ようとしているモンスターがいる場合もある。
心配はモンスターだけではない最も大きな懸念事項はゲート内の環境だ。
ゲートの中が草原や森であることも多いのだが、稀に過酷な環境が広がっていることがある。
出てすぐ水の上だったとか毒の沼が広がっている、耐え難いほどに気温が高い、低いなど普通に活動することが困難な場合や死に至る環境なこともあり得るのである。
そのために今はドローンで中を確認する。
ゲートの外からドローンを操作することはできないが、中に入って様子を撮影してすぐに出てくるぐらいのことはできる。
昔は死に番などといって最初に中を確認する役割を交代で行なっていたが、今は無駄に危険を冒す必要はほとんどないのである。
ただトモナリたちはそんなドローンなど持っていない。
中の様子が分からないのにみんなで入って危険な場所だったら全滅してしまうかもしれない。
「大丈夫だよ」
「えっ?」
コウの心配はもっともなことである。
でもトモナリがみんなをそんな初歩的な危険に晒すはずがない。
「中は安全だ」
「どうしてそんなこと……」
「俺にはもう一つ目があるんだよ」
トモナリは冗談めかして笑う。
「信じて入ってこいよ」
「いくのだぁ!」
「あっ、トモナリ君……」
そのままトモナリはヒカリを抱えてゲートの中に入っていく。
「トモナリがああ言うなら大丈夫だって」
「よし、いこー!」
まだ少し疑いを持っているコウの肩に手を乗せて笑ったユウトがトモナリの後に続いてゲートに入る。
ミズキも何も疑っていないように続く。
「コウ、行こ」
「工藤さん……」
「コウ君、きっと大丈夫だよ。だってトモナリ君だから」
「マコト君まで……まあ、でもそうか」
サーシャとマコトもゲートに入る。
コウは思わず笑ってしまった。
トモナリが大丈夫というとみんなそれだけで大丈夫だと思ってしまう。
そしてコウも迷いながらも心のどこかでなんだかんだ大丈夫なんだろうと思っているところがある。
「僕はもっと慎重派なはずなんだけどな」
トモナリが攻略するというのならできるのだろうし、トモナリが大丈夫というのならきっと入っても大丈夫。
コウは頭を掻きながらゲートへと足を進めた。
「……本当に入っていきましたよ」
離れて見ていたミネルアギルドの覚醒者が責任者の男に声をかける。
「事前調査すらしない……正義感に駆られた素人集団だな」
「いいんですか? 帰ってこなかったり怪我でもしたら……」
「ゲートの攻略は自己責任だ。何を言われても俺たちは止めたと言えばいい」
「それに人を助けて出てきたら……」
「あんな連中にそんなことできるはずないだろう」
責任者の男は鼻で笑う。
「ケツの青いガキが……正義感で命を投げ出すとはな」
ーーーーー
「大丈夫だったろ?」
「もちろん信じてたさ」
ゲートの中は浜辺になっていた。
波が穏やかに打ちつける白い砂浜でゲートの外の海よりもいい海岸だった。
ゲートは海の上でなく砂浜の上にあって無事に降り立つことができている。
「主よ!」
「あっ! さっきの赤いヒカリさん!」
周りの確認をしているとルビウスが飛んできた。
ゲートが現れて人がさらわれているのを見た時ルビウスを中に送り込んだ。
その時にマコトはチラリとルビウスの姿を見たが、みんなの前で実体化するのは初めてであるのでみんなルビウスを見て驚いている。
「えっ……えっ!?」
ミズキはヒカリとルビウスを交互に見ている。
ヒカリが黒ならルビウスは赤。
寮でご飯を食べる時にはルビウスも召喚して食べるために割とルビウスの姿を見ているトモナリにはなんとなく色以外の違いも分かるけれど、初見で見た時には色以外の違いは分かりにくいだろう。
「見るな」
「うぎゃう! 目がああああっ!」
まじまじと見るものだからルビウスがミズキの目を突いた。
相変わらずトモナリ以外の人には厳しい。
「この子は一体……ヒカリ君の分身?」
「こいつはルビウスっていうんだ。俺が契約しているもう一体のドラゴンだ」
「ええええー! おま……二体目のドラゴンかよ!」
流石にみんな驚きを隠せない。
「二体目のドラゴンっていうと少し違うんだけど……まあ複雑だからそれでもいいか」
ルビウスは剣に宿った存在である。
何かと聞かれると精霊みたいなものであるのでドラゴンの精霊とでもいうべきか。
普通のドラゴンとは少し異なった存在ではあるのでドラゴンと契約したと言えるのかは正直分からない。
「まあ普段はこの剣の中にあるんだよ」
「妾にひれ伏せ!」
偉そうに腕を組むルビウスだけど腕が短すぎて自分を抱きしめているようだった。
「もう一つの目ってまさか……」
「そう、ルビウスのことだよ」
「……言ってくれればいいのに」
「驚かせたくてさ」
「トモナリ君には驚かされてばかりだよ」?
コウは苦笑いを浮かべる。
トモナリの能力には本当に驚かされることが多い。
賢者の職業をもてはやされてきた自分が恥ずかしくなるほどだと感じてしまう。
「ともかくルビウスを先に送り込んで状況は把握してある」
中の環境はもちろん、マーマンがさらった人をどこに連れていったのかもルビウスを通じて分かっている。
「これから俺たちの目的はさらわれた人の救出だ。モンスターと戦うこともあるだろうけど出来るだけ交戦を避けて助け出すんだ。いいな?」
あまりゲートの中で作戦会議を行うのは褒められたものではないが外ではミネルアギルドの視線があった。
横から口出しされたり変に正義感でも湧き起こって止められたら面倒なので中で今回の行動を確認しておく。
「相手はマーマンだ。陸上ではそんなに強い魔物じゃないが……武器を扱うような知恵がある。相手はこの先にある入江の洞窟に人を連れていったようだ。ボスなんかもそこにいる可能性があるから十分に注意するんだ」
トモナリの話をみんな真面目な顔をして聞く。
「可能なら相手にバレずに助けてそのままゲートを出たいけど……難しいだろうな」
マコトの能力なら潜入は可能だろう。
しかしなんの能力もない一般人を連れて隠密に行動することはかなり難易度が高い。
「潜入はこっそり。そして脱出で暴れて一気に突破。これが今の所いいだろうと思ってる」
「そうだね。一回の戦闘で帰ることができればいいだろうね」
「ただ……みんなの実力ならこのゲートを攻略しちゃうこともできると思ってる」
トモナリはニヤリと笑った。
目的はゲート攻略ではないがここにいるみんなとならゲートの攻略も夢ではない。
もしかしたら下手にさらわれた人を助け出すよりもマーマンを倒してしまった方が早いかもしれないとすら頭の隅では思っている。
「まっ、それは次善の策だ」
変に攻略を優先してさらわれた人を危険に晒すことなどない。
トモナリの言葉にみんなが頷き返して行動の方針は定まった。
「まずは洞窟がある入江まで行こう。マーマンがいたら戦いは避けるけど無理そうなら仲間を呼ばれる前に処理だ」
トモナリたちは浜辺に沿って移動を始める。
「……モンスターいないね」
さらわれた人を助けるためには素早く動かなきゃいけないがマーマンに見つかって騒がれると厄介なことになる。
まだみんなの経験が浅くて突発的な出来事に対応できないことを考えてあまり急ぎすぎず高い警戒を保つようにしていた。
いつでも戦えるように気を張っているのだけど、今のところマーマンのマの字もない。
「ゲートがブレイクを起こしてるからな」
「……どういうこと?」
キョロキョロと周りを警戒しているミズキは不思議そうな顔をしているがトモナリはそんな予感もしていた。
「よく考えてみろ。ゲートがブレイクを起こしてあんだけモンスターが出てきたんだ。中のモンスターが少なくても不思議じゃないだろ?」
「あ、確かに」
ゲートブレイクが起きると中からたくさんのモンスターが飛び出してくる。
ただモンスターだって無限に湧くわけじゃない。
外に出てくるモンスターの数が多ければ多いほどゲートの中のモンスターは少なくなるはずなのだ。
ゲートから出てきていたマーマンの数は多かった。
正確な数なんてものは分からないが砂浜はマーマンの死体だらけになっていた。
出てきたモンスターが多いということは中は手薄になっているだろうとトモナリは思っていたのである。
今のところは予想通りマーマンの姿はない。
ゲートの中にいた多くのマーマンが外に飛び出してしまったためである。
「これもゲート攻略できそうって言った理由だよ」
モンスターの数が少なければ攻略はしやすくなる。
外で見た数をゲートの中で相手するのは難しいがもうそんなに残っていないのならトモナリたちでも勝機はある。
無理をするつもりはないが経験を積む上では良いチャンスかもしれない。
ついでにいけすかないミネルアギルドの面目も叩き潰せれば最高なのであるのだがとトモナリは思う。
「あそこだぞ!」
トモナリはヒカリを抱きかかえ、ルビウスはトモナリに肩車されるような感じになっている。
サーシャ曰くトモナリ含めてカワイイ状態らしいがトモナリはそんな目で見られていることに気づいていない。
ルビウスが短い前足を伸ばした。
砂浜が陸側に大きくえぐられるようにへこんでいる場所が先にあり、入江の砂浜の真ん中に洞窟が見える。
「マーマンの姿はありませんね」
マコトが洞窟周りの様子を確認する。
怪しい場所があれば大体それはモンスターに関連する場所である。
ルビウスは人が洞窟に運び込まれたと言っているし洞窟もマーマンの巣か何かだろう。
しかし洞窟周りにもマーマンの姿はない。
「中で何かしてるのかもしれないな」
ブレイクを起こしてマーマンが大量に外に出たから中に数が少ないのは理解できるが、あまりにも姿が見えない。
何体がいれば先ほどマーマンと戦っていないミズキたちにもマーマンと戦う経験を少しさせておきたかったなんて考えも少しだけあった。
なのに全くいないのでスルスルと入江まで来ることができてしまったのである。
「ルビウスを様子を見てきてくれるか?」
「任せよ」
本来ならこうしたことはマコトが得意とする分野である。
しかしまだまだマコトも経験不足だ。
見つかってさらわれた人たちを危険に晒すようなことはできないので小さくて見つかりにくく、天井にも張り付いて行動できるルビウスにお願いすることにした。
小さな翼を羽ばたかせルビウスは洞窟に向かって飛んでいく。
岩を掴んで洞窟の上の方に張り付くと中を確認する。
『今のところ何も見えない』
頭の中でルビウスの報告の声が響く。
そのままルビウスが洞窟の中に入っていき、トモナリたちは周りを警戒しながらルビウスの偵察を待つ。
「見つかっちゃったら……大丈夫なのかな?」
「ちっちゃくてもドラゴンなんだろ? なら大丈夫だろう」
さらわれた人も心配だが見つかったらルビウスも倒されるのではないかとミズキとユウトは心配している。
「ルビウスはいざとなったら召喚の解除ができるから大丈夫だよ」
ルビウスはトモナリに召喚されて具現化している。
何かの問題が起きてどうしようなくなればルビウスの召喚の解除を行えばどこにいてもルビウスは家の中に戻ってくる。
仮に戦いになってもルビウスは弱くない。
ヒカリも最近戦えるようになってきたがルビウスには経験があるのかヒカリよりも上手く戦うことができる。
ヒカリと違ってブレスなんかの発動にはトモナリの魔力がいるという制限はあるけれど、マーマンぐらいならルビウスが危なくなることもないだろうと思っている。
程なくして洞窟からルビウスが出てきた。
「奥の方に空間があってそこにさらわれた人間は置かれておる。周りには魚どもが囲っておる」
繋がっているルビウスから報告を受けていたので知っているがみんなは分かっていないのでルビウスが軽く口頭で報告してくれる。
洞窟の作りはかなりシンプルで少し進んだ先にが広い空間になっている。
そこにさらわれた人と残りのマーマンがいるようだった。
「……戦闘は避けられなさそうだな」
正直なところ何もなくさらわれた人を助け出して逃げることができるとは思っていなかった。
マーマンがさらわれた人を囲んでいるのならバレずに助け出すのは不可能だ。
助け出すためには大なり小なり戦う必要がある。
「数は十数体。洞窟の入り口付近には何もいない。外を警戒しているマーマンもいないようだ」
他にもルビウスから聞いた情報をみんなと共有する。
「ダンジョンボスはおそらくマーマンシャーマンだ」
「マーマンシャーマン?」
「ああ、ルビウスが見たマーマンの中には杖を持った個体がいたそうだ。人をさらうことも含めて考えるとマーマンシャーマンだろうな」
今の世界には魔法というものがある。
それとはまた別に呪術というものも存在している。
魔法もいまだによく分かっていないものであるが呪術というものはより理解が難しいものである。
理由は様々ある。
呪術を使う職業の人が少ないことを始めとして魔法に比べると地味で効果も直接相手にダメージを与えるようなものでもないことなどの理由があるのだ。
魔法はモンスターも使うことがあり、同様に呪術もモンスターが使うことがある。
どんな原因で生まれてくるのか世界が滅びる寸前でも改名はされていなかったが、シャーマンと呼ばれる存在が呪術を行使していた。
「シャーマンは生命を代償にするんだ」
呪術にも様々あるのだがモンスターが操る呪術の特徴は命を利用することにある。
自らの生命力だけでなく他者の命をも使う。
時には仲間の命すら使ってシャーマンは呪術を発動させるのである。
人をさらうなんてことをしないはずのマーマンが人をさらった。
そして杖を持った個体がいるということは人の命を使って呪術を発動させるシャーマンがいるのだろうとトモナリは推測した。
ついでにそんな存在がいて、マーマンの上位存在がルビウスには見つからなかったようなのでシャーマンがマーマンの中でのボスの可能性が高い。
「だから人をさらったのか……」
「早く助けないとまずいな。呪術の代償にされてしまうかもしれない」
「げっ、そんなことに命使われんの嫌だな」
なんで人をさらったのかということは分かった。
ただ呪術のためにさらわれたのならあまり時間は残されていない。
呪術を使われる前に助けなければさらわれた人の命はないのである。
「さらわれた人の安全もそうだし呪術を使われると面倒だ。急ごう」
トモナリたちはサッと洞窟に近づく。
静かにして耳を傾けてみると洞窟の中からマーマンのギャアギャアとした声が聞こえてくる。
トモナリが洞窟の中を覗き込んでみるけれど入り口からでは中の様子がわからない。
「静かにいくぞ」
トモナリを先頭にして洞窟の中に入っていく。
洞窟の中は薄暗いものの天井が所々抜けていて外の光が差し込んでいて動けるだけの明るさはあった。
少し進むと中に大きな空間が広がっていた。
天井にはぽっかりと穴が空いていて明るい。
そして光が差しているその下にマーマンとさらわれた人たちがいるのが見えている。
「あれがシャーマンか」
さらわれた人たちを目の前にして立っている杖を持ったマーマンがいた。
見た目上他の個体とはそんなに変わらないものの首から骨で作ったような装飾品をぶら下げている。
「まださらわれた人は生きてるな」
「良かった……」
さらわれた人たちは怯えたような顔をしているもののまだ命はあった。
生きているなら助けられるチャンスはある。
「ただ見つからずというのは難しそうだね」
マーマンはさらわれた人たちを囲むようにしていてトモナリたちには気がついていない。
たださらわれた人たちを囲んでいるのでこっそりと連れ出すことは不可能である。
「倒すしかない……けど思っていたよりも数が多いな」
マーマンは軽く見ただけでも数十体はいる。
見つからないように人を救出するのは不可能なのである程度の戦闘は覚悟せねばならないが想像よりもマーマンは多かった。
正面から戦って勝てないことはない。
しかし今はマーマンたちの中にさらわれた人たちがいる。
ただ倒せばいいのではなくさらわれた人を守りながら戦わねばならない。
呪術が命を代表にする以上下手に戦うとさらわれた人たちに手をかける可能性があるのだ。
「だけどここまで来たらやるしかない。俺とマコトとミズキとサーシャで突っ込む。コウとユウトは外から戦ってくれ」
全員で中に飛び込んでしまうと脱出が難しくなる。
いざとなったら外に助けを呼んでもらう必要もあるかもしれないのでトモナリたちはさらわれた人たちのところまで突っ込んでいき、コウとユウトには外から攻撃してもらう。
「俺はシャーマンを狙う。上手くいけば一気に統制が取れなくなるはずだ」
トモナリはマーマンの中に突っ込みながらマーマンシャーマンを狙うつもりだった。
倒すことができればきっとマーマンは動揺して動きが悪くなるしゲートのクリアにもなる。
シャーマンが力を使う前に倒してしまえればかなり戦いは楽になるだろう。
「コウの魔法を合図に突っ込むぞ。ルビウス、お前はコウとユウトのフォローを頼む」
「任せよ」
「ヒカリは俺と一緒に行くぞ」
「もちろんだな!」
「もしあの人たちがすぐに動けるようなら囲みを突破して後退しながら戦おう。それが厳しそうなら覚悟して戦うぞ」
トモナリが視線を向けるとみんなは力強く頷いた。
「コウ、頼むぞ」
「任せてよ。僕だって魔法じゃトモナリ君には負けないんだ!」
コウはインベントリに入れてあった自身の杖を前に突き出す。
意識を集中させて魔力を高める。
派手に囲いを突破できるような魔法を狙うがさらわれた人が巻き込まれないように角度や威力の調整も必要となる。
「くらえ!」
マーマンたちにもバレないようにと一瞬で魔法を発動させる。
赤々と燃える炎が渦巻きながらマーマンたちに向かっていく。
さすがは賢者だなとトモナリは思った。
魔法を練習すれば分かるけれど高い威力を保ちながら繊細なコントロールを両立させるのは楽なことじゃない。
しかしコウは持ち前のセンスと努力で魔法をしっかりと自分のコントロールしている。
回帰前も魔法はほとんど使わなかったしドラゴンナイトも多分魔法メインの職業ではない。
トモナリにはコウほど繊細に魔法をコントロールする技量はなかった。
「みんな行くぞ!」
魔法の後ろに隠れるようにしてトモナリたちも飛び出していく。
マーマンの何匹かは気づいたが反応が遅れたものは炎に飲み込まれて燃えていく。
「大丈夫ですか!」
火がついて悶えるマーマンの横を抜けてさらわれた人たちのところまでトモナリたちは駆けつけた。
「ヒカリ行くぞ!」
ミズキとサーシャがさらわれた人たちの容態を確認する中トモナリはさらに動く。
狙うのはマーマンシャーマン。
「チッ!」
トモナリが迫る中マーマンシャーマンが杖を振って一鳴きした。
するとマーマンが立ちはだかるようにトモナリの前に飛び出してきた。
トモナリがマーマンのことを切り裂くけれどマーマンはトモナリのことを行かせまいと食い下がる。
「ぬぅん! 邪魔なのだー!」
「くそっ……!」
ヒカリがマーマンの首を爪で切り裂いて倒した。
立ちはだかったマーマンを倒してマーマンシャーマンのことを見るともうすでに他のマーマンの後ろに下がって逃げていた。
逃げ足が速い。
「トモナリ君!」
「ミズキたちの方が危ないぞ!」
他のマーマンがさらわれた人たちに迫っている。
ミズキたちが戦っているけれど迫っている数が多い。
「……ヒカリ、あっちを先にやるぞ!」
「分かったのだ!」
まだまだミズキたちは戦いに慣れていない。
さらに人を守りながらなんて戦ったことはない。
トモナリがマーマンシャーマンを追いかけて追いかけている間に被害者が出てしまうかもしれないのでトモナリはミズキたちの方に向かうことにした。
「視野を広く持て! マーマンを近づかせるな!」
戦いは人の視野を狭める。
目の前の敵に集中することは悪くないけれど周りへの警戒が散漫になってしまう。
今はただ目の前の敵を倒すだけでなくマーマンがさらわれた人たちに手を出すことも防がねばならない。
「ボォー!」
さらわれた人に迫るマーマンにヒカリがブレスを放つ。
マーマンが炎に包まれてギャアギャアと叫び声を上げる。
「皆さんもっと固まってください!」
マーマンの囲みの外からはユウトとコウ、そしてルビウスが攻撃してくれている。
ミズキとマコトとサーシャはうまく連携を取り合いながらさらわれた人たちを守ってマーマンを倒している。
トモナリは状況を見ながら動き、時にはヒカリに指示を出して全体的にフォローを入れていた。
少々キツイ戦いであるがみんなの動きが優秀なので大きな問題もなくマーマンの数は減っていっている。
このままいけばマーマンを倒せるかもしれない。
そう思った時だった。
「な、なんなのだ!?」
マーマンの死体から急に黒い煙が上がり始めた。
ヒカリが慌ててマーマンの死体から離れてトモナリの後ろに隠れる。
「チッ……」
やはりそう易々とはいかない。
振り返るトモナリの視線の先には杖を高く掲げたマーマンシャーマンがいた。
「あいつ仲間の命使うつもりか!」
黒い煙がマーマンシャーマンに集まっていく。
杖の先に集まって塊のようになった黒い煙が破裂して洞窟の中にヌルくて気持ち悪い風が駆け抜ける。
「なに……急に体が重く……」
『呪術を受けました。ステータスが一時的に減少します』
体が重たくなったように感じてミズキは顔をしかめた。
目の前に表示が現れてそれが呪術によるものだと教えてくれる。
「ミズキ、後ろだ!」
「ん……ありがと!」
ミズキの後ろにマーマンが迫りトモナリはとっさに火の槍を生み出して放った。
乱雑な狙いではあったがマーマンの肩に火の槍が突き刺さって怯み、ミズキは振り返ってマーマンの首を切り落とした。
「呪術によるデバフだ! ステータスが下がってるから気をつけるんだ!」
攻撃や仲間の能力を上げるバフも呪術にはあるけれど、やはり呪術の大きな特徴は広範囲に及ぶ強力なデバフである。
行動を阻害したり相手の能力を下げたりと戦闘において厄介な状態異常を引き起こすのだ。
マーマンシャーマンは倒された仲間の命を使って呪術を発動させた。
みんなのステータスが下げられてしまい、そのためにミズキは体の重さを感じたのだった。
「……なんともないな」
ステータスが下がれば相対的にマーマンは強くなったのと同じである。
数はだいぶ減ったがまだ囲むだけのマーマンは残っていて体の変化に戸惑いながらなんとか戦っている。
そんな中でトモナリは自身の体に変化を感じなかった。
トモナリだって呪術を受けているはずなのにステータスが下がった感じもなければ下がったという表示もない。
「それは当然だ」
「えっ、ルビウス?」
ルビウスの声が頭の中に響いてきた。
思わず周りを確認したがルビウスはユウトとコウのところにいる。
「お主はドラゴンと繋がってドラゴンの力を受けておる。偉大なるドラゴンが安い呪術なんぞに影響されるわけなかろう」
「つまりはヒカリやルビウスのおかげでなんともないということか?」
「その通り」
トモナリのスキルである魂の契約には契約したヒカリやルビウスとの相互作用がある。
相互作用がなんなのかフワッとしていて難しいところであるけれどドラゴンの能力の一部がトモナリにも宿っているようだった。
マーマンのシャーマン如きが操る呪術はそんなに強力ではない。
ドラゴンにそんな呪術の力は通じないのである。
もっと強力ならともかくマーマンシャーマンの力も、力を使うために使われた命もドラゴンの力を突破するには弱かった。
「俺はまたシャーマンを狙う! みんなここは頼んだぞ!」
このままマーマンの死体が増えればまたマーマンシャーマンが何かする可能性が出てくる。
今はまだみんなも動けているけれどこれ以上デバフをかけられると戦うのも辛くなってしまう。
先にマーマンシャーマンを倒さねばならない。
トモナリが抜けると少しキツくなるかもしれないがみんなの戦いの感じを見ているときっと持ち堪えてくれると確信できた。
トモナリはヒカリを引き連れてマーマンシャーマンの方に向かう。
マーマンシャーマンの周りを固めていたマーマンが立ちはだかるようにトモナリの前に出てくる。
「どけ!」
マーマンシャーマンを守るマーマンは他のマーマンよりも少しだけ能力が高そうな気配がある。
しかしトモナリの前ではそんな差など些細な違いでしかない。
トモナリの剣とヒカリの爪がマーマンを切り裂く。
呪術の影響を受けているだろうと舐めていたのかマーマンの方が勢いよく突っ込んでくるトモナリに驚いた様子があった。
次々とトモナリの前にマーマンが立ちはだかるけれどヒカリと共に切り倒してズンズンと進んでいく。
「無駄だ!」
トモナリが飛びかかってきたマーマンの胴体を一刀両断にしてマーマンシャーマンの顔に焦りが浮かぶ。
「トモナリ!」
トモナリが切り捨てたマーマンの死体から黒い煙が出てきてトモナリを覆った。
なんだか湿度が高い空気に包まれたような微妙な不快感がある。
「こんなもん効かないぜ!」
トモナリは剣のルビウスに魔力を込めて炎を発生させる。
剣を振って炎を飛ばす。
黒い煙の中から炎が飛び出してきてマーマンシャーマンは反応しきれず杖でガードしてしまった。
炎がまともに当たって杖が叩き折れる。
「くらえ!」
少し遅れて黒い煙からトモナリも飛び出して剣を振るう。
「チッ!」
転がるようにして逃げるマーマンシャーマンの左腕が切り裂かれた。
倒す気であったのに黒い煙のせいで目測を見誤った。
マーマンシャーマンを守っていたマーマンが一斉にトモナリに襲いかかる。
「ふっ、いいのか?」
また邪魔が入った。
しかしトモナリは余裕の笑みを浮かべた。
「ぬっふっふっふ〜」
マーマンたちは忘れている。
トモナリは一人でないということを。
腕を失ったマーマンシャーマンが転がっていった先にはヒカリがいた。
トモナリが派手に攻撃したのでヒカリの存在がマーマンたちの中で薄れていた。
しかしここまででもヒカリもマーマンのことを軽く倒してきた力があるのだ。
「ドラゴン……クロー!」
マーマンシャーマンはマズイという顔をして、ヒカリはニヤリと笑った。
護衛のマーマンはトモナリの方にいてもはや間に合わない。
ヒカリが力を込めると爪がシャキンと少し伸びる。
さらにそこに魔力を加えて淡く光る爪をヒカリはためらいなく振り下ろした。
「ふっ……またつまらぬものを切ってしまったのだ……」
どこで覚えたそんなセリフ。
マーマンシャーマンはヒカリのために切り裂かれて縦に五分割になって地面に倒れる。
「ヒカリ、よくやった!」
マーマンシャーマンがやられてマーマンたちに動揺が広がる。
「体軽くなった!」
マーマンシャーマンがやられたことで呪術によるステータス低下も解除された。
残りのマーマンの数を見るにもはや勝敗は決したも同然である。
「どおおおおりゃああああっ! やったーーーー!」
気づけばマーマンもトモナリたちよりも少なくなっていた。
ミズキが最後に残ったマーマンを切り裂いて勝利の雄叫びを上げる。
「……結局全部倒すことになっちゃったな」
最初の予定ではさらわれた人を助け出すつもりだったのだけど仕方なくマーマンを全滅させることになってしまった。
陸上で相手したのでマーマン一体一体は弱かったけれどなんせ思っていたよりも数がいた。
さらわれた人たちを守りながらよく戦ったものだとトモナリはみんなの成長に感心してしまう。
「みんな、まだ油断するな。ゲートは出るまでだぞ!」
ゲートは出るまで何が起こるか分からない。
ボスを倒し、その場にいるモンスターを全滅させたからと油断をしてはいけないのである。
さらわれた人たちもいる。
最初の目的はさらわれた人たちの救出であった。
さらわれた人たちを安全なところまで運んでようやくトモナリたちも落ち着けるというものである。
「皆さん動けますか?」
見たところ多少の怪我はしているようだが動けないほどの怪我させられている人はいなかった。
トモナリが声をかけるとさらわれた人たちは怯えたような顔をしながらも立ち上がる。
「俺たちが護衛しますのでこのまま脱出します」
「君たちが助けに来てくれたのか? 他の大人たちは……」
「助けられる人が助けに来ただけです」
どうしてまだ高校生ぐらいの子たちしかいないのかと冷静になれば疑問にも思う。
大人たちは助けに来なかったんだよとは答えずトモナリは笑顔を浮かべておいた。
マーマンの死体はトモナリがインベントリに入れて回収し、それからゲートに向かう。
「ゲートだ!」
「ああ、よかった!」
途中マーマンに襲われることもなくゲートが見えるところまでやってきた。
さらわれた人たちにはゲートを見て涙ぐんでいる人もいた。
「こっちいないのだ」
「こっちもおらんぞ」
ヒカリとルビウスで空から左右離れたところも警戒して最後の最後まで気を抜かない。
「へへ、やったなトモナリ」
隣に立つユウトがニヤリと笑ってトモナリのトンと小突いた。
「……ああ、みんな強かったよ」
「お前もな。それにちょっと意外だったよ」
「何が?」
「こんなふうに人助けに行こうなんて熱い奴だったってな」
「別にそんな……」
「照れんなよ」
冷めた奴だとは思わないが危険を冒しミネルアギルドに突っかかって、そして頭を下げて装備を借りてまで人を助けに行くような熱い心の持ち主だったのは少し意外だった。
「結構お前のこと好きだけど……もっと好きになったよ」
「ありがとよ。こうして一緒に来てくれるお前も好きだぜ」
「惚れんなよ?」
「言ってろ」
トモナリとユウトは拳を突き合わせる。
外ではゲート攻略するためのギルドが到着していてトモナリたちが無事に出てきたことに驚いていた。
ミネルアギルドの人に睨みつけられていたような気はするけれど、助けに行かないという判断をしたのも勝手に助けに行けばいいと言ったのもミネルアギルドである。
何も文句を言われる筋合いはない。
次の日の朝刊で鬼頭アカデミーの学生覚醒者がモンスターに誘拐された人を助け出しゲートを攻略したと一面に載ることになったのであった。
「くそっ!」
「荒れてんなぁ……」
「しょうがねえよ。あんなことになっちまったんだから」
部屋の中から何かが割れるような音と怒声が聞こえてきて廊下を歩いていた覚醒者の二人は顔を見合わせた。
荒れているのはミネルアギルドのギルド長である男だった。
砂浜でトモナリと衝突したミネルアギルドの責任者がギルド長その人であったのだ。
「今じゃ俺もミネルアギルドってだけで冷たい目を向けられるよ」
トモナリたちがゲートの攻略に成功してさらわれた人を助け出したことは大きく地元のニュースとして取り上げられた。
まだ未成年ということでトモナリたちの顔や名前こそ報じられることはなかったが、ゲートのニュースそのものは全国区の話題となった。
多くのメディアはトモナリたちの活躍やさらわれた人を助け出すという姿勢を褒め、さらわれた人たちの無事を報じた。
一方で別の切り口から出来事を報じたメディアも存在している。
浜辺の管理を任されていたミネルアギルドがゲートの攻略に参加しなかったというところに目をつけたのだ。
当然ながら入場制限によって入れない場合はある。
しかし今回のゲートはレベル5以上であれば入れる。
つまりほとんど制限はないのと同じだった。
ゲートの情報は特別なものでもなきゃ公開されるのでミネルアギルドでも入れたゲートだということは簡単に調べがつく。
まだ若い学生が人を助けにゲートに入ったのにミネルアギルドは何もしなかった。
そんな疑いが一部のメディアで報じられた。
「あんなもん流出したらな……決定的だ」
ただあくまでもそれは疑いであり、いくらでも言い訳ができるはずだった。
ミネルアギルドの疑いを裏付けるものなどない。
むしろミネルアギルドは法的手段をちらつかせて意見を封殺しようとしていた。
そんなところにあるものが動画サイトに投稿された。
それはトモナリとミネルアギルドのギルド長の会話だった。
さらわれた人がいてまだ助けられると主張するトモナリに対してゲート攻略は課された仕事ではなく助けるつもりはないと言い放つ場面である。
トモナリの顔こそ映らないように配慮された動画だったけれど会話が何のものなのかは一目瞭然であった。
トモナリたちへの称賛が一通り終わって話題が終わりかけていたところにこんな話が降って湧いたのだ、メディアはこぞって食いついた。
法的手段をちらつかせて意見を押さえつけようとしていたことも印象が悪くてミネルアギルドは批判の的になっていた。
人を助けることを放棄した非人道的ギルドという拭いきれないレッテルが貼られてしまったのである。
海水浴場の管理を任されるなんて簡単なことではない。
ここまでコツコツと積み重ねてきた信頼が一気に吹き飛んだだけでなくマイナスになってしまった。
ギルド長が荒れるのも当然なのだ。
「海水浴場の管理も怪しいんだろ?」
「そうらしいな……ミネルアギルドにいたって親に心配かけるだけだしどっか移籍検討しなきゃな」
「でもよ、元ミネルアギルドってだけで良い顔されなさそうだな」
「はぁーあ、安定だと思ったんだけどな。あんなガキに攻略できんなら俺たちでやればよかったのに」
「でもゲート攻略したのも鬼頭アカデミーのエリートでNo.10攻略した奴ららしいぜ」
「はっ、俺だってレベル20ならNo.10ぐらい攻略してみせるさ」
「くそがぁ!」
「……行こう。ここにいちゃ見つかるかもしれない」
「そうだな」
やらないという選択肢は尊重されるべきだ。
しかしトモナリたちにやるのならば命の保証はないなどと言い放ったのと同様にやらないことにも責任は付きまとうのだ。
「あのガキのせいで!」
完全に批判される前にいくらでもミネルアギルドへの向けられる目への対処方法はあった。
全てのやり方を間違い、最悪な結果を招くことにしたのはミネルアギルド自身の選択である。
ミネルアギルドは海水浴場の管理から外され、批判されることを嫌った覚醒者たちはギルドを離れ、最終的にミネルアギルドは空中分解することになったのであった。