ラスボスドラゴンを育てて世界を救います!〜世界の終わりに聞いたのは寂しがり屋の邪竜の声でした

「ほらよ」

 今はアーティファクトを着けていなくても特に問題もない。
 トモナリは軽く笑ってヒカリの頭に王冠を乗せてやる。

「ま、待つのだ! サーシャ、これ持っててほしいのだ」

「ん、いいよ」

 ヒカリは一度王冠をサーシャに渡す。
 そして身につけていたヒカリ用のヘルムを脱ぐと再び王冠を頭に乗せる。

「どうだ?」

「お〜、似合ってる」

「そうかそうか!」

 サーシャがパチパチと拍手をしてヒカリを褒め称える。
 ヒカリはドヤ顔で胸を張る。

 トモナリが乗せれば安いコスプレにしかならないがヒカリが頭に乗せていると様になる。
 可愛い。

「わはは〜」

 ヒカリのヘルムはトモナリがインベントリに入れておく。
 突発的な荷物もインベントリに余裕があれば入れておけるのでありがたい。

 ヒカリはトモナリの肩に乗るようにして、頭をトモナリの頭に乗せている。
 つまり王冠を乗せたヒカリの頭がトモナリの頭に乗っているのだ。

「トモナリ君も可愛いよ?」

「……あんがと」

 うっすらと微笑んでサーシャはそんなトモナリとヒカリの様子を見ている。

「プフッ!」

「笑うなよ」

「いやだって……うん、トモナリ君可愛いよ……」

 対してミズキはトモナリと王冠ヒカリのミスマッチ感がなんとなく面白くて吹き出してしまった。

「まあいいや。オークの死体は持ってけるかな?」

 トモナリはオークの死体をインベントリに入れようとしてみる。
 インベントリには量的制限と枠数制限がある。

 枠数制限はインベントリに入れられる個数である。
 枠が10なら10個しかものが入れられない。

 100個ならものが100個入れられるということになる。
 そして量的制限とはインベントリの大きさである。

 インベントリには大きさというものがあって入れられる量に限界がある。
 たとえ100個の枠があっても100個なんでも無限に入れられるわけじゃない。

 テニスボール100個を入れられてもサッカーボール100個は量的制限の関係から入れられないなんて人もいる。
 トモナリの回帰前のインベントリは量的制限がやや大きい代わりに枠数制限が15と少なめだった。

 オークの体は大きい。
 量的制限が厳しいと一体でもインベントリには入れられないだろう。

「おっ、入った」

 オークの体がトモナリの表示の中に吸い込まれていった。
 どうやら量的制限は大きめのようだ。

「枠数は50か」

 枠数についても数は多めである。
 ただし枠数については荷物を一つにまとめて一つの枠で収めてしまうなんていう裏技があるのでよほど枠数が少なくない限りは問題がないのである。

 インベントリが解放されたおかげで攻略においての自由度も高くなった。
 ついでに王冠という予想外のアイテムも手に入れられた。

『力:102(51)
 素早さ:110(55)
 体力:100(50)
 魔力:96(48)
 器用さ:108(54)
 運:56(28)』

 能力値をチェックしてトモナリはニヤリと笑った。
 通常の能力値も括弧で表示されているのだが通常の上がり幅に比べて倍上がっていた。

 これもまたこのゲート、レベル10未満で入ることによる効果だった。
 能力値二倍という効果はレベルアップにも適応される。

 つまりレベルアップによって向上する能力値も倍になり、そこからゲート中限定で上がった能力値がさらに倍になる。
 しかもレベルアップで倍になって上がった能力値はゲートを出てもそのままになるのだ。

 これぞトモナリが狙っていた効果だった。
 能力値倍の効果を受けてレベルアップすると能力値の向上も倍になる。

 簡単に言えば一回のレベルアップで二つレベルが上がったのと同じ効果が得られるのである。
 つまりゲートの中でレベルアップすればするほどお得になる。

「それじゃあまだまだまでモンスター探して行こうか」

 能力値が倍になり、サクッとオークを倒したことでみんなにも自信がついた。
 このままさっさとレベルアップだとトモナリは笑った。

「ミズキ、やれ!」

「おりゃあ!」

 No.10の一階の攻略条件はオークの全滅である。
 なので見つけ次第オークに襲いかかった。

 オークは力も強く筋肉質な体は意外と固くて本来ならレベル一桁では厳しい相手である。
 しかし能力値が倍になっている今なら戦える。

 スキルに頼らず能力値と仲間たちとの連携で戦う経験は後にも生きてくるとトモナリは思う。

「食らうのだ!」

 ヒカリが魔力で形成した鋭い爪を立ててオークの頭をスライスした。

「ヒカリちゃん強い!」

「これぐらい当然なのだ〜」

 ゲートはヒカリにも影響を与えているのか、あるいはトモナリの能力が上がったことがヒカリにも反映されているのかヒカリも今はかなり強かった。
 オーク数体ぐらいならヒカリだけでも相手できそうである。

「レベル10になった!」

「僕も。インベントリが解放されたって」

 みんなも続々とレベルが上がっていく。
 オークが格上の相手になるのでレベルアップも早い。

 何体かのオークを倒して少し遅れてマコトもレベルが10になったので一度ゲートの前まで戻ってきた。

「ゲートからは出るなよ?」

 ゲート前に置いてあった荷物から水を取り出して飲む。
 本来ならゲートから出て完全に安全なところで休憩を取るのがいいのだが、今回はゲートから出るつもりはなかった。

「なんで?」

「能力値の倍化はゲートから出ると無くなってしまう。そして倍になるのは最初に入った時のみだ」

 能力値を倍にしてくれる恩恵は初回入場時限定の効果となる。
 ゲートを出ると恩恵は無くなり、二回目以降はもう恩恵を受けられなくなる。

 だから大きな荷物にいろいろなものを詰め込んで持ってきたのである。
「出ちゃうと能力は元に戻る。そうなったら今回の攻略からは外れてもらう」

「ふーん、分かった」

 外で待っているみんなとしてはヤキモキする事だろう。
 しかし出られない以上は報告することもできない。

「……昼食べて、そこから再開するぞ」

 トモナリは腕時計で時間を確認する。
 No.10の中は時間の経過が分かりにくい。

 なぜならNo.10の中は常に昼であるから。
 外で夜だろうとNo.10の中は一定の明るさが保たれてる。

 しかし太陽なんかはなくただ明るいという不思議空間である。
 そのために時間感覚が周りの環境から計ることができない。

 普通に時計があれば時間がわかるので時間を見ながら食事や休憩、睡眠など時間に沿った行動をすれば体の調子が狂うことも少ない。

「おっべんと〜おっべんとぉ〜」

 お昼ご飯はお弁当である。
 中で長時間攻略することが分かっていたので手軽に食べられるお弁当を持ってきていた。

 時にはゲートの中のモンスターを食べることもある。
 オークは豚肉みたいな味がして美味いのだけどお弁当があるのにみんなの目の前で解体して肉を焼く必要はない。

 トモナリが周りの警戒に当たってその間にみんなでお弁当を食べる。
 ゲート周りは安全であるが万が一がある可能性もある。

「食べ終わったら荷物インベントリに入れてみろ。入らなかったらこのままここに置いてけ」

 すぐに使えるように荷物はインベントリに入れて持っていく。
 お昼を食べ終えたトモナリたちは少し休憩して再びNo.10の攻略を再開する。

「はああああっ!」

「マコト君、ナイス!」

 見つけたオークをみんなで攻撃して膝をつかせた。
 マコトが影から飛び出してきてオークの喉を深く切り裂いて倒した。

 ナイフという武器は小回りが聞いて攻撃速度も速いが刃渡りの短さから攻撃距離も短く敵に接近しなければいけない。
 マコトはブルーホーンカウの時は及び腰で視界の外からの攻撃ばかりしていたが、正面から喉を切り裂くような勇気も出てきたらしい。

「どうだ、入りそうか?」

「いや、俺は無理だ」

「僕はいけたよ」

 インベントリの確認もざっくりと行っておく。
 枠数制限はインベントリを確認すればできるから簡単なのだが量的制限は確認が難しい。

 とにかく物を入れてみるしか方法がない。
 持ってきた荷物はみんなインベントリに入れる事はできたのだが、オークの死体を収容しようとすると差が出てきた。

 ユウトはオークをインベントリに入れられなかったけれどコウは入れることができた。
 ミズキとサーシャ、マコトもオークをインベントリに入れることができたので珍しい職業だとインベントリも大きいのかもしれないとトモナリは思った。

「ちょっとどんなもんか……試してみるかな」

 離れたところにオークを見つけた。
 トモナリはみんなに下がっていてもらってヒカリと共にオークに走り出す。

「おらっ!」

 飛び上がったトモナリはオークのことを殴り飛ばした。
 頭が弾き飛ばされてオークがぶっ飛ぶ。

「流石に強いな」

 トモナリは自分の拳を見ながらニヤリと笑う。
 力の数値も倍になった影響で100を超えている。

 さらにトモナリの場合は魔力の能力値も高く、魔力を体にまとっての自己強化も強いので数値よりも高い攻撃力を誇る。
 正直な話、トモナリが本気を出せばボスも一人でひねり潰せるだろうと思う。

「ほわー!」

「ヒカリ、いいぞ!」

「トモナリのことは僕が守るのだ!」

 起き上がってトモナリに棍棒を振り下ろそうとしたオークの腹にヒカリがライダーキックを決めた。
 再びオークが吹き飛ばされていく。

「一回……全力ってもんを出してみたかったんだ!」

 トモナリが剣を抜く。
 真っ赤な刃を持つルビウスに魔力を込めていくと赤い光がまとわれ、赤い炎に変わっていく。

「ヌフフ……ポッ」

 ヒカリが口を尖らせて炎を放つ。
 完全にコントロールされた炎は燃えるルビウスにまとわれていってルビウスが放つ炎と一つになる。

 もはやルビウスは柄から炎が生えているかのようだった。

「消えろ!」

 例えるならドラゴンのブレス。
 トモナリが起きあがろうとしたオークに剣を振るうと圧倒的な熱量が襲いかかった。

 オークから後ろの大地も深くえぐれて消し飛んで、あまりの熱に焦げたように黒くなっていた。

「け、消し飛んじゃった……」

 トモナリの前にはオークがいたはずなのに一瞬の火炎の後には小さな魔石しか残されていなかった。

「気分は悪くないな」

 多分今の威力なら回帰前の自分も余裕で超えているとトモナリは思う。

「ウヘヘ」

 トモナリは無言でヒカリの頭を撫でる。
 ヒカリとならば滅亡する運命を変えられるのではないかと思える。

『オークが全滅しました。二階への扉が開かれます!』

「あっ、あれ最後だったのか」

 どうやらトモナリが倒したオークが最後のものだったようで一階の攻略条件が満たされた。
 振り返ると天を突くような光の柱が伸びているのが見えた。

「あそこが二階の入り口か」

 トモナリは呆然としている仲間たちのところに戻る。

「二階に……」

「すごいじゃん、トモナリ!」

「なんか負けた気分……でも負けないんだから!」

「僕の炎の魔法よりも強いんじゃないかな?」

「ヒカリちゃんもすごかった」

「トモナリ君、さすがです……」

 みんなのリアクションはそれぞれだった。
 今は二階が、なんてことよりもトモナリの力の凄さに驚いている。

「ヒカリがすごいんだ」

「ぬんっ!」

 トモナリがポンと頭に手を乗せるとヒカリがドヤッと胸を張る。

「そうだよね、トモナリ君じゃなくてヒカリちゃんだもんね」

 ミズキはトモナリが強いなんて納得しないといった感じの顔をしている。

「まあそれでも俺はミズキより強いけどな」

「なにおぅ!?」

 謙遜でヒカリが強いと言ったけれどそう正面から実力を否定されるとトモナリもちょっとムカつく。

「負け越してるくせに」

「ぐぬぬ……!」

 トモナリに反論されてミズキは悔しそうな顔をする。
 まさしくぐうの音も出ないというやつである。
「まあ時々なら勝負受けてやるから。みんな、あの光の柱が二階への入り口だ。あそこまで移動するぞ」

 トモナリは落ちていた魔石を拾い上げて光の柱の方へと移動した。

「おお……」

 光の柱の下には大きな扉があった。
 トモナリたちが扉に近づくと光が消えて不自然にたたずむ扉だけが残されている。

「まずはレベルをチェックしよう」

 二階に行く前に準備は必要である。
 レベルを確認がてらみんなの状態のチェックを行う。

 レベルも攻撃の参加状況やトドメを刺した人などで変わってくる。
 できるだけ平等になるように順番に役割を回して討伐していたけれど差はどうしても出てしまう。

「14か。思ってたよりも伸びたな」

 トモナリのレベルは14になっていた。
 2〜3レベル上がればいいと思っていた。

 入った時レベルは9だったので5も上がったことになる。
 かなり良い方だと言ってもいい。

 トモナリの能力値の上がり方は今のところ一つのレベルにつき各2ずつ上がっている。
 さらにゲートの恩恵で倍上がっているのだから後々に及ぼす効果は大きい。

 みんなのレベルも同じようなものだった。
 コウだけは14に達していて他のみんなは13レベルであった。

「二階に行くのだ?」

「いや、今日はここで寝よう」

「ええっ!?」

 まだまだいけると思っていたミズキは驚きの表情を浮かべる。

「気持ちは分かるが外ではもう七時。夜だ」

 トモナリが時計を見せる。
 今現在の時刻は七時を少し回ったところだった。

 朝の七時ではなく夜の七時である。

「もうそんな時間なんだ……」

「全然わからないね」

 みんなも意外と遅い時間になっていることに驚いている。
 ゲート内は明るく時間の感覚が狂う。

 その上戦っているとさらに時間の感覚はなくなるし、戦うことによって興奮したりすると体の疲れというものも分からなくなる。
 今みんなはオークを倒しレベルアップした高揚感でまだまだ余裕であると感じているが、実際には朝から戦い通しで疲労が蓄積している。

 熟練した覚醒者ほど単純な今の感覚だけを信じず体の状態を確認する。
 疲労が蓄積した体で本来休むべき時間に動いていると無理をした反動に襲われる可能性がある。

 夜ならば寝るべき。
 疲労も解消できるし戦いの高揚感が落ち着いて頭も冷静になれる。

「テント張るぞ」

 トモナリは荷物をインベントリから取り出す。
 泊まることも想定してテントも持ってきている。

 荷物はデカくなったけれどもどうせゲート前に置いておくし、インベントリが解放されたらインベントリに入れておけばいいと考えていた。
 男子用、女子用でそれぞれ一つテントを張った。

 それから食材を切る。
 鍋に食材を入れて持ってきていたガスコンロにかける。

 それなりに人数がいればこうして荷物を分散して持って来れるのでありがたい。

「なんか林間学校とかそんなんみたいだよね」

「そんな感じある」

 ミズキの言葉にサーシャが頷く。
 ゲートの中なのであるがすでに一階のモンスターは全滅していることは分かっている。

 テントを張ってみんなで料理の準備をしてと楽しくて、そうした学校の行事のようだと思うのだ。

「どうだ? 煮えてきたか?」

「んー、もうちょっとかな?」

「お腹空いたぞ!」

「ヒカリちゃん、もうちょっと我慢」

「むむ……お菓子食べて待つのだ!」

「ご飯前はダメ」

「サーシャ厳しいのだぁ〜」

 トモナリもそんな和気藹々とした雰囲気を咎めるつもりはない。
 油断するのはいけないがいつも気を張り詰めていてはダメになってしまうのでほどほどに気を抜くのは良いことだ。

 ヒカリなんかゆるゆるに見えるけれど実際何かが近づけば真っ先に気づいてくれる。
 緩やかさもあるし鋭さもあるのだ、とトモナリは思っている。

「そっちは?」

「こっちもいい感じだよ」

 もう一つのコンロの方ではご飯を炊いていた。
 それぞれ役割分担して料理を進める。

「かんせー!」

「やったのだ!」

 トモナリが全体を見ながらミスなく料理を作り上げた。
 今回作ったのはカレーライスである。

 お弁当を持ってきてもよかったのだけど温かいものというのはそれだけでも過酷な状況において美味いものである。

「うん、美味いな」

 みんなで丸く集まってカレーを食べる。
 カレーもご飯も上手くできている。

「……眠いか?」

「あ、ごめん……」

「いいんだ。1日ゲートを攻略した興奮していた頭が落ち着いて疲労を認識し始めたんだ」

「うん……やっぱり疲れてるかな」

 カレーを食べていたマコトがぼんやりとしていることにトモナリは気づいた。
 お腹も満たされて一通り落ち着いてきて疲れが出てきたのだ。

 当然のことで責めるつもりなんてない。

「確かになんだか眠くなってきたな」

 ユウトはあくびをしながら体を伸ばす。
 まだ戦える。
 
 そんな風に思っていたのに料理を作って休むと体が急に重たく思えてきた。

「疲れたら甘いものだぞ」

 デザート代わりにヒカリがチョコをマコトに渡した。

「片付けをしたら休もう。モンスターはいないと思うけど念のため交代で見張りをするんだ」

 カレーもライスもヒカリが食べきってくれたので捨てるようなことにならなかった。

「水の魔法使えるんだ」

「便利だからな」

「てっきり火の魔法専門かと思ってたよ」

「なんでも使えて損はない。ヒカリが火だから俺は別属性ってことも考えてるんだ」

 トモナリとコウで魔法で水を出して皿や鍋を洗う。
 コウはトモナリが水の魔法を使えることに驚いていたけれど魔法は魔法使いしか使えないものじゃない。

 トモナリは魔法職ではないけれど魔力は高いので魔法を練習してもいいぐらいの能力値がある。
 トモナリは色々な属性をちょっとずつ扱えるオールラウンダーだった。

 火は暖を取ったりすることができるし水はこんな細かなことにも使うことができる。
 魔法で戦うというより攻略を便利にする目的の方が今は大きかった。

「それじゃあ僕は先に寝るよ」

「ああ、お休み」

 トモナリは見張りのためにそのままテントの外に留まる。
 みんなの雰囲気は夜であるが空を見上げると明るく、とても奇妙な感覚になる。
「トモナリ」

 地面に座るトモナリの膝の上にヒカリが降り立った。
 ヒカリはぎゅっとお腹に抱きついて、眠たいのかややトロンとした目でトモナリを見上げている。

「眠いなら寝ていいんだぞ?」

 トモナリが頭に手を乗せて親指で撫でてやるとヒカリは気持ちよさそうに目を細める。

「なら僕はここで寝る」

「そうか、好きにしろ」

 ヒカリは頭を下げてトモナリのお腹に顔をうずめる。
 トモナリは微笑み浮かべてそのまま頭を撫で続ける。

「ありがとな、ヒカリ」
 
「何がなのだ?」

「俺の友達になってくれて……そして、俺にもう一度機会を与えてくれて」

 回帰してからまだ長いようで短い時間しか経っていない。
 それでも色々と変わった。

 もし一人だったらここまで頑張れていないかもしれない。
 トモナリ! とそばにいてくれる存在はとても大きく、ヒカリと共にある忙しさとヒカリの不思議さは未来を憂う不安を忘れさせてくれる。

 トモナリにとってもヒカリはもう大事な友達で重要なパートナーなのである。

「でへへ……」

 トモナリの言葉にヒカリは顔をうずめたまま嬉しそうに笑う。
 尻尾が揺れて機嫌が良さそうなことが丸わかりである。

「今回は……みんなと…………ヒカリと一緒に戦ってみせる」

 いつの間にかヒカリは寝息を立てていた。

「終末教も試練ゲートも全部ぶっ飛ばして世界に平和を取り戻す」

 トモナリは太陽もない明るい空を見上げる。

「きっとやれるよな」

「むにゅ……トモナリ……」

 ーーーーー
 
「んー、不味くはないけど……」

「こうしたものも時には必要だぞ」

「分かるけどさぁ」

「もう一本!」

「ヒカリちゃん元気」

 時間的には早めの朝ぐらいにみんな起き出した。
 明るいためにあんまり寝ていられなかった。

 忘れていたけれどアイマスクぐらい荷物に忍ばせておけばよかったなとトモナリは思った。
 朝ご飯は簡易的に食べられるエナジーバーである。

 最近のものは割と美味しいのだけどお弁当や作ったカレーに比べれば劣ってしまうのは仕方ない。
 ヒカリは何でも美味しいらしくエナジーバーもぱくぱく食べている。

 サーシャはエナジーバーの袋を開けてヒカリに差し出す。
 どんな時でも美味しく飯を食べられるのも才能であり生き残るためにも必要なことではある。

「さて、じゃあ二階にいこう。攻略終わらせて、美味いもんでも食べに行こう。きっと学長が奢ってくれる」

 望ましいのはゲートの中でもっとレベルを上げていくことだが、トモナリたちがゲートの中にいる間全滅したオークは復活しない。
 いつまでも一階にいても仕方ないのでさっさと二階を攻略してしまう。

「改めて確認するぞ」

 二階も一階と同じく茶けた大地が広がる山岳地帯であった。

「二階の攻略条件は同族喰らいオークの討伐だ。いわゆるボスが同族喰らいオークだな」

「はい、質問」

「なんだ?」

 ミズキが手を上げる。

「同族喰らいって何?」

 授業でも聞いたことがない。
 ボスである以上通常個体と違った特徴があるのだろうと思うのだけれど同族喰らいがどんなものなのか分からなかった。

「そのまんまの意味だよ。狂った個体……仲間を喰らう化け物だ」

 基本的にモンスターは同族の個体には手を出さない。
 協力し合うモンスターはもちろん協力しないようなモンスターも同族を攻撃することはないのだ。

 しかし同族喰らいはその名の通り同族に手を出し、喰らうモンスターのことを指す。

「何で同族に手を出すかなんてことは分からないけれど同族に手を出したことによってモンスターの能力は強化されるんだ」

 同族を喰らうことでモンスターは強くなる。
 原理もなぜそうした行動を取り始めるのかも回帰前でも判明はしなかったけれどともかく同族を喰らうモンスターは通常個体よりも強い。

「ただデメリットがないわけじゃない」

「デメリット?」

「理性を失う。常に強い飢餓感に襲われるようになって同族を襲い続ける。純粋な能力としては強くなるけど知性としては大幅に弱くなるんだ」

 同族を喰らった代償なのだろうか。
 同族喰らいは通常のモンスターに比べて知性が大幅に弱くなる。

 理性を失い落ち着きがなくなり、飢餓感を覚えて新たな同族を探して彷徨い始めるのだ。

「見た目じゃ区別はできないのか?」

「外見に大きな特徴の変化はないけど目を見れば分かる」

「目?」

「そうだ。まるで血に染まったように真っ赤になるんだ」

 同族を喰らったからと見た目に大きく変わることはない。
 理性を失ったからとモンスターの表情の変化を人が見抜けるはずもない。

 けれども一ヶ所だけ違いが現れる場所がある。
 それは目である。

 まるで同族の血で染まったかのように真っ赤になるのだ。

「じゃあ赤い目のモンスターを探して倒せば終わり……ということですか?」

「その通り。だけど俺はこの階にいる他のオークとも戦うつもりだ」

 ボスを探し出して倒すというのは単純な話である。
 しかしトモナリはそんなに簡単に終わらせるつもりはなかった。

「どうせならもうちょっとレベル上げていこうぜ」

 みんなは早く帰りたそうにしていて顔に出ている。
 ゲートの中におけるレベルアップで倍の能力値上がっていることをまだ分かっていないのだ。

 トモナリもわざと説明しない。
 きっと出た時にみんな驚くだろうから。

「オーク探すぞ。赤い目の同族喰らいを先に見つけたら先に倒してしまおう」

 流石に同族喰らいを見つけたなら戦う気はある。

「オークどもが全滅するか、同族喰らいが先に見つかるか……だな」

 トモナリはニヤリと笑った。
 そしてオークを探すために移動を開始した。
 一階のオークより二階の方がほんのちょっと強い感じはあったものの、戦い方が大きく変わることはないのでオークとの戦いに慣れたトモナリたち敵ではなかった。

「ドリャッ!」

 ヒカリがオークの顔を爪で切りつけて怯んだ隙にクラシマがオークの膝を横から殴りつける。
 オークの膝が砕けて足が折れて横倒れになる。

「トドメだ!」

 最後にユウトがオークの首をめがけて剣を振り下ろす。
 一撃でしっかりと決められた攻撃によってオークの首が地面を転がる。

「いっちょ上がりぃ!」

「おつかれ〜」

「オークの倒すのはいいんだけど同じ敵ばっかで飽きてきたな」

 ユウトが剣を振ってオークの血を払う。
 オークに慣れてきたのはいいけれど慣れてくるとどうしても飽きてくるなんてことが起きてしまう。

「飽きるほど慣れるのはいいけど油断はするなよ?」

 飽きるということで不要な油断を誘発してしまう可能性がある。
 トモナリはしっかりと釘を刺しておく。

「分かってるよ。今だって能力値倍だから何とかなってるんだしな」

 ユウトもトモナリの言葉に頷く。
 飽きてはきたが手を抜くことはしない。

 お調子者に見えるが意外とユウトは真面目である。

「トモナリ君、あれ」

「あれ? あれは……」

 オークの死体をトモナリがインベントリに収納して次のオークを探そうとしていた。
 その時サーシャが遠くにオークの姿を見つけた。

 何だか様子がおかしいとトモナリは思った。
 やや前屈みでノロノロと歩き、時々頭を振っていて奇妙な行動をとっている。

「あっ、目が赤いよ!」

 変なので少し様子を見ていたらオークが振り向いた。
 誰がどう見ても目が赤く染まっていてみんなすぐに同族喰らいのオークであると分かった。

「ボスだな。まだオークはいそうな気もするけど見つけたなら戦うか」

「よしっ!」

「あれ倒したらようやくオークから解放されんのか」

 見つけたら倒すと言っていた。
 ここで見逃してはまた探すのも面倒なので同族喰らいオークと戦うことにした。

「戦い方は基本的に変わらない。けれどこれまでよりも一気に決めてしまいたい感じはあるな」

 同族喰らいオークにバレないように後をつけながら襲撃のタイミングをうかがう。
 同族喰らいオークはやや不安定な感じがあっていつ振り向くかも分からない。

 同時に不安定さがあるモンスターは大体の場合すごく鈍いかすごく敏感になっているかのどちらかである。
 鈍い場合はそのまま襲撃できるだろうが敏感な場合は近づくとバレてしまう。

 バレたところで構いはしないのだけど、相手を見極めるということも覚醒者には必要なので経験だと思ってみんなで同族喰らいオークを観察する。

「あっちに普通のオークがいますね」

 鈍いのか敏感なのか観察じゃいまいち分からないのでそろそろ攻撃しようと思っていたら同族喰らいオークの進行方向に普通のオークが現れた。

「あっ……」

 普通のオークを見た瞬間同族喰らいオークが走り出した。
 持っていた棍棒を普通のオークの頭に向かって振り下ろす。

「オーク同士が戦ってる……」

 普通のオークも抵抗を見せるものの同族喰らいオークは反撃も気にしないように攻撃を続ける。
 同族喰らいオークは何度も何度も執拗に普通のオークを殴りつける。

 地面に倒れた普通のオークが完全に動かなくなって同族喰らいオークは雄叫びを上げた。

「うわ……」

「あれが同族喰らいってことだ」

 同族喰らいオークは膝をつくと普通のオークの肉を喰らい始めた。
 あまり気分の良い光景ではなくみんな顔をしかめる中でトモナリは平然としていた。

「さて、攻撃するぞ」

「え? 今?」

「そうだ。食事中周りのこと強く警戒しないからな」

 同族喰らいオークはかなり仲間を喰ったのかかなり正気を失っている。
 もはやオークを喰らわずにはいられないようで今も食事に夢中になっている。

 そうなると攻撃できる大きな隙があるということになる。
 同族喰らいオークの食べ方は汚くて血があちこちに飛んでいる。

 血に濡れた相手と戦うのは何だか嫌だなとミズキは思ったがそんなことで好きを逃すわけにはいかない。

「俺が腕でもぶったぎるからあとはいつも通りに行くぞ」

 今のトモナリの能力値なら同族喰らいオークのことを一撃で倒せる。
 しかしそうするとみんなの成長を阻害してしまう。

 一人じゃなくみんなで成長するのだ。

「いくぞ!」

 トモナリは未だに普通のオークを喰らっている同族喰らいオークに向かって走り出す。

「負けないよ!」

「私タンクだよ?」

「トモナリに続け!」

「僕は魔法使いだから」

「はぁ……トモナリ君さすがだ……」

「毎回こうなのか?」

「みんな行くのだー!」

 みんなもそれぞれ動き出す。

「よう」

 トモナリは同族喰らいオークの背中に迫り、剣を振り上げる。
 ルビウスがトモナリの魔力を受けて赤い炎をまとう。

「お前は俺の試練ゲート攻略の記念すべき最初のボスになるんだ」

 声をかけられて同族喰らいオークはようやく後ろにトモナリがいるのだと気がついた。

「光栄に思え」

 トモナリが剣を振ると同族喰らいオークの腕が切り飛ばされた。

「ほい!」

 飛んできたヒカリが同族喰らいオークの腕に炎を吐き出した。
 同族喰らいオークの腕は炎に包まれて燃えながら地面に落ち、同族喰らいオークは痛みにひどく醜い叫び声を上げた。
「みんな今だ!」

 トモナリに続いてみんなで同族喰らいオークを攻撃する。
 コウが火の魔法を放って同族喰らいオークの注意を逸らし、その間にミズキたちは足を狙う。

「な、なんだこいつ!」

 これまでのオークは足を切って地面に倒すことも難しくはなかった。
 左右の足をそれぞれ狙って攻撃すれば簡単に痛みに怯んで踏ん張りが効かずに倒れたのである。

 同じようにユウトとマコトで同族喰らいオークの足を切り付けた。
 普通のオークなら倒れるような攻撃でも同族喰らいオークは倒れなかった。

「避けろ!」

「クッ!」

「わわっ!」

 コウとマコトが振り下ろされた棍棒を慌ててかわす。

「同族喰らいオークは通常のものより硬くて痛みに強い。何度も足を攻撃するんだ!」

 同族を喰らうことを覚えて目が赤く染まった化け物は普通の個体よりも強くなる。
 強いとは単純に力だけではなく体の強靭さにおいても通常の個体よりも上になるのだ。

 体が硬くなったために今までと同じように攻撃すると刃の通りが浅くなってしまう。
 さらに同族喰らいは理性を失い感覚も鈍くなる。
 
 痛みを感じにくくなりダメージに対して反応が薄くなってしまう。
 体が硬くなるということとダメージに対して鈍くなるということの二つが合わさると耐久度がグッと上昇して厄介な相手になるのだ。

 トモナリはあえてそのことを口で説明しなかった。
 見た目がそんなに変わらないからと油断してはいけないしボスはボスとしてただのモンスターじゃないと身をもって知ることは大事だからだ。

 そのためにトモナリが最初の一撃で腕を切り飛ばして攻撃面で弱体化しておいたのである。

「サーシャ!」

「うん!」

 前に出たサーシャが同族喰らいオークに対して魔力を放つ。
 魔法ではなく魔力。

 これは一般的な挑発方法である。
 タンクはモンスターを引きつける必要があるのだが乱戦にもなりやすいモンスターとの戦いで何もせずタンクに攻撃が向けられることは少ない。

 普通ならば攻撃を仕掛ける人にモンスターの注意も向きがちなのであるが、タンクはモンスターに魔力を差し向けることで自分に注意を引きつけるのだ。
 モンスターは大概魔力に敏感であり、敵意の込められない魔力を向けられるとそちらの方に注意が向かうのである。

 挑発された同族喰らいオークは真っ赤に染まった目をサーシャに向けた。

「フッ!」

 サーシャは棍棒をかわすと同族喰らいオークの腕を槍で突く。
 浅いが痛みをしっかりと与えてさらに注意を引きつける。

「行くよー!」

 サーシャが引きつけてくれている間にミズキが同族喰らいオークの足元に入り込む。
 同族喰らいオークは足元のミズキに気づいていない。

 ミズキはしっかりと刀を振りかぶり、同族喰らいオークの足を切り裂いた。
 足を深々と切り裂かれた同族喰らいオークはぐらりとよろけた。

「スキルブレイクアタック!」

 クラシマがスキルを使いながらハンマーを同族喰らいオークの足に振り下ろした。
 足の甲に直撃したハンマーの衝撃が同族喰らいオークの足を駆け抜けた。

 ミズキに切られた足の踏ん張りが効かなくて同族喰らいオークのバランスが崩れてゆっくりと倒れる。

「総攻撃だ!」

 頭が攻撃しやすい位置にきた。
 同族喰らいオークを倒そうとみんなで一斉に攻撃を仕掛ける。

「サーシャの動きがいいな」

 同族喰らいオークは抵抗しようとしたのだがサーシャはそれを察して腕を激しく槍で突いて反撃を封じていた。
 モンスターのトドメに固執せず周りのことをよく見えているとトモナリは感心していた。

「どりゃーーーー!」

 最後の一撃はミズキのものだった。
 ボロボロになった同族喰らいオークの頭が地面を転がっていき、体がパタリと動かなくなる。

「……やったー!」

「俺たち……試練ゲートを攻略したのか!」

 同族喰らいオークが死んだのを確認してみんなは喜びの声をあげる。

「みんな、何か……」

 ドスンドスンと響く音が聞こえてきてマコトが振り返った。
 赤い目をしたオークが走ってきている。

「えっ、まだ……」

 血の匂いを嗅ぎ取って興奮した同族喰らいオークはとんでもない速さで走ってきて大きく飛び上がった。

「みんな、避けるんだ!」

 コウが叫ぶ。
 完全に気を抜いていたミズキに同族喰らいオークの棍棒が振り下ろされる。

「……っ!」

 かわせばかわせたのかもしれない。
 しかしとっさの出来事にミズキは目をつぶってしまった。

「目を閉じるな。どんなことがあっても相手から目を離してはいけない」

 トモナリの声が聞こえてミズキはそっと目を開けた。
 振り下ろされた同族喰らいオークの棍棒をトモナリは剣で受けてミズキのことを守っていた。

 敵が強なればまばたきの一瞬の隙すら危険に陥るし、相手もそれぐらいの隙すら見せないこともある。
 敵を目の前にして目を閉じるなんてしてはいけないのだ。

「ヒカリ!」

「ファイヤー!」

 同族喰らいオークの目の前に飛んでいったヒカリがカパッと大きく口を開いた。
 一瞬ヒカリの口の中がきらめき、真っ赤な炎のブレスが吐き出された。

 上半身に火がついて同族喰らいオークはバタバタと火を消そうとしてもがく。

「さっさとこんなところからおさらばさせてもらうぜ」

 トモナリは地面を蹴って大きく跳躍した。
 縦にまっすぐ剣を振り下ろして地面に着地し、同族喰らいオークに背を向けてルビウスを優しく鞘に収めた。

「トモナリ!」

「おつかれ、ヒカリ」

 ニコニコとしたヒカリが小さい拳を突き出し、トモナリも拳をコツンと合わせて応じる。
 その瞬間同族喰らいオークが頭から縦に真っ二つになって地面に倒れた。
『ゲートが攻略されました!
 間も無くゲートの崩壊が始まります!
 残り1:30』

 同族喰らいオークを二体倒した後に新しい表示が現れた。
 ゲート攻略と攻略されたゲートが閉じるまでのタイムリミットであった。

 崩壊まで2時間もあったので状態を確認しつつのんびりゲートの出口まで戻ってきた。

「は、早く出なくて大丈夫なの?」

 ゲートそのものには十分ぐらいでさっさと着いた。
 しかしトモナリはすぐにゲートから出ないでその場で水分補給したりと休憩し出した。

 出て休憩すればいいのに思いながらもみんなもトモナリに従う。
 しかしゲート崩壊のタイムリミットが近づくにつれてどうしてもソワソワとしてしまう。

「2時間もあるから大丈夫だって。だけど……そろそろ出るか」

 本当はもっと休みたかったけれどみんな気が気じゃなくて休めなさそうだった。
 ふっと笑ったトモナリは立ち上がってお尻の土を払う。

「みんな」

 トモナリが声をかけると一斉にみんながトモナリのことを見る。

「今回No.10を攻略できたのはみんながいてくれたおかげだ」

 一人だったらNo.10の攻略の許可は出なかっただろう。
 それにいかに力があっても一人で全てのオークを倒して回るのはキツい。

 みんながいてくれたから安全に攻略をすることができたのである。

「信じてついてきてくれてありがとう」

「トモナリ君……」

 レベル一桁台で誰も攻略できていない試練ゲートに挑むのは怖かっただろう。
 たとえゲート攻略を拒否したとしてもトモナリは批判するつもりもなかったけれど、みんなはトモナリのことを信じて一緒にゲートに来てくれた。

 トモナリが頭を下げてミズキは目を丸くした。
 傲慢な人ってわけでもないけどこんなふうに頭を下げるだなんて思いもよらなかった。

「人類が助かるために必要な99個のうちの一個を俺たちが攻略した。このことは誇ってもいいと俺は思う」

 トモナリは一人一人と目を合わせる。
 入る前の不安そうな様子とは違って今はみんな自信がある顔をしていた。

「本当に感謝してるよ」

「……そうだね。私たちがいないとトモナリ君危なっかしいからね」

「俺たちあってのトモナリだもんな」

「全然そんなことないと思うけどな……」

「ん、トモナリ君には私たちが必要」

「僕は……まだまだなので」

「これが8班か」

 ミズキとユウトが冗談で返し、苦笑いを浮かべるコウにサーシャがさらに冗談を叩き込む。
 マコトはトモナリに褒められて嬉しそうにしていて、クラシマは同じクラスなのにトモナリたちが一つ抜きん出た存在なことを感じて肩をすくめていた。

「お前にも感謝してるぞ、ヒカリ」

「友達だから当然なのだ!」

「じゃあそろそろ外に出るけど……」

「まだ何かあるのか?」

 トモナリの言い方にユウトは引っかかるものを覚えた。

「戦いはまだ終わってない」

「えっ?」

「ゲートは攻略したよ」

 トモナリの言葉にみんなは不思議そうな顔をする。

「その通りだ。だけど俺たちの敵はモンスターだけじゃない」

「どういうこと?」

「これから言うことを頭に留めておいてほしい。実は……」

 ーーーーー

「タケル、貧乏ゆすりはやめな」

「しかしお嬢。ゲートが攻略されたのにあいつら出てこないから……」

 カエデは苛立ったように足を揺らしているタケルを見た。
 睨まれてタケルは無意識に揺らしていた足を止めてゲートに目を向ける。

 ゲートの外では課外活動部の二、三年生がやきもきとした思いで待っていた。
 トモナリたち攻略隊は丸一日以上ゲートに留まっている。

 状況を見に行きたくとも二、三年生はすでにレベルが20を超えていてゲートに入ることもできない。
 大丈夫なのかという心配が大きく、待っていることしかできないことに苛立ちを覚える。

 さらにトモナリたちが入ったゲートが白くなった。
 これはゲートが攻略されたということであり外で待っていたみんなは喜んだ。

 しかし待っていてもトモナリたちが出てこなくて再び不安感が出てきてしまっていたのである。

 ゲート崩壊前に出てこなければゲートの中に閉じ込められて帰ってこられなくなってしまう。
 もしかしたらボスは倒したけれど相討ちになったとか、ダメージが大きくて戻ってこられないなんてことも考えられる。

「出てきたぞ!」

 トモナリに一度負けているタケルは勝ち逃げは勘弁してほしいと思っていた。
 そんな時にゲートの中からトモナリが出てきた。

 まさかトモナリだけが、という空気も一瞬で中から続々と他の子たちも出てくる。
 みんな無事そうで待っていた二、三年生やマサヨシの表情が明るくなる。

「みなさん、お疲れ様です。課外活動部一年全員無事に十番目の試練ゲート攻略しました!」

「僕たちの勝ちなのだ!」

 トモナリが笑顔を浮かべて高らかに宣言する。

「十番目の試練ゲートを……攻略したのか」

 無事に帰ってくるだろう。
 そう信じていたマサヨシだったけれどトモナリたちが怪我なく帰ってきてくれてほっと安心した。

 駆け出して一人ずつハグでもしたい気持ちになるけれどここはグッと我慢してトモナリに大きく頷いておいた。
「うおおおおっ、やったじゃないか!」

 タケルが雄叫びを上げるように称賛の言葉を発すると他の二、三年生たちもNo.10攻略を喜んだ。
 同時にトモナリたちの後ろのNo.10ゲートが小さくなってきて消えた。

 中の人が誰もいなくなったので時間を待たずして消失したのである。

「攻略おめでとうございます! ゲートについてのお話を聞かせていただいてもよろしくですか?」

「それは後にしなさい」

 覚醒者協会の職員がトモナリたちに話を聞こうと駆け寄ってきてマサヨシがブロックする。
 ゲートの情報を聞きたいという気持ちは理解するけれど今はトモナリたちの体調を確認して休ませることが大事である。

 話を聞くことは後日だってできるのだ。

「で、ではせめて攻略隊の公表のために写真でも……ひっ! な、なに……矢?」

 トモナリが急に剣を抜いて振ったので職員はびくりと身構えた。
 ゲートを攻略して疲れているのも分かるがそこまで怒らなくともと思ったら地面に何かが落ちた。

 それはトモナリによって真っ二つに切り裂かれた矢であった。

「学長!」

「……来たか。みんな、戦闘準備だ!」

 矢なんてどこから飛んできたのかと考える前にトモナリとマサヨシが動く。
 マサヨシが手を振ると周りが魔力で作られたシールドに囲まれ、直後にシールドに魔法や矢がぶつかった。

「な、なんだ!?」

 二、三年生や覚醒者協会の職員が動揺する中でミズキたち一年生は武器を構えてまとまっている。

「正しき終末に抵抗する罪深き者よ! 迎えるべき運命に抗い、世に苦痛をもたらすことは神の意思に反することである! 新たなる世界への扉は正しき終末によりもたらされるのだ!」

 ゲートを囲む鉄の壁の入り口に同じデザインのローブを来た連中が立っていた。

「あれは……」

「終末教です!」

「あれが終末教だと!?」

 ローブの胸には終末というところから着想を得て七本のラッパが円を描き、真ん中には新たな世界を意味すると開かれた扉がデザインされていた。
 危険すぎて本人たちしか使うことがない終末教のエンブレムである。

 高らかに妄言を垂れ流す先頭の男は顔を上半分覆う仮面をつけている。

「早く武器を!」

 ここで流石なのは三年生である。
 とりあえず置いてあった武器を手に取り終末教を睨みつける。

「やれ!」

 仮面の男が指示を出すと終末教が一気に動き出す。

「ふっ!」

「グァッ!」

「そうはさせぬぞ!」

 マサヨシが一番前を走ってくる終末教を殴り飛ばした。
 吹き飛ばされた終末教は鉄の壁に叩きつけられて動かなくなる。

「鬼頭正義……正しき終末を邪魔する悪魔の使徒を生み出す罪人」

「正しき終末などない。くだらぬ妄想に駆られ多くの人に被害をもたらすお前たちの方が悪魔と呼ぶにふさわしい」

「ふっ、99個ものゲートを攻略とでも? できないことを考えるのではなくいかに良く終末を迎えるかが大切なのだ」

「貴様らとは会話にならんな」

「理解をしようともしていないのだから当然だろう。正しき終末を迎えることを理解するのが怖いのだろう?」

「貴様らこそ99個の試練ゲートを攻略することから逃げた臆病者だ」

「なんとでも言え。鬼頭正義、お前の相手は私がしよう」

 仮面の男が剣を抜き、マサヨシも同じく剣を構える。

「サードナイトにやられた傷は回復したのか?」

「試してみるといい!」

 マサヨシと仮面の男が戦い始める。

「トモナリ君……」

「みんな戦うんだ!」

 終末教は戦うマサヨシと仮面の男の横を抜けてトモナリたちの方に迫ってくる。
 イリヤマたち教師も数人いるが十数人いる終末教を教師だけで対応することは難しい。

 どうしてもトモナリたちで対応しなければならない相手が出てきてしまう。
 それでも一年に二、三年生と教師の方を加えた人数の方がやや多い。

「アイゼンさん!」

「俺も戦います!」

 戦い始めた教師たちに混ざってトモナリも終末教を切りつける。

「くっ!」

 トモナリが加わっても全ての終末教は防ぎきれない。
 流れていった終末教の攻撃を防いでユウトが顔をしかめる。

 終末教の方がレベルが高いのか防いだ手が痺れる。

「モンスターと同じくチーム単位で戦うんだ!」

 個別に戦っては負けてしまう。
 人数差を活かし、連携を取ることで格上の相手とも渡り合える。

「うっ……うあっ!」

「ウラヤス先輩!」

 課外活動部での顔合わせの時にトモナリと手合わせしたこともある浦安零次が終末教の男に肩を切られて後ろに倒れる。
 隙を見つけたのに攻撃することをためらってしまい、逆に反撃を受けたのだ。

「ヒカリ!」

「任せろー!」

 ジッと様子をうかがっていたヒカリが動く。

「ぎゃああっ!」

 ヒカリはレイジにトドメを刺そうとしている終末教に飛びかかって顔面を爪で切りつける。
 オークにも通じる爪攻撃なのだ、まともに切りつけられるとかなり痛いだろうと思う。

「怯むな、戦え! 抵抗しなきゃやられるのは自分や仲間だぞ!」

 トモナリが叱責を飛ばす。
 襲われるからみんな対応して防御しているものの人を攻撃するということにためらいがある。

 けれどもレイジを見れば分かるように終末教は命を狙って攻撃してきている。
 反撃して倒さねば防御のみではいつかやられてしまう。

「ふっ!」

「グアっ!」

「私を倒そうなんざ、100年早いよ!」

「この女……」

 素早く状況に適応している人も何人かいる。
 三年のフウカや二年のカエデは終末教を切り倒していた。
 フウカはそうした強さがありそうだったけれどカエデまであっさりと割り切って戦っているのは意外であった。

「う、うおおおおっ!」

 早くも覚悟を決めたのはユウトだった。
 サーシャが攻撃を防いだ隙を狙って終末教の男を切りつけた。

 人を切る感覚はモンスターと大差ない。
 だがやはり人間を切ってしまったのだという感覚は何故か少し気持ち悪い。

「ユウト君!」

 切ったはいいがその感覚に怯んでいるユウトに別の終末教が襲いかかった。
 ミズキが終末教の剣を弾き返すとそのまま反撃で胸を切り付ける。

「くらえ!」

 コウが火の魔法を放って胸を切られた男にトドメを刺す。
 火の槍に胸を貫かれた終末教は体に火がついても何のリアクションもないまま燃えてしまった。

 ちょっとずつみんなも人を倒すことに覚悟を決め始めたようだ。

「ぐわっ!」

「やるな、ドラゴンを連れた覚醒者」

「ぐっ!?」

「アイゼン君!」

 終末教を一人切り倒したトモナリは横から蹴りが飛んできてギリギリ剣でガードした。
 しかし威力を殺しきれずに吹き飛ばされてしまった。

 トモナリは地面に手をついて一回転し着地した。
 幸いなことに大きなダメージはない。

「ふふふ、愛染寅成……ドラゴンを従える特殊なスキルを持つ強力な覚醒者か」

 トモナリを蹴り飛ばした男は仮面をつけていた。
 まさかマサヨシがやられたのかと確認したらマサヨシはまだ仮面の男と戦っていた。

 よく見ると仮面のデザインも違う。

「仮面ということは終末教の幹部だな?」

 仮面をつけた終末教は終末教の中でも高い地位にある人だった。
 それなすなわち立場だけでなく覚醒者であり、レベルも高い強い相手であるということでもある。

「よく知ってるな愛染寅成」

 トモナリは終末教にフルネームで呼ばれるのはちょっと勘弁願いたいと顔をしかめる。

「君は強力な力を持っている。正しい終末を迎え、次なる世界に行くにふさわしい資格がある。我々の仲間になるつもりはないか?」

 終末教の幹部はニヤリと笑う。
 前回誘われたことといい、能力的には終末教もトモナリのことは欲しいようだ。

「……興味ないな。俺は今回たくさんのものを抱えるって決めたんだ」

 回帰前だったら受けていたかもしれない。
 母であるゆかりのことさえ保証してもらえるなら終末教にも入っていた可能性がある。

 ただ今回はトモナリも周りも変わっている。
 世界がどんな終末を迎えるのかトモナリは知っている。
 
 悲しみも苦痛も希望も安らぎもなくただ何もなくなってしまう。
 そんなことを繰り返させるわけには行かない。

 母親も友達も世界も、そしてヒカリも今度は守りたいとトモナリは思う。
 終末教に入ったとしてもそれらのものは何一つ守れやしない。

「そうか……ならばそのドラゴンを引き渡してもらおう。我々が有効活用してやる」

 終末教の幹部はトモナリのそばを飛ぶヒカリに視線を向ける。
 幼体のドラゴンは珍しい。

 支配できれば強力な駒となるし、ドラゴンの素材は多くの活用法がある。
 トモナリが仲間にならないのならヒカリを無理やり連れて行くつもりなのだ。

「そんなことさせない。こいつは俺のパートナーだからな」

「ならお前を殺そう。いや、生きたまま手足を切り落として捕まえておけばそのドラゴンも協力的になるかな?」

「グロいこと考えんな」

「正しい終末のためには多少の犠牲も必要なのだ」

「だからっておとなしく手足取られてたまるかよ!」

 トモナリは終末教の幹部に切り掛かる。

「ほぅ……十番目に入ったということはレベルはせいぜい20なはず……なのにこの速度とはな」

 全力、全速力の攻撃だったのに終末教の幹部は手のひらでトモナリの攻撃を受け止めてしまった。
 能力差がありすぎるとトモナリは舌打ちしたくなる。

「だりゃああああっ!」

 ヒカリも加わってトモナリと一緒に攻撃する。
 しかし終末教の幹部はその場に留まったまま腕だけでトモナリとヒカリの攻撃を防ぐ。

「スキル破撃」

「うっ!」

 終末教の幹部が拳を突き出し、トモナリは剣で防ぐ。
 しっかりとガードしたにも関わらずトモナリは大きく押し返された。

「良い剣を使っているな」

 剣を破壊するつもりだった。
 なのにルビウスは折れるどころかヒビすら入らなかった。

「ぐふっ……」

「トモナリ!」

 トモナリが血を吐いてヒカリが慌ててそばに飛んでいく。
 剣越しに衝撃が胸を貫いていて体の中がダメージを受けていた。

「これでも倒れないか。見上げた能力値と根性だ」

 終末教の患部がゆっくりとトモナリに近づく。

「アイゼン君!」

「行かせないぞ!」

 イリヤマもトモナリの危機に焦りの表情を浮かべるけれど終末教がしつこく食い下がって助けに行かせないようにする。

「むうっ!」

「飼い主を守ろうとするか。いかにも忠犬だな」

 思いの外ダメージが大きくて動けないでいるトモナリの前にヒカリが立ちはだかって終末教の幹部を睨みつける。

「大層なことだ」

 終末教の幹部はヒカリに手を伸ばす。

「ヒカリ、逃げろ!」

「イヤだ!」

 今逃げるとトモナリがやられる。
 そんなことはさせないとブレスのためにヒカリは大きく息を吸った。

「クロロス様!」

 新たな終末教が一人囲いの中に走ってきてクロロスの手が止まった。