ラスボスドラゴンを育てて世界を救います!〜世界の終わりに聞いたのは寂しがり屋の邪竜の声でした

「悪かったな、買い物付き合わせて」

「いいって、泊まるのに必要なもんだろ?」

 駅で合流してすぐに家ではなかった。
 ちゃんと準備していたつもりでも意外と見落としがあって必要なものがいくつかあった。

 なので駅から家までの途中にあるスーパーに寄って買い物をして、それから家に向かったのである。

「ただいま、母さん」

「ただいまなのだぁ〜」

「あら、おかえり」

「お邪魔しまーす」

「いらっしゃい」

 家に帰るとゆかりが出迎えてくれる。
 ミズキたちトモナリの友達を見てゆかりが嬉しそうな顔をする。

 嘘だと疑っていたわけではないがトモナリが本当に友達を連れてきて安心と嬉しさがあった。

「みんな礼儀正しくて良い子そうじゃない」

 流石に高校生なのでしっかりとしている。
 泊まるわけでもあるしゆかりにちゃんと挨拶するのは当然である。

「これ、お世話になるので」

「あら、別によかったのに」

 コウが手土産をゆかりに渡す。

「用意がいいな」

「姉さんが持ってけって」

 “アイゼンさんのお宅にお世話になる? なら絶対持っていきなさい”
 そんなことを言われてコウは手土産を持参していた。

 高校生にしちゃ出来すぎた心遣いだと思っていたが秘書を務めるようなミクのアドバイスがあったなら納得である。

「へぇ、綺麗にしてんじゃん」

 男子勢はトモナリの部屋に案内する。
 狭い部屋だと思ったことは一度たりともないけれど高校生四人も集まれば流石に手狭にも感じる。

「おい、何してんだ?」

「いや、秘蔵の本でもないかなって思って」

「あるわけねーだろ」

 部屋の隅に荷物を置いたユウトが本棚の本の後ろを覗き込んでいた。
 もちろんそんなところに秘密のものを隠すはずがないし秘蔵の本なんてものはない。

「こういうのはベッド下だって聞いたこともあるよ」

 コウがドヤ顔で知識を披露する。

「そこにもないよ。というかそこにもじゃなくてないよ」

「つまんねーなぁー」

「家から追い出すぞ、お前」

「んだよ、こういうの定番だろ?」

「今時エロ本隠してるやつなんかいないって」

「なになに、トモナリ君エロ本隠してるの?」

「違うって!」

 別の部屋に荷物を置いてミズキとサーシャもトモナリの部屋にやってきた。
 二人増えるともう部屋は結構狭い。

「よいしょっと」

 ミズキは遠慮もなくトモナリのベッドに腰掛ける。

「んーもう布団敷いちまおうぜ」

「……そうだな」

 夜までまだ時間はある。
 みんなでだべりながら過ごそうと思っていたけれどベッドにみんな腰掛けることはできない。

 リビングはキッチンと繋がっていてゆかりがせっせと夜ご飯の準備をしている。
 邪魔もできない。
 
 そうなると床に座ることになるのだけど直に床に座るなら布団でも敷いてしまおうとユウトが提案した。
 どうせ寝る時には布団を敷くことになる。

 今から敷いていても問題はない。
 トモナリの部屋に泊まる三人分部屋いっぱいに布団を敷く。

 レンタルしてきたお布団はふかふかとして結構良いものであった。

「そう言えば一つ聞きたいんだけど」

「なんだ?」

 布団にかからない部屋の隅にテーブルを置いてそこにコップやら飲み物やらを用意した。
 スーパーで必要なもの以外にも色々と買い込んできていた。

「試練ゲート攻略したじゃない?」

「ああ、そうだな」

「能力値倍になってたけど出てみたら思ってたより能力値高かったんだよね」

 No.10をクリアしてトモナリたちはレベルが15にもなっていた。
 レベル9で試練ゲートに入ったわけだからかなりレベルとしては伸びた。

 同じ学年の子達と比べても高くなった。
 そしてゲートにいた時は能力値が倍になっていたから分かりにくかったけれど、ゲートを出て落ち着いて能力値を見たミズキは違和感に気づいた。

 自分の能力値が想像よりも高かったのである。
 上がったレベルから考えた時の能力値とズレがある。

 上振れすることはあるけれどもそれでもだいぶ違っていた。

「それはな、あのゲートで能力値倍の恩恵を受けている時にレベルアップすると倍の能力値がアップするんだ。それはゲートを出ても消えないんだ」

 オークと連戦だったためにレベルアップのたびに能力値を確認したりしなかった。
 細かく確認していると能力値が倍伸びていることや倍になった上で恩恵でさらに倍の能力値になっていることにも気づいただろう。

 結局ゲート攻略中はあまり確認をせず、ゲート攻略後は終末教のせいで慌ただしくなってしまった。

「だから一回のレベルアップでも能力値がいつもの倍伸びてたんだ」

「そうだったんだ」

「えっ、そうなのか!?」

 ユウトが慌てて自分のステータスを確認する。

「あっ、ホントだ!」

 ようやく自分の能力値が高めに伸びていることにユウトも気がついた。

「コウやサーシャは気づいてたようだな?」

「そうじゃないかなって思ってたよ」

「ミズキと同じく疑問だった」

 コウは能力値を見てゲートの恩恵でレベルアップで倍伸びていることに気づいていた。
 二階でもわざわざオークを倒して回ろうとトモナリが言っていたことも併せてレベルアップを狙っていたのだなと理解していた。

 一方で何も言わなかったサーシャの方は疑問には思っていたけれど、トモナリが何かしたのだろうとすんなりと受け入れていた。
「でもさ、トモナリってホント不思議だよな」

 布団の上で横になったユウトがトモナリを見る。

「何が不思議なんだよ?」

「んー、何でも知ってて堂々してるし強いしさ。なんつーかさ、人生二周目って感じ」

「あー分かる」

 コウがユウトの言葉に同意する。
 コウはアカデミーのテストにおいて学年三位の成績をおさめていた。

 出来は良かったし一番あるだろうと思っていたのにトモナリに一問差で負けてしまったのだ。
 トモナリのことを馬鹿だとは決して思っていない。

 しかしトモナリよりも勉強を頑張っているというちょっとした自負があったので負けた時には相当悔しかった。
 トモナリは回帰前にガリ勉タイプで回帰前の知識があるので勝てただけなのである。

 実際人生二周目感はあるとコウだけでなくみんなも思っていた。

「そりゃ二周目だからな」

 トモナリは少し笑って答える。

「そっか〜二周目か〜ってんなわけあるかよ!」

 それっぽいというだけで本気で二周目だなど思うはずもなくユウトがツッコむ。
 本当に本当のことを言っているのだけどなんと言葉を尽くしてもすんなりと信じてくれる人の方が珍しいだろう。

「トモナリって中学時代どんなんだったんだ? ミズキ、同じ学校だろ?」

「トモナリ君は……その……別のクラスだったし」

「でも入学前から知り合いっぽかったじゃん」

「それは……」

 急にミズキの言葉のキレが悪くなった。
 ユウトは悪気もなく首を傾げる。

「俺は中学の時いじめられてたんだ」

「えっ?」

「馬乗りになられてぶん殴られて……それで三年の時はあんま学校にも行ってないんだ」

「そ、壮絶だな。……あ、変なこと聞いてごめん」

 ユウトがバツの悪そうな顔をする。

「いいって。もう気にしちゃいない。今はこうして泊まりに来てくれる友達もいるしな」

「……チェ、ずるいことゆーよな」

「学校行ってない時に体鍛えたくてな。そこでミズキの家の道場に通ってたんだ」

「それで知り合いだったんですね」

「まあその前にもちょっとあったけどな」

「なに? なんか良い話?」

「ふふーん、僕がミズキを助けた話だな!」

 ヒカリがドーンと胸を張る。
 ちゃんと挨拶交わして互いを認識したのは道場での出会いであるけれど、その前に廃校でのゲート事件の時に顔は合わせている。

 トモナリが覚醒しに行った場にミズキも迷い込んでいた。
 トモナリとヒカリの機転のおかげでなんとか無事にミズキも逃げることができたのである。

 その時にミズキも覚醒していた。

「そんなことあったんだ」

「むぅ……恥ずかしい……」

 軽くトモナリがミズキとの出会いを話すとヒカリがスケルトンをちぎっては投げちぎっては投げの冒険譚に格上げする。
 ミズキとしては猫を追いかけて廃校に入った挙句トモナリとヒカリになんとか助けられた照れ臭いエピソードなのである。

「さすがヒカリちゃん」

「そうだろう!」

 あの時のヒカリならスケルトンにも負けるぐらいだっただろうとトモナリは思うのだけど自慢げなヒカリに水は差さないでおく。

「……と、そろそろだな」

 トモナリはベッドの近くにかけてある時計を見た。

「そろそろ?」

「ああ、風呂だよ」

「お風呂?」

「部屋に雑魚寝で泊まるのはいいけど流石にこの人数風呂に入るのは厳しいだろ。飯の前に近くの銭湯行こうぜ」

 泊まるだけなら床さえなんとかなる。
 しかしお風呂までとなると結構厳しいものがある。

 ただ夏の時期で家まで来るのにも汗をかいたりしていた。
 そこでトモナリは夕飯の前に銭湯に行こうと考えていたのである。

「確かに汗かいちゃったもんね」

 お風呂はどうするのだろうという疑問は確かにちょっとあったとミズキは思う。
 流石に人の家なので聞けなかったがみんなで銭湯というのもまた面白い。

「銭湯……行ったことない」

「僕もだ」

「近くにいいところがあるんだ。いこう」

「さんせー!」

 ーーーーー

「うおー! すげー!」

「ふふ、いっぱい食べてね」

 銭湯に行って帰ってきたらリビングに出してあった低いテーブルいっぱいに料理が並べられていた。
 いつもは椅子に座るダイニングテーブルを使っているのだけどみんなが座る椅子がないので床に座って食べられるようにしたのだ。

 ゆかりがトモナリの友達のためにと用意してくれた料理にユウトは目を輝かせる。

「ちょっと作りすぎちゃったかしら? 残してもいいからね」

「いえいえ! 全部食べますよ!」

 みんなでいそいそとテーブルを囲んで座る。

「んじゃ! いただきまーす!」

「「「いただきまーす」」」

 我慢しきれなくなったユウトがサッと唐揚げに手を伸ばす。

「うまぁ!」

「そうだろうそうだろう! ゆかりの料理は絶品なのだ!」

 ゆかりの料理が褒められたことになぜなのかヒカリがドヤ顔をしている。

「うん! 本当に美味しいです!」

「うわー、トモナリ君のお母さん料理上手なんだね!」

「ありがとう、みんな」

 特別だけど、特別なことはない家庭料理。
 みんなでワイワイと囲む食卓ではいつもよりも美味しく感じられる気がする。

「羨ましいなぁ。うちの母さん……あんまり料理得意じゃないんだよな」

「そうなのか?」

「昔から得意じゃないらしくて今は開き直っててでっかい冷凍庫にたくさん冷凍食品詰めてあるんだよ。冷凍食品も美味いんだけどさ……こうした家庭感ってやっぱちょっとちゃうじゃん?」

「ゼータク言うなよ」

「いわねぇさ。でも時々羨ましくなるなって話だよ。それにこんなこと言って母さん料理作られたら俺が危険になる」

「どんな料理作るんだよ……」

 ユウトの母親もユウトに似て明るい性格の人だと聞いている。
 まさか料理できない人だとは思わなかったけどこうした話が聞けるのも面白い。
 
「ありがとう、母さん」

「どういたしまして」

 トモナリが感謝の言葉を口にするとゆかりはにっこりと笑って答える。
 たまにはこうした時間も悪くないものだとトモナリも思ったのだった。
「それじゃあ母さん、行ってくるよ」

「行ってらっしゃい」

「行ってくるのだ!」

「はーい、楽しんでね」

「「お世話になりました」」

 一晩休んで、豪華な朝ごはんをのんびり食べて、そしてトモナリたちは家を出た。
 向かうのはミズキの家である。

「ああやって寝るのも楽しいものだね」

 スーパーで買ってきたお菓子とジュース飲みながらたわいもない話で盛り上がり、何となく眠くなってきたら布団に入ってまた少し話をしながら眠りについた。
 だらしないと怒られそうな時間だったけど、とても面白くて貴重な時間だったとコウは思った。

「トモナリ君のお母さんも優しい人だったね」

「うん、優しい人。それに料理上手」

「確かに朝ごはんも美味しかったね」

「ミズキんとこも料理上手いだろ」

「そーなんだよ、うちのお母さんも料理上手なんだよね〜」

 ミズキはドヤ顔で親指を立てる。
 トモナリも午前中テッサイと鍛錬してお昼もいただいていた。

 その時にお昼を作ってくれていたのはミズキの母であるユキナであった。
 和風な料理が中心でどれも美味しかったのはまだ記憶に新しい。

 時々ユキナがいないのかテッサイが何かを作ることもあったけれど、明らかな男料理でクオリティが下がったなと失礼ながら思うこともあった。

「かぁ〜みんな羨ましいな」

 ユウトが天を仰ぐ。

「お前のお母さんにお母さんの良いところがあんだろ。お前見てりゃ良い親だってのは分かるよ」

「おい……キュンとさせんなよ」

「キュンとすんなよ」

「んなこと言ったって俺も俺の母さんもまとめて打ち抜くようなこと言うからさ」

 トモナリの褒め方が子供っぽくないのもまた二周目感があるとユウトは思う。
 普通そんな言い方しないだろうと照れくさそうに笑った。

 トモナリとしても半分冗談だけど半分本気である。
 親の育て方が良いからユウトも気の良い男に育ったのだと感じる。

「俺はもうトモナリに惚れてるようなもんだからな」

「やめろ! 気持ち悪い!」

 ユウトは鼻の下を指で擦り、頬を軽く赤らめる。
 冗談なのは分かっているけれどトモナリの背中がゾワゾワとする。

「俺の愛を受け取ってくれよ〜」

「んなもんぶった切ってやるよ」

「むう、トモナリは僕のだぞ!」

「ぬっ……」

 ここまで黙って話を聞いていたヒカリが拗ねたような顔をしてトモナリの頭にしがみつく。
 ヒカリはユウトのことを睨みつけるように見ている。

「はははっ! 冗談だって! ヒカリからトモナリを奪ったりしないって!」

「むふー、当然なのだ!」

 流石に愛が大きくて勝てないとユウトは笑う。
 ヒカリは鼻を鳴らしてトモナリに頬擦りをしている。

「……歩きにくいぞ」

「このままがいいのだ」

「んじゃもうちょっと場所調整してくれ」

 視界の半分がヒカリで埋まっている。
 せめてしがみついている手を目からどけてほしい。

「仕方ないのだな」

 なぜかヒカリの方が仕方なくお願いを聞く形で手をどけてくれた。

「もうすぐミズキの家だな」

 ヒカリもトモナリと一緒に道場に通っていた。
 当時はヒカリを隠すためにリュックの中にいたけれど周りに人がいなければ顔を出していることも多かった。

 道ぐらいは覚えている。

「着いたな」

「着いた……?」

 ヒカリは周りを見て着いたと言うけれどそこにあるのは塀だった。

「えっ、まさか……」

「ここ……もうミズキさんの家なの?」

「うん、そうだよ」

「……おっきい家」

 まだ入り口にも辿り着いていない。
 しかし塀で囲まれた家などなかなか見るものでなくてみんな驚いている。

「ふふ、ここが私の家」

 正門前に着いてミズキはニコリと笑う。

「か、金持ちじゃん!」

 ユウトは驚きを隠せない。
 最初は道場として訪れたのでトモナリも驚きはしなかったが友達の家だと思って来てみたら確かに驚くかもしれない。

「あら〜みんないらっしゃい」

 中に入るとユキナが出迎えてくれた。
 ユキナとミズキは似ているがハツラツとしている感じのミズキに比べてユキナはおっとりとした感じがある。

 性格的なものの違いが見た目にも表れているのだろう似てるのだけど違うという印象が強い。

「トモナリ君も久しぶりね〜」

「お久しぶりです、ユキナさん。数日お世話になります」

「またこうして来てくれるのは嬉しいわ。お父さんもあなたに会いたがっていたわよ」

「俺も師匠に会いたかったです」

 お父さんとはテッサイのことである。
 そんなに長いこと一緒にいたわけでもなかったし、まだそんなに長いこと離れているわけでもない。

 それでも厳しくも優しいテッサイとは鍛錬の濃い時間を過ごした。
 アカデミーに行く寸前の最後には弟子として認めてくれていたとトモナリも思う。

「君たちがミズキの友達だね」

「お父さん!」

 テッサイにも挨拶行かなきゃなと思っていたら男性が出てきた。
 爽やかな顔をした中年の男の人でその人を見てミズキは嬉しそうな表情を浮かべた。

「お父さん……ということはミズキさんのお父さん?」

「はじめまして。ミズキの父です」

 名前を鉄心(テッシン)というミズキの父親は笑顔を浮かべてトモナリたちに頭を下げ、トモナリたちも慌てて頭を下げた。
「どの子がアイゼン君かな?」

「俺がそうです」

「君がそうか。父さんから君の話は聞いているよ。これまで挨拶できなくてすまないね」

 トモナリもテッシンと直接会うのは初めてだった。
 一年近くテッサイの道場に通っていたけれどもタイミングが悪くてテッシンとは会わなかったのである。

 テッシンは日頃会社員として働きながら夜の時間帯に師範代として門下生を教えていた。
 日中にテッサイに教えてもらっていたトモナリとは基本的に時間が合わないのだ。

 ミズキは母親似であると思うけれどテッシンもどことなくミズキに似ている。

「ええと?」

 テッシンはトモナリの顔をじっと見つめる。
 意図が分からなくてトモナリは困惑する。

「おてんばな娘だけど良い子だ。うちの娘のこと頼むよ」

「えっ? あぁ、はい……」

「もうお父さん! 変なこと言わないでよ!」

「ははっ、すまないな」

 朗らかに笑うテッシンは良い人そうだった。

「ここがみんなの部屋」

「おおー、広いな!」

「旅館みたいだね」

 道場があるので母屋である建物は外から見たよりも大きくはない。
 それでも十分な広いし客間なんてものまでしっかりと家の中にある。

 トモナリたち四人が泊まっても余裕がある。
 自分の部屋とは大違いだとトモナリは畳敷の部屋を見て思った。

「サーシャちゃんは私の部屋ね」

「ん」

「じゃあ荷物だけ置いて海に行くか!」

 事前に立てていた計画としては今日は海に行くつもりだった。

「あっ、ちょっとだけ待ってくれ。挨拶したい人がいるんだ」

「ああ、分かった。先に準備してるよ」

 トモナリは部屋を出て道場に向かった。

「師匠、いますか?」

 トモナリが道場に入るとそこにはテッサイがいた。
 初めて会った時のように座禅を組んで瞑想をしている。

「師匠、ご挨拶に伺いました」

「久しぶりだな」

 スッと目を開けたテッサイはトモナリのことを見る。

「お元気そうで何よりです」

「ふふ、お前さんの方こそ。男子、三日会わざれば刮目して見よというが……鍛錬は怠っていないようだな」

 出会った時には細い子供だった。
 その時から比べるとトモナリの体つきはがっしりとしていて強い生気がみなぎっている。

 テッサイは覚醒者でないから魔力を感じることはできない。
 それでもトモナリの力強さは分かった。

「もちろん毎日頑張ってますよ」

「そうか。ならいい。頑張っているものに小言は必要ないだろう」

「テッサイ、僕もいるぞ!」

「もちろんだとも。息災か?」

「うむ、息災だ」

「それはよかった」

 以前変わらぬヒカリの姿にテッサイも笑顔を浮かべる。

「大きな困難を乗り越えたようだな」

「……そうです」

「ミズキのやつから聞いたのだ。人類は困難に立ち向かわねばならない。それは理解している。しかし無理なことはするなよ」

「はい」

「師より先に行く弟子などあってはならないのだからな。何事もやるならば慎重に、命を大事に突き進め」

「肝に銘じておきます」

 やるなとは言わずトモナリの意思を尊重しながらも心配はしてくれる。
 良い師匠である。

「今日もやることがあるのだろう? それが終わったらまた少し手合わせしよう」

「分かりました」

「楽しんできなさい。輝かしい時間は大切だ。可愛い弟子に餞別をくれてやろう」

「そんな……」

 テッサイは懐から一万円札をピラリと取り出した。

「こう歳をとると使うこともない。お友達といいものでも食べてくるといい。ミズキには内緒だ」

「……いただきます、師匠」

 ーーーーー

「海だー!」

 今時海に行くのも簡単なことではない。
 なぜなら海にもモンスターが現れる可能性があるから。

 ゲートは人の目があるところばかりに出るわけではない。
 人の目がないところに現れて放置されてしまった結果ブレイクを起こしてしまうケースも珍しくないのである。

 人の目が届かないところの中には海の中ということもあり得ない話ではない。
 海の中にゲートが出現して誰も気づかないままにブレイクを起こしたという事例がいくつかある。

 中には水に対応していないモンスターゲートでそのままモンスターが死んでしまったこともあるが、水の中で生きられるモンスターで海にモンスターが広がってしまっている状況もあるのだった。
 そのために多くの海岸は危険区域に指定されていて遊ぶことができない。

「ユウト、こっちだ」

「うーす」

 もちろんトモナリたちが訪れた海岸も同じなのだけど、この海岸では遊ぶことができる。
 なぜなら覚醒者ギルドによって管理されているから。

「入場料……大人六人で」

 覚醒者が常に駐屯し、海や浜辺を見張ることで安全を確保して遊ぶことができる。
 その代わりに浜辺への入場料を支払わねばならないがこれぐらいなら必要経費だとトモナリも割り切っている。

「結構人がいるな」

「遊べる海は少ないからね。しょうがないよ」

 入場料は必要であるけれど海は人でごった返している。
 今では遊ぶことのできる海は少ないのでどうしても人が集まってくるのだ。

「それじゃあ着替えようか」

「あそこで集まろう」

 海岸は覚醒者ギルドが管理しているために設備も大規模な更衣室からしっかりした海の家まで揃っていて快適に遊べる環境が整っていた。
 海で遊ぶのだ、まずは水着に着替えることが必要である。

「ミズキのミズギ……ププ……」

 ヒカリは一人で何かを呟いて笑っていた。
 男女分かれた更衣室に入ってトモナリたちは水着に着替える。
「なにソワソワしてんだよ」

 こういった時着替えるのが早いのは男子の方である。
 ミズキとサーシャのことを更衣室前で待っているのだけどユウトはソワソワとして落ち着きがない。

「俺はよぅグラマラスなお姉さんが好きだ」

「……なんの宣言だい?」

 突然の告白にコウも引きつった笑顔を浮かべる。

「だがそれとは別に女子のプライベート水着を見られるって機会は全世界の男子の憧れだと思うんだ」

「それは言い過ぎだと思うけど……」

「なんだよ! マコトだって水着姿の女子見たいだろ? 興味ないって言ったら絶対嘘だ!」

「ま、まあ僕も男だから全く興味ないとは言わないけど……」

「だろぉ! ミズキもサーシャもお姉さんタイプに程遠いが見た目だけはいいからな」

「見た目だけで悪かったね」

「げっ……」

 明らかにユウトが調子に乗ったところで更衣室からミズキとサーシャが出てきた。

「おっ、二人とも似合ってるじゃないか」

「そ、そう?」

「褒められた」

 ミズキはワンピースタイプの水着で、サーシャはビキニタイプであった。

「ふふ、着痩せするの」

「あ、いや……すまん」

 思わずサーシャの胸に目をやってしまい、サーシャはそれに気づいてニコリと笑った。
 意外と胸があると思ったのだ。

 普段は割とスレンダーに見えていたので少し驚いたのであるが女性の胸を見てしまったのは確かなのでトモナリは耳を赤くして謝る。

「トモナリ君ならいいの」

 特にいやらしさを感じる視線でもなかったので不快感もなかった。
 いつもお世話になっているし水着姿を見たいというのならこれぐらい構わないとサーシャは思う。

 サーシャにおいてあまり体格的なことを気にしなかった。
 ただよく見てみるとサーシャは身長もそれなりにある。

 水着になると非常に均整の取れた体をしている。
 戦いにおいても体の均整が取れていることは理想的なことだ。

「にしても……トモナリ君も……良い体してんね」

「あんま見るなよ……恥ずかしいだろ」

 ミズキとサーシャの視線がトモナリに集まる。
 一年前は細くて鏡で見るのも嫌なぐらいだったトモナリの体もかなりがっしりとしている。

 見映えがするぐらいの体になっていて二人も思わず見てしまった。
 それどころか周りに女性でもチラチラとトモナリのことを見ている人もいる。

「行こうぜ。時間は有限だ」

「おし! 遊ぶか!」

 着替えたのならあとは更衣室にいる意味はない。
 トモナリたちは海遊びを始めた。

 それなりに人はいたけれど遊ぼうと思えばなんでも遊べるものである。

「ぶえっ!?」

「ふふ、楽しいね」

 ミズキが放ったビーチボールがユウトの顔面に直撃して倒れる。
 それを見てマコトはクスクスと笑っている。

「よっしゃ!」

「よっしゃじゃねーわ! コウ、やっちまうぞ!」

 今はコウとユウト、ミズキとサーシャでペアを組んで小さくビーチバレーのようなことをやっている。

「こうしたこと……初めてだからすごく楽しい。僕少なかったから」

「俺も似たようなもんだ」

 みんなでワイワイとしている様子を見ながらマコトは楽しそうに目を細める。
 トモナリのようにいじめられていたわけではないものの消極的で人との関わりを避けがちだったマコトもひとりぼっちでいることが多かった。

 最低限の付き合いはあっても外で会うようなことをする友達なんていなかったので海で遊ぶなんて考えたこともなかった。

「ありがとう、トモナリ君」

「急にどうした?」

「全部トモナリ君のおかげだから」

「俺は何もしてないさ。マコトが自分で前に進んだよ」

「そんなことないよ。僕にきっかけをくれた。僕を受け入れてくれた。僕を……ただ信じてくれた」

 理由は分からないけれどトモナリは全幅の信頼を置いてくれていたとマコトは感じている。
 周りのみんなが優しかったこともあるけれど、トモナリが信頼してくれているということが一歩を踏み出す勇気となった。

「僕は君の影になりたい」

「誰かの影になることなんかない」

「ううん、トモナリ君は大きなものと戦おうとしている。影は常に一緒だ。僕はもっと強くなって君の背中を守れる影となるんだ」

「そうか。じゃあマコトに背中預けるよ」

「あっ、でもそれは……もうちょっと強くなってから……」

「最後までカッコよく言い切れよ」

 まだ時折弱気なところが顔を覗かせる。
 しかしマコトも精神的に強くなった。

 嬉しいことを言ってくれるとトモナリと微笑む。

「ぶへらっ! お前ら……わざと狙ってないか!?」

 またしてもユウトの顔面にビーチボールが吸い込まれる。
 今度スパイクを放ったのはサーシャだった。

「……なんだ!?」

「女性の悲鳴?」

 急に叫び声が響き渡った。
 女性の悲鳴で周りにいた人たちも動きを止めて声の元を探す。

「トモナリ、ゲートだ!」

 海の家で買ってきたフランクフルトを咥えたヒカリが高く飛び上がって状況を確認する。
 離れたところに渦巻くような青白い光が見えた。

 浜辺にゲートが発生していたのである。

「モンスター見えるぞ!」

「……最悪だ。ブレイキングゲートか」

 通常ゲートはモンスターが中から出てくるまで時間の余裕がある。
 しかし時にゲートが現れた瞬間からモンスターが出てしまうものがある。

 モンスターが出てくることをゲートがブレイクしたなどと呼ぶために最初からモンスターが出てくるゲートのことをブレイキングゲートと呼んでいるのであった。
「どど、どうしますか?」

「一般人の避難の時間を稼ぐぞ!」

 浜辺に広がっていた騒がしさが一転して別のものになってしまった。
 トモナリはインベントリの中からルビウスを取り出す。

 基本的に自分の武器や装備は必要のない時はインベントリに入れて持ち歩いている。

『おお! これが海というやつか!』

「呑気なこと言ってる場合じゃないぞ! 敵だ!」

『ふむ、ゲートか』

「一般人が逃げるまでモンスターと戦う」

『好きにせい。妾はお主に従うだけだ』

 トモナリがルビウスを鞘から抜くとそれだけで火花が散る。

「みんなも手伝ってくれ!」

「う、うん」

「分かった!」

「私……武器持ってないよ!」

 マコトとコウは同じくインベントリから武器を取り出した。
 しかしミズキ、サーシャ、ユウトは武器を持っていなかった。

 インベントリに入れ忘れたとかそういうことではなく元々自分用の武器を持っていなかったのである。
 アカデミーから貸し出される武器を使っているのでインベントリに武器を入れていないのだ。

「三人は一般人の誘導を頼む!」

 武器がなくても格下のモンスターとならば戦うことはできる。
 しかし今は防具すらないので武器がないだけよりもリスクが高い。

 ここは一般人が冷静に逃げられるように誘導をお願いする。

「すぐに海水浴場を守るギルドが来るはずだからゲートやモンスターから人々を遠ざけるだけでも十分なはずだ」

「……分かった」

 ミズキはやや不満そうであるけれど武器がなければ戦えない。

「二人とも行くぞ!」

「僕も行くぞー!」

 トモナリとヒカリはマコトとコウと共にゲートの方に向かう。
 もうすでに海を警護していた覚醒者や遊びに来ていたと思われる覚醒者が戦い始めている。
 

「マーマンか!」

 現れているモンスターは魚のような見た目をした二足歩行のモンスターでマーマンと呼ばれているものであった。
 手には三又の槍を持っていて奇妙な声を上げながら逃げ惑う人たちを襲っている。

「きゃっ!」

「危ない!」

「うりゃりゃー!」
 
 子供抱えた女性にマーマンが飛びかかる。
 トモナリが素早く間に割り込んで槍を剣で弾く。

 そしてヒカリがマーマンの胴体を爪で切り裂いた。
 No.10での戦いでトモナリが強くなったからヒカリもまた強くなっている。

「大丈夫ですか?」

「は、はい……助かりました」

「早く逃げてください!」

「ありがとうございます……ありがとうございます……」

「チッ、多いな」

 助けた親子が逃げて行くのを確認してトモナリは周りの状況を確認する。
 ゲートから続々とマーマンが出てきている。

 逃げ惑う人々の動揺は大きく、明らかに誘導もモンスターと戦う人も足りていない。
 マコトはコウのフォローを受けながらマーマンと戦っている。

 マーマンは水中では自由に動き回ることができる厄介なモンスターであるけれど、地上では十分に能力を発揮できない。
 マコトとコウが互いをうまくフォローし合いながら戦えば地上におけるマーマンは問題なさそうである。

「トモナリ君、人が!」

「人? ……あいつら!」

 マコトの叫び声でトモナリがゲートの方を見るとマーマンがぐったりとした人をゲートの中に運び込もうとしていた。

「くっ……邪魔するな!」

 助けに向かおうとしたトモナリの前にマーマンが数体立ちはだかる。

「ルビウス!」

 このままでは連れ去られた人が危険である。
 トモナリはとっさにルビウスを召喚した。

「ええっ!? ヒカリさんが二人!?」

 ヒカリとよく似た赤いチビ竜が現れてマコトは驚く。

「ルビウス、さらわれる人たちを追いかけてくれ!」

「任せよ!」

「今度はこっちが邪魔させてもらうぜ!」

 飛んでいくルビウスに槍を突き出そうとしたマーマンの胸をトモナリが剣で突き刺す。
 ルビウスは連れ去られた人を追いかけてゲートの中に飛び込んでいく。

「テメェら……人さらって何するつもりだ!」

 言葉が通じないことなんて分かっている。
 さっさとさらわれた人たちを助けねば手遅れになってしまうかもしれないとマーマンに切り掛かる。

「ほい!」

「いいぞ、ヒカリ!」

 突き出された槍をヒカリが横から蹴り上げる。
 その隙にマーマンに近づいたトモナリは一太刀でマーマンを切り捨てた。

「はっ!」

 出し惜しみしている時間などない。
 トモナリは剣を持たない左手から電撃を放つ。

 マーマンは水に住むモンスターなので電気の攻撃に非常に弱い。
 電撃を受けてマーマンは激しく体を震わせ持っていた槍を落とす。

「食らうのだ!」

 追撃でヒカリが炎のブレスを放ってマーマンたちにトドメを刺す。
 
「トモナリ君!」

「マコト、コウ!」

「どうやら覚醒者ギルドが駆けつけたみたいだね」

 いつの間にか武装した覚醒者が増えてマーマンを押し返し始めていた。
 浜辺を守る覚醒者ギルドが来ているようだった。

 一般人の避難もだいぶ進んでいてもう大丈夫なところまで来ているようにトモナリの目には映っている。

「君たちは覚醒者かい?」

 武装した覚醒者の一人がトモナリたちに声をかけてきた。

「そうです」

「協力に感謝する。あとは我々ミネルアギルドに任せてくれ」

 ミネルアギルドというのが海水浴場を護衛している覚醒者ギルドであった。
 ゲートが発生してから駆けつけるのも早い。

 それなりにちゃんとしたギルドのようであるとトモナリは感じた。
『トモナリ、聞こえるか?』

「ああ、聞こえてるぞ」

 もう大丈夫そうと下がろうとしたトモナリの頭の中にルビウスの声が響いてきた。
 トモナリとルビウスは魂の契約で繋がっている。
 
 そのために離れていても会話が可能である。
 だからトモナリは普段からルビウスを手放さない。

 だって手放しているとうるさいのだ。
 ちなみにヒカリとは遠距離交信ができない。

 実体があるヒカリと実体がないルビウスの差がそこにあるのかもしれない。

「さらわれた人はどうなった?」

『まだ生きておる。あれはマーマンシャーマンかのぅ。木の檻のようなものなものに閉じ込められていて儀式のようなものをしようとしておる。今ならまだ助けられるぞ』

「分かった。まだ監視を続けてくれ」

『妾もやきそば……食べたいのぅ』

「後で買ってやるから」

『ふふ、監視は任せておけ』

「失敗するなよ!」

『ふん、お主のようなちんちくりんとは違うから大丈夫だ』

「なにをー!」

 ルビウスとの交信はヒカリにも聞こえている。
 ルビウスの物言いにヒカリはプンプンとしている。

 まださらわれた人を助けられる可能性がある。
 トモナリは周りを見てミネルアギルドの責任者っぽそうな人を探す。

 周りに指示を出している四十代ぐらいの男性がいた。
 指示を出しているということはギルドのリーダーか、少なくとも上の立場にいる人である。

「すいません」

「ん? ああ、君がモンスターの討伐に協力してくれた子だね。協力に感謝するよ。あとは我々に任せて避難くれて大丈夫だよ」

「それよりもモンスターにさらわれた人がいるんです」

「なんだって?」

「モンスターが数人ゲートの中に人を連れていったんです。今ならまだ……」

「それは……もうすぐ討伐してくれるギルドが決まるだろうからそちらに伝えておこう」

「はっ?」

 男の返事にトモナリは驚いてしまった。

「今すぐ行けばまだ助けられる可能性が高いんですよ!」

「それはそうかもしれないが我々の仕事は海水浴場の保全だ。海水浴のお客の保護、モンスターの討伐でゲートの攻略は契約に含まれていない」

「そんなこと……」

「我々はリスクを冒さない。ゲートの攻略を意図した備えもしていない。すでに通報はなされているから他のギルドがすぐに攻略してくれるだろう」

「ふざけんなよ!」

 トモナリが男に掴みかかる。

「トモナリ君!」

「何をしてるんだ!」

 そこにマコトとコウが駆けつける。

「こんなに人がいるだろ! マーマンならそんなに強い魔物じゃない! 時間がかかるほどにさらわれた人が助かる可能性は低くなるんだ!」

「そんなこと理解している。ただ義務も責任も我々にはない。君は現実を見るんだ」

「現実だと……目の前に助けられる人がいる! それが現実だ!」

「どうしても助けたいなら君が行くといい。我々はゲートを攻略するつもりはないから好きにしても構わない」

「こいつ……」

「トモナリ君ダメだよ!」

「暴力はいけない!」

 冷たく言い放つ男にトモナリはカッとなる。
 マコトとコウがトモナリのことを押さえて引きずるようにしてその場を離れる。

「三人とも、何があったの?」

「あのクソ野郎!」

 一般人の避難誘導もギルドに任せた。
 トモナリたちが来ないのでミズキたちも戻ってきていてトモナリが掴みかかっているところを見ていたのである。

 珍しく怒ったような表情を浮かべるトモナリをミズキは心配そうな顔で見ている。

「実は……」

「何それ!」

「ひどい」

「契約にないからってそんな話あるかよ……」

 怒りがおさまらないトモナリの代わりにコウが状況を説明する。
 モンスターに人がさらわれたのだけどミネルアギルドはゲートの中には助けに行くつもりがない。

 そのことでトモナリと揉めていたのだと説明するとミズキたちも不快感をあらわにした。

「どうするつもりなんだ?」

「……俺一人でも行く」

「トモナリ君……」

「まだ生きてるんだ。助けられる。見捨てられるかよ!」

 回帰前助けられない人がたくさんいた。
 どうしても助けることが無理な人はいた。

 だが戦いも激しさを増すとリスクが伴うという理由で多くの人が見捨てられ犠牲になっていった。
 全ての人を救うことなんてできない。

 そんなことはトモナリにも分かっている。
 けれど今は手を伸ばせばさらわれた人たちは助けられる可能性が高いのだ。

 無視して避難などしていられない。

「僕も行くよ」

「僕も!」

「コウ……マコト……」

「一人でなんて行かせられない。僕たちだって強くなったんだ。トモナリ君の足手まといにはならないよ」

「僕だって!」

 コウとマコトもトモナリがゲートに行くならついていくつもりだった。
 ここまでコウとマコトだってトモナリとトレーニングをしてゲートでレベルを上げてきた。

 二人も同レベル帯の覚醒者と比べると強い方であるとトモナリも自信を持って言える。

「……俺もいく!」

「ユウト?」

「武器ないから……素手になるけど友達が行くのに黙って見てられっかよ!」

「私も行くよ!」

「私も」

「ミズキにサーシャも」

「せめて武器ぐらい欲しいけどやってやるんだから!」

「ユウト盾にする」

「やめぃ!」

 ユウトを始めとしてミズキとサーシャもトモナリと一緒に行くつもりである。
「ユウトを盾にしなくてもいい方法か……」

「えっ、俺盾になること決まってんの?」

 トモナリはミネルアギルドの方を見た。
 ミネルアギルドはゲートに入る様子はなくただ周りを封鎖してモンスターの警戒のみを行なっている。

「トモナリ?」

 トモナリがおもむろにミネルアギルドの方に歩き出した。

「また君か……何の用だ? 我々はゲートを攻略しない」

 ミネルアギルドの責任者の男は近づいてくるトモナリを見て顔をしかめた。
 また何かの苦情を言いに来たのかとため息を漏らす。

「そんなこと分かっている」

「ならなんだ?」

 もはや言葉遣いさえ乱雑なトモナリに良い顔などしない。
 邪魔をするなら排除することも考え始めている。

「武器を貸してください」

「……なんだと?」

「あなた方が人を助けに行かないのなら俺たちが行きます。だけど俺たち武器を持っていないので貸してください。どうせ使わないでしょうし予備の武器だってありますよね?」

 トモナリはミネルアギルドに武器を借りようと考えた。
 もうゲートから新しくモンスターは出てきていないし危機的な状況は乗り越えたと言ってもいい。

 そのうえでミネルアギルドが動かないのであればもう手に持っている武器などいらないはずだ。
 ユウトたちの三人の分ぐらいなら武器を貸してくれてもいいだろうと思った。

 メインの武器でなくとも大きなギルドなら予備で武器を備えていることも多い。

「何をするつもりだ?」

「俺たちでゲートの中に入ります」

「お前たちで?」

 責任者の男はトモナリの後方を見る。
 高校生ぐらいの男女数人とちんちくりんな生き物が一匹。

「……誰か、予備の装備品を持ってこい!」

 責任者の男が声をかけると近くにいた覚醒者がどこかに走っていく。

「装備も持たずにゲートに入るのは自殺行為だ。だから貸し出してやる。だがゲートに入るのに子供も大人もなく自己責任だ。我々ミネルアギルドにはなんの責任も生じない」

「構いません。武器だけ貸してくれるなら」

「ふん、行き過ぎた正義感は身を滅ぼすぞ」

「俺はあなたが臆病風に吹かれて生きようと何も言わないのでこちらについても何も言わないでください」

「一々鼻につく言い方をするな」

「どうして鼻につくか分かりますか?」

「なんだと?」

「……あなたがやろうとしないから俺の行動が鼻につくんですよ」

 正義感だろうが義務だろうがなんだっていい。
 ゲートに入って人を救おうという気持ちがあればトモナリがこんなことを言うことはないし、鼻につくなんて苛立ち方ではなく普通に怒りを覚えるだろう。

 やろうとしないからトモナリのことが鼻につくのだ。
 自分の行動が契約にないからやらないのだと正当化しても道義的に正しくないことをどこかでは分かっているのだ。

「俺には妻も子もいるんだ。ここにいる連中にもだ。無茶はできない」

「さらわれた人にも家族はいるでしょう」

 なんと言おうと、たとえゲートからモンスターが溢れ続けて助けにいけなかったとしても見捨てたという事実に変わりはない。

「お前たちにも家族はいるだろう」

「そうですね。だから俺たちは死ぬつもりなんてありません。さらわれた人を助け出し、生きて帰ります」

 ーーーーー

「防具まで貸してくれるなんてな」

 ミネルアギルドが貸してくれた装備の中には防具もあった。
 壊したり無くしたら弁償してもらうなどと言われているが防具まで貸してくれるあたり多少の負い目のようなものを感じているのではないかと思う。

『ダンジョン階数:一階
 ダンジョン難易度:Eクラス
 最大入場数:100人
 入場条件:レベル5以上
 攻略条件:ダンジョンボスを倒せ』

「とりあえず入れそうだな」

 ゲートに近づいてゲート情報を確認する。
 意気揚々と武器を貸してくれなんて言ったのにゲートに入れないなんて恥ずかしいことにならずには済んだ。

 レベル5以上の入場制限ならばほとんど制限がないのと同じである。
 入場数も多く設定されていてゲートそのものとしては攻略しやすい方といえる。

「ただ難易度はEか……」

 ダンジョン難易度の判断は難しいところがある。
 一般に難易度がEクラスならば適正レベルは21から40ほどになると言われている。

 ただ適正レベルだって21と40では大きく違うし、レベルによる能力差も個々人によってバラバラである。
 だからEクラスであることだけでゲートを判断することはできないのである。

 それでも適正レベルだけで考えるとトモナリたちのレベルは足りていない状況なのである。

「大丈夫か?」

 ヒカリがトモナリの頬に顔をつける。
 真剣な目をしてゲートの情報を眺めるトモナリのことが気になったのだ。

「いや、俺たちなら大丈夫そうかなって思ってな」

 トモナリはフッと笑うとヒカリの頭を撫でる。
 仮にレベル40に近い難易度だとしてもみんなとなら大丈夫だろうとトモナリは思った。

「装備は身につけたか?」

 借りた装備なので馴染んだものと違う。
 体のサイズにも合わせたものでもない。

 少しばかり苦戦しながらみんな防具を身につけていた。
「ああ、大丈夫だよ」

「武器さえありゃいけるのに防具まであんだ、いけるぜ!」

 みんなの表情に不安そうなところはない。
 いつも戦ってきたみんなならば、トモナリと一緒ならば乗り越えられると信じている。

「よし入るぞ」

「そのまま入って大丈夫なのかい?」

 トモナリがゲートに入っていこうとするのでコウが慌てる。
 ゲートはただ入って攻略すればいいというものではない。

 中に入って攻略し始める前にもやるべきことはある。
 ゲート周辺の安全確保や攻略のための情報収集など事前にしておくべきなのだ。

 安全確保はなされているのでまずゲート内の状況を把握する必要がある。
 ゲート周辺にモンスターが出ることは少ないが時に覚醒者を追いかけて近くにいたり、ブレイキングゲートの場合出ようとしているモンスターがいる場合もある。

 心配はモンスターだけではない最も大きな懸念事項はゲート内の環境だ。
 ゲートの中が草原や森であることも多いのだが、稀に過酷な環境が広がっていることがある。

 出てすぐ水の上だったとか毒の沼が広がっている、耐え難いほどに気温が高い、低いなど普通に活動することが困難な場合や死に至る環境なこともあり得るのである。
 そのために今はドローンで中を確認する。

 ゲートの外からドローンを操作することはできないが、中に入って様子を撮影してすぐに出てくるぐらいのことはできる。
 昔は死に番などといって最初に中を確認する役割を交代で行なっていたが、今は無駄に危険を冒す必要はほとんどないのである。

 ただトモナリたちはそんなドローンなど持っていない。
 中の様子が分からないのにみんなで入って危険な場所だったら全滅してしまうかもしれない。

「大丈夫だよ」

「えっ?」

 コウの心配はもっともなことである。
 でもトモナリがみんなをそんな初歩的な危険に晒すはずがない。

「中は安全だ」

「どうしてそんなこと……」

「俺にはもう一つ目があるんだよ」

 トモナリは冗談めかして笑う。

「信じて入ってこいよ」

「いくのだぁ!」

「あっ、トモナリ君……」

 そのままトモナリはヒカリを抱えてゲートの中に入っていく。

「トモナリがああ言うなら大丈夫だって」

「よし、いこー!」

 まだ少し疑いを持っているコウの肩に手を乗せて笑ったユウトがトモナリの後に続いてゲートに入る。
 ミズキも何も疑っていないように続く。

「コウ、行こ」

「工藤さん……」

「コウ君、きっと大丈夫だよ。だってトモナリ君だから」

「マコト君まで……まあ、でもそうか」

 サーシャとマコトもゲートに入る。
 コウは思わず笑ってしまった。

 トモナリが大丈夫というとみんなそれだけで大丈夫だと思ってしまう。
 そしてコウも迷いながらも心のどこかでなんだかんだ大丈夫なんだろうと思っているところがある。

「僕はもっと慎重派なはずなんだけどな」

 トモナリが攻略するというのならできるのだろうし、トモナリが大丈夫というのならきっと入っても大丈夫。
 コウは頭を掻きながらゲートへと足を進めた。

「……本当に入っていきましたよ」

 離れて見ていたミネルアギルドの覚醒者が責任者の男に声をかける。

「事前調査すらしない……正義感に駆られた素人集団だな」

「いいんですか? 帰ってこなかったり怪我でもしたら……」

「ゲートの攻略は自己責任だ。何を言われても俺たちは止めたと言えばいい」

「それに人を助けて出てきたら……」

「あんな連中にそんなことできるはずないだろう」

 責任者の男は鼻で笑う。

「ケツの青いガキが……正義感で命を投げ出すとはな」

 ーーーーー

「大丈夫だったろ?」

「もちろん信じてたさ」

 ゲートの中は浜辺になっていた。
 波が穏やかに打ちつける白い砂浜でゲートの外の海よりもいい海岸だった。

 ゲートは海の上でなく砂浜の上にあって無事に降り立つことができている。

「主よ!」

「あっ! さっきの赤いヒカリさん!」

 周りの確認をしているとルビウスが飛んできた。
 ゲートが現れて人がさらわれているのを見た時ルビウスを中に送り込んだ。

 その時にマコトはチラリとルビウスの姿を見たが、みんなの前で実体化するのは初めてであるのでみんなルビウスを見て驚いている。

「えっ……えっ!?」

 ミズキはヒカリとルビウスを交互に見ている。
 ヒカリが黒ならルビウスは赤。

 寮でご飯を食べる時にはルビウスも召喚して食べるために割とルビウスの姿を見ているトモナリにはなんとなく色以外の違いも分かるけれど、初見で見た時には色以外の違いは分かりにくいだろう。

「見るな」

「うぎゃう! 目がああああっ!」

 まじまじと見るものだからルビウスがミズキの目を突いた。
 相変わらずトモナリ以外の人には厳しい。

「この子は一体……ヒカリ君の分身?」

「こいつはルビウスっていうんだ。俺が契約しているもう一体のドラゴンだ」

「ええええー! おま……二体目のドラゴンかよ!」

 流石にみんな驚きを隠せない。

「二体目のドラゴンっていうと少し違うんだけど……まあ複雑だからそれでもいいか」

 ルビウスは剣に宿った存在である。
 何かと聞かれると精霊みたいなものであるのでドラゴンの精霊とでもいうべきか。

 普通のドラゴンとは少し異なった存在ではあるのでドラゴンと契約したと言えるのかは正直分からない。

ラスボスドラゴンを育てて世界を救います!〜世界の終わりに聞いたのは寂しがり屋の邪竜の声でした

を読み込んでいます