もう好きって言っていい?

「へぇ。八重沼のクラスはホットドッグなんだ」
「うん。二宮くんのクラスは?」
「うちは巨大迷路だって。中庭借りてかなり大掛かりに作るらしい」
「へぇ、すごい」

 まさか教室外でやるとは、と驚きを素直に伝えると、二宮くんも楽しそうに「なぁ?」と笑ってくれた。

「そこまで気合い入ってるとは思わなかったわ。俺もちゃんと貢献しようかな」

 斜に構えず、素直にクラスの行事に参加しようという姿勢が微笑ましくて、俺は「頑張って」とエールを送った。
 今日は久しぶりに二宮くんと一緒に下校している。いつもどおり、最寄り駅までの短い時間だが、ほんのわずかなそれがなんだか特別なものに感じる。
久しぶりなのは、最近二宮くんが忙しそうだったからだ。「なんか友達に最近付き合い悪いーって言われてさ。妙に放課後付き合わされるんだよな」ということらしい。毎日のように友達に遊びに誘われるなんて、さすが二宮くんだ。
もちろんそれは悪いことじゃない、どころか、二宮くんにとってはいいことでしかない。けどまぁ、少し寂しいのも事実だ。

(二宮くんの「特別」だったら、こんなことで悩んだりしないのかな)

 ふと、先日考えてしまった「恋人は特別」問題に思考が飛びかけて、慌ててぶんぶんと首を振る。

「んー……でも、準備を頑張るなら、しばらくは帰りが遅くなるよなぁ」

 少しうんざりとしたような声に二宮くんを見やると、どことなく不満そうに口先を尖らせていた。茜色に染まった空、少し影の差した横顔。くっきりとした顔立ちだからか、版画のように陰影がわかりやすい。夕日が、二宮くんの意外に繊細なまつ毛をきらきらと透けさせる。

「八重沼と時間あわせられるかな」
「?」
「時間見つけて、一緒に帰りたいんだけど」
「…………え? あ、うん」

 ぼんやりと二宮くんの横顔に見惚れていたせいで、反応が遅れてしまった。二宮くんはさらに唇を尖らせて「なんだよ」と拗ねた声を出す。

「八重沼は一緒に帰りたくないの?」

 まるで子どものような物言いに、俺は目をぱちぱちと瞬かせてしまう。そして我慢しきれずに、ふっ、と吹き出した。

「一緒に帰りたいよ」

 できたらずっと、横に並んでいたいよ。駅までじゃなくて、もっとずっと長い時間。
 言葉の半分以上を心の中で留めながら、俺はゆっくりと頷く。

「二宮くんと一緒にいたいし、もっと話したい」
「ほんと?」
「ほんと」
「じゃあ文化祭も一緒に回りたい?」
「うん……、うん?」

 流れで頷いて、途中で話がすり替わっていることに気付く。一緒に帰る話が、どうしてだか文化祭の話になっていた。
 右隣を歩く二宮くんを見上げると、二宮くんはいたずらっ子のような顔をして笑っていた。さっきまで口を尖らせていたのに、その数秒後には笑っていて。本当に、くるくると表情が変わる。

「そっかー、一緒に回りたいんだー」

 わざとらしく棒読みで繰り返されて、俺は「え、あ」と言葉に詰まってしまう。

「文化祭一緒に回るって、俺と?」
「他に誰がいるんだよ」

 たしかに。周りを見渡しても、人通りも車通りも少ない道には、俺と二宮くんしかいない。

「いいじゃん。な? それとも誰かと約束してた?」
「して……ないけど」

 なにしろ去年は最初から最後まで一人で回ったし。と言いかけてやめる。去年の話はいいのだ。二宮くんは今、今年の話を俺としている。

「じゃあ決まり。約束」

 そう宣言した二宮くんは、ゆっくりと歩く速度を落として俺の手を取った。そして、小指と小指を絡める。
二宮くんの手は指先までしっかりと暖かくて、俺はびっくりして「え」と情けない声をあげることしかできなかった。

「あれ、指切りげんまんって知ってる?」

 俺が何も言わないからか、二宮くんが少し困ったように笑う。

「知ってるよ、知ってる」

 それを知らない日本人はなかなかいないんじゃないだろうか、と思う。

「じゃあはい、指切りげんまん」

 小指を絡めた手を、ぶんぶんと上下に揺らされて「嘘ついたら針千本……は可哀想だからホットドッグ十本食べさせる」と替え歌のようなもので締めくくられた。

「はい、よろしくー」

 途端、パッと手を離されて、俺は今の今まで二宮くんと絡んでいたその手を茫然と見下ろす。
 なんだか、心臓がそこに移動してしまったかのように、小指の先がじんじんと脈打っている。……もちろん、そんなところに心臓がないのは知っている。知っているが。

「楽しみだな。クラス出店発表されたらどこから回るか決めような」

 じ、と小指を見下ろす俺の横で、二宮くんは何事もなかったかのように歩き始めた。秋の、少しだけひんやりとした風が、二宮くんの黒髪をそよそよと遊ぶように揺らしていく。

「うん」

 小さな小指の約束が嬉しい。特別だと言ってくれているようで嬉しい。

(あぁ、そっか。俺……、二宮くんの特別になりたかったんだ)

 恋人は特別、という話を山本くんから聞いた時に二宮くんのことを思い浮かべてもやもやとしてしまったのは、その恋人が羨ましかったから。自分がその特別になりたかったからだ。
 そうだったのか、と納得して、俺は二宮くんの後に続いててくてくと歩き出す。少しだけ自分の胸の内がわかって、すっきりした。そよそよと風にそよぐ二宮くんの髪を見ながら、俺はにこにこと晴れやかな気持ちで「そっか、そっか」と頷いた。
 その時はまだ「じゃあどうして特別になりたいのか」というところまでは、考えることができなかった。
 その先にある気持ちに、まだ気付いてもいなかったのだ。