もう好きって言っていい?

『顔もいいし、声もいいし。八重沼ってほんといいよな』

(そうだね、俺のいいところは見た目だけなんだ)

 そんな捻くれたことをふと思ってしまって、俺は慌てて首を振る。見た目だけなんて、二宮くんは言っていない。ただ会話の中でさらりと溢した言葉を、俺が妙に気にしているだけだ。
 いやそもそも、見た目がいいと褒められるのはいいことなのだろう。母だって、ずっと俺にそう言ってくれていた。

『奏のいいところって見た目だけなんだから』

 何回、何百回、何千回と言われてきた母の声が耳の奥に蘇り、俺はうんと頷く。
 そう、それは別に引っかかることでも、ましてや悲しむことでもない。

(なのにどうして、二宮くんに言われた時は……胸が痛くなったんだろう)

 最近、前よりもさらに二宮くんと時間を共有することが増えた。
 二宮くんは俺の家によく遊びにきてくれる。夏に漬けた梅干しの様子を見たり、漬物を漬けたり、この間は手作りポン酢を作るために一緒に柚子を搾ったり。時には勉強もしたりするが、二宮くんとは基本的にのんびり過ごすことが多い。
 俺がしたいと言ったから無理に付き合わせているんじゃないかと思ったけど、二宮くんは「そんなことない」と軽く笑い飛ばしてくれた。二宮くんのそんなひと言で「そうなんだ、よかった」と納得してしまう俺は単純なのだろうか。
 良いにしても悪いにしても、なんだか二宮くんの言葉に一喜一憂している気がする。
 顔もいいし……うんぬんの言葉は、先日スマートフォンのメッセージアプリを使っての通話をしている際に言われたことだ。
 二宮くんとの通話は、とても楽しい。別にずっと笑ってるとか、会話が絶えない、ってわけじゃない。むしろただ静かに自分のことをしている時間もある。なのに、なんだか心が落ち着くのだ。俺の家の縁側で二人並んでのんびりしている時のような、そんな感じ。
 そうやってリラックスしていたからこそ、二宮くんの言葉がより深く刺さってしまったのだろうか。

(どうなんだろう。わからない)

 自分の見た目のことなんて、特段意識していなかった。人の決めた良い悪いが、自分の気持ちに何か影響を及ぼすなんて考えたことも……。





「じゃあクラス出店のメニューは『ホットドッグ』ということで決定しまーす」

 女子生徒の言葉にハッと顔をあげると、クラスメイトはみんな「やった〜」「俺、普通に食いたいんだけど」「なんかお揃いの服とか作りたくない?」と盛り上がっていた。黒板には「ホットドッグ十八票、わたがし十票、りんご飴五票、メイド喫茶三票、焼きそば三票」と書かれている。
 そう、今は一ヶ月後の文化祭に向けてのホームルームの時間だった。教室の前にはクラス委員長と副委員長が並んで、みんなの意見をまとめてくれていた。
 俺はクラスのみんなに合わせるようにパチパチと拍手する。

「俺なんの役割かなぁ、調理担当とかめんどくさそうでやだわ」

 隣の席の山本くんが(何度か席替えはあったのだが、奇跡的に近くの席になることが多い)、「なぁ」と俺に話しかけてくれた。

「そうなの?」
「そうなの、って。だって暑そうだし、やること多いし、大変そうじゃん?」

 うちの高校の文化祭は、他校に比べてなかなか大規模な方らしい。あいにく俺は他の文化祭に行ったことがないので比べることはできないが、たしかに去年の文化祭は楽しかった。
 ステージはグラウンドと体育館それぞれに設けられ、歌にダンスに演劇にと盛り上がるし、各文化部による展示物も見応えがある。
 クラス単位で模擬店も出すことになっていて、これまた面白い。飲食店は二年生以上が出せることになっているので、今年が初めてだ。
 俺はさっきまで物思いに耽っていたことも忘れ「ホットドッグかぁ」と、ウィンナーをパンに挟んでいる自分を思い浮かべる。

(ホットドッグなら……)

 ピクルスやザワークラウトを入れても美味しいんじゃないだろうか。糠漬けではないが、ピクルスも漬けたことはある。

「俺は調理担当やってみたいな」

 担当になったら、ピクルスのことも提案してもいいのだろうか。そんなことを考えてそわそわしていると、山本くんが「はぁ〜」と溜め息をついた。

「ヌカち、相変わらずよくわからないキャラだよな」
「そうかな」
「うん。文化祭とか、こういう俗世のこと興味なさそうな顔してるのに」
「俗世?」

 どういう意味だろう、と山本くんを見るも、彼は答えをくれないまま「まぁ」と頬杖をついた。

「ヌカちにはヌカちの役割が振られると思うよ。絶対。女子たちがみんなで何か考えてくれるって」
「そうなの?」

 俺のことなのに、どうして女子のみんなが考えるのだろうか。不思議に思い問いかけるが、やはり山本くんは答えをくれない。ただ「そうそう」としたり顔で頷いている。

「それよりさぁ、もう文化祭なんだなぁ」

 はぁ、と溜め息をつく山本くんはなんだか悩まし気だ。

「文化祭、嫌なの?」

 こんなに楽しそうなのに、と首を傾げると、山本くんは「そうじゃなくってさぁ」と頬杖をついた。

「楽しみだからこそ残念なんだって」
「?」
「楽しい文化祭を、誰かと一緒に回りたかったな〜って」

 山本くんの嘆きにようやく合点がいって、俺はポンと手を打つ。

「俺と一緒に回る?」
「ヌカちと回ってどうするんだよ」

 提案はあっさりと一笑に付されてしまった。が、山本くんはすぐに真顔になって「いや」と顎に手を当てる。

「ヌカちと回れば必然的に女子が寄ってくるかも……?」
「山本くんは、女子と回りたいの?」
「あったり前じゃん!」

 ちょっと大きい声を出した山本くんは、その後ハッとしたようにきょろきょろと周りを見渡す。が、クラスの中は各々ホットドッグ屋に向けての期待でわいわいと盛り上がっており、誰も山本くんを注視してはいない。
 ほ、と胸に手を当てた山本くんは「んんっ」と喉の調子を整えるように咳払いする。と、俺に向かって人差し指を立てて見せた。

「いいか? 文化祭は楽しい。友達と回るのも楽しい。けど、可愛い彼女と一緒に回るのがなにより最上位なんだ。トップオブ文化祭なんだ」
「そうなんだ」

 文化祭を楽しむのにそういったランク付けがあるとは知らなかった。
 ちなみに昨年の俺は一緒に回る友達もおらずずっと一人だった。つまり最下位ということなんだろう。あれはあれで楽しかったけど、と思いながらなんとなく山本くんの発言を反芻して「あれ?」と引っかかる。

「ねぇ、山本くん」
「ん?」
「彼女って、友達より上?」
「はー? 当たり前じゃん」

 当然、というように頷かれて、俺は首を傾げて「本当に?」と食い下がる。じ、と見つめると山本くんは何故か「う」とたじろぐ。

「や、まぁ……ヌカちくらいになると男とか女とか超越してるっていうか、その……じゃなくて」
「うん」
「友達は何人いてもいいけど、彼女は一人しかいないだろ? 恋人ってのは特別な存在なんだよ、オンリーワン」

 やっぱり人差し指をピシッと立てて力説する山本くんに、俺は「オンリーワン……」と呟いて返す。

「そう、オンリーワン。あーぁ、彼女欲しいなぁ」

 夢見るように天井を見上げる山本くんの横で、俺は「オンリーワン」ともう一度繰り返した。

(その人だけ、特別。一緒に文化祭を回りたい、最上位の存在?)

 俺よりも学校生活に詳しい山本くんが言うので間違いないのだろう。が、なんとなく胸の中がくしゃくしゃと騒がしい。たぶんそれは、きっと……。

(二宮くんも、そうなのかな)

 二宮くんのことを考えているからだろう。
 これまで気にしたことはなかったが、二宮くんにも彼女はいるのだろうか。
 そういえば以前白石さんたち女子グループに「二宮くんに彼女はいるのか」といったことを聞かれたことがあった。あの時は特段気にしていなかったが、今は……何故だか妙に気になる。というより、胸の辺りがざわざわする。

(二宮くんの、特別か)

 二宮くんの横に、うちの学校の制服を着た誰かが並んでいる姿を想像する。
 複数の友達とわいわい話しながら歩いているところは見たことがあるが、女子と二人で話しているところは見たことない。けど、その姿は簡単に思い描くことができた。
 小さくて、柔らかくて、良い匂いがする、可愛い女の子。二宮くんは優しいので、きっと彼女と話をする時は、声をちゃんと聞き取れるように体を傾けてあげるのだろう。彼女の口のそばに耳を向けて「ん?」なんて優しく微笑んで。

(……いいなぁ)

 ふと、心の中に羨むような言葉が浮かんで、俺は「?」と胸に手を当てる。
 山本くんのように、「彼女がいる」ということが羨ましくなったのだろうか……とも思ったが、どうも違う。何故なら俺は、二宮くんの横に立つ彼女に対して「いいなぁ」と思ってしまったからだ。

(なんで?)

 なんで羨ましいのだろう。どうしてこんなにも胸がちくちくするのだろう。それがどうしてかわからないまま、俺はこっそりと首を傾げたのであった。