「風のささやきが聴こえたら、君はまた、僕のことを思い出してくれるだろうか?」


 僕たちは、春風で桜舞い散る季節に出会った。君はまだ高校2年生になったばかりで、将来への不安と希望でいろんなことを考えていただろう。僕は知っている。君のことをずっと見てきたから。

 もしも、再び君と出会うことが出来たなら、その時は、永遠に愛を誓うよ。永遠なんて、ないって思っているだろう。確かに現実世界では、永遠という言葉はあるが、必ず終わりがあり、いつも誰かが悲しむ結末だ。でも、僕が存在している世界では、永遠に生きることが出来るため、無償の愛を注ぎ続けることも可能なのだ。永遠に生きること、それはある人にとっては天国かもしれないし、またある人にとっては、地獄なのかもしれない。僕が生きるこの世界では、皆が二十歳くらいの年齢で、それ以上歳を重ねることはない。病気もしないため、病院なんて存在しない。しかし、現実世界では、過度のストレスや食生活の乱れ、その他病原菌などから様々な病気になりうるため、多くの病院が存在している。

 僕は知っている。君は強がっているけれど、本当は弱いことを。毎日の生活に疲れて、作り笑いをしながら心では泣いていることも。そんな君を見ているのがつらくなったから、僕はこちらの世界へ君を招いたんだ。

 僕の名前はルークス。この世界に生まれて64年になる。現実世界では、年寄り扱いになるんだろうな、きっと。しかし、見た目は20歳くらいと若いから、この世界では年齢なんて関係ない。父親は112年生きていて、見た目が僕と変わらないのだから、想像出来ないだろう?母親も、いつまでも美しい姿のままだ。子どもはどうやって生まれてくるのかって?僕の住む世界では、顕微授精(けんびじゅせい)によって出来た受精卵を、人工的に作られた子宮装置に入れて、誕生まで待つんだ。装置内は、現実世界で女性が妊娠した時のように、羊水で満たされ、胎盤(たいばん)の役割をするものまである。赤ちゃんへの栄養も、システム起動により送り続けることが可能なのだ。未来では、現実世界でもこうした子宮装置が開発されるのではないか、僕の住む世界に少しずつ近付いてくるのではないか、と思っている。この世界では、食事という概念(がいねん)はなく、ただ、カプセルを一日三回に分けて飲むだけだ。それだけで一日に必要な栄養素、必要な摂取(せっしゅ)カロリーを補うことが出来るんだ。カプセルは一応、子ども用、大人用がある。現実世界で言うと、サプリメントみたいなものだろうか? 

 この世界に生まれた人は皆、特殊(とくしゅ)な能力を持っている。魔術(まじゅつ)が使えたり、人の心を読むことが出来たり、僕みたいに、現実世界を見ることが出来たり。仕事は個々の能力を最大限に発揮(はっき)出来る仕事に就くことが出来る。現実世界みたいに、「時間」というものに縛られることなく、好きな時に好きなだけ働いて、適度に休んで、友達と遊んだりもする。友達の中には、異性と結婚した者もいるが、僕の心の中には、いつも君がいたから、なかなか結婚出来ずにいた。この世界では、現実世界を見ることは出来ても、現実世界とこの世界を自由に行き来出来ない。それはこの世界の法律なのだから、仕方ないだろう。でも、あの時は仕方なかったんだ。ああするしか、君を助ける方法が思い付かなかったんだ。

 
 君が高校二年生になったばかりの春、いつもの通学路で道路を横断中に、信号無視の大型トラックに跳ねられそうになったから、強い旋風|《せんぷう》を巻き起こし、時空の歪みから、君をこの世界に連れてくるしかなかった。放っておけなかった。ずっと君のことを見てきたから、いつか君が居なくなってしまうのが僕は怖かった。許されないことと分かっていながら、僕は現実世界の君に恋をしてしまったんだ。

「ここはどこ…?」

「気が付いたかい?ここはグレートマカトニア王国だよ。」

「え?私、トラックに跳ねられたんじゃ?」

「僕が君を助けたんだよ。」

「貴方の名前は?」

「僕は、ルークス。君の名前は?」

「私の名前は真理|《まり》よ。…。一体どうなっているの?まるで別世界じゃない、ここ!」

「現実世界とはかなり違うからね。でも、僕はこの世界からずっとマリのことを見ていたよ。」

「やだ!ただの変態じゃないの!」

「…。まあ、そう思われても仕方ないか…。でも、現実世界の出来事を観察するのが僕の仕事なんだ。」

「現実世界って…。ここは異世界ってこと?グレートなんとか王国って聞いたことないんだけど?」

「グレートマカトニア王国。現実世界から見たら異世界だろうね。」

「ルークス!部屋に誰かいるの?さっきから騒がしいけれど、大丈夫?」

「あ、母さんだ!…ちょっと静かにしてて!…誰も居ないよ!大丈夫だから、心配しないで。」

「ならいいんだけど…。何かあったらすぐに言ってね。」

「分かったよ、母さん。」

「僕が、現実世界の観察員になってから、母さん、かなり心配性になってしまって。困ったよ。」

「現実では、お父さんもお母さんも心配性で、おまけに過干渉で。こっちが参っちゃうわ。」

「知ってるよ。マリ、ずっと君に会いたかったよ。」

「ルークスって言ったわよね?何で日本語喋れるの?」

「一応、僕は現実世界の観察員だし、現実世界の各国の言葉理解してるし、喋れるよ。」

「…。そうなんだ…。でも、待って!私、異世界に来ちゃったんだよね?現実世界に戻れるのかなぁ?」

「…僕がなんとかするよ。大丈夫だから、安心して。」

「こっちの世界と現実世界、自由に行き来出来るの?」

「この王国では、それは認められていない…。」

「じゃあ、私はどうなるの?」

「僕も君も、この王国の法律で裁かれることになるかな。」

「…。私は普通の女子高生だよ?なんでこんな目に遭わなきゃいけないの!」

君が突然泣き出したから、僕は困惑してしまったよ。

「マリを助けたかったんだ。こうするしか方法がなかったんだよ。…そろそろお腹空いただろう?これ、飲んで。」

「何?これ?なんかの薬?」

「この国では、これが食事の代わりなんだ。取り敢えず、飲んで!」

「食事?これが?」

「ああ。そうだ。栄養とらないと、倒れてしまよ?」

「…。分かったわよ。飲めばいいんでしょ?」

「いい子だ。あと、その服装では、すぐに捕まってしまうから、この服に着替えて。」

「なんなの?なんだか窮屈そうなドレスね。」

「母さんのドレスをこっそり拝借はいしゃくしたんだ。ここは王国だから、女性はドレスを着るのが一般的なんだ。」

「私、普段着はティシャツにジーパンなんだけどなぁ。」

「それも知ってる。」

「…。なんか、恥ずかしい。」

「ああ、気付かなくてごめん!僕は一旦部屋から出るから。ドレス、初めてだと思うし、ひとりで着れるかな?」

「…。どうだろう?分からないけど、着てみるね。」

「着終わったら、このカードをドアの隙間に挟んで。」

「分かったわ。」

「じゃあ、部屋の外で待ってるから。」

しばらくするとドアの隙間からカードが見えたから、ドアを開けたんだ。

「ドレス、着れたかい?」

「なんとかね。…でも、ウェストがちょっときついかなぁ?」

「調整出来るから大丈夫だよ。後ろを向いて。この紐を引っ張ると…、ほら、これでどうだい?」

「…楽になったわ。」

「良かった。すごく似合ってる。」

「本当?…でも、デザインが私好みじゃないのよねぇ…。」

「…そっか。この王国では、服は自分好みにオーダーメイドで作ってもらえるよ。衣装屋に行きたいけれど、今、一緒に出たら確実に見付かりそうだからなぁ。」

「見付かったら、やっぱり捕まってしまうの?」

「そうだな。…、あの方法が一番かな?」

「何かいい方法があるの?」

「一つだけ、思い付いたんだ。僕にはテレポート能力もある。まだあんまり使ったことないから、自信はないけど…。」

「どうやるの?」

「マリはただ、僕の手を強く握って、目を閉じているだけでいいよ。僕は衣装屋へ行きたい!と強く願えば、テレポート出来るんだ。」

「すごい能力ね!」

「…自信はないけどね。」

「でも、それしか方法はないんでしょう?やってみなきゃ分からないわ。」

「そうだな。…マリ、さっき言った方法。分かるよね?」

「手を強く握って、目を閉じていればいいのよね。」

「ああ、そうだ。…じゃあ、行くよ!」

テレポートは無事成功し、僕たちは衣装屋の前に着いた。

「マリ、目を開けてもいいよ。」

「…着いたの?」

「テレポート、成功したよ。」

「わぁ、ドレスがいっぱい!好きなのを選んでいいの?」

「もちろんだよ。気に入ったのがなければ、自分好みのドレスをオーダーメイドすればいいから。」

「たくさんあるから、迷っちゃいそう…。時間かかりそうだけど、大丈夫?」

「現実世界では、一日24時間だっけ?僕だったら短すぎて足りないよ。」

「この国の時間はどうなっているの?」

「誰も時間なんて気にしていないよ。だから、誰もわからないんだ。この国には時計も存在しないんだ。」

「へぇ、そうなんだ。」

「だから、気の向くまま、ドレスを選ぶといいよ。僕はここで待ってるから。」

「ありがとう、ルークス。」

君はたくさんのドレスの中から、3着のドレスを気に入り、僕のところへ見せにきたね。

「ねぇ、ルークス。この3着の中から、1着なんて選べないわ。どのドレスが一番似合う?」

「だったら、3着とも頂こう。」

「え?いいの?」

「ああ、いいさ。」

「ありがとう!ルークス。」

「この衣装屋のドレスは全て一点ものなんだよ。君好みのドレスが見付かって良かったよ。」

「それって、高いんじゃないの?」

「大丈夫だよ。」

「それにしても、私、外に出ても大丈夫だったのかしら?」

「それなら心配ご無用!部屋を出る前に、マリのデータを書き換えて、僕のフィアンセってしたから。」

「そんなことまで出来るの?」

「ああ、僕が掛けてるこの眼鏡と、左腕に着けたバンドがあれば、ちゃちゃっと変更出来てしまうんだ。」

「へぇ…。驚くことばかりで、頭が追い付かないわ。」

「そのうち、慣れるさ。」

「…。慣れてしまったら、現実世界に戻りづらくなるよ。」

「その時がきたら、ここでの生活の記憶を全て抹消してから現実世界に君を戻すよ。」

「記憶を抹消って…。ルークスのことも、このドレスのことも、この王国のことも、全部忘れてしまうの?」

「そうなるな。」

「ならば、最初から全部夢だった、で終わるならいいのに…。」

「この王国の決まりだから、仕方ない。恐らく、僕の記憶も抹消されるだろう…。僕の仕出かしたことがおおやけになれば、僕の仕事も危ういかも知れないな…。」

「現実世界の観察員…だっけ?」

「そうだよ。」

「不思議に思ってたんだけど、現実世界の人口は約80億人もいるのよ?その中から、どうやって私を見付けたの?」

「いつも危なっかしくて、見ていられなかったんだ。僕が助けなきゃ、あのトラックに跳ねられていたんだぞ?」

「そうよね…。助けてくれてありがとう…。」

「どうにか、マリを現実世界に戻す方法探らないとな。」

「もし、方法が見付からなかったら、私は現実世界に存在しなかった、ってことになるの?」

「…。そうならないようにするから。…早く戻りたいか?」

「夢なら早く覚めて!って思ってるわ。」

「取り敢えず、方法が見付かるまでは、マリ、君は、この王国では僕のフィアンセだ。それだけは忘れないでいてほしい。」

「…わかったわ。…。あと、ルークス、靴はローファーのままでも大丈夫なの?」

「しまった!靴のことすっかり忘れていた!マリ、ヒールの高い靴は履けるかい?」

「パンプス程度なら履けるけど、ハイヒールはあんまり自信ないなぁ。」

「…そうか、ヒール低めなら、ええっと…。あっちの靴屋だ。」

「え?どこなの?」

「着いておいで。…はぐれたら大変だから、また手を繋ごうか?」

「…じゃあ、手、繋ぐわ。でもね、テレポート出来るんだったら、その方が早いと思うの。」

「確かにそうだけど、この国では、テレポートを頻回に行うと、国の監視員から目を付けられるんだ。」

「…だから、あんまり使わないのね。」

「ああ。…着いたよ。靴のサイズが合えばいいんだけど…。」

「探してみるわ。」

またまた、僕は靴屋の前で待たされることになった。

「ドレスの色やデザインから考えると、この靴と、あと、あの上の棚の一番端っこにある靴と、ええっと…。この靴もいいわね!」

「履き心地はどう?」

「今から試し履きしてみるわ!…、この靴は少し小さいかなぁ?きついような…。」

「気に入ったなら、同じデザインでオーダーメイドしてもらえばいいさ。」

「ありがとう、ルークス。オーダーメイドしたら、いつ頃出来るのかしら?」

「デザインは、能力が認められた者が行うけれど、作るのはロボットなんだよ。だから、早いよ。」

「…そうなんだね。」

「ほら、もうマリの靴が出来上がったみたいだよ。」

「え?もう?…本当だ!早速履いてもいい?」

「ああ、いいよ。」

「すごい!ぴったりよ。ありがとう、ルークス!」

「どういたしまして。」

君が早く現実世界に戻りたいと言ったから、僕は本当に焦ったよ。君をこの世界に招くことが出来たのは、偶然だったと思うし、現実世界に戻す方法なんて、僕は何も知らないのだから。

 マリのドレスや靴も揃そろい、それっぽくっていったら変な感じだけど、この王国に相応ふさわしい格好になってきた。マリは、ロングヘアーだったから、ヘアアレンジも自在に出来ていたから、助かったよ。

 もうすぐ、国王の生誕祭でパレードが行われる。それまでに、マリの瞳の色をなんとかしなくてはならない。マリの瞳の色は茶色だが、この国ではエメラルドグリーンが一般的なのだ。僕は焦り過ぎていたのかもしれない。父親に相談してしまったんだ。

「父さん、コンタクトレンズ欲しいんだけど、作れる?」

「作れるが…。どうしたんだ?」

「いや、眼鏡で見るより、コンタクトレンズの方がいいかなって思ってさ。」

「急ぎかなのか?」

「出来るだけはやく欲しい。」

「じゃあ、すぐに作りにかかろう。」

「ありがとう、父さん!」

僕は父さんにコンタクトレンズを任せて、マリのいる僕の部屋に入った。

「マリ、父さんが君のコンタクトレンズ作ってくれるよ!」

「…良かったわ。」

「出来上がれば、僕の眼鏡と同じように相手の情報を見ることが出来るよ。」

「それって、見えないようにすることも出来るの?」

「眼鏡の場合はフレームをタップすれば、見えなくなるけど…。コンタクトレンズは使ったことがなくてわからないことが多い…。」

「そうなのね。」

「マリの瞳に合うといいんだけど。」

「合わないと困るわ。」

「国王の生誕パレードまでに間に合わせないと、だな。」

「生誕パレードがあるの?」

「ああ。君のデータだけ書き換えてみたものの、瞳の色までは変えることは出来なかった。…すまなかった。」

「謝らないで、ルークス。コンタクトレンズが間に合えば、きっと大丈夫よ。」

「国王は一人一人、目を見て言葉を交わすんだ。もし、コンタクトレンズが間に合わなかったら…。」

「私も、ルークスも…?」

「まずいな…。」

「父さんを手伝ってくるよ。」

「私はまだこの部屋から出れないのね…?」

「ごめん、マリ。じっとしてて!」

「分かったわ。」

僕は父さんの小さな工房に静かに入っていった。

「何か手伝えること、ある?」

「その辺、片付けてくれたらありがたいな。」

「…これは、ひどいな。」

「ルークス、何か隠し事か?お前もいい歳だし、隠し事の一つや二つあってもおかしくはないだろう。」

「別にそんなんじゃ…。」

「母さんに心配かけるなよ。」

「分かったよ、父さん。」

僕は父さんの散らかった工房を片付け始めた。工房の隅に、埃に埋もれていた、眼鏡を見付けた。

「それは試作品だが、3分間だけ、未来が見ることが出来る眼鏡だ。」

「…未来?」

「誰も信じてはくれなかったが、な。」

「まだ使えるの?」

「貸してごらん。埃|《ほこり》を取って、レンズを綺麗にふきあげて…っと。これを、掛けてごらん。」

眼鏡を掛けて見ると、いきなり国王が現れた。国王がまじまじと目を見つめてくる。そして、隣にいるであろう、マリのことを聞いてくる。

「父さん、コンタクトレンズ、急いで!」

「分かったよ。」

「あと、この眼鏡、もらってもいい?」

「ああ。試作品でいいなら、な。」

「ありがとう。」

マリに父さんからもらった眼鏡を掛けさせた。

「え?誰?」

「今映っているのは、国王だよ。」

「この眼鏡は3分間だけ、未来が見ることが出来るものだ。」

「国王にまじまじと見られたわ…。」

「コンタクトレンズ、父さんが今一生懸命作ってくれてるから。」

「間に合わなかったら、今、この眼鏡で見たようなことが現実になるのね…。」

「そうならないようにするよ。」

「お願いね。」

「ああ。」

マリのコンタクトレンズ、すぐに出来るだろうと思っていたが、出来上がったのが父さんに頼んでから一週間後だった。早速マリに試すように促す。

「つけ心地はどう?」

「…、うん!大丈夫みたい。」

「良かった!綺麗なエメラルドグリーンの瞳だ。なんとか国王の生誕パレードに間に合ったな。」

「この前みた、未来は変わったかしら?」

「どれどれ、見てみよう。」

眼鏡をそっと掛けてみる。国王はにこやかに手を振り僕とマリも挨拶をする。…、良かった。疑われずに済んだようだ。

 未来を3分間だけ見ることが出来る眼鏡を手に入れ、近い未来に起きる出来事が分かるようになった。しかし、今後の僕や、マリの運命はこれからどうなるのだろうか?もし、分かるのであれば見てみたい気もするし、怖い気もする。

「マリ、現実世界の君の家族、見てみるかい?」

「うん。見てみたい!今頃どうしてるかしら?」

「じゃあ見せてあげるよ。」

僕は鏡に手をかざし、現実世界を映し出した。そこからマリのお父さん、お母さんを探しだし、鏡に映すと

「…、お父さんだ!いつも通り仕事してるわね。…、こっちではお母さん!」

君は嬉しそうに指差しながら笑っていたね。

「時々、こうやって見せてあげらるから。」

「ありがとう!ルークス。」

僕は静かに、未来を見ることが出来る眼鏡を掛けた。

「そんな…!まさか!!!」

見えたのは、マリと引き離されるシーンだった。

「どうしたの?」

「早くになんとかしなければ…。」

「ルークス?」

「マリのことは、僕が守る。どんなことがあっても、必ず…。」

「信じているわ、ルークス。」

僕は危機が迫っているという不安と、早くにマリを現実世界に戻さなくては、という焦りでどうにかなりそうだった。そんな時、君は僕の手を握ってこう言ってくれたんだ。

「私、ルークスならきっと大丈夫だと信じてるわ。」

「マリ、ありがとう。どんなことが待ち構えていようとも、なんとか、未来を変えてみせるさ。」

「ええ。きっと…。」

 国王の生誕パレードの前に、この眼鏡で見えたのは、3週間後の未来だった。ということは、もうあまり時間がない。急がなければならない。僕は思い悩んだ。僅わずかな可能性があるならば、それにかけてみよう。一枚の地図を広げて、君に見せた。

「これが、グレートマカトニア王国の地図だ。僕たちがいるのが、この辺り。」

僕は指で場所を指し示した。

「ここから、北へ移動して、エンチャンテッド・ミステカに行くよ。」

「そこへは何をしに行くの?」

「その村は、魔法が使える者たちが集まり、魔法について深く学んだり、訓練したり、研究しているところなんだ。」

「魔法…。魔法を使って何をするの?」

僕はかなり焦っていたようだ。一か八かのかけかもしれないが、魔法の力に頼ってみようと考えたのだ。

「マリ、まずはこの眼鏡で未来を見てみてほしい。」

「分かったわ。……!いやっ!嫌よ、ルークスと離ればなれになるなんて!!」

「その未来を変えるために、魔法の力を借りようと思ってね。」

「移動はどうするの?」

「高速移動バスがあるよ。そこからはシェルパがいて案内してくれるんだ。」

「行ったことがあるの?」

「僕がまだ幼い頃に、両親に連れられて、ね。」

「…そう。持って行かなきゃいけないもの、あるかしら?」

「マリはコンタクトレンズ、カプセル、歩き疲れるだろうから靴の変えもあった方がいいかな?」

「そうね。」

「僕はいつもの眼鏡と、父さんからもらった試作品の眼鏡、そして、カプセルと、地図…。よし!全部入れた。」

「出発はいつ?」

「僕の両親が眠りについてからがいいかな…。また、母さんに心配されるから。」

「そうだったわね…。」

「それまでまだ余裕があるから、少し身体を休めていよう。」

「そうね。…横になって休むわ。」

そう言うと、君は目を閉じて、眠りについたね。僕は不安が強く、とても眠れなかった。でも、可能性を信じたかったんだ。

 村の近くまで高速移動バスに乗り、そこからシェルパによる案内で無事目的地に辿り着くことができた。

「ようこそ、私の名前はアシュレイだ。そろそろくる頃だと思っていたよ、ルークス。」

「アシュレイ、お願いです。このままでは僕とマリは引き離されてしまいます。魔法の力でどうにか出来ませんか?」

「おや、君はこの国の人ではないね?どうやってここに来たんだい?」

「私は…。」

「僕が彼女を呼んだんです。」

「なんだって!?召喚|《しょうかん》は我々しか出来ないはずだが…。」

「マリを助けたい、そう強く願ったら、この世界に連れて来てしまいました。」

「転移ってことか?まあ、彼女を現実世界に戻す時にはまたここに連れてくるといい。」

「ありがとう、アシュレイ。」

「このままでは引き離されてしまうって、どういうことだい?」

「この眼鏡は、未来が3分間だけ見えるんですが、僕はマリと引き離されるシーンが見えたんです…!」

「未来が見える眼鏡ねぇ…。分かったよ。魔法でどうにかしてみよう。君たちの協力も必要だ。いいね?」

「もちろんです。」

「君たちの血を一滴ずついただくよ。」

「どんな魔法ですか?」

「未来を変えたいんだろう?」

「…はい。」

「だったら、私を信じることだよ。君たちの血をこの液体の中に入れて、宝石に変えるんだ。」

「宝石…ですか?」

「ああ。…ほら、この通り、宝石が出来ただろう?」

「…それがさっき取った血ですか?」

「そうさ。これをアクセサリーにしていくんだが、指輪、ネックレス、ブレスレットの中から、二人で選んでもらいたい。」

「…マリ、どうする?何がいい?」

「私は、ブレスレットがいいと思うわ。」

「マリがそう言うなら、ブレスレットにしよう。アシュレイ、ブレスレットでお願いします!」

「分かった。ではブレスレットにしよう。どのアクセサリーを選んでもそうなんだが、これは自分の意思で外すことは出来ない。」

「……。どのように使うのですか?」

「これは、宝石の部分に触れると、離れてしまった相手がどんな状況にあるか見ることが出来る。もう一度触れれば、その相手に自分の思いや考えを伝えることが出来る。」

「…距離とかは関係ありますか?」

「それは関係ない。あと、相手に危険が迫っている時には、ある呪文を唱えれば自分のいるところへ、一瞬で移動させることが出来る。」

「呪文…。その呪文とは?」

「ヌゥ アロン セルテンマン ヴゥ エデ.エヴィテ ル ダンジェ エ ベネ ア モワ!」

「…僕のバンドのデータに記録したよ。」

「私、覚えられるかしら…。」

「今の呪文を音声データで記録してあるから、帰ってから練習しよう。」

「そうね。」

「さあ、ブレスレットが出来たよ。こちらがルークスの分、こっちが君の分だ。」

「ありがとう、アシュレイ。」

「ああ、また何か困ったことがあればおいで。」

「その時はまたお願いします。」

そうして僕たちはエンチャンテッド・ミステカを後にした。

帰ってからは君と何回も呪文を繰り返し練習して、ブレスレットの使い方も試したね。

「魔法ってすごい!」

君はとても驚いていた。

「マリ、今後何があろうとも僕が君を守るよ。」

「…ええ。信じてるわ、ルークス。」

「愛してるよ、マリ。」

「私、こんなにも誰かを好きになったのは初めてよ。ルークス、愛してるわ。」

僕は思わず君を抱き締めた。その時君はこの世界に来てから初めて涙を流したね。ずっと心細かっただろうに、君は強がりだから言えずにいたんだろう。僕はそっと君の頭を撫でることしか出来なかった。

 僕とマリが何者かによって引き離される日が近付いていた。しかし、魔法のブレスレットがあるから大丈夫、その時はそう思っていた。

 それから数日後、僕たちが街中を散策していると、前から馬に乗った男がやってきた。馬の蹄音|《あしおと》が響き渡る。僕たちの目の前で、馬を止め、馬から降りると男はこう言った。

「…お前がルークスか?」

僕は君を連れて逃げようかとも思ったが、ブレスレットがあるから大丈夫だ、と心を落ち着かせた。

「…。そうですが、何か?」

「ルークス、お前は法を犯した。一緒にいる、その女はこの世界のものではないな?」

「……!」

こんなにもすぐにバレるなんて思ってもいなかった。君もひどく動揺していたね。僕は君の手を強く握りしめ、耳元で

「きっと大丈夫だよ。」

と言うことしか出来なかった。男の後ろからまた馬に乗った男たちが現れた。僕たちは縄で身体を縛られ、別々の馬に乗せられ移動した。

「…くそっ!!」

「強がっていられるのも、今だけだ。お前たちは裁かれる。」

「マリは関係ない!僕がこの世界に連れてきたんだ!」

「召喚は魔法が使えるものでないと出来ない筈|《はず》だ。そのくらいは知っているだろう?これから取り調べが行われる。ゆっくりと聞かせてもらおうか。」

「お前らに何が分かる!?ああ、くそっ!!!マリ!マリ!!」

「…ルークス!」

僕が君を守る、そう誓ったのにこんなことになってしまって、マリ、本当にごめんよ。

 馬に乗せられ連れてこられたのは、街の外れにある裁判所の一角の、取り調べ室だった。僕とマリは別々の部屋で取り調べを受けることになった。

 取り調べ室は薄暗く、冷たい石の壁が閉塞感|《へいそくかん》を増幅させていた。窓から差し込む光は僅かで、部屋全体を薄暗く覆っていた。部屋の中央には、頑丈な木のテーブルと椅子が置かれ、その前に男が座っていた。男は、鋭い眼光で僕を見つめ、冷酷な笑みを浮かべていた。

「ルークス、お前は魔法は使えないはずだが?…どうやって彼女をこの世界に連れてきたんだ?」

「僕は現実世界の観察員の仕事をしています。ある日、彼女が大型トラックに跳ねられそうになったところ、彼女を助けたい!そう強く願ったら、強い旋風を巻き起こし、時空の歪みが生じて彼女がこの世界にきてしまったんです…!」

僕は正直に話した。しかし、男はなかなか信じてはくれない。仕方なく、時系列順に詳しく話し始めた。マリはいつもどこか危なっかしくて、目が離せなくて、気が付いたら好きになっていたこと、マリがこの世界に来てからはずっと一緒に過ごしてきて、お互いに信頼しあい、愛し合っていることも。

「この世界では、異世界同士の愛は許されない。その前に、承諾もなく、現実世界のものを連れてきてはならない。それは知っているね?」

「分かってます。…でも、、、!」

「でも、じゃない!!」

男はテーブルをバンッと大きく叩き、立ち上がると僕の側にきて、こう言った。

「彼女がどうなってもいいのか?」

「…!ずるいぞ!!」

男はニヤリと笑った。僕はブレスレットの宝石部分に触れ、マリの様子を確認した。彼女も取り調べ室で、男から取り調べを受けている。男からの罵声が酷かった。もう少しだけ我慢してほしいと、僕の気持ちを伝えた。

「何だ?そのブレスレットは?」

「これは、宝物なんです…!彼女とお揃いの…。」

「ほほう。彼女はお前のフィアンセとデータ上は書き換えられていたが、…それもお前の仕業か?」

不味いことになった、と思った。僕の罪が増えてしまう。

「…はい。僕が彼女のデータを書き換えました。彼女を守るためには仕方がなかったんです。この世界のものではないことが知られれば、彼女まで罰せられるから。」

男は鋭い眼差しで僕を見て、唇を僅かに歪ませ、こう言った。

「よくわかっているじゃないか。」

「僕は彼女を愛しています。だからこそ、彼女を守りたい!その一心で…法を犯しました。」

男はしばらく沈黙していた。その沈黙は、まるで僕を裁くための時間のように感じられた。

「本当に彼女を愛しているのか?」

「はい。とても愛しています。」

僕の目から涙が溢れた。男はゆっくりと椅子に腰をかけた。

「ならば、答えは出ているな。」

「…どういう意味ですか?」

「彼女をこの世界にとどまらせるか、現実世界に戻すか、よく考えろ。」

男の言葉が僕の胸に突き刺さった。

「…彼女を現実世界に戻したいです。そうすることで、彼女にはまた、平穏な日々が戻ってきます。」

「そうだ。それが一番いい方法だ。」

男は笑いながら続けた。

「彼女のこの世界での記憶も消さないとなぁ。ルークス、お前の彼女の記憶もだ。」

僕はハッとした。君との記憶が消されてしまう…!でも、これも君を守るためだ。再びブレスレットに触れ、マリの様子を確認し、こちら側の意志を伝えた。



 刑が執行される日まで、僕は君のことばかり考えていた。僕とマリはお互いの記憶が消されてしまう…。そして、マリは現実世界に戻ってしまう…。ブレスレットに触れ、こんなことになってしまって申し訳ない、と君に気持ちを伝えた。でも、君はどんなことがあってもあなたのことを忘れない、と伝えてきたね。僕が弱気になってしまっていたのかもしれない。

 牢獄|《ろうごく》に見覚えのある男が僕の前に連れてこられた。アシュレイだった。アシュレイは僕に小声で言った。

「私がなんとかする。お前は演技しろ。いいな?」

僕は静かに頷うなずいた。アシュレイを連れてきた男が言う。

「こいつと、あの女のお互いの記憶を抹消まっしょうし、女の方は現実世界に戻してほしいんだ。」

「やってみよう。」

アシュレイは僕にウィンクしながら答えた。僕はアシュレイを信じるしかなかった。

そして、刑が執行される日がきてしまった。僕とマリには3分間だけ、面会時間が設けられた。

「マリ、こんなことになってしまって、…本当にごめん」

「ルークスのせいじゃないわ。」

「マリ、愛してるよ。」

「私もよ。」

僕は君を強く抱き締めた。

「時間だ。」

男の声と共に、僕たちは引き離され、別々の部屋に移動した。部屋にはベッドがあり、そこに腰をかけると、

「これを飲むんだ。」

と眠り薬を渡された。僕はおとなしく渡された薬を飲んで、ベッドに横になった。間もなくしてアシュレイが部屋に入ってきた。僕の頭に機械が取り付けられていく。僕は深い眠りについた。

「それでは始めよう。…ジュヌブリエ ジャメ メ プロシュ.ジュ スイ オ ボルド ド ラムール エテルネル!」

アシュレイは僕とマリの記憶を消さなかった。アシュレイは僕に演技しろ、と言っていたため、あとは僕の演技力にかかっていた。僕は眠りながら、目が覚めたらどうやって彼女の記憶を失ったふりをしようか、考えていた。演じてみせる、そう強く思った。

 どれくらい眠っていたのだろう、目が覚めると頭に取り付けられていた機械も外されており、番人の男が声をかけてきた。

「調子はどうだい?ルークス。」

「…なんと言ったらいいのかわからないけれど、何か大切なことを忘れてしまったような、そんな気がします。」

「そうか、そうか。アシュレイ、成功だ。ありがとう。」

「まあ、私たちの使命だから、仕方ない。」

「…僕は一体何を忘れてしまったんですか?教えてください!!」

僕は大粒の涙を流して、必死に演じた。

「ルークス、この世界の法を犯した罰だよ。」

「罰…。僕が何をしたと言うんですか?」

「我々が教えることはできない。そういう決まりだからな。」

 君はその頃にはもう、現実世界に戻ってしまっていただろう。そう思い、ほっと胸を撫で下ろすのと、なんだかとても寂しく、虚しい気持ちになった。腕のブレスレットが目に入った。アシュレイに目で合図を送った。アシュレイは僕に向かってウィンクをする。魔法はまだ効果ありそうだ。試しにブレスレットに触れてみた。マリが現実世界で元気に高校生活を送っている姿を見ることが出来た。再度、ブレスレットに触れて、愛してるよ、と伝えた。すると君から、私もよ、と返ってきた。

「…僕はもう二度と法を犯したりしません。誓います。」

「ああ、もう二度とここに来ることがないようにな!」

「本当にすみませんでした!」

「ルークス、もう帰っていいぞ。」

「お世話になりました…!」

そうして、僕は家に戻った。


 僕と君は住む世界は違うけれど、確かに存在していて、ブレスレットでお互いの様子を確認出来たり、意思を伝えることも出来る。君と過ごした時間は短かったけれど、僕にとっては永遠だ。僕は現実世界の観察員の仕事を外され、ロボットの技術開発チームに加わることになった。今開発中なのは、ロボットペットだ。試作品のロボットペットの猫に、「マリ」と名付けて寂しさを紛らわしているよ。

 マリ、現実世界ではどんどん年老いていって、やがては死に至るんだろう?そして、輪廻|《りんね》を繰り返すんだろうか?そうならば、僕は君の生まれ変わりを見付けることは出来るだろうか?いや、きっと見付け出してみせるよ。

 マリ、僕が側にいなくて寂しくなったら、目を閉じて風を感じてほしい。風のささやきが聴こえたら、僕が君の名を呼んでいるのだと思ってほしい。旋風が巻き起こったら、僕が君を抱き締めているのだと思ってほしい。僕は、君のことを愛してるよ。永遠に。いつか、君がこの世界に転生てんせいしてきてくれたら、その時は一緒になろう。それまで、僕は待ち続けるよ。

 マリ、ありがとう。そして、ごめんな。いろいろ巻き込んでしまって。マリにとって、僕の記憶が残っているのはつらいことなのかもしれない。ブレスレットが外れてしまえば、僕たちを繋ぐものも失くなり、お互いに自由になれるのかもしれない。それでも、僕は君のことを忘れたくはない。決して忘れないよ。

 届くはずのない手紙なんか書いて、僕はどうかしてるな…。でも、もし会えたら伝えたいことが山ほどある。そして、また君を抱き締めたい。君の温もりを感じたい。会いたいよ、マリ。一滴|《ひとしずく》の涙が頬を伝う。目を閉じて、ただ、君を思い出すよ。



マリへ 


ルークスより、愛を込めて