ラスボスドラゴンを育てて世界を救います!〜世界の終わりに聞いたのは寂しがり屋の邪竜の声でした

 フウカはそうした強さがありそうだったけれどカエデまであっさりと割り切って戦っているのは意外であった。

「う、うおおおおっ!」

 早くも覚悟を決めたのはユウトだった。
 サーシャが攻撃を防いだ隙を狙って終末教の男を切りつけた。

 人を切る感覚はモンスターと大差ない。
 だがやはり人間を切ってしまったのだという感覚は何故か少し気持ち悪い。

「ユウト君!」

 切ったはいいがその感覚に怯んでいるユウトに別の終末教が襲いかかった。
 ミズキが終末教の剣を弾き返すとそのまま反撃で胸を切り付ける。

「くらえ!」

 コウが火の魔法を放って胸を切られた男にトドメを刺す。
 火の槍に胸を貫かれた終末教は体に火がついても何のリアクションもないまま燃えてしまった。

 ちょっとずつみんなも人を倒すことに覚悟を決め始めたようだ。

「ぐわっ!」

「やるな、ドラゴンを連れた覚醒者」

「ぐっ!?」

「アイゼン君!」

 終末教を一人切り倒したトモナリは横から蹴りが飛んできてギリギリ剣でガードした。
 しかし威力を殺しきれずに吹き飛ばされてしまった。

 トモナリは地面に手をついて一回転し着地した。
 幸いなことに大きなダメージはない。

「ふふふ、愛染寅成……ドラゴンを従える特殊なスキルを持つ強力な覚醒者か」

 トモナリを蹴り飛ばした男は仮面をつけていた。
 まさかマサヨシがやられたのかと確認したらマサヨシはまだ仮面の男と戦っていた。

 よく見ると仮面のデザインも違う。

「仮面ということは終末教の幹部だな?」

 仮面をつけた終末教は終末教の中でも高い地位にある人だった。
 それなすなわち立場だけでなく覚醒者であり、レベルも高い強い相手であるということでもある。

「よく知ってるな愛染寅成」

 トモナリは終末教にフルネームで呼ばれるのはちょっと勘弁願いたいと顔をしかめる。

「君は強力な力を持っている。正しい終末を迎え、次なる世界に行くにふさわしい資格がある。我々の仲間になるつもりはないか?」

 終末教の幹部はニヤリと笑う。
 前回誘われたことといい、能力的には終末教もトモナリのことは欲しいようだ。

「……興味ないな。俺は今回たくさんのものを抱えるって決めたんだ」

 回帰前だったら受けていたかもしれない。
 母であるゆかりのことさえ保証してもらえるなら終末教にも入っていた可能性がある。

 ただ今回はトモナリも周りも変わっている。
 世界がどんな終末を迎えるのかトモナリは知っている。
 
 悲しみも苦痛も希望も安らぎもなくただ何もなくなってしまう。
 そんなことを繰り返させるわけには行かない。

 母親も友達も世界も、そしてヒカリも今度は守りたいとトモナリは思う。
 終末教に入ったとしてもそれらのものは何一つ守れやしない。

「そうか……ならばそのドラゴンを引き渡してもらおう。我々が有効活用してやる」

 終末教の幹部はトモナリのそばを飛ぶヒカリに視線を向ける。
 幼体のドラゴンは珍しい。

 支配できれば強力な駒となるし、ドラゴンの素材は多くの活用法がある。
 トモナリが仲間にならないのならヒカリを無理やり連れて行くつもりなのだ。

「そんなことさせない。こいつは俺のパートナーだからな」

「ならお前を殺そう。いや、生きたまま手足を切り落として捕まえておけばそのドラゴンも協力的になるかな?」

「グロいこと考えんな」

「正しい終末のためには多少の犠牲も必要なのだ」

「だからっておとなしく手足取られてたまるかよ!」

 トモナリは終末教の幹部に切り掛かる。

「ほぅ……十番目に入ったということはレベルはせいぜい20なはず……なのにこの速度とはな」

 全力、全速力の攻撃だったのに終末教の幹部は手のひらでトモナリの攻撃を受け止めてしまった。
 能力差がありすぎるとトモナリは舌打ちしたくなる。

「だりゃああああっ!」

 ヒカリも加わってトモナリと一緒に攻撃する。
 しかし終末教の幹部はその場に留まったまま腕だけでトモナリとヒカリの攻撃を防ぐ。

「スキル破撃」

「うっ!」

 終末教の幹部が拳を突き出し、トモナリは剣で防ぐ。
 しっかりとガードしたにも関わらずトモナリは大きく押し返された。

「良い剣を使っているな」

 剣を破壊するつもりだった。
 なのにルビウスは折れるどころかヒビすら入らなかった。

「ぐふっ……」

「トモナリ!」

 トモナリが血を吐いてヒカリが慌ててそばに飛んでいく。
 剣越しに衝撃が胸を貫いていて体の中がダメージを受けていた。

「これでも倒れないか。見上げた能力値と根性だ」

 終末教の患部がゆっくりとトモナリに近づく。

「アイゼン君!」

「行かせないぞ!」

 イリヤマもトモナリの危機に焦りの表情を浮かべるけれど終末教がしつこく食い下がって助けに行かせないようにする。

「むうっ!」

「飼い主を守ろうとするか。いかにも忠犬だな」

 思いの外ダメージが大きくて動けないでいるトモナリの前にヒカリが立ちはだかって終末教の幹部を睨みつける。

「大層なことだ」

 終末教の幹部はヒカリに手を伸ばす。

「ヒカリ、逃げろ!」

「イヤだ!」

 今逃げるとトモナリがやられる。
 そんなことはさせないとブレスのためにヒカリは大きく息を吸った。

「クロロス様!」

 新たな終末教が一人囲いの中に走ってきてクロロスの手が止まった。
「何かあったのか?」

「覚醒者協会の奴らがきています!」

「何だと? 連絡は遮断したはずだろう」

「分かりません……ですが宮野祐介(ミヤノユウスケ)が来ています。もう結界も突破されると思います」

「ミヤノだと……備えていたようだな」

 クロロスはトモナリとヒカリに視線を向けた。
 トモナリはダメージから何とか立ち直って剣を構えながらクロロスのことを睨みつけている。

「撤退だ!」

 クロロスにとってトモナリとヒカリの制圧は難しいことではない。
 しかしさらなる敵が目前に迫っている中で必死の抵抗を見せるトモナリと戦うことに読みきれないものをクロロスは感じた。

 終末教の数も減っているしマサヨシと戦う仮面の男の旗色も悪い。
 ここで少しでも時間がかかった上にヒカリという荷物を抱えて逃げることは危険だと判断した。

 クロロスが腕を振ると魔力の塊が飛んでいって鉄の壁が一部吹き飛ぶ。

「あちらから逃げるのだ!」

「はっ!」

「くっ……!」

 逃してはなるものかと食い下がりたいところだったけれどトモナリの体もダメージに悲鳴をあげている。
 飛びかかっていけるような余裕はなかった。

「愛染寅成……それにヒカリといったか」

 終末教が撤退を始める。

「今回は我々の負けだ。だが君たちが正しい終末に立ち向かう限り我々と相対することがあるだろう。また会おう。次は敵でないことを願っている」

 クロロスも最後に撤退していき、後には呆然としたような課外活動部のみんなが残された。

「学長!」

 トモナリは周りの状況を確認する。
 終末教にやられたレイジはミクが治療していて大事には至らなそうだった。

 他にも多少の傷はあったりしたがトモナリよりダメージを受けている子はいない。
 ふと見るとマサヨシが地面に膝をついて青い顔をしていた。

 何かあったのかとトモナリがマサヨシに駆け寄る。

「大丈夫ですか?」

 マサヨシは戦いを優位に運んでいた。
 あのまま撤退しなければマサヨシの方が勝っていたはずなのにどうして苦しい顔をしているのかトモナリには分からない。

「……心配するな。一時的なものだから」

「一時的なもの? 何か反動のあるスキルでも?」

「皆さん、遅れてしまい申し訳ありません!」

 敵の攻撃によるものではなく一時的なと表現をしたのでトモナリはマサヨシが自分にダメージのあるスキルでも保有しているのかと考えた。
 マサヨシが答えようと口を開きかけた。

 その時十数人の覚醒者が囲いの中に入ってきた。
 一人は以前にトモナリのところを訪ねてきたシノザキである。

「終末教はあっちから逃げました!」

 トモナリが壊された囲いを指差す。

「分かった。ありがとう!」

 その連中は覚醒者協会の覚醒者たちであった。
 数人を残し覚醒者協会は終末教を追っていく。

「……もう俺たちの出番は終わりだな。俺の心配より君こそ口から血を流しているじゃないか」

「ええ、結構なダメージですが……生きているだけマシです」

 クロロスの力を考えるにもうほんの少しでも本気を出していたらトモナリは死んでいた。
 トモナリの力を見極めるようにクロロスが手を抜いていたからこの程度で済んでいるのだ。

「肩を貸しましょうか?」

「悪いな……」

 トモナリが手を貸してマサヨシが立ち上がる。

「俺のこの状況はスキルによるものじゃない」

「ではどうして?」

「俺がどうして覚醒者の一線を引退したか知っているか?」

「……いえ、知らないです」

 終末教に対抗する覚醒者を育てるためにマサヨシがアカデミーを創設したことは知っているが、自身でも戦えるはずのマサヨシがなぜアカデミーを創設するに至ったのかまでは知らない。
 ただ終末教と何かがありそうなことは予感している。

「あれは七番目のゲートだった。当時まだ覚醒者として活動していた俺は攻略に参加する予定だったのだ。そこで奴らが現れた」

「終末教、ですか?」

「そうだ。ゲート参加者たちを襲撃して俺も戦った。その時に終末教のサードナイトと呼ばれる幹部級の者と戦って……負けた。幸い死にはしなかったもののその時の怪我が元で魔力経路が傷ついてしまった」

 魔力経路とは体の中にある魔力を動かすためののものである。
 血管のようなもので魔力経路を流れて魔力は全身を駆け巡っているのだ。

「普段の生活で支障はないだが強い魔力を使うとこうして体に不調が起こるようになってしまった。だから一線を退いたのだ」

「そんなことが……」

「それにレベルを奪われてしまった」

「レベルを?」

 どういうことなのか分からなくてトモナリは眉をひそめる。
 
「今の俺のレベルは20しかない」

「えっ?」

「奴らのスキルの一つだったのだろう。どういうわけがレベルが20になり、そこから上がらなくなってしまった。能力値はそのままなのだがレベル20のセカンドスキル使えなくなったのだ」

 レベルを奪うスキルなんて聞いたことがない。
 だがそういえばかつてマサヨシはレベル20以下のゴブリンダンジョンでトモナリのことを助けてくれた。

 そんな秘密があったのかと驚いてしまう。

「代わりにサードナイトとかいうふざけたやつの顔面も深く切りつけてやったがな」

「痛かったでしょうね」

「痛かったなんてものじゃ済まないだろうな」

「マサヨシ、大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ」

 立ち上がったマサヨシは多少ふらつきながら自分で動けそうであった。

「クロサキ、状況は?」

「浦安零次さんが大きな怪我を負った他は皆軽傷です。ウラヤスさんも治療が間に合いまして命に大事はありません」

「そうか。死人が出なかったのは幸いだ。……君のおかげだな」

 マサヨシはトモナリのことを見た。

「とんだことになってしまったがこれ以上のことは起こらないだろう。疲れているかもしれないが怪我のないものでテントなどの撤収を行う」

 そんな気分でなくとも何もないこんなところに長く留まっている必要はないし、また終末教が現れる可能性もある。
 片付けをして近くの町に行った方が安全でしっかり休むこともできる。

「トモナリ君」

「ん?」

「これ」

 ミズキがトモナリにハンカチを差し出した。

「口のところ血がついてるよ」

「ああ……ありがとう」

「こちらこそ。トモナリ君が事前に言ってくれてなかったら戦えなかったかもしれない」

 ゲートを出る直前にトモナリは終末教に襲われるかもしれないとみんなに伝えていた。
 言われていても動きが遅かったのに言われていなかったらパニックに襲われていた可能性がある。

「覚えとけ。俺たちはゲートやモンスターの他にもあんなのとも戦わなきゃいけないんだ」

「……うん」

 ミズキは小さく頷いた。
 試練ゲートを攻略した喜びの直後になかなか酷なことであると思うが、クロロスの言う通り試練ゲートを攻略するなら終末教という問題はついて回る。

 今回は死人も出ずに運が良かった。
 次会う時にはクロロスとかいう終末教の男も倒して見せるとハンカチで口の血を拭いながらトモナリは思っていた。
「みんなは平気そうだな」
 
 クロロスによって大きなダメージを受けたトモナリだったけれどミクによって治療をされていたので病院での検査でもなんの問題もなかった。
 病院に行って治療を受けたトモナリが待合室に戻ってくるとたまたま課外活動部の一年生が揃っていた。

 みんなの顔はやや暗い。
 人類がクリアすべき99個のゲートのうちの一個を攻略したというのに沈んだような雰囲気がある。

 それも仕方のないことだとトモナリは思う。

「初めて人と本気で戦ってみてどうだった?」

 全ては終末教のせいである。
 試練ゲートを攻略したトモナリたちを襲撃してきた。

 ただ防衛するだけならここまで気分も沈まなかったのかもしれないが、自分たちの身を守るために終末教を倒さねばならなかった。
 モンスターと戦うことと人と戦うことに大きな違いはないと世界が滅ぶまで戦ったトモナリは思うが、多くの人にとってはそうはいかない。

 しかしこれは必要な経験だったと思う。

「これから試練ゲートに挑むことがあるなら終末教の影はどこでもチラつく。奴らは正しい終末、なんてあり得ないもののために人をためらいなく殺す異常者の集団だ」

「授業では軽く聞いたけど……目の当たりにすると正気じゃない」

 コウがため息をつく。
 魔法を使って攻撃するコウは直に人を攻撃するのとはまた違う感覚ではあるが、人を傷つけるために攻撃したという気持ち悪さはあった。

「ただ覚醒者と活動するなら遭遇する機会は少ないかもしれない。でもみんなの実力なら試練ゲートに関わったり……そうでなくともあいつらのターゲットになることもあるかもしれない。
 人を殺すことに慣れろなんてそんなことは思わない。だけどいつ終末教が襲ってくるかは誰にも分からない」

 トモナリの言葉を皆黙して聞く。

「ためらって傷つくのが自分ならまだいいかもしれない。だがためらって傷つくのは隣にいる仲間かもしれない、守りたい誰かかもしれない、あるいは……世界中のみんなかもしれない」

 終末教を倒すことをためらって攻略チームが全滅すれば試練ゲートが攻略できずにブレイクを起こすこともある。
 たった一度刃を鈍らせただけでも世界が危機に陥る危険があるのだ。

「今日のことは忘れられないだろう。しっかりと心に刻んで次に備えてほしい」

「……どうしてトモナリはそんな冷静でいられるんだ?」

 ユウトが疑問を口にした。
 トモナリも人を倒すのは初めてだったはずなのにとても冷静だった。

 どうしてそんなに冷静でいられるのかユウトには分からなかった。

「……俺はあいつらがどんな連中か知ってるからだ」

 トモナリは悲しそうな色を浮かべた目をしていた。
 回帰前に終末教のせいで多くの人が犠牲になった。

 正しい終末のために試練ゲートの攻略を邪魔し、多くの覚醒者が攻撃を受けて亡くなった。
 そのせいでブレイクを起こしたゲートがあって一般人も被害に遭った。

 中には国ごと滅んでしまったことも先の出来事としてはある。

「トモナリ君……」

 回帰前の出来事を思い出しているだけなのだがトモナリにはみんなの知らない何かの過去があるのだとみんなは思った。

「トモナリは卒業後どうするんだ?」

「卒業後?」

「ああ、もう決めてんのか?」

「まだ細かくは決めてないけど俺は試練ゲートに挑むつもりだ。できる限り積極的に攻略隊に入っていく気だよ」

「そっか」

 ユウトは納得したように頷いた。
 何を考えているのかトモナリには分からないけれどあまり終末教のことを気にしたような感じはない。

 仮にユウトが試練ゲートを攻略する気なら終末教ともしっかり戦ってくれそうな気配がある。

「とりあえず今は喜ぼう」

「喜ぶ?」

「そうだよ。俺たちはなんてったって試練ゲートを攻略したんだ。99個もあるゲートの一個かもしれないけど大きな一個だ」

 回帰前にはまだまだ攻略されなかったはずのゲートを攻略したのだ。
 終末教のことは抜きしてNo.10攻略は祝われるべきことである。

「ユウト、手ェ出せ」

「手?」

「そうじゃない。上げろ」

「ん? こう?」

「そう、だ!」

「でっ!?」

 ユウトは物でももらうように手を出したがトモナリは首を振る。
 今度は挙手するように手を上げるとトモナリはニヤッと笑ってユウトの手に自分の手を打ちつけた。

 いわゆるハイタッチというやつである。

「よくやったぞ、ユウト!」

 ヒカリもトモナリをマネしてユウトとハイタッチする。
 いきなりのことでユウトはぼんやりとしてしまったけれどトモナリとヒカリをハイタッチをしたら試練ゲートを攻略したのだという喜びが湧いてきた。

「みんなも手を上げろ。よし、サーシャ、良いタンクだったぞ」

 トモナリに言われてサーシャがサッと手を上げた。
 トモナリはサーシャとハイタッチしながら一言褒める。

「サーシャすごいぞ!」

 ヒカリも同じくペチンと手を打ち合わせる。
 なぜだろうか、それだけで終末教と戦った後味の悪さがかなり薄れた。

「ミズキも鋭い一撃だった」

 それぞれに対して細かく指摘しようと思えば色々とある。
 けれども今はそんなこといい。

「うん……私たちやったんだね!」

 トモナリとはハイタッチしたミズキはしみじみと手を見つめる。

「やったね!」

 サーシャが笑顔を浮かべて手を上げ、ミズキは答えるように手を上げた。
 パンといい音を立てて二人がハイタッチを交わして笑い合う。

「これでいい」

 トモナリは全員とハイタッチしてニッと笑顔になる。
 重たいことばかりではつまらない。

 試練ゲートを攻略した。
 ここにきてようやくみんなはそのことを喜んだのであった。
「宮野佑介と申します。この度は十番目の試練ゲート攻略おめでとうございます」

「ありがとうございます。かの有名な宮野佑介さんにお会いできて光栄です」

 検査も終わってレイジ以外は問題なしということで病院を離れてホテルに移動した。
 レイジは大事をとって入院となり、他のみんなはホテルに泊まることになった。

 終末教の襲撃にあったためにホテルの階を丸々一つ貸切にして覚醒者協会が護衛についてくれて、皆思い思いに部屋で休んでいた。
 そんな中でトモナリはホテルにある貸会議室に来ていた。

 そこにいたのはマサヨシと数名の覚醒者協会の人だった。
 トモナリが以前に会ったシノザキもいた。

 一人の男性が立ち上がってトモナリに手を差し出してきたのでトモナリは応えて握手を交わす。
 トモナリが握手をしたのは宮野佑介という人で正義の侍なんて呼ばれる高レベル覚醒者だった。

 覚醒者の強さをランクで分けた覚醒者ランクではS級で、覚醒者の強さをランキング付けした覚醒者ランキングでも名前が出てくる強者である。
 もちろんトモナリもミヤノのことは知っている。

 回帰前も人類のためにかなり後期まで戦い抜いていた人だった。

「アイゼンさんの言う通りになりましたね」

 トモナリが席につき、口を開いたのはシノザキだった。
 ヒカリはトモナリの膝の上に座って抱えられている。

「試練ゲートの攻略に……終末教の襲撃。全てアイゼンさんが事前に言ったようにことが進みました。残念ながら終末教の幹部は逃がしてしまいましたが……」

 トモナリは終末教の襲撃も分かっていた。
 未来なんて見れるわけがない。

 それなのに分かっていたのは回帰前でも同じようなことがあったからだ。
 レベルが低い状態でNo.10に入ると能力値が二倍になるということがわかって各国で争うようにNo.10を攻略し始めた。

 一度出てしまうと能力値が元に戻ってしまい二回目以降は能力値倍化の恩恵が受けられないことやレベル一桁だと攻略経験が浅くて攻略に失敗してしまったなんてことがありながらも最終的に攻略に成功したのは日本の攻略隊だった。
 喜ばしい出来事なのだが世の中に広まったニュースは悲しいものであったのだ。

 ニュースの見出しはNo.10の攻略隊壊滅。
 攻略を終えて出てきた覚醒者たちを終末教が襲撃し、ほとんどの人が倒されてしまったというものだった。

 No.10を攻略するような覚醒者は将来有望なので今のうちに潰しておこうということなのだ。
 今回も同じことが起こると思っていた。

 だからトモナリは最初から覚醒者協会を巻き込んだのである。
 No.10の攻略だけならマサヨシを説得することはできた。

 しかし終末教の対応までなるとアカデミーの人員だけで足りるか怪しいところだった。
 そこで覚醒者協会にも終末教に襲われる可能性があると話をして覚醒者を待機させてもらっていた。

 ゲート前に人を多く配置して未然に襲撃を防いでしまうと後々襲われる可能性がある。
 終末教を捕まえたり、終末教という存在の怖さを分からせるために戦う必要もあったので覚醒者協会には離れて待機してもらっていたのだ。

「十番目の試練ゲートを攻略し、終末教の襲撃からも無事でいられたのはアイゼンさんのおかげです。覚醒者協会を代表してお礼申し上げます」

「うまくいってよかったです」

「つきましてはアイゼンさんのパートナーであるヒカリさんに未来予知の力があると覚醒者協会は認定いたします。よろしければ今後未来を見た時にネットではなくぜひうちにうちにご連絡ください。それによって事故などを防げましたら報奨金もお支払いします」

「もちろんです」

 全てはトモナリの計画通りだった。
 ネットに未来の情報を書き込んだことから始まり、覚醒者協会に見つかりNo.10を攻略、終末教の襲撃を乗り切り、トモナリの名声を高めて未来視に一定の信頼を持たせた。

 最初から計画していたことだった。
 細かくはその時その時で修正しながら行動していたがおおよそ計画通りにことは進んだ。

 全ての事件を防ぐなんて無理である。
 ましてトモナリ一人の力ではほとんどのことに手が届かない。

 だが未来視という形で警告を促せば防げる事件もある。
 試練ゲートを攻略するだけじゃない。

 一般のゲートや覚醒者による事件など世の中には多くの出来事があった。
 その中で一人でも救うことができるのなら行動はすべきである。

「しばらくは周りが騒がしくなることもあるかもしれません。何ありましたら覚醒者協会にご連絡ください」

 これで今後覚醒者協会という大きな組織に影響を及ぼすことが可能となった。

「ヒカリさんもありがとうございます」

「うむ、頑張ったんだぞ」

 膝の上に乗るヒカリもえっへんと胸を張る。

「……君はこの先の進路は決まっているのかい?」

 ミヤノは落ち着いた様子のトモナリに感心していた。
 自分が高校生ぐらいの時は不真面目な生徒ではなかったにしろここまで大人びていなかったと思う。

「いえ、まだ正確なことは何も」

「行きたいギルドや声をかけてきているところは?」

「まだ何も考えていませんしお声をかけていただいたこともありません」

 トモナリほどの能力値ならどうにかして声をかけてくるギルドや企業もあるかもしれない。
 しかし今のところは何もない。

 それはマサヨシが全てシャットアウトしているからだった。
 せいぜい課外活動部の先輩であるカエデのオウルグループに目をつけられている可能性がありそうだというぐらいである。

「大和ギルドに興味はないか?」

 ミヤノは今覚醒者協会側の人としてここにいるけれど、本来は覚醒者協会の人ではなかった。
 覚醒者協会と連携している大和ギルドという大きなギルドのリーダーである人だった。

「ミヤノさん、このような場で声をかけるのはやめていただきたい」

「……おっと、申し訳ありません」

 マサヨシが目を細めてミヤノを止める。
 流石に関係のない場でトモナリに誘いをかけるのは色々とマナー違反である。

「まあ候補の一つに考えておいてくれ。僕は大歓迎だ」

「……ありがとうございます」

 未来においても活躍すること間違いなしのミヤノのところなら悪くはなさそうだとトモナリは思う。
 だが今すぐ答えを出す必要もない。

「これは僕の連絡先だ。困ったことがあれば僕も動くよ」

 ミヤノはトモナリの前に名刺を置いてウィンクする。
 意外な人と意外な関係が築けた。

 これは儲け物だなとトモナリは思ったのだった。
「おかえりなさい」

「えっ、母さん?」

「ゆかり、帰ってきたぞ!」

「二人とも元気そうね」

 全てが終わってようやく本当に夏休みに入った。
 No.10ゲートの攻略なんて数日の出来事なのに長かったと思える。

 一応多少の遠出とはなったのでお土産を片手にトモナリは家に帰ってきた。
 鍵を開けて中に入るとトモナリの母であるゆかりが顔を出した。

 そしてトモナリとヒカリのことをギュッと抱きしめた。
 トモナリは驚いた。

 今日は平日でありゆかりは本来仕事でいないはずだった。

「どうして……」

「あなたたちが帰ってくるって聞いたから休みを取ったのよ」

 いきなり帰るなんてことはしないで事前に帰る連絡は入れていた。
 だからゆかりはトモナリとヒカリを迎えるために休みを取って待っていたのである。

「そっか……」

 やられたなとトモナリは思った。
 ゆかりは仕事でいないから先に帰って何かご飯でも作って待っていようと考えていたのに逆に驚かされてしまった。

「ただいま」

「おかえりなさい」

 トモナリは照れたように笑いながらゆかりを抱きしめ返した。
 守りたい温もりがここにはあった。

「ただいまだぞ、ゆかり」

「ヒカリちゃんもおかえり」

 ヒカリもギューッとゆかりを抱きしめる。
 あまり他の人に触られることは好きではないヒカリもゆかりには心を許していてぶんぶんと尻尾を振っている。

「それにしてもトモナリ!」

「な、なに?」

 優しかったゆかりの表情が急に険しいものになった。

「あなたまた危ないことしたわね?」

「えっ……」

「試練ゲートだったかしら? あなたでしょ?」

「な、なんでそれを……」

 No.10攻略の事実は公表されている。
 色々なところで話題となっているけれど攻略したのは鬼頭アカデミーの学生ということまでしか開示されていなかった。

 マサヨシがトモナリたちが面倒なことに巻き込まれないように配慮したからだった。
 そしてトモナリはゆかりにNo.10に挑むことを伝えていなかった。

 言ってしまうと心配をかけるし、下手すると止められてしまうかもしれなかったからだ。
 言ってもないし公表もされていない以上トモナリだとバレることはないはずである。

「これよ」

 リビングにあるテーブルの上に雑誌が置いてあった。
 ゆかりはあまりそうしたものを買わないので珍しいなとトモナリは思った。

「見なさい」

「げっ……」

 いわゆるゴシップ誌というやつでゆかりは折り目をつけてあったページを開いた。
 ページの見出しには“本当のNo.10攻略のメンバーはいかに!”と書いてある。

 ページの上半分には写真が載っていてそこには課外活動部の生徒たちが写っている。

「これって……」

 トモナリが写真をよく見てみる。
 写真には課外活動部の生徒だけじゃなく覚醒者協会の覚醒者たちも写っている。

 宿泊するホテルに入るところに入るところのようで、やや遠く顔はぼけ気味だった。
 正直トモナリもトモナリだと断定するのは難しいけれど、トモナリにはヒカリという大きな特徴がある。

 流石に多少ボケていてもヒカリはヒカリだと丸わかりだ。
 さらに記事を読み進めるとNo.10を攻略したのは鬼頭アカデミーの一、二年生の可能性が高いとまで書かれている。

 夏休みに帰るのが遅れたのは部活のためだとゆかりには説明してあるが、写真のヒカリと夏休みに入ったのに帰るのが遅れたこと、記事の内容やなんかを考えるとトモナリが関わったことは推測できてしまう。

「あなたが関わってるんでしょう?」

「……はい」

 情報を言わないということはするけれど嘘までついて誤魔化したりはしない。
 トモナリは素直に頷いて肯定する。

「…………怪我はなかったの?」

 怒られるかもしれない。
 そう思っていたけれどゆかりは心配そうな目をしてトモナリの身を案じた。

「怪我はなかったよ」

 ただゲートの中ではという言葉は言わない。
 外に出た時に襲われて怪我はしたけれどわざわざそんなことを言う必要はなかった。

「あなたが無事ならいいの。覚醒者が危ないことなのも、試練ゲートっていうものをやらなきゃいけないも分かっているわ。だから止めない。……でも無事でいて。またこうして顔を見せてほしい」

 ゆかりはトモナリの頬に触れて微笑んだ。

「分かってるよ母さん」

 トモナリはゆかりの手を自分の手でそっと包み込む。
 ゆかりはトモナリがやろうとしていることに一定の理解を示してくれる。

 きっと止めたいだろうに、やめてほしいと言いたいだろうにトモナリを信頼して見守ると決めてくれているのだ。

「みんなを、母さんを守るためなんだ。怪我をしないとは言えない。でも絶対に生きて帰ってくる。何がなんでも生き抜いてみせるから」

「まかせろ、ゆかり。僕がトモナリを守るから」

「……きっと二人なら大丈夫ね」

 自信満々のヒカリを見てゆかりは微笑みを浮かべる。

「またきっとこうしておかえりって帰ってくるよ」

「じゃあただいまって迎えるわね」

 帰るところがある。
 ただの場所ではなく、心から迎えてくれる存在がいる。

 この笑顔を今度こそ守るのだ。
 No.10もそのための第一歩に過ぎないのである。

 ーーー第二章完結ーーー
「ごめんね、母さん」

「いいのよ。あなたのお友達でしょ?」

 夏休みの計画でミズキの家に泊まることが決まった。
 日程としては地元でやっている夏祭りをメインに据えてみんなの予定も調整して決めた。

 一つだけ問題があった。
 それはみんなが来ることになっていた初日だけミズキの家に泊まれないのである。

 ミズキの家は道場であり、意外と多く人が門下生として通っている。
 その中には覚醒者もいるし一般の人もいる。

 今回一般人向けの大会があってテッサイたちはそちらの方に遠征していた。
 本来ならみんなが来る前に帰ってくる予定なのだったが大会会場近くでゲートが発生して日程が変更となった。

 高校生とはいえ道場でもある家に保護者のいない状態で泊まるのはどうだろうということになった。
 そこで白羽の矢が立ったのがトモナリの家である。

 多少スケジュールはずれ込んだけれど初日さえ乗り切ればテッサイたちも帰ってくる。
 みんなの方も日程を調整していて移動方法も押さえてあった。

 数日泊まるにはちょっと手狭でゆかりの負担になってしまうけれど、一日泊まるだけならどうだろうとみんなに聞かれたので仕方なくゆかりに尋ねた。
 いきなりのことであるのにゆかりはむしろ嬉しそうにした。

 中学校ではイジメ、最終的には暴行にまで発展してトモナリはほとんど不登校になってしまった。
 高校である鬼頭アカデミーではどうだろうかと心配していたのに一年の夏休みでお友達を家にまで連れてくるなんて嬉しくないはずがない。

 一日と言わずもっと泊まっていけばいいとすらゆかりは言ってくれた。
 みんなが来る日になってトモナリとゆかりは忙しくしていた。

 みんなの分の布団なんてないのでレンタルで借りてきて用意して、今のうちから夜ご飯も仕込んでおく。
 大変だけどゆかりは楽しそうにしている。

「マクラ運んだぞ」

 ヒカリも準備の手伝いをしてくれている。
 トモナリが布団を玄関から各部屋に運び込む間にヒカリは枕を運んでくれていた。

「ん? ああ、もう着いたのか」

 スマホが振動して布団を置いたトモナリはポケットからスマホを取り出して確認する。
 SNSで連絡が来ていた。

「母さん、みんなのこと迎えに行ってくるから」

「いってらっしゃい」

 トモナリはヒカリを連れて家を出た。

「あっつ……」

 外に出たトモナリは手で太陽から顔を隠す。
 たとえモンスターが出ようと、ゲートが増えようとも太陽の日差しは変わらない。

 世界が終わりに近づくと大地が荒れ、世界に溢れた魔力の影響で砂塵が常に飛んでいて空はうっすらと曇っていて十分な日の光が浴びられなくなった。
 その時には恋焦がれるぐらいに欲していたのに今はまだ暑くて煩わしい。

 そう感じられるのも平和だからである。

「暑いのだぁ〜」

 流石のヒカリも暑さに舌を出している。
 それでもトモナリと引っ付くことはやめない。
 
 トモナリも歩いているだけで汗が出てくる。

「はぁ……」

「のぉ!? 涼しいのだ!」

 トモナリが指を振ると急に冷たくて涼しい風が吹いてきた。
 ヒカリが目を細めて気持ちよさそうに浴びているそれは自然のものではなく、トモナリが魔法で発生させたものだった。

 氷や炎の魔法の応用で周りの熱を奪い、自分たちに向けて空気を動かして風を吹かせているのだ。
 トモナリは魔法職ではない。

 ドラゴンナイトの正確な分類は分からない以上断定もできないのだがトモナリは接近戦闘職だと思っている。
 だがどのような職業であれ魔法は使うことができる。

 魔法職だと魔法に関するスキルが得られやすかったり能力値の魔力が伸びやすくて魔法を扱いやすいというだけの話である。
 一般的な戦闘職なら魔法を覚えて戦闘で使うより自己強化やスキルの発動に使った方が効率がいいので使わないし、練習もしないことの方が多い。

 ただトモナリは魔力が高い。
 元々他の能力値と同じくらいの高さがあってレベルアップによる伸びも他の能力値と変わらない。

 さらには今は霊薬によって魔力の値もちょっと伸びている。
 基本は剣を振ったり体を鍛えているトモナリだが魔法の練習も少しだけしていた。

「どうだ?」

「気持ちいいのだ〜」

 ヒカリはトモナリが出してくれる冷風に尻尾を振っている。
 これなら暑くないからとトモナリの頬に自分の頬をくっつける。

 練習量は圧倒的に足りないので賢者であるコウどころか一般的な魔法職の子にも魔法の技量では敵わない。
 けれども便利な使い方ぐらいはできるのだ。

「おいおい、せっかく涼しくしたのに……まあいいか」

 ピタリとくっついてはまた暑くなってしまうとトモナリは思ったのだけど意外とウロコはヒンヤリとしている。
 ヒカリも嬉しそうだしトモナリは小さくため息をつきながらヒカリの好きにさせることにした。

「あっ、トモナリー!」

 バスで来たり高くても飛行機使ったりなんて人もいる。
 みんなバラバラでは家に来るのも大変なので一カ所に集まってからトモナリの家に向かうことになっていた。

 集まる場所は町にある大きな駅で先にトモナリのことを見つけたユウトが手を振っていた。
 ヒカリを連れているトモナリは遠目からでも目立つのだ。
「ユウト、久しぶりだな!」

「ヒカリも元気そうだな」

 ヒカリとユウトがハイタッチで挨拶を交わす。

「はい、ヒカリちゃんお土産」

「ぬおー! ありがとうなのだ!」

 サーシャがヒカリにお菓子の箱を渡す。
 いつだかテレビで見た地方の銘菓でヒカリは食べたがっていた。

 たまたまその話を聞いたサーシャは銘菓が売っているのがサーシャの家がある地域だったので買ってきてくれたようだ。
 銘菓の箱を抱きかかえるように持ってヒカリは尻尾を振っている。

「んじゃ行こうか」

 ジリつくような太陽の下で話しているとそれだけでも体力が奪われる。
 挨拶など後でいくらでもできる。

 さっさと歩き始めてしまう。

「ほんと暑いですよね」

 キャリーバッグを引っ張るマコトはパタパタと手で顔に風を送る。
 そんなことでは少しも良くならないけれど気分はマシになる。

「……なんだかトモナリ君は涼しい顔してるね?」

 覚醒者といえど暑いものは暑い。
 みんなが暑さにやられる中でトモナリが平然としていることにミズキが気づいた。

「なんでも……」

「トモナリのそばにいると涼しいのだぁ〜」

 バレるとめんどくさそう。
 そう思ったトモナリは誤魔化してしまおうと思ったのだけどトモナリに抱きかかえられたヒカリがさらりと秘密を漏らしてしまう。

「……ほんとだ」

「サーシャ?」

「あれ? なんでですかね?」

「マコトまで……」

 ヒカリはウソなんて言わない。
 トモナリのそばだと涼しいと聞いたサーシャとマコトがトモナリにくっつくように近づく。

 確かにトモナリの周りの空気が涼しいと二人とも気づいた。

「えー! なんで?」

「……魔法の応用だよ」

「魔法……なるほどね」

 コウが手を伸ばしてトモナリの周りの涼しい空気を確かめる。
 トモナリがやっていることをなんとなく理解して自分にもできないかと試す。

「あっ、できた」

「さすがだな」

 特別な技術というわけではないものの空気から熱を奪ってそれを循環させるように風を生み出すのは多少のコントロールがいる。
 下手くそが力任せにこんなことしようとすると自分の周りだけ氷点下になるなんてこともあり得ない話ではないのだ。

「モテモテだな」

「暑苦しいだけだよ。代わるか?」

「いらねーよ」

 ユウトはヒラヒラと手を振る。
 今他の人にひっつかれたら倒れてしまいそうだ。

「二人はいつまでくっついてんの?」

「僕……魔法使えないですし」

「私も」

 コウは魔法職、しかもその中でも希少な賢者である。
 対してみんなは接近戦闘職でありトモナリのように魔力は高くないし魔法の練習もしていない。

「ちょっとぐらい魔法の練習もしとけばよかったですかね?」

「そんなことに時間割くならトレーニングした方がいい」

 トモナリは魔力の値も高いから魔法にも適性があるのだろうと魔法も少しやっている。
 しかし魔法に適性がないのに魔法を練習するぐらいならトレーニングをして能力値を上げた方がはるかにマシである。

「もうちょっと広くならない?」

「人をクーラー扱いすんなよ、ほら」

「なんだかんだ優しい」

「くっつかれるのが嫌なだけだ」

 サーシャのお願いを受けてトモナリが自分の周りの涼しいゾーンを広げる。
 文句言いながらもトモナリが涼しいところを広げてくれてサーシャはニコリと笑顔を浮かべる。

 最初の頃は表情に乏しい感じのサーシャであったが仲良くなるにつれて少しずつ分かりやすく顔に出るようになってきた。
 ともかくこれでようやくサーシャとマコトはトモナリから離れた。

「トモナリ君……すごいな」

 トモナリはさらりと涼しいところを広げているが自分から離れるほどに魔法というのはコントロールが難しくなる。
 範囲を広げると一口に言っても言うほど簡単なことでもないのだ。

「ずーるーいー!」

「ならお前も近く来いよ」

「近くって……」

 左右はサーシャとマコトに取られている。
 となると前か後ろになるけれど横にいるぐらいの距離感で前後にいるのはなかなかハードルが高い。

「絵面すごいことにならない……?」

「……確かにな」

 前後どちらにしてもかなり奇妙な感じになるし炎天下の中でトモナリを中心として集まるという不思議な光景になってしまう。
 さらにはマコトも見ようによっては女の子に見えなくもないのでミズキが加わるとかなり凄まじい光景になってしまう。

「……タオルかなんかはあるか?」

「汗拭くハンカチなら……」

「ほらよ。ハンカチに包んで額にでも当てとけ」

 トモナリは魔法で氷を作り出してミズキに投げる。

「ちべた!」

「少しは違うだろうさ」

「……ありがと。んー、少しはいいかな」

 魔力によって作られた氷は溶けると魔力に戻る。
 なので濡れる心配もない。

 ミズキはトモナリから受け取った氷を笑顔でハンカチに包んで額に当てる。
 じんわりとした冷たさが気持ちいい。

「なな、俺にもくれよ」

「分かったよ。ほら」

 物欲しそうな顔をしているユウトにも氷を作って渡してやる。

「おー! 冷たくていいな!」

 ユウトは直に氷を持って首に当てている。
 魔法の氷なので濡れる心配はないが直だとすぐに冷たくて持っていられなくなってしまう。

「ひょっ……つめて……」

「なんかで包んでやれよ」

 熱が取れる前に氷を持つ手が冷たくなる。
 ユウトは氷を左右の手に持ち替えながら顔なんかに当ててなんとか暑さを凌ごうとしていたのだった。

 ーーーーー
「悪かったな、買い物付き合わせて」

「いいって、泊まるのに必要なもんだろ?」

 駅で合流してすぐに家ではなかった。
 ちゃんと準備していたつもりでも意外と見落としがあって必要なものがいくつかあった。

 なので駅から家までの途中にあるスーパーに寄って買い物をして、それから家に向かったのである。

「ただいま、母さん」

「ただいまなのだぁ〜」

「あら、おかえり」

「お邪魔しまーす」

「いらっしゃい」

 家に帰るとゆかりが出迎えてくれる。
 ミズキたちトモナリの友達を見てゆかりが嬉しそうな顔をする。

 嘘だと疑っていたわけではないがトモナリが本当に友達を連れてきて安心と嬉しさがあった。

「みんな礼儀正しくて良い子そうじゃない」

 流石に高校生なのでしっかりとしている。
 泊まるわけでもあるしゆかりにちゃんと挨拶するのは当然である。

「これ、お世話になるので」

「あら、別によかったのに」

 コウが手土産をゆかりに渡す。

「用意がいいな」

「姉さんが持ってけって」

 “アイゼンさんのお宅にお世話になる? なら絶対持っていきなさい”
 そんなことを言われてコウは手土産を持参していた。

 高校生にしちゃ出来すぎた心遣いだと思っていたが秘書を務めるようなミクのアドバイスがあったなら納得である。

「へぇ、綺麗にしてんじゃん」

 男子勢はトモナリの部屋に案内する。
 狭い部屋だと思ったことは一度たりともないけれど高校生四人も集まれば流石に手狭にも感じる。

「おい、何してんだ?」

「いや、秘蔵の本でもないかなって思って」

「あるわけねーだろ」

 部屋の隅に荷物を置いたユウトが本棚の本の後ろを覗き込んでいた。
 もちろんそんなところに秘密のものを隠すはずがないし秘蔵の本なんてものはない。

「こういうのはベッド下だって聞いたこともあるよ」

 コウがドヤ顔で知識を披露する。

「そこにもないよ。というかそこにもじゃなくてないよ」

「つまんねーなぁー」

「家から追い出すぞ、お前」

「んだよ、こういうの定番だろ?」

「今時エロ本隠してるやつなんかいないって」

「なになに、トモナリ君エロ本隠してるの?」

「違うって!」

 別の部屋に荷物を置いてミズキとサーシャもトモナリの部屋にやってきた。
 二人増えるともう部屋は結構狭い。

「よいしょっと」

 ミズキは遠慮もなくトモナリのベッドに腰掛ける。

「んーもう布団敷いちまおうぜ」

「……そうだな」

 夜までまだ時間はある。
 みんなでだべりながら過ごそうと思っていたけれどベッドにみんな腰掛けることはできない。

 リビングはキッチンと繋がっていてゆかりがせっせと夜ご飯の準備をしている。
 邪魔もできない。
 
 そうなると床に座ることになるのだけど直に床に座るなら布団でも敷いてしまおうとユウトが提案した。
 どうせ寝る時には布団を敷くことになる。

 今から敷いていても問題はない。
 トモナリの部屋に泊まる三人分部屋いっぱいに布団を敷く。

 レンタルしてきたお布団はふかふかとして結構良いものであった。

「そう言えば一つ聞きたいんだけど」

「なんだ?」

 布団にかからない部屋の隅にテーブルを置いてそこにコップやら飲み物やらを用意した。
 スーパーで必要なもの以外にも色々と買い込んできていた。

「試練ゲート攻略したじゃない?」

「ああ、そうだな」

「能力値倍になってたけど出てみたら思ってたより能力値高かったんだよね」

 No.10をクリアしてトモナリたちはレベルが15にもなっていた。
 レベル9で試練ゲートに入ったわけだからかなりレベルとしては伸びた。

 同じ学年の子達と比べても高くなった。
 そしてゲートにいた時は能力値が倍になっていたから分かりにくかったけれど、ゲートを出て落ち着いて能力値を見たミズキは違和感に気づいた。

 自分の能力値が想像よりも高かったのである。
 上がったレベルから考えた時の能力値とズレがある。

 上振れすることはあるけれどもそれでもだいぶ違っていた。

「それはな、あのゲートで能力値倍の恩恵を受けている時にレベルアップすると倍の能力値がアップするんだ。それはゲートを出ても消えないんだ」

 オークと連戦だったためにレベルアップのたびに能力値を確認したりしなかった。
 細かく確認していると能力値が倍伸びていることや倍になった上で恩恵でさらに倍の能力値になっていることにも気づいただろう。

 結局ゲート攻略中はあまり確認をせず、ゲート攻略後は終末教のせいで慌ただしくなってしまった。

「だから一回のレベルアップでも能力値がいつもの倍伸びてたんだ」

「そうだったんだ」

「えっ、そうなのか!?」

 ユウトが慌てて自分のステータスを確認する。

「あっ、ホントだ!」

 ようやく自分の能力値が高めに伸びていることにユウトも気がついた。

「コウやサーシャは気づいてたようだな?」

「そうじゃないかなって思ってたよ」

「ミズキと同じく疑問だった」

 コウは能力値を見てゲートの恩恵でレベルアップで倍伸びていることに気づいていた。
 二階でもわざわざオークを倒して回ろうとトモナリが言っていたことも併せてレベルアップを狙っていたのだなと理解していた。

 一方で何も言わなかったサーシャの方は疑問には思っていたけれど、トモナリが何かしたのだろうとすんなりと受け入れていた。
「でもさ、トモナリってホント不思議だよな」

 布団の上で横になったユウトがトモナリを見る。

「何が不思議なんだよ?」

「んー、何でも知ってて堂々してるし強いしさ。なんつーかさ、人生二周目って感じ」

「あー分かる」

 コウがユウトの言葉に同意する。
 コウはアカデミーのテストにおいて学年三位の成績をおさめていた。

 出来は良かったし一番あるだろうと思っていたのにトモナリに一問差で負けてしまったのだ。
 トモナリのことを馬鹿だとは決して思っていない。

 しかしトモナリよりも勉強を頑張っているというちょっとした自負があったので負けた時には相当悔しかった。
 トモナリは回帰前にガリ勉タイプで回帰前の知識があるので勝てただけなのである。

 実際人生二周目感はあるとコウだけでなくみんなも思っていた。

「そりゃ二周目だからな」

 トモナリは少し笑って答える。

「そっか〜二周目か〜ってんなわけあるかよ!」

 それっぽいというだけで本気で二周目だなど思うはずもなくユウトがツッコむ。
 本当に本当のことを言っているのだけどなんと言葉を尽くしてもすんなりと信じてくれる人の方が珍しいだろう。

「トモナリって中学時代どんなんだったんだ? ミズキ、同じ学校だろ?」

「トモナリ君は……その……別のクラスだったし」

「でも入学前から知り合いっぽかったじゃん」

「それは……」

 急にミズキの言葉のキレが悪くなった。
 ユウトは悪気もなく首を傾げる。

「俺は中学の時いじめられてたんだ」

「えっ?」

「馬乗りになられてぶん殴られて……それで三年の時はあんま学校にも行ってないんだ」

「そ、壮絶だな。……あ、変なこと聞いてごめん」

 ユウトがバツの悪そうな顔をする。

「いいって。もう気にしちゃいない。今はこうして泊まりに来てくれる友達もいるしな」

「……チェ、ずるいことゆーよな」

「学校行ってない時に体鍛えたくてな。そこでミズキの家の道場に通ってたんだ」

「それで知り合いだったんですね」

「まあその前にもちょっとあったけどな」

「なに? なんか良い話?」

「ふふーん、僕がミズキを助けた話だな!」

 ヒカリがドーンと胸を張る。
 ちゃんと挨拶交わして互いを認識したのは道場での出会いであるけれど、その前に廃校でのゲート事件の時に顔は合わせている。

 トモナリが覚醒しに行った場にミズキも迷い込んでいた。
 トモナリとヒカリの機転のおかげでなんとか無事にミズキも逃げることができたのである。

 その時にミズキも覚醒していた。

「そんなことあったんだ」

「むぅ……恥ずかしい……」

 軽くトモナリがミズキとの出会いを話すとヒカリがスケルトンをちぎっては投げちぎっては投げの冒険譚に格上げする。
 ミズキとしては猫を追いかけて廃校に入った挙句トモナリとヒカリになんとか助けられた照れ臭いエピソードなのである。

「さすがヒカリちゃん」

「そうだろう!」

 あの時のヒカリならスケルトンにも負けるぐらいだっただろうとトモナリは思うのだけど自慢げなヒカリに水は差さないでおく。

「……と、そろそろだな」

 トモナリはベッドの近くにかけてある時計を見た。

「そろそろ?」

「ああ、風呂だよ」

「お風呂?」

「部屋に雑魚寝で泊まるのはいいけど流石にこの人数風呂に入るのは厳しいだろ。飯の前に近くの銭湯行こうぜ」

 泊まるだけなら床さえなんとかなる。
 しかしお風呂までとなると結構厳しいものがある。

 ただ夏の時期で家まで来るのにも汗をかいたりしていた。
 そこでトモナリは夕飯の前に銭湯に行こうと考えていたのである。

「確かに汗かいちゃったもんね」

 お風呂はどうするのだろうという疑問は確かにちょっとあったとミズキは思う。
 流石に人の家なので聞けなかったがみんなで銭湯というのもまた面白い。

「銭湯……行ったことない」

「僕もだ」

「近くにいいところがあるんだ。いこう」

「さんせー!」

 ーーーーー

「うおー! すげー!」

「ふふ、いっぱい食べてね」

 銭湯に行って帰ってきたらリビングに出してあった低いテーブルいっぱいに料理が並べられていた。
 いつもは椅子に座るダイニングテーブルを使っているのだけどみんなが座る椅子がないので床に座って食べられるようにしたのだ。

 ゆかりがトモナリの友達のためにと用意してくれた料理にユウトは目を輝かせる。

「ちょっと作りすぎちゃったかしら? 残してもいいからね」

「いえいえ! 全部食べますよ!」

 みんなでいそいそとテーブルを囲んで座る。

「んじゃ! いただきまーす!」

「「「いただきまーす」」」

 我慢しきれなくなったユウトがサッと唐揚げに手を伸ばす。

「うまぁ!」

「そうだろうそうだろう! ゆかりの料理は絶品なのだ!」

 ゆかりの料理が褒められたことになぜなのかヒカリがドヤ顔をしている。

「うん! 本当に美味しいです!」

「うわー、トモナリ君のお母さん料理上手なんだね!」

「ありがとう、みんな」

 特別だけど、特別なことはない家庭料理。
 みんなでワイワイと囲む食卓ではいつもよりも美味しく感じられる気がする。

「羨ましいなぁ。うちの母さん……あんまり料理得意じゃないんだよな」

「そうなのか?」

「昔から得意じゃないらしくて今は開き直っててでっかい冷凍庫にたくさん冷凍食品詰めてあるんだよ。冷凍食品も美味いんだけどさ……こうした家庭感ってやっぱちょっとちゃうじゃん?」

「ゼータク言うなよ」

「いわねぇさ。でも時々羨ましくなるなって話だよ。それにこんなこと言って母さん料理作られたら俺が危険になる」

「どんな料理作るんだよ……」

 ユウトの母親もユウトに似て明るい性格の人だと聞いている。
 まさか料理できない人だとは思わなかったけどこうした話が聞けるのも面白い。
 
「ありがとう、母さん」

「どういたしまして」

 トモナリが感謝の言葉を口にするとゆかりはにっこりと笑って答える。
 たまにはこうした時間も悪くないものだとトモナリも思ったのだった。