「何かあったのか?」

「覚醒者協会の奴らがきています!」

「何だと? 連絡は遮断したはずだろう」

「分かりません……ですが宮野祐介(ミヤノユウスケ)が来ています。もう結界も突破されると思います」

「ミヤノだと……備えていたようだな」

 クロロスはトモナリとヒカリに視線を向けた。
 トモナリはダメージから何とか立ち直って剣を構えながらクロロスのことを睨みつけている。

「撤退だ!」

 クロロスにとってトモナリとヒカリの制圧は難しいことではない。
 しかしさらなる敵が目前に迫っている中で必死の抵抗を見せるトモナリと戦うことに読みきれないものをクロロスは感じた。

 終末教の数も減っているしマサヨシと戦う仮面の男の旗色も悪い。
 ここで少しでも時間がかかった上にヒカリという荷物を抱えて逃げることは危険だと判断した。

 クロロスが腕を振ると魔力の塊が飛んでいって鉄の壁が一部吹き飛ぶ。

「あちらから逃げるのだ!」

「はっ!」

「くっ……!」

 逃してはなるものかと食い下がりたいところだったけれどトモナリの体もダメージに悲鳴をあげている。
 飛びかかっていけるような余裕はなかった。

「愛染寅成……それにヒカリといったか」

 終末教が撤退を始める。

「今回は我々の負けだ。だが君たちが正しい終末に立ち向かう限り我々と相対することがあるだろう。また会おう。次は敵でないことを願っている」

 クロロスも最後に撤退していき、後には呆然としたような課外活動部のみんなが残された。

「学長!」

 トモナリは周りの状況を確認する。
 終末教にやられたレイジはミクが治療していて大事には至らなそうだった。

 他にも多少の傷はあったりしたがトモナリよりダメージを受けている子はいない。
 ふと見るとマサヨシが地面に膝をついて青い顔をしていた。

 何かあったのかとトモナリがマサヨシに駆け寄る。

「大丈夫ですか?」

 マサヨシは戦いを優位に運んでいた。
 あのまま撤退しなければマサヨシの方が勝っていたはずなのにどうして苦しい顔をしているのかトモナリには分からない。

「……心配するな。一時的なものだから」

「一時的なもの? 何か反動のあるスキルでも?」

「皆さん、遅れてしまい申し訳ありません!」

 敵の攻撃によるものではなく一時的なと表現をしたのでトモナリはマサヨシが自分にダメージのあるスキルでも保有しているのかと考えた。
 マサヨシが答えようと口を開きかけた。

 その時十数人の覚醒者が囲いの中に入ってきた。
 一人は以前にトモナリのところを訪ねてきたシノザキである。

「終末教はあっちから逃げました!」

 トモナリが壊された囲いを指差す。

「分かった。ありがとう!」

 その連中は覚醒者協会の覚醒者たちであった。
 数人を残し覚醒者協会は終末教を追っていく。

「……もう俺たちの出番は終わりだな。俺の心配より君こそ口から血を流しているじゃないか」

「ええ、結構なダメージですが……生きているだけマシです」

 クロロスの力を考えるにもうほんの少しでも本気を出していたらトモナリは死んでいた。
 トモナリの力を見極めるようにクロロスが手を抜いていたからこの程度で済んでいるのだ。

「肩を貸しましょうか?」

「悪いな……」

 トモナリが手を貸してマサヨシが立ち上がる。

「俺のこの状況はスキルによるものじゃない」

「ではどうして?」

「俺がどうして覚醒者の一線を引退したか知っているか?」

「……いえ、知らないです」

 終末教に対抗する覚醒者を育てるためにマサヨシがアカデミーを創設したことは知っているが、自身でも戦えるはずのマサヨシがなぜアカデミーを創設するに至ったのかまでは知らない。
 ただ終末教と何かがありそうなことは予感している。

「あれは七番目のゲートだった。当時まだ覚醒者として活動していた俺は攻略に参加する予定だったのだ。そこで奴らが現れた」

「終末教、ですか?」

「そうだ。ゲート参加者たちを襲撃して俺も戦った。その時に終末教のサードナイトと呼ばれる幹部級の者と戦って……負けた。幸い死にはしなかったもののその時の怪我が元で魔力経路が傷ついてしまった」

 魔力経路とは体の中にある魔力を動かすためののものである。
 血管のようなもので魔力経路を流れて魔力は全身を駆け巡っているのだ。

「普段の生活で支障はないだが強い魔力を使うとこうして体に不調が起こるようになってしまった。だから一線を退いたのだ」

「そんなことが……」

「それにレベルを奪われてしまった」

「レベルを?」

 どういうことなのか分からなくてトモナリは眉をひそめる。
 
「今の俺のレベルは20しかない」

「えっ?」

「奴らのスキルの一つだったのだろう。どういうわけがレベルが20になり、そこから上がらなくなってしまった。能力値はそのままなのだがレベル20のセカンドスキル使えなくなったのだ」

 レベルを奪うスキルなんて聞いたことがない。
 だがそういえばかつてマサヨシはレベル20以下のゴブリンダンジョンでトモナリのことを助けてくれた。

 そんな秘密があったのかと驚いてしまう。

「代わりにサードナイトとかいうふざけたやつの顔面も深く切りつけてやったがな」

「痛かったでしょうね」

「痛かったなんてものじゃ済まないだろうな」

「マサヨシ、大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ」

 立ち上がったマサヨシは多少ふらつきながら自分で動けそうであった。

「クロサキ、状況は?」

「浦安零次さんが大きな怪我を負った他は皆軽傷です。ウラヤスさんも治療が間に合いまして命に大事はありません」

「そうか。死人が出なかったのは幸いだ。……君のおかげだな」

 マサヨシはトモナリのことを見た。

「とんだことになってしまったがこれ以上のことは起こらないだろう。疲れているかもしれないが怪我のないものでテントなどの撤収を行う」

 そんな気分でなくとも何もないこんなところに長く留まっている必要はないし、また終末教が現れる可能性もある。
 片付けをして近くの町に行った方が安全でしっかり休むこともできる。

「トモナリ君」

「ん?」

「これ」

 ミズキがトモナリにハンカチを差し出した。

「口のところ血がついてるよ」

「ああ……ありがとう」

「こちらこそ。トモナリ君が事前に言ってくれてなかったら戦えなかったかもしれない」

 ゲートを出る直前にトモナリは終末教に襲われるかもしれないとみんなに伝えていた。
 言われていても動きが遅かったのに言われていなかったらパニックに襲われていた可能性がある。

「覚えとけ。俺たちはゲートやモンスターの他にもあんなのとも戦わなきゃいけないんだ」

「……うん」

 ミズキは小さく頷いた。
 試練ゲートを攻略した喜びの直後になかなか酷なことであると思うが、クロロスの言う通り試練ゲートを攻略するなら終末教という問題はついて回る。

 今回は死人も出ずに運が良かった。
 次会う時にはクロロスとかいう終末教の男も倒して見せるとハンカチで口の血を拭いながらトモナリは思っていた。