「ぅぁ……っ!」

 あったかい風が、からだの中にどっと吹き込んでくる。
 ソワソワする感じがざあっと駆け抜けて、背筋が震えた。
 イノリの肌から、光が溢れ出していた。触れあったところから、俺の中に吸い込まれてく。
 ぴったりくっついてるから、すぐに体いっぱい、イノリの魔力で満たされてしまう。
 ふわふわ胸の奥がくすぐったくて……ちょっと切ない。
「ずっと、寂しかったよ」って。
 イノリの魔力からも、じかに伝わってきて。
 満たされて、あったかくて、ほわほわと意識がほどけてく。
 俺を抱きしめたイノリが、深く深く、息を吐いた。すり、と米神に頬を摺り寄せられる。

「大好き」
「……っ!」

 耳に触れるみたいに囁かれて、かあっと頬が熱くなった。
 やっぱ、恥ずかしいって……! 赤くなった顔を、イノリの肩に埋めて隠す。

「トキちゃん、大丈夫?」
「……おう、平気」
「良かった。じゃあ、ちから抜いててね。……そろそろだから」
「ん?」

 と、俺の後頭部を包む手に、ぐっと強い力がこもった。
 出し抜けに、ドン! って体の真ん中に強い衝撃がやってきて。
 一瞬にして、目の前が白くなった。
 
「えっ」

 俺は、変な場所に立っていた。
 どこもかしこも、白い。
 でも、壁や床がってんじゃなくて、何にもないって感じ。
――どこだ、ここ! てか、イノリもいねぇ!
 慌ててあたりを見渡すと、ぐらっと視界が傾いた。

「あでっ!」

 どっ、と地面に倒れ込む。ガクガク、ガクガクって、景色が揺れている。
 地震か?
 いや、違った。
 震えてんのは俺だ。体の真ん中で何か、じたばた暴れてるみたいな感じがする。
 ふいに、グル……と、胸の奥で音がした。――犬の唸り声みたいな。
 なんだ、これ。転がったまま、胸を押えた。
 その瞬間――体の中から突風が吹き出した。
 風は俺の胸を突き破り、手足を飲み込むように渦を巻く。

「わあぁっ!?」

 風が、ごう……! と猛烈に唸って、激しく吹き荒れる。
 渦に飲み込まれて、木っ端みじんにされそうだ。
 やばい死ぬ! いやだ、誰か――!

「イノリっ!」

 叫んだ途端、ぐい、と意識がどっかに引っ張られた。

「トキちゃん!」

 耳元で、イノリの声がした。
 ハッとして、固く閉じていた目を開く。
 金の燐光に、全身が淡く包まれていた。
 痛いほど、俺の背を締め付ける腕の感触が返ってくる。
 イノリの金色の目が、心配そうに見下ろしていた。

「あ……」
「トキちゃん、大丈夫。大丈夫だよ」

 見開いた拍子に、目尻からぽろっと雫が落ちる。
 イノリは、自分の頬で俺の涙を受け止めた。すべすべして、あったかい。
 ホッと気が抜けて、体がガチガチに強張ってたって気づいた。
……さっきの、なんだったんだろ。
 わかんねえ。
 ぐったりしてて、指一本動かせねえ。
 なのに、ずっと全身がぶるぶる震えてた。止めたいのに、止まらない。

「トキちゃん、お疲れさま。もう終わるよ」
「んっ……」

 イノリの魔力が、宥めるみたいに体を巡る。
 ちょっとくすぐったい。けど、あったかくて安心する。
 体が浮きそうに、ふわふわしてくる。骨が抜けたみたいに、力が入らない。
 意識がとろりと溶けていく。やべえ。死ぬほど眠い……。
 遠のく意識の中、イノリに両手で頬を包まれる。

「よかった……安定してるね」
「……っ?」

 俺の目を覗き込んだイノリが、嬉しそうに笑う。きらきらと、目が輝きを増している。

「トキちゃんの目、すっげぇ綺麗」

 そりゃ、お前だろ。
 と、思ったのを最後に、俺は気を失った。