「おはようクラゲ君」
声を掛けると、既に待ち合わせ場所である駅前の広場に着いていたクラゲ君が此方を向いた。
「あ、深月さん。おはよう」
「どこ行こっか。何したい?」
「深月さんと気楽に過ごせるなら何でも。深月さんは? どこ行きたいとかある?」
「……気楽に過ごせるなら、どこでも」
「だよねぇ」
はは、と声を上げてクラゲ君が笑う。
側から見ればデートだ何だと騒ぎ立てられそうな絵面だけど、これを私たち自身がそう認識するには、互いに力が抜けすぎている。現に今日だって、会ったは良いものの何も予定が決まっていない。故に、一番しっくりくる名称は『散歩』だ。会って、喋って、適当に歩き回る。2人とも予定に縛られて動くのがあまり好きではないし、何より会うこと自体に重きを置いているから、遅かれ早かれこのスタイルに落ち着いていただろうという感覚すらあるのは私だけだろうか。
「あ、そういえば」
思い立って顔を上げると、クラゲ君が此方を向いた。
「さっき山茶花が綺麗に咲いてた公園見掛けてさ。行っても良い?」
「良いよ。そっか、この時期だっけ」
「うん、ちょうど見頃だったと思う」
こっちこっち、と歩き始めた私の頬を、冷たい凩が掠めて吹き抜けていく。
「深月さん、僕ね」
クラゲ君の声に振り返った。
「ずっと分からなかったんだ。今は『仲良し』って名前が付いたけど、ただの友達でも恋人でもないこの関係性で、果たして良いのかなって。大丈夫かなって、前から時々不安になることが、あって」
彼の目が、少し不安げに揺れた。そしてこんな時でも、彼の目から優しさと気遣いの光が消えることはない。
彼らしいな、と思いながら、私はゆっくりと口を開いた。
「クラゲ君。嫌じゃなかったらさ、手出して」
右手を差し出してそう言うと、クラゲ君が少し戸惑ったように首を傾げた。
「……手?」
躊躇いながら差し出されたそれを、きゅっと握る。嫌がられるだろうかと心配していたけど、彼は不思議そうに繋がれた自分の左手を見ているだけだった。
「なんか、不思議」
「不思議?」
「すごく安心するのに、全然どきどきしたりしないのが」
未知のものと遭遇したかのように、まじまじと私と彼の手を見つめるクラゲ君に、私は一瞬ぽかんとして、ふふっと笑ってしまった。
「嫌じゃない?」
「悪い気はしないよ。寧ろ安心するから好きな部類かも」
ぎゅっと私の手を握り返して、クラゲ君が笑った。「そっか、良かった」と返して、空を見上げて歩き出す。
「ねぇクラゲ君」
「なに?」
「こんな関係性で良いのかなって不安になる、ってさっき言ってたじゃん?」
「…そうだね」
「私はもう、一周回ってすごく単純に考えてさ。……2人とも居心地良いなら、良いんじゃないかなって」
クラゲ君が顔を上げたのを視界の端に捉えながら、私は続ける。
「こんなひねくれ者が2人ぐらい居る世界も、案外面白いかもしれないじゃない」
そう言って笑うと、釣られたようにクラゲ君の顔にも笑みが浮かんだ。
「確かに、そうかも」
山茶花の目が覚めるように鮮やかな色が、ぽつりぽつりと見え出している。
右側にある確かな温もりを感じながら、美しい深緑と薄紅の対比を眺めながら、そっと息を吐く。霞のようなそれは、ほんの少し白く残ってすぐに消えていく。
「ねぇ深月さん」
「なに?」
右隣を見上げると、優しい光を宿した彼の目が、ふっと笑ったのが見えた。
「ありがとう。これからも、よろしくね」
あぁ本当に、私は。
私は、貴方に。
「うん」
貴方という人に出逢えて、良かったと。
「此方こそ、よろしくね。これからも」
心の底から思える。
そんなことが、堪らなく、嬉しかった。
声を掛けると、既に待ち合わせ場所である駅前の広場に着いていたクラゲ君が此方を向いた。
「あ、深月さん。おはよう」
「どこ行こっか。何したい?」
「深月さんと気楽に過ごせるなら何でも。深月さんは? どこ行きたいとかある?」
「……気楽に過ごせるなら、どこでも」
「だよねぇ」
はは、と声を上げてクラゲ君が笑う。
側から見ればデートだ何だと騒ぎ立てられそうな絵面だけど、これを私たち自身がそう認識するには、互いに力が抜けすぎている。現に今日だって、会ったは良いものの何も予定が決まっていない。故に、一番しっくりくる名称は『散歩』だ。会って、喋って、適当に歩き回る。2人とも予定に縛られて動くのがあまり好きではないし、何より会うこと自体に重きを置いているから、遅かれ早かれこのスタイルに落ち着いていただろうという感覚すらあるのは私だけだろうか。
「あ、そういえば」
思い立って顔を上げると、クラゲ君が此方を向いた。
「さっき山茶花が綺麗に咲いてた公園見掛けてさ。行っても良い?」
「良いよ。そっか、この時期だっけ」
「うん、ちょうど見頃だったと思う」
こっちこっち、と歩き始めた私の頬を、冷たい凩が掠めて吹き抜けていく。
「深月さん、僕ね」
クラゲ君の声に振り返った。
「ずっと分からなかったんだ。今は『仲良し』って名前が付いたけど、ただの友達でも恋人でもないこの関係性で、果たして良いのかなって。大丈夫かなって、前から時々不安になることが、あって」
彼の目が、少し不安げに揺れた。そしてこんな時でも、彼の目から優しさと気遣いの光が消えることはない。
彼らしいな、と思いながら、私はゆっくりと口を開いた。
「クラゲ君。嫌じゃなかったらさ、手出して」
右手を差し出してそう言うと、クラゲ君が少し戸惑ったように首を傾げた。
「……手?」
躊躇いながら差し出されたそれを、きゅっと握る。嫌がられるだろうかと心配していたけど、彼は不思議そうに繋がれた自分の左手を見ているだけだった。
「なんか、不思議」
「不思議?」
「すごく安心するのに、全然どきどきしたりしないのが」
未知のものと遭遇したかのように、まじまじと私と彼の手を見つめるクラゲ君に、私は一瞬ぽかんとして、ふふっと笑ってしまった。
「嫌じゃない?」
「悪い気はしないよ。寧ろ安心するから好きな部類かも」
ぎゅっと私の手を握り返して、クラゲ君が笑った。「そっか、良かった」と返して、空を見上げて歩き出す。
「ねぇクラゲ君」
「なに?」
「こんな関係性で良いのかなって不安になる、ってさっき言ってたじゃん?」
「…そうだね」
「私はもう、一周回ってすごく単純に考えてさ。……2人とも居心地良いなら、良いんじゃないかなって」
クラゲ君が顔を上げたのを視界の端に捉えながら、私は続ける。
「こんなひねくれ者が2人ぐらい居る世界も、案外面白いかもしれないじゃない」
そう言って笑うと、釣られたようにクラゲ君の顔にも笑みが浮かんだ。
「確かに、そうかも」
山茶花の目が覚めるように鮮やかな色が、ぽつりぽつりと見え出している。
右側にある確かな温もりを感じながら、美しい深緑と薄紅の対比を眺めながら、そっと息を吐く。霞のようなそれは、ほんの少し白く残ってすぐに消えていく。
「ねぇ深月さん」
「なに?」
右隣を見上げると、優しい光を宿した彼の目が、ふっと笑ったのが見えた。
「ありがとう。これからも、よろしくね」
あぁ本当に、私は。
私は、貴方に。
「うん」
貴方という人に出逢えて、良かったと。
「此方こそ、よろしくね。これからも」
心の底から思える。
そんなことが、堪らなく、嬉しかった。



