「陛下を誑かした女狐め、覚悟しろ!」

 その日、私の母は、処刑された。

 私の母は、この国で、皇帝にみそめられ、妃となった。
 しかし、母は妖狐だった。その正体に気づいた人間たちによって、私の母は、悪意に満ちたやり方で処刑された。この時、私は人間の本当の恐ろしさを嫌というほど思い知らされた。
 
 母は処刑される前に娘の私を逃がしてくれた。母は身体を拘束されて、公開処刑をするために、王宮前の広場に連れて行かれた。そして、王宮前に詰めかけていた沢山の兵士たちに、身動きの取れない母は犯されていった。
 この時の私は、兵士たちに代わる代わる陵辱されていく母を、物陰から見つめることしかできなかった。母は放心状態で、表情一つ変えずに兵士たちの慰みものにされていった。私は、そんな母の姿を見るのがたまらなく辛かった。心が壊れる寸前だった。
 でも、私はその光景をしっかりとこの目に焼き付けた。後で、この国の人間たちに復讐するために。母の無念を決して忘れないように。
 
 私の心は憎悪の炎で燃え上がっていた。

 そして私は、正体を隠して人間として街で暮らしながら、母を殺した人間たちに復讐する機会を伺っていた。
 人間として生活するのは、本当に辛かった。毎晩、母の最後の姿がフラッシュバックしてきて、私は眠れなかった。
 私は、生きるために、憎い人間共に表面上だけでも愛想を振る舞う必要があるのが、たまらなく辛くて、死にたくなった。
 それでも私は母への復讐のため、耐えた。復讐のチャンスが訪れるのを、必死に待った。
 
 そして、十年後、私に千載一遇の好機が訪れる。
 ある日、後宮の側を流れる川の中に、身を投げた一人の少女がいるのを見つけた。
 人間のことは、言葉では表せないくらい憎悪していた。それなのに、水面でぐったりしている彼女を見た瞬間、無意識のうちに身体が動いて、私は少女を助けていた。水面から引き上げて身体を観察する。出血が酷い。飛び込んだ時に身体を打ちつけたのだろう。
 しかし、死にかけた彼女を見て、哀れに思うと同時に、この子は私の復讐に利用できるかもしれないという直感が私の頭の中を駆け巡った。

「かはぁ……かはぁ……。どうして……私を助けたの?」

「あなた、本当に辛かったんでしょう? 私も何度も死にたくなるくらい辛かったからよくわかるの。でも、残念だけど、あなたのケガの状態は思ったより悪いみたい。このまま何もしなければ、じきにあなたは死ぬわ。だけど、私があなたを救ってあげる。私なら、あなたを助けてあげられるわ」
 
「本当に……、あなたは……私を助けてくれるの?」

「もちろんよ。あら、あなた、いい顔してるわね。私、あなたのこと、好きになっちゃった」

 まだあどけなさの残る少女の顔ながら、美しい茶色の髪と、大きな瞳、柔らかそうな唇。見た瞬間に、私の心を鷲掴みにされた。

 次第に少女に唇を重ねたい気持ちを抑えきれなくなった私は、彼女に優しく口づけをしてから、死にかけた少女を助けるために、彼女の身体に乗り移ることにした。

「ふふ、かわいいお嬢さん。このままじゃ、あなたは死んでしまうから、私と融合させてあげる」

「融合……?」

「そう。私の生命力をあなたに注ぎ込んで、あなたと一つになるの。助かるにはそれしかないわ」

「なるほど……ねえ。でも……、私……生きていても……いいの……かな?」

 息も絶え絶えな少女はか弱い声で私に問いかけた。

「あなたは私と出会った。そして私に助けられた。これは運命だと思いなさい。あなたは私と一緒に生きるの。いいわね?」

 少女はもうしゃべる気力も無いのか、弱々しくうなづくだけだった。

「それでいい。あなた、かわいいからその身体は残してあげる。ちゃんとあなたの意識も残るはずだから、心配しなくていいわよ」

 私は少女の身体を起こすと、優しく抱きしめた。そして、自分の身体を溶かして、彼女の身体の中に入り込み、彼女と融合した。徐々に身体が馴染んできて、少女の記憶が私の脳内に入り込んでくる。

「へえ、あなた、皇太子の側室だったの。すごいじゃない。なるほど、正室の子があなたに嫉妬してたのか。あなた本当にかわいいから、皇太子もあなたに夢中だったのね。それで、あなたは彼女にいじめられて、耐えられなくなって、川に身を投げたのか。なるほど、大体の事情はわかった。でも、もう大丈夫。私があなたの代わりに彼女に復讐してあげるわ」

「私の代わりに復讐してくれるの?」

「ええ。その代わり、私の復讐にも付き合ってもらうわよ。いいわね?」

「もちろん。あの人を痛めつけてくれるなら、喜んで協力するわ」

「実はね、私も昔、後宮にいたことがあるの。だから、後宮のことは大体わかるのよ。とっておきの方法で懲らしめてあげる」

 私は、二人の意識の中の世界で、彼女の手を握って、にっこりと微笑んだ。

「ありがとう。私、あなたと一緒なら、生きていける気がする。本当にありがとう」

「さあ、これであなたと私は二人で一つ。お互いの目的のために、がんばりましょうね」
 
 こうして、人間に親を殺された妖狐の娘が、自殺しようとして死にかけていた後宮の少女と融合して、後宮で暮らしながら、人間への復讐と、皇太子への愛の間で揺れ動く物語が始まった。