俺は魔法使いの息子らしい。

 イノリの手のひらから、黄褐色の光が溢れだしている。耳の下を包むように手をあてがわれて、そこから魔力が浸透してくる。
 すぐに、今までとの違いに気がついた。
 「土」は、「風」のときと違って、あんまりソワソワしない。
 もっとやわらかくって、ずっしりしてる感じがする。流れ込んでくるほどに、体が重くなってくる。
 体の真ん中あたりまで、あったかい重みに満たされて、「はふ」と息を吐く。

「トキちゃん、つらくない?」
「ん」

 頷いて、背中に回した指にきゅっと力を込めた。
 体はちょっと重いけど、眠くないし意識もはっきりしてる。
 そう言うと、イノリはホッとしたみたいに息を吐いた。

「よぉし。じゃ、ちょっとずつ引っぱるね。つらかったら、言って?」
「はーい」

 宣言通り、イノリは魔力で俺の「土」に触れた。今までと違うところを、でっかい手で包むみたいに、優しくゆすぶられる。
 あったかくて、ちょっともどかしかった。今にも溢れそうなのに、微妙にはぐらかされている感じがして。
 分けて起こすって、こういうことなんだなあ。
 ゆっくりじわじわ、中から重い感覚が引き出されてくる。

「あ、トキちゃん。目の色、変わって来たよ」
「えっマジ?」

 間近にあるイノリの目が、ぱっと輝いた。
 俺の目、また色が変わってんの? 自分じゃわかんねえや。

「真ん中の方から、金茶っぽくなってきてる。きれい」
「そ、そうか」

 ニコニコと手放しに褒められて、頬が熱くなる。
 目を逸らそうとして、両頬を包まれてるから動けない。
 耐えかねて目を閉じると、「あー」と残念そうな声が上がる。

「目、閉じないでー」
「だ、だってさぁ……」
「色味をみて、調節したいから。ね?」
「ううう」

 甘えたような声で言われると弱い。
 なんか、妙に圧があるんだよなあ。つい言う事を聞きたくなっちゃう、みたいなさ。
 結局、そろそろと目を開ける羽目になる。
 イノリは、嬉しそうに微笑んでいた。 

「もう少しだけ引っぱって、今日はおしまいにしようね」
「おう」

 励ますように言われて、何とか頷いた。
 その後、ずっと目を覗き込まれながら、魔力を起こされた。
 イノリの目を見るなんていつもしてるのに、なんか恥ずかしくって。
 終わったときには、けっこうホッとした。
 




「このお菓子、見たことある!」
「ほんとう? テレビとか?」
「たぶん絵本かも。いや、オレンジページだったかな……」
「わぁ、実用的ー」

 魔力を起こして貰って、一息ついたころ。
 俺は、イノリに後ろから抱え込まれて、雑誌を読んでいた。
 目にも楽しいカスタードのお菓子の写真やら、素敵なエピソードを見ながら、だらだらお喋りをする。
 それ以外にも、食堂の好きなメニューとか授業の失敗とか、重要性ゼロの話をいっぱいした。
 くだらない話をおもいっきり出来るって、ありがたいよなぁ。
 お部屋を貸してくれた須々木先輩にめっちゃ感謝だ。

「ところでさ。お前、生徒会ってどんなかんじ?」
「どうとはー?」
「いや、ほら。いろいろ、忙しいんじゃねえの?」
「ああ! 別に、そうでもないよー。いまは決闘も制限あるしー。期末も近いから、みんなそれどころじゃないっていうかー」
「んん?」

 期末が近いと、それどころじゃないってどういうことだろう。決闘のことってわけじゃねえよな。 
 てか、よくよく考えたら、生徒会って何してんのか知らねえや。

「なあイノリ、生徒会って」
「ねえ、トキちゃん」

 聞こうとして、肩口になついていたイノリに遮られる。

「ずっと気になってたんだけどー。いつから須々木先輩と知り合いだったの?」
「あれ、言ってなかったっけ」

 なんか、とっくに喋ってたような気分だったんだけど。
 すると、イノリの目がスッと細められる。

「聞いてないよー」
「そうだったかな……」

 たぶん、須々木先輩が俺もイノリも知ってるから。なんか、橋渡しされた気になったのかもな。
 一人で納得していると、ぎゅっと腹に回った腕の力が強くなった。
 ハッとして振り返ると、じとーっと見つめられている。

「俺、知りたいなあ。話して?」
「ええ……」

 ニッコリ笑顔で、首を傾げるイノリ。
 あ、圧がすげえ。これは可愛いとかでなくて、久々にやたら迫力のある方……! 
 推し負けた俺は、21号館にたどり着けず、迷子になった話からする羽目になったのだった。