ラスボスドラゴンを育てて世界を救います!〜世界の終わりに聞いたのは寂しがり屋の邪竜の声でした

「宮野佑介と申します。この度は十番目の試練ゲート攻略おめでとうございます」

「ありがとうございます。かの有名な宮野佑介さんにお会いできて光栄です」

 検査も終わってレイジ以外は問題なしということで病院を離れてホテルに移動した。
 レイジは大事をとって入院となり、他のみんなはホテルに泊まることになった。

 終末教の襲撃にあったためにホテルの階を丸々一つ貸切にして覚醒者協会が護衛についてくれて、皆思い思いに部屋で休んでいた。
 そんな中でトモナリはホテルにある貸会議室に来ていた。

 そこにいたのはマサヨシと数名の覚醒者協会の人だった。
 トモナリが以前に会ったシノザキもいた。

 一人の男性が立ち上がってトモナリに手を差し出してきたのでトモナリは応えて握手を交わす。
 トモナリが握手をしたのは宮野佑介という人で正義の侍なんて呼ばれる高レベル覚醒者だった。

 覚醒者の強さをランクで分けた覚醒者ランクではS級で、覚醒者の強さをランキング付けした覚醒者ランキングでも名前が出てくる強者である。
 もちろんトモナリもミヤノのことは知っている。

 回帰前も人類のためにかなり後期まで戦い抜いていた人だった。

「アイゼンさんの言う通りになりましたね」

 トモナリが席につき、口を開いたのはシノザキだった。
 ヒカリはトモナリの膝の上に座って抱えられている。

「試練ゲートの攻略に……終末教の襲撃。全てアイゼンさんが事前に言ったようにことが進みました。残念ながら終末教の幹部は逃がしてしまいましたが……」

 トモナリは終末教の襲撃も分かっていた。
 未来なんて見れるわけがない。

 それなのに分かっていたのは回帰前でも同じようなことがあったからだ。
 レベルが低い状態でNo.10に入ると能力値が二倍になるということがわかって各国で争うようにNo.10を攻略し始めた。

 一度出てしまうと能力値が元に戻ってしまい二回目以降は能力値倍化の恩恵が受けられないことやレベル一桁だと攻略経験が浅くて攻略に失敗してしまったなんてことがありながらも最終的に攻略に成功したのは日本の攻略隊だった。
 喜ばしい出来事なのだが世の中に広まったニュースは悲しいものであったのだ。

 ニュースの見出しはNo.10の攻略隊壊滅。
 攻略を終えて出てきた覚醒者たちを終末教が襲撃し、ほとんどの人が倒されてしまったというものだった。

 No.10を攻略するような覚醒者は将来有望なので今のうちに潰しておこうということなのだ。
 今回も同じことが起こると思っていた。

 だからトモナリは最初から覚醒者協会を巻き込んだのである。
 No.10の攻略だけならマサヨシを説得することはできた。

 しかし終末教の対応までなるとアカデミーの人員だけで足りるか怪しいところだった。
 そこで覚醒者協会にも終末教に襲われる可能性があると話をして覚醒者を待機させてもらっていた。

 ゲート前に人を多く配置して未然に襲撃を防いでしまうと後々襲われる可能性がある。
 終末教を捕まえたり、終末教という存在の怖さを分からせるために戦う必要もあったので覚醒者協会には離れて待機してもらっていたのだ。

「十番目の試練ゲートを攻略し、終末教の襲撃からも無事でいられたのはアイゼンさんのおかげです。覚醒者協会を代表してお礼申し上げます」

「うまくいってよかったです」

「つきましてはアイゼンさんのパートナーであるヒカリさんに未来予知の力があると覚醒者協会は認定いたします。よろしければ今後未来を見た時にネットではなくぜひうちにうちにご連絡ください。それによって事故などを防げましたら報奨金もお支払いします」

「もちろんです」

 全てはトモナリの計画通りだった。
 ネットに未来の情報を書き込んだことから始まり、覚醒者協会に見つかりNo.10を攻略、終末教の襲撃を乗り切り、トモナリの名声を高めて未来視に一定の信頼を持たせた。

 最初から計画していたことだった。
 細かくはその時その時で修正しながら行動していたがおおよそ計画通りにことは進んだ。

 全ての事件を防ぐなんて無理である。
 ましてトモナリ一人の力ではほとんどのことに手が届かない。

 だが未来視という形で警告を促せば防げる事件もある。
 試練ゲートを攻略するだけじゃない。

 一般のゲートや覚醒者による事件など世の中には多くの出来事があった。
 その中で一人でも救うことができるのなら行動はすべきである。

「しばらくは周りが騒がしくなることもあるかもしれません。何ありましたら覚醒者協会にご連絡ください」

 これで今後覚醒者協会という大きな組織に影響を及ぼすことが可能となった。

「ヒカリさんもありがとうございます」

「うむ、頑張ったんだぞ」

 膝の上に乗るヒカリもえっへんと胸を張る。

「……君はこの先の進路は決まっているのかい?」

 ミヤノは落ち着いた様子のトモナリに感心していた。
 自分が高校生ぐらいの時は不真面目な生徒ではなかったにしろここまで大人びていなかったと思う。

「いえ、まだ正確なことは何も」

「行きたいギルドや声をかけてきているところは?」

「まだ何も考えていませんしお声をかけていただいたこともありません」

 トモナリほどの能力値ならどうにかして声をかけてくるギルドや企業もあるかもしれない。
 しかし今のところは何もない。

 それはマサヨシが全てシャットアウトしているからだった。
 せいぜい課外活動部の先輩であるカエデのオウルグループに目をつけられている可能性がありそうだというぐらいである。

「大和ギルドに興味はないか?」

 ミヤノは今覚醒者協会側の人としてここにいるけれど、本来は覚醒者協会の人ではなかった。
 覚醒者協会と連携している大和ギルドという大きなギルドのリーダーである人だった。

「ミヤノさん、このような場で声をかけるのはやめていただきたい」

「……おっと、申し訳ありません」

 マサヨシが目を細めてミヤノを止める。
 流石に関係のない場でトモナリに誘いをかけるのは色々とマナー違反である。

「まあ候補の一つに考えておいてくれ。僕は大歓迎だ」

「……ありがとうございます」

 未来においても活躍すること間違いなしのミヤノのところなら悪くはなさそうだとトモナリは思う。
 だが今すぐ答えを出す必要もない。

「これは僕の連絡先だ。困ったことがあれば僕も動くよ」

 ミヤノはトモナリの前に名刺を置いてウィンクする。
 意外な人と意外な関係が築けた。

 これは儲け物だなとトモナリは思ったのだった。
「おかえりなさい」

「えっ、母さん?」

「ゆかり、帰ってきたぞ!」

「二人とも元気そうね」

 全てが終わってようやく本当に夏休みに入った。
 No.10ゲートの攻略なんて数日の出来事なのに長かったと思える。

 一応多少の遠出とはなったのでお土産を片手にトモナリは家に帰ってきた。
 鍵を開けて中に入るとトモナリの母であるゆかりが顔を出した。

 そしてトモナリとヒカリのことをギュッと抱きしめた。
 トモナリは驚いた。

 今日は平日でありゆかりは本来仕事でいないはずだった。

「どうして……」

「あなたたちが帰ってくるって聞いたから休みを取ったのよ」

 いきなり帰るなんてことはしないで事前に帰る連絡は入れていた。
 だからゆかりはトモナリとヒカリを迎えるために休みを取って待っていたのである。

「そっか……」

 やられたなとトモナリは思った。
 ゆかりは仕事でいないから先に帰って何かご飯でも作って待っていようと考えていたのに逆に驚かされてしまった。

「ただいま」

「おかえりなさい」

 トモナリは照れたように笑いながらゆかりを抱きしめ返した。
 守りたい温もりがここにはあった。

「ただいまだぞ、ゆかり」

「ヒカリちゃんもおかえり」

 ヒカリもギューッとゆかりを抱きしめる。
 あまり他の人に触られることは好きではないヒカリもゆかりには心を許していてぶんぶんと尻尾を振っている。

「それにしてもトモナリ!」

「な、なに?」

 優しかったゆかりの表情が急に険しいものになった。

「あなたまた危ないことしたわね?」

「えっ……」

「試練ゲートだったかしら? あなたでしょ?」

「な、なんでそれを……」

 No.10攻略の事実は公表されている。
 色々なところで話題となっているけれど攻略したのは鬼頭アカデミーの学生ということまでしか開示されていなかった。

 マサヨシがトモナリたちが面倒なことに巻き込まれないように配慮したからだった。
 そしてトモナリはゆかりにNo.10に挑むことを伝えていなかった。

 言ってしまうと心配をかけるし、下手すると止められてしまうかもしれなかったからだ。
 言ってもないし公表もされていない以上トモナリだとバレることはないはずである。

「これよ」

 リビングにあるテーブルの上に雑誌が置いてあった。
 ゆかりはあまりそうしたものを買わないので珍しいなとトモナリは思った。

「見なさい」

「げっ……」

 いわゆるゴシップ誌というやつでゆかりは折り目をつけてあったページを開いた。
 ページの見出しには“本当のNo.10攻略のメンバーはいかに!”と書いてある。

 ページの上半分には写真が載っていてそこには課外活動部の生徒たちが写っている。

「これって……」

 トモナリが写真をよく見てみる。
 写真には課外活動部の生徒だけじゃなく覚醒者協会の覚醒者たちも写っている。

 宿泊するホテルに入るところに入るところのようで、やや遠く顔はぼけ気味だった。
 正直トモナリもトモナリだと断定するのは難しいけれど、トモナリにはヒカリという大きな特徴がある。

 流石に多少ボケていてもヒカリはヒカリだと丸わかりだ。
 さらに記事を読み進めるとNo.10を攻略したのは鬼頭アカデミーの一、二年生の可能性が高いとまで書かれている。

 夏休みに帰るのが遅れたのは部活のためだとゆかりには説明してあるが、写真のヒカリと夏休みに入ったのに帰るのが遅れたこと、記事の内容やなんかを考えるとトモナリが関わったことは推測できてしまう。

「あなたが関わってるんでしょう?」

「……はい」

 情報を言わないということはするけれど嘘までついて誤魔化したりはしない。
 トモナリは素直に頷いて肯定する。

「…………怪我はなかったの?」

 怒られるかもしれない。
 そう思っていたけれどゆかりは心配そうな目をしてトモナリの身を案じた。

「怪我はなかったよ」

 ただゲートの中ではという言葉は言わない。
 外に出た時に襲われて怪我はしたけれどわざわざそんなことを言う必要はなかった。

「あなたが無事ならいいの。覚醒者が危ないことなのも、試練ゲートっていうものをやらなきゃいけないも分かっているわ。だから止めない。……でも無事でいて。またこうして顔を見せてほしい」

 ゆかりはトモナリの頬に触れて微笑んだ。

「分かってるよ母さん」

 トモナリはゆかりの手を自分の手でそっと包み込む。
 ゆかりはトモナリがやろうとしていることに一定の理解を示してくれる。

 きっと止めたいだろうに、やめてほしいと言いたいだろうにトモナリを信頼して見守ると決めてくれているのだ。

「みんなを、母さんを守るためなんだ。怪我をしないとは言えない。でも絶対に生きて帰ってくる。何がなんでも生き抜いてみせるから」

「まかせろ、ゆかり。僕がトモナリを守るから」

「……きっと二人なら大丈夫ね」

 自信満々のヒカリを見てゆかりは微笑みを浮かべる。

「またきっとこうしておかえりって帰ってくるよ」

「じゃあただいまって迎えるわね」

 帰るところがある。
 ただの場所ではなく、心から迎えてくれる存在がいる。

 この笑顔を今度こそ守るのだ。
 No.10もそのための第一歩に過ぎないのである。

 ーーー第二章完結ーーー
「ごめんね、母さん」

「いいのよ。あなたのお友達でしょ?」

 夏休みの計画でミズキの家に泊まることが決まった。
 日程としては地元でやっている夏祭りをメインに据えてみんなの予定も調整して決めた。

 一つだけ問題があった。
 それはみんなが来ることになっていた初日だけミズキの家に泊まれないのである。

 ミズキの家は道場であり、意外と多く人が門下生として通っている。
 その中には覚醒者もいるし一般の人もいる。

 今回一般人向けの大会があってテッサイたちはそちらの方に遠征していた。
 本来ならみんなが来る前に帰ってくる予定なのだったが大会会場近くでゲートが発生して日程が変更となった。

 高校生とはいえ道場でもある家に保護者のいない状態で泊まるのはどうだろうということになった。
 そこで白羽の矢が立ったのがトモナリの家である。

 多少スケジュールはずれ込んだけれど初日さえ乗り切ればテッサイたちも帰ってくる。
 みんなの方も日程を調整していて移動方法も押さえてあった。

 数日泊まるにはちょっと手狭でゆかりの負担になってしまうけれど、一日泊まるだけならどうだろうとみんなに聞かれたので仕方なくゆかりに尋ねた。
 いきなりのことであるのにゆかりはむしろ嬉しそうにした。

 中学校ではイジメ、最終的には暴行にまで発展してトモナリはほとんど不登校になってしまった。
 高校である鬼頭アカデミーではどうだろうかと心配していたのに一年の夏休みでお友達を家にまで連れてくるなんて嬉しくないはずがない。

 一日と言わずもっと泊まっていけばいいとすらゆかりは言ってくれた。
 みんなが来る日になってトモナリとゆかりは忙しくしていた。

 みんなの分の布団なんてないのでレンタルで借りてきて用意して、今のうちから夜ご飯も仕込んでおく。
 大変だけどゆかりは楽しそうにしている。

「マクラ運んだぞ」

 ヒカリも準備の手伝いをしてくれている。
 トモナリが布団を玄関から各部屋に運び込む間にヒカリは枕を運んでくれていた。

「ん? ああ、もう着いたのか」

 スマホが振動して布団を置いたトモナリはポケットからスマホを取り出して確認する。
 SNSで連絡が来ていた。

「母さん、みんなのこと迎えに行ってくるから」

「いってらっしゃい」

 トモナリはヒカリを連れて家を出た。

「あっつ……」

 外に出たトモナリは手で太陽から顔を隠す。
 たとえモンスターが出ようと、ゲートが増えようとも太陽の日差しは変わらない。

 世界が終わりに近づくと大地が荒れ、世界に溢れた魔力の影響で砂塵が常に飛んでいて空はうっすらと曇っていて十分な日の光が浴びられなくなった。
 その時には恋焦がれるぐらいに欲していたのに今はまだ暑くて煩わしい。

 そう感じられるのも平和だからである。

「暑いのだぁ〜」

 流石のヒカリも暑さに舌を出している。
 それでもトモナリと引っ付くことはやめない。
 
 トモナリも歩いているだけで汗が出てくる。

「はぁ……」

「のぉ!? 涼しいのだ!」

 トモナリが指を振ると急に冷たくて涼しい風が吹いてきた。
 ヒカリが目を細めて気持ちよさそうに浴びているそれは自然のものではなく、トモナリが魔法で発生させたものだった。

 氷や炎の魔法の応用で周りの熱を奪い、自分たちに向けて空気を動かして風を吹かせているのだ。
 トモナリは魔法職ではない。

 ドラゴンナイトの正確な分類は分からない以上断定もできないのだがトモナリは接近戦闘職だと思っている。
 だがどのような職業であれ魔法は使うことができる。

 魔法職だと魔法に関するスキルが得られやすかったり能力値の魔力が伸びやすくて魔法を扱いやすいというだけの話である。
 一般的な戦闘職なら魔法を覚えて戦闘で使うより自己強化やスキルの発動に使った方が効率がいいので使わないし、練習もしないことの方が多い。

 ただトモナリは魔力が高い。
 元々他の能力値と同じくらいの高さがあってレベルアップによる伸びも他の能力値と変わらない。

 さらには今は霊薬によって魔力の値もちょっと伸びている。
 基本は剣を振ったり体を鍛えているトモナリだが魔法の練習も少しだけしていた。

「どうだ?」

「気持ちいいのだ〜」

 ヒカリはトモナリが出してくれる冷風に尻尾を振っている。
 これなら暑くないからとトモナリの頬に自分の頬をくっつける。

 練習量は圧倒的に足りないので賢者であるコウどころか一般的な魔法職の子にも魔法の技量では敵わない。
 けれども便利な使い方ぐらいはできるのだ。

「おいおい、せっかく涼しくしたのに……まあいいか」

 ピタリとくっついてはまた暑くなってしまうとトモナリは思ったのだけど意外とウロコはヒンヤリとしている。
 ヒカリも嬉しそうだしトモナリは小さくため息をつきながらヒカリの好きにさせることにした。

「あっ、トモナリー!」

 バスで来たり高くても飛行機使ったりなんて人もいる。
 みんなバラバラでは家に来るのも大変なので一カ所に集まってからトモナリの家に向かうことになっていた。

 集まる場所は町にある大きな駅で先にトモナリのことを見つけたユウトが手を振っていた。
 ヒカリを連れているトモナリは遠目からでも目立つのだ。
「ユウト、久しぶりだな!」

「ヒカリも元気そうだな」

 ヒカリとユウトがハイタッチで挨拶を交わす。

「はい、ヒカリちゃんお土産」

「ぬおー! ありがとうなのだ!」

 サーシャがヒカリにお菓子の箱を渡す。
 いつだかテレビで見た地方の銘菓でヒカリは食べたがっていた。

 たまたまその話を聞いたサーシャは銘菓が売っているのがサーシャの家がある地域だったので買ってきてくれたようだ。
 銘菓の箱を抱きかかえるように持ってヒカリは尻尾を振っている。

「んじゃ行こうか」

 ジリつくような太陽の下で話しているとそれだけでも体力が奪われる。
 挨拶など後でいくらでもできる。

 さっさと歩き始めてしまう。

「ほんと暑いですよね」

 キャリーバッグを引っ張るマコトはパタパタと手で顔に風を送る。
 そんなことでは少しも良くならないけれど気分はマシになる。

「……なんだかトモナリ君は涼しい顔してるね?」

 覚醒者といえど暑いものは暑い。
 みんなが暑さにやられる中でトモナリが平然としていることにミズキが気づいた。

「なんでも……」

「トモナリのそばにいると涼しいのだぁ〜」

 バレるとめんどくさそう。
 そう思ったトモナリは誤魔化してしまおうと思ったのだけどトモナリに抱きかかえられたヒカリがさらりと秘密を漏らしてしまう。

「……ほんとだ」

「サーシャ?」

「あれ? なんでですかね?」

「マコトまで……」

 ヒカリはウソなんて言わない。
 トモナリのそばだと涼しいと聞いたサーシャとマコトがトモナリにくっつくように近づく。

 確かにトモナリの周りの空気が涼しいと二人とも気づいた。

「えー! なんで?」

「……魔法の応用だよ」

「魔法……なるほどね」

 コウが手を伸ばしてトモナリの周りの涼しい空気を確かめる。
 トモナリがやっていることをなんとなく理解して自分にもできないかと試す。

「あっ、できた」

「さすがだな」

 特別な技術というわけではないものの空気から熱を奪ってそれを循環させるように風を生み出すのは多少のコントロールがいる。
 下手くそが力任せにこんなことしようとすると自分の周りだけ氷点下になるなんてこともあり得ない話ではないのだ。

「モテモテだな」

「暑苦しいだけだよ。代わるか?」

「いらねーよ」

 ユウトはヒラヒラと手を振る。
 今他の人にひっつかれたら倒れてしまいそうだ。

「二人はいつまでくっついてんの?」

「僕……魔法使えないですし」

「私も」

 コウは魔法職、しかもその中でも希少な賢者である。
 対してみんなは接近戦闘職でありトモナリのように魔力は高くないし魔法の練習もしていない。

「ちょっとぐらい魔法の練習もしとけばよかったですかね?」

「そんなことに時間割くならトレーニングした方がいい」

 トモナリは魔力の値も高いから魔法にも適性があるのだろうと魔法も少しやっている。
 しかし魔法に適性がないのに魔法を練習するぐらいならトレーニングをして能力値を上げた方がはるかにマシである。

「もうちょっと広くならない?」

「人をクーラー扱いすんなよ、ほら」

「なんだかんだ優しい」

「くっつかれるのが嫌なだけだ」

 サーシャのお願いを受けてトモナリが自分の周りの涼しいゾーンを広げる。
 文句言いながらもトモナリが涼しいところを広げてくれてサーシャはニコリと笑顔を浮かべる。

 最初の頃は表情に乏しい感じのサーシャであったが仲良くなるにつれて少しずつ分かりやすく顔に出るようになってきた。
 ともかくこれでようやくサーシャとマコトはトモナリから離れた。

「トモナリ君……すごいな」

 トモナリはさらりと涼しいところを広げているが自分から離れるほどに魔法というのはコントロールが難しくなる。
 範囲を広げると一口に言っても言うほど簡単なことでもないのだ。

「ずーるーいー!」

「ならお前も近く来いよ」

「近くって……」

 左右はサーシャとマコトに取られている。
 となると前か後ろになるけれど横にいるぐらいの距離感で前後にいるのはなかなかハードルが高い。

「絵面すごいことにならない……?」

「……確かにな」

 前後どちらにしてもかなり奇妙な感じになるし炎天下の中でトモナリを中心として集まるという不思議な光景になってしまう。
 さらにはマコトも見ようによっては女の子に見えなくもないのでミズキが加わるとかなり凄まじい光景になってしまう。

「……タオルかなんかはあるか?」

「汗拭くハンカチなら……」

「ほらよ。ハンカチに包んで額にでも当てとけ」

 トモナリは魔法で氷を作り出してミズキに投げる。

「ちべた!」

「少しは違うだろうさ」

「……ありがと。んー、少しはいいかな」

 魔力によって作られた氷は溶けると魔力に戻る。
 なので濡れる心配もない。

 ミズキはトモナリから受け取った氷を笑顔でハンカチに包んで額に当てる。
 じんわりとした冷たさが気持ちいい。

「なな、俺にもくれよ」

「分かったよ。ほら」

 物欲しそうな顔をしているユウトにも氷を作って渡してやる。

「おー! 冷たくていいな!」

 ユウトは直に氷を持って首に当てている。
 魔法の氷なので濡れる心配はないが直だとすぐに冷たくて持っていられなくなってしまう。

「ひょっ……つめて……」

「なんかで包んでやれよ」

 熱が取れる前に氷を持つ手が冷たくなる。
 ユウトは氷を左右の手に持ち替えながら顔なんかに当ててなんとか暑さを凌ごうとしていたのだった。

 ーーーーー
「悪かったな、買い物付き合わせて」

「いいって、泊まるのに必要なもんだろ?」

 駅で合流してすぐに家ではなかった。
 ちゃんと準備していたつもりでも意外と見落としがあって必要なものがいくつかあった。

 なので駅から家までの途中にあるスーパーに寄って買い物をして、それから家に向かったのである。

「ただいま、母さん」

「ただいまなのだぁ〜」

「あら、おかえり」

「お邪魔しまーす」

「いらっしゃい」

 家に帰るとゆかりが出迎えてくれる。
 ミズキたちトモナリの友達を見てゆかりが嬉しそうな顔をする。

 嘘だと疑っていたわけではないがトモナリが本当に友達を連れてきて安心と嬉しさがあった。

「みんな礼儀正しくて良い子そうじゃない」

 流石に高校生なのでしっかりとしている。
 泊まるわけでもあるしゆかりにちゃんと挨拶するのは当然である。

「これ、お世話になるので」

「あら、別によかったのに」

 コウが手土産をゆかりに渡す。

「用意がいいな」

「姉さんが持ってけって」

 “アイゼンさんのお宅にお世話になる? なら絶対持っていきなさい”
 そんなことを言われてコウは手土産を持参していた。

 高校生にしちゃ出来すぎた心遣いだと思っていたが秘書を務めるようなミクのアドバイスがあったなら納得である。

「へぇ、綺麗にしてんじゃん」

 男子勢はトモナリの部屋に案内する。
 狭い部屋だと思ったことは一度たりともないけれど高校生四人も集まれば流石に手狭にも感じる。

「おい、何してんだ?」

「いや、秘蔵の本でもないかなって思って」

「あるわけねーだろ」

 部屋の隅に荷物を置いたユウトが本棚の本の後ろを覗き込んでいた。
 もちろんそんなところに秘密のものを隠すはずがないし秘蔵の本なんてものはない。

「こういうのはベッド下だって聞いたこともあるよ」

 コウがドヤ顔で知識を披露する。

「そこにもないよ。というかそこにもじゃなくてないよ」

「つまんねーなぁー」

「家から追い出すぞ、お前」

「んだよ、こういうの定番だろ?」

「今時エロ本隠してるやつなんかいないって」

「なになに、トモナリ君エロ本隠してるの?」

「違うって!」

 別の部屋に荷物を置いてミズキとサーシャもトモナリの部屋にやってきた。
 二人増えるともう部屋は結構狭い。

「よいしょっと」

 ミズキは遠慮もなくトモナリのベッドに腰掛ける。

「んーもう布団敷いちまおうぜ」

「……そうだな」

 夜までまだ時間はある。
 みんなでだべりながら過ごそうと思っていたけれどベッドにみんな腰掛けることはできない。

 リビングはキッチンと繋がっていてゆかりがせっせと夜ご飯の準備をしている。
 邪魔もできない。
 
 そうなると床に座ることになるのだけど直に床に座るなら布団でも敷いてしまおうとユウトが提案した。
 どうせ寝る時には布団を敷くことになる。

 今から敷いていても問題はない。
 トモナリの部屋に泊まる三人分部屋いっぱいに布団を敷く。

 レンタルしてきたお布団はふかふかとして結構良いものであった。

「そう言えば一つ聞きたいんだけど」

「なんだ?」

 布団にかからない部屋の隅にテーブルを置いてそこにコップやら飲み物やらを用意した。
 スーパーで必要なもの以外にも色々と買い込んできていた。

「試練ゲート攻略したじゃない?」

「ああ、そうだな」

「能力値倍になってたけど出てみたら思ってたより能力値高かったんだよね」

 No.10をクリアしてトモナリたちはレベルが15にもなっていた。
 レベル9で試練ゲートに入ったわけだからかなりレベルとしては伸びた。

 同じ学年の子達と比べても高くなった。
 そしてゲートにいた時は能力値が倍になっていたから分かりにくかったけれど、ゲートを出て落ち着いて能力値を見たミズキは違和感に気づいた。

 自分の能力値が想像よりも高かったのである。
 上がったレベルから考えた時の能力値とズレがある。

 上振れすることはあるけれどもそれでもだいぶ違っていた。

「それはな、あのゲートで能力値倍の恩恵を受けている時にレベルアップすると倍の能力値がアップするんだ。それはゲートを出ても消えないんだ」

 オークと連戦だったためにレベルアップのたびに能力値を確認したりしなかった。
 細かく確認していると能力値が倍伸びていることや倍になった上で恩恵でさらに倍の能力値になっていることにも気づいただろう。

 結局ゲート攻略中はあまり確認をせず、ゲート攻略後は終末教のせいで慌ただしくなってしまった。

「だから一回のレベルアップでも能力値がいつもの倍伸びてたんだ」

「そうだったんだ」

「えっ、そうなのか!?」

 ユウトが慌てて自分のステータスを確認する。

「あっ、ホントだ!」

 ようやく自分の能力値が高めに伸びていることにユウトも気がついた。

「コウやサーシャは気づいてたようだな?」

「そうじゃないかなって思ってたよ」

「ミズキと同じく疑問だった」

 コウは能力値を見てゲートの恩恵でレベルアップで倍伸びていることに気づいていた。
 二階でもわざわざオークを倒して回ろうとトモナリが言っていたことも併せてレベルアップを狙っていたのだなと理解していた。

 一方で何も言わなかったサーシャの方は疑問には思っていたけれど、トモナリが何かしたのだろうとすんなりと受け入れていた。
「でもさ、トモナリってホント不思議だよな」

 布団の上で横になったユウトがトモナリを見る。

「何が不思議なんだよ?」

「んー、何でも知ってて堂々してるし強いしさ。なんつーかさ、人生二周目って感じ」

「あー分かる」

 コウがユウトの言葉に同意する。
 コウはアカデミーのテストにおいて学年三位の成績をおさめていた。

 出来は良かったし一番あるだろうと思っていたのにトモナリに一問差で負けてしまったのだ。
 トモナリのことを馬鹿だとは決して思っていない。

 しかしトモナリよりも勉強を頑張っているというちょっとした自負があったので負けた時には相当悔しかった。
 トモナリは回帰前にガリ勉タイプで回帰前の知識があるので勝てただけなのである。

 実際人生二周目感はあるとコウだけでなくみんなも思っていた。

「そりゃ二周目だからな」

 トモナリは少し笑って答える。

「そっか〜二周目か〜ってんなわけあるかよ!」

 それっぽいというだけで本気で二周目だなど思うはずもなくユウトがツッコむ。
 本当に本当のことを言っているのだけどなんと言葉を尽くしてもすんなりと信じてくれる人の方が珍しいだろう。

「トモナリって中学時代どんなんだったんだ? ミズキ、同じ学校だろ?」

「トモナリ君は……その……別のクラスだったし」

「でも入学前から知り合いっぽかったじゃん」

「それは……」

 急にミズキの言葉のキレが悪くなった。
 ユウトは悪気もなく首を傾げる。

「俺は中学の時いじめられてたんだ」

「えっ?」

「馬乗りになられてぶん殴られて……それで三年の時はあんま学校にも行ってないんだ」

「そ、壮絶だな。……あ、変なこと聞いてごめん」

 ユウトがバツの悪そうな顔をする。

「いいって。もう気にしちゃいない。今はこうして泊まりに来てくれる友達もいるしな」

「……チェ、ずるいことゆーよな」

「学校行ってない時に体鍛えたくてな。そこでミズキの家の道場に通ってたんだ」

「それで知り合いだったんですね」

「まあその前にもちょっとあったけどな」

「なに? なんか良い話?」

「ふふーん、僕がミズキを助けた話だな!」

 ヒカリがドーンと胸を張る。
 ちゃんと挨拶交わして互いを認識したのは道場での出会いであるけれど、その前に廃校でのゲート事件の時に顔は合わせている。

 トモナリが覚醒しに行った場にミズキも迷い込んでいた。
 トモナリとヒカリの機転のおかげでなんとか無事にミズキも逃げることができたのである。

 その時にミズキも覚醒していた。

「そんなことあったんだ」

「むぅ……恥ずかしい……」

 軽くトモナリがミズキとの出会いを話すとヒカリがスケルトンをちぎっては投げちぎっては投げの冒険譚に格上げする。
 ミズキとしては猫を追いかけて廃校に入った挙句トモナリとヒカリになんとか助けられた照れ臭いエピソードなのである。

「さすがヒカリちゃん」

「そうだろう!」

 あの時のヒカリならスケルトンにも負けるぐらいだっただろうとトモナリは思うのだけど自慢げなヒカリに水は差さないでおく。

「……と、そろそろだな」

 トモナリはベッドの近くにかけてある時計を見た。

「そろそろ?」

「ああ、風呂だよ」

「お風呂?」

「部屋に雑魚寝で泊まるのはいいけど流石にこの人数風呂に入るのは厳しいだろ。飯の前に近くの銭湯行こうぜ」

 泊まるだけなら床さえなんとかなる。
 しかしお風呂までとなると結構厳しいものがある。

 ただ夏の時期で家まで来るのにも汗をかいたりしていた。
 そこでトモナリは夕飯の前に銭湯に行こうと考えていたのである。

「確かに汗かいちゃったもんね」

 お風呂はどうするのだろうという疑問は確かにちょっとあったとミズキは思う。
 流石に人の家なので聞けなかったがみんなで銭湯というのもまた面白い。

「銭湯……行ったことない」

「僕もだ」

「近くにいいところがあるんだ。いこう」

「さんせー!」

 ーーーーー

「うおー! すげー!」

「ふふ、いっぱい食べてね」

 銭湯に行って帰ってきたらリビングに出してあった低いテーブルいっぱいに料理が並べられていた。
 いつもは椅子に座るダイニングテーブルを使っているのだけどみんなが座る椅子がないので床に座って食べられるようにしたのだ。

 ゆかりがトモナリの友達のためにと用意してくれた料理にユウトは目を輝かせる。

「ちょっと作りすぎちゃったかしら? 残してもいいからね」

「いえいえ! 全部食べますよ!」

 みんなでいそいそとテーブルを囲んで座る。

「んじゃ! いただきまーす!」

「「「いただきまーす」」」

 我慢しきれなくなったユウトがサッと唐揚げに手を伸ばす。

「うまぁ!」

「そうだろうそうだろう! ゆかりの料理は絶品なのだ!」

 ゆかりの料理が褒められたことになぜなのかヒカリがドヤ顔をしている。

「うん! 本当に美味しいです!」

「うわー、トモナリ君のお母さん料理上手なんだね!」

「ありがとう、みんな」

 特別だけど、特別なことはない家庭料理。
 みんなでワイワイと囲む食卓ではいつもよりも美味しく感じられる気がする。

「羨ましいなぁ。うちの母さん……あんまり料理得意じゃないんだよな」

「そうなのか?」

「昔から得意じゃないらしくて今は開き直っててでっかい冷凍庫にたくさん冷凍食品詰めてあるんだよ。冷凍食品も美味いんだけどさ……こうした家庭感ってやっぱちょっとちゃうじゃん?」

「ゼータク言うなよ」

「いわねぇさ。でも時々羨ましくなるなって話だよ。それにこんなこと言って母さん料理作られたら俺が危険になる」

「どんな料理作るんだよ……」

 ユウトの母親もユウトに似て明るい性格の人だと聞いている。
 まさか料理できない人だとは思わなかったけどこうした話が聞けるのも面白い。
 
「ありがとう、母さん」

「どういたしまして」

 トモナリが感謝の言葉を口にするとゆかりはにっこりと笑って答える。
 たまにはこうした時間も悪くないものだとトモナリも思ったのだった。
「それじゃあ母さん、行ってくるよ」

「行ってらっしゃい」

「行ってくるのだ!」

「はーい、楽しんでね」

「「お世話になりました」」

 一晩休んで、豪華な朝ごはんをのんびり食べて、そしてトモナリたちは家を出た。
 向かうのはミズキの家である。

「ああやって寝るのも楽しいものだね」

 スーパーで買ってきたお菓子とジュース飲みながらたわいもない話で盛り上がり、何となく眠くなってきたら布団に入ってまた少し話をしながら眠りについた。
 だらしないと怒られそうな時間だったけど、とても面白くて貴重な時間だったとコウは思った。

「トモナリ君のお母さんも優しい人だったね」

「うん、優しい人。それに料理上手」

「確かに朝ごはんも美味しかったね」

「ミズキんとこも料理上手いだろ」

「そーなんだよ、うちのお母さんも料理上手なんだよね〜」

 ミズキはドヤ顔で親指を立てる。
 トモナリも午前中テッサイと鍛錬してお昼もいただいていた。

 その時にお昼を作ってくれていたのはミズキの母であるユキナであった。
 和風な料理が中心でどれも美味しかったのはまだ記憶に新しい。

 時々ユキナがいないのかテッサイが何かを作ることもあったけれど、明らかな男料理でクオリティが下がったなと失礼ながら思うこともあった。

「かぁ〜みんな羨ましいな」

 ユウトが天を仰ぐ。

「お前のお母さんにお母さんの良いところがあんだろ。お前見てりゃ良い親だってのは分かるよ」

「おい……キュンとさせんなよ」

「キュンとすんなよ」

「んなこと言ったって俺も俺の母さんもまとめて打ち抜くようなこと言うからさ」

 トモナリの褒め方が子供っぽくないのもまた二周目感があるとユウトは思う。
 普通そんな言い方しないだろうと照れくさそうに笑った。

 トモナリとしても半分冗談だけど半分本気である。
 親の育て方が良いからユウトも気の良い男に育ったのだと感じる。

「俺はもうトモナリに惚れてるようなもんだからな」

「やめろ! 気持ち悪い!」

 ユウトは鼻の下を指で擦り、頬を軽く赤らめる。
 冗談なのは分かっているけれどトモナリの背中がゾワゾワとする。

「俺の愛を受け取ってくれよ〜」

「んなもんぶった切ってやるよ」

「むう、トモナリは僕のだぞ!」

「ぬっ……」

 ここまで黙って話を聞いていたヒカリが拗ねたような顔をしてトモナリの頭にしがみつく。
 ヒカリはユウトのことを睨みつけるように見ている。

「はははっ! 冗談だって! ヒカリからトモナリを奪ったりしないって!」

「むふー、当然なのだ!」

 流石に愛が大きくて勝てないとユウトは笑う。
 ヒカリは鼻を鳴らしてトモナリに頬擦りをしている。

「……歩きにくいぞ」

「このままがいいのだ」

「んじゃもうちょっと場所調整してくれ」

 視界の半分がヒカリで埋まっている。
 せめてしがみついている手を目からどけてほしい。

「仕方ないのだな」

 なぜかヒカリの方が仕方なくお願いを聞く形で手をどけてくれた。

「もうすぐミズキの家だな」

 ヒカリもトモナリと一緒に道場に通っていた。
 当時はヒカリを隠すためにリュックの中にいたけれど周りに人がいなければ顔を出していることも多かった。

 道ぐらいは覚えている。

「着いたな」

「着いた……?」

 ヒカリは周りを見て着いたと言うけれどそこにあるのは塀だった。

「えっ、まさか……」

「ここ……もうミズキさんの家なの?」

「うん、そうだよ」

「……おっきい家」

 まだ入り口にも辿り着いていない。
 しかし塀で囲まれた家などなかなか見るものでなくてみんな驚いている。

「ふふ、ここが私の家」

 正門前に着いてミズキはニコリと笑う。

「か、金持ちじゃん!」

 ユウトは驚きを隠せない。
 最初は道場として訪れたのでトモナリも驚きはしなかったが友達の家だと思って来てみたら確かに驚くかもしれない。

「あら〜みんないらっしゃい」

 中に入るとユキナが出迎えてくれた。
 ユキナとミズキは似ているがハツラツとしている感じのミズキに比べてユキナはおっとりとした感じがある。

 性格的なものの違いが見た目にも表れているのだろう似てるのだけど違うという印象が強い。

「トモナリ君も久しぶりね〜」

「お久しぶりです、ユキナさん。数日お世話になります」

「またこうして来てくれるのは嬉しいわ。お父さんもあなたに会いたがっていたわよ」

「俺も師匠に会いたかったです」

 お父さんとはテッサイのことである。
 そんなに長いこと一緒にいたわけでもなかったし、まだそんなに長いこと離れているわけでもない。

 それでも厳しくも優しいテッサイとは鍛錬の濃い時間を過ごした。
 アカデミーに行く寸前の最後には弟子として認めてくれていたとトモナリも思う。

「君たちがミズキの友達だね」

「お父さん!」

 テッサイにも挨拶行かなきゃなと思っていたら男性が出てきた。
 爽やかな顔をした中年の男の人でその人を見てミズキは嬉しそうな表情を浮かべた。

「お父さん……ということはミズキさんのお父さん?」

「はじめまして。ミズキの父です」

 名前を鉄心(テッシン)というミズキの父親は笑顔を浮かべてトモナリたちに頭を下げ、トモナリたちも慌てて頭を下げた。
「どの子がアイゼン君かな?」

「俺がそうです」

「君がそうか。父さんから君の話は聞いているよ。これまで挨拶できなくてすまないね」

 トモナリもテッシンと直接会うのは初めてだった。
 一年近くテッサイの道場に通っていたけれどもタイミングが悪くてテッシンとは会わなかったのである。

 テッシンは日頃会社員として働きながら夜の時間帯に師範代として門下生を教えていた。
 日中にテッサイに教えてもらっていたトモナリとは基本的に時間が合わないのだ。

 ミズキは母親似であると思うけれどテッシンもどことなくミズキに似ている。

「ええと?」

 テッシンはトモナリの顔をじっと見つめる。
 意図が分からなくてトモナリは困惑する。

「おてんばな娘だけど良い子だ。うちの娘のこと頼むよ」

「えっ? あぁ、はい……」

「もうお父さん! 変なこと言わないでよ!」

「ははっ、すまないな」

 朗らかに笑うテッシンは良い人そうだった。

「ここがみんなの部屋」

「おおー、広いな!」

「旅館みたいだね」

 道場があるので母屋である建物は外から見たよりも大きくはない。
 それでも十分な広いし客間なんてものまでしっかりと家の中にある。

 トモナリたち四人が泊まっても余裕がある。
 自分の部屋とは大違いだとトモナリは畳敷の部屋を見て思った。

「サーシャちゃんは私の部屋ね」

「ん」

「じゃあ荷物だけ置いて海に行くか!」

 事前に立てていた計画としては今日は海に行くつもりだった。

「あっ、ちょっとだけ待ってくれ。挨拶したい人がいるんだ」

「ああ、分かった。先に準備してるよ」

 トモナリは部屋を出て道場に向かった。

「師匠、いますか?」

 トモナリが道場に入るとそこにはテッサイがいた。
 初めて会った時のように座禅を組んで瞑想をしている。

「師匠、ご挨拶に伺いました」

「久しぶりだな」

 スッと目を開けたテッサイはトモナリのことを見る。

「お元気そうで何よりです」

「ふふ、お前さんの方こそ。男子、三日会わざれば刮目して見よというが……鍛錬は怠っていないようだな」

 出会った時には細い子供だった。
 その時から比べるとトモナリの体つきはがっしりとしていて強い生気がみなぎっている。

 テッサイは覚醒者でないから魔力を感じることはできない。
 それでもトモナリの力強さは分かった。

「もちろん毎日頑張ってますよ」

「そうか。ならいい。頑張っているものに小言は必要ないだろう」

「テッサイ、僕もいるぞ!」

「もちろんだとも。息災か?」

「うむ、息災だ」

「それはよかった」

 以前変わらぬヒカリの姿にテッサイも笑顔を浮かべる。

「大きな困難を乗り越えたようだな」

「……そうです」

「ミズキのやつから聞いたのだ。人類は困難に立ち向かわねばならない。それは理解している。しかし無理なことはするなよ」

「はい」

「師より先に行く弟子などあってはならないのだからな。何事もやるならば慎重に、命を大事に突き進め」

「肝に銘じておきます」

 やるなとは言わずトモナリの意思を尊重しながらも心配はしてくれる。
 良い師匠である。

「今日もやることがあるのだろう? それが終わったらまた少し手合わせしよう」

「分かりました」

「楽しんできなさい。輝かしい時間は大切だ。可愛い弟子に餞別をくれてやろう」

「そんな……」

 テッサイは懐から一万円札をピラリと取り出した。

「こう歳をとると使うこともない。お友達といいものでも食べてくるといい。ミズキには内緒だ」

「……いただきます、師匠」

 ーーーーー

「海だー!」

 今時海に行くのも簡単なことではない。
 なぜなら海にもモンスターが現れる可能性があるから。

 ゲートは人の目があるところばかりに出るわけではない。
 人の目がないところに現れて放置されてしまった結果ブレイクを起こしてしまうケースも珍しくないのである。

 人の目が届かないところの中には海の中ということもあり得ない話ではない。
 海の中にゲートが出現して誰も気づかないままにブレイクを起こしたという事例がいくつかある。

 中には水に対応していないモンスターゲートでそのままモンスターが死んでしまったこともあるが、水の中で生きられるモンスターで海にモンスターが広がってしまっている状況もあるのだった。
 そのために多くの海岸は危険区域に指定されていて遊ぶことができない。

「ユウト、こっちだ」

「うーす」

 もちろんトモナリたちが訪れた海岸も同じなのだけど、この海岸では遊ぶことができる。
 なぜなら覚醒者ギルドによって管理されているから。

「入場料……大人六人で」

 覚醒者が常に駐屯し、海や浜辺を見張ることで安全を確保して遊ぶことができる。
 その代わりに浜辺への入場料を支払わねばならないがこれぐらいなら必要経費だとトモナリも割り切っている。

「結構人がいるな」

「遊べる海は少ないからね。しょうがないよ」

 入場料は必要であるけれど海は人でごった返している。
 今では遊ぶことのできる海は少ないのでどうしても人が集まってくるのだ。

「それじゃあ着替えようか」

「あそこで集まろう」

 海岸は覚醒者ギルドが管理しているために設備も大規模な更衣室からしっかりした海の家まで揃っていて快適に遊べる環境が整っていた。
 海で遊ぶのだ、まずは水着に着替えることが必要である。

「ミズキのミズギ……ププ……」

 ヒカリは一人で何かを呟いて笑っていた。
 男女分かれた更衣室に入ってトモナリたちは水着に着替える。
「なにソワソワしてんだよ」

 こういった時着替えるのが早いのは男子の方である。
 ミズキとサーシャのことを更衣室前で待っているのだけどユウトはソワソワとして落ち着きがない。

「俺はよぅグラマラスなお姉さんが好きだ」

「……なんの宣言だい?」

 突然の告白にコウも引きつった笑顔を浮かべる。

「だがそれとは別に女子のプライベート水着を見られるって機会は全世界の男子の憧れだと思うんだ」

「それは言い過ぎだと思うけど……」

「なんだよ! マコトだって水着姿の女子見たいだろ? 興味ないって言ったら絶対嘘だ!」

「ま、まあ僕も男だから全く興味ないとは言わないけど……」

「だろぉ! ミズキもサーシャもお姉さんタイプに程遠いが見た目だけはいいからな」

「見た目だけで悪かったね」

「げっ……」

 明らかにユウトが調子に乗ったところで更衣室からミズキとサーシャが出てきた。

「おっ、二人とも似合ってるじゃないか」

「そ、そう?」

「褒められた」

 ミズキはワンピースタイプの水着で、サーシャはビキニタイプであった。

「ふふ、着痩せするの」

「あ、いや……すまん」

 思わずサーシャの胸に目をやってしまい、サーシャはそれに気づいてニコリと笑った。
 意外と胸があると思ったのだ。

 普段は割とスレンダーに見えていたので少し驚いたのであるが女性の胸を見てしまったのは確かなのでトモナリは耳を赤くして謝る。

「トモナリ君ならいいの」

 特にいやらしさを感じる視線でもなかったので不快感もなかった。
 いつもお世話になっているし水着姿を見たいというのならこれぐらい構わないとサーシャは思う。

 サーシャにおいてあまり体格的なことを気にしなかった。
 ただよく見てみるとサーシャは身長もそれなりにある。

 水着になると非常に均整の取れた体をしている。
 戦いにおいても体の均整が取れていることは理想的なことだ。

「にしても……トモナリ君も……良い体してんね」

「あんま見るなよ……恥ずかしいだろ」

 ミズキとサーシャの視線がトモナリに集まる。
 一年前は細くて鏡で見るのも嫌なぐらいだったトモナリの体もかなりがっしりとしている。

 見映えがするぐらいの体になっていて二人も思わず見てしまった。
 それどころか周りに女性でもチラチラとトモナリのことを見ている人もいる。

「行こうぜ。時間は有限だ」

「おし! 遊ぶか!」

 着替えたのならあとは更衣室にいる意味はない。
 トモナリたちは海遊びを始めた。

 それなりに人はいたけれど遊ぼうと思えばなんでも遊べるものである。

「ぶえっ!?」

「ふふ、楽しいね」

 ミズキが放ったビーチボールがユウトの顔面に直撃して倒れる。
 それを見てマコトはクスクスと笑っている。

「よっしゃ!」

「よっしゃじゃねーわ! コウ、やっちまうぞ!」

 今はコウとユウト、ミズキとサーシャでペアを組んで小さくビーチバレーのようなことをやっている。

「こうしたこと……初めてだからすごく楽しい。僕少なかったから」

「俺も似たようなもんだ」

 みんなでワイワイとしている様子を見ながらマコトは楽しそうに目を細める。
 トモナリのようにいじめられていたわけではないものの消極的で人との関わりを避けがちだったマコトもひとりぼっちでいることが多かった。

 最低限の付き合いはあっても外で会うようなことをする友達なんていなかったので海で遊ぶなんて考えたこともなかった。

「ありがとう、トモナリ君」

「急にどうした?」

「全部トモナリ君のおかげだから」

「俺は何もしてないさ。マコトが自分で前に進んだよ」

「そんなことないよ。僕にきっかけをくれた。僕を受け入れてくれた。僕を……ただ信じてくれた」

 理由は分からないけれどトモナリは全幅の信頼を置いてくれていたとマコトは感じている。
 周りのみんなが優しかったこともあるけれど、トモナリが信頼してくれているということが一歩を踏み出す勇気となった。

「僕は君の影になりたい」

「誰かの影になることなんかない」

「ううん、トモナリ君は大きなものと戦おうとしている。影は常に一緒だ。僕はもっと強くなって君の背中を守れる影となるんだ」

「そうか。じゃあマコトに背中預けるよ」

「あっ、でもそれは……もうちょっと強くなってから……」

「最後までカッコよく言い切れよ」

 まだ時折弱気なところが顔を覗かせる。
 しかしマコトも精神的に強くなった。

 嬉しいことを言ってくれるとトモナリと微笑む。

「ぶへらっ! お前ら……わざと狙ってないか!?」

 またしてもユウトの顔面にビーチボールが吸い込まれる。
 今度スパイクを放ったのはサーシャだった。

「……なんだ!?」

「女性の悲鳴?」

 急に叫び声が響き渡った。
 女性の悲鳴で周りにいた人たちも動きを止めて声の元を探す。

「トモナリ、ゲートだ!」

 海の家で買ってきたフランクフルトを咥えたヒカリが高く飛び上がって状況を確認する。
 離れたところに渦巻くような青白い光が見えた。

 浜辺にゲートが発生していたのである。

「モンスター見えるぞ!」

「……最悪だ。ブレイキングゲートか」

 通常ゲートはモンスターが中から出てくるまで時間の余裕がある。
 しかし時にゲートが現れた瞬間からモンスターが出てしまうものがある。

 モンスターが出てくることをゲートがブレイクしたなどと呼ぶために最初からモンスターが出てくるゲートのことをブレイキングゲートと呼んでいるのであった。